卍解までは転生者の嗜み。   作:点差惨敗

18 / 41
18.嚆矢濫觴

 

 藤 藤 松見の 藤の花

 他の木巻き付き 空を目指して

 他の木無ければ 地を這いずる

 誰か巻きつきゃ 絞め枯らせ

 誰に沿えなきゃ 幅を利かす

 藤 藤 松見の 藤の花

 懸想気の背の君 縊りて殺め

 せねば枯れるが さだめの生

 死したる其身は 枯骨の如く

 藤 藤 松見の 藤の花

 


 

 雨が降っている。ざぁざぁどころか、轟々という雨だ。

 その下で、少年が二人。黒い妻折傘を差して、並んで立っている。

 寺院である。四楓院家の紋を持つ寺院。

 そも、四楓院とは、楓の見せる四つの色合い……緑、黄、橙、赤のことを言う。

 仏の名においては、緑(青葉)を「発心」、黄葉を「中道」、橙葉を「変容」、赤(紅葉)を「悟り」あるいは「成道」の象徴とし、ゆえに四楓とは「人の一生そのもの」を意味する。

 四楓院とはまさに、人というものを納める寺院の名。現世と尸魂界に等しくあるもの。生死の循環を求め、世界を前に進ませんとした者達の名。

 だからこそこの納戚(のうせき)堂は、四楓院の名を有している。死神という、尸魂界の守護者。それを一時的に納める場所として。……掟により、隊長格の魂魄をずっととどめておくわけにはいかないのだ。されどもどこぞへ捨ておくわけにも行かぬとなれば、こうして十二縁起の周期が来るまで鎮めておく必要があるのである。

 

 さて、そこに、二人。

 少年たち──京楽春水と浮竹十四郎がいるのは、そんな納戚堂の、武骨に「今季」とだけ書かれた木箱の前。

 

「……」

 

 言葉は無い。

 彼らがこうしてここにいるのは、彼女への追悼のため。そこに言葉は無くて良いのだろう。

 

 齋藤不老不死。そんな、けったいな名前で……遊女としても、死神としてもやっていた女性。

 初代護廷十三隊六番隊隊長──その顔が見えたのは、あの、彼女が静止させられていた一瞬だけ。あるいは──あの、初めて感じる程に重厚で、息の詰まる、霊圧だけか。

 隊長格。その名になんら、恥などなく。

 

 言わない。話さない。

 ただ……胸中の悔悟と、感謝と、謝罪と、決意を……吐き出し続ける。

 言葉では。ぐちゃぐちゃになってしまいそうだったから。

 

 ちゃぷ、と。足音がした。

 

「──おやぁ。……先客です、か」

 

 先日のこともある。だから入り口には護衛がいたはずだった。

 それなのに。そういう思いが二人の脳裏を過る中で、その足音と人影は、少しずつ近付いてくる。

 歩幅は短い。背丈も低い。先程の声は間延びしていて、場にそぐわない、呑気そうな声だった。

 貴族のものとは違う番傘をくるくる回しながらやってきたのは──やはり、子供。豪雨で顔の全ては見えないが、今期入ったばかりの霊術院の新入生とされてもおかしくない印象を受けた。

 ともすれば、どこかの縁側で、のんびりお饅頭を食べたりお茶でも飲んでいたりしそうな雰囲気の少年。流魂街でトンボを追いかけていたっておかしくない……京楽たちよりかなり年下に見える少年である。

 だが──その身に纏っているのは、間違いなく死覇装だった。つまり、死神だ。

 放つ霊圧は然程も無く、強者の気配もしない。……であれば、あるいは──身内、だろうか。

 

「別に、僕はぁ齋藤さんの子供とか、そういうのじゃないです、よ。遊女が隠し子とか、そっちの方が言語道断ですし、ね」

 

 何も言っていないのに、雰囲気を察したのだろう。そう言葉を発した少年。

 酷く特徴的な喋り方をする彼は、するすると二人に近付いてきて、傘を……閉じる。京楽らの傘にはついていないその機能の傘を納戚堂の骨組みへと立てかけ、スムーズに靴を脱ぎ、堂へと上がり、正座をした。

 

「……死んじゃいましたかぁ、齋藤さん。呆気ないというか……あなたはもう少し、生き汚く生きていくものだとばか、り。……仕事をしたくないがために捕縛する僕ごと引っ張って四十霊里は走り回ったあなたは、どこへ行っちゃったんですか、ね」

 

 子供……のように見える。今でも。

 それでも……京楽たちより、長い付き合いである様子だった。言葉の内容というよりは、その声色で、それが伝わってくる。

 

「その生に……少しでも。満足というものがあれば、良かったんですけ、ど」

 

 言葉に対し、答えを口にしようとしたのは京楽だ。

 彼女の最期の言葉を伝えようとした。けれど──できなかった。

 

 圧倒される霊圧ではない。強者の雰囲気も纏っていない。

 けれど。

 口を、挟めない。

 

「齋藤さん。僕ね、悲しむの……止(や)めちゃったんです。沢山の人と仲良くなる……ならざるを得なくなったか、ら……この繋がりを断つよりかは、悲しむのを止(や)め、た。……後悔は、しているのかなぁ。どうだろう。どうせ……大きい悲しみは殺す予定だったかぁら、どっちみち、というような気がするけれど」

 

 独白。なのに、まるでそこに彼女がいるかのような。

 呆れて、理解できないとばかりに「いーっ」という顔をして……それでも、どこか、認めているような。

 

「だから……ごめんなさい。僕はあなたの死を、悼めませ、ん。悔悟の涙を……悔恨を、態度に出すのは、難しい。……でも、こうして、行動をすることはできる。感情を表現する手段が行動なら、行動に感情が付随することだってぇ、まぁ、あるのでしょぉ」

 

 一つ……お焼香が置かれる。供香。現世にては、故人があの世にて食べる香りとされているもの。尸魂界においては──その魂魄が悪しき囁きに囚われぬよう、安寧を贈るもの。

 

「……あなたがずっと言わなかった……口にしなかった願いは。……"誰かに愛されてみたい"、だったと……思うんですけ、ど。……その願いは、本当は……"誰かを愛してみたい"、だったんだとぉ……思うんですよ、ね。……良かったですねぇ。想い届かずとも、愛を得ることは……。……。……あなたにとって、最良の結末を、掴めたようで」

 

 そうして、立ち上がる少年。

 振り返り、するするとお堂を出て、靴を履いて傘を取って。

 

「あ、そうだぁ。……これ、良かったら貰ってくれませんかぁ?」

 

 なんて、突然、懐からなにかを取り出した。

 それを……京楽に差し出す形で。

 

「ボ……ボクに、言っているのかい」

「ええ、そうですよぉ。……これ、三(・)本(・)目(・)……じゃない、一本目……っていうのはおかしいか。まぁ、貰ってくださぁい。家にしまっておくとか、なんでもいいんでぇ」

 

 差し出されたのは、黒く艶やかで、非常に精緻なつくりをしている簪だった。玉簪と呼ばれる種別のもの。

 それが……誰と関係あるものか、であるなど、わからない彼らではない。

 

「い……いや、これ」

「別に齋藤さんの遺品とかじゃないんですよぉ。生前の齋藤さんが、これを見せれば歓楽街で特別待遇+遊女の身請け金半額にできる、とか言って……迷惑料として押し付けてきたものでしてぇ。あ、今"じゃあそれって、あちきを買ってくれって意味だったんじゃ"、とか思いましたぁ?」

 

 コクコク頷くは京楽である。いやだって、そうとしか思えない。

 けれど少年は、あはは、と笑い飛ばした。

 

「ナイナイ。僕と齋藤さんの間にあったのなんて蟠りくらいでぇ、そういう心は欠片もありませんでした、よ。そもそもこれ齋藤さんに贈られたっていうかお婆、って人から贈られたっぽいです、し」

「だとしても……高級なものなんじゃ」

「まぁ確かに。『ウ簪』って言ってたかなぁ。意味はよくわからないけど。……実際そっちの……遊女身請け界隈に売ったらそれなりの値段がしそうですけどぉ、僕お給料そこそこ貰っている、し。売る手段が面倒臭いしぃ」

 

 遊女身請け界隈とは。

 不思議な言葉を使う少年である。

 

「まぁ、不良債権の押し付けだとでも思ってぇ、大きな心で受け取ってくださぁい」

「いや、それだったら余計に要らないけど……」

「僕はキミと同じでぇ、こういうの、見るだけで色々思い出すから……自分の髪にでも差して、普段は見えないようにしちゃいたいんですけどねぇ。髪、短いんで。……ま、貰ってくれないならぁ、その辺に捨てていっても良いんですけど、ね」

「だったら……それは、勿体ないし、簪が可哀想だから……貰うけど」

「じゃあ、はい」

 

 手渡される。簪だから、そこまで重みもないもの。

 けれど──どこか、ずっしりとしているような気がしてしまう京楽。

 

「それとぉ……そっちの、白い子」

「俺か? あ、いや、俺に何か用でしょうか」

 

 子供に接する態度になりかけた浮竹であるが、死覇装を見て態度を改める。

 

「報告書、読みましたけど。──多分、君が狙われたのは、勘違いじゃあ、無いと思いますよぉ」

「なに、それは……どういう」

「彼らが勘違いして君を攫ったと、齋藤さんが勘違いして踏み込んでくること。そこまで読んだ誘拐劇だった、と言っていますよぉ。成功すれば、齋藤さんが目当てだった彼らも、キミが目当てだった、彼らに援助をした者達も、どっちも嬉しい計画。──キミは自身が、価値の高い存在であることをぉ……よく、理解しているでしょぉ?」

 

 いつの間にか。

 口の中に溜まっていた生唾を、ごくりと呑み込むは、浮竹だ。

 なにか……底知れない何かが。

 

「ま、今日から君達にはぁ、最上級の護衛がつくでしょうから、大丈夫、大丈夫。今のは意味も無く怖がらせただけですよぉ。──それじゃあ、君達が死神になった後で、また会いましょうねぇ」

 

 ちゃぷちゃぷと足音を立てながら、その少年は、ひらひらと手を振って。

 豪雨の中へ、消えていく。

 

「……誰だったんだろう、あれ」

「さぁ。だが、彼の言う通りだ。死神となれば……いずれ出会う機会もあるだろう」

「……。……そうだね。……帰るか、十四郎」

「ああ。……最後に、一言、しっかりと……感謝を。俺の命が繋がれたのは、あなたのおかげです。ありがとうございました」

 

 振り返り、しっかりと言葉にして礼をする浮竹と。

 言葉にはせず、振り返りもせず──心の中で、ありがとう、とだけ言う京楽。

 

 雨は等しく、全てを覆い隠す──。

 

*

 

 厳かな空気の隊首室。そこに、一人の少年が入ってきた。

 まだ少年から青年にかけて、と言った頃合いの背丈。そうでありながら、隊長羽織を纏い、斬魄刀を佩いた存在。

 目を瞑り、俯いたままの他の隊長格の前を歩き……そして、一番隊隊長……及び、護廷十三隊総隊長の山本元柳斎重國の前まで来る。

 

「……顔を上げよ」

「は」

 

 あどけなさの残るその顔で。その双眸で。

 

「……うむ。……本日より、六番隊隊長に、朽木銀嶺を任命する」

「はい……謹んで拝命いたします」

 

 通常、隊長とは、前隊長からの移譲や指名などで選別されたのち、「隊首試験に合格する」、「複数の隊長から推薦を受ける」、「隊士200人の立ち合いのもと現隊長を一対一の対決で殺す」のうち、一つを満たせば認められる。

 本来個人の意思での脱退は認められない。ゆえに今回は特例──戦死扱いであり、辞表というものは存在しなかったことになった。

 また、六番隊隊長は朽木家が務めるという決まりが……その椅子が朽木家に占有されているために、初代である前隊長は本家筋ではないにも関わらず抜擢されたし、彼、朽木銀嶺もまた、年齢からしてまだ三十余り──貴族としては若いどころか幼い部類に入る──にして、こうして任命を受けた。

 

 果たして、子供から少し抜けた、程度の者を一端の大人として扱うのは、「尊重」か、「残酷」か。

 

 下がる銀嶺。その彼と入れ替わるようにして出てきたのは、赤い髪の女性である。

 

「西紀早乙留、現在休隊となっている十番隊隊長王途川雨緒紀の代理として、おぬしを十番隊隊長代理に任命する」

「謹んで拝命いたします。……王途川隊長が帰ってくるまで、必ず、この椅子を守り抜きます」

「うむ。よろしく頼むぞ」

 

 こうして、護廷十三隊の隊長は、少しばかりの遷移を見せる。

 一番隊隊長は据え置き。山本元柳斎重國。真央霊術院にて教鞭を振るう日々が続いているとか。恐れ多くも子供達は彼を「山爺」などと呼んでいるらしい。怖い。

 二番隊隊長は怪我により転任。現隊長は四楓院万宵(まよい)。四楓院家第十九代当主。新任時期が少し前であるため、今回の任命はなし。

 三番隊隊長は据え置き。厳原金勒。最近『瞬歩の可能性』や『無刀 - 斬魄刀を奪われるなどした際の格闘技』などの書を発表。

 四番隊隊長は据え置き。志島知霧。ただし、体調が優れないとのことで不在。副隊長の卯ノ花烈が出席している。

 五番隊隊長は据え置き。尾花弾児郎。無謀にも四十六室相手に寿脱隊の概念を押し付けようとしているとか。また、五大貴族に直接告白しにいって、砕け散らずに成立させたとかいう伝説的な噂が流れている。

 六番隊隊長は新任。朽木銀嶺。今だ幼い身なれど、実力は申し分なし。隊首試験にも合格済み。既に卍解修行中であるとか。

 七番隊隊長は据え置き。執行乃武綱。彼もまた体調不良のため欠席。副隊長の洞戸が出席している。

 八番隊隊長は据え置き。鹿取抜雲斎。最近少し言葉数が増えたと話題。何か心境の変化や出会いがあったか。

 九番隊隊長は据え置き。久面井煙鉄。今日も字の止跳払を怒られた。伝わればいいというわけではないらしい。

 十番隊隊長は新任。西紀早乙留。王途川隊長親衛隊、という感じの人物像だが、意外と親切だし意外とマメ。

 十一番隊隊長は据え置き。白鳥剣八。既に三代目の剣八である。二代目の剣八を下した実力も凄いが、特筆すべきは大酒豪である点だろう。一日で二樽行く日もあるとか。十一番隊の予算は如何に。

 十二番隊隊長は据え置き。善定寺有嬪。顔が怖い隊長であるが、かなり優しい。偽悪的な言葉を使うが、かなり優しい。そして幽霊とか嫌いらしい。死神とは。

 十三番隊隊長は据え置き。逆骨才蔵。最近よく霊術院に視察へ行っているらしい。大翁の目に適う者がいたのだろうか。

 

 ──以上が、この時点の、護廷十三隊である。(九番隊第六席明宝登美男 執筆)

 

 そして……その場にいる誰もが感じていたことだろう。

 新たな時代の波が、もう、すぐそこにまで追いついてきていることに。

 

 

 朽木銀嶺。彼はその厳かな空気から抜け出て……ふぅ、と。溜息を吐いた。

 

「お疲れ様です。果実水、飲まれますか?」

「あ……ああ。貰うよ……ではなく、貰おう」

 

 もう少年期は終わらせなければならない。

 隊長となる以上は、厳格な口調を。

 そう自己に刻み付けてきたのだ。それをハナから崩すわけにはいかない。

 

「ふふ、私の前でくらいは本音で構いませんよ。誰かがいる時は、ちゃんとしましょう」

「……そ……そうか。……ありがとう、能登川さん」

「能登川で良いですよ、隊長。あなたは確かに朽木家の当主であるという理由で六番隊隊長に任命されましたが、隊首試験は合格しているわけですから、何も問題なく隊長であることができます」

「……」

 

 六番隊隊舎への道すがら、そんなことを話す。

 この金髪糸目の男は能登川真。六番隊の副隊長だ。

 

「……橙彩(あね)の、副官だった……のだろう。私に……何か思うところは、無いのか」

「別に、あなたが無理矢理隊長を退かした、というわけでもないでしょう。もしそうなら流石に冷たく接していたかもしれませんが、今回の事でむしろ迷惑を被ったのはあなた。齋藤隊長が死した理由の一端が私の失敗であるとくれば、私があなたに何かを、ということはありませんよ」

 

 冷静な評価だった。それでも、思ってしまう。だって……既に一度見てきた六番隊隊舎では、あの粗忽者を、数多くの隊士が慕っている……悲しんでいるようだったから。

 銀嶺……というより、朽木家にとって、朽木橙彩は「口にすることすら忌まわしいもの」というような扱いだった。

 彼女の父親たる紺嶝(こんとう)は不貞を犯した大うつけ。橙彩を養子に取った……取るしかなかった彼の弟、翠峰が慈悲をかけたにも拘らず、歓楽街にて遊女を続けるなどという……その"不貞の血"が途絶えていない象徴とでも呼ぶべき存在。

 毎年のように除名するべきだと叫ぶ論議。同時に、貴族社会にも根を張る「お婆」という存在と対立したくない、他の五大貴族も在籍する護廷と事を構える可能性は面倒だ、という意見から、これも毎年毎年対消滅の形で流されてきた話。

 その、橙彩が。

 ──戦死。この事実に悲しんだ……涙を見せたのは、朽木家の中では、朽木翠峰ただ一人だった。

 

 銀嶺は子供の立場で、そして「橙彩に家督を奪われた子供」として育てられてきた。

 それでも……銀嶺はそれらの言葉には惑わされなかった。彼が蓄えたのは、ただ事実だけ。つまり「朽木橙彩という従姉が、六番隊隊長の仕事をろくすっぽせずに妓楼にいる」という部分だけだ。

 誰かの客観。誰かの主観。そういうのを判断材料に含めなかった。

 その上で粗忽者と胸中で呼んでいるのは、隊長仕事をせずにいつも周囲に迷惑をかけていた、ということを知るがゆえ。

 会ったことなど数回しかない女性に対しての感情など、この程度のものだ。

 それでも。

 誰かの主観を判断材料にしない銀嶺でも……多くの隊士が悲しんでいるという事実は、また、胸に刺さるものがあった。

 あそこまで慕われている者の後釜に入る、というのが……如何に恐ろしいことなのか、というのも、心にあった。

 

「橙彩(あね)は……どういう隊長、だっただろうか」

「仕事をしない、最悪最低の隊長でしたねぇ」

「え゛」

「ご存知の通りですよ、ほとんど。仕事をしない、後回しにする、面倒臭そうだと思ったらすぐに逃げる。その尻拭いはぜーんぶ私。なぜか怒られるのも私。責任という文字が大嫌いな人でした」

 

 その物言いに反して……懐かしそうに。あるいは……憧れるように。

 

「あなたも、あなたらしく振る舞ってくださって結構ですよ。……掟を守り、規則を守る隊長でも、そんなものを全て破ってみせる隊長でも。……私が副隊長である限りは、ずっとついていきます」

「……ありが、」

「あ、でも私は後十何年かで隠居するつもりです。もうそろ子供が生まれるみたいなので。……だから、それができるように、隊長としての仕事内容は全て叩き込みますのでそのつもりで」

「……茶化さずともよい。ありがとう。信頼しているぞ、能登川」

「ええ、よろしくお願いいたします。……さて、つきましたね」

 

 顔を上げる銀嶺。そこは、六番隊隊舎……では、なかった。

 看板には、『鬼道衆第一出張所』と書いてある。

 

「か……帰っていたのでは、なかったのか?」

「え? ええ、はい。所用があったのでこちらに向かっていて、その途中で偶さか隊首会終わりのあなたがいたのでお飲み物を渡した、という次第です」

「……そ、そうか。では私は、帰るとするから」

「いえ、丁度いいですし、挨拶していかれてはどうでしょうか。何かとお世話になることも多いと思いますよ」

 

 カラカラと音の鳴る横開きの扉を開き、中へと入っていく能登川。

 そこまで言われては黙って帰るわけにもいかず、追従して入る銀嶺である。

 

「おやぁ? 能登川さんに、……もしかしてぇ、朽木銀嶺さん、ですかぁ?」

 

 中にいたのは、銀嶺と同じ年か、少し幼いくらいの少年だった。

 死覇装を纏い、帳場でにこにこと座っている。

 能登川はともかく、自身の名まで言い当てられるなどとは思っていなかった銀嶺である。目に見えた動揺を見せてしまった。

 

「はは、相変わらず情報が早いですね。はい、こちら、本日付けで六番隊隊長に拝命されました、朽木銀嶺隊長です」

「よろしくお願いします、ね。僕は一番隊第七席、及びこの鬼道衆第一出張所所長をしておりまぁす、滑川平良と申しますよぉ」

「は、よろしくお願いいたします。朽木銀嶺──若輩の身ではありますが、精一杯務めを全うさせていただきたく存じます」

「堅っっったぁ。……ホントに齋藤さんの後釜ですかぁ?」

「はは、その辺は追々でしょう。というかあのアホバカマヌケアンポンタン隊長がおかしかっただけですよ」

 

 今何か雑音が銀嶺の耳に入った。貴族社会で育った彼が認識できないような言葉が。

 というかそれ以前に一番隊の七席、という事実に驚きを隠せない銀嶺である。当然のように彼も知っている。一番隊というのが、精鋭しか入ることの許されない隊である、なんてことは。

 

「ここの説明、彼にしていただくことは可能でしょうか」

「ああ、そういうことですかぁ。……ええっとですねぇ、ここの看板通り、僕は鬼道衆の出張としてここにいます、よ。隊から僕へ、お仕事として依頼できるのはぁ、隊士及び隊長、副隊長の扱う鬼道における、個人的にああしたいこうしたい、という要望の申請ですねぇ。たとえばぁ、最近受けたものだと……"赤火砲をすぐに放出するのではなく球体のようにして留めておき、任意の瞬間に放出できるようにしてほしい"、とかぁ。……"吊星の粘度を上げてほしい"とかぁ。"撃の簡略詠唱を作ってほしい。威力減退は四分の一までで"、みたいなのもぉ、ありましたかねぇ」

 

 そこまで聞いて、銀嶺はその噂に思い至る。

 鬼道。破道・縛道共に一から九十九までの番を持つ、斬魄刀戦闘以外における霊力操作の戦闘技能。

 制定から長らく誰も手を付けてこなかったこの異術に手を加え始めるや否や、改良や改造を重ね、今や誰の手にも届きやすくなるような「普及」を行った人物がいる、と。

 真央霊術院における鬼道の習得率は、なんと全体の八割が三十番台以下を実戦で使えるほどに修めていると言われ、一割は詠唱破棄にまで手を出し始めていると言われている。

 

 威力を上げる、というわけではない。あくまで使いやすくするだけであるが、鬼道に苦手意識を持っていた隊士や院生も少なくはなかったところをこの水準にまで引き上げた功績は、大きく讃えられておかしくないほどである、と。

 それを受けるのが、目の前の少年。──家が朽木家だったから、という理由での就任となった銀嶺とは違う、本物の才児。

 

「その申請以外で……追加発注はぁ、お仕事用なら一割増し、趣味用なら三割増しで頂いております、よ」

「相変わらず安いですねぇ。もう少しふんだくっても良いのでは?」

「鬼道の改良にかかっている元手は僕の時間と霊力くらいですから、ね。反対に膠飴の方は、お値段ちょっと高めになってしまいますけ、ど」

「ああ、では、そちらの説明もお願いします」

「はぁい」

 

 がさ、なんて音を立てて差し出されるは、籠に入った……紙に包まれた飴。

 非常に見覚えのあるものだ。貴族の間でも好まれてよく使われている、風邪の予防飴。

 

「鬼道を使った、舐めている間、身体に効能が出る薬飴。なんか巷じゃ『舐溶飴(なめとけあめ)』とかって呼ばれているらしいですけど、そういう飴を売っていますよぉ。飴って舐めるものだし溶けるものだしぃ、意味わからない名付けですよねぇ」

「おや、まさかご本人が由来を知らないとは。"噛んだら勿体ないから舐めておけ"、という意味で『なめとけ飴』という名前が広がり、それがそのまま『舐溶飴』になったのですよ」

「うーん、原点回帰。言葉っておもしろーい」

 

 知らず。

 奥歯を、ぐ、と……噛む銀嶺。

 焦るものではないことくらいわかっているけれど。

 こうも。

 ……もちろん、強大な虚を討伐したとか、滅却師を退治した、とかではない。言ってしまえば地味な功績なのかもしれない。

 それでも──恐らく、死神の死亡率の緩和に著しい貢献を齎しているのは事実だろうし、……橙彩のように、沢山の人から、認められているのだろう、という思いが。

 

「──面白いです、ね。朽木家から望まれていようと望まれていなかろうと、同じ悩みを抱くんですねぇ、ご当主様は」

「……どういう意味、でしょうか」

「齋藤さんはぁ、認められているのに、愛されているのに、それに気付けない、という方でしたぁ。その挙句に叶わない愛を抱いたようですねぇ。……朽木家というのはその性質上ぉ、愛というものに振り回され、掟に縛り付けられぇ、ぼろぼろになってようやく真実に気付く、という……そういう性質があるよぉに思いますけ、ど。……銀嶺さん。あなたがどんな愛を抱き──そして、僕のこの言葉を、いつ思い出すの、か。……ぜひ、良き人生を」

 

 まるで。

 老成しきった、大樹が如き言葉を。

 

「あ……あなたは、私と同じくらいだろう。そんな……朽木家の全てを知っているかのような口ぶりを」

「ああいえ、確かに少し知りすぎている感じはありますが、滑川七席は確かもう三百歳以上ですよ」

「い゜?」

「でも、確かに言われてみれば、滑川七席ってずっと若いですよねぇ。何か若返りの膠飴でもあったりするんでしょうか」

「僕が若いのは生来のそれですけどぉ、若返りの膠飴自体はあります、よ。買っていかれますかぁ?」

「おお、まさかあるとは。そして、不要です。私は妻と共に老いたいので。……さて、固まってしまった隊長を……よいしょ、と担ぎ上げて」

 

 朽木銀嶺。朽木家のあらゆるものには未だ染まらずとも、常識から外れすぎた存在についての処理は、些か時間を要する──未だ三十と少しの少年である。

 

*

 

 二人が帰って。

 大きく……溜息を吐く。

 

 そして、少し早いけど閉店の立て札を立てて、生活スペースに……自室へと戻った。

 

 齋藤さん。

 もうお墓参り……というか納戚堂に行ってきたけど。

 死んじゃった、かぁ。

 

 ──瞑想をして、そこ……夕闇の河川敷へ向かう。

 

「や、野箆坊。引き摺り込まれないで来るのは、久しぶりかな」

 

 トタトタと寄ってくる顔の無い少年少女。そして……いつか僕の背を押してくれた、顔の無い男女も。

 

 河川敷の、その斜面に腰を下ろす。

 見える景色は普通に前世だ。都会じゃない。田舎の日本の、どこか。ビルはあるけど高層ビルじゃなくて、雑居ビルと……多分土地関係を譲っていないのだろう平屋の家々が混在しているような場所。

 太陽はあれ以上沈んでいかない。ここの時間は止められている。止まっている。

 別に僕が死した時の光景、というわけでもないし、この……風情ある景色が、一応、僕の心象風景なのだろう。風流だねぇ。

 

 パタパタと飛んでくるは小鳥。ご丁寧にそれにも顔が無い。嘴はあるけど。

 時代感は本当にごちゃごちゃ。前も言った通り、着物姿の人もいれば、明らかにどっかの学校の体操服みたいな子もいる。ベビーカーを押している上流階級っぽい着物の女性と、その隣でブラウスを着ている若い女性。その全てに顔が無い。

 

「……人は。……まず最初に、声から忘れていくらしい。声を忘れて、顔を忘れて、触れあった記憶を忘れて……そうして、完全に忘れてしまう。……君は声も顔も無いし、触れあった記憶も……どれが誰だかわかんないから、すぐに思い出せなくなってしまうのかな」

 

 しゃなり、と。背後から抱き着いてくる女性。夕日を遮って、僕を覗き込んでくる学ラン姿の男性。……いやガン飛ばしてるつもりなのかもしれないけどわかんないって。無いんだから。

 

「正直に言えば、声も顔も、重要視はしていない。けれど……その人を忘れたいとは、思わない。だから」

 

 ピ、と。

 顔に……切っ先が向けられる。

 

「──ああ、ごめんね。そ(・)の(・)姿(・)を、覚えておいてほしい。姿だけで、良いからさ」

 

 顔の無い……齋藤さん。

 別に魂魄を取り込んだ、とかじゃあない。野箆坊の一人が齋藤さんの恰好を……つまりコスプレをしてくれているだけだ。

 顔は要らない。声も要らない。

 

 この空間にいる多くの人間は、そのだいたいが野箆坊自らが外界や僕の記憶から学習した「名前の無い人々」だけど。

 その中には……僕の見殺しにした隊士や、同級生や。

 そして齋藤さんのように、僕の世界……僕の世界観からいなくなった人の真似をした存在が収められている。

 

「僕は覚えていけない。僕の心の容量は、そこまで大きくない。過去の人を全員持っていっていたら、すぐに潰えてしまう、脆くて弱い人間だ。……だから、君に助けてもらいたい」

「……」

「うん。君が僕を心配してくれているのはわかっている。僕は……君を僕自身だとは思っていない。自戒、あるいは自己救済からくる心配ではないと、知っている。理解している。……いつか君のお願い事も、叶えてあげたい。僕に纏わることなら、ちゃんと、向き合わないといけないだろう。……それでも僕は、後しばらくを、駆け抜けたい。僕の足が砕けて折れるまで。千切れて歩けなくなるまで」

 

 沢山の……沢山の野箆坊が、周囲にやってくる。

 声は聞こえない。けど、喉が動いている。男性の方が分かりやすいけど、女性のもわかる。

 

 口々に発している言葉は……罵詈雑言じゃなけりゃ、良いけど。

 

 とか考えたら、抱き着いてきていた女性の野箆坊にぺしっと頬を叩かれた。

 ……そんなわけないよね。ごめんごめん。

 

「また……心が疲れたら、ここで夕日を見に来るよ。ここは綺麗だから、大好きなんだ」

「……」

「うん、わかってる。……死なないよ」

 

 あるいは──虚化した人間が、仮面を外すかのように。

 もしくはどこぞの名探偵世界の人が、変装を脱ぐみたいに。

 下から上に、顔を外すような動作をして。

 

 僕は現実に、浮上する。

 

 

 さて。

 執行さんと志島さんが起こすという悪行は、もう色々な所で被害が出まくっている。窃盗だの誘拐だのだけでなく、井戸に毒が撒かれる寸前だったとか、作物が荒されたとか、誰誰が誰誰に成りすましていたとか、色々だ。

 その結果、僕のところにもそれら対策の鬼道改良依頼や、主に毒物に対する予防効果を持つ膠飴などの注文がわんさかきている。毒っていっても色々あるって知っているかい君達ィ。

 

 そういうわけで、最近はあっちらこっちらと移動することより、帳場でゴリゴリと調薬をしていることの方が増えたように思う。

 だからなのかわからないけど、この人も居座るようになった。

 

「うめぇ。……これ、かりんとうっつったか。これ貴族でも流行るぞ。これくらいの甘さで、手につかない。うめぇ」

「じゃあぁ、権利主張しないのでぇ、四楓院さんが流行らせてくださいよぉ」

「嫌だよ面倒臭ぇ。ここで売ってりゃ王途川とかが……まぁ今は休んでるが、来るだろ」

 

 四楓院さん。

 四席にもなった以上は落ち着くのかと思いきや、一生瀞霊廷を飛び回っているとか。これ以上昇進するのは勘弁らしい。だからこうして罰点を稼いでいるのだとか。なんと迷惑な。

 

「……そうだぁ、四楓院さん。僕一個、回道関係で技を開発したんですけどぉ、受けてみる気ありますぅ?」

「……回道で、敵にやる技、ってことか? 意味わからんがおもしれー。受ける受ける」

 

 おお。

 いやぁ、『様身体』は感想くれないからね。実験台はありがたい。……こういう考えなんだろうなぁ未来の十二番隊って。

 

 さて、かりんとうをバリボリ食べながら、「いつでも来ていーぞー」とか言っている四楓院さんに──ではなく、上向きの手を向ける。

 そこに、緑色に輝く蝶のようなものを形成した。

 

「……んだそれ。地獄蝶?」

「動き自体は地獄蝶を参考にしましたぁ。中身は放出系の鬼道とそう変わらない構成ですよぉ」

「へえ」

 

 これを、ふぅ、っとやって飛ばす。

 地獄蝶の動きをプログラムした緑色の蝶は、ひらひらと舞って、そして四楓院さんの足にぶつかり、吸い込まれる。

 

「……うわ。……う、うわ。……最悪な鬼道を考えやがるなコイツ」

「ご感想はどぉ、ですか、ね」

「実戦でどんくらい役に立つかは知らんが……悪戯用としてはかなり面白い。し、使い手次第だと思うぜ」

 

 足をぐりぐりさせている四楓院さんに近付き、その足をぽん、と叩いて、蝶を取り出す。

 この蝶の名は。

 

「名付けて、『倦憊(けんぱい)蝶』。及び、『回道裏番・倦憊』ってところですか、ね」

「あ゛ぁ゛ぁ……無理矢理押し付けられた疲労だってのに、抜けるとすげーきもちい……」

「元々は疲労回復を行う回道だったんですけどぉ、抜き取った疲労をどうにかして形にできないかな、と考えた結果、出来ましたぁ。無論肉体疲労だけですからねぇ。これを鉄に与えても折ったりはできませんがぁ」

「いやフツーに疲労回復の回道がありがたいんだが。それは完成しなかったのか?」

「疲労をどこか別の場所に押し付ける、はできましたぁ。完全に抜く場合はこうしてぇ他の形にしないといけなく、て。しかもこれぇ、誰かに移さないとぉ、一定時間で自分に帰ってきちゃってぇ、余計つらい、ですねぇ」

「……新しい拷問としては……。……あ、いやなんでもない」

 

 なんか怖い単語が聞こえたんだけど。

 刑軍怖いヨゥ。

 

「志島、卯ノ花と揉んでみるか。あ、そうだ、ウチの三席とオマエって会ったことあったっけ?」

「いえぇ? ないです、ね」

「虎徹朱音(あかね)っつー、とんでもなくしっかり者だ。回道の回復量は志島や卯ノ花が勝るが、霊子の扱いに長けててな。オレの腕繋いだのもソイツなんだよ」

「あ、じゃあお見かけはあります、ね」

 

 あの時の子かぁ。

 へえ、三席に。……いやそうだよ、千切れた腕繋ぐって相当凄いもん。

 ……伊勢家もそうなのかもしれないけど、虎徹家もすんごい女系じゃない? 呪いとかない? 仕えた隊長が死してしまう、みたいな。……縁起でも無いけど。

 

「そいつがさ、自分だけ弱いことを気にしてたんだ。ほら、志島はちゃんと戦えて、卯ノ花はアレで、オレもソレだろ? 挟まれている自分には斬魄刀戦闘の才能がない、って。……これ教えてやってもいいか?」

「ええ、どうぞぉ」

 

 あるいは、疲労鬼道+白打で戦う虎徹姉妹が誕生したりする、のかな。

 というか確かに。卯ノ花さんと四楓院さんに挟まれるの、プレッシャーエグそう。

 何かの助けになれたらいいけどね。

 

「……最近ちょいと……物騒がすぎるからな。……オマエも気を付けろよ、平良」

「はぁい」

 

 さて。

 この動乱は、どう決着するのか。

 今朝方、文の形で送られてきた、僕の新たな役割一つ。

 のべつ幕なし、第二幕へ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。