東方輪廻談 ~ナガト幻想郷忍伝~   作:Takuma218

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第八話 あそぼ

――最近、誰かに見られている。

 

美鈴と組み手をした後、掃除の途中で感じた視線。

 

霊夢を見送った際に、上階で揺れていたカーテン。

 

どちらも、その向こうに誰がいたのかは分からない。

 

初めは気のせいかとも思っていた。

 

だが、咲夜と廊下を掃除していたとき、また同じ気配を感じた。

 

曲がり角の向こうから、誰かがこちらを覗いている。

 

俺は箒を止め、顔を上げた。

 

「どうしたの、長門?」

 

「今、あそこに誰かいなかったか?」

 

咲夜も廊下の先へ目を向けた。

 

「いいえ。誰も見ていないわ」

 

角の向こうを確かめたが、人影はなかった。

 

輪廻眼で探っても、館に満ちる濃密な魔力に紛れ、隠れた者の気配までは捉えられない。

 

「……そうか」

 

敵意は感じなかったため、俺はそのまま掃除へ戻った。

 

ただ、こちらが気づくたびに姿を隠す。

 

それが、少し気にかかった。

 

◇

 

少しして、昼の仕事を終えた俺は、紅魔館の廊下を一人で歩いていた。

 

館の奥にあるその場所には、昼間でも外の光がほとんど届かない。

 

ただ壁に並ぶ燭台の炎が揺れ、床へ細長い影を落としていた。

 

歩くたび、靴音だけが暗い廊下の奥へ響く。

 

そしてまた、あの視線を感じる。

 

俺は足を止めた。

 

その気配は今までよりも近い。

 

「誰だ?」

 

呼び掛けに返事はない。

 

「何のために俺を見ている?」

 

燭台の炎が、僅かに揺れた。

 

次の瞬間。

 

「――あそぼ」

 

耳元で、幼い声がした。

 

反射的に振り返る。

 

そこに、一人の少女が立っていた。

 

金色の髪。

 

枝のような翼には、色とりどりの結晶が吊り下がっている。

 

そして、レミリアとよく似た深紅の瞳。

 

「君は……」

 

少女が、にっこりと笑う。

 

「あそぼ!」

 

霧の中でお茶を飲んだ日の会話を思い出す。

 

レミリアには、フランドールという妹がいると聞いていた。

 

目の前の少女の深紅の瞳は、確かに姉を思わせるものだった。

 

「君が、レミリアの妹か?」

 

「私のこと、聞いてたんだ」

 

少女は嬉しそうに両手を後ろへ回した。

 

「お姉様が連れてきた人間って、あなたでしょう?」

 

「ああ。長門だ」

 

「私はフランドール・スカーレット。フランって呼んでね」

 

やはり、レミリアの妹らしい。

 

容姿こそ似ているが、受ける印象は随分と違う。

 

レミリアには、何気ない仕草にも館の主としての振る舞いがあった。

 

フランには、それがない。

 

思うままに距離を詰め、深紅の瞳で俺の顔を覗き込んでくる。

 

「俺のことを知っているのか?」

 

「うん。ずっと見てたもの」

 

あの視線は、フランのものだったらしい。

 

「なぜ姿を隠していた?」

 

「だって、知らない人だったから」

 

フランは何でもないことのように答えた。

 

「でも、お姉様も咲夜もパチュリーも、あなたとはお話しするでしょう?」

 

「それが気になったのか?」

 

「うん。それに、面白いこともできるんでしょう?」

 

フランの視線が、俺の輪廻眼で止まる。

 

「魔理沙を引っ張ったり、いろんなものを動かしたり」

 

話が随分と広まっている。

 

「それで、俺に何の用だ?」

 

「だから、遊びたいの」

 

フランが右手を差し出した。

 

その笑顔に裏があるようには見えない、ただ遊びへ誘う子供の顔だった。

 

それでも、胸僅かな違和感が残る。

 

俺は警戒を解かないまま、その手へ自分の手を伸ばした。

 

指先が触れようとした、その瞬間。

 

フランの瞳の奥で紅い光が弾け、周囲の魔力が急激に膨れ上がった。

 

「――っ!」

 

咄嗟に身を翻す。

 

直後、フランの掌から紅い光が放たれた。

 

轟音が廊下を揺るがす。

 

魔弾が壁へ直撃し、衝撃で燭台の火がすべて消えた。

 

破片と埃が舞い、廊下が暗闇へ沈む。

 

直撃していれば、ただでは済まなかった。

 

「すっごーい! 今の、避けちゃうんだ!」

 

暗闇の中に、二つの紅い光が浮かぶ。

 

そして、その場に似つかわしくない楽しげな少女の声が響いた。

 

フランは、心から楽しそうに笑っている。

 

俺は身体を低くし、右手を前へ構えた。

 

「今のが、お前の言う遊びか?」

 

「そうだよ」

 

フランの周囲へ、紅い魔力の塊が幾つも現れる。

 

「だって、普通の人間はすぐに壊れちゃうんだもの」

 

魔弾が一斉に放たれた。

 

狭い廊下では、すべてを避けきれない。

 

俺は餓鬼道の力を開き、正面から魔弾を受け止めた。

 

掌へ触れた光が次々に形を崩し、渦を巻きながら吸い込まれていく。

 

最後の一発が消え、廊下に再び暗闇が戻った。

 

「なにそれ、なにそれ!」

 

フランが目を輝かせる。

 

「どうなってるの!?」

 

「答える必要はない。もうやめろ」

 

「じゃあ、もう一回!」

 

話を聞いていない。

 

再び魔弾が生み出された。

 

先ほどより数が多い。

 

紅い光が連続して放たれ、暗い廊下を埋め尽くす。

 

一発、二発、三発。

 

餓鬼道で吸収するたび、魔力が身体の内側へ流れ込んできた。

 

この程度なら、まだ処理できる。

 

しかし、フランは魔弾が消える様子を面白がり、次々と数を増やしていった。

 

「すごい、すごい! 本当に全部なくなっちゃう!」

 

遊び。

 

本人にとっては、本当にそのつもりなのだろう。

 

そこに、明確な殺意はない。

 

だからこそ厄介だった。

 

フランは遊びのつもりで、人を殺し得る攻撃を放っている。

 

このまま廊下で続ければ、館への被害も広がる。

 

誰かが通りかかる可能性もあった。

 

一続きの魔弾を吸収し終えたところで、俺は背を向けた。

 

「あっ、待って!」

 

走り出した俺を、紅い光が追ってくる。

 

壁を蹴って軌道を変えると、直前までいた場所を魔弾が通過した。

 

「逃げないでよ! もっと遊ぼうよ!」

 

――それでいい。

 

俺はフランを引きつけたまま、廊下を駆けた。

 

曲がり角を抜け、階段を上がる。

 

フランは床へ足をつけることなく、飛びながら追ってきた。燭台や柱の隙間をすり抜け、魔弾を次々と放ってくる。

 

振り返りざまに一発を吸収する。

 

続く光を屈んでかわし、角へ滑り込む。

 

背後で壁が砕けた。

 

破片が肩へ当たったが、足は止めなかった。

 

突き当たりに、中庭へ続く大窓が見えた。

 

俺は窓の前で足を止め、振り返る。

 

追いついたフランの手に、紅い光が集まった。

 

光が細長く伸び、大鎌の形を取る。

 

「今度は、こっちだよ!」

 

フランが大鎌を振り上げ、そのまま突進してくる。

 

俺は刃が振り下ろされる寸前まで動かなかった。

 

間合いへ入った瞬間、その手首を掴む。

 

勢いを殺さず懐へ潜り込み、腰を落とした。

 

「えっ?」

 

身体を回転させる。

 

フランの軽い身体が宙を舞った。

 

そのまま一本背負いの要領で、大窓へ投げ飛ばす。

 

「わっ――!」

 

けたたましい音とともに、ガラスが砕けた。

 

フランは破片と一緒に窓の外へ放り出される。

 

俺も間を置かず、窓枠を蹴った。

 

庭へ着地し、顔を上げる。

 

フランは既に上空へ浮かんでいた。

 

衣服の一部が裂け、頬や腕には細かなガラス片が刺さっている。

 

「痛ったいなぁ、もう!」

 

だが、傷口は見る間に塞がっていった。

 

体内から押し出されたガラス片が、乾いた音を立てて地面へ落ちる。

 

吸血鬼の再生力か。

 

人間とは、身体の作りから違うらしい。

 

「ねえ、今のどうやったの?」

 

フランは痛みなど忘れたように笑っている。

 

「私、あんなふうに投げられたの初めて」

 

「もうやめろ」

 

「どうして?」

 

「これは遊びではない」

 

俺の言葉に、フランは不思議そうに首を傾げた。

 

「でも、まだ壊れてないでしょう?」

 

その答えと同時に、手元の大鎌が強く輝く。

 

フランは翼を広げ、空中から一気に距離を詰めてきた。

 

速い。

 

横薙ぎに振るわれた大鎌を、上体を反らして避ける。

 

刃が鼻先を通過し、風圧が赤い髪を大きく揺らした。

 

続けて、大鎌が切り返される。

 

俺は地面を蹴り、後方へ跳んだ。

 

フランは飛行の勢いを殺さず、そのまま追ってくる。

 

紅い刃が振り下ろされた。

 

「――神羅天征」

 

見えない斥力がフランを捉えた。

 

小さな身体が、大鎌ごと後方へ弾き飛ばされる。

 

だが、フランは空中で身を捻り、翼を広げて勢いを殺した。

 

ほとんど傷を負っていない。

 

威力が落ちていることは、事前に力を確かめた際にも分かっていた。

 

それだけではない。

 

出力を上げて天道の能力を使うと、再び使えるまでに、以前より長い間隔が必要になっていた。

 

「今度は何をしたの!?」

 

フランが俺の輪廻眼を見つめる。

 

「その眼、面白いね!」

 

距離を取らせたはずが、もう戻ってくる。

 

俺は右へ走った。

 

急降下してきたフランの大鎌が、すぐ脇の地面を抉る。

 

土と芝が高く舞い上がった。

 

その陰を抜けようとした俺へ、刃が追いついてくる。

 

身を屈める。

 

頭上を紅い光が通過した。

 

俺は刃を追わず、フランの手元を見る。

 

振り切った腕が戻る前に踏み込み、柄へ掌を当てた。

 

押さえ込めたのは、一瞬だった。

 

フランが無造作に腕を引く。

 

それだけで、こちらの身体まで引き寄せられそうになった。

 

手を離し、半歩退く。

 

直後、俺の腹があった場所を、柄の先端が突き抜けた。

 

まともに力を競うべきではない。

 

俺は距離を取りながら、足元の起伏へ目を走らせる。

 

植え込みの脇を抜け、低い石の縁を跳び越えた。

 

フランはその上を飛んでくる。

 

障害物など、ほとんど意味をなさない。

 

「どうして逃げるの?」

 

「大鎌を振り回している相手に、近づく理由はない」

 

「さっきは近づいたじゃない!」

 

大鎌が斜めに振り下ろされた。

 

身体を横へ滑らせ、避ける。

 

だが、フランは空振りした勢いのまま身を回し、柄の先端を突き出してきた。

 

予想より速い。

 

両腕を交差させ、受け止める。

 

凄まじい衝撃が腕を突き抜けた。

 

防御ごと押し切られ、両足が地面から離れる。

 

背中から大木へ叩きつけられた。

 

「ぐっ……!」

 

肺から息が漏れる。

 

視界が僅かに揺れた。

 

顔を上げたときには、フランが目の前まで迫っていた。

 

横薙ぎの刃が来る。

 

俺は膝を折り、その下へ潜り込んだ。

 

頭上を通過した大鎌が、背後の幹へ食い込む。

 

木が軋んだ。

 

斬り離された幹が傾き、枝葉を揺らしながら地面へ倒れていく。

 

その音を待たず、俺は踏み込んだ。

 

大鎌を振り抜いたフランの脇腹が、目の前にある。

 

「らあっ!」

 

拳を叩き込む。

 

フランの身体が浮き、後方へ流れた。

 

追って掌を向ける。

 

必要な間隔は、既に過ぎている。

 

「――神羅天征」

 

近距離から放った斥力が、フランを再び吹き飛ばした。

 

その身体が地面へ叩きつけられ、土煙が上がる。

 

やり過ぎたか。

 

そう思った直後、煙の中から笑い声が聞こえた。

 

「ふふっ……」

 

フランが何事もなかったように立ち上がる。

 

口元から僅かに血が流れていたが、手の甲で拭った頃には、傷も消えていた。

 

「今の、ちょっと効いたかも!」

 

怯えるどころか、さらに喜んでいる。

 

俺は息を整えた。

 

殴っても、吹き飛ばしても、すぐに立ち上がってくる。

 

このまま打ち合いを続けても、先に動けなくなるのはこちらだ。

 

フランが大鎌を肩へ担ぐ。

 

「ねえ、もう一回やって!」

 

「断る」

 

「じゃあ、こっちからいくよ!」

 

フランが地面を蹴った。

 

俺は倒れた幹の向こうへ回り込む。

 

振り下ろされた大鎌が枝を断ち、木片が頬を掠めた。

 

すぐに刃が引き戻される。

 

俺は幹に片手をつき、反対側へ跳び越えた。

 

着地と同時に身を低くする。

 

横薙ぎの刃が頭上を通り、背後の枝葉を散らした。

 

休む暇がない。

 

しかも、フランは追うたびに速くなる。

 

俺が避けられると分かるほど、力を込めるようになっていた。

 

正面からの斬撃を半歩ずれてかわす。

 

手首を狙って手を伸ばすが、柄を返され、引っ込める。

 

大鎌の間合いから抜けると、フランは足を止めた。

 

こちらを見つめ、楽しそうに笑っている。

 

「さっきみたいには投げないの?」

 

こちらの狙いまで、覚えているらしい。

 

俺は構えを解かず、ゆっくりと息を吐いた。

 

天道の力は、再び使える。

 

次は、吹き飛ばすだけでは終わらせない。

 

フランが翼を動かした。

 

大鎌を横へ構え、一気に飛び込んでくる。

 

俺はその踏み込みへ、右手を向けた。

 

「――万象天引」

 

引力がフランの身体を捉えた。

 

自ら飛び込んできた勢いに引かれ、姿勢が前へ崩れる。

 

大鎌を持つ腕が、胴から離れた。

 

狙うのは、その手首だ。

 

懐へ引き込み、腕を捻って地面へ押さえつける。

 

俺は半身になり、左手を伸ばした。

 

その直前、フランの空いた手が下を向く。

 

紅い光が足元で弾けた。

 

爆風に押され、フランの身体が横へ流れる。

 

伸ばした指が、その袖を掠めた。

 

フランは俺のすぐ脇を通り抜け、翼を広げて再び空中へ舞い上がった。

 

俺は引力を解き、振り返る。

 

――今の状況で、瞬時に判断したのか。

 

ただ力任せに暴れているわけではない。

 

姿勢を崩されても、怯まずに別の力を使う。

 

その反射と勘は、侮れなかった。

 

「今度は引っ張った!」

 

フランが嬉しそうに言った。

 

「ねえ、まだほかにもできるの?」

 

俺は答えず、構え直した。

 

両腕には、柄を受けた痛みが残っている。

 

背中も痛む。

 

対して、フランの傷はもう見えなかった。

 

「すごいね、あなた」

 

フランが空中から俺を見下ろす。

 

「お姉様が気にするのも、ちょっと分かったかも」

 

「レミリアが?」

 

「最近、あなたの話ばっかり」

 

笑っている。

 

だが、その声には僅かな棘が混じっていた。

 

「人間なのに、館の中をどこへでも歩いてるし。咲夜もパチュリーも、あなたとはお話しするんでしょう?」

 

フランの周囲へ、魔弾が浮かび上がる。

 

「ねえ」

 

先ほどまでよりも、紅い光が強くなった。

 

「あなたは、どこまでなら壊れないの?」

 

背筋に、戦場でしか感じなかった悪寒が走る。

 

フランは俺を憎んでいるわけではない。

 

殺したいわけでもない。

 

ただ、確かめようとしている。

 

自分の力をどこまで使えば、目の前の人間が壊れるのかを。

 

「まだ遊べるよね?」

 

フランが大鎌を回し、再び構えた。

 

「もっと、もーっと楽しくしようよ!」

 

そのとき、館の方角から二つの気配が近づいてきた。

 

「さっきの音は何なの!?」

 

「……長門!?」

 

レミリアと咲夜が、庭へ駆け込んでくる。

 

二人は荒れた庭と俺を見た後、上空の少女へ目を向けた。

 

咲夜の表情が強張る。

 

「フラン様……」

 

レミリアは一瞬だけ息を呑んだ。

 

そして、空中の妹へ鋭い声を放った。

 

「やめなさい、フラン!」




次回は10/6の予定です
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