卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
君に追いつくためならば。
君の足を、折ることさえ。
少し前から、流行り病のようなものが瀞霊廷に蔓延している。
死者の世界で何をと思うかもしれないけれど、割と普通に風邪にかかるし熱も出る。どこから流行り、どこからやってくるんだよ、ってツッコミは勿論あるけれど。
結局尸魂界と現世は、互いが互いを死後の世界だと見ている関係性でしかないのだろう。現世で死なば記憶の全てを欠落して尸魂界に来て、尸魂界で死なば記憶の全てを忘却して現世へ行く。虚に落ちない限りは永遠に続く輪廻転生。テニスのラリーくらいの距離感だけど。
虚にならない存在のプール。その積み重ね、あるいは繰り返しが高い霊圧の存在を生み出し、尸魂界での善行悪行如何に問わず、高い霊圧の者は地獄へ送られる。
死神とは正義執行人ではなく、三界のバランサーなれば。
風邪も高熱も、当然状態異常であれば、僕には効かない。始解をすれば全てが元通りになるし、していなくとも他人より高い耐性を得ているような感じはしている。
野箆坊とは言語による会話ができない。基本ボディランゲージか、僕が勝手に意志を汲み取るか、だ。だからこういう細かい部分は体感で理解していくしかない。
一番隊でも流行り病はきちんと流行っていて、げっそりした表情の隊士が幾らか。
「おはよう……ございます、滑川七席……」
「やぁっぱりぃ、食事が喉を通らないのか、な?」
「ええ……。食欲の減退と……時折、黒ずんだ痰が出てきて。……もう余命が無いのではないかと考えてしまうほど、悍ましい色合いで」
黒痰咳。この流行り病はそう名付けられた。
この隊士君の言ったように、時折悍ましい色味の黒い痰が出るから、だ。ちなみに流魂街では見られていないので、瀞霊廷だけ、死神だけが罹る病か、な?
「この
「調薬って……そんなことまでできるんですか、滑川七席……」
「僕の知識は広く浅くだから、ね? とはいえ体内に入れるものである以上、僕を信用してくれていないと──」
「また……今更な。そんなものとっくの昔にしていますよ。……七席は覚えておられないでしょうが、私は霊術院時代、"百年浪人"先輩に幾度となく助けられましたし」
「……そうだっけ?」
「はは、やっぱり覚えておられない。……というか、教えたつもりさえないのでしょうね。けれど……とりわけ一番隊には、何が何でも強くなろうとして、壁にぶち当たって……そんな時に限って当たる対人戦で、必ずと言っていいほど出てくる"百年浪人"先輩のことを覚えている隊士は沢山いると思いますよ」
「あぁ、でもぉ、僕の勝率はぁ」
「ええ、全てにおいて私達若輩の勝利でした。けれどそれが、なんともまぁ、学びのある勝利で。
いらなぁい。その評価いらなぁい。
や……やめてぇ……。
「喉飴、ありがたく頂戴します。ああそうだ、他にも苦しんでいる奴がいますので、そいつらの分も貰ってもいいですか?」
「良いけれどぉ、治す薬ではないからねぇ?」
「ええ、わかっていますよ。本当に死にそうになったら四番隊に駆け込みますので」
……なんか。
思ったより、舐められてないんだなぁ、と。
僕のことを追い抜かしていった隊士ばかりだから……七席なんて地位についたことを憎んで、けれど一番隊として胸の裡にしまっているだけだとばかり……思っていたけれ、ど。
まぁ、本人の前で、本音をさらけ出す者がいるわけでもなし。
人の胸の裡は、見えないからこそ、推測するしか術がないのだ……なぁんて。
数日後。
なんと七番隊隊長と九番隊隊長までもが黒痰咳に罹ってしまったらしい。
マスクをつける……という概念、無いもんねぇ。まぁ、黒痰咳に罹った人は、自ら手拭いを噛む、みたいなことで……セルフ猿轡で対処していたりはするけれ、ど。
「聞いていますに滑川君。あんたの調薬した含嗽飴、うまい割には効能があるんやとか」
「はぁ、恐縮ですぅ」
「というわけで、作り方を一つ。勿論環は積むで、な?」
四番隊隊長、志島知霧隊長。猫背で、灰色の長髪で、そばかすで、半目で。
印象は……ハイエナだけど、牙を見せない……持っていることさえ悟らせない感じ。だからアードウルフになるのかなぁ。あっちはそもそも噛み千切れないらしいから、本質的には違うんだろうけど。
で。
その人がぁ……僕に、詰め寄って、脅しを……かけてきているわけです、ね?
「お金なんて取りませんけどぉ。効能優先ならぁ、四番隊の方が良いものを作れるのではぁ?」
「確かにそれはそうなんやけど、連中、効能よりも長うねぶり続けてられるかどうか、の方を優先するんやに。だから君のが丁度ええの」
効果より味優先……子供かな。
でもまぁ、仕事中も舐め続けるなら、確かに美味しい方が良いよねぇ。
「あと、お金はちゃんと払うに。これはお願いやのうて仕事の依頼なんやで。出世慾も物慾も金銭慾もあらへんらしいけど、それと仕事はまた別の話。正当な働きには正当な報酬があらへんと」
「はぁ、まぁ、ならば……受け取りますけれどぉ」
……まぁ、確かに。
無料で良いよ、って言ってたのに……突然売れ行きがよくなったとか、商品として売り出すことになった、ってなってから権利を主張されて面倒臭くなる、という例をしこたま見てきたし。
理解はできる。……そういう話じゃなかったりしますかぁ?
というわけで、隊士に教える前にまず志島隊長本人に、という話になって、四番隊宿舎の厨房へとやってきた。
……志島さん……割烹着姿、似合わなぁ。
なんて言葉はおくびにも出さず。
作り始める。作り方自体は一般に言う膠飴と似ている。穀類の種子から種皮を取り除き、それを加水分解し、糖化するというプロセスなんかはそのものだ。
けれどそこからが少し違う。混ぜ込むのはまず黒糖。砂糖の中でも甘味と若干の苦味を持つこれは、薬の苦味を覆い隠してくれる。
液化した二つを火にかけ、そしてそこに──回道を当てる。
「……驚いた。それ、何になるん?」
「回道というものがやっていることについてぇ……なぁんて、志島隊長には釈迦に説法ですけれ、ど。要するにぃ、患者の体組成霊子を見抜いて、何が崩壊し、何が欠如し、何を必要としているかを瞬時に判断してぇ、その補充となり得る霊子を外側から注入す、る。それがぁ、回道ですよねぇ?」
「そうやんな。正しい理解や思うに」
「薬で回復させられるのはぁ、いわゆるところの、死神のフレーム……枠組みとでも言うべきものですからねぇ。病や怪我によって霊子が損なわれている場合、いくら外側を補強したってぇ不調は収まらない。実際黒痰咳はぁ、黒い痰という、恐らく内臓系の細胞を削り取ったものが出てしまっているわけですからぁ、とにかく補充をしないといけないわけですよぉ。……そこでこのぉ、"最も汎用性に富んだ形状の霊子"を薬に込めることでぇ、回道そのものとは言えないまでも、じんわりと内側から……薬効温泉に浸かっているくらいの効果は見込めるわけですねぇ」
出来上がるのは、べっこう飴に黒が混ざっている、みたいな色合いの飴。
参考にしたのは未来の天才ズが使っている丸薬や補肉剤、そして曳舟さんが作っていた霊力回復料理である。……彼らの発明をパクりすぎてて、そろそろ著作権法で訴えられてもおかしくない。曳舟さんの料理の方は真似できなかった。いや、霊力を回復させる手段自体は確かにあるんだけど、それを自身から離れたところで起こす、というのが至難すぎる。
僕のは霊力回復をしない。あくまで損なわれた霊子の補充であり、しかも心臓や肺といった「雑に触れてはならない特異な形質の霊子」は補充できない。あくまで人間の身体を構成する細胞の、その汎用形状を補充しているだけ。
「あぁ、ようやく理解した。君の飴が好まれるのは、味がええだけとちゃう。誰にでも一定の効果を発揮する……際立った成功は無かれど、処方に失敗があらへん。それは……患者目線、助かるどころの騒ぎちゃうに」
「そぉですか、ね? 一発でぱぱっと治った方が嬉しいようなぁ?」
「それが、黒痰咳に対しては一発でぱぱっと治る薬がまだあらへんのや。それも含めてやろうなぁ」
……。
……うーん。これ、言うべきか、言わざるべきか。
「なっとした、"百年浪人"。なんか言い淀んどるな。言うてみ? 知らんと思うけど、実は僕隊長なんさな。どんと頼ってや」
う……うぅ。
この人も……また、距離を詰めてくる人だなぁ。
「……人払いをしてほしくてぇ。入り口付近にいる二人と、屋根裏にいる一人……どかしてほしくて」
「お、気付いとったのか。ええやんか。んで、露見した以上は終わりや。散りなぃ、みんな」
四番隊。
この志島さんが……まだ、回道特化ではないから。
隊士も、どこか、血の匂いが消えていないというか。
「これで二人きりや。はは、あんたが暗殺者やったら、これほど上手い手はあらへんなぁ」
「僕にそんな度胸は無いですよぉ。……まぁ、間違っていたら……要らない混乱を招くので、志島隊長以外には聞いてほしくなかっただけです」
「ほん?」
「黒痰咳……とかいうのについて思ったことがあるんですけど、ね? 四番隊としてのご意見を伺いたくて」
「言うてみなぃ。余程無礼でなかったら聞き流すで?」
「ええ、まぁ、そういう話です。……これ、多分斬魄刀の能力です、よ。誰かの始解の能力……流行り病なんかじゃないです、ね?」
ひた、と。
張り詰めた雰囲気と共に……首筋に、薄い刃が添えられているような……そんな感覚に陥る。
ひゃあ、やっぱりこの人も殺し屋だぁ。
「──理解しとるんやんな。その発言は、あるいは、冤罪によって死にゆく者を作ってしまいかねやん、ということくらい」
「ええ、はい。わかってまぁす」
「その上で言うんなら……同意見や。どうにもこの流行り病には、自然物にはあらへん悪意が乗っとる。……元凶を辿る方法は、なんか思いついとるか?」
……誰かの斬魄刀の能力によって引き起こされている事態である、というのは、意見の合致が得られた。
つまるところこの流行り病は、誰かの始解の能力が瀞霊廷じゅうを満遍なく覆っている状態である、と言える。
であれば。
「あと一週間、なんとか……死者を出さずに、気付いた様子も見せずに、耐えられますかぁ?」
「また妙に最先端の言葉を……。たったの七日間で、なんとかできると?」
「治療薬はぁ、無理です。けど、鬼道のお手本が……眼前に置かれている状態でぇ、それを模倣することくらいはぁ、まぁ、できますねぇ」
「……成程。
「はぁい。……このことはぁ、山本総隊長だけには話しておきますねぇ。でも、雀部さんには言いません。志島隊長も、どうか内密にぃ。感染が空気感染ではなく斬魄刀の持ち主との対面や接触であった場合を考えるとぉ、七番隊隊長、九番隊隊長には内緒にした方が良いと思いますよぉ」
「そこらへんにおる、と。──はぁ、嫌や嫌や。斬るのは虚と滅却師だけでええのに、どゥにも最近、死神の血ィ吸わすことが増えてきたなぁ」
嫌だ嫌だという割に。
口角が上がっていることはぁ……勿論指摘しませんよぉ、怖いの、で。
さぁて、じゃあ、君の
件の『全力部屋』にて、三人。
僕と、山本総隊長と、そして……志島隊長。
「あぁ、山本が最近また妙に強なりだした理由は、ここか!」
「うむ。己の全力を出しても壊れぬ修行場、というのは中々得難いものよ。監獄を騒がせる趣味も無し、気軽に訪れ、技の調子を確かめることができる」
おおおお! と、おもちゃをもらった子供のようにはしゃいでいる志島さん。……こんな人って印象無かったけど、もしかして人目のあるところでは隊長然とあろうとしているとか?
「と、すまん。年甲斐ものうはしゃいでしもた。本来の目的を始めよか」
……おお、大人だ。切り替えができる人は好感が持てる。
持ちたくないんだけど、ね。
「……では、始めますけれ、ど。お二方、覚悟は良いですかぁ?」
「うむ。遠慮はするなよ、滑川」
「はぁい」
二人に向き直り。
「暗澹たる北の霧、逃げる陽に縋る夜。最果ての地に至りて溢るる。麦藁の死者たちの家、澱み腐った吐息に一つ、南の焔に滴を流す。縛道の番外改メ模倣斬魄刀の一・
手元に丸めた、淀んだ黒色の渦。
それを……老いのアレみたいに、ふぅーっと山本総隊長、志島隊長に吹きかける。
すると。
「む……ご、ぶ……」
「あぁ、まさに……まさにだ。これは確実に、黒痰咳や」
効果は充分そうなので、解除する。
すれば……二人の不調も、すっきりなくなったらしかった。
「鬼道系の斬魄刀の効果の模倣。……偉業である、が……できることは伏せるべきじゃろうな」
「あぁ、ともしたら貴族との揉め事に発展しかねやん。あるいは四十六室との。せやけど、これで乗っ取りはできるし、下手人もあぶり出す。基本的にこういう手合いの斬魄刀の能力は、本人には効果があらへんでな」
「いえあのぉ、そこまで効果は高くないですよぉ? 総隊長にわかりやすく言うとぉ、総隊長の炎を模倣したのにぃ、蝋燭の炎くらいしか再現できなかった、みたいなぁ」
そういうことだ。
始解ほどの効果・範囲は実現できないけど、既に存在している始解に上乗せする形で……始解にオプションを一つ付け足す、みたいな形で発動する、トロイの木馬的な鬼道。
感染したことにはしばらく気付かせず、瀞霊廷全体を覆ったあたりで症状を変化させる。わかりやすく──吐く息が赤煙遁になる、くらいのわかりやすいやつ、で。
そうした瞬間、この始解の持ち主だけが、浮き彫りになると。
「……はぁ。おぬしはその……自身の功績を貶す悪癖をやめられぬのか。……前人に措いて誰も成し遂げていなかった、死神に依る黒腔の口切りも、儂の卍解の余波の一切を外に出さぬこの空間も。おぬしは折あるごとに、己が所業の欠落を示そうとする。やれ恒常的に使えない、やれ完成度が足りていない。──笑止。技というものは、初めてその領域へ足を踏み入れた者をこそ誉めそやすもの。たしかに、それを普きものとした者にも称賛は寄せられよう。じゃが──発見し、発明した者がないがしろにされる道理など、ありはせぬ」
「それに、それこそ改良や大衆化は鬼道衆の全体の仕事で、新しい鬼道は現場の意見があらへんと形にならん。僕はむしろ、手元だけで作った鬼道を試し撃ちもせずに対虚戦で使う、って方が、ずっと怖う思うし、それやる隊士は……少なくとも席官にはおらんのとちゃうかな」
う、ぐ。
やめてぇ……正論やめてぇ。
……わかっている。そんなことは。
だけど……偉業という言葉は、怖いよ。
「山本。なんでこの子ぉ、こんなんも名売れに怯えとるんやい。過去になんかあったんか?」
「知らぬ。聞き出そうにも口を割らぬ。……滑川。長次郎も言っていたが、今一度告げる。そうも秘し、隠し、偽るということは──儂らの力が信用に足らぬと、そう言っているに等しいと、理解しているか?」
「──当然に」
だって。
死ぬじゃん、あなたたちは。
「急務やな、山本。こいつの心を溶かすには、百年か二百年か。……あぁそうか、百年浪人。統学院の教師たちでは、百年ぽっちじゃあ、その心を溶かしきれなんか」
そんな。僕の卍解が大紅蓮氷輪丸みたいな。
野箆坊の……えーと、散る顔のパーツがないけど、なんかのパーツが散ったら……僕は、少し老ける。みたいな。
「今は良い。瀞霊廷を脅かす何者かを狩る方が先決。──おぬしの言う、効果が劣り、安定性を欠き、先人の作ったどの鬼道よりもあらゆるものを損なうその鬼道で……それでも、下手人を炙り出す自信はあると言えるか?」
「はぁい、それは、まぁ、それ特化の機能ですから、ね」
「ならば善い。……おぬしの鬼道が瀞霊廷全体を覆い次第報告を入れよ。体調不良を圧してでも全隊集会を開き──炙り出しを行う」
「四楓院には話を通しとくぞ。隠密機動内部におらんとも限らんで、そこらへんの注意も含めてな」
「……卯ノ花には、儂から話をしておこう。ともすれば勘違いから……滑川を斬りに来ることも考えられる」
「確かに! というか、その危険性は常に付きまとうで、護衛は最低三人はつけとけよ、山本」
「それが妥当か。……卯ノ花が相手の場合は、障子の紙を突き破るが如くであろうが……」
「ハ、まぁ死んでいなけりゃ治してやんさ」
確かに。
……特に隠蔽とかしてないから……辿られて、下手人と勘違いされてのパターンは……本当にあったかもしれない。うわありがとう山本総隊長。その言及が無かったら本気で死んでたかもしれなぁい!
怖いよぉ。僕の天敵なんだよケンパッチーズは……。
「それと、これは無論であるが、四十六室は効果適用範囲外じゃ。心せよ、滑川」
「はぁい。それは、ね」
そこはわかっていますよー、っと。
*
そうして。
原因不明、薬を作ることさえ敵わない黒痰咳は、やがて瀞霊廷全体を覆い尽くす。
隊長格や霊圧の高い低いに関係なく……誰もが黒い痰を吐き、疲弊していく……その中で。突如、「火急」と判を押された全体集会が開かれる。
体調不良であれど関係ないという言い草に一部から不満の声が上がったようだけど、山本総隊長のひと睨みで鎮圧。
こうして瀞霊廷じゅうの死神が一堂に会した。……まだこの時期だから少ないけど、それでも壮観な光景だ。
そして、そんな彼らは──突然。
その耳から、赤い煙を吐き出した。
「は!?」
「なにが……あ?」
「あれ……身体が、重くない?」
混乱。ざわめき。総隊長の前だというのに私語だらけ。
すぐにそれに気付いて口を噤む隊士。けれど山本総隊長含む隊長格数名の目は、別のところへ走っていて。
「──見ィつけたァ!」
バチ、という音だけを立てて消える四楓院隊長。はっ……んや。え、霊圧知覚さえできなかったけど。
……やっぱり僕とのあれはお遊びか。全力で殺す気の突きを避けちゃった、とか思ってたけど……僕が避けられるわけないよねぇ。
とかのんびり考えていたら、むんずと首根を掴まれた。
え。
「長次郎。説明は任せる。良いか?」
「ええ、ご存分に。滑川君も、ぜひ元柳斎殿のお役に立ってきてください」
あの──とか。
文句を言う間なんて、ない。四楓院隊長ほどではないけれど、かなり速い瞬歩で追い縋り──。
流魂街よりもさらに離れた荒野。
ものすごい距離を瞬歩で移動し、そこに辿り着いた。数瞬遅れて志島さんも現れた。
「かぁ、相変わらず速い。一人抱えてのそれやし」
「ふん、今は速さ比べなどしている場合ではあるまい。──滑川。あそこにあるものが、力の根源で間違いないか?」
それ。
四楓院隊長が岩に座って眺めているもの。
──真っ黒で、毒々しい……時折ぼこぼこと気泡の出てきている、球体。
致命的の人が使う空間に似ているけれど、あれよりは弱いし、付け入る隙もいくらでもありそう。
最後の最後で……籠城を、自分の能力で自分を包んで防御を図ったって感じかな、な?
「はぁい、間違いないですねぇ。……けど、もうこっちから効果を変えることは無理そうで、す。思ったよりも……自分の始解のことを理解している人です、ね。こうも簡単に始解の性質を切り替えられる、なぁんて」
「そうか。……あれに突っ込んだ場合、どうなると予想できる?」
「それについちゃオレがもう試したよ。今は霊圧で押しやって抑え込んでいるが、ホレ」
ホレ、と……四楓院隊長が見せてくれた左手。
その先に、ぬたぬたと纏わりついている黒。黒痰そのものみたいなもの。
「志島ァ、治してくれ~」
「はぁ。まだ黒痰咳には効果的な薬があらへん言わんだか?」
「エェ。オマエ四番隊だろ~。こういうのを治せなくて何が四番隊だよ」
「見知らんものに不用意に手ぇ突っ込んで見事に腕を使い物にならのうして、何が二番隊やに」
「おぬしら……瀞霊廷を脅かした罪人の前で、よくもまぁそう呑気に……」
仲良いんだなぁ、って。これ思うの何回目だろう。
……僕でもあれは治せないな。いやまぁ腕をまるまる飲み込んだ上で始解、とかすれば……どうなんだろう。普通に「喉詰まり」が状態異常と見做されて、そっちに状態異常無効は働かなそう。
本当に僕の体にしか効果が無いんだよねぇ。僕が手を掴んでいる、とかは一切関係ない。
「切り落として、回道で生やすってのはどうだ」
「あほなこと言うとらんで、他の情報は?」
「斬撃は斬れた感じがしない。大気を斬っているに等しい。オレの霊圧で突っ込んでみたが、大体二秒くらいで全身が汚染されたな。それなりに速い。鬼道は五十番台詠唱破棄まで試したがうんともすんとも言わねえ。中の本人に届いている可能性もあるが、無力化されている可能性もあり。こんなところか」
ふむ。
解析した限りのこの斬魄刀の効果に鬼道を防ぐような効果は無かったと思うけど。卍解している霊圧でもないし、実はザックザクに効いていて、もう数発連打したらお陀仏で終わり、ってことには……ならなそうだぁね。
「儂の炎で焼き尽くすか」
「まぁそれが一番早いな」
ふーむ。……山本総隊長の炎は……確かに炎熱系最強だけど。
こういう物理的じゃない……呪詛や疫病を操る、みたいな手合いには、滅菌消毒にもならないと思うんだよ、ね。
「万象一切灰燼と為せ──流刃若火」
業火が迸り、黒の球体を包み込む……が。
「っとぉ! 危ね」
またもいつの間にか首根を掴まれていた。山本総隊長と志島さんは自分で逃げている。僕の首根を掴んだのは、四楓院さん。
見れば……先程まで僕たちのいたところをも飲み込んで、黒い球が拡大している。あ、ぼとっと落された。
「なにやってんだ元柳斎! オマエの霊圧食らわれたぞ!」
「……そういえばぁ、ちょぉっと考えていたんですよ、ね。この始解……効果範囲もさることながら、効果時間も長ければ、隊長格にまで感染させられるとか……強すぎないかなぁ、ってぇ」
「なんだ、卍解だとでも言うつもりか?」
「いえいえ、霊圧的にそうじゃないことはわかりますよぉ。──ただ、なんらかの霊力補給手段を有しているんじゃなか、って。それはたとえば、感染、みたいな」
みんなの視線が──四楓院さんの左手に集まる。
「成程。あの黒い球自体と、感染者。その双方から霊圧を吸い取る始解。確かにそれくらいの力はありそうだ。──んじゃ、
はい?
ナイフのような形状の刃物が──自らの腕めがけて、とんでもない速度で落ちて。
既のことで、山本総隊長の剣に阻まれた。
……あ、あつぅいあつぅい。山本総隊長始解解除してぇ。そのままだと折角止めたのに火傷しちゃうよぉ。
「なんだ元柳斎。オマエの炎さえ効かなくて、オレの霊圧が敵に食われている。その状況でコレを斬らねえ理由、あるか?」
「……最終手段でしか、なかったんじゃがの」
かぁん、とナイフを弾き、始解を解いて刀をしまった山本総隊長。
まぁ。
ですよねぇ。
「ほら、診してみな。腕火傷しとるに」
「こんくらいヘーキだって。で? 最終手段って? この状況を覆せる何がとんでもないものが……。……はっはーん?」
ぎょろりと、それは楽しそうに。
四楓院さんの目が僕を向いた。
「成程! 今回の事件の関係者……とりわけ鬼道に詳しいから連れてきたのだとばかり思っちゃいたが! そうかそうか、いやそうだよなぁ? あんだけ強くて七席って、ありえねえもんな? 長次郎の次とかで良いもんなぁ!」
「あまり大声で言うな。──丁度、地獄蝶にて伝令が来た。瀞霊廷じゅうを疫病の渦に包みし大罪人・
ちなみにこれは特例とかではない。滅却師の侵攻があった後くらいからそこそこの頻度で適用されるようになった法律の一つだ。
本来は裁判にかけるとか四十六室に通すとか色々あるんだけど、その能力や思想が存在しているだけで危険であるとされた場合、即刻処刑というものが適用される。
書いて文字の通り。その場での処刑を意味する。
「四楓院。志島。これ以降のことは他言無用じゃ。──滑川」
「はぁい。……僕が感知した限りでも、四方三里には誰もいません。誰かの斬魄刀の能力も、目の前のこれ以外ありません。四楓院隊長はどうですかぁ?」
「おう、オレの耳にもそう聞こえてる。安心しろ、誰も聞いちゃいねえし、見ちゃいねえよ」
「気になるならこうやって、瀞霊廷側を塞いでしもうたらええに。──縛道の八十一・断空」
ダンクーガ……もとい、瀞霊廷方面に向かって巨大な断空が構築される。……確かに、それなら遠見も効かない。
残念ながらその断空だけを除外する、みたいなことはできないのだけど。
「──卍解」
消える。ずず、とか、じゅわぁ、とかではない。
範囲内の全て……四楓院さんの腕にあった黒も、巨大な球体となって渦巻いていた黒も。断空も、全てが。
全てが、通常通りの霊子に変わる。グラデーションではなく、フレーム切り替えのように。
僕が卍解を習得したあと、一番に努力したこと。
それは、通常時、始解時、卍解時で一切霊圧が変わらない、という偽装である。
その偽装は、思わぬ副産物を齎してくれた。それが、これ。
「
広がるとか、追いやるとかではない。
息をするように始解をして。
息をのむように卍解をして。
まるでシーンが切り替わったかのように、まるでコマ数の少ないアニメーションのように。
刹那の後、この、何も起こらない世界になっている。
あなたが朝、目を覚ます時のように。
瞬きの間に、夜の世界が終わりを告げるように。
「終いじゃ」
効果を知っている山本総隊長が浅打を揮う。
いつの間にか場所を移動していた。ホント、隊長格は迅いなぁ。
球体が……自らの始解が消えてなくなったことに呆けた顔をしていた下手人。その首が、ぽーんと飛んで。
それが落ちる頃には、卍解なんて、影も形も無くなっている。
封じるだけなら、一瞬で良い。
卍解が消えたあとに沸き出てくる異常霊子は、けれど、そんなに速くないから。
それよりも先に首を断ってしまえば、はい、おしまい。
神槍は最速なのかもしれないけれど。
卍解の展開速度だけで言えば、僕の方が上かも。……なぁんて。
「はぁ、……成程。それは、見せたがらないわけだ。本当に……運の良い奴! オレにもそういう懐刀をくれってのに」
「これは僕、断空を張ったのは正解やったかな? その上で……僕の断空、食われてしもたな。八十番台も、始解も関係なく無に帰す卍解。ええなぁ。四楓院の腕にあったのも無うなっとるし」
「よいか、他言無用じゃぞ」
「オイオイ、誰に物言ってんだよ。隠密機動の長だぞ、オレは」
「僕が一番口軽い思われてそうですけど、こんなに便利なもの知らしめるわけやんやないですか。ここの三人で独占しましょう。つまりこれ、"斬魄刀の能力"とかいうけったいなもんの効果がどうなるか、どう動いたらええか、みたいな面倒臭いこと全部考えなしに突っ込んで斬りにいける……最高の据え膳拵え装置ってことやろう?」
「うわ、そう聞くと……な、なぁ、滑川何日か貸してくれよ! オレも純粋な斬り合い勝負してぇよ!」
「ならぬ。こやつの卍解は世に知らしめるべきではない」
「ちゃんと人払いするから!!」
「そういう問題ではないわ!!」
「えー! 山本オマエ、昔から弩
据え膳拵え装置……。
う、うーん。なんか……原義を考えると卑猥ですらあるような。
けど……こう使うべき、というのは、わかったよねぇ。
能力は厄介だけど本体は弱い、っていう敵に対し、初見殺し&最強の味方を連れて行う処刑。
……確かに、良くてサポートアイテム。あるいは特定のステージでしか使えないステージギミック感が凄いなぁ。
「ともかく、今は戻るぞ。長次郎だけでは全体集会を解散できまい」
「ああ、確かに。病気が治って元気になっただろうけど、あいつらずっと立ちっぱなしか」
「怪しまれやんように、滑川君は僕が連れ帰るに。少し遅れて、別の方向から」
「む。……それは、必要やもしれぬ。頼むぞ、志島」
「ええ、任しておくんない」
ということで、山本総隊長と四楓院隊長だけが先に帰ることになった。
……行きで山本総隊長に連れ去られる僕が目撃されていたら終わりじゃない? それ。
あとさ。
「──さぁて。滑川君──キミ、護廷を守る忠誠心とか、あるかいな?」
だよねぇ。爆速理解は転生者の嗜み、と。
*
後日のことである。
志島隊長との問答? うん、まぁ、まぁ、ね?
「えー! 含嗽飴、もう作ってないんですか?」
「いやぁ、だってあれ、お薬だから、ね?」
「味、滅茶苦茶好きだったのに……!」
まさかの味ファン。
……でもわかる。トローチとかは一般向けで人気だけど、龍角散のあのなんとも言えない味が好きって人は、割といた気がするし。
「製法はそこまで特殊なものでもなぁいし、その辺の茶屋に言えば作ってもらえるよぉ」
「いやぁ、そうじゃなく。その……えーと」
「七席。こいつの相手、しないで良いですよ」
「えぇ? でも……」
「こいつ、"腹の内側から回道を当てられているみたいな感覚が新感覚で嵌った"とかいう変態なんで。一番隊の恥ですよね、ほんと」
「何をう! あの飴にしかない……なんというか、疲弊し、欠落していく心の穴を埋めるかのような味は、お前達も好きだと言っていただろう!」
「いやジブン、味は好きだったスけど、別にそんな感想抱いてないです。あ、七席、これ、飴のお礼で、蜂蜜醤油せんべいっていうらしいです。美味いらしいスよ」
「あ、滑川七席! 『鬼道の通り道』読みました! なんか、初めて知ることがたくさんあって……霊術院の頃に戻ったような気分で……まだまだ強くなれる気がしました! ありがとうございます!」
なぜ……というのは、流石に問うまでもないけれど。
どうやら僕の飴を舐め、症状が改善した、という一番隊の隊士たちが……こうして、お仕事中の僕に話しかけてくるようになった。
つい先日までは遠巻きに眺めるばかりというか、「なんでお前がここにいるんだよ」みたいに思われていたと思うんだけど……。
あと、なんでそんな下手に出ているの。敬語とか、良いよ。僕に使う必要ないって。
「それで……鬼道について、ご相談って、してもいいのでしょうか。あ、勿論お金は払います! お仕事の邪魔はしませんが、趣味の時間を割いてもらう以上は必ず!」
「抜け駆けは許さんぞ! 七席、俺もお願いします! 俺も雀部さんみたいに、総隊長から名前呼びされたいので!」
「お前じゃ万年無理だよ。暑苦しいから」
「何をう! そういう貴様は冷淡すぎて一生無理だろうな!」
……う。
ぐ。……でも……僕、この子達の顔……原作で、見たことないよ。
勿論全員を描き切れるわけじゃないから、単純に背景と化していただけなのかもしれないけれど。
でも……千年前からいた隊士、なんか。頭角を顕していて……不思議ではないのに。
誰も見たことがない。それは即ち、どこかで。
……別に、良いかぁ。
確かに悲しいのは嫌いだけど。
なら、悲しまなければ、いいだけだし、ね?
「じゃあ……鬼道の勉強会でも開くぅ? 僕も……現場の意見、聞きたいし、ね?」
「おおお! それは……参加者が膨れ上がりますよ!」
「まずは一番隊のみで良いでしょう。他隊まで含めてしまえば、七席が大変になってしまう」
「鬼道衆から直々に鬼道の話聞ける機会とかないスし、ちょっと楽しみかもスね」
そう……? 彼ら割とフレンドリーだよぉ? 青春コンプレックスがそこそこあるから、そこを刺激しなければ、結構心を開いてくれると言う、か。
大鬼道長はふつーにエリート街道を進んできました、みたいな人だったけどねぇ。
ああでも……会う機会が無いか。僕も……ここに来る前は、引きこもりだったわけだしぃ。
「あ、それと……三番隊の美津島副隊長からなんか書が届いていましたよ」
「うん、破り捨てておいてくれるかなぁ」
「はい? いやいや、副隊長からのものをそんな扱いにはできませんって。はいこ……れ……」
隊士の子が渡してくれた書。
そこに──美しい字で、「果たし状」と書かれていて。
封を切って中身を見れば……様々な言葉を尽くしての「再戦希望」がびっしりと。
それは果たし状とは言わないよぉ。
「なんか、怒らせちゃった感じスか?」
「いやぁ、遊びたいだけみたいだねぇ」
「遊ぶって……美津島副隊長とですか。あ、もしかして……」
「無いよ~。そういう関係じゃない。まぁ、色々あってねぇ、今すぐ倒したい相手の項目に入っているみたいなんだよ、ね」
「それを何かしちゃったというんじゃ」
勝ってしまったことは。
確かに……何かしちゃったことかもねぇ。
「皆さん、展望を語るのは良いですが、勤務中ですよ。一番隊として恥無き行動を取るように」
「あ、稲武五席」
「それと、滑川七席。総隊長がお呼びです。件の部屋へ、とのことですが、何のことかわかりますか?」
「あ、はぁい。ありがとうございまぁす」
「……総隊長の呼び出しだからといって、全て従う必要はないのですよ、滑川七席」
「へ?」
「書類仕事……あなた、結構な量をこなしているでしょう。その上で含嗽飴を作ったり、筆を執ったりして……しっかり休めていますか? 休憩時間にまで呼び出されていませんか?」
おお。……気を遣われている。
けれど僕にはチートがあって。
腱鞘炎も──状態異常なので。
「大丈夫ですよぉ、お構いなく、ね。休憩時間にまで総隊長の用事が食い込んだ場合はぁ、ちゃんと残業申請しているのでぇ」
「おや、思ったより抜け目がない。……雀部副隊長は総隊長のためならばと休憩時間を注ぎ込む人ですから、君もおかしな薫陶を受け取ったりしないように。しっかり断ることのできる大人であるように。……その上で、いってらっしゃい。含嗽飴、助かりましたよ」
「はぁい。ありがとうございまぁす」
なんだか。
一番隊と、仲良くなってしまったなぁ、なんて。
そんなほっこりのようなどうしようかなぁ、のような中途半端な気持ちで向かった『全力部屋』。
そこには、山本総隊長、四楓院隊長、厳原隊長、志島隊長の四名の姿が。
あのぉ……?
「ようやく来たか。滑川。こやつらにはこの部屋の特性についてを話し終えている。しばし起動と調整を頼む」
「こやつらって……言うねえ、元柳斎」
「卍解による全力戦闘の余波を封じ込めることのできる空間。俄かには信じ難いですが……」
「存分にやろうや! こういうお祭り騒ぎ、僕むっちゃ好きなんやに!」
隣に足音。雀部さんだ。
「掻い摘んで話しますと、先日の騒ぎで、元柳斎殿の炎が始解相手に通じなかった……
「思いとどまってくれて良かったぁ……!」
「『全力部屋』を壊す目的で技を放つことはありませんが、余波で何か綻びが生まれるやもしれない。滑川君にはその整備をしてほしいそうです」
ああ……そうねぇ、確か、に。
隊長格同士の……それも四人の乱戦ともなれば、どんな不具合が出るか。
……稲武五席。書類仕事が大変とか言ってくれていたけれど。
一番大変なのは、こっちなんだよなぁ、って。
「流刃若火……おぬしの炎、その解号が偽りでないと証明してやれい!」
「確かに! 万象一切灰燼と為すのが売り込みなのに、疫病程度も燃やせないとか、看板に偽りありってやつだな流刃若火!」
「斬魄刀を煽って、何か変わることがあるのでしょうか……」
「知らんが、面白そうだし突っ込むきに!」
良くない兆候だ。
僕はこの……なんとも言えない距離感を。
心地よいと、感じ始めてしまっているのだから。
覚悟はちゃんと、しておこうねぇ。