東方輪廻談 ~ナガト幻想郷忍伝~   作:Takuma218

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第十七話 夜空に咲くもの

「これより、人里の豊穣祭における主祭の座を懸け、博麗神社と守矢神社による弾幕勝負を執り行う」

 

八雲藍の声が、夜空へ響き渡った。

 

宴会場から離れた丘にいる俺たちにも、すぐ傍で話しているかのようにはっきりと聞こえる。

 

藍が掲げた魔道具によるものらしい。

 

遠くに見える宴会場の明かりが、少しずつ静まっていく。

 

先ほどまで微かに届いていた人々の声も消え、誰もが空に浮かぶ三人へ目を向けていた。

 

「この勝負は、見届け人たる我、八雲藍が取り仕切る。両者、名と使用するスペルカードの枚数を宣言せよ!」

 

藍の声に応じ、青と白の衣装をまとった少女が御幣を掲げた。

 

「東風谷早苗! 使用スペルカード六枚!」

 

続いて、霊夢が一歩前へ出る。

 

「博麗霊夢! 使用スペルカード三枚!」

 

その瞬間、地上から大きなどよめきが起こった。

 

「……三枚?」

 

俺が呟くと、隣に座っていたパチュリーが僅かに目を細めた。

 

「随分と思い切ったわね」

 

「早苗の半分しかない。枚数が多い方が有利なのではないか?」

 

攻撃の手段が多ければ、それだけ相手を追い詰める機会も増える。

 

単純に考えれば、三枚しか持たない霊夢の方が不利に思えた。

 

「ええ。有利よ。だから普通は六枚か七枚。自信がある者でも、五枚くらいは用意するわ」

 

「なら、なぜ霊夢は三枚しか持たない?」

 

「三枚しか持たないのではないわ」

 

パチュリーは空に浮かぶ霊夢を見つめた。

 

「三枚あれば十分だと、早苗にも観客にも宣言したのよ」

 

スペルカードの枚数は、単なる武器の数ではない。

 

自分がどれほど少ない攻撃で相手を倒せるか。

 

それを観客の前で示す、自信と技量の表明でもあるらしい。

 

「相変わらず生意気ね」

 

レミリアはそう言いながらも、どこか楽しそうに笑っていた。

 

「三枚とも避けられた場合はどうなる?」

 

「早苗がまだカードを残していれば、そのまま続行よ。霊夢はスペルカードを使わずに戦いながら、早苗の残りを避けなくてはならないわ」

 

それは相当に不利だ。

 

「双方がすべてのスペルカードを使い切った場合は?」

 

「見届け人の許可を受けて、一枚ずつ追加する延長戦になる。それでも決まらなければ引き分けよ」

 

つまり霊夢は、自ら攻撃の機会を減らしている。

 

三枚で決められなければ、その後は守りながら早苗の失敗を待つしかない。

 

そこまで考えたうえでの宣言なのだろう。

 

「三枚だけで大丈夫なの?」

 

俺の隣で膝を抱えていたフランが尋ねる。

 

「心配しているのか?」

 

「だって、向こうの方がいっぱい持ってるよ?」

 

「心配はいらないわ」

 

レミリアが即座に答えた。

 

「あいつは、あれくらいで負けるような巫女じゃないもの」

 

紅霧異変では、その霊夢に退治されたはずなのだが。

 

レミリアの声には、不思議な信頼が込められていた。

 

藍が二人の申告を確認し、再び魔道具を掲げる。

 

「宣言を確認した。両者、己が名に懸けて誓いを立てよ!」

 

早苗と霊夢が同時に口を開く。

 

「我、守矢の風祝の名に懸けて――」

 

「我、博麗の巫女の名に懸けて――」

 

二人の声が重なる。

 

「「正々堂々と勝負することを、ここに誓う!」」

 

藍の持つ魔道具が強い光を放った。

 

光は真っ直ぐ上空へ伸びた後、大きく広がり、半透明の膜となって会場一帯を覆っていく。

 

「あれが結界か」

 

「ええ。勝負中の弾幕が、外へ飛び出さないようにするものよ」

 

咲夜が答えた。

 

やがて結界が閉じ、淡い光が夜空へ溶け込んだ。

 

藍は二人から離れ、結界の端へ移動する。

 

「誓約を受理した。両者、構えよ!」

 

早苗が御幣を正面へ向け、僅かに腰を落とす。

 

その周囲には数枚の札が浮かび、淡い緑色の光を帯び始めた。

 

霊夢もお祓い棒を構える。

 

同時に、霊夢の両脇へ二つの球体が浮かび上がった。

 

紅白に塗り分けられた、不思議な模様の玉だった。

 

「あれは?」

 

「陰陽玉よ。博麗の巫女が使う武器の一つね」

 

パチュリーが答える。

 

「スペルカードではないのか?」

 

「ええ。普段使う札やお祓い棒と同じ。勝負の間、霊夢の動きに合わせて攻撃を補助するわ」

 

二つの陰陽玉は霊夢を守るようにゆっくりと回り、その表面へ赤い光を集めていく。

 

地上も、丘の上も静まり返った。

 

虫の声さえ、今だけは遠くなったように感じられた。

 

向かい合う二人が、同時に叫ぶ。

 

「「いざ、尋常に――勝負!」」

 

その声とともに、二人の姿が空へ飛び出した。

 

早苗が御幣を振る。

 

白い札が扇状に放たれ、その一枚一枚から緑色の光弾が生まれた。

 

霊夢も数枚の札を放つ。

 

さらに左右の陰陽玉が霊夢から離れ、それぞれ異なる角度から赤と白の光弾を撃ち出した。

 

霊夢本人の札と、二つの陰陽玉から放たれる光。

 

三方向からの攻撃が、早苗の進路で交差する。

 

早苗は大きく弧を描いて上昇し、光弾を引きつけてから急降下した。

 

行き場を失った札と光弾が互いにぶつかり、赤い光となって消える。

 

早苗も反撃する。

 

御幣から放たれた光弾が、列を作って霊夢へ迫った。

 

霊夢は正面から迫る光へ向かい、そのまま飛び込んでいく。

 

「何を――」

 

衝突する。

 

そう思った瞬間、霊夢の身体が僅かに横へずれた。

 

最初の光弾が袖の脇を通り過ぎる。

 

霊夢は続く二発の間へ身体を滑り込ませ、ほとんど速度を落とさずに弾幕を抜けていた。

 

「速い……」

 

美鈴やフランとの戦いで、空を飛ぶ者は見てきた。

 

だが、二人の動きはそれらとは何かが違う。

 

単純な速さだけではない。

 

無数の弾が交差する直前まで進路を変えず、必要最低限の動きだけで避けている。

 

特に霊夢の動きは異様だった。

 

空中で急停止しても、身体が揺れない。

 

次の瞬間にはまったく別の方向へ動いているのに、その身には風の抵抗を受けた様子すらなかった。

 

何より、魔力の流れが見えない。

 

「霊夢は、何を使って飛んでいる?」

 

俺が尋ねると、パチュリーが僅かに目を細めた。

 

「何も使っていないわ」

 

「何も?」

 

「私たちは魔力で身体を浮かせ、風や重力へ働きかけて飛ぶ。でも、霊夢は違う」

 

霊夢は横一列に並んだ光弾へ近づくと、身体を傾けることさえなく、その間をすり抜けた。

 

「空を飛ぶ程度の能力。あの子は、飛ぶと思えば飛べるのよ」

 

「それだけか?」

 

「それだけ。だから厄介なの」

 

理屈も、魔力も必要ない。

 

霊夢が飛ぶと思えば、飛ぶ。

 

空を進むというより、世界のどこに自分がいるかを自由に選んでいるような動きだった。

 

「行きますよ、霊夢さん!」

 

早苗が一枚のカードを取り出した。

 

周囲から歓声が上がる。

 

「秘術――『グレイソーマタージ』!」

 

カードが緑色に輝き、その正面へ五芒星を描いた魔法陣が現れる。

 

五つの頂点から、大きな星形の光弾が放たれた。

 

光弾は霊夢を狙わず、それぞれ別の方向へ飛んでいく。

 

外れたように見えた。

 

だが次の瞬間、五つの星が一斉に弾けた。

 

無数の小さな光弾が五芒星の線を描きながら広がり、別の場所で再び交差する。

 

一つの星の中に、また別の星が生まれる。

 

緑色の星々は重なりながら空を埋め、霊夢の逃げ道を少しずつ奪っていった。

 

「綺麗……」

 

フランが小さく呟いた。

 

俺も、同じことを考えていた。

 

これは攻撃だ。

 

一つでも触れれば、霊夢の敗北が決まる。

 

それなのに、夜空へ幾重にも描かれる星は、敵を傷つけるためのものには見えなかった。

 

霊夢は星の弾幕を前にしても、速度を緩めない。

 

光弾と光弾が交差する一瞬前、その僅かな隙間へ飛び込む。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

星の線を潜り抜けるたび、赤と白の衣装が緑の光に照らされた。

 

最後の一弾が背後を通り過ぎる。

 

霊夢は、すべて避け切った。

 

丘まで歓声が届く。

 

早苗は悔しそうに口元を引き結んだが、すぐに次の攻撃へ備えた。

 

対する霊夢が、一枚目のカードを取り出す。

 

「今度はこっちの番ね」

 

霊夢が札を掲げた。

 

「夢符――『二重結界』!」

 

白い光が広がり、霊夢の前後へ二つの結界が現れる。

 

一つは霊夢の近くで小さく回り、もう一つは早苗を囲むように大きく広がっていた。

 

霊夢が数枚の札を放つ。

 

札は内側の結界を通り抜けた瞬間に加速し、外側の結界へ触れると軌道を変えた。

 

正面へ飛んだはずの札が、早苗の背後から現れる。

 

右へ避ければ上から。

 

上へ逃げれば左から。

 

放たれた札の数は少ない。

 

だが、二つの結界を行き来するたびに進路を変え、何度も早苗へ迫っていく。

 

「同じ攻撃を使い回しているのか」

 

「言い方は悪いけれど、そうね」

 

パチュリーが答えた。

 

「少ない弾で、広い範囲を支配している。霊夢らしい弾幕だわ」

 

早苗は御幣から通常弾を放ち、迫る札の軌道を乱す。

 

その僅かな隙に身体を捻り、外側の結界を抜けた。

 

霊夢の一枚目も、早苗を捉えられないまま光となって消える。

 

互いに一枚ずつ。

 

それでも、どちらにも焦りは見えなかった。

 

「奇跡――『白昼の客星』!」

 

早苗の二枚目が発動する。

 

一筋の光が空へ昇り、巨大な星を作り出した。

 

星が輝いた瞬間、夜が消えた。

 

暗かった丘も、遠くの宴会場も、空に浮かぶ霊夢の姿も、白昼のような光に照らし出される。

 

続いて、星から幾本もの光線が降り注いだ。

 

太い光の柱の間には、無数の星弾が雨のように流れている。

 

霊夢は光線を避け、その影へ潜り込むように身体を滑らせる。

 

そこへ星弾が降る。

 

身体を横へずらす。

 

次の光線が進路を塞ぐ。

 

それでも霊夢は止まらない。

 

どの弾も、初めからそこにないかのように通り抜けていく。

 

「どうして当たらないの?」

 

フランが身を乗り出した。

 

「早苗の弾は、ちゃんと霊夢を狙ってるんでしょ?」

 

「狙っているわ」

 

レミリアが答える。

 

「あいつが、狙われた場所からいなくなるだけよ」

 

やがて客星が薄れ、夜の暗さが戻ってくる。

 

霊夢の身体には、光弾が触れた跡すらなかった。

 

早苗は間を置かず、三枚目を掲げる。

 

「開海――『海が割れる日』!」

 

青い魔法陣から溢れ出した光弾が、巨大な二つの波となった。

 

波は左右へ分かれ、霊夢を挟み込むように押し寄せる。

 

正面にだけ、海を割って作られた道のような空間が残されていた。

 

「あそこへ入れば避けられる」

 

フランが声を上げる。

 

「いいえ。あれは罠よ」

 

パチュリーが答えた。

 

霊夢は、迷わずその道へ飛び込んだ。

 

「入っちゃった!」

 

左右へ分かれていた波が大きく曲がり、霊夢の背後から閉じ始める。

 

青い光が重なり、逃げ道を呑み込んでいく。

 

それでも霊夢は振り返らない。

 

波が完全に閉じる直前、その身体が僅かに沈んだ。

 

次の瞬間には、重なる光弾の向こう側へ抜けていた。

 

二つの波が衝突し、青い光の飛沫が夜空いっぱいに散る。

 

その光景に、俺は息を呑んだ。

 

水遁で作られた本物の水ではない。

 

それでも、夜空に海が生まれ、割れ、再び閉じたように見えた。

 

戦場でこれほど多くの術が飛び交えば、地上には瓦礫と死体が残る。

 

だが、ここで光が消えた後に残るのは、観客の歓声だけだった。

 

「まだです!」

 

早苗が四枚目のカードを掲げる。

 

「準備――『サモンタケミナカタ』!」

 

幾重もの魔法陣が開き、そこから現れた緑色の光弾が、巨大な風の柱となって霊夢を取り囲む。

 

霊夢はその間を抜けながら、札と陰陽玉で早苗を牽制する。

 

早苗は自らの弾幕を操りながらも、三方向から放たれる光を避けなくてはならない。

 

攻める側にも、完全な安全はないらしい。

 

陰陽玉から放たれた一弾が早苗の進路を塞ぐ。

 

早苗は身体を翻し、紙一重でそれをかわした。

 

その先へ霊夢の札が迫る。

 

早苗は御幣を振り、風をまとって急上昇した。

 

札が足元を通過する。

 

風の柱が消えたとき、早苗は既に息を乱し始めていた。

 

対する霊夢は、変わらぬ表情で空に浮かんでいる。

 

「霊夢は、まだ一枚しか使っていないぞ」

 

「焦る必要がないもの」

 

レミリアが笑った。

 

「早苗の弾幕を見ながら、あの子がどう避けるかを調べているのよ」

 

「調べている?」

 

「そのうち分かるわ」

 

霊夢が二枚目のカードを取り出した。

 

「神技――『八方鬼縛陣』!」

 

八枚の札が空へ散る。

 

札は早苗を取り囲む八つの方角で静止し、それぞれを中心に赤い魔法陣を展開した。

 

八つの陣から、札と光弾が放たれる。

 

一方向から見れば、十分に避けられる隙間がある。

 

しかし、早苗が右へ逃げれば、左からの弾が追い立てる。

 

上へ飛べば、下方の陣が進路を変えさせる。

 

八方から迫る弾幕は、早苗を直接狙っているようには見えなかった。

 

「霊夢は、早苗をどこへ追い込もうとしている?」

 

俺が尋ねる。

 

「決まった場所ではないわ」

 

パチュリーは回転する八つの陣を見つめていた。

 

「早苗がどう逃げるかを見ているの。右へ避けるのか、左へ抜けるのか。上と下、どちらを選ぶのか」

 

早苗は迫る札の隙間を見つけ、左斜め上へ飛び込んだ。

 

魔法陣が回り、再び同じような弾幕を放つ。

 

今度の早苗は右下を選んだ。

 

それを繰り返し、少しずつ包囲の外へ近づいていく。

 

やがて早苗は八つの陣を抜け、開けた空へ飛び出した。

 

霊夢の二枚目も消える。

 

それでも霊夢の表情は変わらない。

 

「逃げられたのに、嬉しそうね」

 

咲夜が呟いた。

 

確かに、霊夢の口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

 

早苗の避け方を知る。

 

そのために使った弾幕だったというのか。

 

早苗が五枚目のカードを掲げる。

 

「奇祭――『目処梃子乱舞』!」

 

細長い金色の光弾が束となり、幾本もの柱を作り上げた。

 

柱は傾き、回転し、互いに交差しながら空を進む。

 

その周囲では赤と緑の小さな魔弾が輪を作り、踊るように跳ね回っていた。

 

一度目と二度目で動きが違う。

 

無秩序に見えるが、完全な乱れではない。

 

音の聞こえない祭り囃子に合わせ、巨大な行列が空を練り歩いているようだった。

 

霊夢は僅かな隙間を見つけ、光の柱の間へ入る。

 

身体を傾け、回転する柱と一緒に円を描く。

 

小さな弾を紙一重でかわし、柱の動きが変わる直前に外へ抜けた。

 

最後の一弾が霊夢の髪を揺らして通り過ぎる。

 

またしても、早苗の弾幕は届かなかった。

 

残るスペルカードは、あと一枚。

 

早苗は大きく息を吸い、最後のカードを取り出した。

 

地上から、これまでで最も大きな歓声が上がる。

 

「霊夢さん。これで決めます!」

 

「ええ。来なさい」

 

霊夢も最後のカードへ手を掛けた。

 

早苗が札を胸元へ構える。

 

「大奇跡――『八坂の神風』!」

 

夜空を覆うほど巨大な魔法陣が開いた。

 

直後、風が爆発する。

 

早苗を中心に生まれた暴風が、無数の緑色の魔弾を巻き込みながら渦を作った。

 

渦は一つではない。

 

幾つもの風の輪が互いに逆方向へ回転し、魔弾を複雑な螺旋へ変えていく。

 

空も、丘も震えていた。

 

結界がなければ、地上の宴会場まで吹き飛ばされていただろう。

 

霊夢の姿が、緑色の光と暴風の中へ呑み込まれる。

 

「あっ、見えなくなっちゃった!」

 

フランが立ち上がった。

 

「座っていなさい」

 

レミリアの声は落ち着いていた。

 

その目は、渦の中心から離れていない。

 

俺も輪廻眼を凝らす。

 

幾重にも重なる風と魔弾。

 

その僅かな隙間に、赤と白の姿が見えた。

 

霊夢は弾幕へ逆らっていなかった。

 

風に流され、魔弾が通り過ぎる瞬間だけ僅かに位置を変えている。

 

避けようと力を込めるのではない。

 

自分を縛るものなど初めから存在しないかのように、暴風の中を漂っていた。

 

やがて霊夢が、最後のカードを掲げる。

 

「霊符――」

 

白い光が暴風を貫いた。

 

霊夢の背後に巨大な魔法陣が開き、その周囲へ七色の光球が現れる。

 

「『夢想封印』!」

 

光球が一斉に放たれた。

 

真っ直ぐ早苗へ向かうもの。

 

大きく上空へ回り込むもの。

 

一度地上近くまで降りてから、急角度で上昇するもの。

 

七色の光は別々の方向へ散りながら、最後には早苗のいる一点へ集まっていく。

 

早苗が右へ逃げる。

 

そこには既に、青い光球が回り込んでいた。

 

左へ進路を変える。

 

今度は赤と黄色の光が、その先を塞ぐ。

 

上へ。

 

下へ。

 

斜め後方へ。

 

早苗が進路を選ぶたび、七色の光が先回りする。

 

「追尾しているだけではないな」

 

「あら、気づいた?」

 

レミリアが笑う。

 

「あの光は、早苗がいる場所を追っているのではない。早苗が次に逃げる場所へ向かっている」

 

八方鬼縛陣で見せた、早苗の回避。

 

右へ追われたとき、どこへ逃げるのか。

 

上下を塞がれたとき、どの隙間を選ぶのか。

 

霊夢は、すべて覚えていた。

 

夢想封印は早苗を追いながら、その逃げ方に合わせて一つずつ道を消していく。

 

早苗は上空へ飛び出した。

 

そこだけが、最後に残された隙間だった。

 

だが、その先には霊夢がいた。

 

霊夢が一枚の御札を放つ。

 

何の変哲もない、通常の札。

 

早苗は進路を変えようとする。

 

背後からは七色の光。

 

左右にも逃げ場はない。

 

早苗の目が見開かれた。

 

御札が、その肩へ触れる。

 

白い光が小さく弾けた。

 

同時に、空を覆っていた暴風が消えた。

 

七色の光球も動きを止め、夜空へ溶けるように消えていく。

 

静寂。

 

藍が早苗の被弾を確認し、片手を掲げた。

 

「有効被弾を確認! 勝者――博麗霊夢!」

 

次の瞬間、地上から凄まじい歓声が上がった。

 

丘の上にまで届く声が、夜の空気を震わせる。

 

フランも両手を上げて跳びはねた。

 

「すごい! 本当に三枚で勝っちゃった!」

 

「だから言ったでしょう?」

 

レミリアも満足そうに笑っている。

 

空では早苗が悔しそうに肩を落としていた。

 

それでも霊夢へ向き直ると、素直に頭を下げる。

 

霊夢もそれに応じ、僅かに笑った。

 

血は流れていない。

 

倒れた者もいない。

 

地上には、人間も妖怪も神もいる。

 

その全員が、勝者と敗者の双方へ惜しみない拍手を送っていた。

 

俺は誰もいなくなった夜空を見上げる。

 

僅かに残った魔力の光が、星のように瞬いている。

 

戦いでありながら、誰かを傷つけるためのものではない。

 

勝敗を決めながら、憎しみを残すものでもない。

 

これが、幻想郷の弾幕勝負。

 

八雲紫が俺に見せようとしたものだった。

 

だが、まだ分からないことがある。

 

勝負が終わった後、勝者と敗者はどうなるのか。

 

遠くの宴会場では、再び賑やかな音が響き始めていた。

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