卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
彼岸花 彼岸花
死のそばでしか 生きられぬ
崩落の中でしか 花を開けぬ
人に隠れては 生きていけぬ
競い合っては 栄えていけぬ
彼岸花 彼岸花
我が手で増やし 己を食らい
我が子は持てず 愛も紡げず
願いは朽ち果て 死も訪れず
彼岸花 彼岸花
我が心のままに 生きていけ
一応、ソウリンガル用の鬼道は完成した。……商品名がこれでいいのかどうかは別として。
原理として使用しているのは伝達系鬼道であり、「思念⇔肉声」の変換をしてくれる。特に新しい技術は使っていない。既存のものを組み合わせただけだから、特に何かを言われることはないだろう。
ただ、ハードが。……僕には鉄板をどうこうするような技術さえないわけで。
どうにも隔離されているらしい……というか僕には存在を教えないように、みたいになっている場所。千手丸さんとかがいるのだろう場所、善定寺さんが普段は籠っているらしい「例の場所」。あそこくらいでしかハードウェアらしきものを作れる場所が無い。……そんでもって、それを作るのは多分今の瀞霊廷的には外法というかマイナーというか、マッド集団、みたいな言葉に繋げられるような技術である、と。
うーん。そうなりたいわけではない。
じゃあ次、可能性としてあるのは……神具、とか。
一応、なんだ、人が作れるものではあるっぽいけど、作ったらワンナウツどころかトリプルプレーでお陀仏直行だよなぁ、って。そもそも作れるか問題はあるけど。
後は……斬魄刀、というのは、まぁ、手ではある。
マユリンが改造というのをしていたように。生物系の斬魄刀じゃないとダメなのかな、とか、倫理的にどうなの、とか。野箆坊に? 絶対やんないね。
いやでもそう、感情面はどうなのはそうなんだけど、どうにも鹿取さんの斬魄刀……というか、妖刀? が、鹿取さんを磨り潰して擦り減らしていく類の、マジの妖刀であるらしく。
瀞霊廷のために戦って戦って戦い抜いた先に、自身が磨り潰されて「妖刀の棺」としてしか在れなくなって……次の抜雲斎、つまり「抑え込めて使いこなせる者」が現れるまで、供養すらされずに封印される、とか。
これ……リスクを減らしてメリットがあるようにしたいよなぁ、というのが正直なところ。
妖刀。霊王の欠片気配はもう餃子を食べて歯磨きをしなかったレベルだ。大穴でただの因習村。
霊王、というのがどこまで……何を準えているのか、というのはわからないけど、「右手が慈愛」で「左手があらゆる生物」に象徴されるものと言えば、お釈迦様だ。三十二相八十随形好、ってやつ。
右手は極楽浄土を表し、左手は衆生を見通すものを意味する。慈愛のミミハギ様と、The Compulsoryな彼。彼?
また、爪……手指は絹糸のように柔らかく、鮮やかな暖色をしている、とか。
まさにマツモトォ! の特徴……影響が現れているよなぁ、というのを感じる。菊は仏花としても有名だし、冬でも……冬のそばにいても枯れずに元気で縁起植物な松。市丸がそばにいるのも、ね。彼のキャラクター性も仏教における蛇の扱いがそのまま当てはまる。……まぁ、仏教でなくとも蛇はだいたいこんな扱いのような気もするけど。
そういう意味では一切の明言が無かったけれど、シロちゃんもそうっぽいよなぁ、って。精神世界に大紅蓮地獄を宿していて、髪が逆立っている点、とか。シロちゃんの巻頭ポエムの一つ、「欺かれるを恐れるな、世界は既に欺きの上にある」ってまさにやーん、とか。
ミミハギ様を肺に宿したウキタケェがシロちゃんを気に入ったのって、本当に名前が似ていたからだけなんだろうか、っていうね。
十三隊自体十三仏がモチーフだろうし、この辺密接っぽいよなぁ、とかさ。……とりとめの無い話になってしまった。
話を戻して……仮にこの妖刀「抜雲」が霊王の欠片であるとした場合、何かな。
たとえば……足。史実にて一切触れられなかった両足。仏の足というのは左右の二元論的な区別は無いけれど、組み方で意味が変わる。
右足を左ももの上に乗せ、その次に左足を右ももの上に乗せる座禅は吉祥坐。悟りを開く、慈悲深い心などを意味する。
その反対、左足を右腿の上に乗せ、その次に反対を同じようにする座禅は降魔坐。煩悩や悪魔に打ち勝ち、退治する、という意味を持つ。
ううん。これ確証バイアスかなぁ。人は自分の欲しい可能性ばかりに目を向けて、そうではないものを見落とすもの、ってやつね。
どうにも……鹿取さんのことを言っているような気がしてならない。
鹿取という名字も、これは多分鹿島神宮と香取神宮という対となる古社から取っていると思う。国譲りの武神……武甕槌大神と、経津主大神。これら二柱を祀る総本社。
古くは神武天皇の時代に作られたらしい──そんな人がいるかどうか自体定かではないみたいだけど──二つの社。
経津主大神、というのは刀剣の神様だ。刀剣そのものが神格化された存在。
武甕槌大神、というのは言ってしまえばとんでもなく強い、武の神様。
その神なるものが、元となったモデルを有しているのならば、武甕槌のモデルとなった人が霊王の両足である妖刀「抜雲」を拾った、みたいな解釈ができる。なんなら古事記では布都御魂ってフツーに剣だし。フツだけに。
この構造なら、倭国と呼ばれていた時代からあった、というのも、代々それを受け継いできたというのも筋道が通ってしまう。
あるいは武甕槌……雷の象徴語が抜雲、というのも大いにあり得そう。いや、そっちか。筋道を通すなら。拾ったとかじゃなく。雲を抜くもの。雲を
でも、もしそうだったら、やっぱり、綱彌代家が狙っていたのは確実に鹿取さん及び抜雲になると思う。『霊王の両足』を有する、だなんて……破格すぎるから。
それを……保護する意味と、協力者の意味も兼ねて……そして「説明をするのは愚策」という考えを持っているっぽい鹿取さんを引き込む、というのはアリ寄りのアリではある、んだけど。
……なんか、その人の能力を目当てに抱き込む、ってやり方が……僕の肌には、合わない……かな。だったら僕だけで、と。そう思ってしまう。……それが尾花さんに言われた、「頼り方を知らないから自分だけで完結しようとする」、ということなんだろうけど。
鹿取さんは強い。相手の感情や思念を読み取れるのも凄い。八番隊隊長ながらフットワークは軽いらしく、山本総隊長、大鬼道長よりも身軽に、七席よりも多方に手を伸ばせる。
だけどそれって、鹿取さんに全員のヘイトを押し付けているだけじゃない? もしこのまま抱き込んで……何かしらが露見した場合、真っ先に狙われるのは彼女になってしまう、というか。
「頼ることを、怖がるのは。支えが見えないからである場合が、多いです。……体重を預けるに足る、支えが、相手にあるのか。それがわからないから、共倒れが、怖い」
……。
顔を上げれば……そこに、鹿取さんがいた。
「こんにちは。その、わたしが他の人と、仲良くなるための、もの。というのを……受け取りに……いえ、お店みたいですし、買いに? 来ました」
「あぁ。はぁい。鬼道自体は組めたんですけどねぇ。何に宿らせるかを迷っていましてぇ」
「宿らせる?」
「はぁい。本当は、鉄の箱とかがいいんですけ、ど。邪魔だし、重いし、何より作れないのでぇ。木箱の形にするとか……あるいは、その刀の鞘に付与するとか、あるいは妖刀を殺して空いた容量に突っ込むとか、色々、考えていましてねぇ」
共倒れ。
そうだ。そうだね。ただそれは、死を意味する話ではないのだろう。それでも。
……支え、か。
「あのー鬼道衆でしたよね? 機密性の高い結界って使えますか?」
「はぁい。では、失礼してぇ」
いつも通りのを使う。
使った──その瞬間。
「──」
首筋に、刃があった。音など無い。視認するとかも、ない。いつ抜いたのか、いつ振ったのかさえわからない抜刀。
そういえば、確かに。
いつもと話し方が。
「……なんですかぁ?」
「申し訳ないですが。……この刀は確かに、わたしを貪り食います。使えば使うほどわたしを磨り潰し、わたしという自我は、いつか……誰の声も聞こえない暗闇の底で、苦しいかどうかさえわからずに、潰れて消えるのでしょう。それでも」
刃は微動だにしない。だというのに……彼女が柄を握るその手は、真っ白になるほどの力が込められている。
──始解をする。そして……見つめる。その瞳の拡縮。首筋の血管の動き。痙攣する筋肉。
「不要です。お気遣いいただき、ありがとうございます。それでも、たとえそうだとしても、これは──わたしの、使命なので」
……そんな。
泣きそうで、それでいて、希望を見出したかのような瞳で言われてもねぇ。
ああ……わからない。どうしたらいいんだろう。つまりそれは、僕を助けてくれているんだろう。それを、そんな身体で、必死に抵抗してくれているのだろう。言葉さえ満足に操れず、奪われている方が流暢なんてふざけた状況で。
わからない。どうしたらいい。気を緩めるべきじゃない。そもそも僕は、散々に見捨ててきたじゃないか。沢山の同級生を。沢山の死神を。
相棒の声も、果たしてどれほど無視をしたことか。畜生と罵られて然るべきだ。
その身で、今更何を迷う。この場面で。
「──言ったはずですよ、ナメカワ。進退窮まった時は、君のやりたいことをやりなさい、と」
声と共に──結界が、『全力部屋』に匹敵するレベルにまで強化された。
一つ。
息と唾を、飲み込む。飲み込んで。
「──卍解。
ふわり、と……刀が離れる。力を抜いたように、落ちる。まるで長らく息をしていなかったかのように、鹿取さんが大きく呼吸をする。ぜぇぜぇと、肩で息を。
抑える。抑え込む。力の限りだ。
可能な限りの最小範囲。ずっとずっと……発展させようとしていた、広大範囲ではない卍解の形。だって、できたら便利だ。広範囲のあらゆる霊子異常を封殺するのではなく、定められた範囲の、ができたら……使いどころも、応用範囲も、うんと広くなる。
だから、練習していた。修練していた。
だと、言うのに。
──結界。それがどんどん消えていっている。密閉を成すための結界が。そりゃそうだ、そういう卍解なんだから。
やはり一瞬で引っ込めるべきだ。たとえそれで、妖刀の意識が戻ってしまうのだとしても。絶対に無理とは言わないけど、今の段階で無理であるのなら。
「いいや。ナメカワ、私は君に教えなければならないことが二つあるのです。──ひとつは君が、いつの間にか過信しているそれ──卍解は、決して絶対ではない、ということ」
消えない。結界が……一定の厚みから、その先へ、消えていかない。
この卍解はグラデーションのように周囲を消していくのではなく、範囲指定で全消去&変更不可領域を貼り付ける、みたいな卍解だ。だからそんなことは……こんな光景は起きないはず、なんだけど。
「ヒントは虚圏にありました。──さて、ナメカワ。君の卍解で、虚圏を消すことは、できますか?」
「──」
それは。
どこまでを、霊子異常と捉えるか、という話か。
虚圏。常に霊子が暴風雨のように渦巻いている空間。正確には、その世界の膜が、だけど。
そうだ。仮に虚圏という世界の全てを卍解に収めたって、消すことはできない。
もしそれを──その現象を、鬼道にて再現されたら。
「そしてもうひとつ。私達には、君の尻拭いができるだけの力があるという言葉の、証明。強さの面を総隊長が突き詰めるのならば、私は技術の面を突き詰めます。始解が鬼道で再現できるのならば、卍解だってできるだろうし、対策もできる。この世のすべてが霊子であると教えてくれたのは、君ですよ、ナメカワ」
……やがて。
全力で抑え込んでいる卍解と、恐らく手動で霊子の乱流を構築している彼の結界との拮抗で、その空間が出来上がる。
この小さな立方体の中では、霊子異常の全てが封殺される。
それは当然──古来より存在する妖刀であっても。あるいは、全てを見通し得る瞳であっても、だ。
呼吸を落ち着かせた鹿取さんは。
「……あ……あはっ、あはは……。こ……こんなの、覚悟してなかった……んだけど、わたし、その、ですね」
「フーム。ジンセイはオドロキのレンゾクですね」
「卍解の時の性格が素、というのは本当だったんですねぇ」
「え、あ、いや。……卍解の時は……普段抑えていたものが全部解放されるから、気分が高揚しているのと……少なからず、妖刀に封じ込まれてきた……妖刀を抑え込むために使われてきた感情が、全部流れ込んできている、というか」
感情はもう平坦ではない。しきりに自分の手足を見て、喉をさすったり、妖刀の刃に映った自身の顔を見たり。
驚きと興奮と、……そして、これをまた失うやもしれない、という恐怖が、伝わってくる。
「ところで大鬼道長。霊力、あとどれくらい保ちますかぁ?」
「私の気力が続く限りは、という答えは求めていませんよね。……あと十分とないですね、ショウジキ」
よし。じゃあ。
わかった。もう……わかった。
気は抜かない。緩めない。でも──僕は、この人達に頼るし、この人達の体重を受け止める。とことん使い潰すし、使い潰されよう。
「鹿取さん。僕の卍解はあなたの妖刀の意思、あるいは機能の全てを封殺し、ただの刀に戻すことができます。そして」
「──はい、勿論。ここまでをしてもらって……あなたたちを信用しない、なんて、ありえないし……誰かに漏らすだなんてことも、絶対に無いと約束します」
「……あれ。この卍解下でも心、読めるんですね」
「いえ、今のは先読み……かな。こういう場合って大体、信用してくれますか、みたいな問答と、口を割らないことを約束する……しますよね? ……あ、時間が無いと聞いたので短縮したんだけど、間違ってたかな……?」
「スバラシイ読解力ですよ、カトリ。そういう手合いが彼の周りにいなかったというだけです。ワタシを含めてネ。──さて、十分と言いましたが普通にそろそろマズいです見栄を張りました。続きは『全力部屋』でお願いします」
「あの、大鬼道長。その見栄意味無いので、次からは見栄とか張らずにできることだけを言ってください」
「ハイ……イヤ言い訳をするとナメカワの卍解が爆食いすぎるだけというか……ソノォ……」
この人は。
……あるいは、先日『全力部屋』であの問いかけを投げかけた時から、わかっていたのかな。誰が対象になるにせよ、いずれはこういう事態になる、って。
なんだっけ。副鬼道長から聞いたことあるな。この人、元々神童なんだっけ。普段分からないけど。
敵わないなぁ、とか。
元から思ってるけどね。
*
さて、気を取り直して『全力部屋』である。
既に卍解状態。大鬼道長は霊力を使いすぎたので休憩中。この状態でも黒棺くらいは撃てるらしい。黒棺って放出系じゃないから撃つっていうの変な感じするよね。
そして、鹿取さんには、山本総隊長、大鬼道長にしているのと同じくらいのことを開示した。
「……成程。先日の……『過去を振り返って作った薬』、というの。的を射ていた感じ、かな。動揺させちゃったんだ」
「はい、とても驚きました」
「ああ……だから、怯えていたんだ……ですね?」
「あ、素で喋っていただいて良いんですよ?」
「正直に言うと、どっちが素か、っていうのは曖昧になりつつあって。当然だけど、卍解していない時の方が長いから」
タカアシガニ。……もとい、確かに。
僕の場合は完全作り物っていうかキャラづくり全開の仮面だから引っ張られるみたいなことはないんだけど、止むを得ずで被っている場合は顔に張り付くこともあるでしょうね。
況してやそちらが日常になれば、なおさらに。
「まぁ、慣れて、ほしい。かな。うん。こっちも……ちゃんと、話せるようには、頑張るから」
「はい、構いませんよ」
「……それで、抜雲のことだけど……です」
「ええ、良ければ、もう少しよく見せてくださいますか」
「もちろん」
改めて、見る。
……ふむ。
やっぱり神具と似ているな。使われている鉱石の感じが。……そういえば大前田家が霊石系の採掘工場みたいなのを持っていたっけ。殺気石のこともあるし、斬魄刀……浅打に関する話にもつながるけれど、尸魂界にある鉱石系の採掘場、みたいなのを探ってみるのはアリだろうな。殺気石関係は首を突っ込まないことを脳裏に焼き付けた上で、だけど。
また、この卍解下にあって、浅打の形になっていない。
反りのある儀礼刀……祭祀太刀、という感じを受ける。実用性は正直微妙だけど、霊王の欠片を練り込んだなり封じたなりしたのなら、初め……最初の最初は使う目的じゃなかったってのも理解はできるか。
「鹿取さん、あなたの命と抜雲は、もしやしないでも、繋がっていますか」
「わたし、だけではない……はず。古来から、鹿取家の命運は、抜雲とあることを示唆……されている。この刀と共に生き、死して……次の抜雲斎が現れるまでの、棺になれ、って」
「そのことは、誰かに明言されましたか? 抜雲自身でも構いませんが」
「明言は多分、一度も無い、かな。怖くて……試したことは、ないし」
「ご自身だけでなく、家族までもが死に絶えることに、ですか」
「……そう言われると、あまり頷きたくは……ない、かもです。……鹿取抜雲斎とは、言ってしまえば……生贄だから。貴族ではないんですけどね。……尸魂界の僻地に……居を構える、鹿取家は……ああ、一応下級貴族の扱いなんだっけ。……その恩恵を受けたことが無いから、わからないけど。……本家と、分家。その双方から、一つの時代に一人……抜雲斎を、排出する。一人ずつじゃなく、一人。要するに手当たり次第で、沢山産んで、適合者を探しているだけ」
そうして見つかった一人に抜雲を押し付け、残りは血を絶やさないように安全に安全を取って、表舞台に出なくなる。
何代も何代も、ただ、「妖刀の棺」として在れるように。
というのを聞いて……んー、これ、どっかで捻じ曲がったんじゃないかなぁ、とか思ったり。
最初は……むしろ他の家に神刀を取られないように、産めや増やせやを繰り返して、数撃ちゃ当たるで適合者を立てて……どこかのタイミングで、たまさかそれが本家の人間じゃなかったから、じゃあ抜雲斎になった人は本家も分家も関係ないにしましょう、になって。
それを繰り返していくうちに、いつの間にか「どうしても次代に引き継がせ続けなければならない神刀」が、「鹿取家の命運とリンクした妖刀」になった……という風に聞こえる。知らないけど。
無論、最初がどちらだったにせよ……今の抜雲は、己の破壊を恐れて持ち主に他者を殺させようとするような、真実妖刀に成り下がってしまっているわけだけど。
「少し、口を挟んでもイイカナ」
「はい、どうぞ、大鬼道長」
休憩を終えた大鬼道長が手を挙げる。別にそんなことしなくても混ざりに来ていいのに。
「カトリ。今、胸が痛いとか、身体に不調があるとか、ありますか?」
「いえ……むしろ、生まれて初めてってくらい、ゆったりできてる……てます」
「だから、それがコタエなんじゃないかな。霊子異常の封殺。それが君の卍解なんですよね、ナメカワ」
「はい。……つまり、もし契約などで命運が共にあるというのなら、契約の糸さえ消えてなくなっているこの時点で鹿取さんの身体に何かが起きていておかしくない、と?」
「そうだよ。だから、君の卍解は、今回は正しかったかもだけど、あるいはカトリを殺していた可能性もあるということですね」
「……そうですね。反省を、」
「いえあの、少なくともその判断で助かった人の前で、その判断を悔いるように迫るとか、やめてください」
「フム。それはそうだ。せめて君のいないところでやるべきでした。私としては、ナメカワの思考の隙を片っ端から埋めてあげたい、という老婆心だったけれど……確かにそれは、視野狭窄だったね」
「あなたも、滑川さん。やめてね。誰かを救ったことを、後悔するだなんて。……です」
……ぬぅ。
さっきから、身につまされる思いばかりだ。大鬼道長の言葉もその通りだし……鹿取さんの言葉も、その通りだ。
救ったことを後悔するのはやめろ、とは。
……多分、僕が今後生きていく中で。今生で。……ずっと付きまとう言葉なんだろうなぁ。
「話を戻すと、この状態でカトリがおかしくなっていないのならば、たとえその刀を折ってしまっても、カトリには何の影響も出ないし、鹿取家の人達が死することはないだろう、ということです。そして同時に、刀を握っている、身に着けている間であれば、それらはすべてその限りではなくなるでしょう」
「大抵の斬魄刀の……特に呪詛系や認識系支配系の効果範囲が、斬魄刀に触れている者以外になる、という原理と同じですね。結果は逆ですが」
「その通りです。刀を持っている間は、血族全体に波及する呪いというものが効果を発揮しておかしくはない。けれど、ナメカワの卍解下でなら……ここで折って、全てを終わらせることもできるのでしょう」
刀を折る。折って──運命から解放される。
生唾を呑み込む鹿取さん。そりゃ、そうだろうね。
「あるいは、今から浅打を貰うのもいいかもしれませんね。そこでようやく、君本来の始解、あるいは卍解が見えるのやもしれません」
……まさにイッチーみたいなことなんだな。
天鎖斬月実は卍解じゃない説。そして天鎖斬月というフルネーム、呼ばれた回数とんでもなく少ない説。……イッチー基本的に「──卍解」か「卍! 解!」までしか言わないからなぁ。
「……わたしを引き込んだ理由は、武力が目当てだったのでは?」
「そんなに武力に自信があるんですか? 山本総隊長、呼んできましょうか?」
「あ、いや。……その、わたしが……刀を失くせば、八番隊隊長ですら……なくなっちゃうかもなわけで」
「そんなに権力に自信があるんですか? 山本総隊長、呼んできましょうか?」
いやまぁ、彼女に期待していたのはフットワークの軽さと、総隊長ではない、という立場を活かしてのうんぬんかんぬんだったけども。
その先で手に入るかもしれない、今は未確定のあらゆるもの、と。
今ここで手折ることのできる際限ない苦しみ、だったらさ。
何も考えずに刀を折るよね。期待値で考えたとしても。
「あなたが僕の言葉で、僕の行動で救われたと、欠片でも思うのであれば、どうか救われきってください。僕の言動ではあなたを小指の先ほどしか救えなかった、だなんて……そっちの方が、後悔は大きいですよ」
それほどまでに、力不足なのか、と。
ともすればショックで寝込……みこそしないけど、卍解修行をイチからやり直すくらいはするかもしれない。
過信はするな、は尤もだ。大鬼道長の言葉は金言だった。
けれど。
それでも僕は、野箆坊という斬魄刀を最適解であると信仰している。この始解も、卍解も、真実僕を映す鏡であると。
鰤って実は、跳躍だからね。
自分じゃない自分くらい、心底信じてみてもバチは当たらないだろう。
「わたしは──」
彼女は。
*
鉄板にごま油を引き、味噌、醤油、みりん、すりおろしにんにく、事前に
どんぶりの中には醤油、ごま油、鶏がらスープを乾燥させたものを入れて、しばらく待つ。今回は邪道クッキング……もとい鬼道クッキングはしない。大鬼道長たちがいるので。事前ミキサーはノーカンで。
しばらくしたら豚ひき肉を投入。これをザクザクしながら炒める。
また、研究に研究を重ねた秘密兵器……うどんを茹でて、冷水で締めて、鉄板で自作オイスターソースと共に炒めた乾燥ちぢれ麺を持ち出し、投入。
食欲をそそる匂いがしてきた全体に、さらに追い魚粉追いかつお節をして、炒めに炒め……それをどんぶりにドーン! してニラとかネギをパサー! して、志島さんに、お薬用で買ぅたものやけど、これでええ? って譲ってもらった(ちゃんと買った)鶏卵……卵黄をどーん!!
「へぇい、おまちぃ。台……滑川風まぜそば、いっちょあがりでぇす」
中華麺ねー。経帯麺、っていうのがあと百五十年くらいしたら入ってくると思うけどまだまだだからねー。これで勘弁ということで。
「……匂いが、辛い。ですね」
「ほぉー、こりゃ、……意外な才能だなオイ。いやまず意外な面子なんだが」
「な、ナメカワ。ワタシの専属料理人として雇われませんか!」
「……また、そば……ですか。お好きなのですね」
いやそういうわけではないんだけど。焼きそばも混ぜそばもお手軽にウマイのが。
えー、ではいただきます、ということで。
……うむ。自作麺自作肉味噌にしては、結構上出来なのでは? やっぱり飴を良く作るようになってから、どんどんこう……調理物に対する温度感みたいなのがわかるようになってきたかもしれない。
さて、皆さんの反応は。
高速で箸を動かしている卯ノ花さん。
同じく高速で箸を動かしながら時折咽ている大鬼道長。
辛い物がそこまで得意ではないのか、ひィひィ言いながらも「ほー、コリャ」とか「うめー」とか言ってる副鬼道長。
そして……こくこくこくと何度も頷きながら、これまた高速で箸を動かしている鹿取さん。
えー、ね。
第二回……食べ物先取りは転生者の嗜み、ということで。
ここは僕の研究所。その、まぁ、生活スペースだ。厨房と直結していて、そこそこ広さがある。
メンバーは卯ノ花さん、鹿取さん、大鬼道長、副鬼道長。副鬼道長本人も言っていたけれど、彼も含めて異色面子である。
きっかけは二つ。
まず、鹿取さんが長年コンプレックスに思っていたらしい相手、卯ノ花さんに、死にリンガ……じゃなかったソウリンガルのテストも兼ねて、とお話に行ったこと。なぜ試行段階でラスボスに行くんですか? ってなったんだけど、なんとパーフェクトコミュニケーションを達成し、一緒にご飯に行く約束まで取り付けたのだとか。
それはよかったですねぇ、なんて他人事で聞いていたら、そういえば結局料理ってできるんですか、って聞かれたので、あの時言った通りできるにはできますよ、と答えたところ、じゃあ卯ノ花さんを呼んでも良いですか、と言われた。
相変わらず何を言っているかわからないねあなたはね。あと勤務時間中ねその雑談したのね。
もう一つ。
前回のことで僕に不信感を抱いていた副鬼道長へのメンケアも兼ねて、大鬼道長が彼をご飯に誘った、とかで。良い料亭とか知りませんかね、とか言われたので、僕外食一切しないのでごめんなさい、と伝えたところ、え、じゃあ普段はどうしているのですか、と問われたので、自炊ですねぇ、と返したら、ナメカワの料理。是非! とか言ってきて、なぜか副鬼道長を誘う場所もこれにするとか言い出して。
相変わらず何を言い出すかわからないねあなたはね。あと大鬼道長からだけはちゃんとお金取るからね。
そして……何の因果か、その二つがブッキングした、と。断らなかった僕が悪いと言えば悪いけど……えぇ……?
というわけで、マトモなものが出るとは思っていなかったらしい副鬼道長、僕の料理ならなんでも興味のある大鬼道長、辛い物か甘い物がいい鹿取さん、濃い味の物がいい卯ノ花さんの要望に応えた結果が、これ。
台湾風……もと、滑川風まぜそばである。
「辛いもの、つぅのは……ワシの隣にいる変態どもが好む……痛いことを喜ぶための食い物、って認識だったが。……辛いことで唾液が出て、舌が鋭敏になって、味の深みやコクが増す、っていうのは……すげー、得難い経験をしたなぁ、オイ」
「まずい美味しすぎる。ナメカワ、これお代わりありますゴフッ、けほぅ、……ありますか!」
「……」
「……美味しいです。味、わかります。わかるし、美味しい」
そりはよかたです。
……と、この通り。
うすうすわかってはいたけれど……鹿取さんは、妖刀を手放さなかった。
まだ現役でいたい、というのと……せめて恩義を何か返したい、とか言われて。正直ウッてなったけど、大鬼道長に……君も受け止められるよう成長しなければなりませんね、と言われて。
その通りだった。「周囲のあらゆるものに怯えて、頼り方を知らず、全部自分で完結させようとする」のを、少しでも変えていかなければ。
だから、彼女の意思を尊重した。
そしていつか……本当に自我が、完全に磨り潰されてしまう前に、折ってもらいにくる、とかで。
もう鹿取抜雲斎は彼女の代で終わりにするとの話だ。うん、それがいいよ、多分。
「しっかし、卯ノ花ってこういう類のモンに顔出すんだな」
「……。……そう、ですね。前……十一番隊の隊長をしていた頃は、他者と同席する食事会というものへの意味を……見いだせていませんでしたが。……四番隊で、複数の隊士と関わらざるを得ない状況に立たされることが多くなってからは……少しだけ、理解できたように……思います」
「真面目か。いやまぁ良いことだとは思うが」
副鬼道長ってこういうところ良いよなぁ。怖いもの知らずじゃないけどさ。誰に対してもズケズケ行くっていうか。年齢が上めなのもあるんだろうけど。
「……酒が欲しくなる味だな、コリャ。滑川オマエ、酒は取り扱ってねぇのか」
「無いですねぇ。酒屋さん行ってきましょうかぁ?」
「料理作らせておいてそこまでさせられるかよ。あー、ちょいと買ってくる」
と、副鬼道長は無駄のない動作・霊力コントロールで混ぜそばに結界を張って、僕と同じかちょっと速い程度の瞬歩で出ていった。
……なるほど。
結界って……ラップなんだ。
「圓悠クン、ワタシのも買ってきてくれるかなぁ」
「副鬼道長の性格的に、望み薄だと思いますけどねぇ」
「いやいや、買ってきてくれると思いますよ。ワタシ、駄々をこねると面倒臭いので」
自分で言うんだ。
「お酒、ですか。……鹿取家では、禁止されていましたが……美味しい、のでしょうか」
「……私はその、お酒を嗜んだことがありませんので、参考にはならないかと」
あーね。卯ノ花さんは興味の無さから、鹿取さんは多分意識を失うのは危ないから、とかで飲んでこなかったやつだ。
でもまぁ、鞘の方にとはいえ"安全弁"はつけたし、大丈夫だと思うけれど。
刀身を直接弄るのは、僕の鉱石知識が深まった後かな。先延ばしにも後回しにするつもりもない。多少危険視されても……というか山本総隊長に直談判してでも、ハードの技術を手に入れねば。
善定寺さんに泣き落としも……どうだろう。通じるかな、あの人。そもそも僕って泣き落としとかできるんだっけ。甘い声とか出したことないけど。ぜ、ぜぇんじょうじさぁん……っていうのはいつもやっている間延びした舐め腐りボイスであって。
「はい? あの。……あ。いえ。なんでもないです」
一瞬大鬼道長の方へ怪訝な顔を向けた鹿取さん。……ソウリンガルが思念のほとんどをカットしているものの、完全に聞こえなくする、というのはまだ無理だった。ので、まだ何か聞こえるんだろう。
そしてその表情を見るに、とんでもなくアホなことを考えたんだろうなぁ大鬼道長。ああ、下劣な考え、とかは絶対ないって信頼している。この人そういうとこすんごく紳士……というか、「鬼道を食らった痛み」にしか興奮しないらしいし。
「うれ、全員分買ってきてやったぞ。飲めるだろ、そっちも。嫌いなら良いが」
帰ってきた副鬼道長の手には、瓢箪が五つ。瓶酒はねー。まだ高いからねー。
……ちょっと嫌な予感がするので始解しておこう。いや、先日の飲みの席の時はなんともなってなかった二人だけど……あの時はお酒を飲んでいなかったという発言を今したわけで。
だ……大丈夫かな。酔ったら誰彼構わず斬りつける酩酊抜刀斎生まれたりしない? 初飲みで安酒は、悪酔いのもと、といいますか。
「わー! 圓悠クンはやっぱり気が利きますね! あぁ、初酒のお二人には、まずは少なめで注いであげまショウ。いきなり一杯は厳しいかもしれませんからね」
「そうなのですか?」
「なんだ初めてなのか。……それならまぁ、無理すんなよ。不味いと思ったらやめていい、料理が勿体ねえし、酒も勿体ないからワシに寄越せ」
鬼道長ズは飲んでもそこまで酷くならないことを知っているけれど。
……あとこれ、お酒が初めての女性を男三人が囲んでいる、って構図……そういうサークルみたいで嫌だな。ここにチャラ男くんがいたら、イエーイとか言って肩を組みに行って、肩口からバッサリ行かれるんだろうなぁ。
「じゃあ、乾杯ですね。今日もお疲れ様デース!」
そ、その喋り方でその語尾は不味いデース!
三十分後、である。
「……。いやまぁ、絡んできたり泣いたり怒ったりがないのは良いんだけど」
まさか──全員、寝上戸だとは。
お座敷で良かった。カウンター席なら事故が発生していたよ。
恐らくだけど、まぜそばの残り汁への追いライスで血糖値が天元突破したのだろう。炭水化物to炭水化物は本当によくわからないけど美味しいことは美味しいんだよなぁ。
というわけで、全員に薄手の布をかけて、お皿洗いなんかもして。
ふと……ソレが、目に留まった。
壁に立てかけられている……妖刀「抜雲」。
卍解下に無いからか、
──ま。あれだよね。
妖刀? だかなんだか知らないけど。
のっぺらぼうの勝ち、ということで。ドヤァァァアア……。……野箆坊がね、ドヤ顔できないから。せめて僕がやってあげないと。
ぬらりひょん、八尺様、のっぺらぼう、大百足、そして妖刀。
そろそろ百鬼夜行を名乗れそうだ。大百足はつまりバヴァ・アナンタのことだからむしろ敵対だけど。
あとは……がしゃどくろと、ろくろ首と、一反木綿かな。クシャナーダ君に出演を頼むしかない。
……悪いとは思いつつ、寝顔を見る。
おやすみなさい。良い夢を。
さーて、僕はもうちょっと鬼道の研究をしてから休みますかねぇ。