卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
当然のことではあるけれど、尸魂界には瀞霊廷以外の場所もある。
瀞霊廷というのが超超巨大な場所であるのも事実なんだけど、その周囲の流魂街よりもさらに向こうにも広々とした荒野が広がっている。
そして、霊力を持たない魂魄であれば寝ず食わずでどこまでも歩いていけるわけだから、遠く遠く、歩いた先で……ひっそりと住んでいる者も存在する。
「ここはそういう、流魂街さえ行き場であると認められなかった魂魄が辿り着いた場所でして。石工であったような気がする、というおぼろげな記憶をたよりにここの山を崩し始めた方が、この採掘場の始祖。その後五十年ほどは一人で石工を続けていたそうですが、ある時、とある下級貴族の夫婦が逃げ込んできたそうで。なんでも駆け落ち、と。初代は霊力を有さず、空腹を訴えない腹をしていたために、居住区は提供してやるから食うのは自分でなんとかしろ、と言ったそうで。やがて、そこには段々と多くの人が住み着くようになって」
「わぁとんでもなく端折りましたねぇ、いま」
「ええ、この辺ちょっと権力とか面倒臭いので、いつもざっくりしています。……それで、その採掘技術に目をつけたのが、現ご当主の祖先。貴族社会から逃げてきた夫婦もまた貴族を相手にするときの虎の巻を石工に渡し、そうして始まったのが本格的な取引です。瀞霊廷の外壁以外の部分。その石材の、凡そ七割がここの産物。我々には初代の石工の名は明かされていませんが、その石工は今もどこかの山の中で、一人孤独に石を掘っているとか。そしてここ、瀞霊廷から遠く遠く離れた地を意味して、『雲居採石場』は対虚用の護衛の死神が派遣されるほどとなり、こうして今日も採石が行われている、と」
「おう、ご苦労さん。よう説明できとる。自身の仕事の意味を理解するっちゅうおれの言葉、ちゃんと聞いているみたいで感心した!」
「それはもう……食い扶持も居場所も無い私を雇ってくれたご当主様には頭も上がらず……」
「さ、自分の仕事に戻りや。評価担当にも色つけるよう言っておくから」
「ありがとうございます!! それでは、失礼いたします!!」
何度も何度も頭を下げながら去っていく男性。
「ああいう、霊力は毛の先ほどはあるものの、死神になれるほどじゃない、っちゅうもんは、盗みを働いて罰せられるか、良心の呵責と共に飢え死にするか、大抵その二択。流魂街における職なんちゅうもんは水面の浮草みたいなもの。余程商売に自信のあるやつ以外はなりたがらん。そうして……罪は犯せぬが働くもできぬ、っちゅう奴らに、おれは商機を見出した」
「精神鑑定たる面接やら何やらをすっ飛ばした採用でぇ、単一の労働力としてぇ、個を数として見る……みたいな感じですか、ね」
「おう、その通り。ここは尸魂界。採石場の金を盗んだとて、向かう場所が無い。流魂街に持って帰るにゃ危険がすぎるし、仮に行けたとしてもそんな大金を持っているどことも繋がらん人間、なんてものを信用する商家もおらん。犯罪の匂いしかしないだろうし」
「それだったらここで真面目に働いて、数人とはいえ死神に守られながら食い扶持を維持する方が安全である、とぉ。なるほどぉ、お上手です、ね」
「わはは、これが人の使い方っちゅうことだ。おかげで労働力を探す手間も省けて一石二鳥。……っと、言ったところで、ここの採石場の説明は終わり。おもろかったか?」
「はぁい、とて、も」
ここは『雲居採石場』。説明の人の言う通り、雲居……はるか遠くを意味するその名前の通り、瀞霊廷から見て超超超遠方にある、幻覚かと思うほどに突然現れる街。まぁ街といっても採石場の周囲に家があるばかり、って感じで、お店みたいなものは本当にちらほらとしか見かけないけど。
そのオーナーが、今の話にもあった通り、石工にビジネスを持ちかけたという貴族の末裔。
つまり久面井煙鉄隊長である、と。
「おれの座右の銘は、『鉄は熱いうちに打て』、にちなんで、『恩は忘れん内に返せ』ちゅうてな、黒痰咳の時、こりゃあおれもここで死ぬんかね、なんて思っていたところ、作木のやつ*1に坊主が作ったっちゅう喉飴を貰うて、驚くほど効いたし、うまかったしで、生き返った気がした。それを放置して数年も経っちまったけど、山本から採石場を案内してやってほしい、なんて言われた時には、天機やと確信したわ」
「あぁ、それはどぅもぅ」
黒痰咳の緩和飴、そこまで数は作ってないんだけどな。四番隊の人が作って渡して回って、その作者が僕である、というのを吹聴してしまったのかも。確かに表立って口留めはしていない、か。
ま、今回ばかりは役に立ったと言っておこう。山本総隊長に一連の話をしたら、「おぬしがなぜ"連中"と隔離されているかはわかっておるな?」みたいな問答がありはしたものの、無事ここを紹介してもらえるに至った。わかっていますよ、僕とこういう技術の危険性は。
「そいだけど、坊主が求めてんのは建築用石材じゃあないだろう? 山本は言葉を濁しとったが」
「……はぁい。僕が知りたいのはぁ、神具に使われているような鉱石、ですねぇ」
「おう、だろうと思った。こっちや、ついてきい」
わはは、なんて笑いながら移動を開始する久面井さんに追従する。
遠方の地とは思えないほどの人数がいる区画を抜け、採石場の裏側、みたいな……ちょっと湿度を感じるなぁ、みたいな場所にまでくると、途端に人がいなくなる。
そして、鉄で石を掘るような音が聞こえてきた。
「……もしかしてぇ」
「おう、考えている通りや。……おぅい
音が止まる。……って。
「穴太、ですかぁ?」
「おう、さっきの説明にあった、この採石場のどこにいるとも知れん最初の石工。こいつが、そいつだ」
と、紹介されたところにいたのは……まぁ、流魂街でよく見かけるな、ってくらいの顔立ちの男性。
穴太。……といえば、穴太衆だ。石工の。……まぁ、流魂街って時代関係なく流れ着くらしいしなぁ。その割には発展していかないけど。
「なんじゃ、ガキじゃねえか。客というから手を止めてやったのに。……煙鉄、手前のガキか?」
「おれの命を救ってくれた医家……っつぅよりかは、薬師だな」
「薬師。ほぉ。……それで、薬師が石掘りに何の用だ」
「まずは、初めましてぇ。僕、一番隊七席の、滑川平良と申しますぅ」
「一番隊。七席。……煙鉄、手前は何番隊の何席だったか」
「おれは九番隊の隊長だよ。ったく何度言ったらわかるんだ」
「知らねえよ一だの九だの。それで、九番は一番に逆らえねえのか。こんな……世の中を舐め腐ったみてぇな喋りのガキにこき使われてよ」
「恩があるって言っただろうが。ったく、相変わらず人の話っちゅうもんを聞かんやつだな」
おお。
普段からワハハと笑って、けれどそれ以上踏み込まない、みたいな久面井さんが、まるで少年みたいに。
……子供の頃からここに来ていた、とかかな。
まぁ瀞霊廷から遠いし、口調は少しだけ引っ込めるか。この人の印象を損ないたいわけでも無し。
「神具に使われている鉱石について、お伺いにきまし、た」
「あぁ? 知らねえよ、俺の石がどこでどう使われているか、なんざ。建材に使うだの刀に使うだの好きにしろ。おれの石堀りを邪魔すんじゃねえ」
ありゃ。……第一印象で嫌われたかな、これは。
「気にするな、坊主。こいつは誰に対してもこんな感じだ。そんでもって、坊主の足元に転がっとるのが、一般に神具と呼ばれるものを構成する鉱石になる」
「え。これが?」
足元に散らばっている石片。それを手に取る。
真っ白だとか乳白色だとか青みがかっている、とかではない。鈍い色の石。これが……?
「そいつを釜に入れて五千日霊力を与えながら、そして熱しながら叩き続けると、突然美しく滑らかな色合いの鉱石に変容する。そいつをさらに鍛ったのが、神具、あるいは天賜兵装ってモンになるわけや」
「ご……五千日」
換算して約十三年半とちょっと。
ヒェ。
「そこから取って、こいつは『一紀石』なんて呼ばれとる。……おれが坊主にここを紹介したのは、なにも恩義と山本への頼みからだけじゃねえ。坊主はよ、鬼道の改良をやってるだろ?」
「ええ、はい、まぁ、そうです、ね」
「隊士たちもありがたいありがたいっちゅうてる。必要霊力の削減、発動から発生までの細かな時間の調整。個々人にあった霊力視覚図なんてものまでもらってな」
「それは、どうもぉ」
久面井さんが始めたこの雑談……に分類されるのだろうか、それを始めると、穴太さんはガン無視で石をまた掘り始めた。今更だけどそれ石工の仕事じゃなくない、っていうのは突っ込んでも良いんだろうか。
「五千日必要、だなんて……正直言って使い難い。坊主ならこれを短縮するなり使いやすくするなりできるんじゃねえか、っちゅう話だ。もちろんできなくとも鍛造に関する知識は教えるが、どうだ、できそうか?」
……いきなり言われてもな。
拾った石……それに霊力を込めてみる。……ふむ、通りが悪い、というか……この感じ、ちょっと殺気石に似ている、か?
なんというか、無数の「霊力を通さない波動を持つもの」に包まれて、霊力の通りがとんでもなく良い粒が隠れている、という感じ。……指と指の間だけで、破道の一・衝を四百回くらい往復させてみる。……硬っっった。え、どういう……あー、成程、ある意味で『緩衝霊子』と同じで、衝撃が強ければ強いほど硬化するのかこれ。じゃあ、縛道の八・斥の方で揺らしまくれば。
持っている石片からぱらぱらと砂のようなものが零れ始める。……志波岩鷲の石破ってこの原理なのかなぁ。
それをしばらく続けていると、突然石片がうにょんうにょんな……青みがかった、水を含んだ粘土、くらいの柔らかさの鉱石に変わった。
おお。
「……わはは! いや、いや。……まさかこの場で解決するとは思わなんだ」
「五千日叩き続ける必要がある、っていうことはぁ、石の中の不純物を除去するのに必要であることと判断したの、で。霊力を阻む石をどうしたら効率的に除去できるかを考えたら、割と簡単な仕組みでした、ね」
「ふむ。やはりあの遊戯盤のこともそうだったが……設計思想として、坊主は『結果だけが分かっているものの過程が不明なもの』っちゅうのを扱う才能に長けているように思うなぁ」
……ぬ。
それは……鹿取さんの言う『過去を振り返って作った薬』みたいな話か。
うー、出ちゃうのかなぁそういうの。どういう理屈で察しているかがわからないと対策しようがないんだけど。
「ついでと言ってはなんだが、それを
……霊力を込める。先程までとは打って変わって驚くほど直感的に操作できるそれを、球形に近づけていく。
そのままだと当然安定しないので、以前副鬼道長のやっていた結界ラップを参考に、非常に薄膜の結界で球体を覆えば。
「これでぇ、どうでしょうかぁ?」
「おう、そうしたら、そいつは坊主にやろう。持って帰って研究すると良い」
「ありがとうございま、す」
わ、それは嬉しい。この状態のこれを持って帰って、神具、あるいは妖刀と見比べて……おお、色々できるぞ。
……ところで。
「穴太さんは、どうやってこの石を掘っているんですかねぇ」
「本人曰く、長年の勘らしいが、弟子の誰一人としてこの石には歯が立たなかったし、死神の斬魄刀でも傷一つ負わんと来れば、霊子の云々を感覚で理解して掘っているのだろう、くらいしかわからんな」
それはとんでもないことだけど。だってこの人霊力ないんでしょ。
職人……か。前世にも確かにいたね。全部感覚だけでやっていることが、のちに高度な技術でスキャンをかけたら最適解を取り続けていた、みたいな人。
ヒェ~。
「ちゅうわけで、次は鍛造だ。ついてきない」
「はぁい」
世の中には……想像もつかない人がいるものだなぁ。
そんな感じで採石場と鍛冶場を見学させてもらって、神具に関する知識は結構深まったと言えるだろう。
産出量の少ない超希少鉱物を用いて作り出される、特定の霊力を特定の作用に変換する道具。それをひっくるめて神具と呼ぶのだと。
つまり、斬魄刀も神具の一部。神具が大ジャンルで斬魄刀がその中の子要素である、というのも知った。無論斬魄刀の形にまでせしめることができるのは二枚屋王悦だけである、とも。
また、神具を作ることに関して、そこまで気にする必要はないんだとか。
要するにこの『一紀石』を使用せずとも「霊力を込めて何かが起きるもの」は神具扱いになるため、間口はかなり広い。今は無いけど伝令神機なんかも神具に分類されるってわけだ。
そう考えるとハードルも下がる。七席の給料を以てしても『一紀石』を相当量買うにはあんぐり開いた顎が地面を貫くくらいの額が必要であるらしいので、ナシで。代わりに霊鉄と呼ばれるほとんど鉄の特徴を持つ材料を教えてもらって、鬼道衆経由で購入を済ませた。鹿取さんの妖刀をどうにかするためのことなら経費で落とせるらしい。なんというホワイト企業。
その素材の入荷を待つ間がちょっと暇になってしまったので、いつも通りの業務をこなす。つまり三十番以上五十番台以下の改良を。
「……なんだい、功績の割にちんけな所に住んでいるじゃないさ」
「あれ。斎藤さん。もとい、斎藤隊長じゃないですか。また道草全席ですか?」
「なんだいそりゃ、けったいな言葉を使うんじゃないよ。……先日の、あちきに纏わる騒動があっただろう」
「先日って。もう数年前ですけどぉ?」
「死神にとっちゃ先日さ。……それで、お婆が、迷惑代だとかで、これを届けるように、って」
そう言って斎藤さんは、カウンターテーブルにそれを置いた。
これは、簪?
「『ウ簪』、なんて呼ばれているものさ。歓楽街における特別優待の証であり、遊女の身請けの金額を半額にまで抑えられる優れもの……ってあんた、興味無いねさては」
「まぁ、そうですねぇ。歓楽街自体行きません、し」
「はぁ、まぁ、だと思ったよ。……ま、お婆からの気持ちだと思って受け取っておくれ」
「はぁい」
僕は要らないけど、将来的に誰かが必要としたらあげるのは悪くないか。
「そして……これは雑談なんだけどね」
「はい?」
「あんた、一目惚れって信じるかい」
「はぁ。まぁあるんじゃないですかぁ?」
「あちきじゃないけど……知り合いの……それなりに仲の良かった遊女の子がね、年端もいかないガキに一目惚れしたとかで……ちょいと騒ぎになっててさ。あちきにはよくわからないよ、一目惚れなんて。一目見て、相手のなにがわかるっていうんだい」
あー、まぁ、ねー。
その辺は……感性の違いでしかないからなぁ。
どっちかというと僕も否定派……というか、信じていない派だ。でも。
「基本的に人間の第六感っていうのはぁ、五感に蓄積された膨大な経験則が導きだす、実は根拠があるけれどぉ意識としては認識していないが故に、無根拠でそうだと思えるもの、を指すんですねぇ。だから一目惚れというのはつまり、その人が今まで生きてきた中で、好ましいと思っている……無意識に好ましいと認識している要素をぉ、相手が兼ね備えていた、って場合がほとんどだと思いますねぇ」
「……成程。それは……納得のできる話さね。……けど、どうなんだろうねぇ。遊女が……自身の客でもない奴に恋をした、ってのは」
「まぁ、悲劇になる予感しかしませんよ、ね」
「やっぱりそう思うかい」
妾の子だからこそ、より強く思うんだろうなぁ、って。多分だけど斎藤さんの母親って、その朽木家の人が歓楽街で愛してしまった人、ってことでしょ。
考えるだけで面倒臭いことになりそう。
「ちなみにお相手は、貴族とかですかぁ?」
「ああ、確かね。その時のあちきは一目惚れを否定するあまり詳しく話を聞いていなかったけど」
「それは……難儀そうな恋愛ですねぇ」
「本当にね」
遊女が貴族に恋を、か。
……悲恋の予感しかしない。
「あまり気負わないように、としか言えません、ね」
「そうさね。そうするよ。……隊長をやっているとさ、ほら、あちきらは……他の隊士よりかは死に難いだろう? ……だからこそ、そういう……仲の良い相手ってのは中々得難いモンでさ。……幸せになってほしいんだが」
「それは確かにそうでしょうけどぉ、人の人生ですから、ね。恋焦がれて玉砕することもまた、その人が選んだ道なればぁ、それを未然に防がんとするのはぁ、その人の人生への侮辱になりかねませんので、ね」
「……。……あんた、喋り方を気を付けりゃもっと……人望出るんじゃないかい? 七席なんて場所にいるには勿体ないくらいの功績があるわけで。頑張りゃ副隊長だって夢じゃない気もするけどねぇ。……ああいや、一番隊にいる限りは無理だろうけど」
「僕、七席好きなのでぇ、大丈夫です、よ」
「そうかい。流石は変人だ。……んじゃ、あちきはもう行くよ。これでようやく迷惑料の返済は終わりだ。じゃあね」
「はぁい。また」
遊女が貴族に恋、ねぇ。
……おかしな事件に発展しなければいいけれど。
関係はないけれど、動きがあったのは、そこから数日後のこと。
山本総隊長・大鬼道長・鹿取さん、僕の四人で『全力部屋』に入り、これからのことを話そう、という定例会にて、それを聞いた。
「京楽春水。浮竹十四郎、そして……綱彌代時灘。この三名が真央霊術院の門戸を叩いたそうじゃ」
「そう、ですか」
「そこで……しばらく儂は、霊術院にて教鞭を振るうことに専念してみようと思う」
「……ナルホド、事件を起こさせないために、道徳を教える、と」
「そうじゃ。綱彌代時灘が滑川のいた未来では影の薄い少年だったと称されていたのならば、あるいは教師たちも綱彌代時灘のことを上手く見てやれなかった可能性がある。……すまぬの、滑川。儂にはおぬしの言う『生まれつきの下衆』というのが、どうしても理解できぬ。幼少、生まれの環境でそういうものが形成されるのであれば、霊術院の教育でもまた、真っ当な道に戻すことも可能じゃろう」
どう、かなぁ、とは思うけれど。
それも……感性の違い、なのかな。
「わたしの方でも、確認しています。綱彌代歌匡さん。既に力を、つけ始めている、新規の死神さん、だね。始解が、上手」
色々なことが動きだした感じがある。その三人こそが、今後起きるあらゆる流れの源流だ。
……考えていることはある。
鏡花水月の催眠にかかるには、その始解を見る必要がある。が、東仙要は目が見えないのでオサレの伝道師の陣営にいた。
もしそれが。「親友を殺したことへの嫌悪と復讐」から「親友を翻弄したことへの嫌悪」くらいにまで抑えられた東仙であったのなら……目が見えないものの死神に復讐しようとまでは考えない東仙要は、邪魔者扱いとなってしまうのか。
真っ先に……殺されてしまうのか、という話。
わからない。けれど、それがどうであったとしても、歌匡さんを見捨てる理由にはならないし、見て見ぬふりして東仙要を復讐鬼に堕とす理由にもならない。
既に「数年以内に隊長を退き、後進に任せる」という旨の発言をしている隊長格が何人かいる。その中で、妖刀を手放さないという選択をした鹿取さんは、僕らがあれだけ言ったにもかかわらず、一番欲しいポジション……総隊長よりもフットワークが軽く、大鬼道長よりも護廷に口出しできて、七席よりも色々なものを守り得る、というポジションに入ってくれている。
歌匡さんを……綱彌代時灘が殺すことを憚る程度には、鹿取さんが歌匡さんを囲っている、というような状況を作れたら。それが彼の耳に入るほどになったら、あるいは。
そしてその現場に居合わせることができたら──最悪、僕が介入してでも。
「相変わらず、滑川さんは……わたしたちを、見下しているというか、舐めているというか、だね」
「……え」
「もう思念は、読んでいないけれど。その心配の目で、何を考えているかは、わかるよ。もしわたしたちが失敗したら、最悪自分が出て止めよう、でしょ。……そこだよ、君が直さないといけないのは」
「うむ。よくぞ言った鹿取。その通りじゃ。──確かに儂らに任せた結果、悪しき事態を招くやもしれぬ。じゃが、それはおぬしが背負うことではない。儂らが反省すべきことで、儂らが挽回すべきことじゃ」
「いやぁ、イイネ、やっぱりカトリを引き込んだのはセイカイだった。ワタシたちでは一瞬言葉に詰まる真理でナメカワを殴ってくれる。いつぞやの食事会ではカトリとウノハナを"餌付けされて大人しくなった狩犬"だと思ったものだけど、実際のところは
……成程、それであの反応か。
ド 失 礼。
なお、傅役とは、家庭教師みたいなニュアンスかな。
「わかりました。その辺、全てお任せします。といっても……目の前で何かが起きていたら、迷わず首を突っ込みますけど」
「それでいいと思いますよ、ナメカワ。君は本来、暗躍にも向いていなければ、冷酷な判断にも向いていない……沢山の人々と騒いで、導いて、手と手を取り合って前に進む、みたいな人間でしょう?」
「……どうでしょうね、それは」
「なら、ワタシにはわかりますよ、と。そう言っておきましょうか。……それと、鬼道衆からもご報告がありました。握菱鉄裁クン。入ってきましたよ。まだまだ新米ですが、明らかに他の子とは鬼道への理解が違います。有昭田鉢玄クン、というのはまだ来ていませんが」
「ほう。ならば鋸歯文、そろそろおぬしも引退か」
「はっはっは! ナメカワのいた未来ですと、確かあと五、六百年後には彼が大鬼道長になっていた、ということでしたね。であればもう少しは頑張りますとも。圓悠クンはそろそろ隠居しても良い頃だと思いますが」
「正直もう立場がどうなろうと構わないので、死なないでください、としか。僕にとって大鬼道長はそこそこ大きな存在ですから」
「ワ、ナメカワがそういう好悪を口に出すことは珍しいですね。……エエ、勿論。どのような立場になっても、ワタシは君を支えますよ。影ながら、でもね」
本当にありがたい。鬼道は流石に僕の中で「大得意」の部類に入り始めているけれど、それでも敵わないと思わせられるのが大鬼道長だ。副鬼道長も霊力コントロールの面ではそう思う。
僕より強い人なんてごまんといる。それはわかっている。
けれど、僕より応用範囲の広い人、というのは、中々巡り合えないと自負している。それこそマユリンか駄菓子屋店長くらいじゃないと。
大鬼道長はそっちに片足突っ込んでいる人だ。……信頼できる。
「……」
「アレッ。そういえば最近、カトリとワタシの活躍ばかり目立っていて、元柳斎の存在感が薄れているような」
「仕方ないですよ。山本総隊長は立場上、気軽には、動けないんだから。その分を補うのが、わたしたち、なら、山本総隊長の影が薄くなるのも……あれ、これわたし、庇い方を間違えた、かも」
「……そこまで子供じゃないわい。しかし、鋸歯文はともかく鹿取にまでからかわれるとは……。妖刀共々、儂の力を思い知らせてやるべきかの……」
「いや、あの、充分知っています、はい。ごめんなさい、本当に」
「そう縮こまるでない。今のは冗談じゃ」
「元柳斎はあんまり笑わないから冗談かそうでないかが分かり難いんですよ。……もしかしたらそれも、子供達に教えることで……良い方向に変わるかもしれませんが」
山本総隊長の影が薄いとか思ったことないけどなぁ。一切頻度を落さずに『全力部屋』で卍解及び始解戦闘の修行してるし。最近追加強化しないといけないほどの出力になってきて焦った場面幾つかあったし。
本当に……強く、強く、強く強くなろうとしている。
だから、信じられる。
「……む。滑川さんって……言葉にしてないことありすぎですね。それ全部本人に言ったらいいのに」
「今は、読みましたね」
「はぁい。……あははっ、こういう使い方ができるようになったのは、進歩、かも」
そうね。……良いと思うよ。それもまたあなたの個性なれば。
さて。
「それじゃ、そろそろ終わりましょうか。僕この後厳原隊長とここで約束あるんで」
「そうでしたか。なら、ワタシたちはこれで。あ、そうだナメカワ。マゼソバ。あれの専門店、出来そうですよ。要望通りの麺を作ってくれる職人さんに話をつけることができました」
「……あなた相当忙しいでしょう。何やってるんですか……?」
「だって美味しかったんですもん。……もう少ししたら正式に作り方をご教授いただけますか? それと作り方自体の購入も」
「はい、いくらでもお教えしますよ。……ついでに、専門店と言わずに料亭でも作ってくれたら、未来の食べ物これでもかって教えますけどね」
「──ナン……ダト……!? ──動かせていただきます」
「あ、わたしも、噛ませてください。辛いもの、たくさん」
「……滑川。儂、一度もおぬしに食事を振る舞ってもらったことないんじゃが」
「おっと元柳斎が拗ねてしまった。ナメカワ、また食事会しましょうね。……それじゃ!」
騒がしいな、まったく。
……恐怖はある。これを……失うんじゃないか、って恐怖が。
でも……大切な人を失うのが怖いから、何もかもを自分だけで、っていうのは。……斎藤何某にも言ったけど、その人の人生への侮辱に他ならない。
その人はその人で、一生懸命に生きている。僕にできることがあるとすればただ、その人の人生の隣を走る人生から、時折、先に嵐が見えるとか、雪だと足元が滑るよとか、そういう雑談を持ちかけることくらいだ。
それで……彼ら彼女らがいなくなったとしても。
僕が悔やむべきは、守れなかったことではなく、もっとたくさん楽しい話をしておけばよかった、なんて……そんな、普通で健全なことだけでいい。
僕の人生は続くし。
僕の役割も、続くのだから。
さて、厳原隊長が『全力部屋』にやってきた。
「少しお久しぶりですね」
「はぁい、そうですねぇ。二年ぶり、くらいになりますかぁ?」
「おや、もうそんなに経っていましたか。卍解に関するご相談を持ち掛けておいて、申し訳ない」
「いえいえぇ、こちらも色々ありました、し」
厳原隊長。彼はまだまだばりばり現役だそうで。美津島さんにも恋愛のレの字もないとか。
「それで、ご相談の前に、一つお願いがありまして」
「誰かをここに連れてきたい、でしょうかぁ?」
「はい、そうです。卯ノ花君をお呼びしたくて」
……それは、久方振りのウッ案件だな。
いや卯ノ花さんを信用していない、とかじゃないよ。ただ……剣八な彼女にこの部屋を教えるのは、将来的に……無間じゃなくこっちを選ぶ可能性まであるなぁ、って。
あ、でも、その方が良いのか? 彼女が死ぬ前に……たとえ彼女に恨まれることとなっても、たとえ剣ちゃんと刃を交えることとなっても、彼女に死なれるのは惜しすぎるわけで。
それに介入できるかも、というのなら……アリかも。
「わかりましたぁ。卯ノ花隊長……じゃない、卯ノ花さんなら、僕も信用できるので、問題ないですよ、お」
「では早速良いでしょうか。私の卍解は少々危険なので」
「はぁい」
……という次第で、卯ノ花さんが来た。
彼女はしきりに周辺をきょろきょろと見回していて、時々回道の光を出したりなんだりしている。
「……一番隊隊舎の地下に監獄がある、ということは知っていましたが……その近くにこのような場所があるとは」
「まさにそれを参考にして作りましたぁ」
「……あなたが……ものづくりに深い造詣があることは知っていましたが、空間にまで手を付けられるとは」
まぁお手本が三つもありますからね。その監獄と、『修行部屋』と、麒麟寺さんの作った場所と。
久面井さんからの評価、「完成形がわかっているものならばその過程の正解を見つけることに長ける」というのは、確かに僕の性質を表していると言える。黒腔だってそれだしね。
「そういえばぁ、副隊長への昇進、おめでとうございますぅ」
「ああ、確かに。おめでとうございます、卯ノ花君」
「これは、ありがとうございます」
卯ノ花さんはメキメキと回道の腕をつけている。もう麒麟寺さんが零番隊に行っちゃったから師匠もいないだろうに、とか思っていたら、一瞬で志島さんに師を変えてメキメキメキメキ。
その志島さんもまた「やること片付けたらとっとと引退する」みたいな話をしていたので、このままサラリと隊長になる日も近いだろう。隊士時代を経験したことで、現四番隊における卯ノ花さんの評価はかなり高くなっているらしいし。十一番隊隊長からの転任よりこっちの方が良かったのやもしれないなぁ、なんて。
「四楓院さんは、七席を希望して、四席になった……んでしたっけぇ?」
「よくご存知で。ええ、彼は七席を強く希望しましたが、実力を鑑みて四席に落ち着きました。当然です」
いや本当に。やめてくれ七席の価値を上げようとするのは。
「さて、雑談はここまででぇ、厳原隊長の卍解に関して、に行きましょうかぁ」
「はい。……まず、私の卍解は範囲型・鬼道系で、簡単に言えば状態異常系です。滑川君、断空はどの練度で使えますか?」
「"威力"ではなく"効果"なら、全番防げますよぉ、僕は」
「素晴らしい」
威力だと抜かれることあるんだけどね。効果であれば全番台防御可能にしてある。
して、状態異常系ということであれば、と『全力部屋』を操作する。
地面が開いてもぞもぞと現れるのは、マネキンである。
「これは?」
「以前、模倣体騒ぎがあったじゃないですかぁ。あれから着想を得た、『
義骸技術が出ていない今、こういうのを作るのはマズいか、とは思った。が、ちょっと駄菓子屋店長を待っていられないのでもう作っちゃった。
あくまで『全力部屋』専用だし、ちょっと倫理観的にどうなのっていう「人間への刃の通りやすさを確かめる」みたいな部分があるものの、鹿取さんと山本総隊長からは最高評価を受けている。大鬼道長からは「暗がりにいるとかなり驚く」という評価を受けている。知らないよそんなこと。
ちなみに素材には件の『一紀石』や類似の効果を発揮する鉱石、及びそれを模して作った繊維などが使われている。このために編み物をマスターしました。
「ほう。霊圧まで再現できるのですか。……どのようにして?」
「霊力を込めた鉱物などで疑似再現していますねぇ。……たとえば、今山本総隊長と同じ霊圧にしてみましたの、で。卍解なり鬼道なり、ぶつけてみちゃってくださいねぇ」
見逃しはしない。卯ノ花さんの親指が、僅かに内側へ入ったことを。
まるで──そこに見えない刀があるみたいに。
こーれは疼いています。
「……成程。であればまず素の状態の私の卍解を用います。断空を張っておいてください。卯ノ花君も、滑川君に症状が出始めたらすぐに治療できるようにお願いします」
「ええ、どうぞ、ご存分に」
「はぁい。縛道の八十一・断空ぅ」
「では。──卍解、
ゆらり、と。
上空に……超、超巨大な……蛇、のようなものが現れる。完全な生物ではない。灰か何かで出来た、蛇の形をしたもの、って感じ。それが、その口から、自身を構成する灰のすべてを吐いていく。吐いて灰して、吐き切って……消えて。
──『全力部屋』の一定範囲の地面、一部を除いた『様身体』……その全てが、石化していた。
ワオ。確かに厳原隊長は山本総隊長との修行の時も始解までしかしてなかったけど……確かにこれは模擬戦では使えないわ。
「……ふう。……志島君から上は、石化できませんか」
「充分だと思います、よ?」
「しかし、『最上級大虚討滅作戦』の際の虚の霊圧情報を見た時に、思ったのです。これでは私の卍解とても、歯牙にもかけられないだろうな、と」
あー。……確かになぁ。
霊圧が高いことを理由に状態異常を無効化できる虚はそれなりにいる。いや無効化っていうかそもそも霊圧に届いていないというか。
あの蛇を蛇尾丸みたいに使役するわけでもなく、「広範囲に石化の煙を吹きかけるだけ」であるのは……確かに卍解としては弱いかもしれない。始解だと強すぎるけど、卍解だと弱い……中間みたいな能力だ。
「これを改良したい、と」
「はい。一応
あー。使役はできるけど攻撃には使えないのか。それはまた。
でもマユリンの毒ガスみたいなものなわけだし、やりようはありそう。
「その"石化をさせる灰"は、自在には操れないんですかぁ?」
「ある程度なら、と言ったところですね。私が使役しているのはあくまで七歩蛇であり、その他は付属品であると考えています」
「そうですかねぇ? 卍解の名前的に、石化事象自体の使役に聞こえますけ、ど」
七宝七歩蛇、というのは、仏の七宝と、七歩蛇……その蛇に噛まれると七歩の内に死ぬ、なんて言われている猛毒蛇の妖怪だろう。妖怪仲間だ。
その後ろの鏡渡望岩宿は多分だけど望夫石の伝説……遠征に向かった夫を想うあまり七日七晩泣いて過ごして石化した女性の伝説のこと。
七歩蛇はあくまで「吐き出すものに触れると瞬く間に命を落とす」ということの象徴であり、本質は後者であるように思う。石化させる蛇っていうとメデューサが思い浮かぶけど、睨みつけているわけじゃないっぽいし。
であれば、直感的に操作できるのが七歩蛇だったから七歩蛇が使役できている気がするだけで、本当に操り得るのはこの灰そのものだと思う……けど。
「この灰は、厳原隊長自身を石化させることはないんです、ね?」
「はい。私は石化しません」
「ということは、無傷圏が作られているわけでもない……んー、もしかしたら、ですけどぉ。厳原隊長、今……用意した、ギリギリ、石化するかしないかぁ、みたいな様身体に、触れてみてくれませんかぁ? 腕を掴む感じでぇ」
「触れる……。……こう、です……こ……これは?」
厳原隊長が触れた様身体。その触れた個所から、一瞬にして石化が広がっていく。
やっぱりそういうことか。
「多分ですけどぉ、今の厳原隊長……つまり卍解時の厳原隊長はぁ、石化の化身なんですよぉ。この灰は実は七歩蛇からもれ出でたものではなぁくぅ、厳原隊長から噴出したものがぁ、空気中で七歩蛇の形を形成しているだけ、ですねぇ。別に厳原隊長が灰になれるって訳じゃないと思いますけどぉ、斬魄刀の通例を考えるとぉ、四倍の速度、もしくは霊圧で石化できるかも、ですねぇ。……ということで取り出しましたるはぁ、その様身体の四倍の霊圧を持つ様身体ですぅ。これはそれこそ以前現れたバヴァ・アナンタの通常時くらいの霊圧にはなっているはずです、よ?」
それに、触れる……首を掴む厳原隊長。
瞬間、様身体は石化した。……速度も霊圧強度も四倍だなさては。
「……こんな簡単なことも、試していませんでした。……これは……教えを乞うには、少し不勉強がすぎますね」
「まぁ修練が難しいでしょうから、ね。……ところで卯ノ花さんって、石化ももう治せるんです、か?」
「どうでしょうか。……少し、やってみても?」
「ええ、構いませんよ」
と、卍解を解く厳原さん。……その身に灰が吸い込まれたあと、斬魄刀の刀身が形成された。成程、経由しているのか。……だったら。
なんて考えている間に石化した様身体に近付き、回道を試みる卯ノ花さん。
すると、みるみるうちに石化した部分が元に戻っていくではないか。
「……これ……様身体と言いましたか。……回道の修練には大助かり、かもしれませんね」
「ああ、確かに。人体と同様に回道が効くようにしていますから、ね。霊圧耐性がそこまで高くないものでしたらぁ、お譲りもできますよぉ? 僕が作った、と……言わなければ、ですけど」
「それは、我が隊にも欲しいですね……。それと、回道で回復されてしまわないように強度を高めなければ」
「ではそれさえも治せるようになりましょう……」
おお。良い高め合いだ。全てを明かしていたら、僕も参戦できそう。……僕の場合負かされた時がまずすぎるけど。
やがて全てを治癒しきった卯ノ花さんである。そんな彼女は、ふと。
「……私の始解も、少しよろしいでしょうか」
「はい、どうぞぉ」
そんなことを。
そうして召喚されるはのっぺりとしたエイ。シンパシーを覚えるフォルム。
石化した『様身体』十体くらいを呑み込み、しばらくしてから吐き出せば……部分部分で石化が残るものの、ほとんどが治癒された状態に。
……この子、十一番隊の頃はなんだったんだろうね。山田花太郎よろしく傷を呑み込んで他者に映す──誤字に非ず──くらいやってきそうだけど。
卯ノ花さんはその結果にとりあえず満足したようで、始解を解除した。
「面白い始解ですね。……さて、じゃあこの辺で」
「あ、いえぇ、厳原隊長。多分ですけどぉ、もう一個、僕の考えがあっていればぁ、今の厳原隊長でもできることがあってぇ」
「ほう?」
ザエルアポロ・グランツを想定した霊圧強度の『様身体』を出す。
「卍解をするとき、目の前に卍解を広げる、じゃなくてぇ、己の裡にとどめる、みたいなことを意識してみてくだぁい」
「……それは、卍解を解除する時の感覚に近いですね。……卍解をしながら、解除段階寸前でとどめる。……はい、やってみましょうか」
「ではぁ。だんくぅ」
張られる断空。実はもう言霊無しでも展開できたりするんだけど、一応ね。
「卍解。七宝七歩蛇鏡渡望岩宿」
厳原さんの斬魄刀。その刀身が消え、厳原さんに吸い込まれ……その状態で、三秒から五秒くらいかな、俯いていた厳原さんは。
ゆっくりと顔を上げ、深い深呼吸をした。……その呼気に、若干灰が含まれているように見える。
「こんな……感じ、でしょうか。瞑想に……手間取りましたが」
「はぁい。その状態の厳原隊長は多分、刀みたいに灰を形成したりぃ、鬼道のように放出したり、壁を作ったりぃ、直感的な霊子操作で色々できると思います、よ。そしてその上で、厳原隊長の瞬歩速度による体術を食らった相手はぁ」
「一撃でも受ければ石化が進行し始める打撃、ですか。……それは、非常に強力ですね。況してや卍解状態のあの蛇も見えないとなると、卍解しているかどうかさえわからない敵を、一方的に潰し得る……かなり凶悪な卍解に思えます」
「成程……。成程、成程」
消える厳原さん。その彼が様身体の背後を取り、首を掴む。
……一瞬、とは行かなかった。ザエルアポロ・グランツの霊圧を模しているからか、進みは遅い。……けれど、掴まれているところからじわじわと石化が進行している。
実戦を想定したか、一度消え去る厳原さん。その後ヒット&アウェイで無数の打撃を『様身体』に入れていく。
四楓院さんが認めるほどの速力を有しているのは、厳原さんと卯ノ花さんの二人だけ。その速力で行う、決して軽くない打撃と……当たったところから徐々に浸透していく石化。
──そして、それが訪れる。
乱打されていた『様身体』の脇腹部分がぼろ、っと崩れる。完全石化する前でも十二分に脆くなっていたんだろう。そこを皮切りに石化がどんどん進み……そうして、衝撃に耐えきれず、バラバラと崩れ落ちた。
「……時間が、かかりすぎ……ですね」
「いえいえ、それでもぉ、時間と手数をかければぁ、
「実際の虚は特殊な能力を有していることが多いので、一概には言えませんが……初見でこれの対策を取れる相手はいないでしょうし、充分だと思いますよ、厳原隊長」
「……はい。卯ノ花君にそう言われると、自信もつきますね。……広範囲攻撃は、弱い虚の群れに。この状態は、強き虚を後ろから。……素晴らしい。ここまで……広がるとは思っていませんでした」
僕の卍解も似たタイプだからわかりやすかったのと、天鎖斬月の「卍解としての全戦闘能力を小さな形にすることでより強力な行動ができる」って話を知っていたから思いついたことだ。天鎖斬月君は卍解ではないっぽいんだけど。
このまま厳原隊長がこの卍解の全能力を刀の形のみに納めた場合は尸魂界の掟と戦えるようになるやもしれない。その時の相手は斎藤何某になるのだろうか。
「石化。あとは、毒や、火傷、四肢の欠損。……四番隊に入ってから……こういうものを学ぶのが、楽しいのです」
「こういうもの?」
「十一番隊の頃は、自身に降りかかるすべての異常は、後々の動きを制限する負債でしかありませんでした。火傷であろうと弛緩であろうと怪我、欠損、あるいは石化であろうと、です。その単純な世界を封じて、癒す側に回ってみれば……ただ回道を当てるだけでは治せない症状を、どのように霊力を組むかで試し、癒し、自身に蓄積する。なかなかどうして、奥の深い世界でして」
「……であれば、今また十一番隊に赴いてみたら、面白いかもしれないですねぇ」
「それは、どうして?」
「だってあそこ、怪我の宝庫じゃないです、か。切り傷打撲捻挫なんて簡単なものだけじゃなくぅ、酸で爛れていたりぃ、何か毒が入ったのを放置していたりぃ、鼓膜が破けているのを隠してたりぃ……色々ありますよぉ、あそこ」
「確かに。十一番隊が一番医療費申請が少ないですし。恐らく見栄を張って隠していますね」
それを聞いて──卯ノ花さんは、綻ぶような満面の笑みを見せる。
こ……怖い。
「それは、良いことを聞きました。副隊長権限を用いて治療院でも建てましょうか。──ふふ、私の居た頃の隊士がどれほど残っているかは知りませんが……まさかこんな身近に教材がいたとは。ありがとうございます、お二人とも」
「……厳原隊長。これ僕ぅ、犯罪の片棒を担いだとか、ありませんよ、ね?」
「私が関わったという事実は非公式でお願いします。もう少し隊長を続けたいので」
「……麒麟寺天示郎に言われて笑顔を練習し、こうして使うべき場面で使えるようになったというのに……どうしてか、皆さんからは不評で。もしや──こういう顔の方が、お好みでしょうか?」
何て言いながら、能面みたいな顔から、さらに般若みたいな顔になる卯ノ花さん。ぶんぶんと首を振っておこう。
百鬼夜行の鬼枠……剣ちゃんの卍解時だと思ってたけど、卯ノ花さんかもしれない。
「冗談ですよ、卯ノ花君。……良く笑うようになった君と、かつての君。どちらが良いか、という判断材料を私は持ち合わせませんが、少なくとも犯罪者としての顔しか持たなかった頃よりは、良い傾向であると判断します。どうか末永く、護廷を続けてくださいね」
「……ええ。ありがとうございます」
そうね。本当に。
できることなら──TYBWが終わった後も、ずっとずっと、だ。
難しいことは、理解しているけれど、ね。