卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
月と花に子が出来たら
その子は 夜に
眠ることを 厭うのだろうか
ふぅむ、と。
一人、浦原喜助はその記録を見て唸る。
それは滑川から依頼されていた、舐溶飴の服用率と病への防護性に関する相関値を示すもの。
彼が常に言っているように、舐溶飴に含まれている薬効成分は気休め程度だ。それは何の偽りも無く事実。
しかし、当然ながら常にそういったもので障壁を張っている者は、やはり発病・発症率が低い。これも事実。
だが、真実病に舐溶飴が有効なのかと問われると。
「だーめッスねぇ……。実験記録が足りない……というか、足りてはいるけれど証言だけじゃあ参考にならない」
もう少し発言力のある存在を頼り、毎年の健康診断でも制定しなければ必要な情報は取れないだろう。
にしても、と。
「虚化……スか。……滑川サン。アナタは……どこまで未来を」
此度『虚圏偵察計画』にて起こったという"病"。虎姫の狂乱というのは誤報であり、実際には「虚圏に長期滞在した死神が稀に罹る病」であるという。
そしてそれさえも防ぎ得るのが舐溶飴である、と。病に罹った隊士は十名余りで、皆一様に舐溶飴を「子供が食べるもの」、「仕事中に舐めるべきではないもの」などとして常備していなかった者たちである、だなんてことまで囁かれている。
その虚化も、応援に向かった"鬼道衆"の力で治癒されたとの話だ。
虚圏へ応援に行ける鬼道衆が果たして何人いるのやら、なんて独り言ちる浦原。
ただ……この報告は恐らく無駄な混乱を避けるためのもの。
浦原の考える限りでは、虚化は誰にでも起こり得るし、どこでも起こり得る。
死神と虚の境界。それはつまり、「
虚。人間の魂魄が様々な理由から心を失くし、堕ちたる魂とされるもの。
ならば……死神が心を失くしたら。あるいは虚が心を獲得したら、どうなる。
死神にも善人と悪人がいる。一度死神になったら虚にはならないのか。一度虚になった魂が二度と元に戻ることはないというのは、誰が試し、検証したことなのか。
これを試すには、何が必要か。
何が──。
「きすけ! 何ぼーっとしとるんじゃ」
「痛ぁい!?」
背中をべちんと叩かれて仰け反る浦原。
声は彼の幼馴染、夜一のものだった。
「な、何するんスかぁ夜一サン」
「何度も声をかけたのに気付かぬおぬしが悪い」
「いやそもそも僕仕事中……」
「なんじゃ、ノリの悪い。折角おぬしの好きそうな話題を持ってきてやったというのに」
未だ少女の域を出ない彼女であるが、次期四楓院家当主は約束されている。
四楓院家の情報はしっかりと彼女に入ってくる上で、本人も瀞霊廷じゅうを駆けまわるのが好きとくれば、情報通になるのも頷ける。
「僕の好きそうな話題?」
「気になるか?」
「まぁ、少しは」
「気になるか?」
「え? いやだから、少しは」
「気 に な る か ?」
「はい! とっても気になりマス!!」
うんうんと頷く夜一。そして、気になるのならばと……浦原の手を引いて、彼をそこ……新しく設立された技術開発局から引っ張り出す。
技術開発局ができてからというもの、浦原はここに籠りっぱなしだったから、まぁ、こういうのも良いか、とされるがままになる浦原。
そのまま「首根を掴まれたままに瞬歩の速度を経験する」というともすれば鞭打ちになってしまいそうな経験を座りながらやる歩法で幾らか緩和したあと。
二人がやってきたのは、四番隊隊舎のある「
が。
「まずいです、まずいですって夜一サン……ここ四番隊隊舎ですって……!」
「
「いやいやいやいや……!」
そのがっつり四番隊隊舎。もうがっつり他隊の敷地内。
ぞぉっとする浦原である。四番隊といえば四席、四楓院千日のいる場所。護廷十三隊唯一の良心とも言える卯ノ花烈であれば優しく微笑んで許してくれるやもしれないが、千日に見つかればさしもの夜一とてただでは済むまい。家族だからとなんでもかんでも許していたら組織というのが回らなくなることを浦原は知っている。
……というか、未だ護廷に入っていない夜一よりも、真央霊術院を卒院し、二番隊兼技術開発局の局長を務めている浦原の方が抱える危険は大きいというべきか。
「ここじゃ」
「ここって……え……地下扉?」
「気になるじゃろ?」
「……そういえば話題についてを聞いてませんでしたけど……これのこと、なんスか?」
「む、そういえば。儂も話しておらんかったな」
夜一が輝く目で指し示すところにあったのは、樹……ではなく根っこ……でもなく、その根と根の間にある、真四角の亀裂。夜一が取っ手のように見えるそれをぐりんと引くと……二人の前に、地下深くへ続く梯子が現れた。
真っ暗だ。恐ろしいほどに。
「……夜な夜な……というほど夜限定でもないんじゃが、時折ここに……人影があるという話での。ここだけじゃない、各所の木陰や岩陰に、そんな場所に用事もないじゃろうに……複数人が佇んでいるらしいのじゃ」
「……まぁ、そういうことも……あるんじゃないスか」
「見間違いかと思う者もおったが、真偽を確かめに人影へ近付くと、煙のように消えてしまう。どれほどの瞬歩の達人であってもそれを確かめることはできない。……まるで幽霊でも見たかのように」
「幽霊って。……僕たち死神ですよ、夜一サン」
冷たい空気が昇ってくる。
知らず、ごくりと生唾を飲む二人。
幽霊など。まさに自分たちがそうであるというのに、何を。
……けれど、浦原たちは貴族である。尸魂界で生まれた存在にとって、自分たちが死者であるという自覚は希薄だ。
現世にも「
「先日……霊術院の地下にもおったじゃろう、妖怪」
「あ、いや、あの人は」
「まぁアレの存在がなんであれ、それからちょっと調べることにしたのじゃ。そうしたら、思ったより証言や文献が出る。伊勢家の団子婆、朽木の式典嫌い、博打食らいの長頭、瀞霊廷の町名知らず、十と三つの拍子木……」
「……若干の失礼があったような知らぬことのような」
「狂気の虚血肉食らい、汁無蕎麦、大岩を持ち上げる片腕の浪人、髭の有無に煩い面食いの七尺様、そして妖怪骨無し子供……!」
「うわぁ、僕だと口にするだけで失礼になりそうな……」
浦原の脳裏に幾人かの顔が浮かぶが、この情報からそれを思い浮かべること自体が失礼であると頭を振り、邪念を逃がす。
「そして直近、志波家の道場に出たという妖怪、"のっぺり坊"……!」
「……えっと、のっぺらぼうではなく、スか」
「そうじゃ。口調が間延びしていて、容姿もなんというか麺棒で押しつぶしたようなのっぺり加減で、実際に押しつぶされたとて平気そうな動きをする上で、この世のものとは思えん殺気を出すらしい……なんと恐ろしい……!」
「いやあのそれ滑か」
「というわけで調査じゃきすけ。ここの奥底に妖怪がいることは間違いなし。──ゆくぞ」
「え、いやまだ僕行くって言ってな──」
ぐい、と引っ張られて。
二人は、その穴へと落ちていく。
浦原は見ることになる。上の……光を見せるその扉が、ひとりでに、ばたん、と閉まったところを。
誰かが閉めた、というようには見えなかった。ならば扉が勝手に閉まったというのか。そんなまさか。
「きすけ、明かりを頼む」
「僕も夜一サンも夜目は利くんスから、余計な光源は無い方が良いんじゃ……?」
「ほう? そう言うということは、おぬしも妖怪を信じておるのじゃな。これは気合が入る」
「……そういうことじゃないスけど。……え、っていうかこれ、どこまで深いんスかね」
「知らぬ。時折壁を蹴って減速はしておるが……」
落ちても落ちても、一向に底が見えない。
……少し恐ろしくなった浦原は、引っ張られた状態で威力を最小限にまで削いだ白雷を放ってみる。線分型と言われる、長さの決められた白雷だ。
それが……遠く遠く、深く深くのところまでとんで……見えなくなった。
「む……何かに当たったようには見えなかったが」
「……多分、暗くなりすぎ、遠くなりすぎて見えなくなったと思うんスけど……今僕たち、本当に落ちてるッスかね」
「どういう意味じゃ。落ちているじゃろう、ふつーに」
否、ここまで深い場所は……無論あるのやもしれないが、途中から梯子までなくなっていることを考えれば、少し考え難い。
とすれば。
浦原は一瞬己の中に埋没する。人体結界を認識し、それを返す。彼から習った結界返しの基礎にして奥義。
それにより定義を返せば。
「っ……」
「む。……おぬし、どのようにして中空に立っておる。霊子を固めて……む、固まらぬ。どういうことじゃ、これ」
「結界ス。侵入者対策か、落下速度の減退のためか。……嫌な予感がしてきましたね。滑川サン関連の場所となると」
うっすらとではあるが、浦原は理解している。
滑川平良という少年が持つ「機密性」について。
鬼道衆の神童がなぜ一番隊の七席にいるのか。七席にいることに目を奪われがちであるが、重要なのは「なぜ一番隊にいるのか」の方だろう。
鬼道の改良や舐溶飴に関するアレソレだけなら、滑川が一番隊に、そして一番隊隊舎の近くで出張所なんてものをやっている必要はない。
それでもそうせざるを得なかったのは、山本元柳斎重國が滑川を一番隊に入れたからだろう。
総隊長の指名で一番隊に入る者。それがどういう意味を持つかなどわからない浦原ではないし、普段から垣間見える滑川の底知れなさも推論を裏付けるものになる。
鬼道衆であれば当然だという声もあるやもしれないが、彼が斬魄刀を解放しているところを見たことが無い。偽装するかのように神具のようなものを有しているが、あれが斬魄刀ではないことはわかる。
霊力・霊圧共にそこまで驚異的なものではない。けれど、何か、底に……あらゆるものを呑み込んでしまいそうな口があるような。
だから、そう。
浦原は滑川に、死神としての要素を一つも感じたことがなくて、だというのに功績と環境に優れている。
これが指し示す事実は。
「山本総隊長とかが口裏を合わせて隠し通している、一般隊士が見ちゃいけない類の秘密……」
「──少し、気付くのが遅かったな」
「ヒィ──!?」
耳元から聞こえた声。
二人が振り向く……その前に、身体に針のようなものが撃ち込まれた。
震点だ。それを言葉にするより前に、二人の意識が落ちる──。
剣戟が聞こえる。
ここは。
「っ!」
浦原が再び目を覚ました時、そこは真っ暗で足のつかない空間ではなく……どこまでも広がる青空と大地の見える、……いや本当にどこかわからない場所だった。
すぐに夜一を確認する浦原。誘拐を考えたのだ。
けれど彼女は、彼のすぐ近くで眠っていて。
「おはようございます、ウラハラ」
「……大鬼道長?」
「ハイ。あ、お二方を気絶させたのはワタシではないですよ。ワタシの隠形など、お二人が気付かないはずありませんし」
「じゃあ、誰が」
「あそこで元気そうに戦っている方、デスネ」
大鬼道長、鋸歯文早蕨。
その彼が指差す先にいるのは。
「おらおらおらおらァ! 広範囲汎用性抜群の卍解使っといて刳屋敷も平良も満足に守れねー三番隊の古樹がよ! ぶん殴って切り倒してやるよ!!」
「確かにそれは反省すべき点ですが、打撃力を上げるだけの卍解の方から言われると、単なる僻みに聞こえてしまいますね」
「ンだとォ!? ぶん殴ってその頬の腫れを顔よりデカくしてやる!!」
煤灰で出来た巨大な蛇を見せている、同じく煤灰で全身が構成されている男性……厳原金勒。
その前で凶徒を思わせる凄み方をしているのが……浦原の懼れる四番隊四席、先々々代の四楓院家当主、四楓院千日。
どちらも卍解をしている。卍解をしている状態での全力戦闘をしている。
「と、止めないと……」
「アレの間に入るのはオススメしませんネ。石化されて殴られてバラバラになっちゃいますよ」
「けど、どういう理由で争っているにせよ、護廷同士で争って得なんて……」
「訓練してるだけだから大丈夫だよ。けど、よく連れてきたね、千日くん。あんまりここを知っている人増やしたくないって平良君言ってなかったっけ」
「ですから入り口からぶち当たる結界に出たところで二人を気絶させ、連れてきた、と。そういうシダイのようです」
「なるほどー? 乖霊剥離の膠飴は?」
「既に」
新たな声は、鋸歯文とは反対から。
そちらにいたのは、八番隊副隊長の鹿取だ。
「君が、浦原君」
「あ、え……は、はいッス。どうして僕なんかの名前を……」
「もう気付いてるんでしょー? ここがどういう場所で、わたしたちがどういう集まりなのか」
三番隊隊長、四番隊四席、八番隊副隊長、大鬼道長。
それを見て、「一見なんの関係もなさそうな」なんて形容詞を使って現実逃避ができるほど浦原の察する力は悪くない。
わかる。
「……滑川サンの関係者、なんスね」
「その通りデス。他にもいますが、今日いるのはこの四人と、角度的に見えないでしょうがウノハナもいますよ」
「……だから四番隊隊舎に繋がってたんスか?」
「入り口はたくさんあるけど、そのどれもが全く違うところに繋がってるよー。案内図も無ければ足跡は偽装がされてて隠密機動でも追えないほど。一つ道を誤れば、次に出られるのは四日後とかそんなことになっているかも」
「数日置きにナメカワやワタシといった霊圧探知に長ける者が掃除をしていますが、それにすら見つからなければそのまま餓死、ということもあるでショウ」
「だから、みだりに他隊の隊舎の敷地内に入るのもダメだし、況してやそこにある施設へ侵入しようとか……他の死神だったら懲罰ものだからねー?」
「はい……申し訳ないです……」
「ん……ぅ。……誰じゃ、きすけを……虐めているのは」
「虐めてないよ。叱ってるだけ」
「叱る……? なら……ふぁ……儂を叱れ。きすけを連れまわしてるのは、儂じゃからの……」
震点から回復した夜一が、寝ぼけまなこで浦原を庇う。
肩を竦めるは鹿取だ。
彼女はそのまま……夜一を抱き上げる。
「んぅ、なんじゃ……だれじゃ、おぬし……」
「こんなちっちゃいけど、次の当主ってお話が決まってるんだっけ? ちゃんと部下を大事にしてるんだねー。偉いぞー」
「なんじゃ、馴れ馴れしい……離せ、この……む……柔い……」
「あらら、まだ眠いのかな? よーしよーし、いいこでちゅねー」
嫌がってはいるが、あれは懐柔されるのも時間の問題だろうなぁ、なんて思いつつ。
浦原は改めてこの場所を見る。
流魂街の果てのような……広々とした荒野。地下のはずなのに青空が広がっていて、日光の熱も感じる。
そして。
「さて、そろそろ……私の新たなる技をお見せして終わりとしましょうか」
「ほぉ──んじゃ、オレも、だ。──瞬閧」
広範囲に散りばめられていた煤灰が全てその身に収まっていく。
ずっしりとした構えの厳原。
反対に千日は、その背の布を弾き飛ばしたかと思えば、迸る水が如き霊力を噴出し始めた。
「とはいえだ、厳原。これまだ調整中でよ。意識がトぶ可能性もある。いつもは平良に抑え込んでもらってんだが、いねーからな。あっちにいるやつらに被害が出たらオマエのせいな、厳原」
「あなたは……。まぁ、良いですよ。被害が出るもなにも、一撃のもとあなたは沈みますので」
「言ってくれるじゃねーか。──瞬閧・
迸る霊力と霊圧。
その全てが、美しき鶴のような形を作る。
さらにその上で──千日は、拳大はある何かを食べるような動作をした。
──波濤が生まれる。海嘯が来る。
思わず顔を手で覆ってしまうほどの奔流。奔騰。夜一の方を見れば、鹿取の腕の中で……目を奪われるようにして、そちらを見ている。
「……瞬閧・
「千日君から感じるものとしては初めてな程の霊圧ですね。意識があると嬉しいのですが」
「ある……ぜ。トぶ、イッポ、手前……」
「そうですか。では恐ろしいので、片を付けてしまいましょう。──始併装『石宝・裃』」
鶴か、あるいは、大きな拳を携えた甲殻を持つ生物か。
それと相対せしは、一見先程までと何ら変わりのないように見える厳原。
けれど違う。拳を強く強く握りしめているのは……そこに、気を抜けば弾け飛んでしまうほどの「全て」が詰まっているからだ。
交錯するは視線か、あるいは互いの右拳か。
防御を考えないお互いの拳は──厳原の左頬に、そして千日の腹へと入り。
──直後、生きてきて初めて感じるほどの霊圧……霊子の奔流が浦原たちを。
「えっ……来ない……?」
「まぁ来たら耐えられませんからね。主にワタシが」
「い、いや……あんなぶつかり合い、抑え込める方がどうかしてるッスよ……? どれだけの霊圧だと思って……っていうかこんなの、地上がびっくりしちゃいますって……」
「あの二人はよくああやって卍解喧嘩してるけど、今までに感じたことある? 確かに今回のは大きいけどさ」
「……無い、ス。隊長格二人が全力でやって……欠片も外に余波が出ない、なんて。どういう技術……誰が作っ……」
誰が作った、かなど。
問うまでもない。
「成程……結界術の奥義みたいなのを基礎として教えてくるからどういうことなのかとか思ってましたけど……卍解二つを抑え込んで、外界に欠片たりとも影響を出さない結界、ですか。しかもこれを最終地点にしているわけじゃないんなら……理解できるし、ありがたい……。確かに初歩の初歩からやってたら、道のりの遠さに気まで遠くなっていたでしょうね……」
「ちなみに作れそうデスカ? ワタシも幾らか試していますが、数十秒で切れる小型のものしか組めないのですが」
「……わかりません。尸魂界にあるあらゆる素材を試して、……、……『訓練部屋』も、同じつくりスか?」
「卍解は防げませんが、概ねは」
「……滑川サンが四楓院家とずぶずぶなのはなんとなく察しがついてたッスけど、やっぱりッスね。『様身体』と『操身体』も……ここで誰かが全力戦闘をしたいと言ったから用意してくれたものと見ました」
「せいかいー」
「なら……地道に勉強すれば、あるいは、ッスかね。あれらに関しては……別次元と言えるほどかけ離れた技術ではないと感じましたから」
恐ろしい話であるが。
滑川平良の発明品のほとんどに感じる共通項として、「期待されたから・頼られたから作った」というのがあると浦原は感じていた。
あるいはそれを誤魔化すためのあの売店の品揃えなのやもしれないが……この部屋も、『様身体』なども、滑川本人が必要とする技術や性質ではないように思える。
全て誰かから頼まれたもの。全て親しき相手から期待されたがゆえに、数々の飛躍的進歩と言える技術が生み出されている。
訓練のためだけに卍解を抑え込む、など。あまりにも……馬鹿げているから。
「鹿取さん。この間抜けな方々をお願いします」
と、ふんわりと……空飛ぶエイのようなものに乗ってやってきたのは、四番隊隊長卯ノ花烈。それと、恐らくは聞き間違いだろう。卯ノ花が「間抜けな方々」なんて言うはずがないので。
エイはその口から二人の……気絶した厳原と千日を吐き出した後、彼女の斬魄刀の形に収まった。
「はーい。じゃ、夜一ちゃん、後でね」
「う、うむ。別にもう抱き上げずとも良いが」
鹿取は二人の首根を掴み、それなりの勢いで引き摺って……小部屋のようになっている場所まで持っていって、ぽいっと捨てる。
「え。いや介抱とか」
「しないしない。わたしたち本気出して気絶したお馬鹿さんに優しくしてあげるほど寛容じゃないし」
「まったく、敵を撃滅した後に気を失っては意味がないと何度も申し上げているのですが。厳原隊長も、冷静そうに見えて、乗せられるとすぐに熱くなってしまって……」
「ま、まぁまぁウノハナ。良いケイコウだと思いますよ、ワタシは。飽くなき強さを求めていた集団が、いつしか足を止め、護廷を回すことに注力するようになっていました。それが……数百年経った今でも常に向上心を抱き続けるようになったのは、間違いなくナメカワのおかげですし」
「なんならちょっとやりたくなってたりして! わたしと
「やりません。何度言ったらわかるのですか。……それはそれとして、目を輝かせている四楓院家の少女がいますから、相手をしてあげたらどうですか?」
「えー? ……夜一ちゃんって斬魄刀持ってるの?」
「い、一応あるッスよ。使わない方が基本的に強いので使わないッスけど」
「なんで君が答えるのさ。……夜一ちゃん、わたしで良ければ組手の相手になるけど、どうする?」
「やる!!」
「いいね。ちなみにそこの彼は?」
「んー。……あいつは、やる時はやるが、やらぬ時はとことんやらぬし、弱いし、貧弱じゃし……今は要らぬ」
ぐさ、ぐさぐさぐさぐさ。
全身に矢を受けて崩れ落ちる浦原。
そのまま二人が下の方……先程厳原と千日が戦っていた方へ降りていってしまう。
「そこまで言わなくていいのに……」
「ジッサイの話……キミの斬魄刀は戦闘向きではないように思いますね。戦闘にも使えるけれど、それ以外の使い方をするべきである、というべきでしょうか」
「……わかるんですか?」
「なんとなく、です。鬼道の達人になると始解や卍解の性能がうっすらわかるものなんデスヨ」
浦原とて「鬼道の達人」の域に達しつつあるが、大鬼道長程とは口が裂けても言えない。
つまりは、その近辺になると……見えてくるのだろう。彼と同じ視座、というものが。
「僕も……なれますかね。そこまで、辿り着けますかね」
「ここだけの話デスガ。誰かからの"彼らに期待しているのですか?"という問いかけに対して曖昧に返すことの多いナメカワが、君ともう一方だけには、明確にそうであると言っていました。ワタシたちですら言われたことの無い言葉です。羨ましいと同時、恐ろしいですよね」
「恐ろしい……ですか?」
「ナメカワは攻撃性能以外の全てに適性があると言えるほどの才を持ち、努力の方向性を決して違えない人です。そういう人の言う期待ってつまり、彼の予想を裏切ってくれることにあると思いませんか? ケド、ナメカワの期待の外って、何をしたら行けるのか……はたして死神という括りで達し得る場所なのか」
「死神でなくならないと……ダメ、ってことスか?」
「そう言われているように思えませんか、という話です」
一瞬、考えて。
……すぐに答えが出た。
「僕は、そうは思わない、スね」
「ほう?」
「なんなら……どちらかというと、滑川サンは……死神とは、死神のままで、まだ何かできることがあるんじゃないか、って……探っているような感じがするんです。誰も手を付けてこなかった鬼道を改造して、新しい歩法を編み出して、隊長格を強くして。……巷で噂の虚化とか、滑川サンなら多分……辿り着いていた概念だと思うんです。でも、彼はそちらに走ろうとはしなかった。あるいは滅却師の技術にだって手を出せただろうに、やらなかった」
死神と虚。死神と滅却師。
敵対するばかりであるこの二つは、けれど、やろうと思えば互いの技術を取り入れることのできる間柄にあるはずだ。
魂魄を滅却してしまう滅却師の技にも、何か有用なものがあっておかしくはない。異形としか呼べない虚の技にも、取り込める要素はあるだろうに……やらなかった。
「もし僕に期待していることが……滑川サンが期待することがあるとすれば、それは、自分からは出てこない発想だとか、考えはしたけれど捨ててきたものの再開発とか、そういう……あの位置にいる彼を、引っ張り上げる……引き摺り下ろす……ううん、言葉が悪いな」
「わたしたちが共に並ぶ、とかどう?」
「ああ、そう、そういうことを言いたいんです。今はなぜか、滑川サンしか立っていない位置に……護廷というものが並びたてるようにする。やり方が違ってもいい。滑川サンが遠回りに思う技術なのかもしれない。評価できないものでもいい。僕らは……目の前とか、手の届くところにある色んなものを使って、同じところに並んで、できれば、彼より速く……速い歩調で歩き出さなければならない。そうなって初めて……彼は、僕らに……お願いをしてくれる、というか。休んでくれるというか……」
ふと、浦原が顔を上げれば……それはもうにこにこ笑顔な鹿取と鋸歯文が。
「え、あ、あれ。……夜一さんは? 組手してたんじゃ」
「んー、千日君を真似したかったのかな。いきなりしゅんこー! って叫んだかと思ったら、ばちばちってなって気絶しちゃったから、卯ノ花ちゃんに頼んで手当してもらってるよ」
「そ、そッスか」
「それよりそれより……とっても良い考えだなって! 平良君、君のこと、ちょっと危うげだけどとってもいい子って言ってたし。その上で、僕なんかよりずっと凄いことができる子だと思う、とも言っててさ。霊術院の出たばかりの子にいうことじゃないけど……わたしも期待してるから!」
「ハハハ、カトリ。平隊士も良いところなウラハラにその言葉は重荷でしょう。──ウラハラ、ワタシも期待しています」
「い、いやぁ~……」
「ム。そういう時はツッコミを入れてくれないと。ワタシが悪者になるじゃないですか」
「ツッコミは高等技能らしいからねえ。ツッコミの達人は志島……は、謹慎だから除外して。……確か、十二番隊? 今移籍して七番隊に行ったんだっけな? 平子真子君、っていうのがツッコミメーステル……だったはず!」
「おお、
そのツッコミメーステルは地上で弩級のくしゃみをしたとか。舐溶飴がおすすめされたとか。
隊長格の卍解の影響さえも防げる結界は、しかし、噂によって引き起こされるくしゃみを防ぐことはできないという実証が──。
「平良君が帰ってきたら、ここの存在を知ったって話を教えるからさ。やってないんでしょ、卍解修行。ここでさくっと習得しちゃいなよ!」
「ああ、であればやはり、空間に作用する系デスネ、その卍解は」
「……そうだと思うッス。……卍解、かぁ」
「あ、なになに。副隊長か隊長になる夢でも見てる? やっぱり夜一ちゃんの副官かな?」
「そう……ッスねぇ。順当に行けば……」
「えー。儂副官は可愛い
「ウッ。……起きたんスね、夜一サン」
「うむ。うのはなはすごいの!」
「霊力は回復していませんが、気付けを行っておきました。……それと、残念なお知らせと言いますか、二番隊の副隊長の席は既に埋まっているため、他隊を狙った方がよろしいかと」
「……そういえば、希壱サンが……自分よりもさらに優秀な息子に、とかなんとか言っていたような」
決して可愛い女子ではないものの、浦原よりは仕事もできそうで人望も厚そうな男性。
「とりあえずは……三席、スかねぇ……目指すは……」
「なんなら七席とかどう? 二番隊七席!」
「……アリッスね」
どこか別の世界で「ヤメテ! 七席の価値をアゲナイデ!!」という声がした気がするけれど、気のせいだろう。声が届くはずもない。
こうして。
未来への展望を抱いて終わった話は──そのオチとして。
「勝手に瞬閧を使った。他隊の敷地に侵入した挙句施設へ不法侵入した。……成程。千日様から仰せつかっているが──好きにしろ、ほどほどにな、あでもちゃんと
「ひぃ……き、きわみ……顔が怖い……」
「申し開きはアリマセン……」
この日瀞霊廷怪談話に新たな頁が追加される。
四楓院家の子泣き井戸──その井戸の近くを通ると、ごめんなさい、ごめんなさいという二人の子供の泣き声が聞こえてくる、とか。
*
観測する。
構築されつつあった虚圏の拠点。
それに対し、とんでもない質量での踏み潰しを行おうとしてきた虚がいた。
背から飛び出た皮骨板、胸骨に開いた孔。恐竜を思わせる巨大な尾。十六の足。
「アア、アァアアアアア!! 気色の悪ィ能力だなァ、オォォオオイ!!」
「そうか? 俺は案外気に入っているんだけどな、この始解の姿は」
巨獣……否、
息を呑むほどの巨体に対し、たった一人がその刀を振るう。
「だが! あっちにいる虫けらたちを呼ばねえのは気に入ったぜ──死神といや群れてるイメージだが、テメェにそういうのは不要らしい!!」
「そんなことはないが……俺の能力の性質上、近くにいられると困るのは確かだ」
「だから、その程度のことでテメェを困らせる雑魚なんざ要らねえだろうと言ってんだよ──!!」
腕の一振り、踏み潰し。
あらゆる行動で砂塵が巻き上がり……さらに、さらにと巨大化していく。
「虚弾ァ!!」
その巨体から繰り出される掻き毟りは。
「私が! 縛道の八十一・断空!!」
響河さんによって……すべて食い止められる。
おお、流石朽木家。
「ありがとうございますねぇ」
「いえ! このようなことでもお役に立てるのならば幸いです」
「……巨きい、な」
「……ですねぇ」
遠くで建造されつつある虚夜宮が、米粒に見えてくるくらい。
刳屋敷さんの声なんて聞こえていないんじゃないかって思うくらい。
スケールが、違う。
「オラオラオラオラ! なんか隠してンならとっととやりやがれ! でないと──」
また、一回り大きくなった。
肉体の欠損が消え、霊圧もさらに。
「俺の怒りは、際限なく!! 膨れ上がるぞ!! 死神ィ!!」
「どうやらそうらしいな。……っと、これくらい離れたら平気か」
観測する。
三界への影響を及ぼすほどのものではないはずだけど、それでも四十六室から尸魂界での使用が禁止されたそれを。
「──卍解」
影が落ちる。
僕らが眺める真白の砂塵に。……上空に何かがあるわけではない。
ただ……半径四霊里ほどの地面が、黒く、滲んでいっているだけだ。
「餓樂廻廊」
現出するは、
上空から見れば、真白の大地を影が食むように見えるだろうか。
虚圏という世界に点在する石英の木。これの
昼の無い世界。夜しかない世界。常に夜空を照らす天体の輝き続ける世界。
その、真白の肌を。
黒く塗りつぶす──月食みの
餓えるように食らい続け、永遠に巡り続けるもの。
即ち、餓樂廻廊。
それは、ばくんと全てを食らう。
巨体、そうとしか表現できぬ憤怒の古獣を──食らい、果たす。
その名は過去七仏が一つ、
この卍解を背負う者の名を、
──静寂が、訪れた。
彼の身体が掻き消えて……こちらへ戻ってくれば。
「ああ……久しぶりの解放は、堪えるな」
「お疲れ様ですねぇ」
「おう。……しばらく俺は使い物にならねえからな、頼んだぜ」
始解と卍解が使えない程度のことが、彼の足枷となるかはわからないけど。
「それと……名乗ってなかったぜ。一度も」
「はぁい。こっちでも観測できてます、よ。ありがとうございますねぇ」
名乗っていなかった。
身体のどこにも聖痕は無いし、十刃とも。
まだ……彼の有用性に気付いていなかったか。
あるいは、ここでこちらを潰して、撤退へ追い込む算段だったのか。
もしくは。
……彼でさえ、足切りにあったか、という可能性も。