卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
善は口ばかり
悪にこそ心あり
その日は、霧の濃い日でした。
早朝から立ち込めるように白く濃密な霧がかかっていて、夜番の隊士たちは、眠気眼をこすりながら、さりとていつもよりかは強めに警戒をしながら立っていたそうです。
突然のことでした。
鳥が一斉に飛び立つと共に、何かを強く鞭で叩くような音が聞こえてきたかと思えば……とた、とた、よた、よた、と。
霧の中から、襤褸布を纏った一人の子供が、よろける足で隊士に縋りよってきたではありませんか。
「何事……どうした、君……」
「隊士、さん、たすけ、ぼく、僕……」
近寄られて分かるのは、生々しく香る血の匂い。歩き方からして大けがを負っているのは明白だったといいます。
寄られた隊士は妻子を持つ男でしたから、すぐにその子を保護し、周囲に何かがいないか、別の隊士に指示を入れようとしました。
しかし。
「あ、あ……た、たす、たすけっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい──」
何か、透明なものに、首根を掴まれたかのように。
目には見えない大男に──引き摺られているかのように。そして、蹴られたか、打たれたか、弾かれるような動きがあって。
隊士が己の斬魄刀へ手をかけた時には、もう、子供の姿は霧の中で。
ただ──。
「ひひひ、ひひひ──子一つ守れぬ愚かな死神。ひひひ、ひひひ──隠せ隠せ。一晩一人、食ろうてやるわ──」
なんて、あまりにも悍ましい声が聞こえてきて……。
そうして、霧はまた真白に立ち込め、子供の声も、耳に残るすすり泣くような声も、聞こえなくなってしまった、とか。
*
東流魂街50区「
理由としては治安が悪いのと、虚が出やすい、という根も葉もない噂のせいか。
そこの、少し切り立った山にある寺院に、その二人がいた。
「ひひひ──いやぁ、中々の名演よな、小坊主」
「執行さんこそ、楽しそうでしたよぉ?」
「無論じゃ。ワシらは畜生なれど、隊長格とは畜生を縛り付ける鎖だらけで窮屈であった。久方振りぞ、ああも化生に近しい行いをしたのは」
上機嫌そうに笑う、非常に顔の怖い大男。
その横でケラケラ笑う少年。
「
「それはぁ、滑歩の十八番ですからねぇ。全ての打撃が効いていると思わせてぇの奇襲、とかぁ」
「ひひひ、おぬし、真に畜生の才があろうな。加えて、化生の才も」
「それって褒めてますかぁ?」
──即ち、僕らである。
僕に届いた文の内容。それは、「どこぞに囚われていた幼子が隙を突いて抜け出したものの、すぐに明るみとなって引き戻される様」に関する脚本と、幼子の設定。つまるところ茶番劇である。
第二幕はそういう……なんだろう、妖怪とか怪異方面で高めていきたいらしい。既に「悪行の意思のある者」は全員マーク済みであるそうで、それらの身内に怪異的なものより危害が及んだ場合にどういう行動を取るのかが見たい、のだそう。
さっきの隊士さんは普通に良い人っぽかったけど、こうやって噂が広まるための礎として使わせてもらう、のだとか。ごめんね。
「……しかし、卯ノ花と鹿取を引き込むのは、むむ、厳しいか、やはり」
「卯ノ花さんは刀を握らない誓いをしていますしぃ、鹿取さんは嘘が吐けませんから、ね」
曰く、般若面を被って夜な夜な人を斬りつける(フリ)をしてほしいらしい。確かに適役だけど、無理でしょ。
と、このように執行さん、こういう劇事、というのが好物らしく、どうせ散るならそこかしこで起こる普段は見られぬ劇事が起きたらいいなぁ、の精神で方々に働きかけをしているとか。
ただの怖い人ではなかったけど、悪趣味であることにはかわりはないですよぉ。
「そういえば、志島さんは今何処にぃ?」
「今に来る。奴にもこの怪物奇譚には出させる予定ぞ。……と、噂をすればか。ひひひひ」
「……なんなん、こっちがお気楽脳の人を食い物にすることしか考えとらん塵芥を笑顔で治して急いで来たっていうのに、僕の陰口やの。酷いなあ」
「お疲れ様ですぅ。疲労回復回道、試作段階の域を出ませんけどぉ、如何ですかぁ?」
「ああ、四楓院が言うとったやつ。ほなお願いしよかな」
もうわかっているだろうけど、僕は過労も踏み倒せるのでね。……微妙な疲労状態は状態異常と見做されないから、過労まで行く必要があるため、他人の疲労吸い取りは僕という機能とマッチしていたりする。適度な疲労は身体に必要なことだから、ね。
さて、志島さんの全身から疲労を吸い取れば、志島さんはまだまだ若いその顔から「あ゛あ゛ぁ゛……」というスーパー銭湯に浸かったおじさんみたいな声を出した。
四楓院さんもだけど、働きすぎだよ君達、温泉とか行けば? 無いの、どっかに。僕の『全力部屋』には紅白温泉無いけど、普通の温泉を増築することくらいはするよ?
「こら効くわ。全身軽い軽い。執行隊長もやってもろたらどうですか? 最近あんま寝とらんやろう。悪い奴は大抵夜中に取引したがるでな」
「……フム。小坊主、ワシの身体的特徴に理解はあるか?」
「ええ、人化した畜生さんがどうなっているのかはわかっています、よ」
「ならば……頼むか。さしものワシとて、十一晩も寝ていないと、疲労が溜まる」
よーし全部吸おう。さてはこの人加減とか知らないな。僕が言えたことじゃないけど、できるからやった、ってタイプと見た。
……大爺様って本気で化生のイメージしかなかったけど、こういうところもあったんだなぁ。
なんて考えながら吸い出せば。
えー、とんでもない過労です。普通の人間なら心肺停止してそうなくらいの。……ちょっともうハイになっているんだろうな。散り際に咲かせてやるためならこれくらい、みたいな。
「……ほぉ。……ひひひ、小坊主おぬし、そういう施術院でも開いたらどうじゃ。大枚が稼げように」
「いやぁ、それなら四番隊にお任せしてぇ、そういう部門みたいなもの作ってもらった方が良いです、よ。僕一人じゃ吸い取れる疲労にも限界ありますしぃ。現に今とーっても疲れてるしぃ」
「ああ……なんや、まだ詳しゅう話を聞いとらなんだけど、それ疲労回復やのう疲労吸収やに。それは使いどころが難しい」
「一応今、使い道を模索中ですよぉ。ああでも、たとえばこぉやってぇ」
始解を解除した野箆坊……つまり浅打な見た目の野箆坊を抜いて、身体に少し残した疲労を刀身に纏わせ、振る。
すると、まるでどこぞの誰かの攻撃みたいに……霊圧を食ったみたいにして、斬撃の形の疲労が飛び──当然何にも当たらなかったので僕に再吸収され、どっと疲れた。うぅ、納刀、始解、始解。
「うーん。……どない思います、執行隊長」
「見世物じゃな。速度が低すぎようて。あんな攻撃、誰が当たる」
「あとはまぁ、一定範囲内に散らしておいてぇ、不注意にもぶつかったら疲労が、とかぁ、防御の際に薄く壁状にしておくことでぇ、攻撃するたびに疲れる結界、とかぁ」
「最後のだけはちょいと使えそうだけど……まぁ、滑川君基準やし。四楓院なんかはもう白打にそれ組み込む術とか考えてそうやんな。……嫌やわぁ、次あれと組手をするとき、それ警戒せなあかんの」
「やぁっぱりがつがつ白打する人向き、ですよねぇ。これ普通に鬼道なんでぇ、霊圧差で簡単に弾かれちゃいます、し」
「乱戦向きじゃな。ひひ、じゃが、有用であろう。上手くやれば、霊力が尽きるまでは半永久的に戦いを続けることができる。……卯ノ花が喜びそうな術ぞ」
「……はぁ。人がこうして印象回復に努めているのですから、少しは加減を頂けないものでしょうか、執行隊長」
……おっと。
執行さんも、志島さんも驚いた、という目をしている。
そちらを向けば……この霧の中湿気て暑いだろうに、やっぱり首までを覆う隊士服な卯ノ花さんがいた。
「……卯ノ花。おぬし、隠形にまで手を出したか。本当に誰も勝てんくなるぞ」
「驚いた。もしかして僕の後
「はい。四番隊の治療記録に無い治療を続ける志島隊長が、その治療を終えるなりどこぞかへ向かったのを見て……最近の出来事への疑問を解消するため、後を」
……気付けなかった。僕の霊圧知覚はパッシブだけど、霊圧配置の知覚はアクティブだ。感知しようと思った時にしか正確な居場所の検知はできない。
隠形。卯ノ花さんほどの霊圧があれば、移動すればわかるのに……今こうして眼前にあっても並みの隊士ほどにしか感じられない。
ふと。
卯ノ花さんが……僕を見る。
「──気付くことができなかった、という顔ですね。……ようやくあなたに一勝を取れました」
「ひひひ、卯ノ花おぬし、子供か? まぁ剣八という存在自体幼子のようなものよな。じゃが、小坊主は貴様のように戦いしか頭にないわけではない。そのあたりを加味せずに勝った負けたとは、ひひひ、拙い拙い!」
「私の罪が晴れるまでは剣を握らぬと誓った身。それは手刀であっても同じです。しかし、滑川七席には一度負けたまま。剣を握らぬ身で挑むには、普段から気取られている気配を極限にまで断つことと見定めたまで。畜生の道を歩む方に何を言われても動じませんとも」
「ひひひ、じゃから幼稚じゃと言うておる。知らぬか、この小坊主とて畜生の道を歩む者なれば、今しがたおぬしの吐いた罵詈雑言は小坊主へも向くぞ。ひひひ!」
「……」
見るからにむっすーっとした卯ノ花さん。執行さん相手は多分かなりやりづらいんだろうなぁ。
というか、前の組手のことを……一応形式上は負けになったことを……根に持っていたから、隠し事の話は抜きにして、霊圧感知vs隠形で勝負しにきた、ってこと? そりゃ執行さんも爆笑しますよ。
「それで、そろそろ真面目な話をしよか。卯ノ花、ここで見聞きしたことは他言無用で頼むに」
「ええ、わかっていますよ。……大方、瀞霊廷の膿を全て引き連れて出ていくという類の話でしょう。別に止めるようなことはありませんので、引き継ぎだけしっかりしていってくださいね」
「冷たぁ。ないん? もう少しこう、惜しむ心とか」
「ありません。……滑川七席、戻りましょう。この悪行三昧と共に行動していては、あなたまで膿の一つに数えられてしまいますよ」
「あぁ、はぁい」
「待て、待て、卯ノ花。どうじゃ、少しばかり禁を破り、夜な夜な人を襲う般若面の人斬りという役をやるつもりは──」
「ありません。それでは」
ちょっと無理矢理目に僕の手を引いて瞬歩する卯ノ花さん。
……なんか、ちょっと意外だ。
「仲良いんですね、執行さんと」
「……滑川七席。ご自身の眼球が腐り落ちていないか『姿見』で確認した方がよろしいかと」
「志島さんや麒麟寺さんにもですけど、他の人より気を許している、って感じでした、ね」
「まぁ……昔、一度斬りつけた仲を、良いと表現するのならば、良いのやもしれませんが」
「え゛」
「あの二人は……私が尸魂界における空前絶後の大犯罪者、などと呼ばれていた時期に剣を振るい、殺すことのできなかった初めての獲物、でした。志島隊長は回道で己を癒し、執行隊長はそもそもの
ああ……だから。
「卯ノ花さんの一番未熟な時期……言ってしまえば子供の頃を、あの二人はよぉく知っているってことなんです、ね」
「解釈が無理矢理すぎませんか、滑川七席」
「いやぁ、言われてみればぁ、卯ノ花さんにも子供の頃があったんですもんねぇ」
「……鹿取隊長が言っていましたが……あなたが実は、心の中では他者を舐め腐っている、というのは真実のようですね」
なーにを言ってくれているのあの子は。
いや雑談の範囲内だし、別にそこに関してはアピールしているまであるから良いんだけど……言う相手言う相手。
「否定せず、と」
「ああいえぇ、そぉいうわけではぁ」
「冗談です。……どうでしょうか。以前に比べて、私の冗談も成長したと思いませんか?」
はいぃ?
……えーと。
「あのぉ、言葉を濁さずに言うとぉ。……全然、ですねぇ。普通に怖かったでぇす」
忌憚のない意見ってやつッス。
言えば……驚愕、みたいな顔をする卯ノ花さん。いやホント感情豊かになったね。鹿取さんとはよく話しているみたいで、なんていうか老婆心だよ僕は。老婆心だよ、とは? ──僕自身が老婆心になることだ。
「おかしいですね。先日善定寺隊長に褒められたばかりなのですが」
「ちなみにどのようにしてぇ」
「"オレ様に冗談を学びたい、だぁ? 何の冗談……いや、成程。冗談が上手くなったじゃねえか卯ノ花ァ!"と」
「それは言葉の綾ですねぇ。……しかし、冗談を学ぶ、ですか。うーん」
もう少し未来なら曳舟さんとか平子さんとかひよりんをおすすめしたんだけど……志島さんのあれは関西弁っていうか三重とか伊勢の方の言葉だろうし……こう、バリバリの関西人が全然いないんだよね今の護廷。
けど時代感的にはあるはず、だよなぁ。お笑いのルーツは「千秋万歳」。平安時代の祝福芸なわけだし。まぁ漫才とか寄席が出てきたのは江戸時代だからもう少し先なんだけど。
この時代の冗談、冗句の先生。──はっ。
「卯ノ花さん。冗談や冗句の師として、これ以上はない人がいたことを思い出しましたぁ」
「本当ですか?」
「はぁい。──どうぞ、能登川副隊長にご師事いただければぁ」
スーパー真顔糸目冗句マン……!
齋藤さんとの漫才だけでなく、既に銀嶺さんとも漫才を始めているらしい彼であれば!
「……わかりました。今度、尋ねてみましょう。……そろそろ別れましょうか。同じ方向より帰ってきては、昨今事情を考えると無駄な勘繰りを呼びます」
「はぁいぃ」
──後は頼みましたぁ、能登川副隊長。僕じゃちょっと抱えきれないのでぇ、預けますねぇ。
*
真央霊術院の卆院生の名簿に、それを発見する。
京楽春水、浮竹十四郎、綱彌代時灘。
……ついに、か。
これから隊士となり……そして。
その事件を、起こす。
大鬼道長が「至急来てほしい」と、普段のふざけたしゃくりもなく呼び出してきたので、すぐに研究所を出た。
向かう。
向かった……所は、『全力部屋』で。
「あ……滑川さん」
鹿取さんと……その足元にいるのは……ぴくりとも動かない、男女の隊士。その隣で、だらだらと涙を流す、色黒の男性。
「……まさか」
「はい。現場に、なんとか間に合って。……申し訳、ありません。虎の子の……霊圧遮断の外套、使用しちゃった」
「ああ、良いですよぉそんなのは。……それで、大鬼道長。彼女の容態はぁ?」
「死神……君も、死神か。私を……私はどうでもいいから、歌匡を、どうか、どうか」
「私にできる限りの処置はしましたが、回道は専門ではないですので……お願いします、ナメカワ。私は君に、
……怨嗟には、飲まれていない。
間に合ってくれたか。……けど、バッドニュースでもある。
なんせこの事件があったということは、既にこの時点で、オサレの伝道師がいるということに他ならない。
……気を付けていたつもりだったけど、見逃していたか。
あるいは、僕が始解していたが故に見えなかっただけか。後者対策は積んであるけど……慎重にやらないとだな。
「君は、今から起きることを、誰にも言わないと誓えますかぁ?」
「た……助けて、くれるのか?」
「えぇ、まぁ。これでも薬屋さんですから、ねぇ」
「言わない! 誓う! 当然……勿論……ど、どの言葉も違う。学が無いんだ。……許してくれ。けど、誓うから、頼む!」
わかった。
──この結果が、何を齎すか、というのは、まだ予測できない。
盲目の彼を手駒にできなかったことはどう影響するのか。
それでも。
「衆王よ。邪悪な瞳、悪しき身体に流るる赤。珊瑚の祈り、永遠の誓い、聖なる牙に、蛇遣いの手を捧げ。縛道の九十二・
使う。起こるは血の膜……前にも使った、内部の生命活動を維持する特殊な結界だ。
息はある。切り捨てられたけれど、首が断たれたとかではない。心臓が突かれたわけでもない。──なら、なんとかなる。背中側から切り捨てられているのも幸いした。主要臓器がそこまで傷ついていない。
彼女を庇うようにして意識を失っている男性隊士もだ。こっちは歌匡さんが間にいてくれたから、ダメージも少ない様子。
二人いっぺんにやるとなると、結構時間がかかっちゃうな。
「そ……れは、なんだ。君の身体から……どろどろと、何か……力の塊のようなものが……彼女たちに……注がれているように、見える」
「おや……霊圧を知覚しているんでしょうねぇ。それはこの先、あなたがご友人を守るためにぃ、必要な力になると……思います、よ」
「……守るための、力。……だが、霊圧? これが……これは、違わない、か?」
余計なことを言ったとは、思わない。
彼は純粋で高潔な人間だ。──何かが混ざってしまわない限りは。あるいは捻じ曲げられない限りは。
正道を歩むものと、信じている。
卯ノ花さんを癒した頃よりは上達した回道を使いながら、生命力を無理矢理譲渡し、生命活動を再開させる。
大鬼道長の応急処置はかなり的確だ。斬撃による血管や筋繊維の乱れを整え、治癒しやすいようにしてくれてある。回道については適性の問題だから覚えられなかっただけで、もし大鬼道長にその才があったら四番隊顔負けの回道使いになっていたことだろう。
けほっ、と。
女性が、呼吸を始める。男性の方はまだ。……いや、来たな。でも意識レベルが低い。なんでだ?
「か、歌匡! 私の声が聞こえるか? 歌匡!」
「……かな、め……?」
偉い。心配だろうに、でも
「鹿取さん、詳しい話、してもらえるかなぁ?」
「ああ、でも、単純だよ……です。歌匡さんがいなくなったから、探しにきたら……綱彌代家の子と、その子とよく一緒にいたことを見かけてた子が、斬り合っていて。明らかに……故意で、止めに入った歌匡さんを突き飛ばしたのを見て、止めに入った。もう少し……判断が早ければ、斬撃も防げたはず、なんだけど……最近ちょっと、抜雲が、言うことを聞いてくれないことが多くて」
だろうね。既に何度か抜雲に「施術」をしたけど、明らかに僕を殺そうとする圧をかけてきていたし。
そろそろ折るべきだ。折って、鹿取さんには浅打を握ってもらって、隊長を退いてもらうべき、かな。このままだと……敵と斬り結んでいる時に突然始解や卍解が解除される、みたいなことになりかねない。
今まで言うことを聞いていたホ〇ケモンが突然バッヂが足りないと騒ぎだす、みたいな話だ。
「それでも、綱彌代家の子の刀を弾いて、歌匡さんと、その死神を抱えて逃げて、道中で彼がわたしを追いかけていることに気がついて、一度は追手だと思って気絶させてしまった、のです……だけど、彼の特徴が
「ありがとう。その判断で命が救われるよぉ。それで……こっちの男の人は、どうしてか意識が戻らないんだけどぉ。何か思い当たること、あるか、な」
「血は落としたけど、頭部挫傷の可能性はあると思う。私がカトリから彼を引き継いだ時、額が真っ赤だったからね」
頭部挫傷……脳、か。
回道だと……正直手を出し難い場所だ。ブラックボックスが多すぎる。
回帰ならばどうとでもなるんだけど……。
あるいは、……齋藤さんみたいな、「概念の移譲」なら。
でも、僕の鬼道はそこまで行けていない。
……男性隊士の身体の傷は癒した。脳に関しては本当に課題だ。正味心臓ぶっ刺しなら、その直後であればなんとかできる。けど脳に関してはかなり厳しい。
幸いにして鰤世界には頭蓋ぶっ刺しをやる人が少ないから治療しやすいけど、やる人が一切いない、というわけではない。解明、しなきゃとは、思うんだけど。
「大鬼道長。執行さんと志島さんが今やっていることはぁ、大体ご存知、ですよねぇ?」
「ン? まぁ、そうだね。知らされていないけれど知っていますよ」
「……お二人を、ここにぃ……呼んできてもらうことは、できます、か?」
「──スバラシイ。成長しましたね、ナメカワ。では最速で呼んできますよ」
「お気をつけて」
消える大鬼道長を見送り、男性隊士を隣に横たえ、歌匡さんに回道の光を織り込んでいく。
成長か。……そうだ。変わると決めたんだし。そろそろ、前に進まないとね。
「……歌匡さん、聞こえますかぁ? 僕の声ぇ」
「は……い。きこえ、ます」
「申し訳ないのですがぁ、この鬼道と僕の回道の腕の関係でぇ、傷跡が……残ってしまうのですけど、ご了承いただけますでしょぉかぁ」
「はい……ありがとう、ございます……」
うーん、やっぱり僕の感覚として、女性の肌に傷が残っちゃうのってどうなの、みたいな意識はあるんだけど……これジェンダーフリーの時代に適していないのかなぁ。いや現世はバリバリ格差な時代だからあれなんだけど。
最悪織姫ちゃんに回帰を……でもあれなんか時間経ってると無理っぽいんだよなぁCFYOWとかの描写見る限りサ。
ごめんね、なんて思いながら。
治癒をしていく。歌匡さんの方は意識がはっきりしている様子だから、このまま喋るとしよう。
「軽く説明するとぉ、まずですねぇ。お分かりの通りぃ、歌匡さんや彼を斬ったのは、綱彌代時灘。なわけですからぁ、五大貴族というとーんでもない権力の持ち主、なんですよぉ」
「ああ……わかっている。……そうか、彼らに……逆らった、あなたたちも」
「鹿取さんの存在は多分割れてないと思いますからいいんですけどぉ、歌匡さんがこのまま歩き回ったりするとぉ」
「辿られる、というわけか。ツナヤシロ……その貴族に」
「申し訳……ない、です……」
「いえいえぇ、僕らはこういうことを失くしたくてぇ、暗躍中なんですねぇ。だから大丈夫。で、如何に五大貴族といえどぉ、往来で死神を何の理由も無く惨殺する、みたいなことはぁ、できないわけです、ね。なのでぇ二つ目の道。歌匡さんの斬魄刀、清虫。これを、東仙さん、アナタが死神となってぇ、屈服させぇ、まるで歌匡さんの復讐のためにぃ戦っている、と。そういう風に綱彌代家の人々の前でぇ、見せつけるわけですねぇ? するとどうなるでしょうかぁ」
「ツナヤシロが……私を狙う、と? それは、なぜだ。まさか清虫というその刀に何か秘密があるのか?」
「アレ? あ、時灘さんと会ったわけじゃなかったんでしたっけぇ。それはすみません。時灘さんというのはですねぇ、他人が見出した希望をその人の前で踏みにじって、希望が絶望に変わったその感情を啜って楽しむ系の、最低最悪劣悪人間でしてねぇ」
そうだ。……結局、山本総隊長の道徳教育は何の意味も為さなかった。
特に力を入れた様子だけど……トッキーにとって真央霊術院は彼の殻を作るための場所であり、様々な斬魄刀を見るための場所であり、死神という組織に入り込むための手段でしかなかった、というわけだね。
「アナタがまるで、歌匡さんを殺されたかのよぉに振る舞いぃ、歌匡さんのためにと剣を振り続けていればぁ、必ず寄ってきますよぉ。時灘さんは真面目な人間が好きなんです。良く反応してくれるか、ら。この方法で彼を誘き出してぇ」
「話を遮ってすまない。……それは、できない。何より歌匡が……」
「はい。お申し出は……ありがとう、ございます。けれど、申し訳ありませんが、私だけ身を……隠して要を矢面に、という案は、承諾できません」
「……君は、そう言うだろうと思ったよ、歌匡」
あー、やっぱりかぁ。そう言うと思いましたよ、という感じではある。
この人の精神性を考えれば、そうなるだろうな、って。
「それに……全てわかっていて、私はあの人の妻になりました。……あの人には、必ず、星を見せたいんです」
「……なら、やっぱり、こうするしかないです、ね」
正直言って、感情論でどうにかなる相手じゃない……が、現時点、已己巳己巴は霊王宮にあり、その担い手も生み出せていない、というのならば。あらゆる準備の整っていないトッキーならば、彼がまだ貴族という繋がりを断ち切っていないことを利用し、攻め落せる。
だからこそ彼らを呼んだのだ。
「ただいま戻りましたよ、ナメカワ」
この『全力部屋』に入ってくる……大鬼道長、志島さん、執行さん……と。
「よう。このところわざと一緒にいたってのに仲間外れかよ、平良」
「……まぁ、いてくれたら、ありがたいです、ね。正直」
四楓院さんまでもが、やってきた。
「楽しそうなことしとるやないですか。僕らも混ぜてくれや」
「ひひひ、しかし、なんじゃこの空間は。……一番隊隊舎地下とは思えん広さよの」
「だ、誰だ……?」
「志島隊長に、執行隊長……それに、四番隊の、四楓院四席……?」
というわけで、作戦会議の時間である。
治療をしながら、各人に諸々を共有する。笑みを深めていくは執行さん。四楓院さんもである。
その上で、まず、だ。
「綱彌代時灘さんのぉ、力を削ぐために必要なことをぉ、考えましょぉ」
「綱彌代家が五大貴族筆頭であることを考慮すべきじゃろうな。あれを陥落させるには、相当の悪事に当主格が関わっていないとならぬじゃろう。……じゃが、その時灘なる者は、綱彌代家の分家末席なのであろう?」
「えぇ、そうですよぉ」
「ならば話は早い。分家の頭を抱き込もう。丁度、ワシの組織した『
作戦会議。綱彌代時灘の攻略において必要なことを詰める。
トッキーの有するものは大きく分けて以下の三つ。
・五大貴族筆頭分家末席という立場
・曲がりなりにも死神であるという事実
・最低最悪の性格とそれを成り立たせるだけの知略
だが、この時点のトッキーなんてそれだけだ。霊王宮に保管された件の斬魄刀が使えるわけではないし、完現術者の知り合いがいるわけでもない。
本来であれば妻である歌匡さんと親友を殺した後、数百年の軟禁状態にかけられる。分家末席の扱いなんてその程度だ。
現時点の彼の斬魄刀は艶羅鏡典ではないし、その手が伸ばせる範囲は想定しているよりも広くはない。
しかし、それで油断できるかというと微妙な話。
vsザエルアポロの時にあれだけ精力的に動いていた綱彌代家がここまでずっと沈黙していることを考えるに、艶羅鏡典のための情報収集はしていたはずだから、それを有効活用しない手はないはずだ。
わからないのは、トッキーの発言力か。本家の言いなりとなって動いているあたりは分家末席という感じがするし、艶羅鏡典も与えられていない以上は期待もされていないと思う。
今の彼に艶羅鏡典を手にできる理由が一つも無い。となれば、もう一人いるはずだ。
僕の作り出した「黒腔を開く鬼道」。あるいは大鬼道長たちがこちら用に改造した「
恐らくは、現在の綱彌代家当主。確か名前は、綱彌代時波。この人が、艶羅鏡典の使い手にしてザエルアポロとの取引を行っていた人物。この人もマークしておく必要がある。
地道ながらにも集め続けた証拠群は残念ながらどれも彼に直接繋がるものではないけれど、綱彌代家の悪事としては判定できる範囲内であるため、使用は可能だ。
「なら、告発者をオレ……つまり四楓院家、王途川家、朽木家にすりゃいい。銀嶺は直接の被害を被ったってわけじゃねえが、あの正義漢なら大丈夫だろう。護廷にとって虚と取引してたなんざ言語道断。しかもそれが王途川とオレの腕を千切り、齋藤不老不死の死の原因となったってんなら一瞬さ」
「……事実の書き換えをする気、ですかぁ?」
「ちげーよ。王途川のそれは当然にして、オレの時もおかしなことがあっただろう。確かにオレの腕を千切ったのは滅却師だが、その滅却師は大虚を呼び出していた。いやいや、滅却師の出せる餌に群がってくるのはせいぜいが
「ははぁ、なるほど。虚の供給源。あれが綱彌代の仕業やったていうんなら、その前にまで起きとったあれそれも彼らの仕業である可能性が高い。虚だけでなく残党滅却師ともつるんでたなんてことあったら大問題やに。加えてそれを中断させられて燻っとるご当主様に餌を出すわけですか。まだ諦めとらんやろう綱彌代家を釣りやし、分家と犯罪組織との繋がりを明確にする。破棄されるべき証拠はしっかりと記録される、わけで、当主も分家もとなれば」
大虚といえば黒腔実験の時のやつも思い浮かぶけど、関係性はまだわからない。
取引自体は多分その実験の前から行われていただろうし。即ち、僕が山本総隊長と共に帰ってきたあとには、だ。
だから、やっぱり「
「オレと王途川は直接の被害者だ。んで、齋藤の死も仕組まれていたことだ。こっちは言いがかりでもこじつけでもなく、純然たる事実として。能登川が捕まえてきた奴らが吐いた情報で、どの貴族か、ってのもほとんど割れてるしな」
「ふぅむ。もし志波家が綱彌代家についたら、どうする気じゃ?」
「それはぁ、無いでしょぉ。あの家の気風的にぃ」
「ひひ、わかっとるわかっとる。冗談じゃ。ワシでも無いことがわかる」
志波家。最近ほんとに尾花さんと結ばれることが決まったらしい──つまりあのアドバイスの後本当にアタックして玉砕せずに成功したらしい──ことのわかっているあの家だけど、あれは元から善の塊みたいな家だ。
霊王の生贄を良しとはしなかった者達なれば、トッキーの煽り耐性も恐らく有している。
と……くれば。
「あぁ、だから……囮作戦は、正直アリ、ですねぇ」
「囮? 誰を、どうやって? オマエがやるとか言わねーだろうな」
「言いませんし、僕じゃあ囮の価値が無いです、よ」
歌匡さんに見出された『素養』。それはつまり、霊王の何かしらを身体に宿す可能性、もしくはその子供がそれに近しいものを宿す可能性、だと思うんだよね。
艶羅鏡典を使う才能、という線もあるけど、それが綱彌代家の外にいるとは考え難いし、それを良しとはしないと思うから。その『素養』が綱彌代の人間と交わってどうなるか、という実験だったと思われる。
マツモトォと同じく爪程度か。歌匡。かきょう。火坑かな。煩悩無き人。聖人が如き人間性。
東仙さんは薬師如来がモチーフなんだろうなぁ、と思う。徹底的な現生の苦痛からの解放を謳う、誠実で慈悲深き存在。
余談には近くなるけど……マツモトォとシロちゃんのセット感、あるいはマツモトォと市丸、シロちゃんと雛森ィのセット感を考えると、少し飛躍した考察──「本来彼らはニコイチで霊王の欠片として機能するため、離されると上手く機能しないのでは?」というのが思い浮かぶ。
霊王の爪たるマツモトォは魂魄を削り取られて尚副隊長クラスにまで上り詰めたし、作中で何度も示されていたように発育が良い。その相手である市丸は病的な白さと細さだ。そしてどちらもが目論見や目標を失敗して終わる。
シロちゃんと雛森ィもそうだろう。潤林安に居た頃は二人でいたためにおかしな事件も無く過ごせていたけれど、護廷に入って心が離れてからはどちらも転落ルートを転がっていった。シロちゃんは自力で飛びあがったけど。
彼らはどちらも、片方が驚くべき成長を遂げている、という点で共通しているか。シロちゃんのそれだって、果たして才能だけなのか、って話で。
そしてそのニコイチ感は東仙要と歌匡さんにも言えるのでは、という話。
双方ともに聖人が如き精神性。気高く、決して相手を見捨てない。これを他者が引き離すことで一連の悲劇が起きた。そうは考えられないか、っていう。
本当は綱彌代家は、歌匡さんと東仙さんのどちらもを引き込むべきだったのに、より『素養』のありそうな片方のみを狙ったから、その片方すら失う結果となった。トッキーの性格がこうであろうとこうでなかろうと、だ。
霊王の作り出す「大局」は多分トッキーじゃ動かせないだろうしね。
……尤も、トッキーは恐らく歌匡さんや他の『素養』持ちから抽出した霊王の欠片……腕やらなにやらよりももっと細かい欠片を用い、産絹彦禰の核を作り出したのだろうけど。
つまり、最終的に何が言いたいかというと。
「鹿取さん。……妖刀を手放す覚悟は、できました、か?」
「……そういうことだよね、やっぱり……です」
妖刀「抜雲」。最近バッヂが足りなくなってきたこれこと、『霊王の両足』。ニコイチ論で考えるなら、一人と一振りで対応しているだろう存在。
トッキーではなく綱彌代家を釣るには、これ以上無いほどにもってこいの餌であると言える、と。
「そして……歌匡さん、もう一度彼に向き直ってぇ、その心の雲の全てを散らす自信はぁ、ありますか?」
「……もちろんです」
「私にも協力させてくれ。なんでも、力になる」
さぁて、それじゃあ、少しばかり物語を捻じ曲げようか。
*
七番隊隊長・執行乃武綱。
瀞霊廷内が悪行三昧と魑魅魍魎に包まれて、半ば機能不全状態にまで陥りかけてきたあたりで、彼はその声明を発した。
" 現在、瀞霊廷内に、死神の導きなしに不正に入り込んだ魂魄がある模様。これを『旅禍』と言い改める。旅禍は複数人であることが考えられ、滅却師や虚と結託している可能性が高い。また、現在起きている全ての悪行はこの旅禍らがおかしな情報をばら撒いたり、法外な環で事業を行わんとしているものと見られる。
これを受け、七番隊は瀞霊廷各所に『目安箱』を設置した。
匿名で構わぬ。その目で見聞きした悪行や、明らかに場にそぐわぬ者がいれば、通報を入れるように。
また、旅禍を捕らえた者には報酬を支払おう。
"
*
旅禍。元の言葉の意味としては、外から来る災いすべてを意味する言葉だ。滅却師も旅禍だし、流行り病も旅禍。
だからその、「瀞霊廷を害することを目的とした外部からの侵入者」という概念の浸透は驚くほど早かったし、数日で溢れんばかりの密告が投函された。
この世を憂いての文書だけでなく、他者を蹴落とすためのこじつけややっかみ、また、何者かの手が入ったと見られる内容のものなど様々があった。
さらには、各所で「異国の装いをした女を見た」「斬魄刀かどうかはわからないが、刀を有していた」などの報告も上がる。
そして──「綱彌代家の紋を見た」との告発文も、また。
「ひひひ、いやはや普段の印象というのはこうも大事か。面白きことよ」
「……少し、思うところは、ありますが」
「まぁまぁ、良いじゃないですかぁ。第一段階は成功なんですか、ら」
執行さん、鹿取さん、僕の組み合わせ。
その内執行さんと僕がニヤニヤニコニコとしていて、対面に座る鹿取さんがふてくされている。
理由は彼女の装いにあるだろう。
赤を基調とした、派手な色合いの着物。
死神としての死覇装でも、隊長羽織でもなく……縁日で浮かれる若い女性のような服装。
「いやぁ、鹿取さんのご実家に伺ってぇも晴れ着なんか全然扱ってないものですからぁ、霊圧偽装の外套をもうお着物にしちゃおうと思ってぇ、職人さんのそれとは言いませんけど、ね。邪道を使えばぁ割とどうにかなるというかぁ」
「……製作の一部始終は見ていましたが……鬼道を使っていた、ましたよね、多分」
「はぁい」
邪道クッキングに引き続き、邪道ミッシング……だと普通に因習村の行方不明者だな。
邪道ソーイングか。でお着物を作ってみた。使用したのは縛道の三十・嘴突三閃と縛道の六十一・六杖光牢、縛道の六十二・百歩欄干など。
また、アイロンについては作れるようになったハードに関する技術で自作した。こっちは普通に熱した炭なんかをいれられる容器とまっ平らな底面があればなんだって良いので簡単。
電導でなければミシン機くらい作れはするんだけど、最初のミシン機って確か16世紀後半とかの発明なんで流石に、と思ってやめた。焼きそば……の原形は元から中国にあったものだから良いにしても、あの形式のまぜそばとかフツーに超近年の日本発祥だから今更なんだけどね。
でもなんか、食のそれと生活基盤の発明だと色々……色々あるじゃん?
そこで取り出しましたるは破道の四・白雷と『緩衝霊子』である。
以前使った『鬼併装』の原理で白雷を反復させつつ『緩衝霊子』を練り込んだ糸に当てることで、まるでミシン針の先端のように縫い糸を高速で反復させてくれる現象が再現可能。
上記の縛道で空中に固定した着物をそうして直縫いし、出来上がったのが霊圧遮断着物『晩禅』。本来の用途たる霊圧遮断能力はそのままに、派手な色合いや華美な柄を実現した若い女性に人気のスタイル。和傘や綿帽子、角隠しで顔を隠していても、佇まいで美しさが伝わること必至!
「……体形は、そう隠れていない……はずなのに。先日は、八番隊の隊士にまで……"ソウイウ"思念のもと、声をかけられて……そのまま叩き斬ってしまおうかとも、思った」
「そういうことになるからぁ、思念はもう聞かないようにと念を押したのにぃ」
「だって……」
「こういうの、なんというたか。そう、馬子にも衣裳……」
言うと思ったよ。初見の時点で言わないから「あ、この人もそういう気とか遣えるんだ」とか思ってたら、単純に思い出せなかっただけかーい。
ああほら、また鹿取さんがむっすぅと。
「冗談じゃ、冗談じゃ。拗ねるでない。……それで、接触はあったかや?」
「……ええ、一度。精悍な顔つきの青年から……キミの力になりたい、なんて、言われた。ました。手筈通り、断りました、けど」
「良い良い。旅禍の話が知れ渡り、おぬしを見た町人が目安箱への投函をしようとした時が、狙い目か。"いづれか"の時、それを阻止しにかかれ。ただし速力は抑えよ。さすればおぬしの代わりにおぬしを監視している者が町人を打ち据え、止めてくれよう」
そう、これは綱彌代家お手軽釣りキットである。
既に鹿取さんは「何者かの凶刃により療養中」ということになっている。齋藤さんを彷彿とさせる事件の流れを用意し、ほとんど同じ感じで斃れてもらったため、六番隊・八番隊が今躍起になって犯人を捜している。
また妖刀「抜雲」がその時に奪われた、という話にもなっていて……そこに現れた、華美なお着物を着た怪しい女。しかも帯刀している、とくれば。
あ、だから「ソウイウ」感情を欠片でも抱いてしまった隊士君は、そのこと自体は悪いんだけど、気付けないのは無理もない。だって鹿取さんは今入院中のはずだから、ね。
そうなれば、妖刀「抜雲」が斬魄刀ではないことを……対話や屈服を必要とせず、ある意味で誰でも扱えるものであると考えている綱彌代は、これの奪取に動く。ニコイチ論を考えないから、妖刀だけ奪えばいい、と。
加えて歌匡さんを助けた存在と背格好が一致していることも効いてくるか。トッキーの発言がどれほど汲まれているか、というのはともかくとして、一刻も早く綱彌代家は歌匡さんらを口封じしてしまいたいだろうから、釣りだされていると、罠であるということを考慮した上でも食いついてくる。
「あとはぁ、これを常備してください、ね」
「……また飴ですか?」
「はぁい。ただ普通の飴とは違ってぇ、噛み砕いて初めて真価が発揮されるもの、で」
新しく調薬した『変声の膠飴』なんてシンプルな名前で呼んでいる膠飴だ。
効果も単純。内側にある液体が喉に触れることで、一定時間声が変わる。苦痛を最大限にカットしつつ炎症を起こしているようなもの……つまりほとんど毒なので、多用はさせられないけど、変装中に舐めておいて接触があったら噛み砕く、で簡単に声が変わる。
ちなみに普通に舐めきると効果が発揮されない……つまり口腔内の温度でどんどん無害化されていくお薬である。
「顔はこれで」
「これは……フクロウの面、ですか?」
「『利暁』の使う面の一つぞ。綱彌代に見せようと、何も知らぬ者に見せようと、双方に効果が出よう。既に『利暁』には旅禍に対する窓口を設けさせてある。ここへ、同じく声や面を変えさせた"旅禍らしき者"を何人か送り込み、信憑性を持たせる。……七番隊から選出でも良かったのだがな。四楓院が刑軍を潜入調査の名目で貸してくれるという。顔も自由意志も無き存在であれば、ひひひ、ワシの爪先ほどの良心も痛まぬよ」
「そんなのあるんですか、ほんとに」
「ひひひ、無ければとうに護廷などやめておろう」
顔も自由意志も無き存在、ね。
なんだかシンパシーを覚えるな。
これら三種の海老で鯛を釣りあげ、その身の埃を叩きだそう、という話。
「さて、そろそろ大詰めにも近い。綱彌代を釣り上げ、『旅禍』との騒動の末に妖刀を砕き、新しい時代の礎とする。綱彌代という時代の残りかすを引き摺り下ろし、その翳に覆われていた草木の成長を促し、次なる時代を作るのだ」
歌匡さんからの頼まれ事も忘れてはいない。
彼女にもう一度チャンスを。即ち──綱彌代時灘へもう一度声を届ける機会を作る。
その結果東仙要というパーツが物語から外れることになろうとも、なんら躊躇いなく、だ。
「……ところで、小坊主。この着物……霊圧遮断機能無しのものも作れるのか?」
「へ? ああ、まぁ、布があればぁ?」
「そうか、そうか。……幾つか依頼をしよう。繋がりの断たれる前に、贈っておきたい者がいるゆえな」
「いや、でしたらぁ職人さんに柄図案を渡します、よ。ちゃんとした布で、ちゃんとした技術で作ってもらいましょうねぇ。僕の付け焼刃ではなくぅ」
「ひひひ、今の立場でそれをしたら、その職人を巻き込むことになろう。手に職を持ちて善なるモノを積極的に畜生道へ落としたいとは思わぬ。どうせ腐るワシ個人の金より代を持つ。頼むぞ、小坊主」
なんか……ちょっと意外、だけど。
邪道ソーイングだととんでもない速度で裁縫ができるので、じゃあ、まぁ、受けます、か。
それじゃ、第三幕……最終幕へ、向かうとしよう。