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魔導協会所属、一等術師『雷伯』ギオルギは険しい目で眼下の光景を見渡した。長い髪は全て白くなり、細い目には濃い懸念の色が浮かんでいた。雷伯とは彼が雷を佳く操り、さらにレグナム西域帝国における伯爵位を戴いている事から名付けられた異名だ。齢八十をこえても尚も現役にあり続けるのは彼の術師としての
彼が見下ろすのは魔軍の雲霞である。魔導都市エル・カーラはまさに今魔族による大侵攻を受けていた。戦場には炎球が乱れ飛び、氷牙が大気を引き裂き飛翔している。毒が大地を穢し、そこはまさに魔の饗宴であった。
エル・カーラの時を刻む魔針塔は常の機能を放棄し、有事の際の結界生成器と変じて侵攻をかろうじて食い止めてはいるが、都市全域を防護する大結界等と言うのは長い時間もつものではない。どこかのタイミングで敵侵攻勢力を削ぐ必要がある。エル・カーラとて都市を囲う壁は存在するが、そんなものこの数を前にすれば
都市からの攻勢迎撃により敵侵攻勢力の起点……要するに指揮官級と目される魔族を撃破、そして指揮官撃破に伴う魔軍全体の侵攻速度の副次的減衰を為さねばならなかった。レグナム西域帝国首都、帝都ベルンからは既に援軍が派遣されているが、援軍の到着はどうみつもっても数日はかかる。
幸いにも都市にはギオルギを始め、複数の上級協会術師がおり、また余りやりたくはないが
──学徒動員もやむを得ぬか。しかし
ギオルギは悩む。とはいえ、皆殺しの憂き目に遭うとなれば……
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エル・カーラ魔導学院、大講堂。生徒達は避難勧告を受けてここへ集められている。教師陣は一部を残して都市防衛隊に組み込まれた。
多く生徒が不安そうにしている中、一部の生徒達はやや様子を異なるものとしている。具体的にいえば三人の悪ガキ共であった。実際に悪い。殺人の経験を積んだガキなのだから。まあその時はやむを得ない理由があったとはいえ。
「私に秘策があるわ!」
赤髪の少女が堂々と言い放つ。それを蒼い髪の少年がニコニコしながら、黒い髪の悪びれた少年は遠い目で見つめている。
「ふふふ……そう、我に秘策有りよ。魔王軍恐るるに足らず!」
マリーが高らかに宣言すると大講堂に避難していた他の生徒達からざわめきの声があがる。
──やべーぞ! マリーの秘策だ!
──今度は何をするつもりだ? 死人がでるような策なら止めるぞ
──止めるといってもどうやって!? ルシアンが妨害してくるわ!
──ドルマだ! ドルマに頼むしかない……
あんまりにあんまりな陰口に、マリーの眉が
「それでよ、秘策ってのはなんだ?」
ドルマが聞くと、マリーは満面の笑顔で答えた。
「ねえ、ルシアン、ドルマ。聞いてほしいの。初経験っていうのは特別な事よね? 初めての接吻、そ、そ、そして初めてのその、男女のアレ! そういうね、初経験っていうのは特別な事のはずよ。でも私達って以前エル・カーラを穢した邪教徒共を殺害した仲じゃない? 私達が人殺しをしたのはあれが初めてよね。そんな“初めて”を経験した相手なんて普通の人生を送っていれば出逢えるわけはないわ! そうよね?」
「そうだね、マリー。僕達はあの時初めて人を殺した。僕らはそれまでも友達だったけれど、初めての人殺しまで一緒にやった友達なんていうのは普通は出来ないだろうね」
マリーにルシアンが応じ、ドルマや他の生徒はそんな二人を狂犬病に罹患して暴れ狂ってる野良犬を見る目で見ていた。
「そんな私達は……そう、運命に導かれた友人関係といえるわね!」
「運命……確かにそうかもしれないねマリー」
「かもしれない、じゃないのよルシアン。間違いなくそうなの。相性は最高よね? だったら! 出来るはずよ。協会式魔術の極致! 幸い私達は得意とする属性がそれぞれ異なっているわ」
マリーがそこまで言うと、ドルマが渋い表情のまま呟いた。
「万物万象、無数織り成す和合を解きせしめれば、万物万象は無数の一となる……其れ即ち、魔術の極致也、か」
ドルマが朗じた一説は少なくとも協会術師であるなら誰でも知っている。この一説を唱えたのは一等協会術師、スペイルローである。もっとも三百五十年前の人物であり、既に故人だが。
この言の言わんとするところは、要するにこの世に存在する全ての物、事象は目には見えないほどの無数の何かの集合体であり、その結合を解けばこの世に存在する全ての物、事象は再び無数のなにかへと戻ってしまう、と言う事だ。翻ってこの魔術は協会術式でも習得が最も困難とされる“消滅”の術として知られている。
この術がなぜ難しいのかといえば、それは地水火風、全ての属性を同時に使用しなければならないのだ。しかもただぶっぱなすわけではなく、術を打ち消さなければならない。大雑把に説明すれば、例えば火属性で例えるならば、発火すらしていないのに発火現象を打ち消すよう働きかけなければならない。同じ事を全ての属性で行う。協会的思考で言うならば、この世界を構成する全ての要素を打ち消すことで、必然的に対象は消滅してしまうという事になる。
だがこの言は当然の事ながら穴だらけであり、多少なり論理的思考を持つ現実主義者からはそんな馬鹿な話があるか、と一蹴されている。特に学者の類からは完全に与太話扱いされている。しかしここで大事なのは論理的にどうとか現実的にどうとか、そういう話ではない。これだけ難しい事をやったんだからこういう結果がうまれるのも当然かもな、という共通認識がこの術を“消滅”の術たらしめているという点である。つまり、正しい手順で術を発動できれば何もかもが消滅する、と心底一切の疑念なく信じていれば……その理論がどれほど穴だらけでも術は思った通りの効果を示すということだ。
だが、この術をまともに扱えた者はただの一人もいない。言説を唱えたスペイルローでさえも中途半端にしか起動しなかったとされている。科学的根拠が皆無な理屈を、膨大な魔力と超越した妄想力でもって無理矢理現実のものとするのだから難しくて当然なのだ。
そして、術というのは大規模なものであればあるほど良くある事なのだが、失敗すれば不発ならまだいいが、最悪なケースが考えられる。それは爆発だ。なぜ爆発するのか。それもまた共通認識によるものだからである。爆発とは失敗の象徴なのだ。
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「私達はそれぞれ違う属性を得意としているわよね。だったら三人で複合術を、それも“消滅”の術式を使えば良いと思わない?」
複合術とは複数名で同時に使う術である。例えば炎の嵐を引き起こす場合、一人が炎を、もう一人がその炎を煽る強風を起こす。当然難易度は高い。
マリーが火を
ルシアンが水を
ドルマが風と土を
そして消滅の術式を起動し、魔軍を吹き飛ばす!
これがマリーの秘策であった。二種の属性を扱うドルマの難易度が跳ね上がっているが、マリーはドルマならなんとかなるだろうと思っている。
「……ッお、お前……マリー……無理に決まってるだろ! 死んじまうよ! 本当に死ぬ! 無理だ!」
マリーの自殺的秘策にドルマが吠えた。目じりに涙らしきものが浮かんでいる。汗だろうか。
「どうせ何もしなくたって死ぬわよ! 都市を取り囲む魔軍の群れを見た? ギオルギ師はいるけれどどうにもならないわ! 後で死ぬか今死ぬかの違いでしかないの! お・わ・か・り!? それに……」
──私がいるんだから上手くいくに決まってるでしょ?
マリーが輝くような笑顔で言った。ルシアンは頷き、ルシアンとマリー以外のすべての者は心という広大な地平に、絶望と