卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
最果ての海へとたどり着き
その水をすくって飲んで
渇きの消えた身体なら
水面に立つあなたを
抱き締めることも
振り返って偲び
涙することも
許されたと
ようやく
私にも
迎が
来
今の瀞霊廷には反乱分子と呼べる存在がいない。
虚が強大であるということもあるだろうし、初代組がたくさん生きているというのもあるだろう。
そのせいか……特務部隊が発足されていない。だから。
「そうです、か。……響河さんは、じゃあ、『虚圏偵察計画』に……」
「ああ。何か功績を立てたいと言って聞かぬ。『利暁』の数多くを捕らえた功績から四百年余りか。確かに起きることは外へ向けたものばかりで、内々のものは存在せず、そこへ先の破面襲撃と……『虚圏偵察計画』、『拠点構築計画』が来た。これへの志願は己に残された最後の機会であると踏んだのだろう」
朽木響河さん。
それなりに危険だなぁと思っていた彼だけど、どんどんそっちへそっちへ、か。
あんまり……そういう人には行ってほしくないんだよなぁ。無駄にあっちを刺激しまくる人だと、大きな戦いになりかねないから。
僕に人事権は無いんだけど、ね。
「私は婿養子にと迎え入れた響河に対し、ただ、生きていてほしいと願っているらしい。しかしそれは、響河の考えを蔑ろにしているものであると理解している。……この思考の狭間で、昔……あなたに言われた言葉を思い出したのだ。
「ええ、言いました、ね」
「響河は本質的には朽木家ではない。だが、この状況はあまりにも指摘された状況に似ている。ゆえに尾花殿……弾児郎殿が『道の
「それはかなーり過分な評価ですけど、ね。……うーん。もう答えは出ていますが……どうしたものでしょうかね」
今の会話で答えは出た。
しかしそれを直接伝えるのは如何なものか、と思ってしまうけれど。
「頼む、滑川殿。私は……朽木家のその風に、響河を奪われたくはないのだ」
「……まぁ、簡単な話です、よ。銀嶺さん、あなたが言った通りです。響河さんは本質的には朽木家の人間ではない。だというのに齋藤さんと同じような形に陥りつつある。──なれば、状況をそうしているのは誰なのか。響河さんではないのならば──登場人物は、あと一人しかいないと思いますけ、ど」
「……私、か?」
「はぁい。良かったです、そこで娘さんとかおかしなことを言い出さなくて。……どう接したらいいかわからない、と。以前に仰っていましたが……そうであるあまり、距離を置いてはいませんかぁ。あなたも家族だ、とかぁ。期待している、とかぁ。そういう言葉さえかけずに、たくさんを喋る響河さんを前に押し黙り、頷くだけで場を終わらせてしまっていませんかぁ?」
思い当たる節があるのか、それと思い当たる節しかないのか。
生唾を呑み込むばかりの銀嶺さん。
「──愛しているのに、届けることができない。認めているのに、それを表に出せない。掟と愛情を両立させようとするあまり板挟みになって苦しんで苦しんで、ぼろぼろになってようやく真実に気付く」
「そ……れ、は」
「響河さんが朽木家ではないというのならば、本質的に朽木家なのは誰か。……あなたでしかない、ですよねぇ。だめですよぉ、己は違う、だなんて仲間外れは。生きていてほしい、というのも愛の形ですよぉ。己が力を過信するきらいがあるのならば、言ってあげるべきです。他の誰の……僕の言葉も届かないのならぁ、あなたが。それで対立することになったとしてもぉ、響河さんの脳裏には、銀嶺さんの言葉が焼き付けられますよぉ」
「……本当の息子のように、とは。……行かぬか」
「それは響河さん次第でしょうねぇ。あなたがそうしたいということが、完全一致で相手もしたいことである、なんて……それは夢物語ですよぉ。そして、だからこそ僕らは言葉と行動を尽くすんです。心だけで繋がり得る存在なんて極わずか。愛があってもすれ違う」
それを知らない人がたくさんいるけれど、ね。
特にこの世界は、言わなかったことで起きたすれ違いが多い。
「人間とは言語を持つがゆえに心を伝え合う機能を失い、些細な表現の違いで関係性を損ねる生き物でして、ね。鳴き声だけで心を伝え合う機能を失ってまで獲得したくせに、言語という機能の悉くを使いこなせていないんですよぉ。あなたもそうですし、響河さんもそうですねぇ。沈黙に含まれている美徳などぉ、小指の爪の先ほどしかないことをぉ、ちゃんと自覚してください、ね?」
「……『虚圏偵察計画』へ響河が向かう前に……必ず、言葉を伝えてこよう。……今日は助かった、滑川殿。……そうだ、上の子が子を……孫を授かったのだ。白哉と名付けたのだが、一目見ていかれるか?」
「いえいえ、僕はこれくらいでお暇しますよぉ。また……僕と初めて会った頃の銀嶺さん、くらいの年齢になる頃にでも会いに来ますから、ね」
「そうか。……ああ、ありがとう」
という会話があったのだ。少し前のことだけど。
そして……第一次虚圏偵察計画が、ついに。
その参加者を見て。
「……ちょっと、顔つきが……変わりましたか、ね」
「誰に言っている?」
「……わぁ、驚いた。いつからいたんですかぁ、虎姫隊長」
三十余名の参加者の中で、髪を括った
あれなら……大丈夫そうかな、なんて思っていたら、背後から声をかけられた。
「今だ。……あなたは、参加者ではないな」
「はぁい。ですが、発案者の一人なのでぇ、こうして見にきた次第ですよぉ」
「そうか」
虎姫隊長。非常に簡潔に話す人だ。
不要なことは基本的には話さない。雑談をしているように感じられたら、それはちゃんと意味ある言葉を吐いている、というだけのこと。
話し相手か、あるいはその話を聞いている誰かに向けて、だ。
「……少年。二つ、問いをかける。良いだろうか」
「え? 良いですけどぉ、僕が答えられることなんて」
「一つ。もし己の意思で己の身体を動かすことができなくなったら、あなたはどうする?」
「……調伏します。己の身体の制御権を奪った誰かを、ね」
「そうか。二つ、その調伏の間までで手に掛けてしまった命を、あなたは背負うだろうか」
「当然ですよぉ。だって僕がもっと早く調伏していれば損なわれなかった命、ってことですもんねぇ?」
「そうか。ありがとう、参考になった」
……ええっと、何の話だったんですかねぇ。
「それと」
──手刀。人中一点狙い。寸止め気配なし。
ぐにゃあり。
「……どういう意図でしょぉかぁ?」
「そうか。今のでも避けられるか。……
「いえですからぁ、どういう意図かと……行っちゃったぁ」
えー、不思議ちゃん三人目、と。
それはそれとして……転生者の嗜み仕草で不穏なので、要警戒だなぁ。
そうして第一次虚圏偵察部隊が虚圏に出向いてから……ちょうどひと月くらい経った頃のことである。
山本総隊長に緊急の呼び出しを受けた。
「どうかされました、か」
「……虚圏にて、七番隊隊長及び偵察部隊部隊長虎姫が、多くの部下を手に掛け、逃亡中とのことじゃ」
「……」
「そして……生き残った隊士の証言に依れば、虎姫は真白の仮面をつけていた、とも」
……ああ。
そうか。……虎姫さん、飴とか……舐めなそうだもんな。
恰好の的だったわけだ。
「追って増援は出す。じゃが、その前に先遣隊として、おぬしと厳原、刳屋敷を出すつもりじゃ。厳原の卍解下でもおぬしならば動ける。そうじゃな」
「はい。……ご安心ください。ちゃんと、引き戻してきます、よ」
「頼んだ」
……一応宣言したつもりだったんだけどな。
瀞霊廷内は僕の縄張りだ、って。……それとも、虚圏に来たなら良い、って?
はは。
それじゃあ、ちゃんとした化かし合いを始めるとしようか。
*
行きます、と一声かけて、空間をなぞって黒腔を開く。
直後僕を抱えて走り出す厳原さん。
「刳屋敷君、あちらへ着いたら手筈通りに」
「ああ、わかっている」
火急なのでブリーフィングが薄くなってしまったけど、以下の通り。
・虎姫さんの嗅覚上僕らが虚圏に出た瞬間に攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。
・そうでない場合は僕が広域探知を行う。周辺の警戒を刳屋敷さんに頼む。
たったこれだけだけど、必要なことだった。
──果たして。
「オ──ァ──!!!」
「読み通り! 冴えてんな、坊主!」
真っ赤な鎌の一撃を受け止める刳屋敷さん。
……彼の膂力を以てしても、その腕に血管が浮き上がることを避けられない。その上で……彼女を弾き飛ばした。
仮面。真白の仮面が、その顔にある。
角など、形状に特殊なものはない。銀髪と隊長羽織、その白面が、さらに爪と斬魄刀の赤を強調する。
「厳原! 坊主! これくらいなら問題ない! 陣地の構築を始めてくれ!」
「──お気をつけて!」
「おう!」
咆哮を上げる虎姫さん。それと共に、とんでもない霊圧が放たれる。
引き裂くような霊圧だ。副隊長クラスじゃこれを受けるだけで気絶しそう。
「この辺りで良いでしょう。始めます。──卍解、
厳原隊長が卍解する。合わせて僕も始解し、石化を無効化する。
その状態の厳原隊長が七歩蛇の灰を操って描いていくのは、事前に渡したある鬼道のために必要な紋様だ。
儀式場が必要なほどの鬼道。どれほど簡略化しても必要だった。というか、欠片でも簡略化しようとすると思った効果が出なかった、が正しいか。
「──精彩、執刀、狭軌。焦がれる身体を縫い付けて、心を蝕み彷徨い歩け。踊り狂う精霊、獣を宿す欲望、泥酔者の道標。我が身を攫う愚かな海よ、我が身を嘲る異形の傍らよ、我が身を呪う、我が身に繋がる血肉の群れよ。引き裂かれよ。四散せよ。脱我の末にて灯を捨てろ」
剣戟が近付いてくる。
石化によって描かれた紋様が輝きを帯び始める。
「──最盛、拝石、恭敬。横たわる身体を救いあげ、自らを
二つ分の完全詠唱を乗せた鬼道。
その準備段階が整った。
「厳原さん」
「はい。刳屋敷君! こちらは整いました! お願いします!」
「──
刳屋敷さんの周囲に現れるは、巨大なナニカ。大きな口だけを持つソレが一斉に湧き出て、虎姫さんを捕らえた。
否、自ら弾き飛ばされることを選び、僕らの予定通りの圏内まで飛んでくる彼女。
その身に、七歩蛇の突進が直撃する。
「捕らえました! 滑川君!」
「はぁい」
霊圧のせめぎ合いにより石化しきってはいない彼女だけど、動きは抑え込めている。
その彼女を儀式場の中心に持ってきてもらって──先程使った衆乱分郭という鬼道を励起する。
「ガァァアアアッ!?」
「破陣!」
励起した円形の儀式場を、円柱状に仕立て上げる。
ずっとずっと用意していた虎の子の鬼道だ。それを観測される危険性よりも、こういう手段があると見せつけることの方が大きい。
「聞こえますか、虎姫隊長! この鬼道は死神と虚の境界を外部より定義し直し、再度境界を引くための手助けをします! ただし、心の問題である以上、境界を引けるかどうかはあなた次第です!」
声に──反応は、咆哮。
だぁんっ、と地面を叩いたのは、虎姫さんから出てきた巨大な肢らしきもの。それが力強く彼女を持ち上げようとしている。
──朱。
上体を逸らし、仰向けに倒れるようにしてそれを回避する。
「ッ──なんだ、鎌を飛ばした!?」
「滑川君、ご無事ですか!」
「はい、なんとか! ──破陣は成立しました! しばらく……彼女が己と向き合い切れるまで、お相手をお願いします!」
やっていることはイッチーへ行われた虚化制御修行とそう変わらない。
違うのは、外側からその定義のための手助けをしていることと、体感時間の加速という抜け穴的な術法を用いて、戦闘可能時間をより多く取ることができるようにしていること。そしてもう一つ、僕なりのエッセンスを仕込んでいること。
破陣の外殻を七歩蛇が囲いこみ、石と成して。
駆けつけてきてくれた刳屋敷さんが飛ばされた鎌を弾き上げ、そのまま上体を起こしかけている彼女に対し肉薄する。
あとは、決して殺さない範囲で刳屋敷さんが虎姫さんを抑え込み続けるだけ。
僕は結界の維持、厳原隊長は近寄ってくる虚の処理。
予定外の操作をしなければ三日は継続できるよう処理に処理を重ねてきた結界。ただしカツカツだ。始解と結界以外の全ての行為ができないと思ってくれていい。
──さて。
*
草木さえも赤く染まった草原。
死骸に巻かれた包帯も、地面、空も。
赤しかない。血で染まった赤しかない。
「……託して、正解だったか」
斬魄刀ではないもの。杵か、歯の減った熊手か。
座った肩にそれを掛けて、赤い衣の女性は一人、呟きを零す。
先程聞こえた声。少年の声。
……彼女はよく、夢を見る。
明日の自分が同じ時間にどうなっているか、という夢だ。
大抵は同じようにして眠っている。けれど、時折は、虚を狩っているか、滅却師を殺している。
そして──此度の作戦に志願した時、初めて見る内容の夢を見た。
己が他の隊士を手に掛けている夢。制止の声の一切を無視し、己の部下となる存在達を切り裂いている夢。
無数の虚を殺してきた。無数の滅却師を屠ってきた彼女だけど、死神は誰一人として殺していない。
とうとう己の欲求が死神にまで向いたのかと呆れ、事故を未然に防ぐためにも己の首を断ち切ろうと考えた。
けれど、二つ。
己と瓜二つの虚と……その虚が何をせども意に介さぬ、煙が如き少年もまた、夢に出てきた。
彼女の隊の四席との立ち会いにて、赤子の手をひねるかのように下したという少年。どこの隊なのかも知れない、いつ護廷に入隊したのかもわからない少年。戦うべき年齢ではないように思うが、彼女もこのくらいの時分には戦場にいたから、そこをとやかく言うつもりはなかった。
とにかくその出自不明な少年は、彼女によく似た虚の攻撃の一切を避け、さらにそれを縛り付け……その先は目が覚めてしまってわからないけれど、対処ができていたように思った。
事実出立前に試した、完全な不意打ち且つ彼女に出せる最速の手刀を、なんでもないことであるかのようにして避けてみせた少年。
あれならば任せられる、と。そう思えた。
計画は順調だったはずだ。異変が訪れたのは、数人の隊士が体調不良を訴えた夜。
嫌に虚の出ない夜。言い知れぬ胸騒ぎに、哨戒へ出ていた隊士のもとへ駆けつけてみれば──「誇りのために、掟のために、何よりもこのような未熟者を目にかけてくれた銀嶺殿のために、殺せ、村正ァアアア!」と叫びながら、その顔の半分を真白の粘液で覆い、涙を流し……自らに刃を向けている偵察部隊の副隊長が。
無益な自殺は良くない。資源が勿体ない。だから彼女はその副隊長を気絶させた。同じくして数人の隊士が暴れかけていたからそれも鎮圧し、一息ついたあたりで──同じ症状が彼女を襲った。
顔に張り付いてくる真白の粘液。意識の礎が無くなるような感覚。あらゆる衝動が湧き出し、抑えきれない感覚。
気付けばこの世界にいた。彼女の原風景。
過度な締め付けを行う"まつくら"を殺すために武器を手に取り、殺して殺して殺して殺して殺し続けた記憶。
そこに現れる、虚と死骸とも判別できないモノを殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けて。
時折垣間見えるような視界。誰かを手に掛けようとする腕を折るつもりで抑え、それでも無理で、走らせ、走って。また死骸を殺して、世界の赤を高めて。深めて。
久方振りの視界に見たのは、同僚・刳屋敷剣八。
この状態になってから初めての弾き返されるという経験をし、飛ばされた先にいた煤の蛇と──あの少年。
少しばかり安堵したのがいけなかったか、今度は少年を殺さんと斬魄刀を投げつける己の身体。けれど彼は、しっかり避けた。それを見た。
またも鎖された世界だけど、今度は声まで届いた。久方振りに聞いた他者の声。
「死神と虚の境を外部から定義する。……術使いの言葉は、いつも難解だが」
察するに、彼女は虚となり果てかけているのだろう。
察するに、同僚と少年たちは、彼女を助けてくれようとしているのだろう。
その最後の詰めが、彼女の問題であると。そういうことだろう。
どのようにすればその境を引くことができるのか。
殺して殺して殺して殺して殺して殺す以外に、何かできることがあるのか。
「……誰だ」
空を見上げる顔を落とせば、彼女の眼前に一人の女がいた。
顔が無い。何者かはわからない。見覚えはない。彼女自身というわけでも、昔の姿でもないように思う。
あるいは彼女の斬魄刀の姿とも違う。黒髪の、赤い着物の、どこにでもいるような町人。
ソレは、彼女に手を差し伸べる。
「……その手を取ることは、何を意味する」
「……?」
首を傾げる女。言葉がわからないのか、声が届かないのか。
死神と虚の境を定義する。その言葉の意味を正しく理解することはできない。
この手を取ることは、虚と同化することにならないか。
その、女の背後に。
暗闇のような死骸が迫──。
「……すまない。その手を取るには、今の私の背には、荷物が多い。……だが、道行きを教えてくれるというのなら、従おう。その身に迫る害は、全て、殺し尽くそう」
殺す。殺す。
同じだ。己が生きるために殺すか、誰かを生かすために殺すか。
彼女にとって、そこに大した差は無いけれど。
女がどこぞかを指差す。
そちらには……確かに、赤以外の何かがあった。
揺らめく光のような。
立ち昇る狼煙のようなものだ。
「……わかった。行こう」
めらめらと剥がれ落ちるように湧いて出てくる黒。首の折れた死骸。焼き払われた虚。何者か。
それらが見えていないかのような女の後を追って、その身を守る。
護廷。その名の意味を深く考えたことのない彼女だったけれど、恐らくは、日々の戦いとは、こういうことをしているに大差ないのだろう。
身近にいる誰かを守っているのか、遠きところにいる誰かを守っているのか。
ただそれだけの違い。
「……あなたは、どうしてここにいる」
「……?」
普段はしない問いかけだった。簡潔な応答を好み、それ以外は気を張るばかりの彼女にしては、珍しい問いかけ。
会話ができないことはわかっているのに、どうしてかそれをしたくなった。
女は……首を傾げたあと、自分を指差して、耳を澄ますかのような動作をする。
ここの空気に似合わぬひょうきんな動き。その動作が伝わらぬと断じれば、伸ばした人差し指を顎に当ててまた首を傾げたあと、前に出した手を優しく掻くような、幼子に対して指示をするかのような動きをする。
「呼ばれている……呼んでいる?」
「……!」
頷く女。どちらが正解だったかはわからないが、そういう概念であるらしい。
顔が無くとも、案外意思は伝わるものだ。彼女はそう思った。
また黒を殺し。殺して。殺して殺して。
「あなたは……私の斬魄刀だろうか」
首を振る女。
「あなたは、私の斬魄刀の居場所を……知っているだろうか」
一瞬首を傾げ……頷きかけて、また首を傾げて……最終的には頷く女。
「呼んでいる……この目的地の先に、私の斬魄刀は、いる。そういうことか?」
「……!」
大きく何度も頷く女。
「……奇妙な感覚だ。……私はよく、話が通じないとか、心が読めないと……言われる。同じことを私は、他者に思っている。……けれど、声も顔もないあなたの心は、よく、聞こえる」
「……?」
「どうしてと問われてもわからない。……ただ、そうだな。私には唯一……友がいる。鹿取という者だ。私の……感情も、趣味嗜好も、全てを無視して……私の手を引いて、甘味や辛味などを食べさせては、勝手に喜んで。……そういう者がいる」
「……?」
「ああ、嫌ではない。恐らく私は、理解ができないだけだ。それを……嫌ってはいない。……あなたはどこか、その友に似ている……いや、似てはいないな。どこか……その友の、面影が……いや、それも違う。顔のないあなたに面影はない。……わからない。どこか、欠片程度、彼女を感じるんだ。もしかしたら……あなたが昔、私のように……誰かを助けていたとして。その誰かに、彼女がいたのやもしれない」
声も表情も読めないけれど、ここまで会話が続いたのも久方振りだった。
無論一方的に彼女が話しているだけだけど、なんというか、穏やかで、滑らかで。
現れる影の退治の一切が苦にならない。それを会話の途切れにすることがない。
「私は……死ぬのだろうか」
「!? ……! ……!!」
「怒るな。……怒るのだな、あなたも。前に……昔に、朧気でしかない記憶の中で……敵の強大さに、諦めようと、勝ち得ぬことは明白だから、私の死を対価に、逃げろと……誰かに言ったことが、あった気がする。その時も……誰もが私に、怒った。士気を下げるからかと思ったが……違った。どうやら人というのは、軽々しく死を口にすることに、怒りを覚えるらしい。……そしてそれは、いつしかその死を冠する存在となった今でも……変わらないらしい」
女は何度か首を振って、己の胸の、少し上のあたりに手を当てる。
顔の中心を指差して、それを剥がすような仕草のあと、その胸の上のあたりにしまい込むような動作をして。
首を振って、首を振って……また、光の方を指す。
「……すまない。そこまでは、読み取れない。……だが、死ぬなと言っているのは、わかった。……そういえば、外で私を助けようとしてくれている者達が、いたのだったか」
「……」
「そこで頷かないのは……それが理由ではない、ということだろうか」
頷く女。
既に今、どうして己がここにいるのか、ということさえ見失ってきている彼女であったけれど……今思い出したことを胸に、また歩き出すことを決める。
いつの間にか、足が止まってしまっていたようなのだ。
「これは……あなたへの礼を欠くかもしれないが」
「……?」
「あなたに顔が無いことは、あなたにとってなんの欠如にもならないし……私の前に現れたのが、顔の無いあなたで良かったと、そう思う」
「……」
「人の世というのは、とにもかくにも、読み取るべきことが多いんだ。些細な言葉の違い。声色。話している時の目の動き。喉の上擦り……。顔に集約する"感情の証拠"が多くて……私には、少し、煩すぎる」
何度畜生を羨んだことか。
吼えるだけで心が伝わる。喉を鳴らすだけで、短く呼気を放つだけで。
遠くにいようと、物陰にいようと、言葉もなく心が伝わる様子は、羨ましかった。そうあれたのならばと、何度も、何度も。
「普通にしているだけで……怒っているだの、咎めているだのと言われてしまうこの顔は、いっそ剥がしてしまえと思うのだが」
「……」
ゆっくりと首を振る女。
「……そうだな。それは……逃げることと、同じだろう」
近付いてくる。
光か、煙か。
「そうだ。……私だって、逃げればよかったのに……戦うことを選んだのは」
あの苦しみの中で、それでもと前を向き続けたのは。
「ただ……暗闇を、敵を討ち果たした後の、世界に……何があるかを、確かめたかっただけだ」
そこへ。
彼女は、足を踏み入れた。
揺らめく光であり、煙であったもの。
それは焚火だった。
湖の畔。真っ赤に染まったその水の傍らに、焚火があるばかり。
誰もいない。人がいた痕跡自体が無い。
「
真っ赤な湖にそう声をかければ、ぼごぼごと気泡が上がってきた。
「血の池に沈んで、身動きが取れないのか。……私の斬魄刀ともあろうものが」
「……?」
「助ける? いや、その必要はない。あれはただ、怠惰なだけだ。いつもそうだ。その力を十全に使うには、いくらか血を吸わせて叩き起こさねばならない。……そんなに眠っていたいのなら、永遠の眠りに就かせてやっても良いのだが」
「……!」
「……? どうした、腕を出して。……まさか、あなたの血を吸わせろと言っているのか? ……馬鹿を言え。私をここまで導いてくれた恩人の血を吸わさねばあれを叩き起こせぬというのなら、私は喜んであれを湖の底へ埋葬しよう」
違う違うと首を振る女。確かに、そのような破滅的な言葉を吐くはずもなかった。
女は、腰に握りこぶしを当てて、それをゆっくりと引き抜くような動作をしたのち……ぐぐぐ、と縮こまって、弾けるようにして手足を広げる。
ひょうきんな動きだった。
「刀を……抜いて、頭上で、叩き割れ?」
「……!」
「近い、近い。首を振りすぎるな、千切れてしまうぞ」
顎に手をやって、うーん、と悩むような動作をする女。
やがて女は……想い起こされる「最初」のように、ゆっくりと彼女に手を差し伸べた。
「……その手を掴むことを迷っていた覚えはあるが。……今のあなたの、手を拒む……その理由が、見つからないな」
手を取った。何の迷いもなしに。
戦を知らぬ、滑らかな手。
「"今どうなっているかわかりませんが! 虚を抑え込むには、斬魄刀と一体になる必要があります! それでやることは明白になるはずです!"」
「む。……今の声は」
女の手を握り返したその瞬間、件の少年の声が世界に響き渡った。
そうして……ふわりと、この赤い世界ではまず見ないような、あたたかな光に包まれていく女。慌てて彼女と斬魄刀を交互に指差し、ぐっとなって弾けてを繰り返す。
「案ずるな。……わかった。伝わったよ。……ありがとう。……あなたがどこへ還るのか、還る場所があるのかどうかはわからないが……息災で。礼を言う。……名前もわからないから……のっぺらぼう、とでも呼べば良いだろうか。いや、女の名ではないか……?」
「……!」
「む、気に入ったのか。それは、良かった。……またいつか、どこかで会えることを願う。……さらばだ、のっぺらぼう」
余程嬉しいのか、飛び跳ねるように喜ぶ女は……やがて、すぅと薄まって、消えていった。
同時に焚火も消える。火を付けていた薪も崩れる。
再び赤に染まっていく世界に、無数の、無数の影が侵食してきて。
「どうやら……起きるべき時間のようだ、『血吸天牛』。……お前が起きぬというのなら、いつも通り……敵血を吸わせて起こしてやろう。──卍解」
世界における全ての赤が、彼女の右手に渦を巻いて集約する。
影を残して、一切を。
「──
*
突然だった。
突然……虎姫さんは攻撃行動の全てをやめる。だから全力を叩きつけかけていた刳屋敷さんも、既のことでそれを止め、離脱。
良かった。急陣へ行く前に……なんとかできたらしい。
「ぐ……連戦で申し訳ありませんが、刳屋敷君! 彼らの無力化を!」
「ン……っと、成程、そいつらもか! すぐ行く!」
そう、虎姫さんだけではなかった。他にも複数の虚化隊士たちが向かってきていて、厳原さんはずっと一人でそれの対処をしていたのだ。
でも……流石は、なんだろう。決してやりすぎることなく、そして結界にも近づけることなく……石化と分身と瞬歩と滑歩と、使える手段すべてを使って対処をしていた。非常に的確に、だ。
そこへ刳屋敷さんが参戦し、一人一人丁寧に気絶させていく。……彼らの分も、しっかりやんなきゃね。
虎姫さんは。
斬! と……お腹のあたりから鎌を出した。
……大丈夫、だよね?
そのままぎこぎこ、ざくざくと……虚としての姿を切り裂いて。
最後にはそれを、がつんと蹴り飛ばして。
「……世話に、なったらしいな」
正気を取り戻してくれたらしかった。
……ふぅ~~~っ。
いや……ホント。虚化修行は描写されていたとはいえ、鬼道的なものはなにもわからなかったから……ずっと見様見真似と理論を手探りで重ね合わせ続ける、って感じで作ってたんだけど……なんとかなったかぁ。
まぁ僕の鬼道がどこまで役に立ったのか、っていうのは、もっとサンプルケースを集めないとわからないことなんだけど。彼女が己の意思だけで打ち勝ったのかもしれないし。
でも……良かった。無事だ。
これで──。
「
「倒山晶!!」
彼女の背後に現れた病的な白。緑の目。首の付け根に空いた孔。
判断は一瞬。その彼我の距離に無数の倒山晶を構築する。
「──七歩蛇!!」
直後、煤灰の蛇がそれに直撃し、またその瞬きの後、ふらつく虎姫さんを刳屋敷さんが抱きかかえ、離脱する。
揺れる視界。……まずい、霊力が無い。他の隊士への結界が届かない。
彼らだって犠牲にして良い命ではないのに──!
「──打ち明けろ、剖雲!」
「
「
その、声と共に。
力強い足音がした。
「……増援が来た場合は、速やかに撤退せよ、とのご命令だ。……命拾いしたな、子供」
瞬歩……じゃない、響転で消えるそいつ。
そして……置き土産とばかりに……無数の虚が迫ってくる。
そうか、襲ってくるのが虚化隊士だけだったのは、アレの霊圧で退いていたからか。もしくは、襲うなと命令されていたか、だけど。
……関係ない、もんな。彼に……バラガン・ルイゼンバーンも、ザエルアポロ・グランツも。
「……僕、彼ら……まだ、救わないと、なので。……任せて、良いですか」
「もちろん。そのために繋いでもらった命でしょ。その上でみんなで帰るんだよ」
……強い目だ。それに……安心できる言葉と、声色だ。
言葉は。
誤謬を呼ぶし、誤解を招くことも、多々あるけれど。
安堵を与えるには……多分、これ以上ない手段なんだろうなぁ、って。
「っしゃぁ久しぶりに四番隊としてじゃねえ戦いだ。卯ノ花いねーから何も気にしなくて良し!!」
「残念だが、此方がしっかりと報告を入れる。そうするようにと卯ノ花から言われている」
「エー! そこはちっとは目ェ瞑れよ!」
「冗談だ。此方にとってもここは苦い記憶の多き場所。──その
「……ハッ、感情初級生が。オレはとっくにそういうのは返し終わってんだよ。今からやるのはただの憂さ晴らしで、準備運動ってやつだ」
さて……じゃあ、霊力を回復させよう。
誰一人として見捨てないために。
「ご安心を、滑川君。どうやら私の石化、件の虚化なる現象に有効であるようで。彼らの顔や体を侵食するそれを固めています。その内面までどうにかできるとは思いませんが、ご参考までに」
「っと。……増援か、助かったぜ。……少し息を吐いたら、あっちの連中もこっちに持ってくる。ああそうだ坊主、舐溶飴をくれ。虎姫に舐めさせる」
「腰の……巾着、です」
「おう、いただくぜ」
なるほどなぁ、って。
……あの少年誌が高らかに謳い続けるわけだ。誌面として読んでいる時は……その感情の半分も理解していなかったかもしれないけれど。
安堵は……健康に良いかもね。
「くる、やしき。……あめなど、いらない。私は……こどもでは、ない」
「あ? 前に言っただろうが。これは子供をあやす飴じゃなくて、薬なんだよ。ああいう症状やその他万病を防ぐための。鹿取も説明したって話だが、聞いてなかったのか?」
「……そう、なのか。……ならば……もらう、か」
「おう。……どうした、珍しく聞き訳が良いな。良い出会いでもあったのか?」
「この……寂れた、世界で?」
「どこでだって会えるだろ。俺達に意思がある限りは」
……正直舐溶飴だけで虚化を完全に防げるとは思わないけど……虚化していなかった隊士のほとんどが舐溶飴をいつでも手の届く巾着や腰蓑などに常備していた、というのも無視できないデータな気がする。
魂魄増強はあくまでオサレ眼鏡への警告目的&気休めだったんだけど……ちゃんと効果があるなら、浦原さんに投げてちゃんとした薬にしてもらった方がいいかもしれないなぁ。
「出会いは、あった。……どこの誰かは知らないが……心の優しい、のっぺらぼうに、出会った」
「……」
「へえ。のっぺらぼう……妖怪か。いいじゃねえか、羨ましい。俺まだ会ったことねえんだよな」
……どうやら、上手く行ってくれたらしい。
そして……良く頑張った。他人の心の中なんて……心細かっただろうに。欠片程度しかない身で……ちゃんと導いてくれたんだね。
「どうやら本当にいるらしいぜ、妖怪。四楓院家と志波家には現れたって話だ」
「ミ゜」
「ん、どうした坊主。口に砂でも入ったか?」
「い……いえぇ。……仮眠ってとっても、大丈夫ですかぁ?」
「おう。ちゃんと休んで回復して……そんで、あいつらも治してやってくれ」
「はぁい。……では」
始解せずにしっかり睡眠を取る。
霊力回復にはこれが一番だからね。
*
そうして。
偵察部隊隊士三十余名のうち、哨戒に出ていた十名全員の治療を終えた。
ただし一人を除いて急陣……つまり内なる虚の
「……虚化、と……呼ぶのですね、これは」
「はぁい。未だ……調査中の概念です、が」
「私は……私は、もう護廷には戻り得ないのでしょうか」
「いえぇ。そも、護廷十三隊の役目にはぁ、虚と仲良くしてはいけません、という約定は無いんですよぉ。あ、響河さんが虚だって言ってるわけじゃなくて、ですねぇ。……護廷とは三界の調停者なれば、現世にて魂魄を食い荒らさない虚とは、不可侵を築いていいんですねぇ? 虚圏にいる分にはぁ、あるいは死神の中にいる分にはぁ、どこでなにをしていようと、調停に関係がないの、で」
そう。ぶっちゃけオサレ眼鏡のあれそれが無ければ、十刃と呼ばれる強大な虚たちは死神と対立する理由がない。
別に取って食うわけでもなし、強大な死神を食べたら強くなれるとかそういう話も無いわけで。終ぞ姿を確認できなかった不滅王君とかならともかく。
であれば、その裡に虚がいようがなんだろうが、それを咎める理由も罰する理由も無いわけである。
なんなら霊王宮に虚を封印した斬魄刀まであるわけだし。
「僕が彼らに施したのはぁ、完全なる封印です。僕以外は誰も……彼ら自身でさえぇ、あの封を解くことは、できません。その中の虚にも、斬魄刀にも。ですが、調伏を果たしたあなたと虎姫さんは、違います、ね」
「……はい。私の中に……脈打つ、別の魂があるのを、感じます」
「あなたと虎姫さんがやるべきはぁ、その虚が味方を傷つけるようなことを起こさないことで、す。身体を奪われたり、思ってもいない言葉を吐いたり、ね」
「奪われる……それならば、やはり」
耳打ちをする。
「僕は、あなたの斬魄刀の能力を、知っていますよぉ。鬼道の達人なので……卍解の能力も、だいたいこうなるだろうな、というのがねぇ」
「……ならば、わかるはずです。この力が……虚に奪われでもしたら」
「虚に奪われたら危険だから殺す、というのが通るならぁ、あなたなんかよりまず真っ先に虎姫さんを殺します、よ。あなたの斬魄刀の能力は汎用性にも富むしいくらでも応用が利きますけどぉ、それでもなお、虎姫さんに勝てそうな未来、見えますかぁ? っていう話でぇ」
「……そこまで……傲り昂るつもりはない、です」
「でしょぉ? だから、僕らは応援するだけですよぉ。どうにか頑張って……斬魄刀と協力して、抑え込んでくださいねぇ。そして……できれば使いこなせるようになってくださいねぇ。あなたの斬魄刀の能力は多分、他の斬魄刀を鎮圧・支配することが本質なのではなくぅ、味方全体の力を底上げできることにあると思うの、で」
誰かを操る系の能力が本来どう活きるか、っていうのはね。
転生者の嗜みだよ。それが将と呼ばれる者に適した能力だって知っているってのはさ。
「私に……将才が……?」
「あなたの憧れる一騎当千の英雄とはぁ、少し違うかもしれないですねぇ。隊長格と呼ばれるような……一人いれば戦場をひっくり返すことのできる存在とは。でも、同時に……死神には、滅多にいない才なんですよねぇ。前に現れたのは、尾花弾児郎隊長くらいかなぁ。戦場に声を通し、士気を高め、隊を群れと為す。……そこへさらに調伏した虚の力が加われば、文句なし、でしょぉ」
「……このような……不甲斐なき姿を晒した未熟者にもまだ、機会が与えられるのでしょうか。……私の激励のためだけに……声を掛けにきてくださった銀嶺殿に、報いることが……」
「僕貴族じゃないんで朽木家の内情とかは知らないんですけどねぇ。よく僕の出張所に飴を買いにくる"ぎんれい君"は、あの年代の若者とどう話題を繋げたらいいかわからない、とか言っていましたねぇ。報いる報いると口癖のように言っていますけどぉ、響河さんからもぉ、色々踏み込んでみると良いかもですねぇ。知ってますかぁ、"ぎんれい君"の好きなものとか、お気に入りの場所と、か」
「……知らない、です。……銀嶺殿は、飴を好まれるのですか?」
「まぁ、よく買っていってはくださいますねぇ。自分用なのかお子さん用なのかは知りませんけ、ど」
「ありがとうございます。……生きて帰る理由が一つ、できました。おかしな話ですが……それを確認してからでないと、気になってしまって、永遠の眠りには就けそうにない」
「だとしたら……一生教えてくれないかもですねぇ」
社交辞令なのはわかる。彼なりに、子供へ、あるいは先達へ気を遣っている。そういう印象を受けた。
だってまだ笑みが苦い。……でも、隙はできたかな。
「斬魄刀さん……村正さんも大変ですねぇ。けど、声を投げかけるのは、やめないであげてくださいねぇ。最後の最後に届くのは、僕の声でも、銀嶺さんの声でもなく……あなたの声だと思いますから、ね」
「本当に……我が斬魄刀の名を知っているのですね。鬼道の達人とは、皆そうなのでしょうか」
「まぁ、僕ほどになると、そうでしょうねぇ」
さて、雑談はこの辺で終わりだ。
そろそろ彼らの帰る時間である。
空間をなぞり、黒腔を開く。
「……んじゃ、帰るけど。なんかあったらすぐに応援を呼べよ、平良」
「うーん、流石に心配かもだけど……虎姫ちゃんたちにも必要だもんねぇ」
「おいおい、俺が残るんだ。問題はねえよ」
「刳屋敷君が虚化した場合が最も恐ろしいですが……その時はお願いします、虎姫隊長、朽木三席」
「任せておけ」
「は……最善を尽くします」
というわけで。
封印の経過観察も兼ねて、僕が。その護衛兼追加人員として刳屋敷さんがこっちに残ることとなった。
本来『虚圏偵察計画』は半年間を計画していたのだ。残り五か月、彼らと共にいて、その封印がおかしくならないか、などを見る。
当然瀞霊廷の守りは甘くなる。オサレ眼鏡が離反したわけでもなし、今まで以上にちょっかいをかけてくるかもしれない。
その上で必要なことであると判断した。
「よろしくお願いいたしますねぇ、皆さん」
「ああ……」
「安心しな。もし暴れるようなことがあっても、俺と坊主がいりゃなんどだって引き戻してやる。そんで、飴だけは舐めとけよ。それで何かが変わるかもしれねぇんならな」
この半年間で。
……こちらでできる仕込みを全て、仕込んでおくつもりだ。
戦力調査に十刃でも来てくれたら遠慮なく奪わせてもらうけれど。
こちらは誰一人、渡すつもりはないからね。