卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
はらを裂いて どろりと出てきた
あなたは私の 心から愛おしき敵
彼……平子真子は、いーっという顔でその紙を見ていた。見ていたし、問い合わせにもきた。
「ちょい待ち桐生さん。なんでオレが七席やねん。平隊士から七席っておかしいやろフツー」
「なんだい真子、不満なのかい? じゃあ六席に……」
「ちゃうわ今の文脈読んでなんでそーなんねん話聞きや!」
「実力を鑑みて、だよ。このまま昇進して経験を積めば、隊長になるのもすぐだって」
「そぉいうこと言うとんのとちゃうねん! もう少し段階刻まんと余計な顰蹙買ぅてメンドいやろいう話や!」
「なんだい、あんたにそんなこと言うやついるのかい?」
「おらんけど来るかも知れんのが面倒やっちゅーてんねんこのわからずやァ!」
彼が怒鳴り散らかしている相手は十二番隊隊長、曳舟桐生である。
「問題ないさ。それに、そこまで使いづらい始解をその練度で使いこなしているやつをいつまでも平隊士になんてしていられないしね。最近何かと物騒だから、隊長候補、副隊長候補の層が厚くなるのはありがたいし。何より前任の善定寺隊長に言われてんのさ。"七席は化けるやつの座る席だ"ってね」
「聞いとらんわ! せやからまずオレの話を聞けっちゅう──」
「はいはい、じゃあ平子七席、最初の仕事だよ。これ、『鬼道仕様変更要望書』、一番隊の近くにある『鬼道衆第一出張所』に出してきとくれ」
「はぁ? そないなん、それこそ平隊士にでもやらせたら……」
「それと、これを持っていきな。どっちか選ぶんだよ」
「話聞かんかい! ……舐溶飴? ホンマにおばちゃん染みてきたやんけ。つか、常備してるから要らへんねんオレは」
「あ、こっちの梅味は私が貰うからね」
「ほんなら一択やないかーい! ……。……エエ!? おらんなった!? この一瞬で!?」
曳舟桐生。概ね尊敬できるところの多い人物であるのだが、如何せん自分調子というかなんというか。
今の護廷は基本申請すれば様々な隊へと転向可能──無論一番隊と二番隊、四番隊はその限りではないが──であり、平子や加津佐など、多くの隊士があっちこっちへ行って、自分に最も合う隊風を見つけている時期だ。
その中で、十二番隊を経験した者は皆、誰しもが言う──「居心地が良すぎて自分を律せない可能性が高かったから、他の隊へ赴かねばならないと感じた」と。
平子たち現十二番隊隊士からすれば甘っちょろいこと言うな、という気持ちではあるものの、同時に理解もできる。
隊士のことをよく見て、見極めて、適切な仕事を割り振ってくれる曳舟桐生は、まさに母親のような存在であるのだ。肝っ玉母さん、という表現が一番合うだろう。
そのため、たしかに一度全体重を預けてしまえば、もう一度立ち上がることができなくなってもおかしくない、と……そういう理解もあった。
なのだが。
「はぁ……あのオバハンこの強引な所が無ければもう少し……」
「聞こえているぞ、平子」
「うひゃあ名田庄さん聞いてはったんなら先に言うてくださいよコワァ……」
「安心しろ。梅味を曳舟隊長が貰っていったことしか聞いていない」
「じゃあ結局全部聞いてるやんけ」
「冗談だ。……『鬼道衆第一出張所』に赴くのだったか。それであれば、この巾着も持っていってくれ」
「エェ?」
「地下特別監理棟の看守室にいらっしゃる善定寺元隊長から、そこの所長への手紙が入っている。落としたり失くしたりするなよ」
「いやいやそない大事なモンならご自分で届けたらええやないですの」
「もう一つ。私にはなんのことかさっぱりわからないが、"狼の長"と"土狼"からの贈り物も入っているそうだ。中を見るなと言われているから、見ずに届けることだ。最悪妨害が入る可能性もある」
「はいぃ!? なんやねん妨害って! エ、オレもしかしてなんか密輸の手伝いとかさせられとるんか!?」
「冗談だ。笑っておけ。……さて、私は仕事に戻る。初仕事励めよ。平子七席」
名田庄
非常に敏腕の副隊長であり、基本は仕事人間……なのだが、今のように真面目な顔でとんでもない冗談を言うので、隊士は振り回されることが多い。善定寺有嬪も曳舟桐生も名田庄渡崙も全員振り回し系、ということだ。
それなりの重みのある巾着袋を受け取った平子は、ハァ、と大きく溜息を吐いて、その用事を終わらせることに決めた。
一応言われた通り、要望書と、そして舐溶飴も取った上で、だ。案外真面目な男なのである。
瀞霊廷には沢山の死神がいる。
基本は誰しもが目的を有しているため、暇をしている者に出会う、なんてことは早々ないはず……なのだが。
「ん……あれ、誰だっけオマエ。感じた覚えのある霊圧してんな。強そう」
「あぁ……まぁ、何度かお目見えしたことあると思いますけど、十二番隊の……今日から七席の、平子真子ですぅ」
「曳舟ンとこのか。すまん名前は覚えてなかった。今覚えた。オレの自己紹介は?」
「必要あらしませんよ。四番隊四席で瀞霊廷じゅう忙しのぅ飛び回ってる四大貴族さんは有名ですし」
「そうか。……なぁ、この辺で、こう、後ろに髪をちっちゃくまとめた女見なかったか。あ、女っていうか、子供だ」
「さぁ……見てませんけど、なんやったら探すの手伝いましょか?」
まず彼の前に現れたのは、四番隊四席、四楓院千日である。
ほんまどこおっても見かける人やなぁ、というのは平子の本音。実際に瀞霊廷のどこにいても、なんなら流魂街にいても出くわす、実は九十人くらいいるんじゃないか説まで出ている死神である。
姓の通り四楓院家の元当主であるが、二番隊ではなく四番隊にいる理由は誰も知らない。噂では、四という字が好きすぎるあまり、四番隊の四席を望んで取ったのだとか。
「いや、そこまでは要らねーけど……ふぅん。七席か。曳舟は……別に関わり合いがあるわけじゃねーだろうし、まぁ、そういうこともあるわな、フツーに」
「はぃ?」
「オレもなー。七席を熱望したんだけどなー。みーんなダメに決まっているでしょう、とか言ってよー。いいなー七席」
「いや……オレ別に望んでなったわけとちゃうんで。というか降格されたいなら言ったらええんと違いますか。卯ノ花隊長、優しそうですのに」
「エェ……? 今の奴ってそう見えて……コワー……」
訂正、先の噂の内の一つは噂でしかなかったようだが。
「まぁいいや、そんで──あ、ちょいと伏せた方が良いぞ」
「エ──のわーっ!?」
横合いから超特急のナニカに
「追え! 追え! 今日という今日こそは許さん!!」
「四大貴族だかなんだか知らんが、人をおちょくった末路がどうなるか思い知らせてやる!!」
「あ、四楓院四席お疲れ様です! 追えー!!」
最初に平子を轢いたナニカを追いかけていく、無数の死神たち。
それがだぁーっと駆けて去って。
「……えっとぉ……なんですかねアレェ……」
「すまん、今オマエを轢いたのがオレの探し人。志波鴉泉つってな、いやもー、ほんと、手の付けられねえお転婆娘でよ。本人には多分おちょくってるつもりとか欠片も無いんだが、貴族の常識と父母譲りの行動力と、小柄ですばしっこいその体躯から付いたあだ名は小猿旋風。いやーまさか四楓院家以外に二代目が生まれるとは。ま、嵐なオレの方が上だけど」
「何の話……って、おわ。……もう痛ないですわ。回道、そない早く使えるもんなんですね」
「おう。回復量は上の連中に劣るし、重大な怪我とかは治せねーけど、治す速度だけは四番隊一番だって思ってもらえりゃいい。巻き込んで悪かったな。今度組手してくれ。じゃ」
瞬歩で消え……平子の感知できない距離まで消えた四楓院に、はァ、と溜息を吐く平子。
そして……首を傾げる。
「今度……なんか奢ったる、やのぅて、組手してくれ、っちゅうんは……どないな意味やろか」
言葉としては理解できるはずなのに脳が理解を拒むその言葉を反芻しながら、なんとか守り切った巾着袋をちょっと振ってみて壊れた音がしないか、などを確かめた彼は、改めて足を踏み出す。
嫌な予感……道中、まだまだ誰かと出会いそうだな、というのを感じながら。
そしてその予感は簡単に的中する。
「……おや、君は……確か、平子隊士、でしたか」
「エエ、な、なしてオレの名前なんか覚えてくれはってるんですか厳原隊長」
「ははは、私は始解を習得した死神の名前は、全て覚えているんですよ」
「……冗談やろ?」
「無論、半分は冗談です。覚えようとしているが正しいでしょうか。こうして全隊士の名簿を作り、始解・卍解の習得状況を記録し、それを覚えようとしている。……そう言ったら信じますか?」
「七割方はホンマそう。けど三割はオレをからかってそう」
「ではその三割が正解です」
なんやねんこの人こわぁぁああ! というのが平子の心境である。
厳原金勒。初代三番隊隊長にして、現在もなお一向に衰えぬ実力を発揮し続けている死神である。
昔見た時より髪に白が混ざってきている、というのはありこそすれ、その黒い目に翳りは無く、さらに言えば常に新しいこと・ものを試そうとする隊長であると言える。
質実剛健を規範とする霊術院生は彼に憧れることが多かった。それを思い出す程度には。
「それに君は──既に、手を掛けようとしているでしょう? あまり責任を負いたくないのかもしれませんが」
「……イヤァ、なんのことやら」
「ええ、そういうことにしておきましょう」
何を言われているか、というのは理解している。しかし、まだ習得もしていないというのに、修行を始めたことを見抜かれるとは夢にも考えていなかった平子。
──そんな平子の頭に、手が乗った。
「ふぐぇっ!?」
「ああ、すまない。踏み台にする。首が折れていたら、すぐにでも四番隊へ駆け込むといい」
激しい既視感と共にべちーんと倒された彼であるが、今度は文句を言ってやろうと下手人を視認する。
銀色の長髪。七と刻まれた真白の羽織。長く伸びた爪に差された朱色と、大鎌の形をした赤い斬魄刀だけが強く目を引く。
「おや、虎姫隊長。始解までされて、如何されたのですか?」
「現世で、滅却師が出たらしい。討伐隊に参加する。楽しみだ」
「だとして、今始解をしておくと、穿界門の移動中に接続が不安定になって、目的の場所に出られないかもしれませんよ」
「……確かにそうだ。助言、ありがたい。……先を急ぐ」
「はい、お気をつけて。山本総隊長へは私から口添えしておきましょう」
七番隊隊長、虎姫。姓は持たないし、これ自体も名前かどうかは怪しいらしい。どういうこっちゃねん、と最初にその話を聞いた時に突っ込んだ記憶がある。
趣味、虚狩り、滅却師狩り、という超絶物騒な女性であり、真っ赤な鎌で次々に命を屠っていく様は正に死神。フツーに超危険人物やろ、とはこれまた平子の初見の感想。
アレに対しては文句を言うには命が惜しい。
泣き寝入りするしかない。折れとったら駆け込めへんやろがい……がい……がい……と手動反響をかけたツッコミが胸中へ滑り落ちていく。
「どこか痛めましたか?」
「イエ、大丈夫です……」
「そうですか。もし後からどこか痛むようであれば、四番隊へ受診する際、私の名前を出してください。全額負担しますよ」
「いやいや、虎姫隊長ならともかく厳原隊長にそんなこと要求するわけないやないですか」
「彼女の通り道に君を引き留めてしまったのは私の落ち度ですからね」
「せやから背負いすぎ──」
「二分前くらいにはそこを通るだろうな、というのがわかっていた上で黙っていましたから、同罪でしょう。なんなら位置の微調整までしました」
「同罪やなくて有罪やそれは! っていうか、ちょ、オレの外聞悪ぅなるんですから隊長に対して怒鳴ったりさせんでくださいよ。まだ七席やのにオレ」
「おや……七席、ですか。良いですね、七席。私もなってみたいです」
「怖ァ! 四楓院四席も言うてましたけど何それ! っていうか桐生さんも似たようなこと言うてはったような……」
「今の方々がどうかはわかりませんが、昔の死神ならみんな言うと思いますよ。自分も七席に任命されてみたかった、って」
……つまり、なんか昔の流行り的な話なんかいな、と納得する平子。それならまぁ、理解もできる、と。
要するにジブンも「剣八」と呼ばれるほど強かったらなぁ、みたいな話なのだろう、と。
「申し訳ありません。引き留めすぎましたね。お使い、頑張ってください」
「はぁ。……ありがとうございますぅ。……ってオレ、目的伝えましたっけ?」
「ははは。そういうこともありますよ。では」
初代護廷十三隊。凡そ六百年前から隊長を続けている死神。
食えない人、であると言えるだろう。
次に平子が出会ったのは……そろそろ出会うこともおかしいのだが、大男……刳屋敷剣八であった。
ただしここに関係値は無い。無いから努めて無視しようと……見ないふりをしようと通りすぎようとしたら、「すまねぇ」と野生的な声がかかった。
勿論想像通りの人物……十一番隊隊長、刳屋敷剣八。七代目剣八である。
「アー。エート。ナンデッシャロカ」
「その手にあるの、『鬼道仕様変更要望書』か?」
「へ? あ、あぁ。そうですけど」
「もしかして向かっているのは、『鬼道衆第一出張所』か?」
「エエ、まぁ、そうですけれど……」
「──道を、案内してくれねぇか」
「エゥ」
案内も何もオレやって行くの初めてやねん! とは言い出せず。
結局、十二番隊第七席と十一番隊隊長という謎の組み合わせで、その出張所まで行く次第となったのである。
──ただ、そこに。
一つ……鶴の一声が入る。
「あの……お二方」
「ん、っと……お前、その手にあるのは」
「お、オレたちのと同じのやんけ。一緒に行くか?」
「ええ……お願いします。刳屋敷隊長は、初めまして。平子さんは……お久しぶりです」
短い茶髪を流し、優し気な目元を眼鏡の奥に湛えた青年。
各隊を巡りに巡っている隊士の代表格……現在は確か六番隊の第十席だったか。
「久しぶりやのぉ、惣右介」
「はい」
藍染惣右介。隊風が合わないから、ではなく様々な隊風を経験し、多角的な視点を得たいから、という前向きな理由で移籍を繰り返している青年である。
その理由自体は好ましいし、現在の状況を考えれば非常にありがたい存在である──のだが、平子の直感に囁くものもあったりして……という多少複雑な思いを抱えつつも、今はやっぱり助かるが勝って。
「知り合いか。まぁ、そうか。今の護廷は人数も多いが、混ぜっかえしも多いしなぁ」
「あぁ、そういうカンジですぅ。同じ隊になったんは五番隊の時くらいでしたけど、オレも惣右介程じゃないにせよ、結構隊を移動しててん……ですよ」
「ほう。十一番隊には来た覚えがなかったが」
「あ、いやァ、それは」
「ははは、冗談だ。ウチはちょいと他と毛色が違うからな。仕方ない。……とはいえ、今の十一番隊には……先代までとは違って、荒くれ者じゃねぇのもいる。腕っぷし至上主義は変わらねえが、仕事のできるやつなら誰だって大歓迎だ。もし次隊を変える時は、その辺もちっと考慮してくれ」
「確かに……現在の十一番隊には女性隊士もいるほどでしたね」
「へぇ。そりゃ、知らんかったですわ。偏見で避けてて……すんません」
十一番隊といえば荒くれ者で、鬼道系の始解でも持っていようものなら総叩き……というような噂が霊術院には広がっていた。
否、実際に先代の美山剣八の時代はそうだったのだ。それが彼、刳屋敷剣八に替わったことで、そういう変化が起きたのだろう。
「けど、それこそ惣右介はなんでも卒なく熟すって印象があるんで、どうですかね」
「平子さん、そんな、刳屋敷隊長が困ってしまいますよ」
「まぁ、考えておこう。お前もその気があれば気軽に言ってくれ」
そんな感じで。
最初の想定よりはかなり雑談も弾んで……そこへと辿り着いた。
達筆で書かれた、『鬼道衆第一出張所』の文字。
引き戸をからからと開けて、「スンマセーン」と声をかければ。
「──おやぁ。これは、また。珍しい組み合わせ、ですねぇ。刳屋敷隊長に……」
「あーっと、『鬼道仕様変更要望書』を曳舟隊長の代わりに届けに参りました、十二番隊七席の平子真子言うもんです」
「同じく。朽木隊長の代わりに参りました、六番隊第十席、藍染惣右介と申します」
「おう、知ってもらってるようだが、十一番隊の刳屋敷だ。……んで、坊主は店番か?」
「いえ、いえぇ。……僕は、一番隊第七席、滑川平良と申します、よ」
──その瞬間、今日散々言われた「七席」への言及と、霊術院時代の護廷に関する噂話が完璧に繋がり合い、結実する。
曰く、護廷十三隊にはとある場所でしか会えない存在がいる。
曰く、護廷十三隊には霊力を持ちながら不老を体現する存在がいる。
曰く、その存在は、酷く間延びした口調を操る。
「ア……アンタ、もしかして『千年七席』か……?」
「……知らないあだ名ですねぇ。まぁ、ずぅっと七席という意味では、確かにそうかも、ですがぁ」
「あ、ちゃうねん、万年ドベ、みたいなんを言いたいんやなくて、そういうあだ名が知れ渡ってるってだけで」
「僕も聞いたことがあります。一番隊を引退した先輩方々が皆お世話になったと口にするにも拘わらず、誰もが"あの子"などと、まるで親戚の子を指すかのように言う存在。一番隊の第七席……噂では、山本総隊長がなにか特別な意味を込めて七席に座らせている、とも」
「はぁい、全部噂、ですねぇ。山本総隊長に聞いても特に意味は無いって言うと思います、よ」
す、と……目を細めるは、惣右介である。
対して滑川はにこにこと笑っているばかりだ。
「どの噂がどれほど本当なのかはともかくとして、初見のガキに泣かれなかったのは久しぶりだ。これ、『鬼道仕様変更要望書』を頼むぜ。ウチの隊でも使うやつはいるんでな」
「ええ、受領しましたぁ。お二方も、ありがとうございます、ね」
「……噂のどれが嘘にせよ、あんたがずっと子供なのは変わりないやんけ」
「あ、若返りの膠飴買いますかぁ?」
「まさか、それを舐めているから歳を取らない、と?」
「どうでしょうねぇ」
歳寄り特有の「はぐらかし仕草」を滑川に見て、うげぇ、という顔をする平子。
だから彼から目を逸らすようにして所内を眺める。
「なんや……けったいなもんが並んでるけど、これ全部売り物なんかいな」
「ええ、そうです、よ。鬼道実験の成功・失敗の産物ですけどぉ、結構面白いものが揃っているので、お気に召すものがあるかも」
「……坊主、この『剣速速度計』ってのは、なんだ」
「読んで字のごとく、ですねぇ。これ……ここを押すと、足ががしゃこんと伸びてくるのでぇ、立たせてぇ、これの前で剣を振ると、その速度を計ってくれます。検体数値として、山本総隊長や厳原隊長などの木刀使用時の剣速もありますからぁ、超えられるように挑戦してみるのも面白いかもです、ね」
「ほう。じゃあこれと……こっちの、隊舎・寮舎用消臭線香、というのを買おうか」
「はぁい。ただそれ、食事時には使わないよぉにしてください、ね」
「ん、なんだ。臭うのか?」
「逆ですねぇ。燃え尽きるまでの間、臭いという臭いの一切がしなくなるのでぇ、食事が味気なくなりまぁす」
ホンマかいな、と横で聞く平子である。
とはいえ……少し、面白そうなものが売ってあるのも事実。定番の鼈甲味の舐溶飴はともかくとして、医療用特化の舐溶飴や、舐めていると一定時間膨らんでくる、とかいうわけのわからない製品まである。
「惣右介、何見とるんや、それ」
「"あ、と強く声を発しながら指を差すと、指先から鬼道の光が少量発せられ、探られて痛い腹を探られている時などに逃げることのできる指輪"……らしいです」
「アホなんとちゃうか?」
「こっちは……"おもんない天丼をしようとしてくる相手に合わせ、一度目の返答を適切な間で返してくれる録音及び発声装置"」
「……ビミョーに実用性あるやんけ」
「"草履と足袋の間に敷いておくことで足の臭いを完全に吸い取ってくれる紙"……」
「おお、なら、それも買うか」
「"温風が出る扇子"……これは、冬には有用なのでは?」
「そもそもどういう仕組みやねん」
「……使用者の霊力を消費するようですね。それなら焚火でもした方が良いような」
けったいなもん、という評価は変わらない。ただ、まぁ、一応実用性を考えられているらしかった。
誰が買うねん、とは思いつつ、気遣いというか社交辞令だろうが実際に買っている大男を背後に、なんだか己も買わねば不義理な気がしてくる平子である。
さらにそこへ。
「では、この『一定の霊力を込めておけば水洗いが不要になる硯』を購入いたします。かなり実用性がありそうなので」
と、裏切り……もとい藍染が購入を宣言。そないなことされたら余計買わざるを得なくなるやんけ、なんて考えながら、商品棚を見る。
悩んで、悩んで。けどそんなに時間をかけるのも悪いなぁ、なんて思って──目が合ったものを手に取る。
「せやったらオレはこの……えーと。『とんでもなく跳ね回る蹴鞠 -狭所使用厳禁-』を買ぉたる。……うわ要ら……いや、これにする。会計頼むわ」
「はぁい。まいどあり、ですねぇ。ちなみにそれ、本当に狭いところでは使用しないでくださいねぇ。想像の数千倍は跳ね回るのでぇ」
「どういう鬼道の実験してたらこんなんが生まれんねん……」
「これは確か、吊星の研究だったかなぁ? 粘性を上げるために色々実験してたら生まれた代物です、よ」
微妙に納得できる開発経緯なのがまた。
げんなりした平子。その彼に差し出されるは──『若返りの膠飴』。差出人は、藍染である。
「じゃかましいわドアホ」
「ハッハッハ、仲が良いな、お前ら。……さて、そろそろ俺はお暇させてもらおう。もう少し時間のある時に、色々見て回りたい場所だった」
「ええ、お待ちしておりまぁす」
「オレらも帰るか、惣右介」
「はい」
一つ挨拶を入れて店を出る二人。
平子は、購入したものを懐に入れようとして……巾着袋の存在を思い出した。
「アカン、オレ届け物頼まれてたん忘れてたわ。これ握っとき、埋め合わせや。先帰っといてくれ」
なんて言いながら渡すのは、曳舟に渡された飴ちゃんこと舐溶飴の片割れ。
藍染も「は、はぁ」なんて生返事しかできないでいるが、その飴を受け取ったのを確認し、店内へ戻った。
「あれぇ、どうかしました、か?」
「お届けものがあってん。曳舟隊長……というか、善定寺元隊長と、"狼の長"と"土狼"って人からやと」
「……。……それは、わざわざどうもぉ。……じゃあこれ、お渡ししておきます、ね」
「え、いやこれただの届け物で」
「ええ、届けてくれたことへのお礼です、よ」
有無を言わせない何かがあった。
──気のせいか、底冷えするような……冷や汗のようなものが、背筋を伝う。
知らず唾を飲み。
知らず、頬を引きつらせている。
「せやったら……受け取り、ます」
「はぁい。……平子さん、髪、長いですからねえ。これまだ現世でも流通の少ない、さらさらとした洗髪剤です、よ。これで、少しでも楽をなさってください、ね」
「……これも、鬼道実験の産物やとしたら……なんの」
「幾つかの研究は混ざっていますけ、ど。──まぁ、断空、ですかねぇ」
ロクなもんやないとは思っていたけど! そこまでかいな! とは彼の胸中であるけれど。
鬼道衆。普段関わることなど、穿界門を開けてもらう時くらいしかないが──その筆頭。神童と呼ばれるくらいにはおかしな存在ということだろう。
「
「あ、ああ。おんなじ七席同士、よろしくしたってな。……そんじゃ」
手をひらひら振って。
いつの間にか、強く鼓動をしていた……高鳴っていたというよりは、呼吸ができていなかったが故の鼓動を感じながら研究所を出る平子。
そこにはまだ、藍染がいた。
「なんや、帰れ言うたのに、帰ってなかったんかいな」
「いえまぁ、そこまで時間は経っていませんし」
「……そうか」
「それ、なんですか? 筒……のように見えますが」
「洗髪剤やって。オレの髪ようけ長いから、届け物の礼に、言うて」
「ああ……確かに。平子さん、伸ばしていますし、……そういう普通のものもあるんですね」
「オレも思わず聞いてもたわ。何の鬼道の産物なんかって。そうしたらあの子」
と。そこで……言葉を切る平子。
なぜか、言うに憚られた。何の鬼道の産物かを。……だから。
「流水系の破道全部の混ぜ合わせらしいで。この筒開けたらオレ、吹き飛ばされるんちゃうか」
「攻撃性のあるものは一つも無かったように思いますから、大丈夫だと思いますが……」
「いやいや、オレが買ったこれとか一応攻撃性あるやろ。狭所で使うな言うてたし。……ほんならこういう開けたところで、地面にでも叩きつけてみたら」
開封した蹴鞠を手に取り、ふざけ半分の力で地面に叩きつけてみる平子。
直後、蹴鞠は遥か上空へと飛んでいった。
「……」
「……」
ぽかーんと上を見上げるばかりな二人である。
「……40……50……60……」
「いやいやいや! どこまで行って……まずい惣右介、次落ちてきたらなんとしてでも掴まえ! 斬ってもええ!!」
「70……80……あ、見えまし、た、が……」
「まずい変な方向に跳ねよった!! お、追うで惣右介! どっか……貴族の敷地とか隊舎に入ったらオレら終わる!!」
駆け出す二人。駆け出さざるを得ない。
──こうして、とんでもない逃走劇を繰り広げる鞠と二人の熾烈なる格闘が始まったのだった──。
*
カラカラと鳴る引き戸を引いて、彼はその出張所に入った。
「──おやぁ。お帰りになったのではぁ? 藍染十席」
「いえ、僕も……僕は、忘れ物がありまして」
「そうですか、そうですかぁ」
にこにこと帳場に座る少年。その彼の前にまで来る藍染。
「……幾つか、質問をしても?」
「僕に答えられることならば、ですが、ね」
「まず……これ。真央霊術院の子供達が読む、鬼道に関する教本です。著者は複数人いますが、使い方や霊力の感じ方を伝える項以外の、四十番以下の鬼道の紹介の項は、全て同じ方が著者をしていると感じました。……あなたですね、滑川七席」
「それは、質問ではなく、確認、ではぁ?」
「ええ、では、そちらでも構いません」
「そうですねぇ。清書なんかの部分は教師の松井田さんなんかが担当してくれましたけ、ど。原文を書いたのは、僕ですねぇ」
問い。それを……かけたくて。
藍染はここに来たのだ。
「どうして、でしょうか」
「なにが、ですかねぇ?」
「ここまで鬼道に理解があるのならば……改良や改善、あるいは仕様変更と言わず……新規の、それ一つで事足りる鬼道を作ることもできたのではないでしょうか。それを……どうして作らなかったのか、という問いです」
教本からだけでは伝わらない部分も多かった。だから、滑川平良の名が刻まれた書物の全てを読んだ。
結果としてわかったことは。
「君は……我々死神と呼ばれる存在から、一つ離れた視座より霊子というものを知覚している。そう感じました。そして、そうであるものが、そうなれないもの達のために、その小さな世界の内側へわざわざ入り込み……そうなれないものに伝わる言葉で、ゆっくりと喋っていてあげている、と」
「これは……褒められているんですか、ね。……でも、そうだなぁ。うん……どうして作らなかったのかについては、とーっても簡単な理由があります、よ」
「……それは?」
「下番の鬼道というのは、利権関係がややこしいんです、よ。貴族や四十六室もそうですけど、引退した古の死神だとか、王属特務の方が開発したものだとか、七席の身分で手を出すにはちょーっと面倒くさすぎるものがありまし、て」
「……」
「それをようやく大鬼道長や山本総隊長の権力で通した、なんてところにぃ、すべての鬼道がこれ一つでよくなる鬼道、なんてものを作って発表したら、どうなると思います、か?」
「……発表を中止するようにと……いえ、最悪の場合……七席を消そうとする貴族や勢力が出てくる、ですか」
「はぁい。残念ですけどねぇ、この世界はしがらみがたーっくさんあるんです。ならばそれを変えるように働きかけるべきだと、そう思いました、か?」
「……はい。正直に言えば」
何かが。
どろりと。
零れるように。
「──もう、やっていますよぉ。僕がこの世界に生まれ落ちた、たった六百年前から、ですけどねぇ。あなたが気付いていないだけですよぉ。あなたにも、
「……。……それは具体的に、どのような」
「まだ、お教えできません。僕のこの態度を怠慢と捉えるも良し、口先だけと考えるも良いです。僕のことなんか、忘れてしまっても、勿論構いません、よ」
何を連想するのか。
何を幻視するのか。
何が──鎌首をもたげているのか。
否、問うべきは。
「……もう一つ、お伺いしても?」
「ええ、どうぞぉ」
「……この飴。霊力増強・魂魄頑健の魂味、でしたか。……先程、平子七席から頂いたものですが……舐溶飴自体の製作者も、あなたであると聞きました。いえ、調べました、というべきですが」
「効能をお疑いですかぁ? まぁ、気休め程度ですよぉ」
「──他の品揃えを見るに、八卦飴が持つ効能は全て、何かを予防するか、何かを改善・回復するものであるように思います。……では、これは、何を予防しようとして作られたものなのでしょうか」
「もちろん、霊力が少ない人が、虚などと対峙している時に、霊力不足に陥る可能性への、予防、ですよぉ。備え、ですかねぇ、正確には」
「魂魄が頑健になると、虚に対して何か効果が?」
「あなたはまだ生まれていなかったかもしれませんけ、ど。昔は、病毒系の始解を使って悪事を企む方がいたんですよぉ。今や瀞霊廷の至る所に配備されている『姿見』もこれも、そういうむかぁしの事例を基に、今度はやられてしまわないように、と考えて作られたもの、ですよぉ」
話に矛盾はない。無理矢理も無い。
ただ。
「……これを、流魂街で売り出すご予定は?」
「ありませんけど、してほしいならします、よ。──ありがたいことに、瀞霊廷の標準的な飴になってくれたようで。一般隊士も、貴族も、隊長格も……一度も食べたことのない方はいないんじゃないかってくらい、親しまれていますから、ね。これを……流魂街に広めないのは、確かに勿体ないかもしれませんねぇ」
「……いえ。流魂街の住民に、虚と対峙して霊力不足を嘆いたり、死神の始解を受けて窮地に陥る、ということは、そうそうないでしょう。瀞霊廷内だけで問題ないと思います」
「ええ。ああ……それとぉ。これは気休めの飴ですけどねぇ? ……
「……始解の能力を、洗い流す……ですか。そんなことが……可能なのでしょうか」
「逆に、永続効果のある能力の方がおかしいと思います、よ? それは最早、対象の構成霊子の形を変えているに等しいですか、ら。一人の死神の能力一つで、すべての死神の指を一本奪えます、回道も効きません、って。おかしいでしょぉ?」
にこにこと。
笑う。笑う。少年は……屈託なく、包含する意味もなく。
「……確かに、そうですね。……おかしな話でした」
「えぇ、そぉいうことですねぇ」
「ありがとうございます、長々とお時間いただいて」
「いえいえぇ、少しでも疑問が解消されたのならぁ、何よりです」
「最後に一つ、曖昧な……答えが無いかもしれないことを聞いても良いでしょうか」
「無論、ですよぉ」
「──滑川七席。あなたはこの世界を、どのような世界だとお考えでしょうか」
「この世界というとぉ、尸魂界ですかぁ? それとも、三界のことでしょうかぁ」
「後者です。勿論どのような、などという曖昧な問いである以上は、曖昧な答えで構いません」
少年は、そこで。
久方振りに瞳を見せる。黒い。深淵のような。最果てのような。何もかもを飲み込んでしまいそうで、ここより先が無いことを伝える無機質な壁のようで。
「前にも……他の方に、お話しちゃいましたけど。……寂寥を覚える世界、ですよぉ」
「寂寥……ですか?」
「現世と尸魂界は、無益な循環を続ける、分かたれた意味があったとは思えない生死の繰り返しの世界。虚圏は、その輪より零れた魂魄の行き着く先。一たび虚へ落ちれ、ば……死して屍さえ残らずぅ、霊子の粒として世界に溶けなくてはならない。善行。悪行。誰がどういう基準で決めたのかぁ、環境や状況、時代で簡単に変わるものの上でぇ、ぎぃこ、ぎぃこと櫂を漕いで。その先には……何があるんですか、ね」
「……滑川七席は、何があるとお考えですか?」
「地獄でしょう。その繰り返しの積み重ねが強い魂魄を編み、それが死さば地獄へと送られる。とはいえ、地獄の釜も無限の魂を放り込めるものでもないのならぁ、やがて、いつか、三界からは霊魂が消え、地獄が溢れ出して三界を侵食する。地獄もいつかは死に絶えるんですよぉ。……ああそうだぁ、知っていますかぁ? 老衰で死に絶える人間が、最後にどぉやって呼吸をするのか。まぁ、全員が全員じゃないらしいですけ、ど」
「いえ……浅学で申し訳ございません」
「下顎でねぇ、きぃきぃと、鳴くように、呼吸をするそうで」
地獄の
その役割を──終えるかのように。
「まぁ、そこに苦しみはないらしいですからぁ、その終わりはもっと緩やかで……そして、対処のできないものであるのかもしれませんけ、ど。……こぉんな破滅的な回答で、良かったですか、ね」
「はい。……実に利のある会話でした。改めて、お時間取っていただき感謝します」
「いえいえぇ。……ああただ、次に来る時がもしあったらぁ、たとえ抜かずとも、斬魄刀に手を掛けた姿勢で来るのはご遠慮くださいねぇ。僕は良いんですけどぉ、僕のこわーいお友達が、来てしまう可能性があるんで、ね」
「……はい。失礼いたしました。……それでは、失礼します」
静かに退所し、カラカラと、引き戸を閉める藍染。
顔を上げた彼の目は──いつもの優しい目ではなくて。
けれど、瞬きと経たぬ内にもとの優しい顔へと戻る。
そうして歩き出そうとした彼は……己の懐に何かが入っていることに気付いた。
舐溶飴だ。平子に貰ったものではない。頭痛改善・不安防止の塩味。確かそう書かれていたものの包み紙。
お探しの忘れ物ですよぉ、と。そう言われているような気がした。
「……面白い」
それを口に放り込んで。
今も鞠を追いかけているのだろう──そして途中で分かれたはずの平子と合流するため、体力を使う藍染であった、とか。
*
食事処『方丈』。
そこの暖簾を手で分けて入店したのは、紫髪の女性、十二番隊隊長・曳舟桐生だ。
さらにそこへ続けて、四番隊隊長の卯ノ花烈、四席・四楓院千日、三番隊隊長・厳原金勒、八番隊副隊長・鹿取抜雲斎、十一番隊隊長、刳屋敷剣八が入ってくる。
錚々たる顔ぶれに、店内にいたすべての隊士の背がピンと伸びたのは言うまでもないだろう。
隊長たちはぞろぞろと奥の個室へと向かう。
そうして、それぞれが席へと着いて。
「いやぁ、良い雰囲気の店だね。こんな場所があったなんてさ」
「ああ、こういう個室があるっていうんなら、隊の奴らも使いやすい。あいつら騒ぐからな」
「全隊での宴会も減りましたから、知らない隊長格も、確かに多いのでしょうね」
「わたしは虎姫ちゃん誘って来たことあるけど」
「エ、あいつ飯とか食うのか」
「四楓院四席。流石に無礼ですよ」
「まぁまぁ、こんな席で無礼もないよ! さ、お品書きお品書き。……と言っても初めて見る料理ばかりだから、千日と卯ノ花隊長におすすめしてもらいたいねぇ」
「え、なんでわたしは外されたの」
「あんたの頼む料理は全部辛いからだよ!」
そんな風に、普通に食事会を始めた。
遠慮や気後れ、というのは無いらしい。
「ま、この場はオレが持ってやる。この中じゃ一番先輩だからな」
「……」
「いえ、私もそうなのですが。……まぁ、四大貴族に奢っていただけるというのは、またとない機会。ぜひお願いしましょう」
卯ノ花と鹿取は何も言わない。否、鹿取だけは舌をちろりと出しているかもしれないが。
「なんだ、そんなことを言ったら俺は酒を頼むぞ」
「構わねえよ。オマエが暴れたところで止められる面子しかいねーんだ。好きにしろ」
「……良いじゃねえか。そりゃ、最高の言葉だ」
「そんなこと言って、あんた暴れないだろ? 聞いたことないよ、刳屋敷隊長が悪酔いをして暴れた、だなんて話」
「あ、わたし焼酎で。それとこれ、配っておくよ。悪酔い防止の舐溶飴!」
「ほぉ! そりゃ……十一番隊に常備してぇな。つか護廷の隅々にまで行き渡らせるべきじゃねえか?」
「あっはっは、確かにね! ……それで、おすすめはなんだい。まぁ全部注文したっていいんだけど」
「んじゃそれで行くか。気に入ったやつ食えばいい。残しても問題ねえよ。ここの料理全てが好きだと豪語する厳原がいるし」
「残飯処理にされるのは納得がいきませんが、まぁ、そうですね。ここの料理は全て好きですよ」
んじゃ全部で、という注文が通る。
厨房は──事前に予約を受けていて、"そうなる可能性が高いですからぁ、食材と調理人は多めにしておきましょうねぇ"、と言われていたので、問題はない。
素晴らしい速度と練度で料理が行われ、配膳が為されていく。
ちなみにここの調理人は多少の鬼道を使い得る者達ばかりであり、
「来たぁ、汁なし担々麺! 辛さましまし!」
「うわ……赤っかいねぇ。……匂いだけで辛い」
「ほお、美味そうだな。俺も同じモンを頼むか」
「ん、辛さは……流石に最初は普通で食った方が良い。最悪腹を壊すぞ」
「おう、任せる」
「おや、卯ノ花隊長。あんたが食べているのはなんだい」
「『豚の
「ほう。……ひと切れ、いいかい?」
「ええ、どうぞ」
この食事会は、元々厳原、四楓院、卯ノ花、鹿取で久しぶりに集まって飯を食べよう、となっていた所に曳舟が来て、丁度近くにいたから、という理由で曳舟が刳屋敷を巻き込んで今に至るものだ。
そのため曳舟と刳屋敷は多少の……もともとの面子ではないから、という理由での遠慮をするつもりで入店した。
が、どうだろうか。
「っがぁ……生姜焼き、っつったかこりゃ! おい、酒と合いすぎる……んだこりゃ……!」
「いやホント。美味しいねえ。これは、精もつくというか。なんでもっと宣伝しないんだい……って、入りびたる奴ができちまうからか」
「ああ。鋸歯文のやつは二号店も出すとか言ってたが、立地の問題と金の問題で立ち往生してんだと。オレは別にここで食えりゃいいから投資するつもりはねーけど、ここが遠いってんなら話を聞いてやるのも手だと思うぜー」
「……アリだな。これは、ウチの連中が好きな味がすぎる。土地……土地か」
舌鼓を打つあまり、そんなことはとうに抜け落ちている。
それはそれとして、刳屋敷は二号店の具体的な候補地を探しているし、曳舟は何かひらめきを覚えたような顔をしている。
「んー、じゃあオレは、『貴族の舌ぶっ壊し通し』にするかなーいつも通り」
「なんだいその物騒な料理名は」
「曰く。"薄味、
「前に西紀ちゃんを連れてきたら、王途川隊長には絶対に教えるな、って釘を刺されちゃったねー」
「ああうん、王途川に食わしたらマズいだろうな。鴉泉にもまだ露見しちゃいねえが、大人になって行動力が上がったらと考えると怖い」
既に全品頼んだというのにさらに注文していく四楓院。
彼らはそれを残してしまうかもしれない、という心配を欠片もしていない。それは高貴さ・隊長格という高給取りゆえの傲慢、ではなく。
「相変わらず美味です。美味ですね。……答えを教わらずに……この……調味料の研究をしていますが。……いやはや、一体全体、幾星霜が積み重なった……」
厳原である。
その身はお世辞にも太いとは言えないのだが──その眼前にある器は、気付けば空になっている。そして何か、手帳のようなものに文字を入れている。
刳屋敷が思わず自身の斬魄刀を見るほどだ。
ぱく、ぱく、ぱく、と。
眼前に料理を置いた瞬間には、何も無くなっている。──深淵。全てを呑み込む孔がそこにある。
「相変わらず美味ですね。……そろそろこの料理を、己が手で作れるようになりたいものですが」
「卯ノ花、それやる時絶対オレを呼べ。あいつ、自分は本職には及ばないとか言って全然教えてくれねーんだよ。じゃあ、ってここの奴らに頼むと、絶対にあいつから学んだ方が良いとか言って……たらい回しでさ」
「ええ、必ず。……では、そろそろまぜそばを食べましょうか。それと、焼き鳥も」
「『二度茹で豚の辛味合わせ炒め』もどう? 卯ノ花ちゃん」
「ええ、頂きます。それと、土手煮も」
「厳原隊長もだけど、あんたも結構食べるね、卯ノ花隊長」
「そうでしょうか? あまり気にしたことはありませんでしたが」
「たくさん食べるのは良いことさ! ちなみに鹿取副隊長、胃もたれに効く舐溶飴とかあったりするかい」
「あるよー」
「なんでもあるんだなぁ、舐溶飴ってのは」
料理が追加されていく。
各々の調子で、時折隣のものを貰って。分けて。
特に宴会というわけではなかったし、何か節目というわけでもないのだけど。
楽しい酒盛りは、それなりに遅くまで続いた、とか。
……まるで。
日向と日蔭の境目に、綺麗な線を引くことを……嫌うかのように。