卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
ただひたすらの 晴天よりも
曇天雲間の 狭められた光の方に
人は 美しいという言葉を使う
結構な人数が行き交う若宮大路の周辺。
この時代、見える人がそれなりにいるらしいから、あらぬところを見ている人の目線の先には大抵
「あぁ、見てくださいあそこの川ぁ」
「川? ……ああ、でけーのが流れてんな」
「あれ、滑川っていうらしいですよぉ」
「へえ。……だから来たかったのか、こんなところ」
「それもちょっとあった、り」
僕たちがいる場所。
そう──鎌倉幕府はお膝元の、鎌倉である。1276年の日本……建治2年。元寇の脅威が消えたわけではないとばかりに防衛を強化し、そのために人の出入りが激しい場所の、遥か上空。
ここに来たかった理由は三つ。
一つは滑川という川が見たかったから。それだけ。
もう一つは、鎌倉幕府をリアタイしたかった。それだけ。
最後の一つは。
……ほら、空座町って、都会じゃないじゃん。
これからどんな状況になるにしても、僕ら死神が関わる現世って空座町くらいのもので。
僕はこの世界における「都会」を経験しないままに……どこかで死ぬだろう。だって敵目線相当目障りだもん。
TYBW、あるいはその前か。本当の使いどころで使って、周知されて……それ以降の黒幕、つまり悪事を企てる人にとっては、滑川平良をどうやって封じるか、あるいは──殺すか、という判断になってくるはず。
その前まで東京観光とか、無理無理。
だから、見ておきたかった。鎌倉時代の鎌倉幕府。江戸時代の江戸ほどの、「世界一の都会!」みたいなそれじゃないにせよさ。
三界……僕ら死神が向き合わないといけない真実。そして……命を賭して守っているものの、大きさ。
漫画を読むだけじゃ、小説を読むだけじゃ、アニメを見るだけじゃわからなかった、この世界の大きさを。
「……」
「……なんか、口を挟む空気じゃねーとは思うけどさ」
「ん、はぁい。なんですか、ね?」
「オマエって、死神っぽくねぇよな」
「……と、言います、と?」
「ん、死神っぽくねぇっつか……死者っぽくない。オレとかはさ、貴族だからよ。尸魂界で生まれて、尸魂界で育ったわけだよ。現世に行くなんて用事もない以上、尸魂界がオレの世界の全てだった。
理解はできる。前に考察したのと同じだ。
現世にとっては尸魂界が死後の世界で、尸魂界にとっては現世が死後の世界。それくらいの関係地。
ただし。
「だからこそ……あんまりこういう言い方するのは良くない……差別に繋がるってのはわかってんだが、それをわかった上で言うと、流魂街に流れ着いた奴ら……そんで死神になった奴らっていうのは、どうにも、オレたちとは根本的に違う人間……死神と虚よりも遠い種の存在に感じたんだ。うわ言みてーに現世に関する朧気な記憶を吐いたり、かと思えば生きるため死ぬため満たすために他者を害したり。もちろんそれには生まれに関係なく……つーか、オレが食うに困らない環境にいたから、ってのが大いにあるんだろうが」
死神と虚よりも遠い。即ち、宇宙人か何か、である、と。
その感覚は正しいのだろう。なんせ、真実異世界人。隣り合う世界であれど、
もっと言うなら……現世の人間が大気や水を透明に見ているのは、それが適した進化だったからだ。赤外線や紫外線などの電磁波を不可視にする眼球構造と脳をしているからだ。
もし仮に電磁波を視認し得る種族が宇宙のどこかにいれば、視界がマーブル模様も良いところな環境に住んでいることへ恐怖を抱くだろう。もし宇宙というのを透明に見ることのできない種族がどこかにいたら、宇宙とは閉塞されたドームであることが当然で、奥行きなど存在しないし、行くという発想に至らない壁に見えるだろう。
もし液晶の発する光だけが見えない種族がいたら、なにも映っていない画面を叩いて笑って怒って、という珍妙不可思議な現代人を見るかもしれない。
つまるところ、種というのは視界がモノを言う部分が大きいわけだ。視界とは世界であれば、霊体を見ることの敵わない現世の人間と尸魂界の人間では、真実異世界、宇宙人と言っていいほどの違いがあるに違いない。異種族と、そう言えるやもしれない。
たとえ同じヒトガタをしていても、だ。
「オマエには、それを感じない。……けど、オレたちと同じって感じもしない。まるで……現世ですらない世界から来た、みたいな」
「……──。……虚圏から、とかですかぁ?」
「ちげーよ。虚圏でも、地獄でも、断界でもなんでもない。まるっきり違うところから来た奴みたいだ、っつってんだ。つってもオレはそこがどこなのか知らねえし、多分この感情は、新しいことをぽんぽんと思いつくサマがそうさせてんだと思う。副鬼道長……圓悠も言ってたが、なんつーんだろうなぁ。オレたちはもう常識ってモンに視界が塗り潰されていて、鬼道の改良だの滑歩だの……そういう新しいことに手が出せねえんだ。思うように動けねえ。一度手足を全部千切って、それをくっつけ直されたんじゃないかってくらい自由が利かねえ。……そんな中で、オマエは、鳥みてぇに羽搏いてる。オレたちが動くことすら、這って進むことすら油汗流しながらやってるところを、オマエは……」
まぁ。
そう、なんだろう。霊子で出来た彼らは特に、霊子とはあって当然のものだ。あるいは現世の人間にとっても、生前幽霊を見たことのないものであっても、魂魄は霊子で作られているわけで。
死ぬと同時に知覚した己であるものを、動かせる要素として見る、っていうのは大分おかしい。
新天地に来たからっていきなり身体能力が上がるとか、超能力が使えるようになるとか、そういう道理はないわけで。
僕が彼らより優れている……あるいは"より"異物であるところはそこだろう。
僕は、少なくとも覚えている限りの前世に器子も霊子も無かったことを知っているから。……僕だって死した直後から分子やら原子やら素粒子を操れます、なんて言われても、中々感覚が掴めないと思う。
だけど、明らかに異物だから。
始解を得る前。浅打を得る前の僕がやっていたのは、まさにそれだった。瞑想。己と世界の境界を探り、この世界というものを感じる。
お腹は空くけど、虚圏の理論なら、霊子が濃い場所にいれば減りにくくはなるだろうと、パワースポットっぽい場所……寂れた寺院とか、明らかに斬魄刀っぽいものが刺さった場所とかで、ひたすら瞑想。時折出てくる虚に気付かれないくらい自然と一体化していた。バレたら全力で逃げていたけれど。
シロちゃんの描写からして、浅打を貰う前から斬魄刀が己の内側にいることはわかっていた。いや斬魄刀がいるっていうか、精神体がいる、みたいな。
から、最悪統学院への入学が叶わなくても始解モドキはしたい、なんなら具象化までやってやるぜ、の思いで迷走していたのは良い思い出。あ、間違えた。瞑想ね瞑想。
余計に霊子感知は捗った。だって外側の世界も、内側の世界も別世界なんだもん。壺中天が内外にあれば、壺が何で出来ているか、というのは……手に取るように、とはいかないけど、わかりやすい。
僕の『滑歩』の原形はそこで生まれている。これってなんなんだろうから広げた世界だ。
「四楓院さん。この休暇、つまんねーな、とか思ってませんか?」
「う。……透けたか」
「限定霊印もされて動き難いし、左腕も本調子じゃないし、斬り合いも発生しなければ虚に手を出すのも非推奨だし」
「そーだよ。ちょっと……つまらん。なんだ、オマエが面白くしてくれるってか」
「僕には残念ながら面白く、ってのは難しいですけど。
「へえ?」
大半の人が知っているはずなのに、どうしてか中々思い至らないこと。
やってみると楽しい。やってみると世界が広がること。
「歩きましょう。高い視座を得ることこそが、世界を味気の無いものに変える唯一の手段です。なれば、歩きましょう。面倒臭がらずに、ゆっくり、世界を見て回る」
「それが……世界を楽しむコツなのか」
「はい。足の速い四楓院さんの、知らない世界がありますよ」
口調はもう気付かれているだろうけど、良いだろう。
現世には監視の目がない。影に潜むもののことを教えるかどうかはまだ決めきれないけど、おかしな喋り方で好印象を取らないやり方は、今は必要ないだろうから。
こうして。
僕らは鎌倉という街を練り歩く。
人の多い道。人の少ない道。一般人が入ってはいけない場所だって関係ない。
普段から瞬歩なんてものを使っているせいか、普通に歩くだけだとほとんど疲れない。それが面白い。
「……不思議だ」
「なにが、ですか?」
「騒がしいだけの道。かと思えば寂れた道。……貴族ってのはよ、まぁなんだ、四楓院家みてぇな役割特化の家ですら、花だのなんだのをやるんだ。風情とか趣とか……わかるか?」
「ええ、それなりには」
「それを、感じる。……この言葉は……なんだろうな。風情がある、で……片付けたくはないような気もする」
今僕らがいるのは、誰もいない通り。単純に家と山の狭間の道で、こちらを向いている家が無いのと、山の木々が蓄える湿気で湿っているのが問題か。
舗装なんて欠片もされていない道。そこに落ちている、碧の鮮やかな大きい葉。
「僕はこれを、寂寥と呼びます」
「……寂寥」
「ずっと見ていたくて、けれどどこか、喉が渇くような、何かを渇望するような……手を加えてしまえば壊れてしまいそうで、けれど、手を差し伸べたくなるような、そんな風景」
寂しい。孤独だ。けれどそう感じるのは自分にじゃなくて、この光景自体に。
何か──ここだけ時間が、切り取られているかのような。
それこそ、異世界のような。
一歩を踏み出す。
「風情なんて雅なものじゃないです。趣あるものでもない。ただ──この光景を忘れてしまうことが、己というものが生きる上で、あるいは死に向かう上で、命の喪失よりも重大な損失であるような感覚」
「……それもまた、不思議だな。……寂寥。寂しさの字がついている割に、苦しくはねぇ」
「ええ。寂という字は、本来は悟りや、あるいは死そのものを形容しないための言葉ですから。死神とは、相性が良いのかも」
ぱたぱたと鳥が集まってくる。彼らには見えているのだろうか。
鳥の目は、磁力線を映し出しているかもしれない、みたいな話を聞いたことがある。あるいはあのインコも……まぁあれは中身が違うけど。
もしかしたら、初めから霊子を見ることができるのかもしれない。
時折僕の肩や手に止まろうとして、触れなくて、驚いたように飛び去っていく彼らに手を振りながら。
「僕はこの世界にそれを覚えています」
「……現世の話、じゃねえよな、多分」
「はい。尸魂界……というか、三界全てに、ですかね」
もう一歩を踏み出す──前に。
肩を掴まれかけたので、避けてみた。
「はあっ……!?」
「与太話ですよ。さ、まだまだ行きましょう。……いつか瀞霊廷のこういう場所も巡ってみたいですけど、平和が訪れるのはいつになるのやら」
「……オマエ、なんか。……瀞霊廷にいる時と性格……いや人格が違わねーか?」
さもありなん。仮面と後ろの顔が違いすぎないか、と言われているに等しい。
そうでしょうね、としか。
……ん。
「ああ、気にすんな。大して強くねえ虚だ。あれならすぐにでも片付くだろ。……ったく、風情がねぇな。……ああ、寂寥が?」
「いやまぁ別に普段使いは風情で良いんじゃないです、か?」
「ん、なんでオマエ……」
複数の霊圧。虚のだけじゃない。死神もいるし……滅却師、じゃないな。恐らくこの時代の霊媒師……だから陰陽師的な人たちもいる気がする。
気にしすぎ、かもしれないけど。
現世で、虚と一緒にいる人影を見た、って……善定寺さん言ってたし。
まだ確証が一切出てないから誰にも言えてないけど、一連の……つまり黒痰咳も『魂魄模倣事件』も、まぁ、十中八九で、件の貴族なんじゃないかな、とは思っている。
とはいえ一番の元凶君はまだ生まれていない時期──のはず。一応何度かそういう情報は知ろうとしていたから──なのだけど、油断はできない。貴族の、それも分家末席の情報なんか一般隊士がわかる範囲にあるわけないし。かといって探りを入れすぎるのも無理だし。
あの斬魄刀は最古の一振りの一つ。例の人以外デメリット怖さに使おうとしなかったって話だけど、あれ結局見ただけでも模倣できるらしいし……とかなんとか考えると、やっぱり人目のあるところでは斬魄刀の解放はしない方が良いし、鏡花水月以外の認知狂わせ系対策の仮面は被っておいた方が良い。
「行きましょうかぁ。ここにいても何もできませんし、ね」
「……ああ。霊圧に反応してこっちこねーとも限らねえしな」
さーて観光観光!
*
というような1276年鎌倉練り歩きツアーを経て帰ってきた尸魂界。
……結局、話さないことを選んだ。
話すタイミングは何度かあったし、何かしらは察されているだろうけど……まだ、全体重を乗せたこの人が、本当に飛んで跳ねて回れるのかが、わからないから。
「っふぅ……。っぱ霊子の空気だよなぁ。現世は霊子が薄くてダメだわ!」
「……研究結果に依れば、一部の大虚は『
「オイそりゃ、オレが大虚だとでも言いてーのか」
いやだって、反応がまるっきりなんだもん。
「あー、しかし。……こうして改めてちゃんと見ると、瀞霊廷にゃもう少し色味が必要だな」
「確かぁに。基本橙と白色ですもんねぇ、瀞霊廷」
「現世の優れているところはそこだよなぁ。なんて言うか、瀞霊廷はどこ歩いても大体同じ景色なのがいけねえ。流魂街だってそうだ。もう少し色どりってもんが欲しくなる」
「まぁ、派手なのは歓楽街がそうですけどねぇ」
「確かに。……あそこにゃ何があっても近付くなとガキの頃から言われてたが、今度ちょいと覗いてみるか」
なんて雑談をしながら歩く。
迎えの人が来る手筈になっているらしいので離れすぎない程度にゆっくりと、だ。勿論僕にではなく四楓院さんにね。
「お帰りなさい、お二人とも」
「──ん、なんだ。オレたちこれから処刑でもされんのか?」
「はい?」
そうして出迎えてくれたのは、羽織さえ脱いだ……一般隊士服の卯ノ花さん。あれから一度も笑顔を絶やしていないらしい。
えー、非常に怖いです。
「……なぁ、卯ノ花」
「どうかされましたか?」
「四番隊って、おもしれーか?」
というわけで。
四楓院さんの新しい配属先が見つかった瞬間だった。
二週間くらい現世にいただけなのに、研究所がなんだか懐かしい。……という感傷を抱けるほどまだ僕この研究所使ってないんだよね。
聞くところによると、この二週間で特に何かが起きた、ということはないらしい。ただ、三良坂何某を殺害したものと思われる下手人の行方が
けど例の人ことトッキーがいない今でもやるんだなぁ、とか。あるいはもう生まれている……うーん。
貴族なぁ。四楓院さんに探ってもらうってことはできなくはないけど、なんで知りたいかを聞かれたらアウトだし、四楓院さんをそういう風に使うのはちょっと、だし。
特に差し迫った仕事も無いので、戻ってきましたよー、という意味の掛札をかけて、またのんべんだらりと鬼道調整である。
激務ではないスローライフ。考えなきゃいけないことを抜きにすると、この仕事はめちゃくちゃ肌に合うというか、楽というか。
……ちなみに七席からここの所長が兼任になったことで、仕事量は減ったはずなのになぜか給料が二倍に。七席の仕事もしていると思われているのだろうか。不正受給になってないといいけど。
しっかし、四楓院さんが四番隊とは。
志望動機は「いつか自分の左腕も治せるようになりたい」、アピールポイントは「足がめたくそ速いんで患者を運ぶのも任せとけ」。……要約するとこんな感じだったらしい。いざとなれば卍解まで使えるのもおまけ。
……卯ノ花さんだけでもだけど、志島さん頭抱えてそう。今度頭痛緩和してくれる膠飴もっていこうかな。甘いやつ。
ちなみにこの研究所には奥に厨房もある。厨房っていうか台所か。そんなに大きくないし。
なんか氷室もあるから良い感じの魚とか買いに行こうかなぁ。肉が足りないんだよなぁ尸魂界。あと香辛料。
うー、義骸が無かったから現世の食べ物を眺めるだけだったのが。蒲焼とか食べたーい。
む。
……霊圧。すっごい静かな……しとしとと降る雨みたいな霊圧だ。
「開いています、よ」
研究所の扉の前で立ち尽くしていたその人に声をかける。
失礼、と小さく発して入ってきたのは、おさげ笠をかぶった長髪の美青年。
「鬼道衆第一出張所所長、一番隊第七席、滑川平良殿で間違いないだろうか」
「はぁい、そうです、よ」
「
王途川雨緒紀さん。五大貴族王途川家のご当主様。
三途川に橋を架けて王途川。地獄と呼ばれることになる世界を抑える蓋を求めた貴族。瀞霊廷の建造者たちの一人。
「ええ、存じていますよぉ」
「うむ。それで、そう。先月の折、拙き我が隊の隊士がしでかした不始末について、
「いえいえぇ、山本総隊長と鬼道衆が頑張っていたので、僕はなに、も」
「そうか。いや、事件のすぐあとに長期で姿を見なくなったものゆえ、大きな怪我でも負ったのかと」
「丁度長期休暇が重なっただけですから、大丈夫ですよぉ。ご心配おかけしまし、た」
「ならば、此方も胸を張って礼を述べられる」
「礼、ですかぁ?」
「ああ。『姿見』という新たな道具について、それを用意したのは鬼道衆であると聞いているが、中核となる水鏡衛の派生形を開発したのは彼方だと聞いている。重ね重ね、礼を。あれが無ければ今頃瀞霊廷はどうなっていたことか」
この人の印象は……うーん、なんだろうな。
貴族の割に腰が低いというか、誠実……あんまり言葉は良くないけど、馬鹿正直というか、生真面目というか。
融通の利かない人、というイメージはあるかな、ちょっと。
「いえいえぇ、有効活用できたのは鬼道長たちの知恵あってこそですからねぇ」
「わかっている。既に鬼道衆へは礼を言ったが、この後もう一度立ち寄って礼を尽くすつもりだ」
……もしかしてこの人、迷惑をかけたと思われる人全員にこうして挨拶回りしてる? それはもう怖い領域だけど。
「そ……それで、であるな」
「はぁい?」
おや。まだ、何か。
「少し……鬼道についての相談があるのだが、良いだろうか」
「えぇ、勿論良いですよぉ。お仕事用かご趣味用かでお値段変わってきますけれどぉ」
「趣味用……に、なる」
「はあい、お値段二割り増しですけど良いですかぁ?」
「無論だ」
……実はこういう商売もやっている。
業務以外のところで使うもの、あるいは月間発注案以外のところで発注したい場合はこうして窓口を通してもらうことになっている。
業務的追加発注の場合は通常申請料金一割増し。趣味の場合は二割増し。
とはいえお金を貰う前に行うヒアリングでどー頑張っても無理そうだったらお断りをすることも。
「とりあえずこちらへどぉぞぉ」
と、応接用の椅子に彼を促して。
ヒアリングシートを引っ張ってきて、と。
「それでぇ、どんな鬼道が良いか、どの鬼道から派生させたいかとか、わかりますかぁ?」
「う……うむ。その……他者の心に作用する、というか」
「えーっと、それをもし作ってしまうとぉ、作った僕は勿論、依頼した王途川隊長も罰せられますねぇ」
その辺かなり厳しいから。白伏が縛道に属していないのは、グレーゾーン鬼道だからだ。
「ああ、いや、その。……此方は」
「察するに、女性と良い雰囲気になるための鬼道、ということでよろしいですかぁ?」
「ぬ……なぜわかったのだ、滑川殿」
いやわかるって。
「ふむ。お相手の方は死神ですかぁ?」
「あ……ああ。此方の問いには答えてくれぬのだな……」
「それですとぉ、こちらなんてどうでしょうかぁ。縛道の十九・
はい、一瞬でこの周辺がまる夜景を眺めている時のようなロマンチックな世界に。
「も……もう少し、大人しいものは……ないであろうか」
「ふむ。……王途川さんはその女性の何を引き出したいのですか?」
「そ……れは、なんというか、他者を……信じる、心?」
「だとしたら鬼道なんか使わない方が良いですよぉ。王途川さんの心からの言葉で、充分伝わるはずです、よ」
「そうだろうか。……だが……」
「それでも無理な場合は……内緒にしてくださいねぇ? この丸薬を、どうぞぉ」
ス、と差し出すは、黒い丸薬。生物が呑み込むべきじゃない黒色をしている。
「こ……これ、は?」
「勇気が出る丸薬ですぅ。あ、水で飲んでくださいねぇ。そのままだと多分飲み干せないのでぇ。……ただ、ひとたび飲んでしまえばぁ、体じゅうからいつもの己には出せない勇気が漲ってきてぇ、必ず上手く行きますよぉ」
「そ、そうか。かたじけない。……これも心を操る薬に入るのであろう。この事は……此方の墓まで持っていこう。それで、ではまず料金を」
「ああいえ、法外なものを売った記録が残るとこちらもマズいのでぇ、今後とも御贔屓に、ということでぇ、無料で差し上げますよぉ。今ならもう一粒つけて」
「かたじけない……必ずや! 今度はしっかりとした買い物をしに来ることを誓おう! それでは、さらばだ!!」
と、張り切って丸薬を持って帰った王途川さん。
さーて。
首筋に添えられた手刀の行方はー?
「オイテメェコラ。純粋まっすぐな雨緒紀隊長に何を渡したか言えやコラ」
赤い髪の女性。とんでもなくガラが悪い。麒麟寺天示郎さえ凌ぐほどに。
この人は確か、十番隊副隊長の
王途川さん信者って感じなんだろうか。
「元気が出る、ちょっと酸っぱい錠剤を丸薬状に練り直したものですよぉ」
「中身を聞いてんだよこのタコが」
「聞いてもわからないと思いますよぉ」
「良いから言えやコラ」
「えーと。アスコルピン酸のビタミンC、ビタミンB群、ナイアシンや葉酸などの代謝系維持系、ビタミンA、D、E、Kなどの脂溶性ビタミン……」
「ちょ……ちょっと待て。無理無理。情報量多すぎ」
だから聞いてもわからないって言ったのに。
いわゆるマルチビタミン剤だ。それをさらにすっぱめの飴でコーティングしてある。
酸味のあるものは交感神経を一瞬だけ活性化させて覚醒させ、シャキっとさせることができるし、唾液分泌量が増えることで副交感神経も刺激される。
緊張している時っていうのは交感神経が優位になっていて口が乾きやすい状態なので、酸味で唾液が出るとリラックスモードに移行しやすい。無論、個人差アリ、だ。
王途川さんは誠実そうな人だったし、奥手なのか緊張しいなのかはわからないけど、そこのネックが解消されたら充分に魅力を伝えられるだろう。
貴族なのに恋愛をしようとしていること自体は……まぁ、朽木家もそんな感じだし。
「薬効成分は特に無いですよぉ。強いて言えば、食べ過ぎるとお腹が緩くなるかも、くらいですか、ね」
「緊張している時は……酸っぱいモンが、良いのか」
「はぁい」
「……それが本当なら、でも、梅干しとかで良かっただろうが」
「大一番の前に梅干しを常備しておくのは難しいでしょぉ? それに、こうして"数が用意できない"、"食べると本当に体に変化がある"、そして僕という"鬼道関係者から貰ったもの"という先入観は、ある種の思い込み効果を引き出します。なんでもない丸薬なのに、本当に効果が出たように錯覚するんです、ね。けれどそれは、人間が持っている本来の機能が呼び起こされているだけ、ということで、す」
「……なんか丸め込まれている気がする。が、アタシは心が広いので許してやろう。……隊長が離れちまうからもう行くが、王途川隊長におかしなモンでも渡してみろ。その時はお前の首が飛ぶからな!」
「はぁい。お待ちしておりまぁす」
「いやそんなことお待ちすんなよ……」
よっぽど王途川さんが大好きなんだろうなぁ。
隊は違うけど、貴族隊長と赤髪副隊長の組み合わせがびゃっくんとレンジっぽくて少し面白い。噛みついてくるところも。
これで始解が複節棍とか蛇腹剣だったらさらに。
……いやホント、蛇腹剣なんて現実じゃ実用に堪えなかったわけで。つまり指南書の類が一切存在しない剣を、よくあそこまで……って思うよね。
それともホントにこの人の剣が蛇腹剣で、千年前から蛇腹剣に関するノウハウは培われ続けてきた、とかだったりするのかな。
退所する西紀さんを見送って、一息。
帰ってきたなぁ、瀞霊廷。
*
避ける避ける。顔を狙った掌底。かと思えば足払い。正拳突き。かと思えば裏拳による不意打ち。
攪乱したい意思は見て取れているので、まるで攪乱されているかのような視線移動をしつつ、不意打ちに合わせて蹴りを入れる。
増えてきたこちらの攻勢行動に堪らず、といった風に瞬歩を使う彼に、その移動先に蹴りを置いてクリーンヒットを入れてみた。
「っ、読まれましたか」
「はぁい」
速さが売りの人は最初の一回を止めてしまえばそれを封じやすい。
他に手段がある人ならばなおさら、だ。
手刀で斬りかかってくる彼を半身で避けて、そのままぐるんと後ろを取る。膝カックンでもいれようとした──その瞬間に姿が掻き消えた。おお、怖がらないで使います、か。
けど、……ここかな。
「ッ!? 回転も入れたのですが、それでもですか……!」
まぁ回転を取り入れた瞬歩はびゃっくんのあれを想定してどうやるか、というシミュレーションは散々したんでね。
結果として僕自身が習得することは不可能だったけど、対策は思いつけた。
「──そこまで! 時間切れですよ、隊長!」
「……はい。お手合わせ、ありがとうございました」
「こちらこそぉ」
握手をする。
今まで戦っていたのは厳原さんだ。瞬歩ありで格闘戦がやってみたいということで、しばらく組手をしていた。
なんでも瞬歩を通常戦闘に組み込めないか、という研究を続けているのだとか。
「ふう。……しかし、参考までにお聞かせください。どのようにして瞬歩の移動先を?」
「瞬歩って、瞬間移動でも、世界から消えて現れる、って話でもないじゃないですかぁ。言ってしまえば速い移動でしかないわけですよぉ」
だからまず、正面は潰れる。もしこれが「一定時間消えたあとどこかに出現する」という仕組みであれば正面も警戒対象だったけど、 速く移動するだけなら潰せる。
つまり正面と呼べる120度くらいの角度が無いとわかっているわけだ。
ならあとは、足音と、そして気流の向きさえ肌に感じてしまえば、どこへ行ったのか、というのはわかる。
「足音はわかりますが、気流、ですか」
「物が動けば気流が発生するでしょ、う? ご自分の肌の少し上くらいで、極限まで鋭さを追求した手刀を動かしてみてくださぁい。それほど細くても肌は風を感じられると思いま、す」
「それは、確かにそうですね」
「それでどちらにいるのか、あるいは踵を返して正面へ戻ったのか、というのは判断できますよぉ」
「つまり……霊子移動やその照射先などで見破ったのではなく、この世に巻き起こる現象を察知しただけである、と」
「はぁい。速く動くということは、それだけ伴うもの……大気や運動量を引き連れるということでもありますから、ね。無論反応が間に合わないほどに速ければ問題はないですけどぉ、僕みたいな回避特化ともし戦うことになったらぁ、厳原さんの最高速度、ではなく少し遅いくらいの速度の瞬歩、というのも試してみるとぉ、良い攪乱になるかも、ですねぇ」
最高速度を予測しての置きボムは、相手が最高速度で動いてくれないと意味が無いからね。
「良いですね。やはり滑川君との組手は学びがある」
「まぁ、護廷の人達は基本攻撃偏重型と言いますかぁ、強さの追求ばかりじゃないですかぁ。その点僕は、弱さの追求なんでぇ、対応が難しいことが学びになっている部分はあるかも、ですねぇ」
まず見たことがないだろうし。
速く動けないからもっともっと頑張って速く動けるようになろう、ではなく、速く動けないから速く動かなくて良い歩法を編み出そう、というのは。
「それで言うならですが、以前思い付いたものの一つに、滑歩と瞬歩を混ぜた歩法があるのですが、少し受けてみてくださいますか?」
「それは、はい。ぜひ」
面白そう。僕は瞬歩がダメダメだからなぁ。羨ましい。
「行きますよ」
ブォン、と掻き消える厳原さん。ここまでは瞬歩と同じだ。
そして背後に現れ──いや、上、いや下!?
まるで、分身しているのではと錯覚するくらいの速さの厳原さん。
これは──。
「『
首筋に添えられた手刀。……ぎぶあーっぷ。
「……成程。瞬歩の速度を滑歩に流し込みつつ、滑歩の隠れた性質……
「お見事。初見でそこまで見抜かれますか。滑歩の開発者ならではですね」
正直何言ってんの、って感じではある。
もう僕より理解度高いんじゃない? さようなら僕の百年間。
……いや本当に。要するにピンボールというか、摩擦を極力減らしたカーブを故意に設置できるなら、超速で侵入してその後乱雑にその場その場で思いついたカーブを設置して移動すればいいんじゃないか、という……脳筋なんだか賢いんだかわからない戦法になるよ、これ。
欠点は止まろうとするときに、その時々で力を調整しないと簡単にバランスを崩すところか。それでも……。
「それが……できるならぁ、厳原さんには第二番を明け渡してもいいかも、ですねぇ」
「第二番? ……ああいえ、聞いたことがあります。たしか鬼道の最上番にのみ存在する、派生型、でしたか」
「派生型というより二段階目といった方が良いですねぇ。その鬼道が成立したことを前提にぃ、新しい段階を掴み取る鬼道。その滑歩版」
滑歩は十番まであるけど、それは第一番の話だ。
第二番は、一応五つまである。
こっちはどこにも出していないものだ。けど、僕が隠し持っていてもあんまり意味無いから。
「教えていただけるのでしたら、是非に。歩法など、知っていれば知っているだけいいですからね」
歩法なんてなんぼあっても良いですからね……!?
とかふざけてないで。
「滑歩第二番・序奏。破道の四・白雷」
貫通力が売りの白雷。それが、大体50cmくらいかな。それくらいの大きさで止まり、放出されるのではなく──まるで僕の周囲を守るかのように、幾何学的なドームを形成し始める。
「それは……」
「見えますかねぇ。今の厳原さんなら、わかるかなぁ。僕の周囲に何があるか」
「……細かい、霧状の……『緩衝霊子』、ですか?」
「はぁい。流石ですねぇ。…元々『緩衝霊子』は粒状でぇす。霊子ですから当然ですけどねぇ。ただこれは、『緩衝霊子』の最低量にしてありまぁす。普段使っているモノの、大きさで言うと三億分の一。死神が単純な直感で認識し得る霊子って実は結構な大きさの塊なんでぇ、それをさらに一粒一粒認識すると、こういう別の世界が見えてくるんですねぇ?」
白雷は今、反射をし続けている状態であるといえる。言ってしまえばお手玉かな。それが成立するように自身の周囲の霊子を動かしている。
身体の外に出ている霊子だけど、建物や地面を掌握するのとは違う、元々自分の霊子だからそういう細かな操作も利きやすい。
そして、さらにこの状態でいつもの滑歩を使うと。
「『
僕の鬼道では攻撃力が出ないけど、それでも結構有用だ。
これをたとえば、白雷ではなく赤煙遁にすれば、大量の煙を放出しながら移動する、ということができる。
複数の円閘扇を纏って移動すれば、霊力消費が馬鹿にならなくなるものの、完全防御状態で移動できる。
あるいは、赤火砲だの雷吼炮だのを纏って移動できる人がいたのなら……それを味方にぶつけないようにできるなら、とんでもない移動砲台……移動破壊砲台とでもいうべきものが完成する。
「三億分の一、と。……言いましたか。……今、私の掌に、今の私が知覚できる最小の『緩衝霊子』を作りました。これをあとどれくらい小さくすればよいのでしょうか」
「それだと、あと五百万分の一くらいですかねぇ?」
「う、うわぁ。私にはできる気がしないので厳原隊長頑張ってくださいね……」
数字を聞いて頭が痛くなった、という感じで逃げていく美津島さん。
いやまぁ、霊子がそんなに大きい粒なら怖いでしょう。僕らどんだけ大きい粒で構成されてんのって。
「先は長そうですが……滑川君はどのようにしてそこまでの霊圧知覚……いえ、霊子知覚を?」
「ひたすらぁに瞑想ですか、ね」
「瞑想と。……ほう、興味があります。少し実演をお願いしても良いでしょうか」
「瞑想なんて誰がやっても……っていうか、個人個人でやり方に違いがあるものではぁ?」
「だからこそですよ。私は基本的に私が知らないものに目が無いのです。味然り、技然り」
面食いならぬ新しいもの食いか。……コンビニの期間限定表示とかに弱そう。
でもまぁ、ご要望とあらば。
「──」
座禅を組み、目を瞑る。
呼吸。そこに入ってくる霊子を感じ取りながら──ゆっくりと、全身から全神経を引き抜いていくような、眠らせていくようなイメージを取る。
足。膝。腿。尻。腹。胸。肩。
指先、手首、肘。肩。
骨。肉。肩。首。
歯の一枚。毛先の一本に至るまで……つまり神経が通っていないところまで、まるで元々そこにそれがあるかのようなイメージを持ち、静かに眠らせる。
そうして最後に残ろうのは、己という生命の魄動だけ。
己が人魂にでもなったかのように。指も手足も、骨も肉も。髪も眼球も。
この世を探る手段を失くして、世界を感じて、己の裡を覚えて。
渾然一体とした世界を包む、膜のようなものがある。これこそが世界の正体だ。どこまでも続く世界というのは、こういう膜によって遮られている。無限を内包できる有限。有限から遠ざからんとする無限。思考。言葉。
意識を切り取り、それが、写真の上を、絵画の上を。
紙面の上にいる、一つの、人魂の──。
一息を吐いて。
今度は全身に、首から下を、丁寧に起こしていく。意識を向けて、神経を感じて、肉や血管を、熱を感じて。
肩口から降りて、指先まで。首から降りて、胸や腹を、腰や脚を。
そうして──この世界へ帰ってくれば。
「……と、いう感じ、ですよぉ」
「……見事な瞑想です。それに……少し、面白い。私は霊子の知覚を、己の中から無数の神経を伸ばして行うもの、という風に思い描いています。生体で出来た無数の糸で霊子という粒を探る感じです」
「良いイメージだと思いますよぉ」
「いめぃじ。成程、これをそう呼ぶのですね。……それで、先程の滑川君は、まるでその無数の知覚を自ら手放していっているように感じました。知覚を鋭くするのではなく、鈍くする。世界から遠ざかることで、世界と一体になる。……言っていて思いましたが、これは……卍解に関する修行と非常によく似ている」
「え! じゃあ私もやります!!」
「……まぁ彼女は放っておいて。君はいつからこの瞑想を?」
「うーん。まぁ、物心ついたころから、ですかねぇ」
気付いた時には流魂街にいた。親はいなかった。
その瞬間から、世界の知覚を始めた。鰤世界だと知ったのはそのすぐ後で、だからこの空間に満ちる異物が霊子であることも見抜けた。
世界。全天。観測世界。
時に溶ける星空の下で──毎日毎日、毎日毎日。
食事をする時も、飲み水を飲むときも、欠かさない。
この霊子の塊が己の喉を通り、消化されることで、どうして霊子が補給されるのか。人体のどこを通り、何になるのか。
怪我をした時に食べた食事は、補充した霊子は、傷口へ向かうのか。それとも生身の人体のように一度エネルギーに変換してから魄睡へ霊子生産を促すというプロセスを取るのか。
呼吸もそうだ。睡眠も同じ。
霊子で構成されている魂魄は、何が、どう動き、どこへ行ってどうなるのか。
それを──知覚し続ける。
死神になってからも変わらない。というか、やりやすくなった。
始解をすれば世界との繋がりが断たれる。他の死神が始解をすれば、そこにある世界を知覚できる。卍解なんてものを見た日には、その情報量の多さに感動したのを覚えている。
斬魄刀。浅打。始解。卍解。鬼道。回道。
その全てが霊子で出来ていて、僕たちはその一粒一粒に干渉できる、だなんて。
なんという、浪漫か。
「……もしや。……世界とは私達の感じている以上に……広いのでしょうか」
「ええ、果てしなく、ですねぇ」
卍解。僕の卍解は、霊子異常の封殺なれば。
あるいは、全てを……あらゆる動きを異常と見做し、一定範囲のみならず、世界全体の時に手をかけることだって。
……なんて。
やんないけどね。
「……今度、君だけに……私の卍解を見せたいと思います。私としては、もう少し発展させられそうなのに、どうにも上手くいかなくて。……相談に乗ってもらえますか?」
「ええ、勿論ですよぉ」
貴族以外は。というかイッチーに関わる部分以外は……隊長格なんてなんぼ強くなってもいいですからね。
いくらでも、僕で良ければ、お手伝いします、よ。