卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
見栄を張るために 地上を這って
意地を張るために 心を食むのだ
僕と総隊長がいなかった二年間があったと思う。
その間、新しい総隊長を決めるとか、臨時の総隊長を立てるとか、色々話があったらしい。誰もその生存を疑ってはいなかったらしいのだけど、流石に二年間はそこそこな長さであったらしく。
名乗りを上げた幾人かは──けれど、それが決まる前に僕らが帰ってきたために、話自体が無かったことにされたそうなのだけ、ど。
無論責任感から臨時総隊長、総隊長代理になろうとした人はいると思う。トップがいないと混乱するから、という理由の代理就任は確かにあったと思うのだけど、やっぱりというべきかなんというべきか、野心でなろうとした人もそれなりにいたらしく。
そういう人にとっての僕の存在ってば、まぁまぁ邪魔者という、か。二年で帰ってきやがって、の対象になるわけですよねぇ、なんて。
「この──大人しく死にやがれ!」
「ふらり、ふらふら。力むばかりの刀じゃ、虚は殺せても人間は殺せませんよぉ」
「文官風情が……!」
いわゆる殺し屋……になるんですかねぇ。ちょっと用事があって、西流魂街二区に五日ほど駐留しないといけないお仕事があって。
一桁台の流魂街はまぁまぁ治安良い方のはず……なんだけど、夜に一人で出歩いてみれば、追剥ではなく明らかに僕の殺害を目的とした者達がわんさかり。
とはいえ死神ですらない人達の攻撃なんて当たるはずがない……けどこれ反撃して万が一その場だけを切り取られでもしたら汚点オブ汚点だなぁとか考えて避けるに徹していると、不意に背後で爆発的な霊力の高まりを感知。
縛道で蜃気楼を作りつつ、音もなくぬめりと移動する。
「点せ──朱娘!」
轟、と炎の柱が先程までいた場所と蜃気楼を呑み込んだ。
「流石です用心棒先生!」
「フン。文官一人殺せないとは、失望しましたよ、こっちは」
「それは、すんません。あいつ、すばしっこくて」
うぅん、恰好と霊圧からして、統学院卒業したて……あるいはまだ学生さんかなぁ。ダメだよぉ闇バイトは、ね。
流魂街の雇われ四人と、その若い死神一人。雇った人はぁ、お金が無かったのか、な?
「……待て。死体は……どこだ」
「え、そりゃ……あれ……」
僕は正義の味方ではないけれど、若者の未来をどうこう、というタイプでもない。
だからサクっと捕縛して終わり……の、つもりだった。
しかし。
「どこに──ギ」
「え……ぎゃああっ!?」
僕が隠れている間に、その下手人たちをバッサバッサと斬ってしまったのが……月光で丁度シルエットになっていてわからないけど、ガリガリな、多分男性。
そいつはそのまま、明らかに練度の高い瞬歩で以て、どこかへ行ってしまった。
う、うーん。やめてよぉ~。これ僕が殺したみたいになるじゃないか……。回道使うの久しぶりだなぁ。
……というのが、出張中の夜にありましたよ、と雀部さんに報告した。
「……そうですか。まずはご無事で何よりです。これからは君の文官仕事にも護衛をつけましょう」
「それはぁ、とってもありがたいかなぁ。あ、でもできるだけ──」
「あまり堅すぎない、規則に厳しすぎない者、ですね?」
「はぁい。ありがとうございまぁす」
もう僕の性格は理解されている。雀部さん優しいから好きだ。
もしこれを山本総隊長に報告していたら、一番隊で最も規律正しい人がつけられていたに違いない。
「考えるべきは二つですね。君を邪魔に思う者……確かに元柳斎殿と滑川君が不在だった二年間で、臨時総隊長に名乗りを上げた者は多くいましたし、その話が無くなったことで不満を漏らす隊士もいます。……しかし、流魂街の人間と死神一人を雇って闇討ち、というのは……些か野蛮がすぎると言いますか、足が付きすぎるように思うのです」
「確かぁに。醜聞がついたら苦しくなる人は、多いですよ、ね」
貴族ならもみ消せる。隊長格でも噂にすぎないと切り捨てられる。
けれど、ただのお金持ちや商人みたいな立場の人は、こんな手段をとれば一発で首打ちまで在り得る。だからこんな手段は取らない……と言えるのだろうか。
考えなしだからこそこういう手段を取ってくるって場合もありけりだと思うんだけど。
「ふむ。……確かに私は、すべての人間が最大効率を取ると考えがちであるやもしれません。……こういうことは隠密機動に任せましょうか」
「隠密機動ってそういう口入屋みたいなことしてくれるんですか、ね?」
「四楓院隊長には渋い顔をされるやもしれませんが、"百年浪人"の命が狙われているとあれば、しっかり動いてくれると思いますよ」
「え。……どうしてですかぁ? 僕、二番隊と関わった覚えがないんですけどぉ」
「おや、そうですか? 少ない霊力で最大の効果を発揮する──滑川君が鬼道衆に居た頃にやっていた鬼道下番の改良の恩恵を受けているのは、間違いなく二番隊隠密機動の彼らです。貫通力を底上げし、音を最小限にした白雷。予め巡らせておいた伏火に対し、無音のままに流れる綴雷電。そこに白伏を載せて流す、という手法。どれもこれも鬼道の苦手な者でも扱いやすく、霊力は限りなく削減されていて、直感的で使いやすい……と、先日の隊首会終わり、元柳斎殿へ四楓院隊長が話していましたよ。礼を言っておいてくれ、とも」
「言われてないですねぇ……。……あぁ、いや? 出張から帰ってきた時、"おぬしのかつての働き。他隊よりも言上があったそうじゃ。黙して受け置くがよい"って言われたんですけど、もしかしてこれって」
「はい。元柳斎殿なりの"よくやった。儂は誇らしいぞ"という意味ですよ」
わかりづらい……。この時代感の言葉には慣れたつもりだけど、もっと現代語で喋ってほしい……。
そして結局それだと二番隊が云々は伝わらないじゃないですかぁ。
……まぁ、雀部さんがニッコニコなので、苦言は呈さずおきますけれど。
「それで……そいつらを斬った人……恐らく死神、ですけれど」
「はい。こちらに関しては、既に他方でも被害が出ています。いわゆる人斬りの類で、被害者数は未だ三人なれど、足取りの一切が掴めていない状況にあります」
「それはぁ……僕が人相書きとかしたらぁ、捗ったりしますかねぇ?」
「可能なのであれば、はい。とても助かるでしょう」
月光でシルエット化していた、というのは確かにそうなんだけど。
やばそう、と思った時点で僕は始解をする。解号無しに。だから初見の人は、僕が始解をしていることに気が付けない。鞘の形も、刀の変形後を受け止められる形になっている。
だから、わかる。
僕は「夜盲」にもならない。暗順応障害も状態異常であれば。
サラサラサラ、と人相書きを書く。鉛筆写生はね、生前……今生は知らないけれど、前世では得意だったから、ね?
そういえば僕の今生は、どういう生だったのかなぁ。流魂街で直接生まれるパターンもあるみたいだからそっちかなぁ。両親とか見たことないもんなぁ。
「こんな感じです、ね」
「……この者は!」
その反応を見て、失策を悟る。
まずい。事件解決に貢献したとか言われるコレ。違う違う、もう要らないのよ功績は。山本総隊長を連れて帰ってきただけで充分なの。七席のお賃金だけで十二分に暮らしていけるしぃ。
「あぁでも、暗かったから、細部は割と適当ですよぉ?」
「ええ、これだけを信用して誰かを捕らえる、ということはしません。それでも……有用な証拠と言えます。彼や彼の周囲の者が、彼自身の不在証明ができない場合に、ようやくです。……滑川君、失礼します。私はこの人相書きを調査室へ届けて参りますので」
「あぁ、うん、はぁい。頑張ってくださぁい」
……違うんですよぉ。功績稼ぎをしたいんじゃないんですよぉ。
だから……どうか全くの別人が捕まっちゃって、誰もがその人の罪を疑わなくて、散々糾弾された後に真犯人が見つかって、その人のことを最初に犯人扱いしたのは誰だ、みたいな流れになって……僕の評判を落としてくれるとか……。
ないですか、ね?
*
無かった。残念ながら。
席次が上がることは無かったけど──恐ろしい場に呼ばれてしまった。
長机の上に並べられた魚介類。山菜の天ぷら。肉。卵。ウニの和え物。カラスミ。鍋。
う、う。
「元柳斎、オマエもっと飲めよなー、こういう時くらいサ!」
「喧しい。儂には儂の飲み方がある」
「おーい長次郎。お前、どれくらい強くなったよ。今度手合わせようぜー」
「よろしいのですか? 是非、お願いしたく存じます」
「ワハハハ! 硬い、硬いのぅ! 飲みの席だ、無礼講じゃ! もう少し適当に生きんかい!」
「そっちの味噌田楽を取ってくださいませ……あ、枝豆も」
飲みの席。宴会。
一応、山本総隊長が帰ってきた記念……であるらしい。
ずらり、と。
十三隊隊長格と……副隊長、そして三席までの死神が、赤ら顔で酒を飲んでいる……その場に、僕。
場違いこの上ない……。
……ちなみに、遠くの席に卯ノ花さんがいる。彼女はこういうどんちゃん騒ぎがあまり好きではないのだろう。静かに、そして「声をかけるな」というオーラを纏ったまま食事をしている。
他の……平時であれば声もかけたくないくらいこわーい顔のお爺さんたちは、酒が入ると陽気になるのか普段がストレスばかりなのか、結構はっちゃけている。少しイメージ変わるかも。
席順的に山本総隊長と雀部さんに一番絡んできているのは二番隊と三番隊の二人。四楓院千日隊長と厳原金勒隊長。厳原さんの方は、見た目神経質そうな眼鏡の人、って感じだけど案外絡みやすいのかな。いや飲みの席だけかも。
「こんにちは。君が今回の事件の功労者の滑川君、かな?」
「あぁ……いぇ、まぁ、はい。そういうことになっています、ね」
「そういうことになっている? ……誰か他に功労者がいて、君は身代わりとして立てられた、ということかい?」
「美津島殿、滑川君は自身の功労の所在を明らかにしたがらないだけです。間違いなく功労者は彼ですよ」
うわぁ、余計なことを……。雀部さん……うわ、あれは「観念して称賛を受け取るように」、という顔だぁ。
……話しかけてきたのは、三番隊副隊長、美津島東麓さん。長身の女性。茶髪。で……髪型が……その、スネオヘアー、なんだよねぇ。だから覚えているというか。それ……もしかして天然だったりするのかなぁ?
「あぁ、あんまり昇進とかしたくない感じかな?」
「そうですねぇ。のんびり……のんべんだらりと生きたいので……」
「ふん、なっとらん。それに、おぬしはおぬしが言うほど無能ではない。一番隊にいる限りは使い倒してやるゆえ、覚悟をしておけ」
「おっと、思ったより酒入ってんじゃん元柳斎。普段はそういうの直接言わないくせによぉ~」
確かに。こうもドストレートに「お前は使える」と言われては……いや悪い気はしないけど、面倒臭いなぁ、とか……。
……っていうか僕も……昇進したくない、ってはっきり言っちゃったけど、この殺し屋集団に対して昇進したくないんです、は……マズかったりする?
「流魂街出身者で出世欲が無いのは珍しいなぁ。でもさ、席次が上になればなるほど使えるお金も増えるよ? 七席って……何環くらい貰ってるんだっけ」
「美津島、不躾がすぎますよそれは」
「おっと、怒られちゃった。確かにちょっと踏み込みすぎたね」
ちなみに七席は……うーん、近代日本で言う歯科医くらいは貰える。勤務医くらい。だからもう十分だということが伝わってほしい。
聞けば三席や副隊長クラスは航空機の機長くらいは貰えるそうだ。隊長は知らない。とんでもないんじゃな、い?
「あんまり戦いたくない感じ? 戦えない文官、とかって噂が流れてたけど、本当だったりする?」
「あぁ、はい、僕は文官ですよぉ。元々鬼道衆ですし……。今もですけど、ね」
「その割には……良い目をしているみたいだけど」
……怖いよぉ。達人クラスはそういう……なんだろう、戦闘者の直感、みたいなものでぇ、隠し事も何もかも見抜いてくるからぁ……恐ろしいよぉ。
しかもこの流れって、もしかしないでも──。
「長次郎がうちに来る時にさ、君も来なよ! なんか襲われたらしいし、護身の剣くらい身に付けなって!」
「あぁ、いやぁ……」
「良い案やもしれませんね。滑川君は前線に出ての斬った張ったには向きませんが、十九席から七席への躍進となれば、おかしなやっかみが来ることも想定されます。それを己で討ち果たし得るのならばそれに越したことはありませんから」
雀部さぁん……なんでさっきからバックスタブを……と思って彼の顔を見たら、頬にちょっと朱が差している。
酔っているぅ……これは酔っているぅぅ!
「なんだ、喧嘩の約束かぁ? ずるいぞ美津島ァ、儂も混ぜろォ!」
「あの、そこの、鯛の煮つけを取って……ああ、ありがとうございます」
「最近は滅却師も減って、身体を動かし足らん! 喧嘩の予約はいつでも歓迎ぞ!」
「ほう? 尾花の、お前様は左腕をざっくり斬られていただろう。もう快癒したのか?」
「ははは、回道様様だ。その腕ならしにも丁度良いかもしれぬな」
「まったくもー、隊長たちったら、すぐに喧嘩の話をさ。飲みの席くらい血の匂いを捨てよーよー」
飲み込まれていく。宴会に。
そんでもって……喧嘩の約束に。
流石に『全力部屋』の話はしない二人。そこはね。たとえ飲みの席でもね。
……二番隊or三番隊に行って手合わせすることは決定した、みたいな感じで話が進んでいく。あのぉ、僕本当に……無理でぇ。
──咄嗟に首を逸らし、避ける。
「ん、どうしたなめろう~」
「……いえ、僕、滑川ですぅ」
誰だ、今……こんな席で刃を抜いたのは。
それで……僕の首を斬り落とそうとしたのは。
「──ご馳走様でした。では、私はこれにて失礼」
凛とした声が響く。
発言者は当然に卯ノ花さん。立ち上がり、目を伏せた状態で、そのまま退室しようとして──激しい悪寒に、思わず始解する。
あっ、察し。爆速理解は転生者の嗜み。
こーれは。
「ハハハ、卯ノ花の角は中々取れぬなぁ」
「全く……元柳斎殿の温情でここにいるというのに、礼儀の一つもまだ覚えぬのか」
「ふん、構わぬ。あれに礼儀など期待しておらぬ。おぬしらも、そのような些事であれに突っかかるような真似はするでないぞ」
「わかっている、わかっている。カァーっ、山本のは飲みの席まで堅物か。長次郎も、焦がれる気持ちはわかるが、ここまでの堅物にはなってくれるでないぞ!」
「いえ、皆さん。元柳斎殿はこう仰っているのです。卯ノ花隊長はあのままで良いですが、どうか仲良くしてあげてくれ、と」
「長次郎、儂はそんなことは言っておらん!」
「ハハハ! 長次郎には筒抜けか! 堅物が形無しだな、山本の!」
仲がいいんだろうなぁ、というのは、伝わった。
えっと、じゃあ、僕帰っても……あ、ダメですよね。はぁい。
*
後日。
二番隊の隊舎で、それが行われることとなった。
始解・卍解無しの、素の剣術勝負。
剣道試合ではなく剣術勝負だ。それを見ている。
戦っているのは雀部さんと美津島さん。美津島は身長が高いのと、女性であることの一切を考慮できないような膂力で……終始雀部を圧倒しているように見える。
雀部さんって始解後はフェンシング系の動きをするからなぁ。素の刀の実力はそんなでもないんじゃ、とか思っちゃうけど。
あ、刀が弾かれて……首に刃を突き付けられた。
「そこまで! 勝者美津島東麓!」
「完敗。これで七度目ですね」
「やっぱり長次郎は超接近戦が苦手だよねぇ。始解の感じからしてわからなくもないけど、それじゃあ弱点がありますって晒しているようなもんだよ」
「オウ、またオレに挑む権利が掴めねえか、長次郎」
「はい、残念ながら」
どうやら……三番隊副隊長な美津島さんを倒したら、二番隊隊長な四楓院さんに挑める、という仕組みらしい。なぁーぜぇー。
二番隊の副隊長さんは今いない。厳原隊長は少し離れたところで座って、目を伏せてお茶を飲んでいる。
そうして。じゃあ、と。
皆の目が……僕を、向く。
「滑川君。安心してください。しっかりと説明いたしますので」
「えぇ……まぁ、はぁい」
「美津島副隊長。滑川君は文官であり、統学院時代を含めて戦闘能力に秀でているとは言えません」
「わかってるよ。護身術を教えるだけだって」
「ですが! 彼の回避技術は相当なものです。昨日発刊された『鬼道の通り道』の著者であり、統学院の基礎訓練項目……瞬歩の亜種に登録された滑歩の開発者ですから」
「ちょ……えぇ、待って、しっかり説明するって──」
「護身の剣を教える、とのことでしたが、まずは彼の戦闘様式を見てからにして戴きたく!」
ひ……酷いよぉ。雀部さんだけは僕の味方だと思っていたのにぃ。
一応……美津島さん、木刀に変えてはくれているけれど、あの膂力が頭蓋に当たろうもんなら陥没しますよぉ普通に。
「ほう。『鬼道の通り道』。読みましたよ。非常に優れた書物でした。霊圧知覚、霊子知覚。強さの限りに辿り着いたと豪語する隊長格にお勧めしたい本でしたから」
「へえ! 厳原隊長がここまでベタ褒めするとか、中々ないよー! 自信持って行こうか、滑川君!」
いやぁあの、自信がないわけでは無くってぇ。
……なんて。
誰に聞いてもらえるわけでもないなら……まぁ、ちょっとは、やりますか。
目指す評価は、「これなら護身の剣は必要ない」且つ「うーん、対虚戦には……使えないかなぁ」のライン。
ひぃ、この人達の性格を知らないから、評価の見定めが難しい、ね。
出る。ゆらゆらと、首が座っていないんじゃないかと思われるような歩き方で。
そして対面する。……卍解は……習得してない感じの霊圧だなぁ。右腕の筋肉量が多い。右利き確定。左足の下腿……ふくらはぎの筋肉量が右脚より多い。つまり左足を軸足に動く戦法を得意としている感じ……かなぁ。知らないけ、ど。
無意識だろうけど、木刀に霊力が通っている。少し読みやすい。僕も木刀を持って、だらんと脱力したところで。
「では──始め!」
踏み込み。右脚からだけど、僕のところに辿り着く時には左足になっている。選択は……いきなりトリッキーに、間合いに入ってからの切り上げ。
だから、バランスを崩したように後ろへ倒れる。倒れるふりをする。
「おお!」
木刀が離され、回転し、逆様になった状態で掴まれる。上膊の収縮。骨の連動。振り下ろしで、狙いは胸の中心。
左の親指を軸にずるりと右回転する。その回転力を用い、木刀の柄で美津島さんの肘に打撃。さらに捩じった蹴り上げで同じ箇所に蹴撃。二発入れたので充分と判断し、バク転を含むバックステップで距離を取る。
「……おおおお!!」
美津島さんは……なんか、目を輝かせて……凄く楽しそう。
あの……もしかしてなんですけどぉ、「戦いは絶望に満ち陰惨なものでなくてはならず、それゆえ人は戦いを恐れ避ける道を選択する」は……市丸ファンクラブの時だけじゃなかったりしますかぁ?
鳳橋さんの時は明るい感じになってたから、それが元々の隊風だと思ってたけど……市丸ファンクラブが陰惨すぎただけで、こういう「戦いを恐れ避ける道」の体現みたいな技術は。
「良いな、君! その歩法と格闘術は、独学か? たった二発入れられただけで、腕に甘い痺れがある。隠密機動の技術って感じもしないし……凄い、何がどう戦いが苦手なのか教えてほしいくらい──戦いなれているじゃないか!」
「いやぁ、虚とは……全然戦ってませんから、ね?」
「だが、統学院で対人戦をし続けた、というわけでもないんだろう? つまり、流魂街の頃に身に付けた技術、ということか!? 君、流魂街のどこ出身なんだ?」
「あぁ……北25区ですぅ」
「ふむ、そこまで治安は悪くなさそうだが……面白い! 面白いよ、滑川君!」
それはどーも。
けどあの、なんかヒートアップしてるっていうか、あ、この人戦いの最中にテンション上がると同時に強くなっていくタイプだぁ。
──砂利を踏む音。
首を傾け、それを避ける。
「ははっ、これも避けるか! さっきの倍以上の速度なのに!」
「えぇ……まぁ、詳しくは『鬼道の通り道』の巻末付録をどうぞぉ」
「こんな時に宣伝!? 面白いやつだな君!!」
実際、ちょっと……っていうか結構売れてて思ったよりお金が入ってきて嬉しかったりする。
お給料は……使い道をちゃんと計上しないといけないからさ……。
さらに踏み込み。雀部さんとの戦いから思ってたけど、この人超インファイターだなぁ。もしかして始解はコンバットナイフとかメリケンサックとかそっち系だったりするぅ?
だと仮定するのなら、例えば、ね?
「こういうことをぉ、してみた、り」
軸足、臑の上あたり。膝と臑を結ぶ中間──足という一本木の支点。
そこを、膝カックンの要領で押し上げれば。
「どわっ──っとぉ!」
……普通は転ぶんだけどねぇ。そのまま空中前転して着地とか、体操選手か何かぁ?
「……良い。凄く、良い。総隊長と長次郎が褒めるわけだ。回避の技術……斬拳走鬼の中じゃ何かと軽視されがちな技術だけど、"より多くの敵を斬るためには、如何に怪我をしないかが大事である"って理念とも重なるし」
「当たり前のことを言っているような、とんでもないことを言っているようなぁ」
「君との斬り合いは、学びがある。隊長、私、始解良いですか!」
何を仰っている?
し、死ぬよ? 僕死ぬよ?
「ふむ。まぁ、良いでしょう」
「えぇ……」
「滑川君、ご安心を。美津島副隊長の始解は、刀の形状が変わるだけです。美津島副隊長、アレの使用は、三つまででお願いします。それ以上は危険だと思われますので」
「良いね、いきなり三つからか! 随分高く買われているけれど、納得の回避技術だ!」
いや、あの。
……じゃあ僕も、こっそり始解しますよ?
「
言霊から音響系と判断。雀部さんはこういう時に嘘を言わないので、刀の形が変わるだけ、というのを信じる。
その上でナゲナワグモ。つまり──。
「──君が読んでいた通り、私の得物は短剣だよ。そして、この短い刃は」
刃先がこちらへ向けられる。
──嘘吐き!!
「避けたか! そう、射出できる。射出したまま操れる。今回は、三つまで」
神槍と千本桜の複合劣化版ね! 爆速理解は転生者の嗜み!
ただし基本的に初代が一番強かったって言われている鰤世界だ。能力がそれでも、使い手が超強の場合もあるから、頻繁に、ね?
射出。恐らくファンネルみたいになっている切っ先を元に戻して再射出くらいはやってきそうなので、刀の直線上に逸れる避け方をやめて、指軸を用いた回転運動で美津島さんの攻撃を避ける。
カチャカチャという音から察するに、二本戻したな。もう一本は追撃に僕へと向かってきているけれど、草履の底で浮いている刀身の腹を蹴れば……ってぇ、重っ!? うわこれ足場にまでなる奴だぁ! 弾く択無し!
避ける。避ける避ける。木刀から真剣になったから、まぁ、当たれば即死くらいの想定で行こう。
泥臭くて良い。みっともなくて良い。
戦意は見せない。害意も見せない。殺意さえ作らない。
僕の剣に。あるいは体捌きに、あなたを斬る、という感情の一切が無い。僕は逃げる。僕は避ける。僕はあなたを、傷つけない。
ただ。
あなたは僕に、触れることさえ、能わない。
「すごい、初めてだ! 一太刀も与えられないなんて……心から嬉しい!!」
「まぁ、美津島副隊長はぁ、どうにも複数の同時操作をそこまで得意としていない印象を受けますねぇ」
「へえ! 聞かせて、もっと!」
聞かせてほしいなら剣速を緩めるとかさぁ。
「この始解のメリットはぁ、複数人になれることと、一時的にでも刀身を伸ばせること、ですよねぇ。けれど例えばぁ、今僕が避けた斬撃。美津島副隊長が斬魄刀を振るったのと全く同じ瞬間に、二本目と三本目が挟撃してきましたぁ。まぁ、退路を塞ぐという点では正しいですけどぉ、呼吸が一緒だから避けやすいんですよねぇ。美津島副隊長はそれがわかっていて四本目を常に自身の死角、あるいは攻撃の隙を埋める場所に配置・射出してますけどぉ、仮想、後ろに目があり、腕のある人、とでもすればぁ、一個人に纏められるんですよ、ね」
ちなみにこれは雀部さんにも言える。
あるいは未来のイッチーにも。霊圧による分身……は、結構だけど、攻めるタイミングが一個人すぎる。
千本桜もそうだし、灰猫もそうかな。
そうでないのは、恐らく始解ではない三歩剣獣と、髑髏樹と……つまり、本当に本人ではないものの場合。
でもそれじゃあ、勿体ない。折角遠隔で操れるものがあって、それ一つ一つに殺傷能力があるのなら──呼吸をずらすのが大事だ、よ。
「君は、その指南までできる、というのかい!」
「いえぇ、僕にそんな教養も力もありませんよぉ。──だけど」
初めて、木刀による構えを取る。息を吸い、踏み込みと同時に突きを放つ。
それは正しく、雀部さんの攻撃。
とはいえ膂力が伴わず、握力も伴わず、速度においても遥かに劣れば、当然のように弾かれ──。
「──王手」
美津島さんの右腕に足を絡め、斬魄刀を落させ。
弾かれる前提で離した手で美津島さんの襟元を掴み、その後頭部……脊椎に対して肘打ちをする……寸前で、止める。
本当にやったら鞭打ちになっちゃうからねぇ。
「……今、
「いえぇ。……これが、呼吸をずらす、ってことですねぇ、はぁい」
インパクトの瞬間も、技をかけるタイミングも。
一人が意識的にズラしているのではなく、二人が合わせようとして失敗した、みたいな。
なんでもそうだ。達人同士の戦い。プロのスポーツ。
本気でやった失敗は相手の意表を突くし、カバーが必要になる。
それを意図的に起こす。長次郎さんの猿真似をして、上半身は完全に彼になり切って、下半身は僕のままに動く。
僕はそういう、遠くのものを操る技は、使えないけれど。
四肢という、五体という、自在に動くものを、こんなにも持っていますから、ね。
「……降参だ。参ったよ、"百年浪人"」
「……」
美津島さんを自由にして。
……ぞ、っとする。
あ、あの僕。いえ、違うんです。僕はその、どういう負け方が一番痛くないかなぁ、とか考えてて、それがその、結局勝てば、痛くないんじゃないかなぁ、とか、あのその、頭に血が上っていたと言いますか。違くて、あのホント。
「滑川君!」
「は……ハイ」
振り返れば。
凛々しい顔で……涙を流している雀部さんが。
「感涙です。──必ず、元柳斎殿に報告しましょう!」
いやあの、その。
「おもしれー体術を使うじゃんか。そんで、美津島を下したんだ。ハハッ、なーにが戦いが苦手、だ。オレもちぃっとばかし期待しちまうぞ?」
いえあの。あ、じゃあ、隠密機動のなら、痛みもなく意識を刈り取ってくれる感じですよね。それに期待して動きませんはぁい。
「行くぜ。一太刀目は本気で殺す気で行く。避けられなかったらそれまでだ。たかが木刀つっても、首がぽっきり行っちまうかもなぁ」
はははご冗談を。回道あっても死にますよそれ。うわぁ隊士殺し! 実はこの人が人斬りって言われても信じる──ちょ、本気でやばいそれ!?
全力で回避する。
瞬歩を用いた、首のど真ん中を狙った突き。瞬歩……序立の時点で嫌な予感はしていたけど、抜脚から先が見えなかった。
今避けることができたのは、霊子の通り道の察知だ。刀も、躯も……視認はできていない。
木刀を突き出した姿勢の四楓院隊長。その顔が、下にいる僕を見て……にぃ、と、凄惨な笑みを形作る。
い。
いやぁ~……ははは。
えーと、始解を解除して。
さようなゴッ──。
*
起きたら四番隊の隊舎にいた。
起きたんですか、良かったぁ、と言われ。頭部以外の深刻な挫傷だったので、と言われ。治しておきました、と。治療費どっひゃあ環です、と。
ど、どっひゃぁ~。
四番隊の隊舎を出ると……そこには、雀部さんが。
「頑張りましたね、滑川君」
「もう勘弁ですぅ……」
「ははは、そうですね。文官を三番隊の副隊長、二番隊の隊長とぶつけている、というのは醜聞に入りますし、君が望まないのならば、以降こういうことは少なくしましょう」
「それはぁ、お願いします、ね」
「とはいえ、良い機会でもあったのです。こうすることで、少なくとも単なる文官ではなく、副隊長クラスと長時間やり合うことのできる隊士であると示す。これだけで、おかしなやっかみや刺客が差し向けられること、というのは激減します。結局ああいう手合いは、自身の認めていない者が、自身より上の地位、あるいは邪魔立てをする場所にいるのが気に入らない、という思いから発生するものですから」
「……あの、宴会の席から……そんなことを思いついていた、と?」
「すべて仕組んでいた、などとは言いませんが、君がお酒を飲むとき毎回のように始解をしていたのを見て、相当気を張ってしまっているな、と思ったのです。酩酊状態で出歩き、刺客を差し向けられて、という状況を恐れたのでしょう?」
「えぇ……まぁ、はい」
いえ、単純にお酒があんまり好きじゃないだけです。
……この時代は飲みニケーションが当たり前だから、せめて酩酊しないように始解で状態異常を無効化しているだけなんです。こっそり始解で霊圧の変化が起きないように、というのは常日頃から気を付けているので、ね。
でも、成程。あんな無礼講の席でまで……気を張り詰めている、というように見えたから、四楓院さんの言葉に乗っかって、僕の実力を広くへ示す手段を。
優しい、ような。
余計なお世話、なような。
……いや、これは優しい寄りだろう。
「ありがとうございまぁす」
「ふふ、いえ。余計なお世話になっていないと良いのですが」
う。……言わないよぉ、流石に。普段からお世話になっているし、ね?
「しかし……美津島副隊長は再戦を希望すると言っていましたよ」
「嫌ですぅ。本気で嫌ですぅ~」
「ははは、ええ、そう伝えておきます。……それと、確か……呼吸をずらす、でしたか。あれについて、今度詳しく教えていただけませんか? 私の雷を全て避けていたのも同じ原理でしょう?」
「ああ……まぁ、それくらいはぁ。……少しだけ、本音を言いますねぇ?」
「はい? ええ、どうぞ」
別に、隊長や副隊長になる、というわけでもないのだから……スパーくらい付き合ってやればいいじゃないか、と。
そういう意見もわかるけれど。
僕は、まぁ、思われているより、脆い人間なので。
「あの人たちはぁ……死地へ赴いてぇ、そのまま、死んでしまいそうで。僕はまぁ、悲しむの、大嫌いなんでぇ。……だから、仲良くしたくないと……それだけなんですよねぇ」
原作において。
初代隊長格は、山本総隊長と卯ノ花さんを除き、全員死亡している。
折角霊体になって。
折角死後の世界で。
折角──自由になれる、力があって。
それでも、離別に依る悲哀から逃れられない、なんて。
それは多分、人間として必要なことなんだろうけど。
それについては、今の僕は、欲しくないかなって。
「隊長格を軽視しているわけじゃあ、ないです、よ? でも……戦いの中で死にたがって、死に違うことを良しとしていないあの人達はぁ、多分、穏当に長く生きることを、本心から望んでいない。刹那的に、熱のように。落ちる寸前の、線香花火のように」
一際眩しく煌めいて、その一瞬を楽しんだ後ならば──死すらも、悦楽と。
背負っている人間関係も。伝えることのできなかった言葉も。自らを慕う隊士も、自らが憧れる剣士も。
全て──彼らを引き留める要素には、なり得ない。
桐一葉。すとんと落ちる桐の葉に、空中で留まれ、だなんて。
誰が言えるものだろう。
「死神にとって、斬魄刀戦闘というのは会話でしょう。嫌でも……記憶に残るんです、よ。喜々とした顔が。鬼気溢れる笑顔が。……一度会話をした人が、死んでしまうのは、悲しいので。だから僕は……死神ではなく、鬼道衆なんでしょうねぇ」
「……本来ならばここで、彼らは強いから大丈夫ですと、そう言葉をかけるべきなのですが。……その危うさについては、私も感じていました。元柳斎殿と彼らの生き様は、少しだけ違う。元柳斎殿が瀞霊廷を守るためであればどのようなものでも使う、という心持ちであるのに対し、彼らは……瀞霊廷を護るためであればその身くらい易々と礎にする、というような気概がある。それは元柳斎殿への信頼であると同時、瀞霊廷を護ることよりも戦闘に重きを置いている表れでもあります。……私も、元柳斎殿も、それについては、各隊長格に向けて発しているのですが……恐らく彼らの心が変わることは、無いのでしょう」
ですから、と。
雀部さんは、少し言葉を……息を飲んで、その上で嗣ぐ。
「私がこういう言い回しをした、ということは秘密ですよ。……どうか、彼らと遊んであげてください」
「……」
「言うなれば、彼らは死期を悟った幼子です。いつか……元柳斎殿よりも先に、散ってしまうと……医師に告げられたか、自ら悟ったか。ともかくそういう意思を持ち、それを受け入れた少年少女。……仲良くならずとも良いです。踏み込まずとも構いません。ですからどうか、彼らには、やりたいことをさせてあげてほしいのです」
ともすれば、暴言だ。完全に目上の存在達に向けて、遊んであげて、など。
けれど……言いたいことは、まぁ、伝わったかなぁ。
「じゃれつく猫を、狗尾草で揶揄う……その程度でいいのであればか、な」
「ええ、問題ありません。……再三言いますが、私が言った、ということは──」
「──だーれが余命末期の猫だ。顔引っ掻いてやろうか」
──……おお、何かが近付いてきていることはわかっていたけれど、一切反応できなかったな。
これが、本来か。
二番隊隊長……四楓院千日。
「ちとやりすぎたと思って様子を見に来たら、なんとも青臭いことを話してまぁ。長次郎、オレたちのことをそう思ッとったんか」
「い、いえ、その」
「ハハハ、正解正解! 余命幾許かのガキ共。それがオレたちで合っている。……滑川。体のどこにも、痛みはないか?」
「えぇ、四番隊のおかげでぇ」
「それは重畳。この先、何人かの悪ガキ共……余命幾許とない悪ガキが押し寄せるやもしれんが、適当にあしらってくれたらいい。オマエのような
「ご冗談をぉ。皆さん僕より年上ですよ、ね?」
「ハハハ、生まれ出でてから幾年か、という話じゃない。精神性の話よ。我慾を封じ、出世慾を閉ざし、そして──何か、もっと強大なものをあっと言わせるために、全てを押し殺し。ハハハハ! 副隊長が始解したにもかかわらず、解放しない七席がどこにいる。逸材、逸材よなぁ、ってさ」
た……確かに。
嘘の能力でもいいから解放しておくべきだった……。
とか考えていたら、ずい、と四楓院隊長が近くにくる。襟首も掴まれて──耳元で、ささやくように。恐らく雀部さんには、聞こえないように。
「本、厳原に借りてチラッと読んだが……オマエ、話し方も字も独特だよな。──なぁ、
「……あはは、そんな、まさか」
「恐らくは戦闘法も、重心の置き方も、背骨の使い方や刀の握り方さえも。長次郎にも、元柳斎にさえ悟られてはならない何かを想定し、全てを欺いている……そう感じたぞ」
「考えすぎですよぉ。刀の握りを変えているのは、ずっと握っていると痺れてくるから、です、し」
勝手に作ってくれるなら、それでいい。僕の実像という名の虚像。好きに分析してくれたらいい。
僕は煙ですよぉ。掴んだ頃には、形が違う。顔は無いし、表情は見えるかもだけど、瞬きのすぐあとには変わっている。
正しく野箆坊。僕はこの斬魄刀を愛しています、よ。
「ちぇっ! 想像以上の傾奇者だ。元柳斎め、運の良いやつ。こんなの鬼道衆にいたら絶対見つけられていなかったぞ。……オレも鬼道衆から適当なのを拾って隊に配置してみよォかなぁ~」
やめてあげてください。その人死んでしまいますよ二番隊なんて行ったら。
あ、でも昇進にはなるのか。お金に困っている人多かったし、そういう意味では。
「ま、いいや。またな、長次郎、滑川……ン、お前、下の名は?」
「平良と言いますぅ」
「おう、平良! またな、次は最初からオレとやって、疲れていない内にオレにも助言をくれ。美津島の奴、まだまだ先がある、って超意欲的になってたからな。楽しみだ!」
いえ、隊長格にできるアドバイスなんてそのぉ。
あ……行ってしまわれた。
「嵐のような人です、ね?」
「ええ。幼少の頃の彼に付けられていたあだ名は、小猿嵐でした。小猿のように身軽で、嵐のように周囲をめちゃくちゃにする。……凡そ四楓院家のご子息につけられるあだ名とは思えぬほどのそれは、大抵の貴族が溜め息と共に吐き出す名前でもあり、一部の……護廷十三隊設立当初からいた死神にとっての憧れにもなります」
あー。……高い壺とか花瓶とか壊されてそう。
「死なれると悲しいから、仲良くなりたくない、でしたか。……しかし、強制的に仲良くなってしまいましたね」
「うぅ……」
「残念ですが、彼が死した時には、しっかりと悲しんであげてください。その苦しみは、生きるために必要なものですから」
「はぁい。……観念します、ね」
まったく。
これだから距離感の近い人は困る。
……できるだけ、長生きしてください、ね?