卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
この世の終わりの一瞬は せめて騒がしいものであってほしい
この命の終わりの一瞬は せめて静かなものであってほしい
現世の暦にて、1391年。
二つは、ほぼ同時に。
「万象一切灰燼と為せ──流刃若火!!」
「卍解──
業火が広がるその眼前に現れるは、三つの頭に一つの目を持つ、怪物としか言えない馬。胴の両脇には回転する円盤を備えていて、おどろおどろしい何かを絶えず発している。
「……生物型と呼ばれる斬魄刀。その中で、最も巨大にして最も人道からかけ離れた姿の卍解。斬魄刀、
「ひひひ、なんだ山本。ワシの卍解程度、始解で抑えつけられるとも言いたげじゃなぁ?」
「ふん、その挑発には乗らぬ。……付き合いだけで言えば、逆骨の大翁に次いで、長くなったものじゃが──すべて踏みしめ、ゆくぞ、執行。化生とはいえ生物の姿であることを後悔せよ。──塵も残さん」
「良い、良い、潰し合おう──最初で最後の怪物退治ぞ!」
大破壊が、行われる──。
*
1387年。
齋藤さんの死から……早、五十年が過ぎた。
ジャネーの法則、って言ったっけな。人生が長くなれば長くなるほど、その中の一瞬一瞬の時間を短く感じる現象。まさにそんな感じ。
光陰矢の如し。未だ悪逆の尽きぬ瀞霊廷である。
執行さん曰く、五十年ほどは続け、その後潔く散る。残党は追いやすいよう資料を纏めておく、とのことで。
既に犯罪組織『利暁』についてはその名前と末端の構成員が割れ出していて、大詰めまでいくのにあと少し。
とはいえそればかりをしていられないのも死神だ。渦巻く権謀術数とは別に、虚は討伐しなきゃいけない。滅却師は大分見なくなったけどね。
京楽さん浮竹さんはメキメキと力をつけているし、もう一人……十一番隊の刳屋敷さんもかなり強い。五代目、六代目の剣八は、剣八でありながら『利暁』に与している二人なので、時代の終わりを告げると共に彼が七代目になる日も近いんじゃないかって思ってる。五代目は今や幹部だしね。
逆にトッキーは姿を消した。護廷からも離れているらしく、見当たらない。……加えて、もう一つ。
いつの間にか、京楽さんの髪結いが……簪が、……三本に増えていた。
その意味するところはわかる。……残念だけど、流石に貴族の内々の処刑、なんてものにまでは手が出せない。それがトッキーの口添えによるものであるとわかっていても、貴族社会は護廷とは全く別の世界だ。京楽家。伊勢家。そのどちらもには、たとえ四楓院さんや王途川さんでさえ干渉し得ないだろう。
だから、花天は花天狂骨になっていた。……その具象化は、果たして、とか。……思っちゃうけど。
霊圧からして卍解には辿り着いていないっぽいから、それも要チェックかなー。
そんな折、である。
既に魂魄がいなくなっている……地獄の機能として送られたことは理解しているけれど、ふと思い立って、納戚堂に来た。
誰もいないそこ。……かと、思いきや。
「おやぁ? 朽木さんと、能登川さんでしたかぁ」
「おや……滑川さん。しばらくぶりですね」
「滑川七席か。……
もうすっかり大人な朽木さんと、既に退職済みの能登川さん。
お墓参りはね、現行死神かどうかはあんまり関係ないから。これが貴族のものだとちょっと変わるんだけど……ここはそういう場所でもないし。
「いやぁ、言うて朽木さん八十歳とかそこらですよねぇ? ちょっと……」
「老けすぎ、ですよね」
「いやぁ、僕は七席なんでぇ、なんともぉ」
「答えではないか。……まったく」
能登川さんにはジョークの師匠として卯ノ花さんを預けていたんだけど、十年か二十年そこらできっぱり「あ、では私、充分稼いだので辞めますねー」と退職。斬魄刀を返還し、奥さんとお子さんと、悪意の届かない場所でのんびり過ごしているらしい。
「…… 齋藤隊長のお参り、ですか?」
「はぁい。五十回忌……なんて無いですけどぉ。まぁ、節目、ですから、ね」
前と同じお焼香を置く。
手を合わせて思うのは……「あ、焼きそばのレシピとか書いておきましょうかぁ?」でいいかな。
「私達も偲び終わったところなのですが、どうでしょうか。このあと少し、話しませんか?」
「能登川、滑川七席にも用事があろう」
「いえいえぇ、朽木さんほど多忙ではないですしぃ、大丈夫です、よ」
また……次は百回忌、その次は二百回忌とかに来ますよ。あなたなら……「どうせそんなところにはいないんだから、地獄にでも焼きそばをデリバリーしな」くらいは言ってきそうですけど。
罪人の鎖でも焼いててくださいな。
ちゃんと、忘れませんから、ね。
さて、三人で並んで帰る。
この中だと朽木さんが一番老けて見えるのは霊力の為せる妙だろう。スーパー糸目冗句マンだけいつも変わらない位置にいるのがズルい。
「ああそうだ、滑川さん。初代副隊長の会、というものが発足していまして。王途川隊長の奥さん、覚えておいでですか?」
「寄居さん、でしたっけぇ? いやもう王途川さんだから、智さんとお呼びするべきかもですけ、ど」
「はい、その方が会長でして」
女性死神協会とかそういうのはまだ無いんだけど、こういうちっちゃな会はできつつあるらしい。中にはナニソレみたいな……大学サークルみたいなのもあるから面白い。
初代副隊長の会か。……現役の副隊長さんたちも入会しているのかな。あ、副鬼道長が言ってた「引退した時の天下り先はちまっこい集会の幹部」みたいな話、これか。流石に気になって『利暁』のそういうポジションに副鬼道長の席が無いか確認しちゃったけど、もう、紛らわしいなぁ。
……そういう、取り留めのない近況報告を聞く。朽木さんは基本黙って聞いているけど、興味が無いわけではないらしい。
貴族社会でかりんとうが大ブームだとか、初期に出してた超すっぱい膠飴が逆に好まれているとか、最近見かけるようになった羊羹というお菓子が美味しいとか、同じく最近見かけるようになった点心が美味しいとか。
そう、現世で中国や南蛮からの伝来があったのと、茶の湯の普及のおかげで、お菓子類がかなり充実し始めているんだよね。鹿取さんが喜んでいた。
僕も金平糖を作って『噛む舐溶飴』で売り出しているし──本末転倒──砂糖がかなり安くなったのはありがたい。
また、僕が勝手に醤油と呼んでいたもの……
さらに麺類も豊富になった。諸事情という名の大鬼道長によって中華麺──瀞霊廷においては瀞霊麺などと呼ばれているが──が先に登場しているんだけど、それでも明らかにレパートリーが増えたなって感じがする。
「近況報告と言えば……尾花隊長により熱烈な希望の為されていた"寿脱隊"が、先日認可されたようだな」
「え、それ本当ですか? だったら私も申請し直そうかなぁ」
「わぁ……じゃあ、さらに人員の入れ替わりが激しくなりそうですねぇ」
「うむ。現に尾花隊長はもう申請を通したという。次の五番隊隊長が誰になるかはわからぬが、目出度いことだ」
意外だ。そういうの四十六室は絶対に通さないと思っていたけれど。
誰か……四十六室の中でも結婚して脱退したい人がいた、とかかな。なんにせよ、良いニュースには聞こえる。……悪用されないことを祈るばかりだけど。
「となると、王途川さんも、もしかしてぇ?」
「否、王途川殿は休隊扱いを続けるそうだ。とはいえ隊長がいつまでも代理ではな、という声もあるから、どうなるかはわからぬが……」
「銀嶺、あなたはどうなんですか?」
「……人前で呼び捨てにするなと何度言ったら。……私も、そろそろ時期であろうな。しかし、私の生活には女性というものがまるで……」
「私がお見合いの場を設けてあげましょうか?」
「要らぬ。兄の息のかかった者など、どのような胸の裡を抱えているか知れたものではない」
能登川さんの為せる技なんだろうけど、本当に仲が良いね。
……びゃっくんとレンジ君の組み合わせは好きだけど、レンジ君がもっとがつがついけたら……とかも、思ってしまうなぁ、とか。
「滑川七席は、無いんですか?」
「無いですねぇ。まぁ強いて言うなら鬼道が恋人ですか、ね」
「おっと──有無を言わさぬ即答。これにはこの能登川真も即時撤退しましょう」
「はぁ……。すまぬな、滑川七席。こういうやつなのだ」
「ええ、知っています、よ」
責任ある立場を退いてノンデリ度が増した。そういうことだろう。
けど、この人のノンデリはちゃんと空気を読んだノンデリ芸だからなぁ。特段不快にもならない。
「能登川さんのお子さんはぁ、死神にぃ?」
「いえ、妻の実家が商家ですからね。そっちを継ぎたいと言っていて」
「能登川さんの奥さん、どのような方なんでしょうかぁ」
「此奴には勿体ないほどに美しい方だ。しっかり者で気が利いて、気品ある佇まいの女性だった」
「つまり、お似合い、と」
「……まぁ、そうだな」
素直じゃないけど、びゃっくんよりは素直だね。
「時に滑川七席は──む」
何かを言いかけた朽木さん。
しかし、その言葉は続かなかった。
悲鳴と……おかしな気配の霊圧。
「能登川、避難しておけ。──滑川七席、しばしのお供を願いたい。どうだろうか」
「もちろんですよぉ。僕も護廷の一員ですか、ら」
では、と。瞬歩にて向かった先に──ソレはいた。
一つ目。幾重にも重なった肉のような、蛇腹の胴体。その体表には苔が繁茂している。
「なんだ……アレは」
「虚の霊圧じゃ、ないですねぇ」
ただその……なんだ。
あの目。「☉」こういう目に涎の出る口が、もう……なんか、どこの実験生物かが一瞬で割れたというか。爆速理解は以下省略。
「ちょっと試します、ね」
「うむ、頼む」
「では──破道の十七・冰創、破道の十八・焦傷、破道の十九・雷疵、破道の二十・斬瑕。簡易重奏-検証第二番」
元素としての役割を有する破道と斬撃の効果を持つ破道を重奏にして放出する。
相変わらず威力はないけど、これはもっと無い。これの用途は唯一つ。
「む、凍ったな」
「はぁい」
どの元素が有効か、どのダメージが有効かを先に調べる。そのための鬼道だ。
「
朽木さんの始解と共に生い茂るは蔦。棘が、とかではなく蔦自体が刃である。
瀞霊廷の地面を割って生えてきたそれが実験生物の身体を縛り上げた……が。実験生物はその身体の苔を真っ赤に染めながら、蔦をぶちぶちと千切っていく。千切れても問題ないらしい。本体は多分地中にあるんだろう。
しかし、それはあくまで足止め。時間稼ぎに過ぎない。
「忘恩の徒よ。血を分けた者・愛おしき故国・敬意持つべき友・恩義ある主人。央にして深き三つ頭の大王が汝らを噛み砕かん──破道の五十五・
厳かな声と共に放たれるは、全てを凍てつかせる冷気。
その風に触れた瞬間実験生物の体は凍り付き始め、何事かと気を向けた頃には氷の彫像となっている。
シロちゃんの出番を奪いかねないからかあんまり出てこなかった氷雪系鬼道だけど、ちゃんとこういうのもあります、と。
「ふう。……しかし、本当にこれは、いったい……」
「あぁ、まだ油断しないでくださいねぇ、朽木隊長。魄動、消えてないですよ、あれぇ」
「む。……真のようだ。申し訳ない、そして、ありがたい」
「こういう補助をするのが僕の役目、ですから、ね」
そして……言い終わらぬうちに、氷は暴かれる。
いくらか凍傷的ダメージは負っているようだけど、健在。
踏み潰された建物も多い。犠牲者はいないようだけど、そういうの直すの鬼道衆なの知ってるかなぁ。
「うっわぁ……滑川君、なにあれ。お買い物の途中だったんだけど……って、朽木隊長!?」
「む……三番隊の、美津島副隊長か。非番であれば、
「確かに非番ですけど、放ってはおけませんよ。それに──」
自前の買い物袋両手に現れた美津島さん。彼女は僕の周囲にそれらを置いて、斬魄刀を手に──獰猛な笑みを浮かべる。
「こんなデカブツ、久しく相手して無いんで、ちょっと上がっちゃうかなぁ、なんて!」
……ちなみに余談だけど、美津島さんは普段は女性、戦闘時だけ男性的な意識に切り替わるらしい。
性差で何かが、ってほど大きな切り替えではないんだけど、要するに戦闘時だけオラオラのバリバリ系になる、と。普段はどっちかというと元気っ子、って感じなんだけどね。
「よいよいよいよい! ア、通報があって来てみればァ、朽木隊長に美津島副隊長、滑川七席たァどういう組み合わせだ!」
「おお、来たか、九番隊」
「へいやぁ、九番隊は、ア、副隊長が作木耕太郎! 遅ればせながら、ア、参上いたしやした! そら、てめぇらおめぇら、呆けてねえで避難勧告をしろぃ!」
「はっ!」
歌舞伎……でもないんだけど、そういう喋り方のこの人は九番隊副隊長の作木耕太郎さん。久面井さんのところの副隊長ね。
「ただぁ、どうでしょう、これはぃね。九番隊は、ア、確かに瀞霊廷内外の警備を、ア、仰せつかっちゃおりますが。ァあィう怪物退治は別の隊の仕事のよォな」
「そんなところに俺登場! ふっふっふ、いやぁ、今の俺は機嫌が良いぜぇ、なんてったって四十六室に! 寿脱隊が!! 通ったんだからな!!!」
なんて言いながら登場したのは尾花隊長。おーおー。みんな来るじゃん。
「おぉさおぉさの尾花隊長! そんじゃあ、ア、九番隊は避難指示と人命救助に徹しまさぁ! 怪物退治といえば五番隊! 五番隊といえば大親方尾花弾児郎! 奥方もそりゃァ美しい娘さんだそぅで! ヒュウ、羨ましい、羨ましいぜ尾花弾児郎!」
「いやぁホント、お前はいつもいつも欲しい言葉をくれるじゃねえか作木! よし来た、そんじゃあ──
熱波の斬撃。それが実験生物の肌を焼き……焦がさない。
まるでそこにも口があると言わんばかりに、霊圧で出来た熱波の斬撃を呑み込み、げふぅ、なんて音まで出して……実験生物は、僕らを見た。
その、口から。
──今しがた取り込んだ熱波を、ビームみたいにして放出したではないか。
「縛道ぉの八十一・断空ぅ」
「縛道の八十一・断空」
僕が熱波と光を、朽木さんが威力をそれぞれ削ぐ。
「お……おお。や、やるな銀坊」
「ですからもう坊主などという歳ではないと……。……それと、先んじて検証しましたが、あれなる生物に有効なものは氷雪系だけです」
「なぁにぃ? いいや! そりゃあ火力が足りねえからさ! なぁ、そう思うよな作木ィ!」
「ああいえ、ジブン、朽木隊長の方が冷静な状況判断ができていると思うので、氷雪系に絞った方が良いと思います」
「お前は! すぐそうやって梯子を外す! 久面井隊長にも怒られてただろ忘れたのかよ!」
「いや久面井隊長が言ってたのは"おもんねぇ時に梯子を外すっちゅうのは悪いが、ここぞという時ならいくらでも外せ蹴り飛ばせ"って話だったんで。──ア残念無念また来年! 尾花弾児郎アイヤ無力! ここにて極まれり!!」
仲の良い二人だことで。
……しかし。
どうするかな、という思いは多分、今この場にいる全員の頭の中にある。
現在の護廷には氷雪系の斬魄刀を持った隊長・副隊長というのが存在しない。となると、こいつへの有効打になるのは、やはり鬼道だけ。
みんなが一瞬僕をちらっと見る……見て、視線を戻す。「こいつ鬼道衆だけど威力がなァ」って目線だろうなぁ。
「美津島ぁ! 厳原呼んでこい! 妥協案として最適解だ!」
「承知しました!!」
確かに。
厳原隊長の卍解による石化は、妥協案にして最適解であるやもしれない。
「それまで氷雪系以外の攻撃禁止! 各自氷雪系を撃ち込みながら、どうにかしてあれをこの場に足止めしろ!」
うんうん、やっぱり尾花隊長は華があるね。
こう、声が通るしリーダー感があるというか。ブザービートでゴールに叩き込みそうというか。
各自指示通り鬼道を使い始める。改良鬼道使いはかなり多い。嬉しいね。
そんな僕も、主に縛道方面でお手伝い。……しっかしこういうのってさぁ。
どこか……ここを一望できる場所に。
「……朽木隊長」
「む、どうされた、滑川七席」
「顔は向けずに、丑の方向にある山を見てほしいんですけ、ど」
「……。……成程」
確認するが早いか、瞬歩にて消える朽木さん。
その、何秒か後に、再度現れ……その手に、ジタバタと藻掻く男性を一人掴んでいた。
「知らねえ、知らねえって! やめろ、苦しいっつの、馬鹿野郎が!」
「あくまで白を切り通すのであれば、こちらにも考えがある。──兄をあれに、食わせてみるか」
「や……やってみりゃいいさ! そいつには歯もなければ胃だって無い! 見てろ、そいつの中で反撃を──」
「いや……俺も人の事言えた義理じゃねえが、あんまりにも杜撰すぎねえか、そいつ」
「ハハハ! 愚か! 愚か極まれり!!」
未だに「?」という顔をしている容疑者X。自分がゲロったことにも気付いていないらしい。
「急いで来てくれと……非番にも拘らず呼び出されてみれば、どういう状況ですかこれは。あの怪物は?」
「おう来たな厳原! さっそくだがアレを殺してくれ。氷雪系以外効かない上に、それ以外の攻撃は取り込んで攻撃に転化する」
「ああ……なるほど。──では」
解号は無し。卍解名さえ呼ばない。
ただ、その身から灰色の粒子を纏ったかと思えば──実験生物の胴体、そこに正拳突きがかまされ──完全に石化し、そしてパラパラと崩れ去っていった。
「あ、ああ!
「なんだ、隠しもしねえのか。んじゃ、所属をキリキリ吐きな。往来でこんなしち面倒な──」
尋問しようとした矢先である。
瀞霊廷各所で、似たような怪物が咆哮を上げて暴れだしたのが見えた。
「あー……。……えー、各自、氷雪系で誘導をやりつつ……厳原を使い倒せ! 氷雪系以外で攻撃すると周囲に甚大な被害が出る可能性が高いってことを周知しろ!」
「あの私、非番なんですが」
「うるせぇ護廷の危機に非番もクソもねぇってな! そらいくぞ!」
……というような事件を経て。
これの犯人は、やっぱり「例の場所」の一同。
そういう実験生物が瀞霊廷の地下水道にこれでもかと放たれていたという事態を重く受け止め、四十六室は彼らを地下特別監理棟へと幽閉する決定を出した。また、その一部が『利暁』と繋がっていたこともわかっていて、『利暁』の持っていたおかしな情報網や探知網が機能しなくなったことを意味した。
さらに、『この集団』との付き合いがあったことの知られている善定寺さんが責任を取るために刑軍に転任。地下特別監理棟の担当者となることが決定した。
そしてここを皮切りに、『利暁』の解体、及び幹部らの摘発が始まる。
問屋の頭、瓦版屋の編集者、薬商、違法賭場の元締め、流魂街の火消し──。
一見優しそうな老舗呉服屋の店長や悪いこととか嫌いそうな酒問屋、職人気質な材木屋、流魂街にも瀞霊廷にも店を出していた油問屋など、意外どころでありながら「でもメタ的に見ればそうだよね」みたいなところにわんさか埃が。
中には僕らが利用するような場所もあって悲しかったり、「まだ室町時代なのにそんな店あったんだ」みたいな、もう少し早めに知りたかった、みたいな場所があったりなんだり。
経営者が変わってクリーンになるところもあれば、そのまま潰れてしまう場所もあるので諸行無常。
最近はずっと刑軍が忙しいとか。四楓院さんが研究所に来るたびぶつくさ愚痴っているからね。
そして。
……伝達が来る。ようやく釣れた、か。
いやはや流石は貴族。──こっちが釣り針を見せてからが長い長い。数百万年だっけ。貴族をやり続けただけはあるというか。
でも、もう、逃がさない。
王途川さんの紹介で、貴族側の四十六室の窓になっている人とコンタクトを取ることができたのだ。阿万門アソギさん。娘さんはまだいないらしいから、のちの数百年で生まれるのだろう。
比較的マトモな人、という印象を受けた。そこはかとなく流魂街出身者を快く思っていない感じはあれど、徹頭徹尾尊大な感情は無い様子で、あくまで今までの事例的に流魂街出身者はどう、貴族出身者はこう、みたいな偏見がある人、って感じ。流魂街出身者と同じくらいには貴族のこともアレコレ言ってたからね。
その彼から聞いた。既に大霊書回廊における綱彌代家は名前がそこにあるだけで、管理などの一切を行っておらず、阿万門家が代わりを務めている、と。瀞霊廷の、あるいは尸魂界の基盤から綱彌代家はいなくなっている、と。かなり……不満そうに。そう述べていた。
充分だ。
では。
*
ゆらゆらと揺れるロウソクの火だけが光源のその一室にいるのはその二人。
綱彌代家当主・綱彌代時波。その対面にいるのは護廷十三隊七番隊隊長・執行乃武綱である。
「かつては鹿取抜雲斎めが価値もわからずに佩いていた妖刀。旅禍の手へと渡りしこれを、おぬしの約束通り取り返してやった。ひひひ、あの旅禍の女は、ワシらの慰み者になったが……それは些細なことであろう?」
「……まったく、理解に苦しむな。どうしてそう強い力を持ちながら己を卑しめるような発言ばかりをするのか。……それでいて仕事ができるのだから、頭がこんがらがる……」
「許せ、貴族の前と言えど、畜生道を歩むワシには作法などわからぬのだ」
「ああ、理解している。今のは独り言だ。……そして、これが……妖刀、抜雲」
据えられた刀を手に取り──かける時波へ、執行が制止の声をかける。
「待て。布越しに触れた方が良いぞ」
「……なに? それはなぜだ」
「妖刀は本当に妖刀であるようでな。ワシでさえ意識を奪われかけた。素手で握れば最後、周囲にある全生命を斬り裂いて引き裂きたくなる衝動に襲われる」
「……その規模を考えれば、当然か」
改めて布越しに柄を持ち、鞘から抜いて刀身を確かめる時波。「おお……」という声は、貴族ゆえの審美眼か、それとも何かに魅入られたか。
「人を……斬るための刃では、ないな」
「そうさな。昔鹿取に聞いたことがあるが、元々は祭祀儀礼刀としてあったものであるらしい。
「……確認した。良いだろう、お前達……『利暁』だったか。そこへの資金援助と、もし仮に適合者が見つかった場合に限り、我が家に伝わる最古の斬魄刀に触れる機会を与えよう」
「ならばさっそく一人良いか?」
「気が早いな……。……まぁ、良い。連れてきているのか?」
「然り。この櫃に収めてある。ひひひ、我ら『利暁』が赤子の時点より仕込みに仕込んだ珠玉の逸品ぞ」
「はぁ。他者をとやかく言えた義理はないが、また外道な行いをするものだな」
執行は傍らに置いてあった櫃を開ける。円形の平べったい櫃だ。
その蓋が開けば、中で
また、その顔にはフクロウ面がつけられている。どうして仮面を、と問おうとした時波だったが、顔の輪郭周辺を走る引き裂くような傷を見て何かを察し。またも顔をひきつらせた。
「まさか……顔を剥いだのか?」
「おお、わかるか。ひひひ、なんせ顔とは個性であるからのぅ。持ち運びが楽で、誰にでもなれて誰でもない者を作り上げるにあたり、顔は不要じゃった」
「……憐れな。……そら、これが、綱彌代家に伝わる最古の斬魄刀だ」
綱彌代時波。彼もまた外道の一人であるが、「幼子の顔を剥いで個性を消し、究極の道具にする」というやり方を好ましいと思える精神性ではない。
だから、恐らく彼が生涯で発した言葉の中では、この「そら」はとりわけ優しい声音を含んでいたのやもしれない。
それまで、では。
あったのかもしれないが。
「──四海啜りて天涯纏い、万象等しく写し削らん。艶羅鏡典」
引きちぎられた顔の出す声として相応しき苦しそうな声であったが、その解号は正しく艶羅鏡典の解号だった。
刀身が消える。それもまた、知る挙動。
「ひひひ、言ったであろう。調整済みじゃと。斬魄刀が死神自身を映す鏡なれば、この幼子は己を持たぬ者。
「だ……だが、その力を使えなければ、適合したとは」
「……
その解号は、五大貴族王途川家の現当主、王途川雨緒紀のもの。
貴族の斬魄刀。その模倣は。
ざぁ、と。……雨が降り始める。
「ほぉ。艶羅鏡典……話には聞いておったが、便利そうな能力じゃの」
「……まさか、そんな形で適合者を作り得るとは。だが、使用は中止させた方が良い。艶羅鏡典は使うたびに魂魄が削り取られる。幼子のうちから魂魄に翳りがあれば、大人になってどれほどの支障が出るかわからぬぞ」
「ひひひ、まさかそんな心配をおぬしよりされるとは。じゃが、問題ない。此奴は大人にはならぬ。その前に使い潰すゆえな」
「……憐れな」
二度目を呟いて。
「時に、時波。ちと相談があるんじゃがの」
「今度はなんだ……」
「しばらくこの艶羅鏡典、貸してはくれぬか」
「ならん。差し迫って使用の予定がある」
「む……そうか。それならば致し方ない。小坊主、斬魄刀を返してやれ」
素直に艶羅鏡典を返還する幼子。
恐らく名前も無いのだろう。痛ましいことこの上ない。
「しかし、ひひひ、護廷十三隊の七番隊隊長としては、その喫緊の使用予定が気になるのぅ」
「いけしゃあしゃあと……よくもそこまで心にもない言葉が吐き出せるものだな。……まぁ、お前にならば良いか。近々西流魂街の50~80区を対象に、幾つかの始解の模倣を用いた生物実験を行う。『利暁』の連中を近づけさせぬようにな」
「おぬしが行うには、ちと危険がすぎぬか。姿を見られることも考えられよう」
「連中……あの蛆を操る隊長格がいなければ、刑軍に入り込んでいる我が手の者達から必要な手合いを引き抜けたのだがな。あの男のせいでなにもかもが準備不足だ。始解に恥じぬ、蛆が如き男だよ」
「言わねば分からぬか? 此奴を使えば良かろう。おぬしが監督するなりなんなりは任せようが、おぬしが艶羅鏡典を使わねばならん事態は避けられる」
「……ふむ。なんだ、お前もそういう義理は通すのか。……だが、不測の事態を考えると私が行った方が確実だ。……執行、お前とその幼子が来て、足跡を消す、というのはできるものなのか?」
「容易なことよ。記録者もほとんどが『利暁』なればな」
「であれば、来い。一度目の実験は私がやるから、二度目からをその者に任せよう」
憐れだと思いつつ、痛ましいと思いつつ。
それはそれとして使うことにためらいが無い。それこそがこの男の真価である。
「ひひひ、今後とも末永くよろしくしたいのぅ」
「であれば多少は体面を整えろ、執行。貴族の間でも顔が怖いだの恐ろしいだのと持ちきりだぞ、お前……」
「心の弱い者が増えただけじゃろう」
時波は溜息を吐く。貴族社会と違って腹の痛くなる相手ではないが、頭の痛くなる相手であると言えた。
決行の日。
西流魂街64区「錆面」。
執行と幼子に見守られながら、時波は艶羅鏡典を起こす。
削り取られる魂魄を感じながらも、複数の始解を使い分け、さらに。
「ひひひ──それは、なんじゃ、
「そのものではないがな。……お前の参加しなかった作戦で、件の虚が使用していたものを見て、着想を得た。既存の超速再生とは別に、"初めに霊圧の鋳型を作って肉体をその通りにする"というやり方での超速再生。これを魂魄の修復に応用できないかと研究し続けていた。該当する始解探しに苦労したよ。見ろ、結果がこれだ」
神具により強制的に徴収した魂魄。半分以上を削り取られて昏倒した数人の人間の全身を谷双葉で斬り刻んだあと、治癒系の始解で人々を癒す。それによって、僅かばかりでも魂魄が補充されたように見えた。
普通、削られた魂魄が修復されることはない。
だが、生命活動の存続限界ギリギリのところまで削った後に身体を回復させると、恐らく
「つまり、結界などの偽装術で魂魄を常に半分の状態だと世界に認識させ続ければ、あるいは催眠で生きた心地を獲得し続ければ……実質無限に魂魄を癒し続けることができる。艶羅鏡典の代償を踏み倒し得る!」
「成程のぅ。して、艶羅鏡典を貸せ。もう何遍かは検体実験結果が欲しいじゃろう? 小坊主にやらせよう」
「いいや。──これについては、一度でいい。結果が出なければ出るまでやらせたが、出たなら初回のみで構わん」
「なんじゃ、そうか? であれば帰るか」
「それも否、だ。──なぁ、執行。『利暁』の幹部は、お前が頭であることを知らんらしいではないか」
にやりと笑うは時波だ。
彼は始解によって刀身を失った艶羅鏡典を二人に向ける。
「……なんのつもりじゃ。義理は通したはずじゃろう。それに、妖刀は確かに」
「まさかたったあれだけで五大貴族に特別扱いされるとでも? 甘い、やはり護廷は知恵の無い猿どもの集まりか。──朽木橙彩は死んだ。上手く釣れたし、上手く殺せた。鹿取抜雲斎はもう隊長としてはやっていけない。四肢の腱を切り落とし、妖刀まで奪った。そして──次はお前だ、執行乃武綱」
ニヤニヤと……それはそれは、愉しそうに。
「筋書きはこうだ。私に対し、取り入らんとばかりに賄賂を渡そうとしてくる執行乃武綱。お前が『利暁』に与していることを突き止めた私は、執行が手土産と言ってきかない妖刀を受け取り、返す刀でお前を斬った。抜雲もまた最古の斬魄刀の一つなれば、綱彌代家が保護する義務が生じると言ってな!」
「無茶苦茶な……」
「残念だがその無茶苦茶が通るのが貴族だ! 五大貴族だ! まぁ、あの見てくれだけは良い女を妻に娶るためならば、妖刀の返還をしてやっても良い。善行というやつだ。……それと、そこの幼子は私がもう少し有意義に使ってやるから安心しろ。艶羅鏡典の適合者は少ない。それも、私が保護してやろう。……黒腔の時の失敗はもうしない。まさか黒腔を開く程度のことのできるやつが、あれほどまでに少ないとはな。死神というのはどこまでも大したことの無い連中だ」
人が変わったようにケタケタと笑う時波。あるいはこの姿こそが、隠しに隠していた本性か。
「さぁ、おしゃべりはここまでだ。さようなら、執行乃武綱。──万象一切灰燼と為せ、流刃若火!」
最強最古の斬魄刀、流刃若火。
業火が場を満たす。燃え盛る焔が執行を焼く。この始解に勝てる者など、それこそ山本元柳斎重國を除いて存在──。
そこまで考えて。
時波は……己に迫る刃を既のことで避け──切れなかった。
霊圧同士の衝突。激しく弾かれる両者。
「流石に速いが……しかし、艶羅鏡典の能力を知っても尚抵抗するか、執行乃武綱!」
「ひひひ、当然じゃ。──しかし、まさか、一合切り結んでも気付かぬとはのぅ」
「……なに?」
「ひひひ、ひひひひひ! わからぬか? おぬしが持っているそれは『霊力を込めると形が変わる刀』じゃ。艶羅鏡典などではないと言っている!」
「!?」
暴れ狂う焔は、しかし、何者も焼き焦がさない。
実験に使った人間たちも、地面も、草木さえも。
まるで……実体が無いかのように。
「満願利剣……一応神具じゃが、何の役にも立たぬ。……しかし、"霊力を込めることで刀身が無くなったように見える"という如何にも鬼道系らしき挙動をさせることで、上手く誤認してくれたわい」
「だ……だが、実際に魂魄は増減した! 私は私の感覚を信じる!!」
「ああ、それについては……いいや、ひひひ、冥途の土産にも教えてはやらぬ。小坊主はこういう小噺を嫌がるでな」
突っ込んでくる執行。その身にいくら炎が当たろうとも、装いを焼く気配さえない幻炎たち。
時波は「クソッ」と悪態を吐き、それを捨てる。
代わりに手にしたのは──妖刀「抜雲」。
侵食を受ける、など。艶羅鏡典を考えれば今更だ。
「私に応えろ、抜雲──」
鞘から抜き放った抜雲は……そのまま、しゃらぁんと砕けて散った。
「当然それも、初めから砕いてあるわい! 結界で形を保っていただけのものを、よくもまぁ確認したなどと! ひひひ、小坊主の小細工──それもこういう工作物に関しては既に一級品よのぅ!」
「なん……」
「それではのぅ。ひひひ──道化よ、道化。おぬしも畜生道へ来るかや?」
「だ、と……」
貫かれるは心臓。斬魄刀ですらない刃物で刳り貫かれたそれ。
絶命。何を言う暇も、何を問う暇も無く、だ。
そうして、執行は貫いた心臓を──大口を開けて。
*
「人間の心臓でも寿命、延びるんですかぁ?」
「延びぬし、不味いだけじゃ。見とらんかったか。食うとらんぞ」
「ありゃ。それは、それは」
フクロウ面を外し、頬のあたりの特殊メイクを消したのは、小坊主こと僕である。
いやぁ、滑歩に必要な柔軟運動がエスパー110……もといこういう小細工に活きるとは。
歌匡さんにこの「顔が引き千切られたかのような」化粧……というか特殊メイクをしてもらった時は大変心苦しかった。けど鹿取さんはお化粧とかあんまり興味ない人で、いなかったんだ他にできる人が。この時代の化粧にそんな技術無いけど、画力の話ね。
あと東仙さん。彼ね、あの知覚能力は感謝感激雨霰だよ。まさか斬魄刀本体の霊圧なんてものまで細かく感じ取れるとは。あの人の指摘のおかげで今回の偽装は上手く行ったと言って過言じゃないと思う。ほんと、惜しい人材だったとは思う。
「……うん、しっかり録音できてます、ね。綱彌代時波の肉声での、罪の供述。『
「ひひ、儂としてはもう少し悲喜こもごもが欲しかったんじゃがのぉ。しっかし、よくもまぁ丁度良く神具など持っていてくれたわい」
本当にね。
艶羅鏡典。綱彌代家に伝わる最古の斬魄刀の一つ。
これの効果は、始解と同時に刀身が消えて、ありとあらゆる始解を写し取って模倣する、というもの。
だから、『
最後には魂魄の増減という感覚でしかわからないところを見事に誤認し、流刃若火に関しては即興のゼロ威力鬼道でそれっぽさを再現。使うにしてももっと使いやすいので来ると思ったから焦ったよね。
……死神じゃないから、流刃若火=最強で扱いやすい能力、に見えるんだろうなぁ。
妖刀に関しては執行さんが言った通り。渡した時点で砕いていた。布越しに触るように言ったのは、手触りで結界だとバレないようにするため。結界ラップ本当に便利。
艶羅鏡典。恐らくは妖怪の
百鬼夜行にまた妖怪が加わった、って話。
……ちなみに適性は無い。だからただの斬魄刀として……浅打としてしか使えない。早急に霊王宮にお返ししたいので、研究所に保管して……曳舟さんあたりに持っていってもらいたいなぁ。
金印中央貴族にはずっと内緒の方向でさぁ。
「なんだかんだ言って此奴が綱彌代の中核よ。こいつさえいなくなれば、あとは烏合の衆。──大詰め、大詰めじゃ。小坊主、後には関わるな。文字通り火傷をしようぞ」
「はぁい。山本総隊長との一騎討ちをするんでしたっけぇ? 遠くから応援しています、よ。どっちも」
「ひひひ、なんじゃ、ワシも応援してくれるのか? 勝ってしまったらどうする」
「その時はぁ──僕が、あなたを、止めに行きます。……なぁんちゃってぇ」
「それは楽しみが増えたのぅ。山本を下す理由が増えたわい。──ではの、小坊主」
「えぇ、さようならぁ、執行さん」
これ以降はもう関わらない。
僕は告発側で、彼は受ける側。
終幕の時間、である。
*
現世の暦における、1391年。
齋藤不老不死の戦死を発端とし、瀞霊廷内外で多発した悪行三昧。
盗み、謀り、不貞に密通。誘拐、人攫い、乱暴狼藉、袖の下に賄賂、横領、収奪、偽環、偽文書。
さらには闇討ちやら辻斬りやら、けったいな呪詛やらまじないやら、妖怪怪異奇譚奇譚。
この時代に行われるあらゆる悪行を片っ端から取り締まっていった護廷十三隊は、ようやく、その黒幕に辿り着くのである。
「────以上を踏まえ、護廷に仇なし、瀞霊廷に仇なした大罪人・執行乃武綱、並びにその者が組織した犯罪集団 『利暁』 に対し、ここに断を下す。護廷十三隊七番隊隊長の地位を悪用し、数々の悪事を企て遂行した罪は極めて重く、よって大罪人・執行乃武綱には地下特別管理棟への収監を、『利暁』に与した者すべてに対しては、斬魄刀の剥奪、霊力封印のうえでの放逐を命ずる。また、隊士を人質に取られ脅迫されていたとはいえ、五十年余にわたり『利暁』にて治癒行為を続けていた志島知霧については、その責を免れ得ぬものとし、五百年の謹慎を申し渡す」
それが四十六室から言い渡された決定であり、山本元柳斎重國が認めた言葉だった。
全ての黒幕は執行乃武綱。あらゆる悪行の根元を探れば、彼が作った『利暁』という組織が浮かび上がったし、その頂点に執行乃武綱が、顧問治癒師という形で志島知霧が照らし出される。
犯罪組織に参加していた全ての者の名が張り出され──そこに、綱彌代家の名があったことを受け、同家から撤回の要請があった……のだが、四十六室はあろうことかこれを却下。
理由を問えば、綱彌代家の犯行と思しき事件の数々を羅列され、また『最上級大虚討滅作戦』時にも敵を利していたことをつつかれたという。
結局のところ、綱彌代時灘以外は傑物足り得なかったと、そういうことなのだろう。
回収された三界各地に配置されていた監視用の兵装。流魂街の『利暁』目撃地域につけられていた草履の痕。そして、妻たる女性を故意に斬ったという複数の目撃証言。
いくらでもいくらでも出てくる綱彌代家の悪行の証拠。当主の肉声データまであったにも拘わらず、分家筋が、そんなもの揉み消してしまえ、と顔を赤くして叫んだこともまた災いした。
四楓院家、王途川家、朽木家の当主がこれを糾弾。綱彌代家の擁護派と糾弾派でくっきりと二分された貴族社会は、糾弾派に志波家が加わったことで大きく均衡を崩す。
四十六室の決定に逆らってまで綱彌代家を擁護し続けた者達に、居場所は無く。
これにより、執行乃武綱が企てた『大掃除』は終わりを告げるのだった。
*
斬魄刀を没収され、霊力を封印されたうえで、瀞霊廷から追放される。
それは即ち、腹の空く身体で、霊力を扱えない状態で、この先を生きていかねばならない、ということだ。
「……クク、ハハハ。……まさか、本家の……腰の抜けた老害どもに、足だけでなく全身を引っ張られるとは」
綱彌代時灘。彼もまたその例外ではない。
流魂街を歩く町民と何ら変わらぬ身体に落とされ、全てを縛られ。
放逐とは決して生ぬるい処分ではない。その後行き着く先を考えれば、死刑にほど近い処刑であると言える。
「大丈夫よ、時灘さん。あなたの上にも、星空は輝いているもの」
「……くだらん。……流魂街の貧民どもめ、大方貴様らが画策を行ったのだろう。背後にいるのはあの時私の剣を弾いた外套の死神か? 旅禍……旅禍が私を陥れたのか?」
「疑心暗鬼、というものになっているようだ。……大丈夫、時間はある。ゆっくりと……そして、必ず」
もう一つ、綱彌代歌匡もまた、例外ではないのだ。
仕方のないことだ。既に籍を入れているのであれば、処罰は避けようがない。
ただ……放逐を受けた二人を守るようにして、一人、色黒の……死神とは思えぬほどに刀の扱いの辿々しい男がついていった、とか。一応、名目上は【遠征出張 - 貴族の血が他勢力に奪われぬための監視】となっているが、果たして誰が発行した任務なのか。
あるいは……少し先。
満足に腹を満たせないことに腹を立てた時灘が、見習いも良いところな色黒の男に斬拳走鬼の指導を行い、時灘の言葉では難しすぎたり棘がありすぎたりする部分を歌匡が言い直して伝えたりをして、少しずつ彼を立派な死神にしていく物語があったり……無かったり?