東方輪廻談 ~ナガト幻想郷忍伝~   作:Takuma218

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第十六話 弾幕勝負に行くわよ!

「弾幕勝負に行くわよ!」

 

紫が現れた翌日の午後。

 

廊下を歩いていた俺の前に現れるなり、レミリアはそう宣言した。

 

「……弾幕勝負?」

 

聞き覚えのない言葉ではない。

 

以前、パチュリーからスペルカードについて教わったときにも、その名前は聞いている。

 

だが、なぜ突然そんな話になったのかが分からなかった。

 

首を傾げる俺を見て、レミリアは腰へ手を当てる。

 

「何よ、その反応は。もっと喜びなさい」

 

「そう言われても、俺は何も聞いていない」

 

「今、教えたじゃない」

 

「行くことしか聞いていないが」

 

「十分でしょう?」

 

どうやら、レミリアには詳しく説明するつもりがないらしい。

 

助けを求めて隣を見ると、咲夜が小さくため息をついた。

 

「今夜、正式な弾幕勝負が行われるのよ」

 

「正式な?」

 

「ええ。以前、パチュリー様からスペルカードについて教わったでしょう?」

 

「ああ。魔法陣を記した札だったな」

 

複雑な魔法を、あらかじめ札へ仕込んでおく。

 

それを発動させることで、術者は大規模な魔法を瞬時に展開できる。

 

忍が巻物へ術を封じておく方法にも似ているが、スペルカードに込められているのは、空を覆うほどの魔弾を規則的に放つための魔法だと聞いていた。

 

「弾幕勝負は、そのスペルカードを使って行う正式な決闘よ。参加者は自分の名前と、使用するスペルカードの枚数を宣言し、定められた規則に従って勝敗を決めるの」

 

「決闘ということは、誰かが争っているのか?」

 

俺が尋ねると、咲夜は僅かに苦笑した。

 

「争っていると言えば、争っているのだけれど……」

 

「人里で行われる豊穣祭を、どちらの神社が取り仕切るかで揉めているのよ」

 

レミリアが横から答えた。

 

「神社?」

 

「博麗神社と守矢神社よ」

 

博麗神社。

 

その名前には聞き覚えがあった。

 

「霊夢の神社か」

 

「そうよ。相手は守矢神社の風祝、東風谷早苗。今夜は霊夢と早苗が戦うの」

 

「祭りの役目を決めるために、巫女同士が戦うのか?」

 

「そういうことね」

 

「話し合いでは決められないのか?」

 

俺の疑問に、レミリアは呆れたように肩をすくめた。

 

「話し合って決まらなかったから、弾幕勝負をするのでしょう?」

 

それはそうなのだが。

 

祭りの役目を巡って決闘するという発想が、俺にはまだ理解できなかった。

 

向こうでも、領地や役目を巡る争いはあった。

 

しかし、それが戦いにまで発展すれば、当人同士の決着だけでは終わらない。

 

里や一族の対立へ広がり、やがて無関係な者まで巻き込んでいく。

 

少なくとも、俺が知る争いとはそういうものだった。

 

「心配しなくても、殺し合いではないわ」

 

考えを見透かしたように、咲夜が言った。

 

「弾幕勝負は、相手を傷つけるためのものではないの。通常の弾でもスペルカードでも、先に有効な被弾を与えた方が勝ち、受けた方が負け。勝負が終われば、敗者はそこで決まった結果を受け入れる。それでおしまいよ」

 

「……それだけで済むのか?」

 

「済むから、決闘として成り立っているのよ」

 

咲夜の答えに迷いはなかった。

 

「勝者が敗者へ報復することも禁じられているわ。負けた側がすぐに再戦を求めることもできない。決着がつけば、争いはそこで終わるの」

 

戦って決着をつけながら、遺恨を残さない。

 

規則として定めるだけなら簡単だ。

 

だが、実際に誰もがそれへ従っているというのなら、俺の知る決闘とは根本から異なる。

 

「それに、弾幕勝負は揉め事へ決着をつけるためだけのものではないわ」

 

「ほかにも何かあるのか?」

 

「それは、実際に見た方が早いわね」

 

咲夜は僅かに笑った。

 

その言葉に合わせるように、レミリアが大きく頷く。

 

「そういうこと。ナガトには一度、幻想郷の弾幕勝負を見せておきたかったのよ」

 

その言葉を聞いたとき、昨夜の会話が脳裏をよぎった。

 

――近いうちに、ちょっとした催しがあるわ。

 

――この幻想郷がどんな場所なのか、自分の目で見てきなさい。

 

八雲紫が言っていた催しとは、今夜の弾幕勝負だったらしい。

 

偶然とは思えない。

 

あの女は、レミリアが俺を誘うことまで予想していたのだろうか。

 

「どうしたの?」

 

「いや。何でもない」

 

レミリアに紫の訪問を話すべきかとも考えたが、今はやめておいた。

 

まずは、その弾幕勝負とやらを自分の目で確かめてみよう。

 

「分かった。俺も行く」

 

「初めからそのつもりで準備させているわ」

 

「断るとは考えなかったのか?」

 

「私が誘っているのよ?」

 

レミリアは、さも当然のように胸を張った。

 

「ナガトが断るわけないでしょう?」

 

どこから来る自信なのだろう。

 

だが、実際に断らなかった以上、何も言い返せなかった。

 

◇

 

日が傾き、紅魔館を包む霧が薄紫色へ変わり始めた頃。

 

俺たちは玄関広間へ集まっていた。

 

今回出かけるのは、レミリア、咲夜、パチュリー、そして俺の四人だ。

 

美鈴は門番として館へ残り、小悪魔も図書館を管理するため留守番をする。

 

レミリアは普段の漆黒のドレスの上から、肩を覆う黒いマントを羽織っていた。

 

日没は近いが、外にはまだ陽光が残っている。

 

咲夜の手には、黒いレースの日傘も用意されていた。

 

「少し早いけれど、そろそろ出発しましょう」

 

咲夜が広間の時計を確認する。

 

「会場までは、どれくらいかかる?」

 

「空を飛べば、それほど遠くはないわ。余裕を持って着けるはずよ」

 

「夜には屋台も出るわよ」

 

パチュリーが本を閉じながら付け加えた。

 

外出するときまで本を読んでいるのか。

 

「屋台?」

 

「弾幕勝負の日には、幻想郷中から見物人が集まるの。人間も妖怪も関係なくね。会場の下では、勝負が始まる前から宴会をしているわ」

 

「決闘の下で宴会をするのか?」

 

「そうよ」

 

パチュリーは当然のように答える。

 

「弾幕を見ながら飲むお酒は格別なんですって。私は騒がしい場所が苦手だから、よく分からないけれど」

 

「その割には、今日は行くのだな」

 

「貴方が初めて弾幕勝負を見るのでしょう? 説明する者が必要だと思っただけよ」

 

そう言うと、パチュリーは俺から顔を背けた。

 

口では何と言っていても、俺を気遣って同行してくれるらしい。

 

「それじゃあ、行くわよ」

 

レミリアが玄関へ向かおうとする。

 

そのときだった。

 

「待って!」

 

階段の上から声が響いた。

 

全員が振り返る。

 

そこには、フランが立っていた。

 

いつから聞いていたのか、こちらを見つめる深紅の瞳には強い意志が宿っている。

 

「フラン?」

 

レミリアの声が僅かに硬くなった。

 

フランは階段を駆け下りると、そのまま俺たちの前までやってきた。

 

「みんな、どこに行くの?」

 

「少し出かけるだけよ」

 

「弾幕勝負を見に行くんでしょ?」

 

どうやら、話は聞かれていたらしい。

 

レミリアと咲夜が顔を見合わせる。

 

「私も行く」

 

「駄目よ」

 

レミリアは即座に答えた。

 

フランの表情が曇る。

 

「どうして?」

 

「今夜は、大勢の人間や妖怪が集まるの。貴方にはまだ早いわ」

 

「お庭ではチルノたちとも遊んでるよ」

 

「それとは違うの」

 

「何が違うの?」

 

「何って……」

 

レミリアが言葉に詰まる。

 

俺にも、彼女がフランを連れていきたくない理由は分かった。

 

フランは以前よりも力を抑えられるようになった。

 

チルノたちとも遊び、誰かと過ごすことにも少しずつ慣れてきている。

 

だが、今夜の会場には数え切れないほどの者が集まるという。

 

長い間、紅魔館の中で暮らしていたフランを、いきなりそのような場所へ連れていくことが正しいのか。

 

レミリアにも判断できないのだろう。

 

「今日は、お留守番をしていなさい」

 

それでも、レミリアは姉として言い聞かせた。

 

「嫌」

 

「フラン」

 

「嫌ったら嫌!」

 

フランが強く首を振る。

 

「お兄さまも行くんでしょ?」

 

「ああ」

 

「だったら私も行く!」

 

フランは俺の腕へ抱きついた。

 

そのまま、レミリアを睨むように見つめる。

 

「お兄さまと一緒なら、何もしないもん。勝手にどこかへ行ったりしないし、誰かを壊したりもしない」

 

「そういう問題ではないのよ」

 

「じゃあ、どういう問題なの?」

 

「それは……」

 

「あの赤い霧のときも、お姉さまは私に待っててって言ったよね」

 

再びレミリアが言葉を失う。

 

「どうして私だけ、いつもお留守番なの?」

 

フランの声から、先ほどまでの勢いが消えた。

 

俺の腕を掴む手へ、僅かに力が入る。

 

「私だって、外に行ってみたい」

 

広間が静かになった。

 

レミリアは何も言わず、妹の顔を見つめている。

 

フランを守るために館へ残すのか。

 

それとも、外へ出る機会を与えるのか。

 

どちらも、姉として妹を思ってのことだろう。

 

だからこそ、簡単には決められない。

 

「俺が見ていよう」

 

俺が言うと、レミリアがこちらへ顔を向けた。

 

「ナガト?」

 

「フランが俺から離れないと言うなら、俺が傍にいる。何かあれば、すぐに連れて帰る」

 

「でも……」

 

「咲夜とパチュリーもいる。それに、レミリアもいるだろう」

 

レミリアはしばらく黙っていた。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「……分かったわ」

 

「本当!?」

 

フランの顔が明るくなる。

 

「ただし、条件があるわ」

 

レミリアは指を一本立てた。

 

「勝手に私たちから離れないこと。会場で力を使わないこと。それから、ナガトか咲夜に帰ると言われたら、素直に従うこと」

 

「うん!」

 

「まだあるわ。知らない人に勝手についていかないこと。人のものを壊さないこと。喧嘩を売られても買わないこと。それから――」

 

「レミー」

 

パチュリーが口を挟んだ。

 

「全部言っていたら、勝負が終わるわよ」

 

レミリアは広間の時計を見る。

 

その顔が固まった。

 

「……咲夜。あとどれくらい?」

 

「予定していた出発時刻は、少し前に過ぎたわね」

 

「どうして教えなかったのよ!」

 

「お嬢様が妹様を説得している途中でしたので」

 

咲夜は平然としている。

 

「今からなら、まだ間に合うでしょう?」

 

「開始には間に合うと思うけれど、会場の近くはもう見物人で埋まっているでしょうね」

 

レミリアは広間の時計を見つめた後、何かを思いついたように咲夜へ顔を向けた。

 

「咲夜。時間を止めて、私たちを会場まで運べない?」

 

「無理です」

 

「即答なのね」

 

「停止した時間の中では、他の人に触れられません。私一人なら先に行けますが、皆様を運ぶことはできませんよ」

 

その言葉に、俺は咲夜を見る。

 

「……時間を止められるのか?」

 

「あら。言っていなかったかしら?」

 

「初耳だ」

 

「私の能力よ。時間を止めたり、進み方を変えたりできるわ」

 

これまでにも、咲夜の姿を一瞬見失うことはあった。

 

単に動きが速いのだと思っていたが、実際には俺の時間だけが取り残されていたらしい。

 

「随分と強力な能力だな」

 

「便利ではあるけれど、何でもできるわけではないわ。今みたいにね」

 

咲夜は広間の時計へ目を向けた。

 

「私の能力について話すのは後にしましょう。これ以上遅れると、本当に開始へ間に合わなくなるわ」

 

「とにかく、急いで支度をしなさい!」

 

レミリアがフランへ向き直る。

 

「はーい!」

 

フランは元気よく答えると、階段を駆け上がっていった。

 

しばらくして、外出用の服を抱えた妖精メイドたちが、その後を慌ただしく追っていく。

 

その様子を見送り、パチュリーが呟いた。

 

「さらに遅くなりそうね」

 

レミリアは聞こえなかったふりをした。

 

◇

 

空が完全に暗くなった頃、俺たちはようやく紅魔館を出発した。

 

案の定、フランの支度には時間がかかった。

 

初めはすぐに着替えると言っていたのだが、外套の色が気に入らない、帽子が服に合わないと、途中からレミリアまで加わって騒ぎ始めた。

 

最終的にフランは、黒を基調とした外套を羽織り、赤いリボンの付いた帽子を被っていた。

 

「似合ってる?」

 

隣を飛ぶフランが尋ねてくる。

 

「ああ。似合っている」

 

「えへへ」

 

満足そうに笑い、俺のすぐ傍を飛ぶ。

 

レミリアは少し前を進みながら、何度も後ろを振り返っていた。

 

口では厳しいことを言っていたが、フランを初めて大勢の者がいる場所へ連れていくことが、やはり心配なのだろう。

 

「もう少し急ぐわよ!」

 

「レミリアがフランの帽子を選び直さなければ、もう少し早く出られたと思うが」

 

「初めて大勢の前に出るのよ。姉として、変な格好をさせるわけにはいかないでしょう?」

 

「お姉さまが選んだ帽子、最初のとほとんど同じだったよ」

 

「全然違うわ!」

 

前を飛ぶ咲夜が、声を立てずに笑っている。

 

パチュリーは我関せずといった様子で、その隣を飛んでいた。

 

やがて、霧の向こうに幾つもの明かりが見えてきた。

 

初めは、人里の灯かと思った。

 

だが、近づくにつれて、その数が尋常ではないことに気づく。

 

地上には無数の提灯が並び、その間を多くの者が行き交っていた。

 

人間だけではない。

 

翼を持つ者。

 

獣の耳を持つ者。

 

頭に角を生やした者。

 

姿も種族も異なる者たちが、同じ場所へ集まっている。

 

遠く離れた空にまで、笑い声や呼び込みの声が届いていた。

 

「……本当に祭りだな」

 

「言ったでしょう?」

 

レミリアは得意そうに笑った。

 

「あそこにいる全員が、弾幕勝負を見に来たのか?」

 

「ええ。もっとも、勝負より宴会を楽しみにしている者も多いでしょうけど」

 

咲夜が答える。

 

会場の上空には、薄く光る巨大な結界が広がり始めていた。

 

その周囲には既に大勢の見物人が集まり、空にも地上にも入り込めそうな場所はほとんど残されていない。

 

「やっぱり遅かったわね」

 

パチュリーが淡々と言う。

 

「まだ始まってはいないでしょう!」

 

「今からあの中へ入っても、落ち着いて見られないわ」

 

レミリアは悔しそうに会場を見つめた。

 

そのとき、パチュリーが会場から離れた方角へ目を向ける。

 

「あちらの丘へ行きましょう」

 

「丘?」

 

「ここから少し離れているけれど、空を見るには十分よ。それに、あそこなら静かに見られるわ」

 

パチュリーの指した先には、なだらかな丘があった。

 

会場の明かりもほとんど届かない、暗い場所だ。

 

俺たちは進路を変え、宴会場を大きく迂回して丘へ向かった。

 

会場から離れるにつれ、地上の喧騒が遠ざかっていく。

 

やがて喧騒は小さくなり、草を揺らす夜風と、虫の声だけになった。

 

丘の上には誰の姿もなかった。

 

パチュリーが言った通り、静かに見るには適した場所らしい。

 

俺たちは柔らかな草の上へ降り立った。

 

振り返ると、遠くに宴会場の灯が見える。

 

無数の提灯が集まり、夜の地上へ小さな光の街を作っていた。

 

そこからさらに上空へ目を向ける。

 

薄く輝く巨大な結界の中に、三つの人影が浮かんでいる。

 

一人は、赤と白の衣装を身に着けた霊夢。

 

その向かいには、青と白の衣装をまとい、緑色の髪をした少女がいた。

 

「あれが、東風谷早苗よ」

 

パチュリーが教えてくれる。

 

守矢神社の風祝。

 

霊夢と同じく、神に仕える者だという。

 

二人の間には、金色の髪と九本の尾を持つ女が立っていた。

 

その手には、複雑な紋様の刻まれた魔道具が握られている。

 

「見届け人の八雲藍よ」

 

「八雲……」

 

昨夜会った女と同じ名だった。

 

「幻想郷の管理者である八雲紫。彼女はその式神ね。大抵彼女が見届け人を務めているわ」

 

紫本人は姿を見せないか。

 

昨夜の言葉を思い返せば、この場のどこかから俺の反応を眺めていても不思議ではなかった。

 

藍が魔道具を頭上へ掲げる。

 

遠くに見える宴会場のざわめきが、少しずつ収まっていく。

 

丘にいる俺たちの間にも、自然と沈黙が訪れた。

 

フランは俺の隣へ腰を下ろし、膝を抱えながら空を見上げている。

 

レミリアもその反対側に立ち、期待に満ちた目を結界へ向けていた。

 

やがて、藍の声が魔道具を通じて夜空へ広がった。

 

遠く離れたこの丘にも、一言一句、明瞭に届く。

 

「これより、人里の豊穣祭における主祭の座を懸け――」

 

どうにか、間に合ったらしい。

 

俺は草の上へ腰を下ろし、空に浮かぶ二人へ目を向けた。

 

博麗霊夢と、東風谷早苗。

 

二人の巫女による弾幕勝負が、今まさに始まろうとしていた。

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