卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
暗闇を明かすために火を取って
火がつくる暗闇の深さに怯えろ
戦力調査。殺すなと言われている。隊長格を呼んでこい。
交戦した死神の証言によれば、破面シャウロン・クーファンはしきりにこういうことを言っていたらしい。
だから死体が無く、負傷者ばかりだった、と。
そしてもう一つ、「あのお方」なる存在についても話していたらしい。浦原さんがやられていたのはデータを取るために記録系の鬼道を使っていたからで、ぶっちゃけやられていたわけではなかったとか。
あのお方。これがオサレ眼鏡のことなのかザエルアポロ・グランツのことなのかはわからないけど、既に組織として出来上がりつつある、というのは理解できた。
まだ1780年……史実開始の220年前なんだけどね。早すぎない?
ただし、だ。
「確かに虎姫さんはお強い方ですが、始解による一撃で首を刎ねられて死するものが、如何ほどな脅威であるのか、というのは難しいですね」
「破面というのは最低限大虚であるのじゃったな、滑川」
「はい。以前遭遇したザエルアポロ・グランツは
「バヴァ・アナンタと同じである、と? ……俄かには信じがたいですね」
新しい『全力部屋』で、山本総隊長、厳原隊長、僕で作戦会議中。他の人達は用事があった。
シャウロン・クーファン。その強さについてだ。
虎姫さんは非常に強い隊長格である。常在戦場にして趣味が虚、滅却師狩り。卍解は当然に習得していて、その上で始解を多用し、始解の練度が非常に高い。
とはいえ破面を……一応
「おぬしは特に弱体化などはかけておらなんだか」
「はい。拘束系のみです。ただ、解放……帰刃を行っていないため、それをされる前に倒した、と考えることもできます」
限定霊印下のシロちゃんが始解でてこずり、卍解で瞬殺だった破面、シャウロン。
限定霊印に関しては実は技術開発局のものではなく、以前千日さんと鎌倉へ赴いた際に僕と大鬼道長で開発を行っている。だから霊力の減退率が本来どれほどだったか、というのは、誌面の数値では知っていても体感を覚えたことがないからなんとも、なんだけど。
それでもシロちゃんの始解であんなに手こずる相手を……一撃で、かぁ、とは。
思ってしまうわけで。
「やはり……件の計画を行うべきか」
「そうですね。最大限の安全を保ちつつ、にはなりますが」
例の計画。
……既に、滅却師殲滅に関しては行わない方針で確定している。
というのも、虚が強いのだ。以前の実験の際にぽろぽろと大虚が出てきたこともそうだけど、全体的に水準が上がっている。
史実では多分、滅却師が滅却しすぎて、虚も滅却されすぎて、ああして殲滅せねばならないほどまでの問題となっていたけど……今の虚の強さなら放っておいてもそこまで問題にならない。十人がかりで虚を囲んだ滅却師が蹂躙されて全員死した、なんてケースも上がっている。
滅却師が虚を滅却する速度を上回りつつあるわけだ。虚が滅却師を殺す速度が、ね。
というわけで、その期間のあたりに使用しようとしている計画がこれ。
「『虚圏偵察計画』及び『拠点構築計画』ですか。……正直、どれほどのものが得られるかは未知数ですね」
そう、黒腔を開く技術が安定している以上、虚圏を「ほとんど知らない場所」にしておく理由が無い。
虚による多少の砂丘破壊はあれど、地震や噴火などといった地形変動の無い虚圏だ。どこかに拠点を構築し、地図を作る、くらいはできて良いはずである。
ただし当然虚からの襲撃を考えなければならないし、あまり強い虚を倒しすぎると魂バランスが崩れることになるため、あくまで黒腔の接続先の確保、くらいの拠点にするつもり。
現状、鬼道衆で黒腔を開くことができる人数は、一人で開けるのが僕のみ、二人で開けるのが鬼道長ズ、四人必要なのが鬼道衆でもエリートな存在、十人がかりならみんな大丈夫、くらいにはなってきている。
というか開くだけならそんなに人数いらないけど、安定させる・乗っ取りをさせない、というのに必要な人数がこれって感じかな。
当然オサレ眼鏡からの妨害が考えられるため、そっちの対策も必要。それでもやる価値はある。
今破面事情が、十刃事情がどうなっているのか。虚が尸魂界に侵入してきて破壊行為をするのだ、死神が虚圏へ行って偵察を行うくらい許してもらわないとね。
「本当は僕だけ行って拠点構築して帰ってくる、でも良かったんですけどね」
「滑川。あまり自身を過信し、敵を浅く見るものではないぞ」
「わかっていますよ。それに、僕は虚に対しては無力に近しいですからね。犠牲が出てしまうということは理解していながら、ここは真っ当に強い方々に任せます」
「うむ。……さて、滑川」
「はい。……はい? どうしましたか?」
なんだろう。
期待? うずうず、みたいな感情が見える。
「『操身体』でしたか。山本総隊長は君の操るそれと戦いたいのでしょう。卍解の全力戦闘で」
「……あー」
それは。……うーん。
「まぁ、いいですよ。ついでに僕の新しい戦い方も、山本総隊長に通じるか試してみましょうか」
「ほう?」
本当は生身でやりたいけど、それだと僕が死ぬのでね。
厳原さんには、本体の僕を守ってもらうとして、と。
はじめ! という厳原さんの声が遠くから届いた。
「──卍解。残火の太刀」
「いきなりですね」
「ム、会話も可能なのか、『操身体』というのは」
「いえ、そういう鬼道を使っているだけです」
黒ずんだ斬魄刀。炭化した棒切れ。
「──瞬閧・霊装戦形【
生身ではない、操る体で行う瞬閧。全て手動。そして「死神と霊子の融合」ではなく「霊子的物質と霊子の融合」のため、混合率が著しく低い。もし高かったらとんでもないことだからね。
とはいえ生身だと気を付けなければならない霊子遷移分解を気にしなくて良いのはちょっと楽だったり。
霊力に形作られるはヒトガタ。こうなればより精密に『操身体』を操れる。
「ほう。以前に見た時は、ただ己が身体を押し出すためだけに使っていたように思ったが……戦闘にも使えるか」
「ええ、当然に」
「では、ゆくぞ」
瞬歩。出現先は眼前。
「──"旭日刃"」
「『水桶』」
小細工なし。上段振り上げからの振り下ろし。
その太刀が、『緩衝霊子』の網に捕らえられ──直後霊子が蒸発する。……別に『水桶』って名前なだけで本当に水なわけじゃないんだけどね。なぁに、蒸発って。
霊力を噴射して距離を取る。あのまま切り結ぶ気は当然無い。
「『
腕を振るう。
そこから飛ぶは、霊力で構成された斬撃。
「む!」
それを全てガードした山本総隊長は……異変に気付いたらしい。
「なんじゃ……身体が、固まっている……?」
「今のは『緩衝霊子』の中でもとりわけ粘性の高い組成です。他者の霊力に触れた瞬間硬化する仕様にもなっているため、初見ではほぼ対応できない拘束技として機能します」
「成程。……じゃが。"残日獄衣"」
一瞬でばしゅうと蒸発する『緩衝霊子』。
……ダヨネー。
「己に纏うだけだった『緩衝霊子』を飛ばすこと。それがおぬしの新しい戦闘技法か?」
「いいえ。一端でしかありません」
「そうか。ならば疾く見せよ。でなければ悉くを消し飛ばしてしまうぞ」
「わかりました。──では、『
上空──干渉範囲の広がった身体で降らせるは、『緩衝霊子』の雨。
それは山本総隊長の炎の装衣にあたって消滅していくけれど、数が凄い。
衣の無い場所……素足や腕先など、細々としたところがどんどん動かし難くなっていることに気が付けるはずだ。
「ならば儂も倣おう。"天地灰尽"」
飛来してくる消滅の斬撃を……避けない。
だから、腕が持っていかれた。
「む? なぜ避けぬ」
「避けられなかっただけですよ。避ける必要が無かった、でもいいですが」
言いながら生やすは霊力の腕。
操身体に傷はついていないし、今しがた消滅したのは霊力の腕だ。
霊力なんだ。消し飛ばされようが穴が穿たれようがどうとでもなる。失われはするんだけどね。
「じゃから、なぜ避けられなかったかを聞いた。おぬしの反応速度でも十二分に回避が可能じゃったろう」
「それは勿論、肉体操作なんてしていられないほどの演算を行っているからです」
「この雨のことか?」
「いいえ」
左手と右手を、それぞれ鷲掴みにするような形に開いて──ぱん、と重ね合わせる。
瞬間。
「『崩解・
視界──目に見える場所全てが『緩衝霊子』で埋まる。埋め尽くされる。
蒸発するとか関係ない。その相手が海なれば、いくらでもいくらでも補充される。あるいは蒸発した分からも、だ。
僕が知覚し、僕が干渉し得る霊子全て。この戦形になっている状態で操り得る全ての霊子を『緩衝霊子』に変換し、一時的に非常に高い粘性を持つ海として降臨させる。
別に『緩衝霊子』は吸ったって息ができなくなったりはしないけど、呼吸をするのが大変、程度にはなるだろうし、身体も上手く動かせないだろう。
欠点はこれを使うと僕の霊装戦形も強制解除されること。生身では使えないのでもう一度この状態になる必要があり、非常に不便。
山本総隊長は、この海に対し。
「ならば儂も、新たな技を見せよう。──残火の太刀・央、"明月"」
直後、崩れた霊子の海も、僕の入っていた『操身体』も──全てが、消し飛んだ。
……。
うん、まぁ、試運転としてはいいんじゃない。
「ふぅ。……初めて見る技だった。どんどん……強くなっているんだなぁ」
「それはこちらの言葉ではありますが。どれも滑川君らしく攻撃力に欠如したものでありながら、拘束の能力に長ける上、範囲や射程も申し分なし。敵を撃滅することだけが戦いではありませんから、これは明確な成長と呼べますよ」
「……ありがとうございます」
僕的にはこれを使う事態は避けたいけれど。
だってこれになるってことは、味方が全滅していて、回復のために僕が時間を稼ぐしかない、っていう状況だ。
そんなの来ない方が良い。
と、卍解を解除した山本総隊長がこっちに戻ってくる。
「滑川」
「はい。どうでしたか?」
「儂は……回避を行うおぬしと斬り合いがしたかった」
「……お言葉ですが、山本総隊長の卍解状態での一振りは、回避したところで余波に焼かれるので、無理です」
「ならばやはり生身のおぬしと」
「死にます。フツーに死にます」
残火の太刀とマトモにやり合える卍解ってなんかあるかなぁ。誰が戦っても消し炭一直線な気がするけど。
そんな回避したり切り結んだりが発生する攻撃力じゃないじゃんそれ。ムリムリ。
「では次は私の番でしょうか?」
「いえあの、無理です。僕の霊力は今ので八割持っていかれてます。……私塾の子達もそうですけど、霊力溢れすぎなんですよね。僕がひぃこら鬼道を改良しているのは、元々燃費が悪すぎる鬼道をなんとかこの少ない霊力量で便利と思えるほどに使いやすくしましょう、という話であって。こんな霊力バカ食いの技を使う想定が零なんですよ、僕自身が……ああいえ、なんでもないです」
酷い話だ。既に私塾に通っている六人全員が僕の云千倍の霊力を持っているし、浦原さんに至っては霊圧まで越された。いやわかってたけどね。そうなるって。知ってたけどさ。
霊力・霊圧共に低いやつがやる鬼道と、霊力・霊圧共に高いやつがやる鬼道で結果とかやりやすさが変わってくるから……正直僕じゃなくていいんじゃない? とまで思っている。大鬼道長のとこ行きなよ。無理だよ僕じゃ。
そして毎回毎回聞かれる「どうして威力を上げないんですか?」というの。いやだから。僕のはそうじゃないんだって。君達が鬼道改造を覚えてそういう流派でやりなよ。僕はお門違いなんだってば。
……始解始解。
危ない、危うく愚痴で暴れ出すところだった。
「ちなみに『操身体』を操るのにだって霊力が必要なんですよ。もうそろ僕の手を離れて誰かが事業化してくれたら楽なんですけどね」
「なら、そうすればよい。浦原喜助が未来で就任するとの話じゃったが、様々なことがおぬしのいた未来より変わっているのであれば、先に浦原喜助という稀代の才を技術開発局なるものの局長の席に座らせるのも手じゃろう」
「……それで彼が、無軌道になってしまったら」
「その時はその時じゃ。また出ておるぞ、他者の生の先の先までを背負おうとする悪癖が。……あやつはおぬしが鬼道を教える程度には善性の人物なのじゃろう。どれほどの危うさがあったとしても、瀞霊廷の敵にはならぬと言える根拠があったから、あれほどのことを教えた。違うか」
そうだ。
……そうだ。その通りだ。
もし藍染惣右介が私塾に来ていたら、どれほど怪しまれたとしても断っていただろうし。
「四楓院極三へ話をつけておこう。『様身体』、『操身体』及び『訓練部屋』の運用権も四楓院家に投げてしまうか」
「それは……良い考えだと思います。少し四楓院家が力をつけすぎるように思ってしまいますが、それこそ何様ですね、この視座は」
「うむ。そして厳原、何か言いたげじゃが、どうした?」
「ああいえ。確かにな、と思ったのです。……滑川君の改良鬼道は、言ってしまえば『消費霊力削減派』とでもいうべき流派の改造ですよね。削減した上でどうするか、どのようにして威力を殺さないか、などを考えたものです」
「はい、そうですね。……ああ、成程。今の『鬼道仕様変更要望書』の形をやめる、あるいは変えて、初めからそういう流派を用意しておけば選びやすいのではないか、ということですか?」
「ええ。たとえば『消費霊力増大・威力特化』や『消費霊力削減・範囲特化』など、あらかじめ定められた仕様変更が提示されていた方が、新しく学ぶ者はやりやすいのではないでしょうか。その上で鬼道に深い理解をつけた者のみ己で鬼道を細かく改造する、と」
成程。テンプレート化……というか威力特化、範囲特化、貫通力特化、削減特化などのフォーマットを選ぶことで、今までの『鬼道仕様変更要望書』で集めた約七百年分の『仕様変更鬼道』から自分に合った改造が見つけやすくなる。
確かに……要望変更書には、「よくわからないが、使いやすくなるとありがたい」とか「これこれこういうことにはしてほしいが、どう変えたらそうなるのかわからない」みたいなのも結構あったんだよね。それを体系化してわかりやすくして、余程こだわりがある人には僕に要望書を出してもらうとか、自身で改造知識をつけてカスタマイズ、と。
「良いと思います。七百年分の鬼道をより分けする作業が大変そうですが、未来の死神の礎を作るものであるかと」
「発案者ですからね、具体的な枠組みについては私が鬼道衆などと相談した上で滑川君に提出し、再度磨き上げることにしましょう。選り分けも、できれば滑川君の負担にならないよう考えますよ」
「わかりました。それでいきましょう」
「良いの。滑川の……できるからと背負いこみがちな部分から荷を奪う事業は、うむ、いくらでも提示して良いぞ」
「此度の破面との戦いでわかったことでもありますからね。──滑川君。君は本質的に戦闘者です。研究者にも教育者にも適性があるからそちらに据え置きたいとする声があるのはわかりますが、その本質は私達と同じく"敵を撃滅し、誰かを守らんとする者"であるように思います」
……驚いた。
そういう評価を受けるとは思っていなかったから。
「だからこそ……君の背に乗っているものが多いことも、君が失われることで如何ほどの損失が出るか、というのも理解した上で言わせてもらいますが、君はもう少し前線に出るべきでしょう。今の君の戦い方は、組手相手の人読みや、滑歩と霊子の照射先を見ることで起こす第六感的な回避が軸になっています。しかし、この先それでは通じない相手が出てくることもあるでしょうし、思わぬ能力を有する相手が来るかもしれない。そういう"戦の経験値を積む"ということをした方が良いと思うのです。無論、秘するべきことは秘したままに、そして他の死神と協力した上で、ですが」
確かに……そう、かもしれない。
仮想敵として全ての騎士団は敵対できるよう訓練してきたし、すべての十刃においてもそれは同じ。
だけど、それだけだ。
こんな早期から破面が出ている状態で、既存知識の仮想敵としか戦っていない、なんて……ちょっとお笑い種かも。
経験値を積み上げる。
それは、やっておくべきだな。
「じゃからといって『虚圏偵察計画』に志願するというのはやめておけ、滑川。おぬしを気遣ってや重用してではなく、単純に役に立たぬ。枠が勿体ないわい」
「それでも、緊急時に駆り出される程度のことはしますよ。この数百年間やけに僕への緊急要請が来なかったな、とか。一応感じているんですからね。黒腔を基本戦術とする虚はそれなりに出ていたはずなのに、僕ではなく大鬼道長たちが、というのが結構ありましたし」
「む。……そうじゃな。別に特別扱いしていたわけではなかったが……意識から外れていた部分はあったのじゃろう。あいわかった、そのあたりを考えることを約束する。……と言っても、結局おぬし一人を送り込んで何になる? という考えは抜けぬから、やはり一人で動き得る者を優先して択んでしまうのは変わらぬのじゃが」
……そうですよねぇ。
一人で鬼道も敵の撃滅も治癒もできる人を選んだ方が色々良いですもんねぇ。
つまり僕のライバルって、千日さんってこと? ……だとしたら釣り合いがとれていないけど。いや僕と釣り合いとれる死神って誰。上位互換ならいるよ。山田花太郎っていうんだけど。
「解散としましょうか。あ、ただ、滑川君。この後少し三番隊隊舎まで来て……というか、ついてきていただけませんか? あ、目的地は隊舎じゃないので、ついてきていただけるのならば別の場所に向かうのですが」
「はい、良いですよ」
なんだろう。
三番隊と僕ってなんかそこまで関係性あったっけ? それとも別件? バウワー?
言われるままについてきたのは──貴族の住まい。ひゃあ、お店が並ぶ貴族街じゃなくて住まいの方へ来るのは初めてだぁ、なんて思いながら、一切気負っていない様子の厳原さんについていくことそれなりの距離。
つきましたよ、と言われて見上げるは豪邸。表札とかは無いけど、この紋……もしかして。
なんて入った屋敷の中にいたのは。
「オウ、平良じゃねぇか。厳原、ちゃんと連れてきてくれたのか」
「はい。それではごゆっくり。私は仕事に戻りますので。あ、帰る際はどこかに立ち寄らなければ問題ありませんよ。門番には私から言っておきますから」
「馬鹿言え、おれが送るに決まってんだろう。ありがとうよ、厳原」
「いえいえ。では失礼します」
退室する厳原さんと……なんだか懐かしい、尾花隊長。
あ、というか。
「久しぶりだな、坊主」
「はい。志波さん……だと紛らわしいか。弾児郎さんも、お久しぶりですねぇ」
「
「ええ……あの頃から、ちっとも変わらないのですね」
尾花……というか志波弾児郎さんと、志波森雁さん。
志波家ご一行。没落なんてしていないので普通に貴族。
「壮健そうで何よりですねぇ、お二方」
「おうよ。っと、まず今日呼んだ理由はだな。鴉泉のやつが、なんでも強いのにやられたって話でよ、それを聞きながらそういうこともあらぁなぁ、とかってあやしてたんだが……同い年くれぇの坊主に助けられたとか言うんでよ。そんな坊主十三隊にいたかぁ? と頭を使ってみれば、そういや出会った時から欠片も老けねえ引退もしねえ坊主がいたなぁと思い出した次第だ」
「申し訳ありません。お呼びするつもりはなかったのですが……夫がお礼を言いたいと聞かなくて」
「いえいえぇ。家族仲が良好そうで微笑ましいと申しますかぁ」
──先読み転生者の嗜み、良いかな。
……神具貰いそ~~~!!
「そうだ森雁、話したことあったか。俺がお前に会いに来たきっかけ」
「いえ……偶さか興味を持った放生会に来ての一目惚れだと、あなたは話していたように思いますが」
「まぁ後半は間違っちゃいない。放生会に行って一目惚れをした、という部分はな。だが、偶さかじゃあないんだ」
弾児郎さんは……僕を、本当の子供みたいに持ち上げる。
「この坊主がよ、教えてくれたんだ。その放生会に俺の運命の相手がいる、ってな」
「それは……真でしょうか。夫は少し、誇張表現をすることが多いので」
「僕は近々放生会があるということをお伝えしただけですよぉ」
「いーや! どこへ行けば縁結びとなるかを聞いた俺に、坊主は明確に志波家と答えた。森雁、気を付けろ。この坊主は自身の功績を過小評価するきらいにあるからな。この場合はおれが正しい!」
「あらあら……まぁ、誇張表現のある人でも、誰かを褒めるに嘘は言わない人ですから、此度は夫の肩を持たせてもらいましょうか」
……実際、尾花さんがそのことを喧伝したらしく、当時は縁結び神社かってくらいそういう話を聞きにくる人が絶えなかった。
ヤメテクダサーイ。
下ろされた。
「父上、母上。身支度が整いました」
「ええ、入りなさい」
そんな声と共に入ってきたのは……道着姿の鴉泉ちゃん。
新鮮だ。物静かなのが。
「恐怖は、収まったか?」
「はい。みっともない姿をお見せしました」
「そういうもんさ。初めて己より強い奴と戦うってのは、誰だって怖い。恐ろしい。何より己の力が足りず、周りが全部傷ついていくのが怖い。俺もそうだった」
「父上も……」
「そして、諦めなければなんとかなる、ってのも学んだだろう。俺達には仲間がいると!」
いやぁ。……鴉泉ちゃん、一応何度か顔を合わせたことはあるんだけど、この感じ一切記憶されてなかったねコレね。
改めて。
志波鴉泉ちゃん。もう二百歳とかだったかな? それくらいになるけど、見た目は中学生くらいの女の子である。
また、その齢でありながら、七番隊の四席という位置に座る、貴族らしい強さと尾花さんの猛々しさを併せ持つ少女。
「……君は。あの強い虚に、たった一人で立ち向かっていた少年! 私が……手も足も出なかった、始解の一切が通じなくて……心が折れそうになった相手に、一切怯まずに戦っていたのは、落ち行く意識の中で見させてもらった!」
懐かしい。もうちょっとちっちゃい頃は目に映るあらゆるものに好奇心旺盛に向かっていく、今の夜一さんタイプな子だった。
それが今、ちょっとだけ落ち着いてきたかな、みたいな頃合いなのかな。物静かなのが新鮮とは言ったけど、他隊の、しかも四席の子なんて関り無いからね。昔は色んなところに行って色んなものを破壊し色んな人をおちょくっては──本人に自覚なし──な子だったから記憶しているけど、もうこんな大人になったんだなぁ。
「深い敬意を! 私はまだまだ学ぶことが多かった!!」
「いえいえぇ、ご無事で何よりですよぉ。ああ、じゃあ、改めましてになりますけ、ど。一番隊七席、鬼道衆第一出張所所長の滑川平良と申しますよぉ。以後お見知りおきを~」
「七席! ……そうか、一番隊。精鋭のみしか入れぬという隊であれば、七席という席次にも納得がいく。……父上! 早速稽古をつけていただきたく!」
あーこれなんか思い出すと思ってたらびゃっくんだ。
そういえばびゃっくんももう生まれてるらしいんだよね。銀嶺さんがちょっと零していた。
話の大半は「ある隊士」とどう接していいかわからない、みたいなのだったけど、そこに含まれていた。
「俺との稽古はいつでもできるだろう。どうだ、坊主。ちょいと揉んでやってくれねぇか?」
「いやぁ、志波四席といえば勇猛果敢の化身。僕程度じゃあ手も足も出ませんよぉ」
「手も足も出す必要が無い戦い方だ、ってのは知ってんだぜ、こっちは」
……まぁ何度か戦ったからね、彼の前でも。
霊力は残り二割。いや、ちょっと回復したから三割。
木刀なら始解の必要もなしかなぁ。『緩衝霊子』最低限で。……これも経験値か。極限状態でもちゃんとやれるか、っていう。
「あなた、あまり無理強いは」
「いえいえぇ、まぁ、僕としても四席と戦える、というのは重要な戦闘経験ですか、ら。木刀のみなら、良いですよぉ」
「かたじけない!! ではこちらへ! 道場へ案内する!!」
……まぁびゃっくんだけど熱血びゃっくんだな。父親の色出すぎ……と思ったけど、確か森雁さんも子供の頃はやんちゃだったんだっけ?
作りのしっかりした道場。そして……沢山の門下生みたいな人達。
あのぉ?
「お気に召されるな、弾児郎様のお客人。志波家道場門下生一同、鴉泉の剣の鋭さには敵わぬものを感じていた。此度それが通用しなかったということが信じられぬものも多い。ゆえ、それなる虚を
「いやぁ、別に僕が倒し、」
「これ以上の言葉は不要か。どうぞ、心ゆくままに」
意識朦朧としすぎて君の隊の隊長さんがやったの見てなかったのかな。
それとも……というか、負傷者は全員千日さんが引き離していたから、さては最後の方ちゃんと見てないね? いやそう、果敢にも立ち向かっていった、みたいなあたりでおや? とは思っていたんだよ。あのへっぴり腰演技のどこを見たらそういう勘違いするんだろう、って。
こーれは。
柔軟運動やら頬を叩くやら何やらしている鴉泉ちゃん。
うーん。木刀か。
僕刀ってほぼ使わないから……と思ったけど、偽装のことを考えると多少は扱いなれておくべきか。そこから割れることもありそうだし。
別に扱えない、ということもない。武器ありの場合一番得意なのは長物なんだけどね、実は。
僕も準備運動はしておくか。
この木刀を使って行うは……まぁバランス系だけでいいけど。準備運動もなにも、それで言うなら僕は日常生活が準備運動だし柔軟運動だよ。伊達にどんな姿勢からも滑歩を出せるようになんてしていない。
木刀。それをジャグリングしたり足で受け止めたりして重さを慣らし、最後に掴んで──ふぅ、と。呼気と共に地面へ突く。
以前見せた瞑想を、少しばかり速度を上げておこなって。
目を、開く。
「ぅ……」
「鴉泉。気圧されるな。お前の持ち味を活かせよ」
「は……はい、父上!」
気圧したつもりはないけど、勝手に気圧されているなら……少し試すか。
「では、始め!」
先程の幡豆さんの声に合わせ、最小の霊力で滑歩を開始。瞬歩に必要な俊敏性は要らない。滑歩に必要なのはバランス力と精密な肉体操作だ。
剣道で言う送り足。その時の左足の移動時の
「くっ!?」
その状態からの上段振り下ろしをなんとか防ぐ鴉泉ちゃん。ちなみに別に剣道ではないので足技だろうが拳だろうがオッケーだけど、錯覚を起こさせるために最速で元の位置に戻る。
防いだ時に多少目を瞑って、さらには後退までしてしまっていた彼女には、確かに近付いてきていたはずなのに……という、「もしかして自分が弱気すぎて気迫だけで退かされてしまったんじゃ」みたいな風に見えるだろう。
事実彼女は口の端を八重歯で噛んでいる。悔しいのかな、やっぱり。ただそれは、己に向く悔しさだろうなぁ。
「来ないんですかぁ?」
「いえ──行きます! えええやあああ!」
ああほら、挑発をすればこの通り。
本来はもっと隙の無い攻撃ができるだろうに、かなりの大振りで斬りかかってくる鴉泉ちゃん。
──その手を蹴り上げで弾いて木刀を落させ、口が「あ」の形になっている彼女の喉元に木刀を突き付ける。
速さは無い。力強さも無い。
けれど、そこを突けば、人は死ぬだろう。
「まずは、一本。もう少し落ち着きましょうねぇ」
「……は、はい」
さて、次だ。
「……」
「……」
落ち着いたのか、何度か隙を見せても乗ってこない鴉泉ちゃん。良いね、呑み込みが早い子は好感が持てる。
「来ないのなら、こっちから行きます、よ」
「はい!」
では、と。
木刀を短く持って、ゆらぁり、と何度か身体を振る。
骨も関節も無いかのような、人体構造を無視して海藻にでもなったかのような動きに……鴉泉ちゃんの集中力が切れ、息を吸い直したその瞬間、低く低く肉薄し、短い木刀を彼女に向けて。
「ぎゃっ!?」
届かない、と見せかけて、柄を膝で蹴り上げて刀身を伸ばす、というやり方にまんまと引っかかって仰け反る鴉泉ちゃん。
うーむ、集中のし時ってやつがまだまだかもだねぇ。
「ま……まだまだ! よろしくお願いします!」
「今度は、ちゃあんと打ち込んできてくださいねぇ」
「はい!」
さぁ次だ。
今度は鴉泉ちゃんからの怒涛の攻め。連続斬り。
それを最小限の動きで避ける。人間ね、一度剣を振ったらそれを引き戻すための時間があるから、こういうのは避けやすい部類だよ。
連続攻撃というのは、こうやらないと。
木刀を振り下ろす。それを防ぐ鴉泉ちゃんの腕に膝蹴りを入れ、持ち換えて長さを変えた木刀の柄の方で殴打。その余韻とは一切関係なく左手が彼女の襟元を掴んで大きく投げて、引っ張り上げながら肘打ち。その背に膝蹴り。
呼吸をずらすって話ね。四肢を、五体を、単一の人間の武器としてではなく、五人の武器として使う。
てんでばらばら、呼吸なんて合ってない。ともすれば干渉し合って失敗になる可能性のある攻撃を一人でやる。
「い、まのは……分身……?」
「まさか。……さて、背への衝撃で、相当キているでしょぉ? 後で回道をかけてあげますから、ね。……その上で、次で終わりにしましょうかぁ。今のあなたは、ちょぉっと……恐怖で心が竦みすぎてて、稽古どころじゃないようです、し」
「そんなことは……」
ぽーんと放り投げた木刀。そっちに目が行っている鴉泉ちゃんに滑歩で肉薄し、握りの甘い木刀を奪って──その首筋へ、そこまで速くない突きを繰り出す。
ただしその眼球運動からして、神速に見えたやもしれないが、というのは追記しておくか。
「っ……!」
「普段のあなたは、これくらいの攻撃に対してぇ、息を呑んだりしませんねぇ。殺気の一つも込められていない木刀。斬魄刀に比べれば棒切れなこれをぉ、そうも過剰に怖がるのはぁ、やぁっぱり心が折れている証拠ですよぉ」
「……。……その、通りです」
だから、と。
バックステップで離れて。あ、木刀はちゃんと返して、ね。
「今からですねえ。ちゃぁんと殺気を乗せるのでぇ、防いでみてくださいねぇ。剣速はありませんし、僕の膂力なんてたかが知れていますけど──本気で、行きます」
突きの姿勢。顔は死人のように無表情。優しく間延びした声を抑える。
そして……木刀に乗せる。
今ここで。この木刀にて、その皮を突き破り、胸骨を砕き割り、心の臓を貫き殺す──絶対の意思。覚悟。
攻撃性能が無い、なんて……そんなわかりきったことを嘆いているのはポーズでしかない。
僕には、あなたを、殺す手段があるのだ、と。
木で出来た刀に、油を垂らすかのように、とくとくと乗せていく。意志。心。
必ず殺す。
「ひ……!?」
何か、勘違いさせてしまっていたら、申し訳ないのですが。
僕はあなたより強いですよ。──確実に。
だから。
「滑風・死相」
滑歩の潤滑に瞬歩の速度を乗せる技にて繰り出す、爆発的な速度を持つ突き。
及び腰の鴉泉ちゃんは、避けることも防ぐこともできずに、その突きをモロに受け──。
「……ぁ」
「……なぁんてやっても僕じゃあ鴉泉さんの基本的な霊圧にも及ばないのでぇ、首をちょびっと凹ます程度しかできないんですけ、ど」
ふぅ。
……始解しないとアツくなっちゃうのがなぁ。まさか道場に野箆坊を持ち込むわけにもいかないから焦った焦った。
攻撃力無い奴がアツくなったら終わりなんだよ、ってね。
どさ、と崩れ落ちる音。
え。
「あ、あれ。大丈夫ですかぁ? 喉痛かったですかぁ?」
「……」
僕のゴミカス攻撃力でも、確かに木刀を押し当てられた程度には苦しかったかもしれない。えーと、回道回道。
「い……いえ。喉は……大丈夫、です」
「そうですかぁ? 痛かったり苦しかったりしたら言ってくださいねぇ」
「……滑川殿」
鴉泉ちゃんは。
そのまま……正座になって。
そして……座礼する。深々と。
「参りました。──どうか、私を弟子にしてください!」
「あ、それはお断りですねぇ」
いやいやいや、僕なんかに頭下げたりしないでください仮にも四大貴族の一人娘が、とか言おうとしたけど。
それよりも先にそっちが出た。弟子を取りたがらないのは転生者の嗜み。
「鴉泉、お前じゃ無理だよ。少なくとも今のお前じゃあな」
「……父上」
「坊主の言った通りだ。今のお前にゃ恐怖が焼き付きすぎてる。まずはそこをどうにかするところからだ。……悪いな、坊主。正直避けまくってもらって焚きつけるくらいでもいいかとは思ってたが、あそこまで殺気を乗っけられるとは。流石は『千年七席』か? 見ろ、門下生のやつらもだらしねえ。自分に向けられたモンじゃねえのに心臓に手ェ当ててるやつばっかだ」
ああ、まぁ、それはね。
死神一年生みたいな霊圧の子もいるし、流石にその辺には負けませんよ。
「まぁ、一応、年齢だけは重ねていますから、ね」
「……? 父上、それはどういう……。……滑川殿は、高くとも私と同い年くらいかと……」
「俺が隊長ンなって、百年くらいか? そんくらいで護廷に来たよな、確か」
「ええ、まぁ、そうですねぇ」
「……し。……しししし、失礼しました!! その! てっきり私と同い年くらいの、なんなら少し幼いくらいかとばかり!!」
「いえいえぇ。よく言われますか、ら」
いやぁしかし、久しぶりに刀を握ると、ちょっと楽しいものがあるというか。
久しぶりに霊術院の道場とか行って、汗を流してみようかなぁ。
「んじゃ坊主、もうちっとしたら使いのモンが来る。そいつらについていってくれ。諸々の礼ってわけじゃねぇが、志波家の最大の秘密……屋敷内温泉に浸からせてやろう!」
「え。そんなものがあるんです、か?」
「おう。俺も志波家に入って驚いた。とんでもねぇ広さの風呂だ。一時間くらいは坊主の貸し切りになっているから、日々の疲れを洗い流してきな」
「それは……じゃあ、ありがたく」
え、普通に嬉しい。
いやね、温泉……作ろうとはしたんだよ。でも傷を癒す温泉が作れなくてさ。そっちを諦めると同時に温泉作り自体も諦めちゃって。
こーれは。あ、役に立たない神具とか要らないので。いや本当に。……零番隊にやりすぎで呼び出されるみたいなことあったら、白骨地獄と血の池地獄に入らせてもらってどうにか技術を盗みたいなぁ。
……あ、野箆坊も浸からせてあげよう。あの鞘は防水にしてあるからね。でなくとも野箆坊は特性上錆びないんだけど。
それじゃあ……弾児郎さん。父親としてメンケアお任せしましたよ。
*
滑川を見送って。
「ふぅ。……ちと焦ったぜ」
「ですな。この幡豆、鴉泉様を守ろうと手を伸ばしかけたほどです」
「俺もだ。手が出かけた。大丈夫だぞ、鴉泉。あんなん誰でも怖い」
「は……はい」
家族の時間である。道場の者達も含めて家族、と弾児郎が常日頃より豪語しているから、この会話や鴉泉の弱った姿を見てそれをどこかへ持ち出そう、みたいな輩もいない。
「……普通のやつは、あそこまで殺気が出せるんなら……その時点で霊圧もすげぇことになってる。基本はそっちで過呼吸になったりするんだが、あいつは霊圧が滑らかすぎて起伏がないから、余計怖かっただろ。霊圧知覚は眼前の存在を無害なものだって言ってんのに、本能が警鐘を鳴らす」
「はい……。確実に死んだと……思いました」
「あいつ……あの攻撃力の無さは呪いかなんかじゃねぇだろうな。ありゃ普通に人斬りの目だったぜ。卯ノ花とか鹿取に見てたモンと一緒だ」
「卯ノ花……隊長、ですか? あ、いえ、だから……卯ノ花隊長のお父様やお母様が、そういう方だったのですか? 鹿取というのも、鹿取副隊長のことではありません、よね?」
「ん? んー。……まぁ、似たような話だな、おう」
弾児郎の当初の計画では、どれだけ果敢に攻めても攻撃の当たらない滑川に対し、熱くなるだけではだめなのだと。物事の一側面だけではだめなのだと、みたいな方向に話を持っていくつもりだった。
しかし。
「……なぁ鴉泉。今でも例の虚は、怖いか」
「……あ。い、いえ。怖く……なくなっています。……あれ。……怖くないようです、私」
「おやおや。とんでもない殺気を浴びて、閾値が上がったのですな。荒療治ではありますが……弾児郎様、まさかこれを狙って……?」
「あー。うん。そうそう。そういうこと」
霊圧の伴わない殺気など、アレ以外早々出くわさないだろうし。
雨降って地固まれば万事良し。弾児郎はそう納得することにした。
「学びはあったか?」
「はい。滑川殿の攻撃は、終始緩急というところに主眼を置いていたように思いました。無と急が、徐々にではなく、切り替えたかのよう。初速が最高速度であり、そしていつ加速に入ったのかを見せない歩法。あれは霊術院時代、私が選択しなかった方の歩法であるように思いましたが、どうでしょうか」
「そうだ。ありゃ滑歩っつってな。俺も上手くはできねぇから誰か教師をつけるが、速さで敵を翻弄するんじゃなく、敵を動かして翻弄するって歩法だ。つまり、敵を疲れさせて、その隙を突くってこったな。……お前ら、滑歩を
「は。滑歩選択課程を修了しております。七段の唯衛です」
「おお、丁度いい。鴉泉に滑歩を教えてやってくれ。勿論鴉泉、お前が必要に思うなら、だが」
「無論です。覚えられるものは全て覚えます!」
こうして。
弾児郎持ち前の、「軽はずみな心で持ち掛けたら一瞬危うかったけどなんとかなったし結果も上々だった」を客人相手にかましたことで森雁から折檻を受け……。
もとい。
弾児郎持ち前の幸運と、鴉泉の折れても再び立ち上がる心がいい感じに組み合わさって、此度のことは「良い思い出」に数えられることとなる。
*
温泉から上がると、森雁さんがご飯を作ってくれたとかで。お言葉に甘えて彼女らと食卓を囲んだあと、帰宅時……お礼に、と言う森雁さんの手に何やら匣が。ああコレェとなりながらも、突き返すわけにもいかずに頂いて。
今は貴族の居住区を二人、弾児郎さんと歩いているところだ。
「世話んなったな、ってのは言い尽くしたんでよ、今の護廷の話とかって、できるか? 軽くでいいんだ」
「またまたぁ、お聞きしたいのは王途川さんのことでしょう?」
「ぅ……わかるか」
「あんまり本家の方へは帰っていないと聞いていますから、ね。智さんのところへは帰っているそうですけど」
「その通りだ。別に誰も何も言わねえってのによ、あいつ、片腕だと他の貴族の心をざわつかせてしまいかねない、とかくだらねえこと言ってよ。そこそこ良い土地とはいえ、貴族居住区じゃねえとこに住んでんだあいつ。智と一緒だから良いっちゃいいんだけどよ……心配なんだ」
「お元気ですけどねぇ王途川さん。変わらずというか、腕が有ったころと同じくらいの霊圧です、し」
「そりゃ知ってる。……すげぇ話だよな。俺の親友は……本当にすげぇ」
しみじみと言う弾児郎さん。
義手……なぁ。作ってあげたいけど、義骸技術っぽいからなぁ、アレ。技術開発局が前倒しで作られるから、そこに期待とするしかないかなぁ。
「……そうだ、弾児郎さん。現世で今再燃中らしいんですけど、花火って見たことありますか?」
「ん……いや、知っちゃいるが、ねぇな」
「僕の調べた知識が正しいなら、志波家は多分そういうこと詳しいはずです。最近お上との色々が無くて忘れられて久しいのかもしれませんが、森雁さんに聞いてみると良いかもですね」
「……それは、また、坊主の"道を示す行為"、か?」
「そう思っていただいてもいいですよぉ。……また物騒な話が聞こえてくる瀞霊廷になってきましたからねぇ。楽しいことは、たくさんあった方が良いです」
志波家の花火は、多分神事の一環だ。
現世にては五十年前くらいに徳川吉宗がやった、大飢饉や疫病の犠牲者の慰霊、そして悪疫退散を祈願した隅田川の花火。隅田川花火大会のルーツのやつね。とはいえすんごく昔に線香花火が通じたんで、尸魂界には昔からあったんだと思う。
五大貴族とは即ち地水火風空をなぞるものなれば、花火は志波家の代名詞でなくちゃあ。
式典ばっかでお祭りのない瀞霊廷にお祭りやら花火大会やらが導入されたら僕も嬉しい。
そして……それが話のきっかけになったり、心休まらないでいる王途川さんの気を少しでも緩める結果になったら、なおさらね。
「……坊主。いや……平良」
「はぁい?」
「──お前の道は、誰が示してくれるんだ?」
……。
そんなもの、決まっている。
「僕の斬魄刀ですよぉ。僕が道を見出したのは、この斬魄刀あってこそ、ですから、ね」
野箆坊を握る前から色々動いてはいたけれど、定め切ったのはまず間違いなく、だ。
道を定めきって、未知の宿命を切りすてて。
この道を進むと、そう決めた。
「……なるほど。誰かに指し示してもらう必要はねぇってか。……長く生きろよ、平良。じゃねえと山本が一気に老け込んじまうからな!」
「はぁい。お互い末永く生きましょう、ね」
そうしてみんなで、未来を掴むのだと。