卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
心あることを
恥じ入れ
当初の予定からは離れてしまったものの、拠点と呼べるものは完成した。
本来は固定型且つ浮遊型のものにする予定だった……んだけど、虚が目ざといのかオサレ眼鏡が敏感なのか、何度作っても壊される。
そこで、立方体の頂点八個をそれぞれ自律浮遊させ、それが作る立方体を拠点にするという改変でこれを打破。自律と言っても意思を以て動くのではなく、巨大な霊力を避けるように動く程度のものであり、そしてそれぞれが鬼道で繋がっているためにバラバラになることもない。
修復機能みたいなのは存在しないのでピンポイントで狙われると厳しいんだけど、この「巨大な霊力を避ける」原理には滑歩と同じ『緩衝霊子』が使われているため、ちょっとやそっとじゃ破壊できない……はず。まだ要検証かな。
頂点はそれぞれに「見珠」、「思惟珠」、「語珠」、「業珠」、「命珠」、「精進珠」、「念珠」、「定珠」と書かれている。僕だけはこれら頂点の霊子振動数を見分けることができるけれど、それとは別に僕、刳屋敷さん、虎姫さん、響河さんで二つずつ分けて、「虚圏のどこにいてもその二つの場所だけはわかる」というほどにはなってもらった。
これはつまり、どれかが破壊された時、新しい黒腔を開いてすぐ修復しにいけるように、という措置……だけど、マー大変だった。虎姫さんにこういうのを覚えさせるのが。
僕の受け持った生徒で第一位の大変さ。反対に響河さんはとっても素直で呑み込みも早くて助かったけど。刳屋敷さんは秒だった。あなたはなんなのほんと。
まず鬼道……というか鬼道使いのことを「術使い」と言っているのも、「すまないが、難しいことはわからない」と心を閉ざしてしまっているのも。
たーいへんだったとっても。とーっても大変だった。
ただ、虎姫さんの虚及び滅却師殲滅に対する優れた嗅覚についてを聞いたら、なんと本当に嗅覚でそれらを認識しているとかで。つまり、霊子振動数を嗅覚に変換して比喩じゃなく「嗅ぎ分ける」ができる才能があるらしく。
……非常に心苦しかったけれど、覚えてもらうべき珠の匂いを……動物でも躾けているかのように覚えてもらって……それでもかなりかかって。
虎姫さん側も申し訳なさそうにしてくれているから他の隊士に頼むことも考えたんだけど、他の隊士はそもそも霊子振動数を感知すらできなくて。
とはいえ、完成にまで漕ぎ付けたというのはつまり、できるようになった、ということである。
彼ら彼女らが引退or隠居する際は引き継ぎをしてもらう必要があるけど、この先の世代の死神でこうも微細な霊子感知ができそうなのって……まぁ、いるか。大丈夫だろう。うん。
「……本当に残るのか?」
「はぁい。ちょっと……一人じゃないとできないことが、あるのでぇ」
「……」
というわけで『虚圏偵察計画』と『拠点構築計画』は無事終了。
ヤミー・リヤルゴを剥がすことができたのは上々だけど、やっぱり気になることを放置しておくのは肌に合わないので。
偵察部隊の人達を先に返して、僕だけ残ってちょっと観測していこうかな、と。僕は一人で帰れるしね。
「そこまで危険を冒して、手に入れなければならないものとは、なんだ、少年」
「明日、ですかねぇ」
「……」
「霊圧の問題で虎姫隊長と刳屋敷隊長が残り得ないのであれば、私が護衛をするというのは如何でしょうか。私は隊長方々には遠く及ばない霊圧です」
「いいえぇ、響河さんはあとすこーし頑張れば隊長格になれちゃうくらいの霊圧の持ち主です、よ。比較対象のこの二人が飛び切りすぎるだけです」
それに……虚化死神の霊圧って独特だからね。
二人はほぼ完全に抑え込めていて、その力をどうやったら引き出せるか、の段階になり始めているとはいえ……一度虚になったらそこから逃れることは、残念ながらできない。向き合っていくしかない。
もし虚化というものが単純なパワーアップ手段だというのなら、長い精神修行が必要になるのだとしても、強さの高みを目指し続ける人たちがそれを取り込んでいないわけがないんだよね。
結局ほとんどの隊長格もオサレ眼鏡たちも虚化はしなかったわけで。あ、東仙さんはそれが重要なファクターになっちゃったから話は別なんだけど。
ひよりんたちも、虚化してやることといえば虚閃を撃つだけ、とかね。身体能力が上がるから直接攻撃系の斬魄刀と相性良いのはわかるけど、ローズ君みたいな特殊行動はほぼしなかったのが……その扱いの難しさを物語っている。
平子さんとか、それこそオサレ眼鏡みたいな繊細な能力系はことさらにああいうの使うとおかしくなっちゃうんだろうなぁ、とか。
「……なぁ、坊主。お前の目的は……たとえば、俺達三人が虚を集めて三日三晩戦いまくったら、妨害されるものか?」
「……いえ、まぁ、充分に離れたら……大丈夫と言えば、大丈夫ですけ、ど」
「そんじゃ、それで行くか。良いだろ、虎姫。朽木も」
「ああ。……というより、この作戦中は……少し、食い足りなかった」
「良い……役割ですね。刳屋敷隊長、この作戦を通して……私はあなたに、憧れさえ覚えつつあります」
囮を……買ってくれる、ということなのだろう。
何か調べたいものがあるのなら、その騒ぎを囮にして行え、と。
……僕も、見捨てない、という……道を走り始めたけれど。
刳屋敷さんも多分、そうなんだろうなぁ。……僕を……絶対に見失わないようにしている、というか。
「わかりましたぁ。それでお願いします、ね」
正直その好意の全てを受け取れるか、というのはわからないけれど。
必ず……欲しいものを持ち帰ってみせますよ。
というわけで、そのパーティが始まった。
まだ卍解も始解も使えない刳屋敷さんだけど、迸る霊圧は虚圏を破壊しに来たかと思うほどのもの。その隣で超巨大になった赤い鎌の柄に乗っている真っ白な人影と、まるで隣に見えないもう一人がいるかのような恰好で斬魄刀を「合わせて」いる人影。
うーん悪役。刳屋敷さん良い人だけど、顔と霊圧は極悪人だからなぁ。
そして……その祭囃子に惹かれてやってくる、ありとあらゆる虚虚虚。
バラガン・ルイゼンバーンが出た時だけ逃げてねとは言ってあるけど、多分来ないだろう。こういうのに釣られる性格じゃないだろうし。
さて、そっちばっかり気にしてないで、やることを終わらせよう。
滑風にて高速で、僕にしてはかなり高い速度で進む。霊子密度が高いから滑歩に必要な霊力が少しだけ削減されるのも大きいか。
虚夜宮から遠く遠く遠ざかるように。遠く、遠くへ行く。
……そうして辿り着くのは……この一面の砂丘の中でも一際目立つ──クレーター。
かつての『
まぁ、恐らくザエルアポロ・グランツは葬り去れてないんだけど。
そこを滑り降りて、中心地へやってくる。
当然ながら何も残っていない。仮に残っていたとしても流石に砂が埋めている。
そんな場所で。
「──あぁ、やっぱり。……流石は綱彌代家、ですかねぇ?」
目的のモノを掘り起こす。
それは──所々が爛れ、膨れ、腫れ……悲惨なことになっている、懐かしの僧兵。
内側にあった「生身」は超臨界水で消し飛んでいるけれど、外側はちゃんと残っていた。砂の中で……何百年と眠っていた。
ザエルアポロ・グランツ。彼に直接触れ、浸食を受けた個体。
──欲しかったサンプルの一つ。
「──そんなもののために、強者の庇護下を外れたのか、子供」
声。
それに……ゆっくりと、振り返る。
「……ああ、誰でしたっけぇ。……虎姫さんを、奪いに来た方、でしたっけぇ?」
「同胞となるのならば迎え入れろというご命令だったが、俺が人間を奪いにいくなどということは起こり得ん」
「そうですかぁ。まぁ、僕にとってもどうでもいいんですけ、ど。……ええと、それで……何用ですか、ね」
「監視と、戦力調査だ」
「わぁ、そんな明け透けに」
「死神を相手に何を隠す意味がある。それも、お前のような
「でもぉ、その
「他の虚が信用に足りんというだけだ」
「信用? 面白い言葉を使うんですねぇ、虚なのに。──信用っていうのは、信じて受け入れるということですよぉ。あなたの上司の虚にはぁ、信じるための心が存在する感じなんですかぁ?」
……解析完了。データは持ち帰ってじっくり見ればいい。なんなら尸魂界で再構築までできるし。
さて。
……4番かぁ。どうするかなぁ。
「言葉の綾だ。どんな言葉に置き換えてもいい」
「まぁ、そうでしょうねぇ。……さて、僕、もう一つの目的を終えたら帰るつもりなんですけ、ど。戦力調査というのはぁ、何をされるおつもりなんですか、ね?」
「二分間だ。生き長らえたのならば、お前がこれより黒腔を通って出ていくまでの間、一切の手出しを禁ずる。そう仰せつかっている」
「たった二分で良いんですかぁ? その上司さん、お優しいんですねぇ」
「正しい。あの方は、慈悲深き方だ。──お前のような塵があの方の温情をいただける時点で、この上なく」
「はぁいぐにゃぁり」
避ける。本気の、殺す気の、プライドの乗ったガチガチのガチの一撃を──ぬめぇりと避ける。
向こう側の砂丘が削り取られるようにして消えるくらいには力が込められていたけれど、まぁ、それだけだ。手刀なのもあって避けやすい。
「……なんだと?」
「はぁい、もう五秒くらい経ったかなぁ」
「……」
再度、今度は垂直の振り下ろし。
それもぐにゃあんりぃんと避ける。ふぉっふぉっふぉ、尸魂界で僕に格闘戦を挑むのはもう何があっても勝ちたい千日さんくらいしかいないのじゃよ。
みんな諦めている。こいつに拳を当てるのは無理だ、って。
「十秒、二十秒かなぁ」
「……」
お、イッチー相手だと中々抜かなかったのに、もう抜くのか。
というか……今更だけど、彼は未完成の割れ方じゃなくて、完全に割れているんだなぁ。
そして刀になってもぐんにゃりぐにゃぐにゃ。
関節を狙っても一番長い骨を狙っても関係ない。火力は無いけどねぇ、別に負けはしないんだよぉ僕はねぇ。
「そろそろ一分はいったかなぁ? ちゃんと数えてますかぁ虚さぁん」
「……理解はした。お前の言葉を認める。俺は……あのお方の言葉を、微塵も理解していなかった。恥ずべきことだ」
「恥じる。いいですねぇ。心が入ってるぅ」
「──俺がすべきことは恐らく、これだろう。──虚閃」
「『停滞空域』」
放たれた超威力の虚閃。
それが……僕に届く前に、
虚閃が消されたとか、防がれているわけではない。
ゆっくりゆっくりと進んではいる。ただそれが、恐ろしいほど遅々としている、というだけ。
その上で。
「七つ重なる牛の塔、青銅、頑強、復讐に燃ゆ翠力の風を援け。雲雀の踵、骸を守る笠、狂い落つ激昂にその首を断ち切るがいい。縛道の八十一・断空」
完全詠唱した断空を張り、『停滞空域』を破った虚閃を──完全に止めてみせる。
効果だけじゃない。威力も、だ。
「……」
断空。その改造。
八十九番以下を防ぐ、という部分の性能を虚閃に特化させたもの。
王虚の閃光クラスの空間の歪みだと手動で色々設定しなきゃ難しいけど、黒虚閃なら霊子方向が一方向だから防ぎ得る。
さて、すでに一分三十秒くらいか。
「……一つ聞く、子供」
「はぁい?」
「お前は、鬼道衆というやつか」
「いいえぇ? 僕はイチバンタイというやつですねぇ」
「そうか」
──残念だけど、たとえ響転でも、僕の霊圧感知からは逃れられない。
その上で何をしてくるか、というのは。
「──嘘は良くないね、子供の死神。君は一番隊であり鬼道衆でもあるんだろう? ならば殺すよ。
霊圧は──前後、どちらもから。
もはや虚閃の爆発に等しき全方位への虚閃。その二重。
咄嗟に張られた断空など軽々しく突き破り、二つは僕の身体を抉り、どころか消滅させるに至る。
憐れ滑川平良。大した力も無いのに強者の庇護を外れたばかりに、強大な虚に磨り潰されてしまったのである。
「……これで満足か、ザエルアポロ」
「……。……あれほどの強さの隊長格からわざわざ離れた存在が、この程度で死ぬものかな」
「格闘における回避能力は確かに高かった。あれほどの回避技術があるのならば、自分だけは大丈夫だと過信していておかしくはない。雑魚の霊圧を持つだけはある。そして、そんなにも気になるのならば」
手刀が僕を襲う。心の臓を貫き、脳髄を突き破り。
回避されなくなったことをいいことに、あるいは鬱憤でも晴らすかのように、壊して壊して壊して壊して。
やがて……ヒトの形など、欠片も残さぬ塵芥にまでして。
「ここまでしても、まだ心配か、ザエルアポロ」
「ふむ。幻覚ではないことは今いくつかの薬品を用いて確認したし、霊圧も消えている。……仕方ない、戻ろうか」
「ああ」
磨り潰された僕の遺体に侮蔑の目を向ける4番。果たして君は今も4番なのだろうか。
そうして去った二人を見送って、磨り潰された遺体に薬品を落とす。
じゅわぁ……と霊子分解していくソレ。
……よし。じゃあ。
「やっぱり生きていたか。まぁ君の方も、僕が死体を持って帰らなかったことから気付いていた……気付いていることに気付いていたようだけど」
「……」
「ああ、もう敵意は無いというか、あるにはあるけれど現状害意はないから聞いてくれ、キドウシュウ」
「いいですよぉ。なんですかぁ?」
「おっと、返事はしてくれるんだね。……いや、僕らのスタンスとでもいうべきものを話しておこうと思ってさ」
そっちのスタンス。
……まぁ、気になるか、実際。
「はい、聞きます、よ」
「僕たちは現世に興味を持っていない。僕らの上に立っている誰かの目的がそれである可能性は否定しないが、少なくとも僕たちの目的は現世じゃない」
「先程の方はぁ、粛々とその誰かに付き従う感じでしたけ、ど」
「それは否定しないよ。だから僕たちというのは、僕と僕の上にいる一人……老獪なる死の王だけだ」
「あなたは二番なんですかぁ?」
「そうなるね」
……ザエルアポロが、二番。バラガン・ルイゼンバーンが一番。
「僕らの目的は君達だ、死神。──恐れ多くも死を名に冠し、神を名乗る者達。僕たちはこれを討つ。悉くを殺す。根絶やしにする気でいる」
「怖いですねぇ、それはぁ」
「八刃。僕らはそう名付けられた。虚圏に現れる死神を積極的に狙い、殺し、そして尸魂界にも侵攻する。ああただ、安心してくれ。君達キドウシュウは生きたままに皮を剥ぎ、殺さずに磔にして永遠の苦しみを与えるつもりでいるからね」
「怖いですねぇ、それはぁ」
「だから、改めて自己紹介だ。第二刃、
「怖いですねぇ、それはぁ」
「半ば以上にこちらの台詞さ。まったく、さっきの攻撃をどのようにして回避し、今なお生存しているのか……研究し甲斐のある倦怠だ。怖いよ、いったいどれほど僕の時間を奪えば気が済むのか」
「怖いですねぇ、それはぁ」
「……。……? ……はぁ、せっかちな子供だな。こっちに戦う気がないと言ったのに、話の途中に逃げるのか。……まぁ、信用されないというのは当然のことだけど……案外余裕が無いのかな?」
ぐしゃ。
……と、集音機能のあるソレが破壊されたのを聞く。
磨り潰されたものも今のも当然ながら僕じゃない。緊急脱出用の義骸モドキ……操ることはできないけど通話はできる、言うなれば『通身体』になるのかな。
内側の僕は砂へ潜って既に離脱している。着用者の霊圧を模倣するそれと、霊圧を遮断する服を組み合わせれば、お手軽簡単変わり身の術の出来上がりってワケ。
欲しい情報は手に入った。
帰ろう。帰って……作戦を練らなければ、だね。
*
半年ぶりに帰ってきた出張所。
久しぶりに畳の……布団の上でべったり眠ろうかなぁ、とか思っていた。思っていたんだけど。
「──おかえりなさい、滑川七席」
「……はぁい、もしかして、御用がありましたかぁ? ごめんなさいねぇ、所用で半年ほど開けていまし、て」
「いいえ。今日思い立っただけですから、お気になさらず」
間髪入れずにオサレ眼鏡が来訪した。
やめてぇ……僕流石に疲れたんだよぉ。
「ええとぉ、何用でしょうかねぇ」
「先日貴族街へ行ってきたのですが、その時に立ち寄った茶屋で練り羊羹を購入いたしまして。そのお裾分けを、と思いまして」
「……えっと? ……ええっと? 僕……藍染さんに、何かしましたっけぇ?」
「いえ、日頃の感謝のようなものです。鬼道仕様変更でお世話になっていますから」
……なんだろう、廃棄処分ありがとうございました、ってこと? わざわざ?
「誰に聞いても滑川七席の好みの味というのがわからなかったのですが、甘いものは大丈夫でしたか?」
「はぁ。えぇ、まぁ、好きですよぉ。というか僕、嫌いな食べ物はないですねぇ。食べ物は大体好きかなぁ」
「それは良かった。それと、こっちは僕もまだ食べていないのですが、加須底羅というものらしく。現世では超高級品として存在していたようなのですが、瀞霊廷ではあまり見かけませんよね」
「ああまぁ、ひき釜を十全に扱える方があんまりいませんからねぇ」
「と言うことは、もしや滑川七席は加須底羅を製作できるのですか?」
「できますよぉ。材料が高いけど……」
な……なんだ?
世間話? 雑談? ……オサレ眼鏡と、僕が?
そういう……動揺を仕掛ける作戦? 一応始解はしてるけど、特に何かされた感じも……。
あと鏡花水月が効かないことを確かめられている可能性も考えたけど、羊羹も普通のだしカステラも普通のだし……な、何事。
「あ、お帰りになってたんスねぇ滑川サン……と。失礼しました、お仕事中でしたか?」
「……いえ、僕も滑川七席に挨拶をしていただけですよ。……初めまして。九番隊十席、藍染惣右介と申します」
「これはご丁寧に……。僕は二番隊十席で、最近出来た技術開発局ってとこの局長をやってます、浦原喜助というものッス」
視線が交錯する。……何か感じるものがあったのか。
「お噂はかねがね聞いています。同じ十席として、なんだか誇らしい気分ですよ」
「そう言っていただけると嬉しいッスねぇ。でも、藍染サン……
「過分な評価ですよ、それは。……それに、僕は色々な隊に移籍することを繰り返しています。各隊の隊風というものを確かめたくて。だから、十席でも高い方です。毎度毎度平隊士からやり直しですからね」
「それは……大変そうスね。……あ、そうだ。参考までに聞きたいんスけど、今まで経験してきた中でどの隊が一番過ごしやすかったですか?」
「過ごしやすさでいうと……やはり十二番隊ですね。適切な仕事が割り振られ、無理なことは言われない。……そういう意味では三番隊も良かったですよ。厳原隊長の勤勉さに引っ張られ、全体が規律正しくあろうとしていて……真面目に仕事をするのなら、三番隊が一番かもしれません。十二番隊だと、できない人にはできない人用の仕事しか割り振られませんからね」
「へぇ……二番隊以外知らないんで、新鮮スねぇそういう話」
何か感じるものがあったのだろうに、そのまま世間話を進めていく二人。
……浦原喜助と藍染惣右介が雑談をしている、って。……そんな光景を見ることになるとは思わなかったよ。
「一番隊はどのような隊風なのでしょうか」
「へぁ? あ~……まぁ、全員が全員上昇志向の塊って感じでもない……中に入ってみると案外普通の隊でしたねぇ。他隊に行ったことがないので知りませんけど……」
「一番隊は入ろうと思って入れる場所じゃありませんから、羨ましいような……恐ろしいような」
「おや、浦原さんはあまり規律正しい隊風は苦手ですか?」
「いやぁ、あはは……。……二番隊が実はその苦手の権化なんスけど」
「確かに。刑軍……内情のほとんどが私達一般隊士にはわかりませんから、気になりますね」
「中身をここで話してしまったら僕の首が胴体から泣き別れちゃうんで、ご勘弁を……」
よくわからない……けど。
脳内に疲労などを生成し、意図的にあくびを起こす。それを噛み殺す感じにする。
「っと、そうか、長期の出張帰りッスもんね。そりゃ疲れてるか。……後日また出直します。改めておかえりなさい、滑川さん」
「ああ、いえぇ、ごめんなさいねぇ、隠せなかったか……」
「では僕も失礼しましょう。加須底羅に関してはまた、後日ご感想をください。僕も食べてみますので」
「え、なんスかそれ」
「ああ、じゃあ、浦原さんにも渡しますよ。……お疲れ様です、滑川七席。それでは、さようなら」
退所する二人。
……。
……霊子異常検知開始。
……無し。練り羊羹もカステラも普通のそれ。彼が歩いた場所、彼がいた場所にも異常なし。
本当に……雑談をしにきただけ、ってこと?
あ……あるいは、ザエルアポロと接触した僕に何かが起きていないかを確認しにきたとか。もしくは浦原さんと接触するのが目的だったとか?
まさかとは思うけど……「裏側がどうであるにせよ、少なくとも今は同僚であるのだから単純に美味しいもののお裾分け」をしにきた……なんてことないよね。あのオサレ眼鏡……藍染惣右介が。
……しばらく気を抜かずに気を付けるとしよう。
*
そうして、二十年くらい経った。本当に特に何も無かったし、その後も何度か世間話だけの回があった。
印象操作のわけはないんだけど、擦り切れるからやめてほしいデース。
現世での暦では1850年くらいの今日。
なんと──。
「いやぁ、子供の成長って早いですねぇ」
「ッスねぇ……」
四楓院夜一、百二十歳にて二番隊隊長就任……である。
これにより千日さんは先々々々代の当主になったわけだ。もう流石に歴史上の人物だね。
また、副隊長に知った名前が増えてきた。
三番隊副隊長、鳳橋楼十郎。五番隊副隊長、平子真子。七番隊副隊長、愛川羅武。
さらには九番隊隊長に六車拳西さんが。久南さんはまだ姿を見ていない。
いよいよ、という感じはしてきた。が……『魂魄消失事件』は起こらないんじゃないかとは思ってる。だってやる意味ないし。
でもだからこそ、別の事件が起きるのではないかという警戒心が高まってくるという話で。
あと四十年。
たった四十年で……そしてたった百五十年で、イッチーの物語が始まってしまう。……果たしてイッチーは生まれるのか、という部分はありつつも。
やっぱりどこか楽しみな自分もいる。いや『魂魄消失事件』を楽しみにしているわけなくてね。
ようやく……始まるんだ、っていう思いが。
さて、夜一さんの就任式を浦原さんと共に見届けた後、一人ふらりと向かった場所は……納戚堂、である。
何度目かは正直覚えていないけど、お墓参りだ。『利暁』関連の時とかも節目節目で来てたから、最初言っていたような百年二百年置きじゃない回数来てるんだよね。
いつも通りのお焼香をあげて、と。
内容はまぁ……なんだろうね。最近増えてきている大立ち回りの……その成功でも祈っていてください、でいいかな。
「おっと……先客がいたか。……と、君は」
「ん。……あぁ、お久しぶりですねぇ」
背後から近付いてきていた霊圧。
……改めて、凄いな。虎姫さんも「そう」っぽいんだけど……桁が二つくらい違う。
「改めましてぇ。一番隊七席の滑川平良と申しますよぉ。ここ数百年会えてませんでしたけどぉ、まぁ僕特定の場所にしか出没しませんので、ね」
「そうか、死神をやめていたわけではなかったのか。……改めて。俺は浮竹十四郎という。十三番隊の隊長をしていてな。また会えたことを嬉しく思う。そして……君も、……齋藤元隊長のお墓参りで、あっているか?」
「はぁい。もう終わりましたけどねぇ」
納戚堂を出る。
……浮竹十四郎。桁外れの霊圧の異物感、だなぁ。
さて、帰る準備を、と思ったら、わざわざ納戚堂から出てきたのだろう、彼がひょっこり顔を出して、こんなことを言ってきた。
「っと、この後、時間というのを取ってもらうことは可能だろうか」
「はぁい? えぇ、まぁ、大丈夫ですよぉ」
「ありがとう」
ということで彼のお墓参りを待つこと数分。
悪い、待たせてしまったな、という彼にいえいえぇと返して、では行こうか、なんていう彼についてくることさらに十数分。
ついた場所は、「比詰町」という十三番隊隊舎のある町。正直あんまり来ることのない場所である。
そこの『小柄楼』なる食事処。
「あ……っと、僕とご飯を食べたかった、ってことであってますかぁ?」
「ああいや、色々聞いてみたいなと思ったんだ。ご飯はついでさ。年長者……というとややこしくなりそうだが、高給取りの俺が持つから、食べたいものがあれば好きに注文してくれ。俺のおすすめは、このわたの蛋羹*1だ」
「へえ……」
そういう……なんというか、武士とか上流階級のたべる日本古来のもの、みたいなのって食べてこなかったから……新鮮かも。
いや一度飲みの席で出してもらったけど、流石に覚えてないし。八百年前だから食べ物も色々違ったし。
なんでそれなりに高そうなものだったけど、最悪僕が持てばいいか、の精神で頼んで、と。
「それで……聞きたいこととは、なんでしょうかぁ?」
「そうだな。まずは……どうして護廷十三隊に入ろうと思ったのかを聞かせてくれ」
「どうして……うーん。僕は流魂街の出身なんですけどねぇ? だから、お腹を満たすため、が結局のところ、一番大きな理由だったかなぁ」
「そう言うということは、今は違うのか?」
「今は違いますねえ。……うーん。……僕は……最初の頃は勝手に見限って心を閉ざして……みたいなことをし続ける人間だったんですけ、ど。……期待を裏切る……いえ、上回ってみせると宣言し、実際にずっとずっと頑張っている方がいるのでぇ……期待をした分くらいは、僕も頑張ろうかな、って」
期待をする。体重を預ける。
上ではなく下ではなく、同じラインに並ぶみんなと共に一歩を踏み出す。
僕の在り方を否定されなかったからには、僕も。
みんなの在り方を認めることにしたんだ。
「……もし……その人が、折れてしまった場合は、君も戦う理由を失くすのか?」
「その人は折れませんよぉ、絶対に。そしてその上で折れてしまうことがあっても、僕は進み続けますねぇ」
「それは、なぜだ? 君の理由はもう無いんだろう?」
「お腹が空くから死神になって、誰かが戦うから強くなった。さりとてお腹が空かなければ死神を止めるか、と問われたら首を振るし、誰も戦わなかったら戦いをやめるのか、と問われても首を振りますねえ。結局多分、動機も理由も、信念には大した影響を与えないんですよぉ。復讐とかなら話は別かもですけどねぇ。惰性でも良いんです。見失っていても良いんですよぉ。ただその時、その時で……今の僕がどちらに行きたいかを確認して、前に進みたがっているから進んでいる、というだけですねぇ」
もう違う。もう関係ない。
最初の理由も、嫌がっていたこと嫌っていたことも。
生まれ変わるということは、それ以前の己を殺すということだ。結局は。
けれど、だとしても。
僕という存在が彼らと志を別とすることは、もう、無い。
「あなたもそうでしょう?」
「俺か? 俺は別に、」
「最初に死神を志したのは、生まれが故だったのかもしれない。己の可能性に気付いたからなのかもしれない。そしてその向こうで隠されてきたものを見てぇ、やるせなくて悔しくて認めがたくてぇ。……でも、そんなことはどうだっていいんですねぇ。やり方なんていくらでもあったのに、正面からぶつかるやり方を選ん、だ。なぜか。そうすることが、己の心に一番誠実だったから。違いますかぁ?」
「……」
「多分ね、あなたは僕なんかよりずっと誠実でぇ、ずっと……世界を見ている人なんだろうなって思うんですよぉ。救世の意思があるかどうかはしりませんけどぉ、是正の意思はあるんでしょうねぇ。己の上に立つものがアレであるというのが気に入らない、なんて理由だけでここまでのことをするとは思えません、し」
頼んだ料理が来る。わぁ美味しそう。……いやほんと、よく千日さんとか浦原さんが料理を教えてとか言ってくるけど、絶対本業に教わった方がいいって。明らかに味が違うもん。
……言葉を遮ってしまったのが悪かったか、彼は黙ってしまった。
「大した理由がないのに……どうして命を張れるのかわからない。君が見た目通りの子供ではないことくらいわかっているが、それでも」
「大した理由がないと命って張っちゃだめなんですかぁ?」
「それは、そうだろう。命は一つしかないんだ」
「別に良いんじゃないですかねえ。こうやって僕が今お箸を動かすことに命を張っていたって、死神が己の明日を守るために命を張っていたって、大して違いは無いでしょぉ。自分の命だから好きにして良い、って話じゃなくてぇ、自分が選んだ道だからどうなろうとも自分の責任って話ですよぉ」
変わらないだろう。彼の前でペラペラと長話をすることだって結局命懸けだ。
その懸け方、張り方は第三者からみれば何を意味のないことを、と見えるのやもしれないし、なぜそうも毎度毎度危険な橋を、と呆れられるやもしれないけれど。
それでも僕は、この世界で行った全ての選択を恥じない。恥じない道へ、既に踏み入れている。
「わからないな。君の持つ思考や視座は、遥かなるところにあるように思うのに……出す結論の悉くが並だ。君の霊術院時代の成績のように狙って出しているという感じもしない。さりとて本気でそう思っているという風には考え難い」
「並外れた、規格外。そういう言葉のつく答えがお好みでした、か? その言葉に善い意味はほとんど含まれていませんよぉ。好ましいのは理解できますけどねぇ」
「先程君が言った言葉。……悔しくて、という部分だ、どうして君は悔しくならない? 君は……君単体で、できることがもっとあるだろう。あるいは、死神という組織や枠組みの中でなくとも」
「そんなことないですよぉ。死神という枠組みはとーっても広いので。あなたはその高い視座から早々に見限りを付けてしまったのかもしれませんがぁ、高いところからでは見えない奥行きなんかが溺れる程に広い世界ですから、ね」
「君はその深さの全てを理解している、と?」
「どうであってほしいですかぁ?」
料理に舌鼓を打ちながら、お話をする。
勝手に見限ってもいいだろう。勝手に期待してもいいだろう。
僕からは別に、好きにしたらいいよ、としか言えない。
「可能なことなら……もっと、君の想像つかないほどに広く在ってほしい。どうにも浅瀬にしかみえないこの世界が……亡霊の世界さえ呑み込むほどに深大であるというのなら、俺は再びこの世界へ骨を埋めたいと考えるだろう。それが許されるかは別にして、だが」
「良い考えだと思いますよぉ。ああただ、あなたの道具は全く別のことを考えているようでしたけどねぇ。……というわけで、ご馳走様でしたぁ、美味しかったですよ、藍染さん」
「……いつからお気付きに?」
「納戚堂から今の今まで、一度も咳をしませんでしたねぇ。彼の病状を考えると、二時間に一度は咳止め用の医療用飴を舐めないといけないはずですよぉ。舐溶飴は薬ではありませんし、ねぇ。……あと、浮竹さんにしてはぁ、お墓参りの時間自体も短すぎましたねぇ。本物と入れ替わるためには仕方なかったのかもですけ、ど。本物なら、三十分くらいはかけておかしくありません、し」
本物の浮竹十四郎もまぁこういう問答自体はしそうだけど。
ちょっと偽装が甘いかな。ミミハギ様特有の……霊王特有の霊圧まで偽装できていたから、後はパーソナル部分の突き詰めが課題だねぇ。
「……参りました。いえ、普段の雑談から……どうにも本心を隠しておられるように感じたので、こうして偽装用の皮を使い、接触してみたのですが……やはり手ごわいですね、滑川七席は」
「僕だからいーですけど、本当に隊長格を騙った場合は重罪です、よ?」
「はい。気を付けましょう」
気を付けましょう、という話じゃないけど。
ま、そういうことだ。初めから僕は浮竹十四郎相手には話をしていない。最初の最初……本物相手にしか、ね。
「ちなみにおすすめした料理について嘘偽りはありませんよ」
「そうですかぁ? 藍染さんって好きな味とかなさそうでしたけど、あるんですねぇ」
「はい。あることにしています。そうしないと、設定がぼやけるので」
赤裸々だなぁ。理解できるけど。
「……死神、辞めちゃうんですかぁ?」
「どうしてそう思うんですか?」
「だって、あっちで何かするなら、必要のない身分じゃないですかぁ」
「確かに……そうですね。利便性の意味では残しておいてもいいですが、危険性の意味では不要とするべきでしょう」
「残念ですねぇ」
「残念がってくださるのですか?」
どう……なんだろうなぁ。
もう取り返しのつかないこと自体はやっているから……崩玉と融合できなければ死罪は免れないだろうけど。
もし殺せるのだとしても、藍染惣右介を殺す、って……損失だよなぁ、って。
「単純に……昔からの知り合いにいなくなられるのが、嫌なだけかも知れないですねぇ」
「であれば問題ないでしょう。滑川七席の周囲には、絶えずたくさんの人がいますから」
「かもしれませんねぇ。こればかりは……その時にならないとぉ」
「……ええ、その時にならないと、わからないでしょう。……改めて、失礼しました。後日お詫びにまた加須底羅でも持っていきますよ」
「どっちかというとこういう珍味系の方が嬉しいなぁ」
「わかりました。瀞霊廷産珍味などを持参しますよ。……それでは」
席を立ち……勘定を済ませて出ていく彼に、ひらひらと手を振る。
……無理だよ。
共存の道は、互いに互いが壊しちゃったんだからさ。
さて、瀞霊廷の外縁部に来たということで、ついでに流魂街へ出てソレを探す。
ソレは、割とすぐに見つかった。大分わかってきたからね、欠片の霊子振動数。
「……だれ?」
「だめよ、ギン。……いやなかんじがする」
東流魂街62区「花枯」にて見つけたのは、その二人。
銀髪糸目の少年。
明るい髪色の少女。
「こんにちはぁ」
「……」
「……」
「わぁ、警戒心しかないぃ。飴ちゃん一つどうかなぁ、これで心を開いてくれたりは」
しない様子。
「……しんでるみたいや」
「えぇ?」
「話す、ことばにも。ボクらを見る、眼ぇにも。体温が無い。蛇は冷たいけど、それさえ無い……草とか、土とかと同じで……けいようできひん」
「……!」
キッとこちらを睨みつけてくる少女。少年を守るように僕を手で制している。
嫌われてるなぁ。
「私達に……何の用? その黒い服……死神でしょ」
──霊圧を練って。
遠方の物陰にいる
「今の……なんか、怖いわ。……行こう、乱菊。この子……たぶん、見たり、会話したりしたらあかん類の怪異や」
「……絶対に背中は向けちゃだめ。ゆっくり下がって……目を離さないようにして」
僕別に君達に何もしてないのになぁ。
──滑風で二人の背後を取る。
「またねぇ」
「ッ──!?」
そして瞬歩で消える。
……最近ほんと、妖怪ムーブが板についてきたな。
近々志波家に行く予定があるからまた鴉泉ちゃんを驚かせてみるとしよう。夜一さんでも良いけど千日さんが「オマエさぁ……何百って年下の娘怖がらせて……さすがにシュミ悪いよ」とか言ってくるから無しで。鴉泉ちゃんについては弾児郎さんまでグルになる場合があるからね。その後弾児郎さんだけ森雁さんに怒られるまでがセットなんだけど。
……どうにかして……こう、着色結界を顔に貼り付けるとかして、のっぺらぼうムーブを……。
僕だけに見える形で具現化した野箆坊にぺしっとされた。わ、わかってるよ。悪ノリで今まで積み上げてきたものを壊すとか無いって。そこまで節操無しではないからね。
さぁ──気合を入れようか。