卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
希望は無味
絶望は無二
雨が降っている。
轟々と唸り声を上げているのに、肌に当たる雨粒は強さを持たない。
不気味な雨だった。
「これは……王途川隊長、ご機嫌斜めかな?」
「む、此方にそのような権能は無い」
「冗談ですって……。……いやーな感じがする。何事もなけりゃいいけど」
「京楽隊長、滅多なこと言わないの」
「ごめんごめん」
隊首会終わりの廊下で眺める雨。
現世においては1670年──尸魂界は、かつてない大時化に襲われていた。
*
避ける避ける避ける受ける避ける。
往なして避ける避ける避ける避ける。
「速度、上がってますねぇ。最近色んな人と組手しているみたいですけ、ど」
「余裕で避けながら言うんじゃねえ。オマエこそ昔より明らかに目が良くなってんな! オレの瞬歩も滑歩も、全部見えてやがるらしい!」
「まぁそりゃ、僕だって成長くらいしますよぉ。相変わらず攻撃能力は──」
鎖骨を狙った突きを、半歩先に出した身体で受ける。作用点をズラし、『緩衝霊子』で滑らせたその身体に巻き付くような腕を入れ、身体を回転させて避けることを見越して頬へと蹴りを入れる。
「ッ、オマエ人読みが上手すぎるんだよ! オレのクセ全部知ってるみたいな読みしやがって、くそ!」
「僕の長所っていうか、半ばそれだけでやってるみたいなところありますからねぇ」
声が聞こえた方向と逆から来る拳をミリ避けして、少し危ない角度で投げる。ん、左腕やったかな?
とか思っていたら、すぐに彼の左腕に緑の光が宿り、そして消えた。……いやー、フツーにズル。この速度で戦える人が自己治癒してくるのきびc~。
でもこれをデフォルトで、しかもほとんど霊力を使わずにやってくるのが虚なんだよなぁ、とか思いながら首ど真ん中を狙った突きを
「っ!? 抜けねっ……!?」
「皆さん忘れがちですけど、ね。『緩衝霊子』は滑ったり防いだりだけじゃなくてぇ、こうやって絡め取ることもできるんです、よ」
左腕の肘を蹴り上げ、折る寸前で止めてピンと張った状態にし、その状態でもう一回ぶん投げる。
相当痺れているはずだ。回道も、どこにかけたらいいかわからないだろう。実は僧帽筋なんだよ痺れているのは。だから首筋に回道を当てないとだめです。
「なんだ、回道が効かねえ……」
「じゃあ次、右腕貰いますねえ」
もう一度同じことを──。
「そこまで! 双方戦いをやめるように。引き分けだよー!!」
「え。……あ、時間切れですかぁ?」
「はい。やはり滑川さんは手数を多くする、もしくは相手に攻撃してもらう必要があるから、制限時間があると決着がつかないねー」
「まぁ、それが狙いの戦術ですから、ね」
ふう。
千日さんとの組手は本当に疲れる。速すぎるし普通に確殺の打撃を打ってくるので。
「……くっそ。今のは引き分けなんかじゃねえ、オレの負けだろ」
「まぁ、取り決めが何よりもの正義ですから。卯ノ花隊長、千日さんのことお願いできますかぁ? どこを治せばいいのかわからないようなのでぇ」
「……まぁ、良いでしょう」
「なんだよ何か言いたげだな。あ、わかった。オマエもやりたいんだろ」
「違います。……これでは本当に四席より上にはできないと考えたまでです」
「それは願ったりかなったりだが同時にムカつく。回道はちゃんと腕全体覆ってんのに治んねーんだもんよー」
「だから、それで治らない時点で他を考えるべきなのです」
「他ぁ?」
なんて四番隊ズのやり取りを背後に、かなり離れた場所で斬り結んでいる二人を見る。
片や口から灰を漏らし、灰で出来た刀を振るう厳原隊長。
片や燃え盛る焔を操り、冴えわたる剣技を見せる山本総隊長。
「ぬぅっ……!」
「まだまだ!」
流刃若火と山本総隊長を石化しにかかる七歩蛇。
七歩蛇と厳原隊長を燃やしにかかる流刃若火。
彼らのいる地面は石になっている部分と燃え盛っている部分があって、下手に近付けばとんでもない地獄に見舞われること間違いない。
「あっちもそろそろ時間だけど……声、届くのかな、あれ」
「卯ノ花さんが笑顔で言えばなんとかぁ?」
「滑川七席は私のことを何だと思っているのでしょうか」
「い、いやぁ~」
なんて話しているうちに、少しずつ炎が……山本総隊長が押され始める。
厳原隊長は血鎖イッチーみたいに複数人になっての攻撃や、七歩蛇を形成しての攻撃など多彩な手段で山本総隊長を攻めていて、その逆は変化に乏しい。
やがて左腕が完全に石化し始めた──あたりで。
「──卍か」
「何を熱くなっているのですか、総隊長」
その言葉を言い切る前に、卯ノ花さんの拳骨が山本総隊長の後頭部へと突き刺さった。
拳骨……は、手刀じゃない判定?
「む。……ああ、時間切れでしたか。申し訳ない、周りが見えていませんでした」
灰を全て吸収し、卍解を解除する厳原隊長。山本総隊長も地面に伏せながら始解を解除したらしかった。
「……滑川もおるしおぬしもおる。儂も卍解をして戦闘をしたとて良いじゃろうに」
「その余波でどれほどの被害が出ると考えているのですか、と。そう聞いています」
「……」
「腕、出してください。治療します。滑川七席、乖霊剥離の膠飴を」
「はぁい」
あまりの正論にぐぅの音も出ない山本総隊長の腕を治癒していく卯ノ花さん。
組手。卍解修行中で不安定だという鹿取さん以外の組手だけど、みんな力がついてきて、そろそろ『全力部屋』の改良とかしなきゃかなぁ、と思う今日この頃。斬魄刀戦闘が起きている時点で組手とは案件ではある。
どうにかして……こう、ハンデというかさ。山本総隊長の攻撃力を1%にして、全力で戦っても99%削減されたダメージしか出ない、とかにできれば色々やれそうだけど……それってどういう状況だろうなぁ、とか、こねこね。
そうして、治癒が終わって。
「──さて。厳原、卯ノ花。今日おぬしらを呼んだのは他でもない。おぬしらに……共有すべきことが、あっての」
「滑川七席を中心としたあなたがたの、長年の秘密、ですかね」
「うむ。何があるかについては気付いておったようじゃが、すまぬな。非常に繊細な情報ゆえ、出し渋りをしておった。……じゃが」
「山本総隊長ぉ、その前に、良いですかぁ?」
「……うむ。確かに、まずはそれをすべきか」
では、失礼をして。
──卍解。
そして……共有、だ。
「……そうでしたか。藍染君が」
「もう少し早く、とは……思ってしまいましたが、確かに私は、以前に一度、あなたの秘密を漏らしてしまっています。信用されないのはいたし方ないですね」
「はい、申し訳ないです。厳原隊長は口の堅さこそ信頼していますが、千日さんに並んで交友関係が広いため、踏ん切りがつきませんでした」
「ええ、良い判断だと思います。秘密というのは知る人数が多くなればなるほど漏洩の危険を抱えるもの。隊長格とてそう簡単に信用すべきではありませんね。お喋り好きの方は特に」
「厳原隊長はそうじゃないよ、ってわたしが提言したの。尾花隊長とか逆骨のお爺さんとかだとダメかも、って」
二人は……しばらく情報を咀嚼というか、吟味したあとで。
「戦略を立てましょう。滑川君。まず、藍染君の離反というのは──何があっても、必要なことなのでしょうか」
「はい。それよりも深きところにいる者を倒すために」
「それは、我々死神では成し得ないことですか?」
「そうですね。あるいは僕ならば、という思い上がりを口にすることはできますが、基本は無理です。人間の要素や滅却師の要素を僕らが意図的に手に入れることができるというのならば、話は別ですが」
「件の場所の技術力ならば、そういった存在も作り得るのではないでしょうか」
「それについては、実際に未来で作った人がいました。ただしそれも霊王の欠片……鎖結を宿す者によって、です。また、作成には何百万の死神、滅却師、人間、虚の魂魄を必要とし、また超高位の滅却師の……特別な脳髄も必要です。ですのでまぁ、それは最終手段でしょうね」
「藍染君を離反させないため、というのに、最終手段は使えない、と?」
……。
……それは。
「未来の十二番隊隊長、浦原喜助君。その名はすでに真央霊術院で聞いています。非常に頭の良い子であると。どうにも話を聞く限り、頭脳明晰でありながら技術力を持つ彼がいなければならなかった場面が多いようです。贔屓目無しに見て、その五分の一ほどは君が担えると思いますが、智者と技術者は何人いても構わないでしょう。死神の倫理として、何百万の死神、滅却師、人間、虚の魂魄を必要とし、高位滅却師の脳髄を犠牲にしなければならない、というのは許し難いですが、では、藍染君の離反によって失われるもの、犠牲にしなければならないものと天秤にかけた時、それはどちらに傾くのでしょうか」
「……人は、数ですか?」
「いいえ。しかし、被害は量ですよ、滑川君」
「そう……ですね」
「八人の隊長格と、浦原喜助君、四楓院夜一さん、握菱鉄裁君。これほどの戦力・技術力を失い、藍染君の始解の能力を常に警戒し、その暗躍を見逃し、彼が行う流魂街での人体実験等々にも目を瞑り……その果てに得られる、死神代行、でしたか。その存在の人間性や人格如何を計算から外した時、どれほどの──」
「申し訳ありません。今話したのは、あくまで僕のいた未来での出来事です。──既に種は蒔いてあります。その犠牲者は、出ないものと考えてもらって大丈夫です」
口にはしていなかった。この部屋に於いても、この卍解下に於いても。
「先日の接触時、瀞霊廷は僕の庭であると宣言しました。隅々にまで行き渡った舐溶飴と乖霊剥離の膠飴の存在。それは彼から危険のない計画というものを奪い去ります。誰の催眠が解けていて、誰に催眠がかかっているかわからない、という状況で……彼はわざと多くの人間に見せつけていました。平子さんと共に走る、身代わりの隊士の存在を。その後情報収集をし、知ったはずです。あの時彼らを平子真子と藍染惣右介の二人であると認識していたのは、たったの四分の一程度である、と」
「……どうして、そこまでの数字がおわかりになるのでしょうか」
「僕はあの蹴鞠の開発者です。どれほどの力で、瀞霊廷のどの地面にどの角度で叩きつけたのか、というのを出張所前で見せられたのですから、それがどういう跳ね方をするのか、くらいはわかります。そして、僕の霊圧知覚は、深く集中すれば、半径千里の範囲にまで及びます。これは、現世……地球の表面積の約十分の一に匹敵する範囲です。それを用い、瀞霊廷全体における、そして蹴鞠の弾道付近における死神や貴族の舐溶飴の服用濃度を割り出しました。これにより彼らが何を見て、どう答えたかまで判別が可能です」
あれだけペラペラと手の内を明かすような思想を語ったんだ。
それと引き換えて余りある「調べもの」はさせてもらった。彼が僕と話すために、そして舐溶飴の効能調査のために割いた、予定外の実験。それほどセキュリティチェックの甘い実験もない。突発で実験をしたり要件定義をしていない開発には常にこういうリスクが付きまとうんだ。
「彼は自身の能力に絶対の自信を覚える人柄ですが、同時に目に見える数値も信用します。それが見えていない内は確証
「……被害は、流魂街のみに抑えられる、と」
「そうです。そして……未来においては彼の腹心であり裏切り者である市丸ギン。彼の出現に合わせ、僕はその近辺へ影を残す気でいます」
「剥がす、というわけですね」
「はい。尸魂界側の被害を最小限にした上で、藍染惣右介には動いてもらう。無論死神への被害の全てを失くせるとは言いませんが、量で考えるのなら、もう一つの"存在"を作るよりずっと少なく済むはずです。……そして、この選択はつまり、必要最低限の被害を見殺す、ということに同じです」
ホワイト。及びグランドフィッシャー、メタスタシア周り。
志波海燕、都、一心。黒崎真咲、一護。その周囲にいる死神たち。
千日さんを助ける助けないの話の時に夜一さんが必要だと思う、という話を述べたと思うけれど、それについては代用は可能であると考える。
浦原喜助が100年間いなくなることの方がずっと痛いから。
だから……そういう観点で言えば、上記の数名の死神たちですら「誰か」でいい。黒崎真咲と黒崎一護だけがマストだ。それ以外はなんだっていい。その二人さえ犠牲にすれば、そして藍染惣右介という存在を失う痛みを受け入れたのなら、僕たちは未来を切り開ける。
「成程。しっかり考えている、と。……もう少し、意地悪な問いを続けても?」
「はい」
「君が評価をしている二人。浦原喜助君と藍染惣右介君。この二人が君の立てている計画を看破し、それを超える策を弄してきた場合、その対策手段はあるのでしょうか。浦原喜助もまた、一つ転ぶだけで我々の敵になり得るように感じましたので」
「幾つも、幾つもあります。幾つも考えています。そして……その全てについては、山本総隊長にさえ話していません。元よりこちらの話自体誰にも話すつもりはありませんでした。まさにそうなってしまって、凡庸な僕の手から運命が離れることを恐れたがためです。僕の発明の多くは未来を知っているがゆえに出来たものばかりで、僕自身は平隊士とそう変わりません。これは卑下や自分を下に見ているとかではなく、浦原喜助と藍染惣右介がそれほど隔絶している、という意味です。この文脈では、厳原隊長ですら平隊士と同じ、というくくりに入りますので」
「……そうですか。それでも話してくれたのは……恐らく君の自発的な行動ではないでしょうね。……山本総隊長と、あとは」
「鋸歯文じゃ。大鬼道長。儂らが迫った。話を聞けば、確かに、儂らでは頼りなく、そしてみだりに口外すべきではない話であるとも理解した。……じゃが、その上で、こうして協力者を増やしておる」
「計画の露見よりも手が増えることに利を覚えるようになったから、ですか?」
「はい。調子に乗るべきではないと理解していますが、幾つかの運命を変えることができたこと、そして懸念の一つだった虚にも種を蒔くことができたこと。零番隊にも僅かな繋がりが出来、貴族にも繋がりが出来たこと。様々を加味しての人選です」
サブプラン。サブプランのサブプラン。全く違うプラン。対策、対策対策対策対策。
最悪、瀞霊廷が、尸魂界という世界が……僕の敵に回ったとしても、成し遂げられるための道。
それについては、あの、怠惰を究めた統学院時代から……それに入る前からやっていたことだ。
斬魄刀も持たぬ身で、ずっと、ずっと。
「つまり、今を以て尚、私達は……根の部分では信頼されていない、と」
「……そうですね。そう取っていただいて構いません」
「いえ、意地悪を言いました。この秘密の共有だけで結構ですし、君の始解と卍解の能力を思えば君が起点になることも理解できます。……執行元隊長と志島さんも、もしやご存知だったので?」
「いいえ。あの二人には何も伝えていませんが……何かは、察していたものと」
「でも志島は"大きな祭り"とか"どえらいこと"とか簡単に口走っちゃうからダメかなって」
「良い判断です。そういう意味では、鹿取を引き込んだのは最適解だったのやもしれませんね」
「いえ……その、鹿取さんについては、こちらに引き込むために明かしたわけではなかったんです。勿論それを後悔はしていませんが……この先において僕は、この甘さを捨てなければならないとも思っています」
これ以上はダメだ。情に動かされて、全てを台無しにする可能性へ踏み切る、だなんて。
「厳原隊長、滑川さん。私からも一つよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ。卯ノ花さん」
「先程の状況設定……即ち鬼才両名にこの計画が露見し、瀞霊廷の全てが信じられなくなった場合にどうするか、という話は、この場にいる全員が考えておくべきでしょう。滑川さんの能力に起因する始点であることは理解していますが、彼が崩れた場合全てが、というのは到底受け入れることのできない危険です」
「儂ならば、とりあえず、全員の脚でも燃やし尽くすか」
「まーでもそういうことだよな。平良だけが背負える話じゃねーよ。こいつが未来から来たとかは正直どうでもいいんだ。重要なのは、その鬼才二人程度に尸魂界が、っつーか三界が揺り動かされることにある。残念ながらすぐにはそれをどうこうってのはできねーんで、平良が負けても第二、第三の平良に俺達がなれるよう準備しておけ、って話だろ、卯ノ花」
「はい。計画自体に異論はありません。藍染惣右介を切り離し、流魂街の住民と人体実験に使われる死神を犠牲にし、人間を犠牲にし、より深きところにいる者を倒す。最小の犠牲であると判断できます」
ならば。
「──しかし、滑川さんは、それで良くはないのでは?」
「……え」
視線。……この場にいる全員からの視線が集まっている。そりゃそうだ。僕が進行をしていたのだから。
けど、そうじゃない。その目線の高さは……僕の、手に。
ぎゅ、と。
白くなるほどに握りしめられていた右腕に。
「この思念肉声変換装置、さっきから外してるけど……滑川君っておかしいよね。上っ面と吐いてる言葉は一致してるのに、その下に沢山の感情が渦巻いてる」
「はははっ、そうか、そういやそうだったな。王途川助けるためにその霊圧感知を惜しげもなく披露したんだっけ? 認めろよ平良。オマエ、実はそういう人間なんだよ」
「本当は犠牲など──、一人たりとて、出したくない。そういう気迫が伝わってきます。思うにあなたは、今まで見捨てざるを得なかった方々のことを、一人として忘れていないのではないでしょうか」
夕闇の河川敷。フラッシュバックする無数の人々。顔の無い、でも、こちらを見ている人々。
顔はない。まるで忘れてしまったかのように。野箆坊が記録している衣服などの外見情報。そうだ、そこに顔なんてない。彼らは名も無き人々として、未来の礎になるしかないのだから。
腕が引かれる。袖が引かれる。
顔の無い子供達が、沢山。
僕の胸のあたりを……指差して。
「──ならば、計画はイチから考え直すべきでしょう。この集団が君を軸に集まったというのなら、君の感情を無視して推し進めるべきことなど一つもありません。山本総隊長、ご意見はどうでしょうか?」
「うむ。滑川、おぬしは一つ、勘違いをしておる」
「……勘違い、ですか」
「そうじゃ。甘い考えを捨てる、というのは、感情の全てを失って装置が如く行動をすることではない。いい加減な行いをしない、ということじゃ。鹿取を助けたことが甘い考えなどと、もう二度と口にするな。どれほどの危険を抱えていたとしても、目の前にいる誰かを救うことに、甘さも間違いも存在はしない。……そして、謝罪を」
「……」
「おぬしにそういう考えを植え付けたのは、儂じゃ。なんせ儂はおぬしの卍解を隠すためだけに、四楓院を見捨てるよう指示をしておったのじゃから」
「えーっ。なんだそれ初耳なんだけど」
「いえ、僕は、あれの前から」
「自身の内々で決心していたことと、誰かに命令されたことは違うじゃろう。況してや儂という立場的にも、あるいは年齢……経験則の観点から見ても、さも合理に即していると思われる相手からの命令であれば、齢百五十年と少しであったおぬしの決心に混ざり物が入ってしまうこともある。そうさせてしまったことを謝らせてほしい」
そんなことはない。
僕は……最初から、そういう。
「つかよ、平良って何歳なんだ? 未来から来たっつー話だけど、そっちで何歳くらいだったんだ?」
「……百年に、満たない程度、ですかね」
「じゃ有ってないようなもんだなそっちの経験則は。オマエのその全てを隠す態度はオレたちと出会った時から続けていたわけで、本当に二百歳未満くらいのヤツにガキ扱いされてたってわけか。ま、あの頃のオレならさもありなん。大人なやつなんてどこにもいなかったな。誰もが思い思いに動いていて、体重を預けても倒れねえ、そんでもって蹴っ飛ばしたって文句を言わねえ奴を探してた。つーわけで、厳原の話に戻ろうぜ。つまり平良もオレたちもガキすぎたんだ。色々さ。んでまぁみんな大人になったから、取れる手段も多くなった。そういうことだよな」
「正しいかと。……それで、具体的な話ですが……まず霊王についての理解と、綱彌代家が隠していた完現術者についてをおさらいしておきましょう」
「回帰による回復、ですか。……成程」
僕抜きで……千日さん、厳原さん、卯ノ花さん、山本総隊長は、計画を練り直し始める。
犠牲無しで。
そんなことが……できるのか。可能なのか。
この人数が届かせ得る腕の範囲なんて、たかが知れていると……どうして、そう、思わずに。
「滑川さん……君。……んー、もう平良君でいいや。平良君さ、ちょっとこっち来てくれるかな」
「……はい」
少し離れたところへ招かれる。岩。ベンチみたいな高さのそれに、ひょい、と座る鹿取さん。
僕も、座る。
「最近のわたしね、年次被害報告書、みたいなのを見る機会が多くてさ」
「……はい」
「知ってる? 千年前に比べて、死神の年間死者数は六割も減ってるらしいよ」
「そう……らしいですね。皆さんが、強くなって」
「違うってことわかるでしょ。君、察しは悪くないんだから」
……知っている。二枚屋さんに言われたし。
それが、僕の功績、というのは……ちょっと信じ難いけれど。
「じゃあ問題。今の護廷十三隊の在籍人数はどれくらいでしょうか」
「……五千人と少し、くらいだったはずですね」
「うわぁ正解。すごい、数えてるの? ……そう。千年前は三千人もいなかったけど、今はそれくらい。千年前の記録は綱彌代家のどたばたでちょっと閲覧する機会があってねー。昔は死亡率六割くらいだったんだって。三千人が毎年六割減っては流魂街からやたらめったらに徴兵されて、また死んで、を繰り返してた。それが今だと、二割四分。勿論引退した人とかは考えてない単純計算だけどさー。……君が救ってる人数がどれくらいか、わかった?」
「……」
「わたしもそこにいたんだろうね。あとは、千日もそうだろうし、志島とか執行さんとかも案外そうかも。卯ノ花ちゃんは……なんだかんだ生きてそう」
「そう……ですね」
「王途川さんも当然そうで、あとは尾花隊長も? だから、鴉泉ちゃんも生まれてなかったのかな? 綱彌代家の陰謀は当然のように続いていて、っていうか初代隊長格は実はほとんど死んでたりしたんじゃない?」
「……そうですね。山本総隊長と卯ノ花さん以外……いませんでした。大鬼道長、副鬼道長含めて。いなかったというのは……死亡が確定していた、という意味です」
「うわぁ、想像以上だった」
誰もがいなくなると思っていた。
けれど……。そう、けれど、だ。
入れ替わりは多い。立ち代わりは多い。だけど……生き残っている人も、多い。
たとえばあの、一番隊の色の強い面々。稲武五席は亡くなってしまったし、おせんべいをくれた彼も死してしまったけれど、その二人以外はまだ存命だ。死神を続けている人もまだ多い。
統学院……霊術院の教師たちもだ。みんなどんどんお爺さんになっていったし、あるいは途中で止まってそのまま老衰、という人もいたけれど……想像の何倍も多くの……僕の在籍時から教師であった人、というのが生きている。
それが、すべて。
「君の手だけで、君の腕だけで、これだけの人が救えたって、凄くない? 確かに君の何かを犠牲にしたからなのかもしれない。あるいは君が尽力したからこうなったのかもしれない。……けど、君一人にできることを、わたしたちが……うーん、五人がかりくらい? でできないとは限らないわけじゃん。まぁ勿論鬼道の調整とかは、正直できる気はしないんだけど」
「……鹿取さんたちには、僕にはない戦力があります」
「うん、でも、そういうことかな。まだ結果は出てないけどさ。わたしたちも君に匹敵することをするよ。たくさんを救って、たくさんを助けて。そしてもう一つ」
鹿取さんは……すら、と。自身の斬魄刀を抜いた。
「わたしの妖刀……抜雲の解号、覚えてる?」
「……掻き暗せ、でしたか」
「そう。雲が集まってきて、その場を暗くしてしまうこと。それが抜雲の解号だった。……じゃあ、こっちの、わたしの本当の斬魄刀の解号はなんでしょうか。たまに見せているから、知っているかな?」
「はい。知っています」
「うん。じゃあ──打ち明けろ、
始解。それにより刀身が消え──羽衣のようなものを纏う鹿取さん。
そうして……ひゅうひゅうと、否、轟々と唸り声を上げ始める周囲の空気。
かつての妖刀「抜雲」が「雲を
新たなる相棒「剖雲」は「雲を
風というと69さんのコンバットナイフや茜雫の弥勒丸あたりが思い浮かぶか。後者は借り物だけど。……少し怖くもあったんだ。もし鹿取さんの始解が錫杖になったらどうしよう、とかは、結構思ってた。
風。あまり強いイメージは無い。要するに斬撃の延長線上でしかないと思ってしまう、けれど。
「死なないことを、君に見せつけなきゃだ、って。思ってる」
「……」
「卯ノ花ちゃんと山本さん以外いなかったって今聞いて、成程ってなった。それは仲良くしたくないよ。それは踏み込まないわけだよ。どこかで必ず死ぬと……それも恐らくは悲劇的な死を迎えるって未来で知っていた君は、周囲にいる人間全員から距離を置きたかったはず。だって怖いもん。悲しむのも嫌だし、何かを預けて……そのまま死なれたら、苦しいし」
「そうですね。……概ね、そうです。その理解で……今まで生きてきました」
「だから、わたしにできる最大の恩返しは、生きることなんだろうな、って。そう思ったんだ。生きて生きて、何が何でも生きる。君が定める決戦の時に、君一人になっていないようにする。巨壁に立ち向かう
……それは。
それは……そうだ。それは……たしかに。
心が、初めて、潤うかもしれない。
報われたと……涙を流すかもしれない。
「だからね。こんなところで──置いていかれるわけにはいかないんだ、って。──卍解」
「え」
まだ……修行中の、はずじゃ。
「
薄桃色の羽衣と、足元に発生している雲。先程までの轟々と唸り声をあげる風はぴたりと止んで……まるで彼女の指示を待っているかのように、凪いでいる。
……ん?
「えっと……僕への決心を出汁に使って斬魄刀を屈服させて卍解に成功した、という認識で合っていますか?」
「そういうこと! あはは、具象化も屈服も九割がた終わってたんだけどねー。中々この子卍解の名前を教えてくれなくて。だから今の姿を見せつけてあげたら、ころっと! ありがとう!」
う、うん。若干複雑です。いえ戦力が増えるのは良いんですけど。
えっと、さっきまでのちょっとしんなりとしたっていうか決意を固めて、みたいな雰囲気は、一応本音だった……んだよね?
「ん、なんだなんだ。霊圧が……ってうおっ、もしかして鹿取オマエそれ、卍解か!?」
「そう! わたしの新しい卍解!!」
「──じゃあ、闘ろうぜ。そろそろ疼いてただろオマエも。妖刀関係なく戦闘狂なのは知ってんだよこっちは」
「もちろん! 受けて立とぉ~!!」
「っしゃあ! 卍解!!
「ほう。新たな卍解ですか。良いですね、余力があれば私とも手合わせ願います」
「風を操るか。うむ、良い変化じゃな。……しかし、氷雪系の斬魄刀持ちは中々現れぬのぅ」
「そうですね。初代七番隊副隊長の洞戸範光さん以来、誰も氷雪系の斬魄刀を有していないというのは……些かに異常事態です。あるいはこの
まさにそれです。シロちゃんは黒星多いけど運用方法変えれば名に恥じぬ最強になると思います。あと袖白雪も。凍雲はまだわかんない。
……。
甘い考えを捨てるとは、機械的になることじゃない、か。
全くその通りだ。……本当に。
と。
そんな風に場が騒がしくなってきた時のことだった。
誰かが来たことを知らせる『全力部屋』の前のアラートが響き渡る。
しかも……登録対象者外。
このアラートの意味自体は全員知っている。だから、一気にお遊びをやめ、臨戦態勢に移った。
扉が──蹴っ飛ばされる。
出てきたのは。
「──いるか!? っと、本当にいたな、卯ノ花!! 急患だ!!」
血だらけの刳屋敷さんと。
──……。
「大鬼道長……?」
胴体が、真っ二つになった──。
「焦るな。こいつは死んでねえ。どういう鬼道かは知らねえが、この結界がコイツ自身の生命を繋いでる。だから卯ノ花、今すぐに治せ。俺は良い」
「……これは、私でも……」
「良いから回道に取り掛かれ! 今生きてんだ! できねえはずがねえだろう!」
アイコンタクトが走る。扉を閉める千日さん。
「滑川さん」
「はぁい。もうそろ、十八番ですから、ね。大丈夫です。必ず、治します」
「……坊主、お前が……やれんのか?」
その問いには答えず、卯ノ花さんの前に置かれた……大鬼道長を診る。確かに上下の胴体が結界で繋がれ、しっかり呼吸もしている。心臓も動いている。……空間転移系の、禁術に近いものを感じる。不味い、かもしれない。誰かに気取られていたら。
詠唱破棄でも効果を損なわないよう調整した
一つ、心臓が跳ねる。
この結界を解除しなきゃ、
でも。
解除をした瞬間に死んだら……この鬼道に死者を蘇生する力は。
「滑川さん。結界の解除後、私が全血管の血液を循環させ続けます。四楓院四席、あなたは霊子結合崩壊を遅らせてください」
「ああ、全力を尽くす。平良、この血膜、もう少し小さくできるか? オレたちが中に入っちゃいけねーんだろ」
「……はい。できます。こうして……大鬼道長の身体を、覆う程度にまで」
「っし、流石の霊子操作だ。……焦るなよ。この縛道の意味はオレもわかってる。オマエが今何をやってるのかも。だからこそ言う。鋸歯文は絶対に助かる」
「はい。……そうです。その通りです」
身体を蝕んでくる真白の罅を始解で押し返す。
緊張する場面では本当は使いたくない始解だけど、緊張を消し去ってしまった上で冷静な判断ができるようになるのはアドバンテージだ。
「結界を……消します。卯ノ花さん、千日さん」
「準備はできています。どうぞ」
「おう、やってくれ」
唾を呑み込んで──大鬼道長が張ったその弱々しい結界を、解く。
その瞬間、夥しい血が──溢れたり、飛び散ったりせず、まるで網目のようになって……上下の胴体へ注がれていく。
さらに、崩壊しかけている断面の霊子が抑えつけられていて……。
「誰か、大鬼道長の身体を……ゆっくりと近づけてください」
「ならば私が下半身を持ちましょう」
「じゃあ、わたしが上半身を」
さらに
「卯ノ花さん」
「はい。……お二人とも、少しずつ近づけてください。都度調整を入れます」
苦悶の表情を浮かべていた顔は大分落ち着いた。生命力が足り始めたからだ。
あとはこれを、回道にて治し切ってしまえば。……いや、この油汗の感じ……もしかして痛覚を切ってないのか?
今……穿点系のものを打ち込むのは避けたい。なら。
「破道の八十一・
「お待ちください。今使おうとしているのが六十番以下の縛道であれば、私が万全の状態で使えます。滑川君は霊力を温存してください」
「破道であれば儂も使える。滑川、もっと周りを見よ。おぬしだけにしかできぬことを為せ。おぬし以外にもできることは、他を頼れ」
……ああ、そうだ。その通りだ。
僕はすぐにこれだ。口先で変わるとか頼るとか言っておいて……全然変わってない。
みんなは、どんどん、先に行っているのに。
……今はそんなこと悔やんでる場合じゃないか。
「……その通り、でした。……厳原さん、掴趾追雀の人体図形の使い方は」
「知っていますよ。実用できるほどに習得済みです」
「では、
「はい。縛道の五十八-簡易重奏・掴趾追雀卌式」
展開される。……少し画素が少ないけど、充分か。
なお、破道の八十一・弛感は敵の感覚を痺れさせる鬼道だ。劣化版清虫、劣化版逆撫、劣化版鏡花水月、って感じかな。
本来はこれを当てて隙を作るものだけど、痛みを忘れさせる方向に働かせた。その上で疲労を吸収し、心肺機能などを回す。……身体が助かっても、酸素不足で脳が破壊されると厄介だ。
「並行して……消毒も終えました。滑川さん、このまま繋げてしまってもよろしいですか?」
「……いえ。待ってください」
掴趾追雀で明らかになった霊子。おかしな動きをしているものはない。……滅却師ではない、ということだろうか。
いや、そっちは刳屋敷さんに聞けばいい。というか、山本総隊長が話を聞いてくれている。必要なことがあれば伝えてくれるだろう。
……大丈夫。大丈夫だな。見落としはない。……大丈夫だ。
「はい、だいじょう……いえ」
なんだ……この、細いの。
霊子一粒ほどの直径を持った……針みたいなものが、ある。滅却師が使うものじゃないと思う。こう……霊子へのアプローチが違う。
「……千日さん。この技術、目をつけられたら」
「ああ、庇ってやる。好きにやれ」
「はい」
──霊子に干渉する。
それは完現術者、道羽根アウラがやっていたことのように。固有の能力を持たぬ代わりに、霊王の鎖結として、完現術者として、類稀なる霊子操作技術を披露していた彼女のように。
思念だけで、霊子を操作する。
昔、王途川さんの腕が落ちた時に考えついて……これは「マズすぎるかも」として封印した技術の一つ。
残念ながら彼女のように霊子を操作して物質Aを物質Bに変える、みたいな芸当はできないけれど、霊子一粒一粒への干渉は可能になる。
それを用い、非常に細い針のようなものを抜き放ち……。
「っ、なんだ? 霊子結合崩壊が一気に弱まったぞ」
「……滑川さん」
「はい。……大丈夫です。くっつけてあげてください」
取り出した針を小さな匣型結界に入れておく。
そして後は、
やがて、胴体がくっつけられ……卯ノ花さんによる精密なチェックが入って。
潰れていた臓器や千切られた血管、神経が、一つ一つ丁寧に治癒される。
「さすが……ですね」
「この鬼道のおかげです。本来の現場では、このようにはいきません。鋸歯文大鬼道長は下半身不随を免れなかったでしょう」
「……そうですか。……役に立って、良かった」
そうして。
そうして……。
「──もう、
「……」
「平良? 大丈夫か?」
「え。……あ。……もう、大丈夫ですか?」
「はい。治療は終わりました」
……なら。
恐る恐る……鬼道を解く。
大鬼道長は。
普通に息をして、普通に心臓を動かして。
「……」
ああ、久しぶりだ。
暗転するほどの、気絶は。
「平良!? お、おい、大丈夫か!?」
霊力不足……だなぁ、本当に。
*
うつ伏せに倒れた滑川。それが霊力欠乏による一時的な昏睡であると診断し、四楓院が彼を近くの平たい岩に寝かせてきての、今になる。
「ったく、焦るぜ。つかやっぱり霊力欠乏だ。さっきの八十番台の破道を山本に押し付けてりゃもうちっと保っただろ。倦憊ならオレも使えるし」
「まだ頼りなれていないのでしょうね。滑川君の今後の課題でしょう」
「……頼っておいてなんだが、正直信じられねえな。なんだ……あの鬼道は」
「その前に。刳屋敷隊長、これを舐めてください」
「ん?」
「『乖霊剥離の膠飴』です。あなたに敵の魔の手が迫っていた場合はこれで対処可能であると調べはついていますので」
刳屋敷剣八。彼は渡された飴を、何のためらいもなく口へ放り込む。
一瞬眉を顰めたものの、それ以外の反応は無し。
「これでいいか?」
「はい。ご協力ありがとうございました。のちほど鋸歯文大鬼道長にも同じ処置をしますので」
「おう。……確かにこの部屋のとんでもねえ秘匿性を考えりゃ、成程、理解もできる。……んで? あの坊主は大丈夫なのか。ありゃ生命力を直接譲渡するような危ない鬼道と見たが」
「問題はない。どうして問題が無いかについては、あ奴が起きてから話す。それで良いか、刳屋敷」
「無論だ。そこまで不躾なつもりはない。……それより、さっきの話だ、総隊長」
「うむ。……
そう。刳屋敷と鋸歯文が遭遇した敵──鋸歯文の躯を真っ二つに割った敵。
曰く、巨躯に、大河が如き大きさの斬魄刀が。
「たまたま虚の腕とかのカタチが刀っぽかった、とかじゃなくて?」
「ああ、鞘から抜き放って、解号まで唱えてやがったからな。流石に斬魄刀だと判断したぜ」
「解号……ですか」
「ぶち撒けろ、だったかな。俺の耳がおかしくなけりゃ」
沈黙が下りる。
そんなもの……存在してはいけないはずだから。
「膂力は俺と同格はあった。その上で、剣を振るのに合わせて不可視の斬撃を放つ……斬撃というか、刺突か? そんなものを放つ能力だった。俺は防いだんだが、背後にいた鋸歯文に当たったあたり、透過する能力でもあるかもしれねえ」
「そもそもどうして二人が共に行動を?」
「あぁまぁ、先日の飯処の話を詰めてたんだよ。そうしたら突然予定地だった空き地に虚が出てきて交戦の流れだ」
「瀞霊廷内、ということですか?」
「ああ、そうだ。
その言い回しに違和感を覚える面々。
それはまるで。
「自身の感覚を信用できない、と?」
「ちょいと妙すぎるからな。だからできりゃ、さっきの飴だけでなく、もっと遡っての俺への効果を消し飛ばせる鬼道を使ってほしい。恐らくは始解のチカラってやつだ」
「ならば──待つよりほかはない。そして刳屋敷。おぬし、口の堅さは如何ほどか」
「この顎が砕けようとも」
「……だとして、待つよりほかはないがの」
霊力欠乏。今のところそれを回復させる手段は乏しい。今の卯ノ花もできないことはないが気休めにも満たない、という量だけだ。
回復を待つなら、時を過ごすしかない。
「なら……俺の腕を縛っておいてくれ。何を見せられ、何をしでかすかわからん」
「……厳原、拘束系の縛道は使えるか」
「はい。幾つか。……心苦しいですが、鋸歯文さんにも同様のものをかけておきましょう」
姿形が、おかしく見えているかもしれないから。
そしてつくづく実感する面々だ。
敵の能力の厄介さと、滑川平良が起点となる理由を。
あるいは己にできる対策を講じるための、待ち時間となる──。