卍解までは転生者の嗜み。   作:点差惨敗

14 / 41
14.佇立瞑目

 

 可能性が潰されることの

 なんと 愛おしいことか

 


 

 この頃から使えるのか、という驚きと、こんな序盤にサンプルをくれるのか、というありがたみがある。実際の「受胎告知」を手に入れたのは弱体後だったはずだけど……。

 ……まぁ。

 準備が活きたな、ということで。

 

「はぁい、これで大丈夫です、よ」

「ありがとうございます」

「それで、これ、飴みたいに舐めたり、噛んだりしながら、口に含んでおくこと、できますか、ね?」

「……これは?」

 

 まぁそりゃあ、対策をします、という話。

 敵が彼、ザエルアポロ・グランツであると想定できた瞬間から作り始めた急造品だけど、なんとか形にはなったと思う。

 

「『乖霊剥離(かいれいはくり)の膠飴(こうい)』。とーっても簡単に言うとぉ、体内に入った異物霊子を吐き出すためのお薬、ですねぇ。本当は黒痰咳対策……僕の乗っ取りが成功しなかった場合に使う予定のものでしたがぁ、話を聞くに、丁度いいと思いま、す」

「副作用は、なんでしょうか」

「苦しいのと、痛いのと、自身の霊子の五十分の一をもっていかれます、ね。あと、回道を受けた直後も、使用禁止です、ね」

 

 本当は……野箆坊を鬼道で再現できたら、そんなに良いことはない、とか思っていたこともあったけれど。

 それは大鬼道長に止められた。「基本的に斬魄刀の能力は理不尽なモノ、鬼道は霊力で編まれた誰でも使えるモノ、という認識がある。そのため、君が斬魄刀の始解を鬼道で再現できることは言いふらさない方が良い。君の始解の能力については少しだけ理解しているけれど、それが鬼道で再現可能であるという事実は、敵に同じ能力を与えることになりかねないし、こちらの鬼道を、ひいては君の始解をも解析されて無効化されかねない」、と。意訳だけど。

 その通りだ。なんでもかんでもこんな序盤から見せすぎるのは良くない。心苦しさはある。できるのになぜやらない、という感情も勿論あるけど、僕の始解と卍解は特別なものであるとした方が良い。

 

 だから、心苦しいけれど、代案のこれにした。

 感染・侵入・融合などの際に飲むことで、「最新の変更履歴」から異物を特定し、除去する。

 回道は他者の霊子が入り込んできているため、回道を受けた直後に使うと患部から霊子が剥離する状況に陥りかねない。

 

 とはいえ、ことザエルアポロ・グランツ戦においてはかなり有用だと思う。離脱したタイミングやスイッチしたタイミングで舐めることで、自分への産卵を防ぎ得るのだから。

 

「とりあえず全員分、あ、僕、一尺八寸副隊長、鼬野十一席のは抜いてありますのでぇ、ちょっとかさばるかもだけど、持っていってください、ね」

「……」

「……まだどこか痛みます、か?」

 

 じっと。

 こちらを見つめる、鹿取さん。……な、なんでしょうか。

 

「わたしは。……皆さんより、どちらかというと、物(・)質(・)に(・)近(・)い(・)んです。だから……よく言われる、作り手の声や意思というものが、より明瞭に伝わってきます」

「は、はぁ」

 

 物質に近い、って……やっぱりこの人が霊王の欠片関係者かな。

 

「これは、『先を見据えて作った薬』ではなく『過去を振り返って作った薬』ですね」

「──……え……っと?」

 

 息は、呑まずに済んだだろうか。

 ……何を……なんて怖い人だ、この人。何がどう優しい人なんだよ九番隊。

 

「汎用性に富むのではなく、起きる事象の幅を知っているがゆえに特化した薬。……この薬からは、それを感じます」

「は……はぁ、まぁ、黒痰咳対策でぇ、作った薬、ですから、ね?」

「……。……そうでしたか。だから、ですかね」

 

 多分、理論とか理屈とかじゃない。

 直感だ。この人の言う通り、嗅覚だけで見抜かれている。

 

 僕の。

 ……僕の、欺瞞を。

 

「ありがとうございます」

「へ……ぁ、はい、えっと」

「ごめんなさい。卍解時以外のわたしは、感情が平坦になると言いますか、まるで怒っているように聞こえる、そうで。咎める意思は、ありません。そういう薬を見たのが珍しかった、というだけです。そして、わたしたちのために……注射や穿点のように血肉へ直接叩き込む形ではなく、飴の形に、してくれました。それはあなたの、少しでも食べやすいように、という思いが込められている証拠。重ねて、ありがとうございます。必ず有効活用しますし、必ず、勝ってきます」

 

 そう言って……瞬歩で消える鹿取さん。

 ……。

 

 ……九番隊。成程。

 

「鹿取隊長は、ああいうところがあるから人気なのよねぇ。確かにいつでも同じ声色で怖さはあるけど、根底には人を想う優しさがある、っていうかぁ」

 

 感情が平坦になる。

 ……そういうところも、シンパシーかもしれない。僕とはプロセスが真逆だけど。

 

 さて、戦場をまた改めて見てみよう。

 この世界で久しぶりに見た建造物の付近で戦っているのが四楓院さんと尾花隊長、そしてザエルアポロ・グランツ。

 攻撃の手数、ヒット数自体は四楓院さんたちに軍配が上がるけど、それがダメージになっているかというとちょっと微妙。直接報告を受けたわけじゃないけど、感知する限りでは頭蓋を消し飛ばされようが心臓を穿たれようが、何食わぬ顔で超速再生している。どういう理屈なんだろう。

 そしてその上で、卍解状態の四楓院さんが時折力負けするという異常事態。鋼皮ってこんなに硬いのか。でも確かに黒猫さんも力負けしていたしなぁ。

 二番隊の人はパワーが売りじゃないからさもありなんだけど、四楓院さんの斬魄刀のモチーフは恐らくシャコで、卍解はシャコパンチだ。籠手型になっている斬魄刀を、インパクトの瞬間に無数の霊子でコーティングし、破滅的なダメージを与える、というもの。

 だけど……その拳で大ダメージを与えられていたのは最初だけ。気のせいでなければ、攻撃するたびに強度が上がっていっているような。

 

 見た感じ鹿取さんの卍解による斬撃じゃ欠片もダメージが入っていないようだったし……鬼道系に切り替えるとして、あのレベルとまともにやり合えるのはそれこそ尾花さんの卍解火力だけになってくる。

 あとはまぁ……僕が出て、回避タンクになって、後方支援に徹してもらう、もあるけれど。

 ……最悪の手だな、それは。本当に最後の最期の手だ。僕という存在がザエルアポロ・グランツ……何よりも「生き延びる」ことに長けた虚に認知される、なんて。

 

 ただし、辿られない程度には介入に介入を重ねさせてもらう。

 鰤世界の死亡率の高さなど知るものか。明かし、零したのならば、相応の成果を手に入れなければ嘘だろう。

 

 作戦通りに進めようよ。それができる内は、ね?

 

「縛道の番外・霧散瘴」

 

 手に真っ白なオーブを作り出し、場に満ちている「無害化された黒痰咳」に乗せる。

 本物は確かに実力不足だったのかもしれないけど、決して無害化されたあと放置、なんてせずに、セキュリティを強化した上で自身の防御に使っていた。

 他者から奪い取ったもので遊ぶだけ遊んで、興味が無くなったとばかりに放置しておくからそうなるんだ。

 

 パブリックサーバーに共有ファイルを置いちゃダメって習わなかったのかな。

 

 病というものの使い勝手の悪さを思い知ると良い。一度抗体を得たから己には効かないとでも思っているんだろうけれど。

 前に善定寺さんとの雑談で出てきた、「虚だけが罹る病」。一応試作はしてみましたとも、ってね。

 そしてこれは、布石でもある。対策を取ってくれたのなら僕らが真似をすれば良いし、そもそも支配下に加わらないという可能性まで択ができるのであれば、と。

 

*

 

 最上級大虚(ヴァストローデ)、という言葉。

 その強さ──あるいはその本質を見誤っていた、というべきだろう。

 

「硬ってぇな、オイ……」

「気のせいじゃなけりゃ、どんどん硬くなっているような」

「……」

 

 元隊長も含めた三人の隊長格をして、ザエルアポロ・グランツにダメージが入るのは、余程の会心を得た時くらいになっていた。

 斬撃も、打撃も、尾花の刀葉林……熱波を斬撃の形にして飛ばす攻撃も。

 肌に、入っていかない。

 

「ふむ。飽きてきたね、そろそろ。卍解……そうだ卍解だ。斬撃を増やすだけの卍解、打撃力を上げるだけの卍解にこれ以上の発展は無いだろうし、君。熱波を使う隊長格。卍解をしてみておくれ。それで最終評価にしよう」

「はいじゃあ、って従うわけねェだろ」

「だが、そうでもしなければ僕にダメージを与えられない。それはわかっているだろう。まさかそれさえも理解できない知能というわけでもあるまいし」

 

 真実だった。

 効かない。効かなくなっていっている。

 

「面倒臭いね。僕への反抗心から卍解をしないというのなら……じゃあ、まぁ、遊ばせているバヴァ・アナンタに、本気で殺せという指示でもしてみようか」

「……遊ばせている、だと?」

「そうとも。あれはアレ自身が名乗る通り、中級大虚(アジューカス)程度のポテンシャルがある。が、死神をただ磨り潰すだけでは取れるデータも取れないだろう。だからできるだけ模倣体を作らせて、完璧なデータを取っていたんだが……まぁ、隊長格の卍解に勝るほどの興味でもない」

 

 指が鳴らされる。

 ──同時。各地から、今まで聞こえていなかった震動と……断末魔のような声が聞こえ始めた。

 

「チッ、四楓院!」

「あいよ」

 

 大きく宙返りを入れ、戦線を離脱する四楓院。

 彼がここにいる理由の本懐。即ち、負傷者を最速で回収する、という方を果たしにいったのだ。無論、件の膠飴を舐めながら、である。

 

 そして……その行為を理解できない、という表情で、なんなら驚愕している顔で見届けるザエルアポロ。

 

「何を……どういうことだい。君達は、三人ですら僕を相手に手こずっていたのに、人数を減らす、だって? ……正常な思考とは到底思えないな」

「まぁ、こっちにも色々あんのさ」

「そうかい。興味はないよ。……本当に卍解しないというのなら、じゃあ、まぁ」

 

 ザエルアポロの顔を目掛けた斬撃が入る。

 幾つもの軌跡を描く斬撃は、けれど……ザエルアポロにまとめて握り潰された。そして。

 

「っ、ぐ……!?」

「チッ……」

「やぁ、悪いね、女の死神。僕の握力というのは然程でもないから、握り潰すのに少々時間がかかる。その間、僕の手から侵入する様々な薬品や霊虫の感覚に心を躍らせるといい」

 

 気道を塞ぎきるでもなく。首を掴み折るでもなく。

 故意に弱めた力で握って苦しめ、さらにその首筋へ何か、沢山の何かを注入していく。

 脳へ向かう酸素は途絶えていない。だから意識があり続ける。さらに一部の薬品がその意識を鮮明なものに変え、身体の皮の、その少し下のあたりを悍ましくも這いまわるモノたちの感覚を、彼女の意識に伝え続ける。鮮明に。克明に。酷烈に。

 

「か、ぁ……!」

「おや、良いのかい? 僕の手を握るだなんてことをすれば……そこからだって、入るけれど」

 

 苦しさから抜け出さんとした腕。そこからも入り込む全て。

 血管が浮かび上がり、その血管の内部を蠢く何かが見える──身の毛もよだつその光景を前に。

 

「……ふむ。それは、少し意外かもしれない。死神とてメスは大事にするものだろう。隊長格という人材の利便性も考えると、ここで卍解しない手は無かったんじゃないかな」

「……」

「それとも、君は言動よりもよっぽど冷酷な人間だとでも言うつもりかい? 卍解時の斬撃でダメージを入れることのできない隊長格など捨て駒同然で、むしろ首を掴まれたらどうなるかを見るためにこのメスを放置している、と?」

「……うーん、いや、なんつーか」

 

 尾花はその後頭部を掻いて。

 あろうことか鹿取を、まるでモノでも見るかのように……指を差し、いーっという顔をした。

 

「そいつもちゃんと苦しむんだなぁ、って感じか? 人間味がない……戦うためだけに生まれてきた、みたいな見た目の割に、苦しいとか生きてェとかあるのが意外でよ」

「おお。……驚いた。いや本当に。その言動と見た目で、まさか君も研究者だとでも?」

「俺が? 俺は無理だよ、そういうの。言っただろ、無学だって」

「なら、向いているのだろうね。同族にそういう目線を投げかけることができること。それこそが科学者を始めるための第一歩だ」

「同族ぅ? ソレがか? よしてくれ、一緒にされるのはまっぴらごめんだね」

 

 口角を吊り上げていくのはザエルアポロだ。もしかしたら生き残るために好感を稼ごうとしているだけである可能性もあるが──仲間が苦しんでいる時に。鮮明なる意識がある時に、その死の目前で、ここまで突き放した言葉を吐ける死神がいようとは。

 あるいは死神と虚の関係でなければ、良き共同研究者……あるいはビジネスパートナーとなっていた可能性さえある。それくらい、ザエルアポロの好みにあった言動であると言えた。

 

「あの、尾花さん」

「──っ、?」

「あ? なんだよ。俺にばらすなだのなんだの言っておいて、てめぇが真っ先に吐くのはどういう了見だ」

「それについては申し訳ありません。ただ、その言葉……棺であるわたしに向けて言っているのかな、と」

 

 尾花の横に、僧兵が立っている。意思の無いフルフェイスの僧兵。『クライアント』が寄越した観測用の兵装であるというもの。

 それが、まるで、この女のように喋って。

 

「はぁ? 仲間にそんなこと思うわけねェだろうが。馬鹿言ってんじゃねえよ。つかそんなことで台無しにしたんなら、お前こそ後でちゃんと謝れよ!?」

「いえ、わたしにも感情がありますから。わたしに向けて、言っているのであれば、嫌だなぁ、と」

「呑気か!」

 

 ぐしゃ、と。

 ソレの喉を握り潰すザエルアポロ。さらにソレを叩きつける。しかし、見えているソレが噴出した血はザエルアポロを濡らさない。零れ落ちた涙と涎もまた、床を濡らすようなことはしていない。

 そして──彼は、己の頭蓋もまた、捩じ切って千切り落とした。

 そうして再生した頭で見るは、首をへし折られて壊れている僧兵。

 

「──……チッ、使えない能力だな」

 

 そこでようやく思い至る。ずっと使用したままにしていた始解の模倣……黒痰咳。

 そしてそこに乗せられてきた、恐らく「幻覚を見る」、あるいは「見たい現実の幻覚を見る」という類の病。今の今までザエルアポロに首を掴まれていたのは、この僧兵だ。「僧兵を女の死神に誤認する」というような詳細内容である可能性まである。

 先程男の死神が漏らしていた、霊子を細かく調整できる存在。鬼道衆。名前からして複数人いる、霊子のスペシャリスト、と言ったところの存在であろう、と。複数人であるのならこれほどまで早く対抗策を講じることができたのも納得がいく。戻ってきた女の死神の動作を理解するに、なにか薬のようなものを飲んで己の薬も防いでいたか、と……そこまで。

 ザエルアポロは……そこまで考えて、思考を切り替える。本当はいますぐにでも地下の研究所に籠って検証を重ねたいのだが、戦士としての人格が「後で考えろ」と煩い。だからまぁ、後で考えることにした。

 

「それで……だから、なんだい。そっちの女死神の斬撃は僕には効かない。君の卍解は見せるつもりがない。負傷者の回収なんていう無駄を行っている……なんだったか、そう、四楓院千日は、その愚かな行為により戦線離脱中。──じゃあ、どうするというのかな。これからその鬼道衆とやらに泣きついて、僕の鋼皮を柔らかくしてもらう術を開発してもらう、とか?」

「まぁ、それも手ではある! 絶対に解決策を出してくれるって信頼もあるんでな。──だが」

「遅くなって、申し訳ございません。──ようやく、慣れました。無論、あれだけ時間を貰っていては、遅すぎに、括られるのでしょうが」

 

 瞬歩で消えるは、鹿取。

 直後、ザエルアポロの背後を取っていて。

 

 けれど普遍な……もう一太刀も通用しなくなっていた斬撃を繰り出す。

 だから、瞬歩の速度は追えていたけれど、一切反応しなかったザエルアポロ。

 

 その、全身が、破乱伐落(バラバラ)に。

 

「!?」

「ああ……ふふっ、あなたの血肉の、とろけるような柔らかさ。久しぶり。戦士ではない、暗い室内に籠りきりの人の血肉。蜘蛛の巣をちぎるように、ふふふ、簡単に」

「ぐ、なにが──否、たとえどのような手段で刃を通せるようになったのだとしても、無駄だと言ったはずだ……超速再生はその全ての意味を失くす!」

「もう……だから、説明は、しないと。言ったはずです、でしょう?」

 

 斫鑿(ザクザク)散零(バラバラ)、削斬(ザクザク)滅亡(ボロボロ)、錯截(ザクザク)淵渕(ブチブチ)炸索(ザクザク)斑縁(ブチブチ)。

 斬って、千切って、斬って、捨てて。

 ただひたすらに、命の奪取を行い続ける。

 

 硬くなっていく鋼皮。関係ない。

 せめてもと動こうとする。させない。

 刃の檻とでもいうべき封殺。殺す。殺す殺す殺す、命を奪う。

 その圧倒的な攻撃に。

 

 口角が上がる。口角が上がる。口角が上がる──。

 

 未知だ。既知が、未知になった。つまらない斬撃しか出せなかったはずのメスが、何をした。どうして突然強くなった。慣れたと言っていたか。理解したと言っていたか。

 その脳さえ切り裂かれているというのに、ザエルアポロの感情は喜色で溢れていく。

 強きモノ。賢きモノ。その嗜好に差異あれど、飽くることからは逃れられない定めなのだ。

 有無としあらむ事象が途徹もない速度で既知に置き換わっていく世界に住まえば、未知を、新しいものを、理解できないものを好むのは、必然と、そう言えるのだろう。

 

 説明をしない──成程、それは、良いかもしれない。

 少なくとも科学者は、教えられた答えを慶ぶような真似をしない。自身で解明し、自身で辿り着いてこそなれば。

 答えを言わないこの女は、真実、ザエルアポロの──。

 

「ただ、そう。技名だけは──教えてあげますね。──拖拖引裂抜雲斎(ずるずるひきさきばつうんさい)」

 

 引き延ばして割って、割って割って割断して。粉々に。バラバラに。ずたずたにずるずるに、ぐちゃぐちゃに。

 血肉を千切って骨を砕いて。叩き潰して叩き潰して磨り潰して踏み潰して。

 鹿取はそれに、最後に残った、かろうじて肉片と言える一片に……恍惚の笑みで、じゅるりと、扇情的に、長い長い舌を伸ばして……。

 

「……危ない。そういえばこれ、薬品塗れ霊虫塗れでした」

 

 すん、と卍解を解除し、それを放り捨てた。

 彼女の戻る先にいるのは、うげぇ……という顔をした尾花。

 

「……卍解状態時が、素……なんだよな?」

「はい。そうお伝えした通りです」

「……やっぱお前に優しさとかねーだろ」

 

 二人がやったこと。

 それはまぁ、シンプルだった。

 天挺空羅で飛んできた幻覚症状の発症に合わせ、尾花はザエルアポロの興味を引くために、鹿取の動きを務めて無視。その鹿取は、ザエルアポロが幻覚を見ている隙にこれでもかというほど彼を調べ、調べ調べ調べ、その命を奪う方法を構築。

 そこまで長くは保たないという話を聞いて最速でそれを済ませ、妖刀を慣らして、見せていなかった技を繰り出した。それだけだ。

 妖刀「抜雲」。及びその使用者たる「鹿取抜雲斎」が慣れるのは、硬さではなく霊圧である。慣れて、命の奪い方を構築して。それを繰り返す。繰り返すたびに、擂り潰されていく。

 そういう意味でも、彼女と卯ノ花は並べられるのだろう。……妖刀も不要だし感情が抑えられるなどのデメリットの全て無しで"そう"在れるのが卯ノ花であるが。あるいはもっといえば、デメリットの全てを踏みにじるような完全上位互換が「彼」であるのだが。

 なお、はじめから通して尾花は完全なる囮であり、攻略の主軸は鹿取だった。なんなら尾花は最初の試し切り以降斬魄刀を納めてしまっている。

 もう少し言うなら──斬魄刀の使いどころは別にある、というべきだが。

 

「っと、こんなところで雑談している場合じゃねえか、あいつらが危ねえ」

「そうですね。膠飴を舐めた上で、援護に、行きましょう」

「もう行ってしまうのかい? それは少し悲しいな」

「──」

 

 ゆっくりと……二人は。

 振り返る。

 その目で、認める。

 

 そこに、五体満足のザエルアポロがいた。

 

「なん……だと……!?」

「やぁ、君。僕にキスをしてくれると思ったのに、残念だね。さっきまでの君には一切興味が無かったけれど、今の君なら幾分かマシだ。──さぁ、もう一度僕を斬り刻んでおくれ」

「……まさか、あの、最後の……かろうじて肉片と呼べるモンから超速再生した、とでも言うつもりかよ……!?」

「それは酷い勘違いだ、オスの死神。まるで細切れになった他の塵芥からは超速再生できないとでも言いたげで。超速再生自体がくだらない機能とはいえ、手を掛けた研究を過小評価されるのは遺憾だ。そうだな、わかりやすい例を出すのならば」

 

 言って、ザエルアポロは、自らの桃色の髪を、その一本をプチ、と抜く。

 そしてそれを放ると同時──ぐずぐずに、腐敗するように崩れて。

 

 毛髪から頭皮が、頭蓋が、脳が作られ……文字通り超速で再生した。

 五体満足の、ザエルアポロ・グランツに。

 

「こんな感じさ。──関係ないよ、部位も、大きさも。ただそれでも、僕の鋼皮を抜いた君の攻撃は甘美だった。久しぶりなんだ。敵に攻撃されて、良いようにされて……憤怒ではなく喜楽が浮かぶのは。あぁ……これは、僕が死する前以来だ。甘美で、官能的でさえある。未知……素晴らしい響きだ。僕はそれを、好ましく思う」

「……クソ変態野郎が」

「ああそうそう、君の卍解には然したる興味も無くなった。恐らくその熱波が強化されるとか、その程度だろう? だから、──虚閃」

「!?」

 

 手に涎を垂らすかのような動作のあと、舌先への集光。

 そこより放たれるは、掻き毟るような虚閃。

 

 光が収まった頃には。

 

「……尾花、さん?」

「おや。この程度の溜めの虚閃で、消し飛んだか。あっけないものだね」

 

 吹き飛んだか、消し飛んだか。

 先程まで彼のいた場所には、何も無い。死覇装の破片さえもなく、尾花弾児郎は。

 

「さて、じゃあまぁ、邪魔者もいなくなったことだし。──僕と君の蜜月を始めるとしようか。……ああ、そうだ、その前に。君、名前は?」

「……」

「だんまりはよしてくれ。愛を囁くときにも、瓶詰にしてラベルを貼る時にも、困ってしまうだろう?」

 

 自身の舌を手で掴み、じゅるじゅる、じゅるじゅると唾液を絞るように手を動かして。

 鹿取の頭蓋。それを手中に収めるように開いて、さらに口角を上げる。

 

「お願いだよ。あのオスから聞いた君の呼び名ではなく、君が名乗った名を聞きたいんだ」

「……難しいことを、言いますね」

「そうかい? 名乗るだなんて、簡単なことだと思うけれど?」

「残念ながら、わたしにはあなたの言う、個体名と呼べるものが、ありませんので。……棺の管理者を意味する姓と、その刀剣の使用者を意味する名。わたしが有しているものは、それだけです」

「それは、困ったな。無論、無地のラベルというのも趣があるけれど。……うん、まぁ、妥協しよう。瓶詰にはしないで、君の刀でその肢体を貫いて、その姿のまま剥製にする。どうだろう、特別待遇だ。嬉しいだろう?」

 

 返事は。

 

「素直に、世界一、気持ちが悪い、ですね」

 

 斬撃──それも卍解ではなく、始解の、振っている最中の動作が見えない斬撃だった。

 今の鋼皮は霊圧を高めに高めたもの。それをこうもあっさりと。

 ザエルアポロの中にある科学者の血が、喚き立てる戦士としての血を抑え、笑みを、笑みを作る。

 

「──あぁ、求めていた言葉だ。さぁ、蜜月を、愛の交わし合いを始めようか!」

「確かに。その択も、あったにはあったんですが。──時間切れです、最上級大虚(ヴァストローデ)さん」

「は?」

 

 瞬歩。──それにより、戦線を離脱する鹿取。

 呆けるはザエルアポロだ。ことこの状況において、殺し(求め)合わないというのが理解できなかった。

 逃げた。逃げる? 彼らが殺しにきたのに? 逃げては本末転倒だ。

 

 と、いう感情は当然湧いてきたが──すぐに思い至る。その可能性に。

 

「違う、これは、マズ──」

 

 言葉が言い切れたか否かは、定かではないだろう。

 なぜなら。

 

「万象一切灰燼と為せ──流刃若火!」

「卍解──驟霖水簾白魔太刀(しゅうりんすいれんはくまのたち)。……此方、休隊扱いだったはずであるのだが──」

「卍解──天部等活刀葉林(てんぶとうかつとうようりん)!! うるせぇ、護廷の危機に休んでんじゃねぇ!」

 

 範囲内、全てを焼き尽くす業火。

 隊士の全ては四楓院千日によって退避させられた。隔界結柱(かっかいけっちゅう)は隠密機動により正しい位置へと設置され、的確な感知と指示による誘導のもと中心部へ集められたバヴァ・アナンタは、ザエルアポロが想像していたよりもさらに近い場所に集まってきていた。その音、その振動が内部へ伝わらぬよう、四楓院が離脱したタイミングで外界の情報を遮断する結界が張られていた。

 

 大掛かりな装置を必要とする結界、『隔界結柱』。

 その効果とは、「指定範囲内で起こる霊子的現象の全てを尸魂界の同一範囲内に起きた霊子的現象と入れ替える」というもの。『転界結柱』の、物質移動を霊子移動に変え、さらにリアルタイムに連動する版とでも思えば良いかもしれない。

 

 効果範囲の隅々にまで行き渡った業火。そこへ落ちてくるは、霊圧の半減した、か弱き雨。刀の形をした雨は、けれど業火をどうこうする力は無い。

 求められているのは「広範囲に水を散布できる」という一点のみ。これにより、『隔界結柱』内には一瞬で大量の水蒸気が満ち、結界内部の圧力が跳ね上がる。

 最後、突き上げるように……使い時と定めたここ一番で解放される、噴火の如き卍解。今まで戦闘に参加しなかった分の霊力を全てここに込める。

 流刃若火が蒼天に浮かぶ火の球を宿す斬魄刀ならば、天部等活刀葉林は地に煮え滾る溶岩や火山を宿す斬魄刀である。

 

 水蒸気が満ち、過圧された空間で起きるは、噴火が如き、あるいは爆発が如き灼熱。

 加圧に加圧、これでもかと上げられたかに見えた温度と圧力は、しかし、調整に調整を重ねられたもの。

 やがて迎えるは、臨界点だ。

 

 超臨界水──。

 それに触れたものは、複数体のバヴァ・アナンタも、ザエルアポロ・グランツも、全て溶かし、全て炭化させ、全て崩壊させる。硬い鋼皮も、無制限に再生する身体も関係はない。

 熱い湯に、雪片が落ちたかのように。外側からサラサラと、不気味なほどゆっくりと……光を帯びる霧、としか表現できぬものへと分解されていく虚たち。残るのは骨ばかりだ。否、だからこそ──続きがある。骨からさえも再生することを見越した仕上げが。

 

 輝かんばかりの反応。その全てが終わる頃には、周囲にいた死神たちも更なる退避を行っていて。

 天挺空羅により伝えられるは、「じゃあ、開けますねぇ?」という間延びした、緊迫感の無い声。

 ──隔界結柱の上面が開く。

 直後発生するは、真白に輝く熱水の柱。

 骨も、建造物も、砂も、石英の木も。全て全て、月を、天を衝くように突き上げて。

 白銀。虚圏の全域にいて視認が叶ったであろう極大。あるいは一条の光が地上に降り注いでいるのではないかと錯覚する光景。場所が地獄であれば、蜘蛛の糸にさえ見えたかもしれない。

 

 そして……この日、この、寂しい荒野に、砂の海に。天候も時間も変わらない孤独の世界に──雨が降る。王途川のそれよりも広域に、雨が、雨が、雨が。あるいは現世で見るものよりも綺麗やもしれない。

 不純物の一切ないその雨は、長く、長く降り続いたとか。

 あるいはその光景を遠くから眺め──多少の興味を持った"大帝"がいた、とか。

 

 これこそが複数体の中級大虚(アジューカス)+最上級大虚(ヴァストローデ)という現状における最大の敵に対する、彼(・)の答え。

 あるいはザエルアポロが錬金術師であったことを考えれば──皮肉、なのやもしれないが。

 

 こうして。

 大規模作戦・最上級大虚(ヴァストローデ)『ザエルアポロ・グランツ討滅作戦』は──待機組の三人以外の全員が何かしらで負傷をしてしまいこそしたものの、死者無しで、完全討滅達成と……その危険度からは考えられないほどの戦果で幕を下ろす。

 ただ一人。「うーん、あれだけでホントに死んでくれるのかなぁ」と首をひねる彼を除き、尸魂界へと、瀞霊廷へと帰った者達は凱旋の気分であった、とか。

 

*

 

 ……そして、当然に。

 

「参ったね。地中の研究所まで消し飛ばされるとは。検体も設備も何もかも。……けれど、ああ、甘美だったよ、カトリ……というのが名前なのかな、彼女。それと……鬼道衆。覚えたよ。もし……尸魂界を潰す時は、全員、真っ先に殺して、晒し者にしてやる。脳天から足までを開いて、磔だ」

 

 とか、なんとか。

 あと。

 

「……やっぱり、この人格は……少し、欠点が多すぎるね」

 

 とかも、呟いていたり。

 

*

 

 さて、ザエルアポロ・グランツを殺した……ホントに? って感じだけど、あれからバヴァ・アナンタも出てきていなければヒトガタも消えたので、まぁ研究所が吹き飛んでイチからやり直しになった、とかだと考えておこう。

 この世界の霊子的事象は、ある程度物理法則に従う。真空氷礫なんかが好例かな。

 それを卍解でやらせてもらった。名付けるなら「天水狐火金鵄光」かな。……神具コレクターになりつつある今余計なことは言わないけど。

 

 さて、今回張った布石は二つ。

 一つ、薬品に依るものとはいえ、ザエルアポロ・グランツに幻覚を見せて一本取ることで、オサレの伝道師対策を……つまりザエルアポロ・グランツが十刃に、あるいはその前身たるところに加わらない、という可能性が出たりして、みたいな話。

 もう一つは、病、薬品、そして霊子版超臨界水という「学習させるべきではない三つ」を長年かけて解析してもらって、なんらかの対策を講じてもらって、それをマユリンと僕、あるいは駄菓子屋店長で掠め取るなり有効利用するなりしよう、という話。

 こっちはちょっと……リスク自体は高いんだけど、リターンもまた高いと思っている。また、そうなった上でどうにかできる手段を有している、とだけ言っておこう。

 

 それで、だけど。

 たとえ彼がいなくなったとて、変わらぬ問題が一つ。

 

「接触、あったようですよ。鬼道衆(こちら)でも、"黒腔を開くことができる者はいないか"と……顔を隠した、身なりの良い方に問いかけられた、とか」

「こちらもじゃな。滑川につけていた護衛の者が、不審な影を頻繁に見るようになった、と」

「ウーン、実行隊に内通者がいたのでしょうか?」

「いや、もしいたのであれば、鬼道衆に聞きにくるなんてことはしないと思います。アレが大鬼道長と副鬼道長が揃って初めて使えるものだと認識している隊士は多かったでしょうし。まぁ僕という例外を認めず、他者にも可能なものがいるのではないかと探っている、という可能性はありますが。どちらにせよ外部から実行隊を見た者たちの考察、という感じがしますね」

「うむ。厳正な精神鑑定まで行った以上、そこを疑っても仕方あるまい」

 

 もはや気軽に話せるようになった、『全力部屋』での会議。

 議題は当然、綱彌代家について、だ。

 

「このまま放置しておく、という手は、無いと思います。ただ……何ができるか、というと」

「そうだねぇ。それに、たとえ決定的な証拠を集めることができたとしても、五大貴族を失脚させられるか、というのについては微妙な所がある」

「綱彌代は瀞霊廷の維持に必要な家じゃ。……じゃが、その役割が他家に移ったとしても、問題はない」

「ふむ。まあ、確かに」

 

 何か……特別な能力を有しているからそのポジションにいるわけではない、というのであれば、確かに。

 史実でも、綱彌代は再生不可解なくらい瓦解していて、それに手を伸ばす勢力は無かったわけだし。

 

「地道になってしまうが、証拠を探り続ける他ないじゃろうな。一つ一つは響かずとも、積み重なれば確実に響く」

「問題は、これ以上動くかどうか、ですね」

「む。……確かに、動かぬ可能性も大いにあるな」

「はい。ザエルアポロ・グランツという聡明にして強大な虚……虚圏側の協力者がいなくなった以上、虚を供給することはできなくなるでしょうし、件の僧兵が尸魂界(こちら)の……貴族の技術である可能性が高まったとなれば、迂闊には動けないと思います。それこそ……今はまだ生まれていない彼が生まれ、尻を叩かれるまでは」

 

 というか今が動きすぎというか。

 トッキーが動きさえしなければ、尻込みして動かない集団だとばかり思っていたんだけどな。

 

「それについては、私から考察が。もしかしたら、ナメカワの犠牲鬼道の犠牲踏み倒しが伝わっていて、自身らにも適用できると気付いた、とか」

「いえ、それは、無いですね。僕がそれを行ったことを知っているのは限られた人数だけで、且つ口の堅さは一級品です」

「……そうか。いや、君が心を許した相手、だったね。疑って悪かった」

「問題ありません。ありがとうございます」

 

 でも成程、ではあった。

 魂魄が擦り減るのが怖くて使えない、がトッキー以前の綱彌代家の人々の考えだ。

 それを、魂魄擦り減りを無かったことにしたり、犠牲の踏み倒しができると知れば、精力的に動き出すのはわかるというもので。

 

 僕が……変えた、何かに。鬼道の改良や滑歩の開発で……助かった命の中に、魂魄を修復、ないしは保護できるような使い手がいた、とか?

 でも仮にそうだったら真っ先にその人を保護しにかかると思うけど……。

 もしくは、僕の改良した鬼道にそういう類のものが……。……いやいや、無いよ。

 やっぱり黒腔を開いたことが原因なのかなぁ。それで……その真似ができる人がいて、今までザエルアポロとのやり取りでその人を使っていたけど、つい最近亡くなったとかで入れ替え要員を調達しようとした、みたいな。だから鬼道衆に声がかかった、みたいな。

 あり得るとしたらここくらいだけど、僕以外で……つまり本当の見よう見まねでそこまで辿り着けた人がいたんなら、死因が何にせよ多額の医療費を払ってでも引き留めないといけない人材だったと思うけど。

 

「これ以上は仮定しても仕方がない。鋸歯文、圓悠含め、おぬしらはより一層身の危険に注意せよ」

「無論だとも。君も、ナメカワが受け入れてくれた護衛の質を落としたりしないように」

「誰に言っとるんじゃ誰に。……貴族は底が見えぬ。油断だけはせぬようにな」

 

 ……駄菓子屋店長じゃあないけどね。

 やっぱり、準備して、準備して準備して準備して準備して……備えに備えておこう。

 みんなやってることッス、ってね。いやホント、同感。でも作りすぎないようにね……。

 ……っていうかマユリンも駄菓子屋店長も零番ケアしないで作りまくれるの何事。やっぱりもう作りまくって勧誘蹴ればいいのかなぁ。……ただ零番はそれで良くても、四十六室がなぁ。王途川さんの知り合いの人が全体浄化してくれないかなぁ。してくれたとしても犠牲鬼道コスト踏み倒しは禁術扱いで投獄されそうだけど。

 

 ちょっと感情が荒ぶったけど、こっち方面なら始解はしない。今は緊迫した状況でもないしね。

 

「ナメカワ」

「はい、どうかしましたか?」

「もし……もう一人、秘密を共有できる者を増やすなら、あなたは誰を推薦しますか?」

「……」

 

 それは。

 

 

 

 ……結局、考えておきます、なんて曖昧な返事のまま『全力部屋』を出てしまった。

 確かにまぁ、何だ、人手の面というか、やれることの少なさを考えると……四楓院さんあたりを呼び込むのはアリ、ではある。彼は隠密機動だから口も堅いだろうし。

 ただなぁ。この世界は鰤世界なんだよなぁ……。

 

 とか考えながら、改良鬼道の完成品を各隊に届けるためにとぼとぼ歩きまわっていたら。

 

「……」

「……あ。どうも」

「……んぐ。……はい、どうも」

 

 あんみつ、だろうか。それを大きく口に頬張っている鹿取さんに遭遇した。

 

「……食べていきますか?」

「へ?」

「あんみつ。おいしい、ですよ」

「は、……はぁ。えっと」

「あ、お金は、心配いらないです。隊長、お給料は、山ほど出るので」

 

 いえそういうことではなく。

 ……まぁ、奢ってくれるなら、良いか。丁度八番隊に行く予定だった……っていうか、ん、フツーに勤務時間ですよね?

 

 

 あんみつを食べる。クリームとか無いので、素あんみつ。

 ……今生でこういう……生菓子? 食べるの初めてかも。というか外でお金ほとんど使わないからなー僕。

 うん、甘い。前世とそう変わらない味な気がする。前世であんみつを食べたのがいつだか思い出せないくらい日常に存在しなかったからよくわかんないけど。

 あんみつ、好きなんだろうか。まぁ好きじゃないとあんな頬張って食べないか。

 

「料理は……辛い物が、好きなんです」

「ん、はい。はぁ、そうですかぁ」

「こういうのは、甘いものが」

「でしょうねぇ」

「……実は味って、よくわからなくて」

 

 んっ。

 え、なに、この流れから重い話? なんで僕に?

 

「わたしの刀と、わたしの関係。だいたい、聞いていますか」

「はぁ。まぁ、往来では言いませんけど、ある程度はぁ?」

「はい。こんな往来で、言わないでください」

 

 いやあんたが振ってきたんやないかーい!

 ……ぐ、卯ノ花さんとはまた別軸の不思議ちゃん……というかマイペースというか。

 妖刀を抑えるためにこうなっているらしいけど、絶対生来の気質もこんな感じでしょこの人。……いや妖刀云々がなくなったら大阪のオバチャンくらい喋るようになるかもしれないけど。

 

「感情も、言葉も。よくわからないです。だから、味も」

「つまぁり、刺激の強い味が……辛味や甘味だけが、わかりやすくてぇ、好きだ、ってことですかぁ?」

「はい。……作れますか?」

 

 んっ。ん、と。……えーと多分これは、王途川さんに渡しているそれを知っている、とかではなく、単純にそういう料理を作れるか、という問い? あ、あれかな? 『秋風』だっけあのお店。あのお店から漏れたとかそういう系? だとして辛さや甘味に通ずる理由はわかんないけど。

 えーと。ここは、何が無難だろうか。

 

「料理自体はできますけどぉ、果てしない甘さとかぁ、突き抜けるような辛さはぁ、作ったことないです、ね」

「……。……あなたって……蓋をする方向が違うだけで、わたしと、よく似ているんですね」

 

 なぁ……にを見抜かれてそうなったのかまったく理解できない。

 いや、今の言葉に欺瞞はあんまし入ってなかったと思うけど。事実だし。

 

「あんみつ」

「はぁい。美味しいですねぇ」

「美味しいですか?」

 

 今言ったやろがーい!

 確かに先読みはしたけど。そんなことじゃあへこたれないっていうのか。

 そろそろ始解しようかと思うほどいつになく暴れそうだよ僕。助けてくれ野箆坊。

 

「おいしく、ないんですね」

「いや美味しいですってぇ」

「味……甘いということ、美味しいという……感想を吐き出せるだけで、その心は、凪いだまま」

「いやあの、本当に普通に美味しいと思っているというか、これ以上はお店にも失礼というかぁ」

「大丈夫です。わたし、ここのお得意さん、なんで」

 

 そういう問題ではなくて。

 ひ……ひぇぇ。は、八番隊の副隊長の方ー! この人の扱い方を! 取説クダサーイ!

 

「わたしは、使命からですけど。……どうして、そこまで?」

「……それこそ、こんな往来で話すこと、ですかぁ?」

「……。……あなたも、使命、なんですね」

 

 んっ、な、なに? もしかしてこの人僕と会話してない?

 質問を投げかけて……その質問で揺れ動いた僕の内面を見透かしているだけ?

 

 ──試しに始解してみる。

 

「……? ……あの、なにか、喋ってください」

「はぁい。あんみつ、美味しいですねぇ」

「……。……あの、だんまりは、ちょっと……気まずくて」

 

 やっぱりそういうことだぁ。

 ……あー、だから……呑気とかマイペースとかって言われるのかなぁ、この人。基本的に他人の話を聞いていないというか、音としてくらいしか認識してないなさては。それで、心の声というか、自分から発した言葉で相手に起きる変化のみを見て、それを音にして聞いてコミュニケーションを取っているから……齟齬が出るわけだ。

 尾花隊長が虚閃で吹き飛ばされた時、丁度いいから、って離脱したわけだけど……その後、感知した限りではザエルアポロとずぅっと喋っていたっぽいんだよね。

 よく……あの口から出す言葉出す言葉変態の塊みたいな存在と喋っていられたなぁ、って。

 でも、この人的には喋ってすらいなかったのかも。

 

 ……どういう原理かは知らないけど、つまりこういうことでしょ?

 始解を解いてみる。

 

「あんみつ、美味しいですよぉ」

「え。……あ、そう、ですか? ごめんなさい。……じゃあ、わたしの、勘違いです」

「はぁい。ちゃんと会話、しましょうねぇ」

「そう……ですね。よく、言われます。気を付けて……常に耳をそばだてている、つもりなんですけど」

「まぁまぁ落ち込まずにぃ。甘いもの、お好きなんでしょぉ? これは……だから、頑張った自分へのご褒美的なこと、ですよ、ね?」

「はい、そう……です。ちょっと、気色の悪い虚に、色々言われて……嫌だったので、甘さで、押し流そうかな、って」

 

 よーし。パーフェクトコミュニケーションだ。やり方は理解した。久しぶりの爆速理解は転生者の嗜み。

 しかし、耳をそばだてている、か。注意されるたび……注意の思念を受け取るたびに、より深くより敏感に心の声を聞こうとするわけだから、そりゃどんどんおかしくなっていきます。

 ……なんだろうな。バウリンガルみたいな。えー、死にリンガル? 字面やば。……Soul Reaperだし、ソウリンガルみたいなの作ってあげるとか。いや技術開発局やないかーいって案件だけど、出来るまで長いし。

 あと機能が逆にはなる。思念を音声で聞けちゃってるところを、思念にはノイズキャンセリングみたいなことした上で、肉声を思念風にして渡す必要がある。……うーん、ちょっと超技術すぎるかも。可哀想だけど、鹿取さんにはこのままで過ごしてもらうかぁ? いや、でも原理的にはつまり天挺空羅や執蹄獲舟の「肉声を鬼道情報に変換し、鬼道情報を対象者の脳裏に思念として流す」だよね。天挺空羅あれ、別に耳から音を聞いているわけじゃないんだし。

 思ったより超技術じゃない、か? これくらいなら……特に問題なさそうではあるが。

 まぁ余計なお世話かもしれないし、聞くだけ聞いてみるか。

 

「鹿取さん、普通に他者と……話してみたいとか、思ったりします、か?」

「……はい。でも、多分、わたしが鹿取である限りは、無理だと思います」

「うーん。まぁ、なんですかねぇ。こんな往来で言う話じゃないですねぇ」

「……!? ほ……本当に、そんなことが……?」

「はぁい。残念ですけどぉ、僕にもできることとできないことがあってぇ」

「そ……それは、ぜひに……お願いしたい、ですが」

「あ、これ八番隊当ての改良鬼道集ですぅ」

「ああ、これはご丁寧に……。……その、本当に」

「はぁい。じゃあ、あんみつごちそうさまでしたぁ。またお機会あればぁ」

「……わかりました。後日、伺わせていただきます」

 

 面白い。

 というかこれ、三重猿対策になりそう。……いやどうだろう。鬼道情報も記録されるのかなぁ。

 まぁあんまり安易には、って感じだけど……。

 

 ……というか、あれ。

 なんで僕……自分から踏み込んだんだ?

 

 ……気が抜けているんだ、多分。山本総隊長、大鬼道長という共有者ができたこと、最上級大虚(ヴァストローデ)相手に死者なしとかいう大金星を立てたこと。

 その二つが……僕の気を、弛緩させている。

 ダメだな。もう少し、ちゃんとしないと。

 

 野箆坊。袖を引っ張らずとも、わかっているよ。

 やりすぎだ、って。そう言いたいんでしょ。

 

 だけど僕──ただ世界をなぞって生きるだけじゃあ、足りなくなっちゃったからさ。

 ここまでしたなら──とことん、最後まで、やらないと。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。