卍解までは転生者の嗜み。   作:点差惨敗

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12.明朗快活

 

求めているものがなにも無くとも

与えることはできる

 

求めているものがなにも無くとも

奪うことはできる

 


 

 王途川さんの事件からそれなりの時間が経った。

 その間「黒腔を基本戦術に組み込んだ」ような虚は現れなかったものの、以前善定寺さんの言っていた「虚の隣にいる白い人型」の話は多数報告されるようになり、山本総隊長はこの件を事件の延長線上にあると捉える旨を発表。以降、現世においてはそのヒトガタを見つけ次第捕縛するよう命が下った。

 しかし、未だ一人たりとも見つけられぬまま時が過ぎ。

 

 ……そんな最中。

 

「おやぁ、王途川さん。もう出歩いて良いんですかぁ?」

「ああ、滑川殿。うむ、許可が出た。そうだ、滑川殿の膠飴、非常に助かっている。その効能の高さから、主治医が製法を聞いてきたほどである」

「ああ、まぁ、ちょっと製法が特殊なんでぇ、教えるのであれば直接向かいますよぉ」

「そこまでしていただくほどではない。雑談の延長線上だ。……それで、今日は礼の品を持ってきたのだ」

 

 と、片腕の……隊長羽織も羽織っていない王途川さんは、ソレをカウンターに置く。

 これは……鍬、だろうか。

 

「『罔象御鍬(みづはのみくわ)』という。王途川家の蔵にあった、一応神具の一つとなるだろうか」

「え゛……いや、流石にそれを頂くのは。……以前のお礼のお話、ですよねぇ、これ?」

「そうだ。この鍬で地を耕せば、たちどころに雨が降る。そう言われておる。……が、瀞霊廷で身勝手に雨を降らせるわけにもいかぬし、此方の斬魄刀があれば雨など簡単に降らせることができる。……死神は、戦闘の技術がある水準を超えるまでは、休隊という扱いになった。一番隊に欠員が出たと元柳斎殿に聞いていたから、そこに収まるのも良かったのだが。あるいは志島の胃を痛めるためだけに四番隊に、なども考えたが……足手まといの此方のために時間を割いてほしくはないのでな」

 

 ……欠員が出た、かぁ。

 まぁ……ずっと行ってないからね、隊舎。……もう僕がいた頃と……人員は、どんどん変わっていっているんだろうなぁ。

 

 休隊。だから、斬魄刀は返還しなかったと。

 

「というわけで、無用の長物である。此方にとっても、王途川家にとっても。……これは我が命を救っていただき、最愛の妻と結ばせてくれたお礼であるから、どうか受け取ってほしい」

「……わかりまし、た。受け取りますねぇ。……それに、そう言うということは、寄居さんとは」

「ああ、先日内々だけで済ませたが、結ばれた。重ねて、礼を言おう」

 

 というわけで。

 四楓院さんに貰った「霊力を込めると形が変わる剣」こと『満願利剣(まかりのつるぎ)』。

 王途川さんに貰った「土を耕すと雨を呼ぶことができる鍬」こと『罔象御鍬(みづはのみくわ)』。

 四楓院さんに貰った方は後から名前を聞いたものだ。恐らく七支刀を作ろうとして失敗したらしいそれだけど、なんかご立派な名前がついていたらしい。ちょっとぞっとした。確かにあんな厳重そうに持ってこられて、あんな厳重そうな匣に入っていたものが回収品のゴミなわけなくってぇ。

 着実に……神具コレクターというか、貴族からの寵愛を受けたうんぬんかんぬんみたいになりつつある。

 ま、まぁ綱彌代とはどーあっても仲良くならないわけだし、大丈夫大丈夫。五個集めたら神龍が出てくるわけでもなし、ね。

 

*

 

 王途川さんが神具を置いていってくれた日の翌日のことである。

 ようやく、「虚の横にいたヒトガタ」が捕獲された。

 

 これを調べる、ということで、鬼道衆……大鬼道長と副鬼道長、そして僕が駆り出され、臨戦態勢の隊長格見守りのもと、檻の中にいるソレに対する調査が開始された。

 ヒトガタ。そうとしか表現できないものだ。ヒトそのものである感じはしない。意思疎通が図れる感じもないし。

 

 これは……。

 

「フーム。破道へのハンノウ、無し。痛みを感じているかすらフメイ、ですね」

「縛道への反応もねーな。拘束されること、動きを封じられること。全てにおいて無反応だ。気味が悪い」

 

 ヒトガタには眼球のようなものだけがついている。のっぺらぼうではない。

 その眼球は、さっきからずっと動いている……けれど、目の前で光が発されても瞬きの一つしない。瞬き機能がないのかもしれない。ドライアイ大変そう。

 

 拳の中に『緩衝霊子』を発生させ、それを握り込んで顔の前でちらつかせてみる。

 ……つられているな。やっぱり濃度の高い霊子に反応する感じか。

 となると……蓄積するためのタンクがないのであれば、これは。

 

「ちょっと……特殊な鬼道を使いますねぇ。副鬼道長、手伝ってもらっていいです、か?」

「ム、ワシか。鋸歯文じゃなくていいのか?」

「大鬼道長には僕の制御が奪われた際の切断役をしてもらいたくてぇ」

 

 と、そこまで言えば、黒腔周りだろうな、というのを察したらしい二人とも。

 納得し、副鬼道長なんかは腕まくりまでして。鬼道に関係ないでしょ、それ。

 

「滑川がワシらを頼るなんざこの先あるかないか、だからな。気合いれていくぜ」

「身が引き締まる、というやつデスネ」

 

 いや、割と結構業務じゃ頼っている方だと思うけど。

 ……まぁ、良いか。そこで食い下がるタイプじゃあない。

 

 副鬼道長に術式構成を渡す。

 

「また……使いやすい鬼道なこって。複雑さのフの字も見当たらねえ」

「僕らが倒れたら誰かが引き継ぐんですからぁ、複雑にする意味がないでしょぉ」

「あーそうだよ、その通りだ。……行くぜ。隊長各位、ちょいと身構えてくれ! 何かが起こる可能性がある!」

「滑川、簡潔に、あらかじめの説明をせよ」

「はぁい。僕の見立てだと、恐らくこれは監視の役割をするものですねぇ。多分だけど、虚の体内霊子を観測するためにぃ、虚に引っ付けていたもの、と思われまぁす。けれど探る限り、どこに繋がっているようにも見えませぇん。裏を返せば」

「黒腔……否、虚圏に繋がっている可能性が高い、と」

「はぁい。今からそれを辿るための、小さな小さな黒腔を開きますぅ。こんな小さな場所は虚も入れないとは思いますけどぉ、万一があるので、お願いしますねぇ」

「よかろう。では、それを始めよ」

 

 始める。みんなの手前なのでちゃんと詠唱して、黒腔を開く。

 ……やっぱりだ。

 

「副鬼道長、感じ取れてますかぁ?」

「ああ、ワシにもわかる。黒腔を通って……どこか一直線に向かってんな。この先に奴さんの本拠地があるってか」

 

 それって、なんだ?

 虚夜宮なわけない。仮にそうだったとしても、バラガン・ルイゼンバーンの居城? 彼がこんなことするイメージは無いけど。

 このヒトガタ……死神の技術っぽくない、というのはそうなんだけど、じゃあ滅却師かって言ったら微妙で。フルブリンガー……はまぁなんでもアリだからあり得なくはないけど。

 違和感が拭えない。

 

「滑川。これを大きな門の形に……死神が通り得る門の形にし、固定することは可能か」

「……今の技術だと、自動化は、無理ですねぇ。僕と大鬼道長、僕と副鬼道長、どちらかの組み合わせを尸魂界に残し、監視をしながらぁやるとしてぇ……四時間が、限界ですかねぇ」

 

 大きい黒腔はかなり霊力を食う。その上で乗っ取り対策……毎秒の全体精査をするとなると、僕の霊力量ではそれが限界だ。

 大鬼道長+副鬼道長の組み合わせでいけるなら十六時間くらいは行けそうだけど、二人は虚圏に行ったことがないから、虚による乗っ取りの兆候が掴み難いらしい。先日の第一次実験の二の舞になってしまう。

 早くマルウェア対策みたいな鬼道を組まなきゃなんだけど、それはちょっと"新しい鬼道"に分類されかねないから、僕から開発したとは言えない。既に「死神の身で黒腔を開いた」というのはワンナウト入ってるから。まぁ零番って断れるらしいからそんな気にすることでもないかもだけど……マナコさんが怖いなぁ、とか。

 麒麟寺さんがまだ零番隊に行っていないので、行った後なら……ワンチャン、なんとか口利きとか……まぁ無理だろうけど。

 よって僕は、僕が思いついた、ではない風体でマルウェア対策鬼道を二人につくってもらう必要がある、と。……悪趣味だね。答えが分かった上で泳がして、なんてさ。

 

「先遣隊として考えればそれで充分じゃろう。五番隊、八番隊で先遣隊を組む。近頃の瀞霊廷を脅かす何者かについての調査を命ずる」

 

 ……怖い。

 僕がついていけないこともそうだけど、ちょっと……罠の気配がしている。

 

「元柳斎。これが罠って可能性はあるんじゃねえか? 監視目的、観測目的の道具に自分の所在地を明かすようなモンがついているなんて、オレ様なら作り直しを命じるけどな」

 

 よくぞ言ってくれた善定寺さん。そう、その通りだ。

 こんなわかりやすい誘い糸につられるべきかどうか。

 

「問題ねェさ、善定寺。最近あった珍妙でどうにも納得感の得られねえようなくだらねェ事件しか起こせねえやつが、裏で引いていた手薬煉をしまい忘れたってだけ。仮に罠だったとしても、そんな腰抜けヤロウ共に負ける俺達じゃねェ」

「別に負けるかどうかなんざ気にしちゃいねえよ尾花。ほら、前にあっただろ、オレ様たちが二人になる事件。あれの偽物の完成度は正直言って低かったが、あれの完成系でも出てきたらどうすんだよ。あるいは黒腔を通って帰ってきたおめぇらが偽物になっていたら、とかさ。色々有り得るだろうがよ」

「そうなってたら鬼道衆に頼めばいい。『姿見』だったか? あれ以降俺は毎日この髪を整えるために使っているが、本来の用途はそっちだろう。中身が虚な俺のことは全力で殺してやってくれ」

 

 慎重派の善定寺さんと、為せば成る系の尾花さん、って感じか。

 広くをちゃんと見ることができる尾花さんだからこそ、できることはある、って感じなのかなぁ。

 

 ちら、と。もう一つ名の挙げられた隊……八番隊隊長鹿取抜雲斎さんを見る。

 丸眼鏡と長い黒髪おさげの女性。『九番隊に聞いた優しい隊長ランキング』1位常連でありながら、同じく『九番隊に聞いた最も恐ろしい戦い方の隊長ランキング』でも1位常連の彼女である。直接話したことはないし、話している姿も……飲みの席の時、周囲の喧騒ガン無視で食べ物を取っていた、という印象しかない。

 彼女はこの作戦を、どう捉えているのか。

 

「双方静かにせよ。……罠である可能性は理解しておる。そこで、作戦時間を三時間に狭め、作戦終了時を迎え次第、その時何をしていようと帰還することを命ずる」

「おゥ、それが丁度いいな。善定寺、心配ありがとうよ! 全隊無傷で帰ってくるから安心しろって!」

「おめぇの隊が一番死亡率高ぇから余計怖ぇんだよ……」

 

 そういう次第で、先遣隊……調査隊が出発することになった。

 また、万一の場合……つまり黒腔が閉じてしまった場合を考え、大鬼道長が調査隊についていき、大鬼道長をビーコンに僕が黒腔を開けることになっている。

 このビーコンの試作機は尾花さんと鹿取さんにも渡しての、翌日。

 

 決行と、相成る。

 

*

 

 三時間。

 作戦規定時間になったにも拘わらず──どちらの隊も、ただの一人として帰ってこない。大鬼道長までもが、だ。

 今この場には僕、副鬼道長、山本総隊長、雀部さんしかいない。三時間隊長格をぼっ立ちで置いておくわけにはいかないからね。

 

 ……始解しておく。冷静さを捨てたら終わりの盤面だね、ここは。

 

「……副鬼道長、滑川。こちらより虚圏内を探る、というのはできぬのか」

「無理ですぜ、そいつは。虚圏ってのは常に霊子が嵐みてーに渦巻いている空間でね。こっちから観測しようにも、雑音としか呼べないモンしか拾えねぇ。……いや待て、……オイ、滑川。で(・)き(・)ん(・)の(・)か(・)?」

 

 ……。

 

「勿体ぶるなよ。全員の命がかかってる。……あぁ待て、オマエがそういう風に出し惜しみする奴じゃねえのは知ってる。何が要る。何が代償になっているから使えない技術だ、それは」

「……。……必要なものは、ないですよぉ。……ただ、完全に新規の鬼道なのでぇ……他言無用、といいます、か。……僕が作ったってことにされなければ」

「よし、じゃあワシの手柄で良い。早く使え。背負ってやるから存分にやれクソガキ」

 

 ……はぁ。

 それ待ちだった、なんて。……本当に。

 

「山本総隊長たちも、それで良いですかねぇ」

「無論じゃ。……滑川。おぬしが何を恐れてそうも慎重になっているのかは聞かぬ。じゃが、それを優先するあまり護廷を蔑ろにすることは許さぬ。──死神とて護廷の一部。それを忘れるでないぞ」

 

 返す言葉はない。正論だ。

 僕は……保身のために、彼らを見殺しにしようとした。その通りだ。何も言い訳はない。

 じゃ、やるか。まずはいつもの倒山晶を張って、と。

 

 ……始解を解いて、と。

 

「では、行きますよぉ。──瞬閧」

「ぬ……それは!」

「説明はしませんよぉ。少し集中するので、ね」

 

 背中から鬼道の光を吹き出し、己に激しい推進力をかけた上で、両手を黒腔に当てる。

 そこから──蜘蛛の巣状に伸びる罅のような白。

 

「──暗き川底、重い泥沼、足を取る激流。塞げ、立ち込め、包み込め。あなたは一人の旅人。伴う者のいない旅。たった一羽の皁(くろ)い鵠(くぐい)を探しなさい」

 

 罅は次第に黒腔全体を覆っていく。同じくして、その罅は──僕の手にも侵入してくる。

 副鬼道長のぎょっとした目。彼は詳しいから、気付いたのだろう。天挺空羅なんかに見られる墨の動きではない──これが、犠牲鬼道に見られる「人体の触媒化」であることに。

 

「──川辺にて藻掻く旅人。先行きを見ない狩人は、あなたの背中を貫くでしょう。抜くことのできない毒矢。落ちる身体。激流、身を千切る岩。命を奪う水」

 

 やがて……メリメリと、羽化か何かをするようにして、罅がはがれ始める。

 そこから生まれ出でる途轍もない「押し返す力」に瞬閧で抗い、その生誕を見届ける。

 黒腔と、そして僕の腕の肘から先を萎びさせて生まれ出でたのは、罅で作られているかのような球体。

 

「──浚え、浚え、我が子を浚え。蘇を持つ薬で我が子を救え。──縛道の番外・修祓具地獄(しゅばつぐじごく)」

 

 球体の中に形成されて行くは、いくつかの光点。数や配置からしてそれが何を意味するかわかったことだろう。

 ……そして僕は。

 

「均せ、野箆坊」

 

 ……またも犠牲を、踏み倒す。

 ああ……痛かったし苦しかったぁ。

 瞬閧を解除して、と。

 

「ええっとぉ、説明しますとぉ、この赤い光が虚でぇ、青いのが死神ですねぇ。それ以外の霊圧を緑色に振り分けていま──うぐっ!?」

 

 寄ってきた山本総隊長に胸元を掴まれ、強い力で引き寄せられた。

 ──怒った目をしている。それも……初めて見るくらいの激怒だ。

 

「おぬし……幾度めじゃ、滑川」

「……」

「麒麟寺天示郎がおぬしに接触したことを聞いて……理由を理解できなかったが、そういうことか、滑川」

「ああ、やっぱり。僕のこと監視してたんですねぇ、山本総隊長」

「……」

「護衛と、言い換えるべきでしたか、ね」

 

 それは、いつかの黒痰咳の時。

 志島隊長に呼び止められた後から……まぁ、余程の手練れらしいのが、常に。

 尸魂界にいる時はついていた。どれほど手練れでも全域観測しちゃえば関係ないから、ね。

 

 理由は言うまでもないだろう。

 僕の始解。僕の卍解。あるいは、僕の技術力もかな、一応。

 もし──瀞霊廷の敵となれば、手が付けられないと。そう判断しているのだろう。

 

「ま、今は言い争っている場合じゃないですよぉ。人命がかかっているからと指示をされてのこれですか、ら。何を言われる謂れも──痛ぁい」

 

 ガン、と。

 殴ってきたのは山本総隊長……ではなく副鬼道長だ。

 

「ワシが背負うって言っただろうが。必要な犠牲がその身体なら、ワシに代償を押し付けろ。勝手に持っていくんじゃねぇ。使用を強制したのはワシなんだから、恨みでも込めて押し付けやがれってんだこのすっとこどっこい」

「……それは、まぁ、……言葉の綾というかぁ」

「もういい。オマエのことは今後一切信用せん。……それで、なんだ。どういう状況だと見て取れる」

「……問題は虚だけじゃないようですねぇ。この緑色……霊子振動数的にこのヒトガタと同様の技術で作られたものでぇ、それに……追われている、ように見えまぁす。尾花隊長も鹿取隊長もなのでぇ、何か予想外の事態が起きていて、攻勢に出られないものか、と」

「隊長格二人揃って対応できない事態ってのはなんだ。何がありゃそうなる」

「……んー、お二人とも始解すらせずに逃げ回っているっぽいですねぇ。隊士たちから離れるようにしているから……逃がした、のかなぁ」

「こっちからなにか援護できたりはすんのか」

「流石に難しいです、ね。これだってこんな精度でしか見えないの、で」

 

 ……ああいや、待てよ?

 今回の黒腔の距離感からして……ふむ。

 

「山本総隊長ぉ。そんなに怖い顔をしていないでぇ、手伝ってくれませんか、ね」

「……なんじゃ」

「こっちから二人に好機を作り出しまぁす。大鬼道長も何かやろうとしているみたいですしぃ、それに合わせましょうかぁ」

 

 これだけ痛い思いをしたんだ。

 助かってくれなきゃ嘘だよ。……しかし、今後一切信用せん、かぁ。

 ……申し訳ないなぁ。ここにいる、全員に。

 

 勿論君にもね。野箆坊。

 

*

 

 霊子を蹴り固め、瞬歩を用いて避ける避ける。

 五番隊隊長・尾花弾児郎。八番隊隊長・鹿取抜雲斎。

 両名は今──超巨大な蛇のような虚から逃げ続けていた。

 

 敵はこの巨大な虚と、僧兵とでも呼ぶべき真白の人型たち。

 善定寺の懸念は正しかった。この蛇に攻撃を当てると、その胎からその斬魄刀と死神の模倣体が生まれ落ち、味方に敵対する。

 しかも以前のような劣化版の死神、ではない。始解も使いこなしているし──卍解まで模倣できる模倣体。

 欠点は持続時間だ。十分足らずで卍解も、というかその模倣体も弾けてなくなる。二体目が生み出されることはない。

 

 卍解を習得しているのは隊長二人だけ。そのため、二人は攻撃の一切を取り止め、隊士たちを巻き込まない範囲まで逃げてから卍解を使い、敵が増える前に仕留める──そのつもりだった。

 

「チッ、なんだってんだあの僧兵は! 人間か!?」

「わかりませんけど、斬っても楽しくなさそうでしたね。意思が無いというか」

「ああ、自我ってモンが見えなかった。……っと、そろそろ良いか?」

 

 充分離れた。ここらであれば、いくら己が産み落とされようと隊士たちを巻き込むことはない。

 だが──試さねばならないこともある。

 

「なぁよ、鹿取。俺の卍解は常に奴を焼くわけだが……つまり常に俺が産み落とされる結果にならねえかな」

「可能性は充分にあるでしょう。そしてそうなった場合、わたしは焼け死んでしまうかもですね。ただでさえ熱いのに」

 

 尾花弾児郎。その卍解は周囲を焼き焦がす。

 それを攻撃と捉えられたのなら、という話だ。

 

「だから、尾花さんのは後で使ってください。わたしの卍解で殺せなかった場合、わたしの偽物ごと灼くために」

「……それが妥当か。おっしゃ、出てきた偽物は始解で仕留めてやる。存分にやってこい鹿取!!」

 

 そして、鹿取抜雲斎──女性らしからぬ名を持つ彼女の卍解は。

 

 ──彼女の口が、偃月を描く。

 

「卍解──寸寸(ずたずた)八裂(やつざき)抜雲斎(ばつうんさい)」

 

 ふらり、と。

 足場を失ったように自由落下する鹿取。その身が蛇の虚に触れた──その瞬間。

 斫鑿(ザクザク)削斬(ザクザク)錯截(ザクザク)炸索(ザクザク)──と。

 その身が、細切れさえも優しいほどに解体され始める。

 

「ナ──ン、ダ!?」

「アハハ……あはははっ!」

 

 斬れる斬れる。斬れる斬れる。斬れる斬れる斬れる斬れる斬れる──。

 哄笑しながら、斬れる。斬るではなく斬れる。

 刀が無い。卍解の発動と同時に消えてしまった。

 けれど、今、大蛇の身体には無数の斬撃が走っている。

 

「一挙手一投足。果ては言葉も、呼吸も、その身が数寸動くことすら──斬撃に変換する卍解、だったか」

 

 模倣体が生まれる。それを斬り伏せる。

 模倣体が生まれる。それが斬り飛ばされる。

 模倣体が生まれる。それも斬り刻まれる。

 

 痛みにのたうち回る大蛇の上を、一歩一歩を踏みしめながら駆け上っていく鹿取。その道行き、あるいは軌跡に、生物など肉片さえも残らない。

 

 妖刀抜雲(ぬきぐも)。曰く、斬魄刀というものが成立する以前から存在した、今を以て尚斬魄刀であるかどうかさえ怪しい妖刀。

 現世は日本国が倭国と呼ばれていた時代から存在した、などと言われているものの、真偽は不明。始解らしいことができて、卍解らしいことができるだけのその刀を代々受け継いできたのが鹿取家である。鹿取抜雲斎。その名は襲名制であり、その血筋は妖刀の持つ鬼気を抑え込むことができるとされる。真実平時の鹿取にはかつての卯ノ花八千流のような危険性は存在しない。

 ただ、ひとたび刀を抜けば──。

 

「もっと! もっと鳴いて! 苦しんで!! 喚いてのたうち回って……そして、死んで……死んでください、虚さん。……ひひっ、あはははっ! 楽しい! 楽しいですねぇ!!」

 

 アレである。

 尾花は後頭部を掻いた。平時はまぁ呑気なやつだが悪い奴じゃない……のだが、ひとたびああなると手が付けられない、と。

 

 斬り刻まれても超速再生する大蛇の虚。その身からぽこぽこと生まれていく鹿取の模倣体の、その全てが生まれてから一秒と経たぬうちに殺されていく。始解する暇も卍解する暇も、産声を上げる暇さえなく、だ。

 

 ……その彼女を、遠方より狙う僧兵。手に持つ三叉槍を投擲しようとしている──そいつに対し、始解した刀葉林による斬撃を食らわせる尾花。

 尾花は考える。鹿取は放っておいても大丈夫だろうが、斬り刻んでいるのは彼女の周囲だけ。大蛇の大半の部分は斬れていない……というか、残(・)っ(・)た(・)部(・)分(・)か(・)ら(・)身(・)体(・)を(・)伸(・)ば(・)す(・)ということが可能なようで、さらにそこから無数の鹿取が産み落とされている。

 磨り潰されるのも時間の問題だ。無論鹿取は磨り潰されてなお斬り続けるのやもしれないが。

 

「やっぱりここは俺の卍解で……」

「それは止めておいた方がいいデスネ」

 

 軽い感じの瞬歩で尾花の横に降り立つは、大鬼道長だ。

 

「なんだ鋸歯文。逃げてろっつったろ」

「確かにそれはそうなのですが、余りジカンをかけすぎると、ナメカワが孤立してしまいそうなので」

「滑川? ……ああ、あの優秀そうな坊主か」

「ハイ。実際優秀で。……けれど、なんというか彼はフクザツな人間でしてね。他者の感情の機微はそういう鬼道でも使っているのか、ってくらい読み取れるのデスガ……他者が自身に向ける感情については、欠片も読み取れないのデス。まるで、他者をカクニンする目も、他者のコエを聞く耳も、他者とドウチョウする鼻も……何も持っていないかのように」

 

 ケレドネ、と。大鬼道長は続ける。

 

「ケレド、彼はトッテモ良い子なんです。そういう暗(・)躍(・)が、向いていないくらい」

「……お前は何かを知っていて、だが坊主の意思を尊重して黙っていてやっている。が、坊主を他の奴らのところに長時間置いちまうと、お前ほど理解できてねえ周囲との軋轢が生まれ、坊主が孤立してしまう。から早く帰ってやりたい。……どうだ、俺のこの翻訳能力は」

「スバラシイですよ、ダンジロウ」

 

 大鬼道長……鋸歯文(きょしもん)早蕨(さへい)。下級貴族鋸歯文家の分家筋に生まれた少年にして、生まれ出でてからたった十五年で鬼道と呼ばれるすべての番を覚えきった神童。

 鬼道衆というものが作られ、そこの頭に抜擢されてからはとんと話を聞かなくなったが、それまでは数々の記録を樹立し続けていた存在だった。尾花はそう記憶している。

 

「自分でも重ねてんのか?」

「イイエ。彼はワタシ程度では重なるではなく乗っかることしかできない……深くて広い才の持ち主デスヨ。ただ……さっき言った短所と、どうにも……抱えきれない程の未来を背負っている。そんな感じがしますね」

「ハッ、あんな坊主に背負われる未来なんざ、いっそのこと一度粉々に砕けちまえ。そんでもって、俺達が背負い直してやらねえと。つまるところ、俺達はもう爺さん婆さんだから背負わせるには心配だって思われているわけだ。ハハハっ、山本なんかは顕著だよなぁ。段々と髪に白が混ざってきてる。ありゃあと百年か二百年で禿げるぜ」

「ワタシは何も言ってませんヨー」

「逆骨の大翁に重い荷物なんか持たせられねえのと一緒さ。山本はもっと頼れる背中ってモンを見せつけてやるべきだ。鋸歯文、お前もだぜ」

「おお、ミミが痛い。……実際、そうなんですよね。彼のおかげで進んだ技術と、彼のおかげで助かった命がありすぎる。まるで、死にゆく定めのワレワレを、死なせまいとミライが差し向けた命綱のように。……そしてそのジジツがあるせいで、彼はワタシたちを頼らない。だって頼りないから」

 

 結局のところ、それが真実だ、と。

 肩を竦める鋸歯文。

 

「だからワタシは彼に何も言いません。圓悠クンはご立腹みたいですけどね。……瀞霊廷を一人で守り、己のみを護廷の代替にしようとするような少年に、何を預けてもらえばよいのヤラ」

「決まってんだろ。命を、だよ! 何もしてやれないから何も言わねえだぁ? バカヤロウが。そいつに目口鼻耳がねぇってんなら額ぶつけて心を伝えんだよ。命を預けろ、てめぇの周りにゃてめぇにできねぇことができる奴らがごまんといて、そいつらは無償でてめぇに力を貸してくれるんだ、ってな」

「……君はいつも真っすぐで……心から羨ましいデスよ」

「俺以外の死神が遠回りすぎるだけだ。……で? 俺の卍解を使わねえなら、どうするんだよこの現状」

 

 長大──斬れば斬るほど、産めば産むほど巨(おお)きくなっていくその虚。

 もはや中天の月さえも多い隠すほどの巨体は。

 

「マズ、第一段階。鹿取さんを連れ戻しマス」

「それが一番難しいなオイ」

「第二段階、ワタシの鬼道で対炎熱に特化した結界を作り上げマス」

「……成程、それで俺の卍解を」

「イエ。あとはその時を待つだけですよ」

「……どういうことだよ」

「まずは鹿取さんをどうにかして引き戻しましょう。オーイ! 鹿取さーん! 一度戻ってきてクダサーイ!!」

 

 声は……届いている、はずなのだが。

 一切振り返らない鹿取。

 

「おい鹿取!! 戻ってきな!! 作戦変更だ!!」

 

 声は確実に届いている。しかし、戻ってこない。

 聞こえていない……極度の集中状態で、耳が機能していないのだろう。

 

「仕方ねえ。俺が這縄で捕まえる」

「ワタシが華麗に捕らえる。行きましょう」

「おう! 行くぜ、縛道の四! 這縄!!」

 

 下番縛道。それがぎゅーんと鹿取に伸びて。

 

 ぎょ、ろ……と。

 彼女の目が、二人を向いた。

 

「こ……コワイ!」

「俺もちっとは怖い!! だが、おっしゃあ! 鹿取一本釣りィ!!」

 

 釣り上げる。無数の彼女の模倣体の中から、本物を。

 釣り上げている最中に尾花は思った。……こいつ本当に本物だろうか、と。

 だが……つり上げられている最中の鹿取の、そのぎょろりとした目が、彼女を本物であると裏付ける。凄まじい殺気が叩きつけられていることも一助となるか。

 

「縛道の三十七・吊星!」

 

 その彼女が、霊子でできた網に捕らえられて。

 一歩。そして……口を、開いて。

 

「……ごめんなさい。作戦変更、でしたか。すこし……酔っていました。反省しますね」

 

 しゅん、と、別人になったかのように抑え込む。

 鹿取抜雲斎。妖刀の鬼気を完全に抑え込める器。

 

「っしゃ、何はともあれ、だろ。それで、こっから?」

「あ、ハイ。まず結界をコウチクしまして」

 

 尾花、鹿取、鋸歯文の三名を覆う結界が構築される。

 防御姿勢に入ったと見たのか、山河にさえ思える大きさの大蛇が一直線に三人のいる位置へ体当たりをしてきて──。

 

「万象一切灰燼と為せ──流刃若火-圧縮砲塔」

 

 その、全てが、

 業火によって包み焼かれ、消し飛ばされた。

 

*

 

 というのが、調査隊の一部始終となる。

 

「よくぞ無事で帰った。じゃが、すまぬな。起きた全てを記録する必要がある」

「問題ねぇさ。そのための調査隊だろう。……んで、鋸歯文。お前、ちょいと坊主と出ていけ。ここでできることは何もねえからな」

「……君は、本当に。……そうしようか。じゃ、イコウか、ナメカワ。これは大鬼道長命令だから、強制だよ。──それと、総隊長。アナタも」

「む。……長次郎、ここは任せられるかの」

「はい。どうぞ、心行くまで」

 

 と、言われ。

 首根を掴まれてやってきたのは『全力部屋』。さらにそこに……千、いや万? 今の僕じゃ感知できない速度でとんでもない数の結界が張られた。

 

「これくらいで満足かな、ナメカワ」

「……なんのことですかぁ?」

「良いですよその口調、やめても。どこの誰が見ていようと、ここは見えません。虚圏で検体を入手してきたのでネ、結界にちょっと練り込んでみました。霊子の乱流、それを結界に流用しているので、余程のことをしないと見えませんよ」

 

 ……。

 ……本当だ。うわ。なん……だこれ。結界と結界の間の空間を……とんでもない霊子が。

 

「……鋸歯文さん。それで、じゃあ。僕に何を話せと言うのでしょうか」

「む」

「全てを、とは言いません。踏み込むと君、退いてしまいますから。だからまず、君が命を賭けようと思っていることを教えてください」

「……」

「退路はありませんよ。聞き出すまで逃がしません。結界は開いてあげません。総隊長、それで良いですね」

「そうじゃな。それで良い」

「……なら、アレを使ってでも出ますよ」

「ナメカワ。どうしてそこまで、とか。なぜ話してくれない、とかは、聞かないので。教えてください。教えてくれるまでは出しません。君にどのような手段があるのだとしても、あるいは君の手足を折ってでも話を聞きます。わかりますか? これは覚悟です」

 

 指が、一本。

 向けられる。

 

 そこに──殺気にも似た意志が乗っている。

 

「滑川」

「……」

「すまなんだ。おぬしを信じ切れなかった。監視の件……儂の心が弱かった。ここに、正式に謝罪をする」

「いえ。……正しい判断だと思いますよ。護廷の面では」

「じゃが、おぬしも護廷の一部じゃ」

「それで言うなら別に、犯罪者だって、悪事を企てる人たちだって、護廷の一部でしょう」

「否。では聞くが、おぬしに瀞霊廷を害する心があるのか?」

「それは……無い、ですけど」

 

 わからない。

 どこまで。

 どこまで、信じて良い。

 いいよ、前提条件を知っている人が増えるのは嬉しい。でもどこまで信じて良い。

 千年後、あなたはいるのかな、鋸歯文さん。

 千年と少しあと、あなたは死なないでくれるのかな、山本総隊長。

 

 僕の……僕が必死でかき集めてきたものは。

 あなたたちを。……その運命を、どうにか、できるのか。

 

「ナメカワ。君から見て、私達は弱いかな。すぐに死にそう?」

「……はい」

「はは、正直だね。じゃあ約束する。強くなる。今よりももっと」

「弱い。すぐに死にそう。……ふん、儂の生でまさかそれを、このような童に言われるとは。……無論、まだまだ、強くなるとも」

「だと、して、も」

「そろそろくどいぞ、滑川。強さだけでは足りぬか。ならば儂は、そうさな、縛道でも極めてみるか」

「ふぅん。なら私は斬魄刀戦闘でも頑張ってみようかな」

 

 ──夕闇の河川敷が見える。

 振り返れば──無数の、夥しい数の顔の無い人々が。

 そして……僕の両手を引いて、前へ連れて行こうとする、顔の無い少女と、顔の無い少年。

 

 そろそろ進め、って。

 

 そう……か。

 ……そうだね。

 立ち止まるのが嫌、って言ったのは……僕だっけ。

 

 腹を括ろう。

 

「──初めまして。僕は、未来からやってきました」

「……」

「……」

「その鎖された……限りなく細い光しか掴めなかった未来を、どうにかこうにか、変えたいと。少しでも……生き抜ける人を増やして、どうにかこうにか、どうにかならないかと、藻掻いています」

 

 震える口を。砕けそうになる顎を。

 視界の半分を覆う夕闇の世界で、とん、と。

 

 軽く背中を押してくれたのは──顔の無い男女。僕の知らない、僕の見たことの無いその二人は、恐らく。

 

「どうか力を貸してください。そろそろ、もう、僕一人では……抱えきれないと思うので」

「よか──」

「ハイ、じゃあ私が一番乗りで! どんどん頼ってくださいネ! ……ってあ、あれ。なんだか結界内が暑くなってきたような」

「……鋸歯文。おぬしはどうしてそう……。……まあ良い。良かろう。何かを抱えていたと思っていたが、まさかそのようなことだったとは。……同じじゃ。別に、全てを話さずとも良い。じゃが、おぬしが命を賭けねばならぬことは、儂らにも……そうじゃな、三分の一ずつを分け与えよ」

「はい、では、お話します。……喫緊の課題。綱彌代家の問題児についてを。なぜこうまで偽装しなければならないのかについてはまた今度で」

 

 これで。

 何かが、減るのだろうか。

 

*

 

 黒腔を繋いでいた部屋に戻れば、尾花さんが残っていた。

 

「お、戻ってきたな。……そんでもって、ちっとはマシな顔つきになったじゃねェか」

「はぁい。なんだか便宜を図ってくれたみたいでぇ、どうもうありがとうございますぅ」

「ハハ、良いって良いって! ……そうだ、礼を言いそびれていたんだ。ありがとうな」

「はい? えっと、何の話でしょうかぁ?」

「雨緒紀のことさ。王途川雨緒紀。ありゃお前さんがいなけりゃ絶対に見つけられなかったし、応急処置も完璧だったって評判だ。王途川が助かったのは、確実に坊主のおかげなんでな」

「はぁ。それで、どうして尾花さんがお礼を?」

「友達なんだ。つっても俺は流魂街出身。雨緒紀は貴族なわけで、性格的にも接点無さそうに思えるだろ?」

「はい、そうです、ね?」

 

 そこから始まるは、まだ死神統学院さえ無かった時代に起きた、奇跡的……というか運命的な出会い。寄居さん、尾花さん、王途川さんという生まれも育ちも別々の少年少女が経験した冒険小説みたいな出来事。

 ほへー、という感じで聞く。しかし成程、しっかり者の少女、豪快でリーダーシップ溢れる少年、真面目で気が弱いけど貴族としての知識や刀の腕に優れる少年。

 面子としてはこれ以上ないほどだ。

 

「その王途川がまさか寄居とくっつくなんてな! ハッハッハ、先越されちまった」

「ということは、尾花さんも寄居さんをぉ?」

「いや? 随分前から智の気が雨緒紀にあるのはわかってたからな。そういう気持ちはわかなかった。湧いていたのはどっちかっつーと早くくっつけとか早く告白しろとか、なんで俺がこんなことで悩まなきゃいけないんだ、ってことばかりだったよ」

 

 面白い。普通に面白い話を聞いてしまった。

 本とか出されたら如何でしまっしゃろか。

 

「お前さん、ガキの頃の雨緒紀にそっくりなんだよな」

「僕……気が弱い、ですかぁ?」

「んー、そこじゃなくて。なんつーか、周囲のありとあらゆるものに怯えている感じが? それでいて能力はあるから頼られるけど、頼り返すってやり方がわからねえから、全部自分だけで完結しようとする感じが似てる」

 

 ……耳が痛い思いでございます。

 

「が、それも……鋸歯文と山本に吐いてすっきりしたみてぇだ。良かった良かった!」

「ご心配おかけしましたねぇ」

「んで、だ! ──お前さん、会ったやつ会ったやつ全員に新しい道を教えるのが得意、なんだってな!」

「……それもしかしないでも逆骨さんから聞きましたぁ?」

「おう! 酒の席で"見込みがある"だの"霊術院の卒業審査をやらせるべきだ"だの、色々と聞いた」

 

 ちょ……酔っ払いの口から色々漏れるのだけは勘弁だよ……?

 

「俺にもくれ!! 今のところ欲しいのは、出会いだ!!」

「いえあの、そんな、縁結びか何かみたいな能力は有していなくてぇ」

「縁を結ぶのは俺自身。だが、どこに縁があるかを教えるのは神頼みだ。つーわけで頼む!」

 

 えっと。

 ……これ……良いのかなぁ、言って。

 もう……そのルートしかないでしょ、って思っているんだけど。

 

「──五大貴族、志波家……なんて、どうでしょうか」

「──本気で言ってんのか?」

 

 まぁ、そういう反応でしょうね。

 でも絶対この人志波家に婿入りしてると思うんだよなー。絶対イッチー周りの人間の空気だもん。

 

「貴族……五大貴族の、志波家。……確かにまぁ、雨緒紀と智が結婚してんなら、そういうのも可能っちゃ可能なのか」

「……そうだ、四楓院さんから聞いた話ですけどぉ、近々放生会(ほうじょうえ)というのを開くそうですよぉ。参加者は貴族だけじゃなく、非貴族の死神もそれなりにいるそうでぇ」

「ほう。……ほうほうほうほう。……いや! 完全に駄目元で聞いたんだが……まさか答えが返ってくるとは!! 滑川平良侮り難し! ってか!」

 

 いえあの。僕にそういう権能はない、っていうか。

 もしこれで本気で結ばれるようなら、あなたの運命力っていうか。

 

 まぁ。

 僕のせいで……割裂の入りかけていた関係に、世話を焼いて繋ぎ止めてくれたのは、間違いなくこの人だ。

 大鬼道長にも山本総隊長にも勿論感謝だけど……この人の行動で……多少なりとも救われた僕が、この人をどこかへ導けたのなら。

 

 それは僥倖と、そう言っていいんじゃないかな。

 

「志波……志波弾児郎! ふむ。音はちと物足りねえが、字面は良いな」

 

 気が早いです。

 けど、なんか良いなぁ、この人。

 底抜けに明るいから救われた気持ちになるって言うか。

 

「今の当主って誰なんだ? まずそこから知らねえとな。四楓院と王途川から情報を探るか」

 

 知らないからなのかどうかはわからないけど。

 齋藤何某の名前は挙がらないんだなぁ、なんて。

 

 ……陽光に引っ張り上げられて、初めて秘密を共有した……そんな一日でした。

 あ、どうやって流刃若火を届けたかについては、また今度。

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