巨大な岩石の影を巧みに潜り抜け、シュトーラーはついに目標の直近まで接近した。メインモニターに、異質なシルエットを持つ不明艦の姿がはっきりと映し出される。
「よし、うまいこと隠れられたな。通信員、あの不明艦に対して警告を実施して」
連が指示を出すと、通信員は「了解!」とコンソールを素早く操作した。標準識別信号と広域通信で応答を呼びかけるが、モニター上の敵影に変化はない。
「艦長、警告を完全に無視しています。速度も落としません」
「うーん、言葉が通じないのかな。砲雷長、警告射撃を開始! 当てちゃダメだぞ、近くの岩石に当てろ」
「了解。警告射撃を実施します」
砲雷長が手元のトリガーを引くと、シュトーラーの前部単装砲から放たれた光弾が、不明艦のすぐ脇に浮かぶ小惑星を粉砕した。弾けた岩石の破片が散らばるが、不明艦は進路を変えることなく、そのまま悠々と前進を続けてくる。
「おーいおーい、全無視かよ……どうするかなぁ」
頭をガリガリとかきながら、連は思案顔で画面を見つめた。
「うーん……よし、とりあえずレーダーロックオン。ロックだけしておいて、あとは向こうの反応を待ってみようか」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「艦長、敵艦よりアクティブ・レーダー照射! 本艦、完全に見失われていません、ロックオンされました!」
先ほどまでの緩やかな空気が一瞬で吹き飛んだ。ブリッジ全体に赤い警報灯が明滅し、甲高いアラート音が鋭く響き渡る。敵はこちらの警告射撃を意に介さないばかりか、明確な敵意をもってシュトーラーを照準に捉えたのだ。
連の瞳から甘さが消え、一瞬で艦長の顔へと変わる。
「ミサイル発射管、開放! 迎撃・打撃両用体制!」
「発射管ワンからフォー、ハッチ開放完了! いつでもいけます、かんちょう!」
砲雷長がシートのグリップを力任せに握り締め、いつでもトリガーを叩き込めるよう親指を操作パネルへ添えた。操舵長も先ほどまでのヘラヘラした表情を削ぎ落とし、冷や汗を拭う暇もなく操縦桿をガッチリと固定している。
「相手は本気だぞ……」
メインモニターの中で、赤いロックオン枠に囲まれた不明艦が、無機質な不気味さを漂わせながら迫ってくる。周囲に漂う無数の小惑星破片が、二船の間に異様な緊張感を演出していた。
「艦長、撃ちますか!? 先手を取らないと、このデブリ帯の狭さじゃ回避運動が間に合いません!」
砲雷長の切羽詰まった声が飛ぶ。ここで引き金を引けば、地球人類と未知の勢力との本格的な武力衝突の火蓋を切ることになる。だが、迷えばこの艦と部下たちの命はない。相手のハッチが開くか、主砲が光を放つか。コンマ数秒の緊張がブリッジを支配していた。
その瞬間、敵艦の砲門がぬっとこちらへ傾いた。
「主砲、最終警告射撃! 撃て!」
連の叫びと同時に砲雷長がトリガーを叩く。シュトーラーの主砲から放たれた光輝が暗闇を切り裂いた。だが、敵艦は怯むことなく同時に砲撃を開始した。
ドゴォン!
激しい衝撃と鈍い金属音が艦内に響き渡る。
「舷側に被弾! ですが装甲で食い止めました、戦闘行動に支障なし!」
「よし、反撃だ! いけいけーっ!」
連の怒号に応え、操舵長がスラスターを推力全開にする。鋭い回避運動で敵の第二砲撃をすれすれでかわした。
「砲雷長、やっちまえ!」
「落ち着け、焦るな……くそっ、岩石が邪魔でうまく狙えない!」
漂うデブリが射線を遮り、照準画面が目まぐるしくブレる。焦る砲雷長に、操舵長が操縦桿を握りしめたまま叫んだ。
「タイミング合わせろ! 俺が減速した瞬間に撃て!」
「……了解!」
次の瞬間、シュトーラーの逆噴射ノズルが一斉に火を噴き、激しい制動がかかった。ほんの一瞬の静止状態。射線上の岩石が途切れた絶妙なタイミング!
「喰らいやがれぇぇっ!」
砲雷長の指がトリガーを極限まで押し込む。放たれた主砲の光線が一直線に敵艦の機関部を穿った。
直後、眩い閃光とともに敵艦が内側から弾け飛び、宙域のデブリごと木端微塵に爆散した。
「ナイスー!!」
連が跳び上がりながら大声を上げ、ブリッジ全体にドッと歓声が響き渡った。
コンソールの画面を叩き、連はまとめ上げた報告書を地球本部へと暗号化送信した。
『状況報告:第4防衛小艦隊所属・駆逐艦シュトーラー1番艦。
宙域にて遭遇した所属不明艦に対し、標準信号および警告射撃を実施するも相手はこれを無視。本艦によるレーダーロック警告と同時に、敵艦も本艦をロックオンし砲門を指向。最終警告射撃を実施直後、相手より先制砲撃を受動。舷側に被弾するも戦闘継続可能と判断、当該不明艦を明確な「敵性艦」と認定し即座に反撃。交戦の末、敵艦は爆散・消滅。本艦の被害は最小限』
送信完了の電子音がピコンと鳴ると、連は椅子の背もたれに深く体重を預け、両手を合わせて天井を仰いだ。
「頼むから……頼むから『独断専行の過剰防衛』とか言われて問題行為扱いにしないでくれよーっ! 地球からのお説教通信なんて一番聞きたくないんだからな!」
神頼みならぬ本部頼みを始める艦長を見て、砲雷長が呆れたように肩をすくめる。
「まあ、向こうが先に砲门を向けて撃ってきたんですから正当防衛ですよ。記録映像もばっちり残ってますし」
「そうそう! むしろ返り討ちにしたんですから、褒章ものですよ!」
調子良く同調する操舵長だったが、連はジト目で操舵長を睨み返した。
「操舵長、お前は褒章どころか『岩石への接触2回』で始末書確定だけどな。アトナに報告したらどんな顔されるか……想像するだけで胃が痛いよ」
「げっ……か、艦長! そこはうまいこと『激しい回避運動の不可抗力』って書いておいてくださいよぉ!」
青ざめる操舵長を横目に、連はくすっと笑うと、パチンと指を鳴らした。
「よしっ、これにて本日の哨戒任務は終了! 操舵長、安全運転で基地に帰るかー!」
「了解っ! 今度はかすり傷一つつけずに戻ります!」
シュトーラーは傷ついた舷側のスラスターを軽く吹かし、散らばるデブリの海を後目にして、懐かしい我が家である辺境基地へと針路を向けた。
シュトーラーが基地のドックへ滑り込むと、待ち構えていた整備員たちは艦の惨状を目にして絶句した。
「……おい。敵の砲撃による被弾跡は百歩譲っていいとして、舷側と艦橋の側面のこのデカい凹みは何だ!?」
ハッチが開くや否や、連は無言のまま背後の操舵長をビシッと指差してタラップを降りていく。
「あっ、ちがっ、これは名誉ある回避行動の結果というか……うわぁぁっ!?」
スパナを振り上げ、鬼の形相で追いかけてくる整備員から、操舵長が脱兎のごとくドックを逃げ回る。
「平和だなぁ」
背後で響く部下の悲鳴を聞き流しつつ、連はのんびりと自室への扉を開けた。しかし、そこにはなぜか見慣れた二人の姿があった。アトナとラフが、他人の部屋のソファとベッドを占領して完全にぐーたらしているのだ。
「おーいおーい、人の部屋でなーにぐーたらしてるんだよ」
「いいだろー、別に。なんだかんだお前の部屋が一番居心地がいいんだからよ」
ベッドに寝転がったラフが、欠伸交じりに答える。
「普通は自分の部屋が一番居心地いいはずなんだけどなぁ……」
「まあいいじゃない。ここ、なぜか一番ぐーたらできるしね」
アトナまでがクッションを抱えながら我が物顔でくつろいでいる。連は「まぁいいや」と諦め半分にため息をつき、そのままシャワー室へと直行した。
熱いシャワーを浴びてさっぱりと外に出た瞬間、連の個人端末にけたたましい通信の通知が鳴った。発信元のIDを見て、連はあからさまに顔をしかめる。
「やだなぁ……」
しぶしぶ通信に出ると、ホログラムモニターに地球本部の総司令官であるドロシーの姿が映し出された。
「ゲッ」
「ゲッとは何よ、ゲッとは」
「な、なにも悪いことはしていません!」
連が食い気味に両手を上げてみせると、ドロシーは呆れたように小さくため息をついた。
「落ち着きなさい。とりあえず、あなたの今回の行動は問題にはならなさそうよ。正当防衛の範囲内ね。だけど……最悪なのは、これで未知の敵対勢力との全面戦争が始まる可能性も無くはないってことよ。とりあえず、あなたには戦闘映像記録の提出を命じます」
「りょーかーい。安全な本部でふんぞり返ってる、現場から逃げた人」
連がニヤリと笑って皮肉を放つと、画面越しのドロシーの眉間がピクッと引きつった。
「う、うるさいわね! 一応私はこれでも地球軍の総司令官よ! あんたねぇ——」
ピッ。
連はドロシーが怒鳴り終える前に、無情にも通信をブチッと切断した。
「あーうるさいうるさい」
濡れた髪をタオルで拭きながら、連は何事もなかったかのように、自分のベッドを占領しているラフをどかそうと蹴飛ばしにかかった。