東方輪廻談 ~ナガト幻想郷忍伝~   作:Takuma218

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第三話 地下の大図書館

レミリアに勧められた翌日。

 

その日の仕事を終えた俺は、咲夜の案内で紅魔館の地下へ向かっていた。

 

「図書館はまだ先なのか?」

 

「もうすぐよ。地下は空間が少し複雑になっているから、最初は一人で歩かない方がいいわ」

 

先を歩く咲夜は、迷う素振りもなく薄暗い廊下を進んでいく。

 

幾つもの角を曲がり、長い階段を下りた先に、両開きの重厚な扉が現れた。

 

「ここが大図書館よ」

 

咲夜が扉へ手をかける。

 

蝶番が低い音を立て、扉がゆっくりと開いていく。

 

その先に広がっていたのは、本の海だった。

 

天井まで届く巨大な本棚が、どこまでも果てしなく並んでいる。棚へ収まりきらなかった本は、机の上から床に至るまで、要塞のように積み上げられていた。

 

これほどの蔵書を目にしたことはない。

 

一体、何年かければすべてを読み終えられるのだろう。

 

余りの光景に圧倒されていると、図書館の奥から、一人の少女が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

紅い長髪を持ち、頭と背中には蝙蝠のような小さな翼を生やしている。

 

「咲夜さーん、大変でーす!」

 

「落ち着きなさい。何があったの?」

 

咲夜に制され、少女は俺の前で足を止めた。

 

その視線が俺の顔へ向き、輪廻眼を捉えた途端、大きく見開かれる。

 

咲夜は、そんな少女を俺へ示した。

 

「彼女は小悪魔。パチュリー様の助手で、この図書館の管理を手伝っているわ」

 

続いて、俺の方を示す。

 

「小悪魔、こちらが長門。話には聞いていると思うけれど、新しく入った執事よ」

 

小悪魔は輪廻眼を気にしながら、僅かに身を引いた。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「長門だ。よろしく頼む」

 

「はい。私は小悪魔と――って、そんなことより大変なんです!」

 

我に返った小悪魔が声を上げる。

 

「今朝からパチュリー様の姿が見えないんです! 図書館中を探しても、どこにもいなくて……!」

 

小悪魔がまくし立てた、そのときだった。

 

彼女の後ろに積み上げられていた本の山が、ゆっくりと傾いた。

 

次の瞬間、轟音を立てて倒壊する。

 

「きゃ――っ!」

 

悲鳴とともに本が床へなだれ落ち、辺りに埃が舞い上がった。

 

俺たちは思わず顔を見合わせる。

 

そして――。

 

「パチュリーさまーっ!」

 

本の山の下から僅かに覗いた紫色の髪を見つけ、小悪魔が飛びついた。

 

どうやら、探し人は初めから図書館の中にいたらしい。

 

呆れている場合ではない。

 

咲夜と小悪魔が次々に本を退かし、俺も右手を伸ばす。

 

「――万象天引」

 

見えない力で上に積み重なった本を数冊ずつ浮かせ、離れた床へ移していく。

 

一度にすべてを動かせれば早いが、ここは慎重な操作が必要だ。

 

ふと横を見ると、小悪魔が手を止め、不思議そうに俺を見ていた。

 

「い、今のは何ですか?」

 

「俺の術だ」

 

「へえ、便利ですね」

 

感心している場合なのだろうか。

 

案外、呑気な奴らしい。

 

そうしてすべての本を取り除くと、その下から紫色の髪をした少女が現れた。

 

目を回し、床へ力なく横たわっている。

 

「むきゅ~……」

 

 

「……コホン。恥ずかしいところを見せたわね」

 

しばらくして意識を取り戻した少女は、服についた埃を払った。

 

その頬は、まだ僅かに赤い。

 

「私はパチュリー・ノーレッジ。この図書館で魔法の研究をしているわ」

 

何事もなかったように平静を装っているが、先ほどの姿を見た後では威厳を感じるのは難しかった。

 

「長門だ」

 

自己紹介を終えると、咲夜が床に散乱した本を一冊拾い上げ、パチュリーへ差し出した。

 

「パチュリー様。お話の前に、こちらを片づける必要があるのでは?」

 

「あとで小悪魔が片づけるわ」

 

「私がですか!?」

 

「貴方は図書館の管理を手伝うのが仕事でしょう?」

 

「そもそも、これを積み上げたのはパチュリー様ですよね!?」

 

「読み終えた本を元へ戻すのも、図書館を管理する者の仕事よ」

 

「そんな無茶な……」

 

二人が言い合う横で、咲夜が小さく息をついた。

 

どうやら、これもこの図書館では珍しくない光景らしい。

 

俺は散らばった本へ目を向け、再び右手を伸ばした。

 

 

本を片づけた後、俺たちは図書館の中央にある大きな机を囲んでいた。

 

パチュリーは向かい側の椅子に腰掛け、値踏みするように俺を観察している。

 

「さて、レミーから簡単には聞いているわ。貴方は、以前いた場所で“忍術”という技術を使っていたそうね」

 

「ああ」

 

「魔法とは違うの?」

 

「俺がいた場所に、魔法と呼ばれる技術はなかった。少なくとも、俺は知らない」

 

「それなら、実際に見せてもらうのが一番早いわね」

 

パチュリーは即座に立ち上がった。

 

先ほど本の下敷きになっていたとは思えないほど、その目が輝いている。

 

「何か使ってみて」

 

「ここでか?」

 

俺は周囲を見渡した。

 

本棚が密集し、床にもまだ何冊か本が積まれている。

 

「火を使えば、本まで燃えるぞ」

 

「この図書館の本には、状態保存と耐火の魔法をかけてあるの。心配しなくても、少しくらいの火では燃えはしないわ」

 

「それでも狭すぎる」

 

「それなら問題ないわ。咲夜」

 

パチュリーに呼ばれ、咲夜が一歩前へ出た。

 

「空間を広げればよろしいのですね」

 

「お願い」

 

咲夜が指を鳴らす。

 

その瞬間、周囲の景色が歪んだ。

 

本棚が音もなく遠ざかり、床が四方へ広がっていく。天井も徐々に高くなり、机の周囲に、ちょっとした演習場ほどの空間が生まれた。

 

俺は思わず周囲へ視線を巡らせる。

 

壁を壊した様子はない。

 

空間そのものを操作したのか。

 

時空間忍術にも似ているが、印を結んだ形跡も、チャクラが動いた気配もなかった。

 

「これなら問題ないでしょう?」

 

咲夜が僅かに笑う。

 

「……大した術だ」

 

「褒めても何も出ないわよ」

 

そう言いながらも、その表情は少しだけ得意そうだった。

 

パチュリーは既に紙と筆記具を用意している。

 

「さあ、始めて」

 

「分かった。ただし、何を見せるかはこちらで選ぶ」

 

「構わないわ。まずは、忍術の基本が分かるものをお願い」

 

俺はパチュリーたちから距離を取り、広げられた空間の中央へ立った。

 

「忍術には、火、水、風、土、雷の五つを基本とする“性質変化”がある」

 

「五つの属性ということ?」

 

「そう考えて構わない。その中から、まずは火を見せよう」

 

手を胸の前へ運び、印を結ぶ。

 

巳、未、申。

 

久しぶりの感覚だった。

 

亥、午、寅。

 

指は考えるより先に動く。

 

暁を組織してから、俺は六道の術を使うことが多くなった。自ら印を結び、こうして純粋な忍術を放つ機会は、いつの間にかほとんどなくなっていた。

 

胸の奥でチャクラを練る。

 

肉体と精神から生み出された力が、喉元へ集まっていく。

 

その感覚が、弥彦(やひこ)小南(こなん)と共に自来也(じらいや)先生から教えを受けていた頃を思い出させた。

 

俺は息を大きく吸い込み、前方へ吐き出す。

 

「火遁・豪火球の術」

 

口から放たれた炎が、巨大な球となって空間を進む。

 

炎は離れた場所で爆ぜ、広がった熱風が図書館の空気を揺らした。

 

「すごいです!」

 

小悪魔が歓声を上げる。

 

咲夜は炎の残光を見つめ、僅かに目を細めた。

 

「見た目だけなら、炎の魔法と変わらないわね」

 

「ええ。起きている現象だけなら、よく似ているわ」

 

パチュリーは素早く筆を走らせながら、先ほどの術を振り返る。

 

「でも、発動までの仕組みは随分と違うようね。術を使う前に、両手を特定の形に結んでいた」

 

「あれは“印”と呼ばれる。基本となる形は十二種類あり、術ごとに決められた順番で組み合わせる」

 

「その印が、術の発動を補助しているのね」

 

「その理解で間違いない」

 

「そして、炎は口から出す、と」

 

妙なところに注目された。

 

ひとしきり記録すると、パチュリーは筆を止めた。

 

「ほかの四つも見せられる?」

 

「ああ」

 

再び印を結ぶ。

 

図書館への影響を考え、今度はそれぞれの威力を抑える。

 

「水遁・水乱波」

 

口から放たれた水流が床を走る。

 

「風遁・烈風掌」

 

両手を打ち合わせ、突き出した掌から風を放つ。

 

床を流れていた水が巻き上げられ、細かな飛沫となって空中へ散った。

 

続けて印を結び、足元へ意識を集中する。

 

「土遁・土流壁」

 

口から吐き出した土が床を覆い、低い振動とともに壁となってせり上がった。

 

最後に、掌へ雷の性質を与えたチャクラを集める。

 

青白い光が指先を走り、乾いた音を立てた。

 

放出はせず、その場で維持する。

 

「雷遁はこれで十分だろう」

 

パチュリーは実演の間も休まず、記録を取り続けていた。

 

「火は口、水も口、風は掌。土は再び口で、雷は手……」

 

筆先を止め、結論を書き加える。

 

「術によって、現象を生み出す場所も違うのね」

 

「正直、その“どとん”という技は、見ていて少し気持ち悪くなりましたぁ……」

 

小悪魔が、出来上がった土壁を複雑そうな顔で見つめている。

 

咲夜も同じものを眺め、静かに頷いた。

 

「確かに、人の口から出てよい量の土ではないわね」

 

考えたこともなかった。

 

術として使うのが当たり前だったため、その光景を外から見た者がどう感じるかなど、意識したこともない。

 

「喉の奥で、魔力を土へ変えているのかしら?」

 

パチュリーが首を傾げる。

 

「魔力ではない。チャクラだ」

 

俺は軽くチャクラを練り、掲げた掌へ集める。

 

「チャクラとは、己の細胞から取り出す肉体エネルギーと、経験や鍛錬によって培われた精神エネルギーを、体内で練り合わせたものだ」

 

「そのチャクラへ土の性質を与えて、物質として吐き出した?」

 

「大まかには、そういうことになる」

 

「人の体内で作った力が、これほど異なる現象へ変化するのね……」

 

パチュリーは土壁へ目を向けた後、記録用紙へ視線を戻した。

 

「それに、同じ術者が五つの属性を扱っている。誰にでもできることではなさそうね」

 

「その話は、いずれ必要になれば話そう」

 

今は忍術と魔法の違いを確かめる場だ。

 

適性や血継限界まで説明すれば、話が際限なく広がってしまう。

 

「分かったわ。では、今度はこちらを見せる番ね」

 

パチュリーは椅子から立ち上がり、袖の中へ手を入れた。

 

取り出された一枚の札を見て、小悪魔が反射的に数歩下がる。

 

咲夜も周囲を確認し、俺たちとの距離を取った。

 

パチュリーの指先に、淡い光が灯る。

 

「忍術と魔法が、どこまで似ているのか」

 

札を掲げた彼女の周囲へ、幾何学模様が浮かび始める。

 

「今度は貴方が確かめてみなさい、長門」

 

パチュリーが札へ力を流す。

 

その瞬間、五色の光が放たれた。

 

赤、青、緑、茶、黄。

 

それぞれの光が異なる軌跡を描き、宙に五つの幾何学模様を作り上げる。

 

複雑な線と文字を組み合わせた円。

 

その一つ一つへ、周囲から力が集まっていく。

 

チャクラではない。

 

だが、ここへ来てから何度か感じていたものと同じだった。

 

空気や大地、この図書館の壁にまで薄く染み込んでいる、正体の分からない力。

 

それがパチュリーの掲げた札へ呼び寄せられ、幾何学模様を通して別の形へ変わっていく。

 

五つの円から、異なる現象が同時に生まれた。

 

炎が舞い上がる。

 

水が帯となって流れる。

 

風が渦を巻き、石の弾が規則正しく宙を走る。

 

その隙間を縫うように、雷光が瞬いた。

 

どれも互いを妨げない。

 

炎は水に消されず、風は石弾の軌道を乱さない。

 

五つの現象が一つの流れを作り、まるで決められた曲を奏でるように空間を巡っている。

 

それは力任せの攻撃ではない。

 

細部まで組み立てられた、静謐な制御だった。

 

俺は思わず息を止める。

 

忍術でも、複数の性質を組み合わせることはできる。

 

分身や複数の肉体を使えば、異なる術を同時に発動することも不可能ではない。二つ以上の性質を一つにまとめた術も存在する。

 

しかし、一人の術者が五つの現象を別々に保ったまま、同時に操る光景は見たことがなかった。

 

やがてパチュリーが札を下ろす。

 

炎も、水も、風も、石弾も、雷も、初めから存在しなかったように消えた。

 

「どう?」

 

パチュリーが僅かに胸を張る。

 

「……見事だ」

 

素直に答えると、彼女は満足そうに目を細めた。

 

「忍術では難しい?」

 

「複数の術者や分身を使えば可能だ。だが、一人でこれほど異なる現象を同時に制御するのは容易ではない」

 

「魔法でも、誰にでもできることではないわ」

 

パチュリーは得意そうに答えると、先ほど掲げていた札を俺へ見せた。

 

札の表面には、宙に現れたものとよく似た図形が記されている。

 

「先ほど見えた図形は、“魔方陣”と呼ばれるものよ。魔法を形にするための術式と考えればいいわ」

 

「忍術における印のようなものか」

 

「役割は似ているけれど、使い方が違うわ」

 

パチュリーが空中へ指を滑らせる。

 

その軌跡に淡い光が残り、小さな円を作り上げた。

 

円の中央に、蝋燭ほどの炎が灯る。

 

「印は、術者の体内にある力を整えるためのものでしょう?」

 

「ああ」

 

「それに対して魔方陣は、術者の外側に魔法を制御する仕組みを作るものよ」

 

パチュリーは指を払って、炎と魔方陣を消した。

 

「簡単な魔法なら、慣れた術者はその場で術式を組み立てられる。でも、複雑で大規模な魔法になるほど、必要な図形も複雑になるわ」

 

「戦いの最中に、一から描くのは難しいだろうな」

 

「ええ。だから、あらかじめ術式を札へ記録しておくの」

 

パチュリーは手に持った札を、二本の指で挟んで見せる。

 

「これは“スペルカード”。魔法を発動させる魔方陣が記された札よ。力を流せば、あらかじめ組んでおいた魔法を短時間で展開できる」

 

「印を結ぶ代わりに、完成した術式を札から呼び出すということか」

 

「大まかにはそういうことね。理解が早くて助かるわ」

 

印は、術者自身の体内で力を制御する。

 

魔方陣は、術者の外側に制御の仕組みを作る。

 

印は、手順を悟られなければ、どのような術を使うのか相手に知られにくい。魔方陣は光と形が見えるため隠密には向かないが、事前に構築しておけば、複雑な魔法でも素早く発動できる。

 

目的の違いが、技術の形に表れているようだった。

 

「戦場で使うなら、印の方が便利な場合もありそうね」

 

パチュリーが言う。

 

「魔方陣は目立ちすぎるもの。何をしようとしているのか、相手からも見えてしまう」

 

「その代わり、準備が整っていれば発動は速い」

 

「ええ。魔法は即興だけでなく、どれだけ事前に術式を組んでおけるかも重要なのよ」

 

戦場で生き残るため、内側の力を素早く制御する印。

 

あらかじめ外側へ仕組みを作り、複雑な現象を安定して引き起こす魔方陣。

 

似た役割を持ちながら、考え方は対照的だった。

 

「このスペルカードは、特に“弾幕勝負”で使われるわ」

 

「弾幕勝負?」

 

「幻想郷で揉め事を決着させるための、正式な決闘よ。互いに使用するスペルカードの枚数を事前に宣言し、その範囲で勝敗を競うの」

 

「決闘なら、命を懸けるのか?」

 

俺が尋ねると、パチュリーは首を横へ振った。

 

「原則として、相手を殺してはいけない。先に弾幕へ当たった方が負けよ。それに、ただ相手へ当てればよいわけではない。弾幕の美しさや、その技に込められた意味も重視されるの」

 

「戦いに、美しさを求めるのか」

 

「少なくとも、幻想郷の弾幕勝負ではね」

 

勝敗を競う場でありながら、その攻撃に美しさまで求める。

 

俺の知る戦いとは、余りにも考え方が違っていた。

 

戦場で必要とされるのは、相手より早く、確実に命を奪うことだ。技の美しさなど、生死を分ける場では何の意味も持たない。

 

「それで、本当に争いが収まるのか?」

 

「正式な弾幕勝負で決まった結果は、簡単には覆せないわ。敗者は潔く負けを認め、勝者も決着後に相手を傷つけてはいけない。細かな規則はほかにもあるけれど、今はそれだけ知っていれば十分よ」

 

殺し合うことなく、勝者と敗者を決める。

 

そのような制度が本当に成り立つのなら、俺がいた世界にはなかった形の戦いなのだろう。

 

すぐに理解できるものではない。

 

だが、僅かに興味を引かれた。

 

「いずれ、実際に見る機会もあるでしょう」

 

パチュリーはそう言って、手にしたスペルカードを机へ置いた。

 

「さて、忍術と魔法の形の違いは見えてきたわ。次は、その力自体を比べてみましょう」

 

「力自体?」

 

「貴方の使うチャクラと、私たちの使う魔力よ」

 

パチュリーは、新たな魔導書を机へ置いた。

 

その瞳には、未だ研究への熱が宿っている。

 

「二つの力が本当に別物なのか。それとも、同じものを異なる方法で扱っているのか――確かめる価値はありそうね」

 




読んでいただきありがとうございます。

この話の魔法の理論やスペルカードの設定はオリジナルです。
パチュリー先生の講義はもう少し続きます。
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