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ヴァラク、ラドゥ傭兵団の本拠地。
屈強の猛者共が長机を囲み話し合っている。内容は如何にこの街を防衛するか、だ。何から? 魔族の侵攻軍からである。
猛者共の中には三人の冒険者もいた。冒険者と傭兵の二足の草鞋。つまり両履きということだ。
「……この先、どうなるのかしら……」
三人組の内の赤髪の女性、セシルが常の凛とした表情を、この日ばかりは深刻の沼へと浸していた。
街を襲う魔物の数は余りにも多い。ヴァラクは都市常備戦力を編成してこれに対応している。都市は南北に二つの大門を備えており、このうちの一つでも突破されたならばヴァラクは陥落の憂き目に遭う可能性が高い。
とはいえ魔物の大量発生程度ならば、犠牲は伴うだろうが街は落ちないだろう。レグナム西域帝国は多くの都市を抱えるが、傭兵都市ヴァラクはその中でも保有戦力が頭一つ抜けている。常備戦力もそうだが、都市が抱える傭兵団の力によるところが大きい。
なおヴァラクは特別な自治権を帝国から授けられており、通常は都市の権限で万事を裁量出来るが、有事の際は帝国の指揮権下に入る事となっている。当然傭兵達も帝国兵として戦う事になるが、これは事前了解を取ってある。
自由を愛する彼等ではあるが、本拠地となる場所はどうしたって必要なのだ。そういった本拠地を設立する地は大体どこかの国の土地となり、しかし多くの国は傭兵というものを余り好かない。何故好かないかなどは説明する必要はないだろう。そういった嫌悪の念はどう取り繕おうとも傭兵達にも伝わるもので、これは潜在的な敵対の芽を育てる一要因となっていた。
だがレグナム西域帝国は傭兵達を便利使いするにはするが、同時にメリットも与えた。彼等に安心して帰れる地を与え、国からの支援も施したのだ。ヴァラクには負傷し剣を持つ事ができなくなった傭兵達も多く居り、彼等には帝国から障害年金が支給されている。この年金を受け取る条件の一つが、有事の際は帝国指揮下に入るというものであった。
そういう事情があるなら傭兵達も話は別で、ヴァラクへ、ひいてはレグナム西域帝国への里心が生まれる。そして一旦里心が生まれてしまったからには帝国皇帝『愛廟帝』サチコの術が深層に作用し、帝国へ背を向ける事ができなくなってしまうのだ。この複雑な蜘蛛の巣の如き絵を描いたのは帝国宰相ゲルラッハその人である。
そういうヴァラクであるから生半可な戦力では落ちないのだが、街を囲む魔物の大群を前にして多くの市民は不安の念を抱かずには居られなかった。
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「大丈夫だよセシル。なんたってここにはオジサマがいるんだから」
紫がかったショートカットの、やや小生意気そうな少女が言う。彼女の名はリズ。術の才も武の才も斥候の才も余りないが、努力という才はそこそこ持っている少女だ。彼女が言うオジサマとは……
「団長と呼びなさい、リズ」
森の奥地に佇む巨岩を連想させる重い声が響いた。ラドゥ傭兵団団長、元オルド騎士、『重い波の』ラドゥであった。
「ごめんなさいラドゥ団長」
ぺこりとリズが頭を下げるとラドゥはウム……と複雑そうに彼女の後頭部を見ながら頷いた。
リズは決してラドゥを軽くみているわけではなく、むしろ強い思慕の念を向けている。ラドゥの施す厳しい訓練にも弱音一つ吐かずについてゆき、プライベートではオジサマオジサマとまとわりついてくる少女には流石のラドゥも絆されざるを得ない。リズが言うには“オジサマは死んじゃったおじいちゃんそっくりなんだよね”だそうだ。
「けっ、団長の前でだけカマトトぶってるんじゃねえぞメスガキ」
金髪の青年が悪びれた声で言う。彼の名はガストン。術の才能は無く、武の才は少しだけあり、努力という才はイマイチな青年だ。斥候という特殊な職業においての才は中の下と言った所であろう。
「うるさい、負け犬。噛みつくなら私じゃなくて外の魔物に噛みついてきなよ。どうせすぐ挽肉になるんだろうけど」
リズが躊躇なくガストンを中傷し、ガストンも目つきを険しくしてリズを睨んだ。セシルは以前から全く成長しない二人を見て項垂れる……ことはなかった。
「はあ、あんた達は……。悩んでる私が馬鹿みたいね。団長、この先都市はどう対応するのでしょう。我々もいずれは都市外へ迎撃しにいくとは思うのですが……」
セシルが質問をするとラドゥは顎を少し撫で思案し、答えた。
「都市の常備戦力である程度迎撃は出来るだろう。我々は都市内へ魔物が侵入してきた際の万一の為の備え。だが……」
ラドゥは言葉を切った。他の団員達やセシル、そしてリズ、ついでにガストンは続きの言葉を待つ。
「魔物共を統率する存在が常備軍の手に余りそうならば、我々も出る事になろうよ。要は頭狩りだ。指揮官級の暗殺。受けに長けぬ、しかして攻めには長ける我々のような傭兵に向いた仕事といえる」
「しかし、あれほどの大群を突破して指揮官を撃破と言うのは……」
セシルが言うと、ラドゥの視線は部屋の隅でパン菓子を貪っている男へ向いた。厳しい鍛錬でゴム毬のごときブヨブヨだった肉体はほんの少しだけ引き締まっている。ほんの少しというのは、鍛錬の途中で抜け出して間食や風俗に勤しむからだ。
だがラドゥや周囲の者が彼を見限る事はなかった。鍛錬の放棄は彼等が激昂するギリギリのラインを攻めていたし、更にいえば危険度の高い仕事で複数名の団員の命が失われる事を未然に防いだという実績もある。
「奴に進路を選ばせる」
一同は納得の様子で頷いた。その男の名はカナタ。術の才は皆無で、武の才も皆無だ。努力は嫌い。だがその斥候としての才はイム大陸広しといえども、彼に比肩する者は居ない。
武の神も術の神もカナタを忌み嫌い、近寄られる事すら嫌悪するが、勘の女神は彼に情熱的な接吻を捧げ続けているどころか、股すら開いて彼を求め続けている。
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「本当に、本当でしょうね、団長!」
小太りの青年が顔を真っ赤にしながら叫んだ。団長と呼ばれた老人……いや、老人にしては精気に溢れすぎたその男は重々しく頷いた。
「本当だとも、カナタ。この任を果たしたならば、その身に背負う借金の全てを肩代わりし、更に給金を倍にしてやる。更に、早朝の訓練を免除してやろう。どうだ、やるか」
──やりますっ!
「わ、私達もいきます!!」
赤髪の女性、セシルも叫ぶ。リズとガストンはこいつまじかよ、という目で彼女を見つめた。仲の悪い二人だが、この時ばかりは意見が一致したのだ。
「なによその目は! ここで勲を立てないでいつたてるっていうの? 団長の話では、彼がいれば作戦は成功する……可能性が高いって話じゃないの! だったらこの話に乗って私達も一皮剥けるしかないわ! 誰かがなんとかしてくれる、そんな事ばっかりよ私達の冒険者人生! 私はもういい加減そんなのからおさらばしたいのよ、わかる?」
リズもガストンも、まぁなぁ、という表情を浮かべた。彼等にも思う所はある。
「死ぬかもしれんぞ。カナタの才覚ですら覆い隠し、押しつぶすような闇が戦場にはあるかもしれん」
ラドゥはそう言うが、セシルの目をみてそれ以上は何も言わなかった。
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そんなこんなでラドゥ傭兵団、及びヴァラクに滞在していた名のある傭兵団連中は都市を包囲する魔軍に吶喊し、指揮官級の首を取るというイカれた任務を実行する事になった。やはりヴァラクの常備軍だけではどうにも攻め潰されるのが明々白々であったからだ。
常備軍を指揮するのはレグナム西域帝国、第三軍より派遣された高級士官であったが、恐れを知らずに勇猛に戦い、そしてあっさりと死んでしまった。
帝国は極まった攻勢衝撃力を有するが、これは上位者が例外なく勇猛果敢である事が理由である。兵はその背を見て勇気を奮い立たせ、軍は指揮官を中心とした凶暴な一振りの巨槍となって敵軍を刺し貫くだろう。しかしそれは防戦時においては極まった弱点ともなりうる。国の為に外敵を討ち滅ぼさんと軍勢の先頭に立ち、そして真っ先に死んでいくのだ。上位者がくたばった守備兵などは雁首をそろえた食肉用家畜に等しい。
臣民の愛国心を利用した悪辣な術を使う皇帝サチコは、この時点では術を最大稼働させてはいなかった。ただ、臣民が恐れないようにと薄く、広くその権能を拡げていたのだが、元々愛国心が高い帝国軍にはそれでも劇薬だったようで、おぞましき魔軍と対峙しても彼等は全く恐れたりせず、突っ込んで死んでいった。
ヴァラク常備軍のキルレシオは実に一対八という有様だった。兵士八名の命と引き換えに魔軍の尖兵一人、である。防御を固め、間隙を衝いた逆撃のみに努めるならばもう少し被害は少なかったのであろうが……ラドゥが危惧した事態は実に的中してしまったわけである。
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「……ということだ。通常、こういう任務では十分の一も生還できれば恩の字であろう。しかし、今回は希望がある」
ラドゥを始め、名だたる強面傭兵共がカナタを注視した。視線が物理的な圧力を伴いカナタを押しつぶす。
常ならばカナタも尻尾を巻いて逃げ出しただろうが、彼としても今回は報酬が魅力的に過ぎた。金貨にして千五百枚を優に超える借金は、もはや彼個人が返済出来る額の限界点を超えていた。しかもこの金のほとんどはヴァラクの夜の店に突っ込まれているというのだから救いようがない。
普通ならばとっくにバラされて埋められているのだが、カナタはかの有名なラドゥ傭兵団の一員でもある。その信用は大きく、結句、彼に金を貸す業者が後を絶たず……借金はどんどん膨れ上がっていってしまったのだ。
かといってラドゥ傭兵団が彼を捨てる事はありえなかった。カナタの才覚は金ではかえない価値のあるものだ。だからカナタはここで命をかけて作戦を成功に導かねばならない。さもなければ豚の餌を育てる肥料となるしかない。
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そうはいってもね、とカナタは周囲を見渡した。不気味な空の色の下、広がる怪物の群れ。何をどうしたらいいのやら、とカナタは適当に方向を決めて、部隊を先導し進み始めた……が。
きゅるきゅる、と音がなる。カナタの腹の音だ。
(なんだかあっちは嫌だな)
カナタ達は転進し、岩陰などに身を隠しながらも進んでいった。
うっとカナタがかがみこむ。どうしたのだ、と周囲の者がよってくるとカナタはなんとも情けない笑いをにへらと浮かべ、そして靴を脱ぎ、足の裏をぐりぐりと押し始めた。
「あっちに行こうかとおもったんですけど、攣っちゃって。多分だめだと思います。向こう側がいいかも」
全てはそんな調子だ。ラドゥ傭兵団の者達はカナタの“コレ”を知っているからいいが、他の者達は不安を表情のみならず、全身から発していた。しかし抗議はできない。今更な事であるし、なんといってもあのラドゥが黙ってカナタに好きにやらせているのだから。
それに……
傭兵達の一人、豪腕で鳴る巨漢がその瞳に戦慄の色を貼り付けカナタを見遣った。
(信じがたいが、なぜ俺達はこれまで魔軍に会敵していないんだ? すんなりとこんな所まで入り込んでしまっている。なんだ、このデブは……もしや、このデブは恐ろしい力を持ったデブなのか?)