卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
死んだ蓮
黒くなって 水が浸みて 自分の重さに耐えきれなくて
そうして こぽこぽ 水底へ沈んでいく
大好きだった空も 閉じて 閉じて
まるで きみたちのように
珍しいこともあるもので、というべきか。
僕と浦原さんが目の色を変えて擬虚の研究をしていたのが寂しかったから、なのか。
多分──自分が差し向けたのだろうに──隊長になってしまった浦原さんには「遊びに行く」とは言えなかったのだろう、僕に白羽の矢が立った。
即ち。
「四楓院夜一様、滑川平良様ですね。どうぞこちらに。銀嶺様がお待ちです」
朽木家。
来たのは数えるほどだけど、静かで良いところだと思う。志波家は弾児郎さんの大声が響き渡っていて、四楓院家は無音すぎて怖い。王途川家には行ったことがないけど、王途川さん曰く「少々水音がしすぎるかもしれない」らしい。敷地内に川とか小さな滝とかがあるんだって。さす貴族。
「どうじゃ緊張するか妖怪。儂がいなければ入ることもできん場所じゃろう」
「あぁいいえぇ。銀嶺さんとはそれなりの付き合いがありますしぃ、響河さんに呼ばれることもありますからねぇ」
「……そういえば四楓院家にも出入りしとるんじゃったこいつ。……まぁ、なんじゃ、この先におる坊のことはおぬしも気にいるじゃろう。幼き頃の儂と同じで反応が良い」
「今も良いと思いますよぉ?」「今も良いと思いますよぉ?」
「のわっ!? な、なんじゃその技術!」
以前作っていた「別のところから声が聞こえる装置」の副産物。最早鬼道さえ使わずに聞こえた方向を攪乱したり喉の中だけで和音を出す要領で対象の両耳の方から声が聞こえる、という状態を作り出す脅かし技……!
……最近こういうのばっかり思いつくんだよな。妖怪としてのムーブが板につきすぎて芯のところまで妖怪になりつつあるのやもしれない。
と……歩いていると、びっ、びっ、という規則正しい風切り音が聞こえてきた。
素振りの音だ。
「おや……夜一殿と、滑川殿」
「滑川殿。お久しぶりにございますな」
「響河さんと、蒼純さん? 珍しい組み合わせ……と思いましたけどぉ、同じ朽木家同士ですもんねぇ」
その中庭に差し掛かる前あたりでその二人とエンカウントする。
響河さんと、朽木蒼純さんだ。
「お二人は何をしに……と、そういえば銀嶺殿に客人があると聞いていましたな」
「父に……というよりは、夜一殿の顔を見るに、白哉に会いに来られたのでしょうか。ありがとうございます」
「ちょ、蒼純。まだ言うておらんのじゃから……」
「ははは、それはすみません。ですが、滑川殿なら恐らく夜一殿が現れた瞬間にはすべてを察しておられたと思いますよ」
「どんな妖怪じゃそれは……」
蒼純さん。大人しい性格をしている……なんというか、朽木家っぽくない人だ。
奥さんとの愛情もしっかり育めていたみたいだし。というかだから「朽木家は愛にうんたらかんたら」の話を銀嶺さんが思い出すのが遅れたというか。
「もしかしてぇ、当主辞退のお話ですかぁ?」
「馬鹿者、余所者が踏み込むな。そういうのは貴族内の──」
「はい。以前からご相談させていただいていた通り、私は当主を辞退する、という件を正式にご辞退申し上げるべく、お伺いいたしました」
「こらこら、響河君。君はもう朽木家なのだから、そこまで遜る必要はないのですよ?」
「っと、そうでしたね。申し訳ございません、中々抜けず」
「一応僕は引き留めた側だったんですけどねぇ。生涯現役の死神でありたい、と強く熱望されていたのでぇ、であれば早めにお伝えした方が良いと思いまし、て。銀嶺さんとか、響河さんを当主にする気満々でしたからねえ」
「身に余る評価ですね……」
一度虚に飲まれかけたからか、自身の力を過信するクセが消えた響河さん。
自身でも思っているみたいだけど、蒼純さんが当主の器ではないから、垢抜けて周りを見ることができるようになった響河さんを、と考えていたっぽい銀嶺さんだけど、これまーたすれ違いますねぇ、と思ってちょっと助言させてもらった。
朽木家、感情を内に秘めすぎなんだよね。
「……」
「どうしたのですか、夜一殿。そんな得体の知れないものを見る目で」
「いや……おぬしこう、何か……他者の記憶の中の恩義ある人物の位置に滑り込む鬼道とか使っておらぬじゃろうな」
全て滑川さんのおかげじゃないか、ってコト!?
「使ってるかもしれませんねぇ~」
「うっ……」
「ははは、滑川殿。怖がらせるのもほどほどに、ですよ。可哀想ですから」
「はぁい」
それでは、と言って去っていく二人に会釈を返す。
その上で改めて夜一さんを見れば……この世で最も苦いものを奥歯で噛み潰してしまった、みたいな顔。
「おぬし……いつか発言力を危ぶまれて消されかねんぞ」
「僕、もう眠っていても滑歩を使えるのでぇ、暗殺者が余程鬼道に精通しているか、超巨大質量を持っているとかでない限り無理ですねぇ」
芋虫状態のヤミー・リヤルゴの八倍くらいの大きさがあれば流石に潰れるかなぁ。
その暗殺者がいたら瀞霊廷ごとの暗殺になるけれど。暗殺とは?
と、そんなやり取りをしていたら、銀嶺さんが来た。
……改めてこうまじまじと見ると……だぁいぶお爺さんになっちゃってまぁ。彼ももう六百歳くらいだもんねぇ。
「おう銀嶺。突然の訪問受諾、すまんかったの」
「ははは、いつでも来てくれて構わぬよ。私がいるかはわからぬが、アレにはいい刺激となろう。……そして滑川殿も。先程響河と蒼純に会っていたと思うが……おかげさまで、家族仲は完全に持ち直した。礼を」
「いえいえぇ。先日の隊首会で僕の意思を汲んでくれた時でちゃらですよぉ」
「……それまでは根に持たれていたのか?」
「どうでしょうねぇ~~」
「と……夜一殿。冗談じゃ、根に持たれるも何も、私は滑川殿には常、恩を返したいと思っておる」
「そっちじゃないわい……」
僕もそのよくわからない恩とやらをいつ解消できるか機会を伺っている。
要らないかラネー。
「それと、滑川殿。白哉との邂逅を終えたら、少しばかり付き合っていただけませぬかな」
「はぁい? いいですよぉ」
なんだろう、とは。
実はならなかったりする。……とうとう来たか、という思いの方が強いかな。
さて、びゃっくんだ。
僕からすれば懐かしいとさえ思えるやりとりをする二人だけど、その途中で、びゃっくんの髪紐を解いた夜一さんが、その髪紐を僕に渡してきた。
なるほどぉ。こうして擦り付けて、からかいの対象を自分から逸らそうってわけだねえ。
「ふっ、遅い! 貴様の瞬歩など追えて──。……。……?」
大分手加減されていた瞬歩をしっかり目で追って、追った先でおかしなものを見つけたのだろう。
ぱちくりとその大きな目を瞬きし、なんならこすり、三度見、四度見くらいするびゃっくん。
「なん……だ? 貴様の……面妖な歩法の……新しい技、か?」
ふむ。
ここでネタバラシするのは……流石に面白みがないか。
何より……もうすっかり大人になっちゃった鴉泉ちゃんとか、驚いてはくれるけど怒るまでいかない夜一さんに替わって……びゃっくんとか、あとひよりんみたいな「ちゃんと幼い子」は貴重だ。妖怪の怖がらせる対象は大人より子供の方が良いと相場が決まっている。全力で驚いてくれるから。
……まぁ鴉泉ちゃんもまだまだ驚いてくれるんだけどね。
「やもしれんのぅ、白哉坊」
僕の瞬歩だと追われそうだったので滑歩でじゅるりと背後を取って、なりきり夜一さんで話す。声を変える鬼道を喉に貼り付けて、声だけは完璧に模倣している。
「な、ななっ、なんだ今の動きは! 化け猫め、化け鯰でもあったというのか!?」
「遅い遅い、遅いのぅ」
「っ──!?」
すぐに飛び退るびゃっくん。さらにその背後を取る。
ついに木刀を突き出してくるびゃっくん。しかしぐにゃあり。
そのまま滅多打ちにしようとしてくる彼の木刀を全て全て避けて避けてゆらりゆらゆら。
「はっ、はっ、はぁっ、はぁっ……瞬神とも……あろうものが。速さを捨てた……貴様に……私への、勝ち目など……」
「じゃがぁ、一太刀も当てられておらんぞぉ。それともなんじゃぁ。儂の豊満な身体でないと、
「だ、誰が貴様の下品な身体など測っているものか!!」
「じゃがぁ、ほうらぁ、刀の長さが足りておらんぞぉ」
避ける避ける。当たらん当たらん。
……とかって遊んでたら、それなりの本気の拳が降ってきた。
「わぁ、なんですかぁ。ノリ良く遊んであげていたのにぃ」
「儂の声でその気色の悪い喋りをするな! 耳が腐る!」
「えぇ~。悲しいなぁ。昔はきすけ! きすけ! って可愛らしい目と声で浦原さんを慕っていたのにぃ。まぁその頃から僕にはようかい! でしたけどぉ」
「じゃからその声を止めろぉ!!」
突然じゃれ合いだした僕らにぽかーんとしているびゃっくん。
そして当たらぬ当たらぬ。避ける避ける。
もう夜一さんに関しては人読みもできるようになったから全ての不意打ちに対処可能だ。
あ、ちなみにだけど、残念ながら千日さんは既に夜一さんに速度を抜かされている。瞬神の名は奪えなかったわけだ。
それがとーっても悔しかったらしく、彼は今走り込みなんかの速力強化もしているらしい。瞬歩って走り込みでどうにかなるものなのだろうか。
「はぁっ、はぁっ、クソ、当たらぬ……!」
「ど……どういうことだ、化け猫。どうして自分同士で……」
「あぁ!? なんじゃ!? 察し
「はぁい、初めましてぇ朽木白哉くん。滑川平良と申しますよぉ」
「じゃからその声を止めろというとるんじゃぁ!!」
あ、切り忘れてた。今のはただのミスだから。
「自己紹介をするとしたら、まぁ……銀嶺さんのお友達ですよぉ」
「じ……爺様の? 私と……そう変わらないように見えるが……」
「化け蛞蝓か化け海鼠じゃ此奴は。……クソ、良い感じに擦り付けるつもりじゃったのに、結局つられてしまった」
「僕につったつもりはないですけどねぇ。それじゃあ白哉くん。またぁ」
「あ、ああ。また……?」
茫然としているびゃっくんの髪をもう一度髪紐で結って、その場を後にする。
この後用事があるのでね。鬼事まではやってあげられないけど、その分を夜一さんと楽しんでおくれ。
そうして。
銀嶺さんと共に……死神の居住区の一つにやってくる。
閑静な住宅地だ。そこを、草履と地面の擦れる音だけが響いている。
やがて見えてきたのは式次第看板。書かれている文字は──能登川、と。
先日のことだ。擬虚騒ぎの中で、ひっそりと。
能登川さん……能登川真さんが、息を引き取った。
死因は老衰。……寿命である。
長大な寿命を持つ死神にも、終わりは来る。老化に関する事柄が現世の人達と異なるから忘れがちだけど、魂魄の限界は必ず来る。
貴族や極大霊圧の隊長格とばかり接していると忘れてしまう事実の一つだろう。
能登川さんは、見た目的には初老というくらいで止まっていた。そこから云百年を重ね……つい、先日。
急逝とかではない。自身の死はしっかり悟ることができていたらしい。銀嶺さんを呼びつけては……響河さんや蒼純さん、そして白哉くんとの関係性をしきりに聞いて、良好であることを銀嶺さんが伝えれば、満足して笑っていた、とか。
能登川さんの棺の前に座って。……別に良いのに、流石に大貴族がすぎるからか、他の人達はみんな下がっている。まぁそりゃそうか。朽木家の当主だしなぁまだ。
「晩年の能登川は……よく、
「……あんまり過去の人の話をされても、困っちゃいますからねえ。銀嶺さんは……何も知らないわけです、し」
「能登川もそういう判断だったのだろう。いつまでもいつまでも気回しばかりの男だった。……奴の妻は随分と昔に亡くなっておられてな。あやつの娘も、死神としてあれるほどの霊力を持たず……死神と婚姻を結びはしたものの、その男が戦死し……後を追うように娘も亡くなってしまった。先程いた夫婦は、その娘夫婦の子。能登川の孫じゃ。……馬鹿者め、あれらの性格を考えれば苦になど思わぬだろうに、孫夫婦の負担になって生き続けるのは少しばかり心苦しい、などと……古い価値観を振り回しておったよ」
「あはは、能登川さん……気を遣うのは得意でしたけ、ど。遣われるのは、すこぶる苦手でしたもんねぇ」
「やはり滑川殿もそういう印象を有していたか。……。……死さば全てから逃れられると思ったら大間違いだ、と……儂自身の寂しさを誤魔化すために、そのような言葉を吐いたことがある。……そうしたら奴は、どうせ地獄行きで、そこにはあなたの数千倍手のかかるお嬢様がいますから、気苦労はむしろ死後の方が多いですよ、などと。……言っておったか」
少しだけだけど、震える喉で。
流しはしないけれど、涙腺を緩ませて。
生前の彼を語る、銀嶺さん。
「……結局。朽木家は……分家も、本家の旧い者共も。……
「そうですかぁ。……当主の意思に反してでも、認めがたいものってあるんですねぇ」
「掟や
「どうでしょうねぇ、それは。僕は……掟や為があり、それを守らんとするからこそ強い愛が生まれるものだと思いますよぉ。……愛というのは無軌道で自由なものと思われがちですけ、ど。ヒトが後から定めた法則など跳ね除けた、生物として、霊魂としての絶対的な法則が愛を形作っていると思いますから、ね」
「絶対的な法則……」
「焦点を合わせるべきは、どうしてそれを守らなければならないのか。そして……守らぬことで何がダメになって、どういう負債を負って、己と愛する者に、どれほどの害があって……そして、その選択が己に刃を向けるものではないか。そういう……一本軸があることによって発生する無数の選択肢に対し、己にとっての正しさを貫き続けることができるか。大事な部分は多分、そこなんですよねぇ」
人間の感情というのは「己に刻まれた基底プロンプトのショートカット」のようなものだ。
相手が己のテリトリーを侵してきた。理由を考える。分析する。妥協点を計算する、とやるべき「論理」を、全確認をスキップして「自己防衛」を起動して「排除・攻撃行動」に全振りする。それこそが「憤怒」というショートカット。
この行動をしたら成果が出た。なぜ成功したのか。記憶というログを全横断して原因を特定する、とするべき無駄な「論理」をスキップし、
超効率的なインデックス機能こそが感情の正体なれば、「愛」というのは一体何なのか。
「相手を、己に含める。愛というのはたったこれだけのことですよぉ」
他者の利害を毎回「自分にとってどうか」と計算し直すのは、非常に高コストであると言える。「この人は守る価値があるか、助けたら見返りはあるか」と毎回査定していたら、緊急時には間に合わない。
だから、最初から自分として計算する。最初から自分に蓄積されたショートカットを相手にも適用する。
愛した人が脅かされたら己が怒る。愛した人が悲しいのならばそれをペナルティと定め、二度は起こさないよう深く刻み付けると同時、その悲しみを和らげるための行動をする。
そして愛する人の喪失は、「半身をもがれたような」なんて言葉がまさに、だろう。己を切り裂かれたに同じ。腕どころか文字通り身体を割断されたような痛み。
無償の愛とはよく言うけど、あれも「相手も己なのだから見返りなど不要である」というだけの話だ。
……ま、「己に含めるべき相手かどうか」というのは結局類似性センサーで検知するしかない。性格も言動も何もかもが己と違うけれど、基底プロンプトに類似性があった……つまり同じ痛みを感じ、同じものを守りたいと考え、同じ場所を目指していたから、という理由が「相手を己に含める行為」を動かしたとしても、途中で「おや?」となるケースだってあるだろう。
恋愛の初期で相手を理想化して、後で違ったなぁ、ってなる現象がだいたいこれだ。類似性センサーの精度がまだよくなかった。誤検知の愛。……そう考えると恋愛の上達ってキャリブレーションなんだなぁ。相手への走査と己への走査の精度が良ければ良いほど間違えなくなる。
「能登川さんはそれが上手でしたねぇ。相手を己に含めることが。……お孫さんたちのことは、些か、含めすぎてしまったのかもしれませんが。……そしてあなたたち……朽木家の皆さんは、外向きの精度は良いくせに、内向きが下手。普段の思考と繋がっていないんですよぉ」
よく言うだろう。「己も愛せない者は誰かを愛すことなどできない」と。あれの本質は多分こっちだ。自分を好きにならないと愛を持てない、という話じゃなくて、己の基底プロンプトを熟読し、他者を見るセンサーの比較参照値にできないと、愛情が誤検知かそうでないかを判別しきれない。
響河さんに関して気を揉んだ割に、己のことを理解していなかった銀嶺さんも。
京楽さんが好きだったけれど、己の向かいたい場所をわかっていなかった齋藤さんも。
そして──未来での、彼も。
「白哉も……同じように苦しむ、ということだろうか」
「自己問答は他者が手助けしたら意味ないですからねぇ。それはもう成長の痛みでしょう。僕らにできることは、白哉さんの進む道にいる面倒臭い障害……悪意や害意を吐き出す人たちを、ちょーっと片付けておいてあげる、くらいじゃないです、か?」
「ふっ……そうだな。私達の世代の膿や憂いは、可能な限り拭ってやらねば。……はぁ。今から憂慮することではないが……白哉もこう……到底叶わぬような、とんでもなく例外的な愛を抱きそうで、今から気が気でならんわい」
「銀嶺さんの時だって結構強引だったじゃないですかぁ。貴族街の茶屋で知り合った女性に惹かれて、政略結婚ガン無視で、でしたっけぇ?」
「うむ。後悔はしておらぬ。今でもアレを愛している故な。……そうさな。白哉も後悔はせぬのだろう。あるいは朽木家とは、愛で苦労する反面で、そういう性質も持ち合わせるのやもしれない。……己がそれを愛したことを、決して、後悔はしない、と」
良いことだ。素晴らしいことだろう。
それでボロボロになっていくんだから、見てる周囲は大変だろうけどさ。
「これは……能登川さん、斎藤さんだけを見てはいられないかも、ですねぇ。ぎんれい君もまだまだ手がかかりそうだし、びゃくや君もですかぁ」
「……あまり……公の場で、そのようには呼ばぬように。滑川殿をどうこうできる者もおらぬだろうし、あなたは何を言われても気にしないのだろうが……私が、些か恥ずかしい」
「今やほとんどの貴族が僕の年下になっちゃいましたからねぇ」
「少し……羨ましくはあるがの。私はこんなにも老いてしまったが、滑川殿は若々しいというか……一切変わっておらぬ」
「霊力が伸びませんからねぇ。僕の成長はうんと昔に止まってしまいましたがぁ、まぁ、その僕の範囲でできることを増やし続けた八百年間でしたねぇ。……僕としても、まぁ、成長したい欲求はあるんですよぉ? いつまで経っても子供だと、発言に重みが出ませんから、ね」
「はっはっは、それは……それこそ能登川も悩んでおったな。いつまでも初老程度であるから、どこへ顔を出しても若者扱いされてこき使われると」
「僕の印象は糸目金髪お兄さんのままで止まっているので……地獄の方ではそっちの姿をしていそうですねぇ。齋藤さんに、"若作り胡散臭糸目男"ってまた罵られてそう」
斎藤さん、基本口が悪くて容赦無かったからなぁ。
……地獄、かぁ。どうなるんだろうね、この世界では。
「その……滑川殿が、もし可能であれば、なのだが。その、滑川殿は、絵は得意だろうか」
「あぁ……成程。齋藤さんと能登川さんの絵が欲しい感じですかぁ?」
「そうだ。どこを探せども、
「いいですよぉ。厳密には絵じゃないですけどぉ、後で作っておきますねぇ」
鬼道で念写する邪道スタイルだけど。
……前に指摘された通りだ。のっぺらぼうに保管できない顔のデータは、僕が保持し続けている。
そこにコスプレしたのっぺらぼうを合わせれば、どんなポーズでも念写可能だ。まぁ僕が記憶している顔……つまり若い時分である人が多いから、能登川さんとかは「誰?」ってなる可能性もあるけど。
声は。
……忘れてしまったなぁ。
「すまぬな、忙しいだろうに」
「いえいえぇ。ついでにこの念写鬼道買い取ってくれませんかねぇ」
「む? ……む?」
「いやねぇ、これ結構なことをしているんですけどぉ、僕に依頼が舞い込んでこられると面倒臭いのでぇ、こう……掟なんかを重んじる朽木家だからこそ、絵師の筆遣いに左右されない事実を記録するすべである、みたいな感じで発表してもらいたくてぇ。……本来は綱彌代家が担うべきだったんですけど、無くなっちゃいましたし、ね」
「……無論構わぬが……良いのか? その権利で入るものもあるだろうに」
「流石に……統学院を出た後から七百年間働きづめですからねえ。お金はたんまりありますよぉ」
「そうか。……あいわかった、後程契約などを詰めるとしよう。……さて、そろそろお暇するべきだろう。あんなやつでも、悲しむ者がごまんといるようだからな」
「そうしましょうかぁ」
能登川さんの棺の前で随分と話し込んでしまったけれど。
……まだ地獄送りにはなっていないから、その辺で幽霊として……いや、描写としては空から見下ろす感じで……変わりませんねぇ、とか。余所でやってくださいよ余所で、とか。そういうことを言いながら、にこにこしていそう。
斎藤さんを知る人がまた一人いなくなってしまったのは……思うところあるけれど。
こうして……参列できること自体は、嬉しく思う。死神の死因って大抵ロクなものじゃないからね。
納戚堂に入ったらまた、斎藤さんと一緒に偲びますよ。
おやすみなさい、能登川さん。
*
念写鬼道に関しては擬虚に関してが終わってからだなぁ、とか思いながらの帰り道。
技術開発局に立ち寄る必要があって、そこへ向かっていたのだけど。
「おやぁ」
「ア? ……なんや、ガキやないか」
「お互い様ですねぇ」
「るっさいわ。……今……悩んどんねん。どっか行き、ガキ」
むっすーっとして……十二番隊隊舎の前で三角座りしている少女が。
ひよりんこと、猿柿ひよ里ちゃんだ。
「……ああ、曳舟さんがいなくなっちゃったからですかねぇ」
「チッ……知ったかぶりしとんとちゃうぞガキコラ。うちはそっちは……もう整理つけとんのや。外野がピーピー余計なこと口出しすんな」
「成程ぉ。後任の浦原さんも曳舟さんと同等の功績を残した人だと知ってぇ、十二番隊の後釜になるのは妥当だと理屈では無理矢理納得したけれどぉ、それでも寂しさが消えるわけじゃないしぃ」
「せやから、見当違いのコトを喚くなや、この──」
「副隊長としてそろそろしっかりしないとなぁと思いつつぅ、己に渦巻く感情が整理できなくてぇ、こうして外に出て、外の空気を吸ってぇ」
草履キックを避ける。顔面狙い。続けざまの後頭部へのキックも避けて、すれ違いざまのかかとフックも避けて。
すごーい全部頭部狙いだー、とか思っていたら、鞘で金的を狙ってきたので人間じゃあり得ない動きで避けて。
「キッショ! なんやねんオマエ! つかうち副隊長やぞ、十二番隊の副隊長がどっか行け言うてんねん! オマエ平隊士……七席かいな。七席が副隊長に楯突いとんのとちゃうぞコラ!」
腕章の七の字を見てもヒートアップが止まらないひよりん。
煽ったの僕だけど、どうどう。……こういうことしてるから煽りカスって呼ばれるんだよ。呼ばれたことないけど。
「どうしたんスかひよ里サン、表で騒いで……って。……滑川サン? どうして……って、ああ。アレを取りに来たんスね?」
「アア!? 結局このキッショいのもアンタの客かい! せやんなったらキッショいの同士つるんどけうちに声かけてくんなボケカスコラ!」
「あー。滑川サン、いつも言ってるッスけど、揶揄う相手は選んでくださいよぅ。結果的に割を食うの、僕とか周りの人なんスから」
「いやぁ、悩める若者って感じでついぃ」
「何が悩める若者やねん! オマエうちとそう変わらんやろが! 最近護廷に入ったかなんかやろどうせ! あのな、言うたるけど、コイツと関わるんはやめたほうがええで! これは親切な忠告ってやつや! ロクなことにならへんしオマエまでよりキッショくされてまう!」
「えぇ~、それは怖いなぁ~。じゃあ浦原さん、僕帰りますねえ。キッショくなりたくないのでぇ」
「いやいや……じゃあアレはどうする気ッスか」
「後日忍び込んで盗みますねぇ」
「うわー……多分できないことはないだろうから恐ろしい……」
しかし、市丸といい乱菊さんといいこの子といい……なんだろ、子供は鋭敏なのかな。
本能的に関わっちゃいけないものと思われている、というか。平子さんも若干以上にそういうの感じてるっぽいんだよなー。
「せやったら帰れ、とっとと帰れ!」
「まぁまぁひよ里サン。この方、滑川サンと言って様々な料理の考案者でしてね。曳舟サンも、彼の料理を絶賛していたんスよぉ。何か聞き覚えありませんか?」
「はぁ!? そんなん知る……。……『足福』に料理提供したとかいう……うちと同じくらいのガキ。あん時はあんまり気にしとらんかったけど……まさかアレか?」
「そうですよぉひよ里サン。他にも幾つかのお店に創作料理を出していて……曳舟サンは多分、僕なんかとは比べ物にならないくらい彼と仲──むぎゅ」
浦原さんの顔面に鋭い蹴りを入れる猿柿さん。
今のは彼が悪いねぇ。
「ダメですよぉ浦原さん。癖なんでしょうけどぉ、あんまり自分を卑下する言葉を使ったり、比較する時に自分を下に置きすぎないようにしないとぉ。今のあなたは十二番隊の隊長なんですから、ね」
「……」
「そう……したねぇ。気を付けます。……その」
「ちょっかいかけたのは僕ですしぃ、現在進行形で猿柿さんは怒ってらっしゃいますけどねぇ。別に良いんですよぉ浦原さん。隊士の誰が誰と仲良くしているか、とか……仲良くしてほしい、とか。そういうのは思うのは良いですけどねぇ、強要するものではありませんからねぇ」
「う。……そうスね。その通りでした」
「な……なんやねんさっきからヘコヘコと。こいつの意見別にフツーのことやろ。フツーのことフツーに言ってるだけやんけ。それを……忠言とか金言みとぉにぺしょぺしょになって反省して……こいつなんやねん何様やねん。うちらの頭がそない簡単に──……。……もうええ、どっか行かんなやったらうちがどっか行く!」
……反省。こういうのは……裏でやるべきだったな。
肝っ玉母さんな曳舟さんを「隊長の理想像」に置いている子の前で、他隊の七席に頭を下げ続ける新任の隊長、なんて……見せるべきではなかった。
「件のモノを受け取ったらすぐ出ていきますからねぇ。猿柿さんを追ってあげてください。霊圧は追えていますよ、ね?」
「霊圧知覚に関しては鍛えに鍛えられまくりましたスからね……大丈夫です」
「隊長というの、大変でしょうけどぉ、頑張ってくださいねぇ。数年どころか数日でやめたりしないよぉーにぃ」
「いやいやしませんスよそんなこと」
史実じゃ……実際の任期は一ヶ月と無かった可能性まであるしなぁ。
代わりに百年間ずっと一緒だったわけだけど。
……ここから百年間、隊長を続けることになると思うから……頑張ってほしい。マユリンみたいな無法は早々許されないだろうし、ね。
さて、受け取るものを受け取った後、結構大きいそれを鬼道で浮かぶ荷車に載せ、それを引き連れて僕が向かったのは……志波家である。
鴉泉ちゃんを驚かせに来た……わけではなく。
「おう平良、よく来たな」
「はぁい。お久しぶり……でもないですねぇ、弾児郎さん」
「とはいえ数か月ぶりだ。っと、鴉泉とは久しぶりか?」
「はぁい。二十年ぶりとかですかねぇ?」
弾児郎さんの隣にいる、森雁さんを思わせる……たおやかな雰囲気の女性。
そう、まさかの鴉泉ちゃんである。
「お久しぶりです、滑川さん」
「はぁい。申し訳ないですねぇ、何度かお呼ばれしたのに、駆けつけることができなく、て」
「いえいえ、お忙しいことは存じておりますから。……海燕、空鶴。こちらに来て、ほら、ご挨拶して?」
小さい頃の暴れっぷりも、少し前の剣道少女! って感じも無い……鳴りを潜めに潜めまくって成長した鴉泉ちゃん。……鴉泉さんかな、もう。
門下生の一人と結ばれたあと、子供も産んで……弾児郎さんがお爺ちゃんになった記念、という方の飲み会には行けたけど、肝心の鴉泉さんのところには都合がつかなくて中々行けてなかったのだ。
だから、初対面。
高校生くらいの年齢感の長男、海燕君と……中学生くらいの年齢感の、空鶴さん。岩鷲君は霊術院にいるのだろう、生まれたことは聞いたけどまだ出会ってはいない。
「っと……護廷の人か。初めまして。志波家長男、十三番隊第三席の志波海燕と申します」
「……長女の空鶴です。多分……鬼道衆に入隊予定の」
「はじめましてぇ。一番隊第七席、滑川平良と申しますよぉ。……鬼道衆に入る方なら、鬼道衆第一特務班秘匿鬼道運用統合局深層術域体系特命構築参事官って肩書きの方が通じるかなぁ」
……似ていーる。
まじまじと見ると本当に似ていーる。
かなーりイッチーだ。これは。かなーり。
……彼が生まれたから、和尚さんもそれを……霊王の欠片の配置先が掴めたんだろうなぁ。
「……あ、兄貴。マズい。……とんでもないお偉いさんだ」
「なんだそりゃ平良。初めて聞いたぞその肩書き」
「長いし堅苦しいし、鬼道衆以外には何がどういうものなのか伝わらないのでぇ、普段は名乗りませんからねぇ」
分解すると、鬼道衆第一特務班というところの、
……っていうか空鶴さん鬼道衆入るんだねぇ。腕はまだあるけど……史実では何が原因で落とさなくちゃいけなくなったのだろう。
あと、夜一さんとは関わりあるのかな。友達であってくれたら嬉しいけど。それともこれからか。
「ふーん。でも大丈夫だろ、空鶴。爺さんもお袋も気を許しているみたいだし」
「もう、外部の人がいる時は言葉遣いをちゃんとしなさい、って言っているのに……」
「大丈夫ですよぉ。流魂街の出の七席止まりさんですからねぇ。正しい言葉遣いなんてされてもぉ、正しい意味を受け取れないかもぉ」
「ああそう、それ気になってたんだ。鬼道衆且つ一番隊なのか? 鬼道衆に採用されても、兼任で護廷やれるってことか?」
「まー、隊によるとは思いますけ、ど。できると思いますよぉ。僕以外だと……五番隊の清武十二席とか、十番隊の騎西九席とか、まさに鬼道衆兼護廷の人ですしねぇ」
「えっ、騎西さん鬼道衆なのか。……ちょいと相談してみるかなぁ」
「鬼道衆へ行きたい感じですかぁ?」
「というより妹……空鶴がな、口にゃ出さないけど、鬼道衆でも護廷でもやりてぇことがあるみたいで」
「兄貴、余計なお世話だって。……それにおれ……じゃない、私は、志波家の花火をもうちっと盛り上げたいってだけで」
うわぁ、しおらしい空鶴さんがあまりにも新鮮。
家じゃ……というか志波家の敷地内でははっちゃけきれてないんだろう。没落して流魂街にいた史実では姐さんって感じだったけど……成程ねぇ。
「聞きましたかぁ弾児郎さん。花火の件というかぁ、お祭りの件、望まれてるんですねぇ」
「おうよ流石は俺の娘。……そして、空鶴!」
ガッと空鶴さんに肩を組みにいく弾児郎さん。うわぁ、空鶴さんのあの嫌そうな顔。
「その件を運んでくれるのが! この坊主になるわけだ! だよな? その件で来たんだよな?」
「はぁい。鬼道の部分はわかりやすく
「問題ねぇよ。というか無理を言ったな。確かに今……ちょいと騒がしいんだったか」
「いえいえぇ、予め頼まれていたことですからねぇ」
「い……いい加減離れろキモジジイ!」
足を後ろに上げての金的が突き刺さる音が聞こえた。
敢え無く倒れる弾児郎さん。
「もう……どうして空鶴はそう……」
「ははっ、まぁまぁ、お袋も多目に見てやってくれよ。
「だから、兄貴も余計なお世話なんだって。……それで……花火の件をどうにかしてくれる、っていうのは、何だ。
「ああ、まさにぃそれの小型化を依頼されていたんですよぉ。『花鶴大砲量産簡易型』。封入した鬼道は『花鶴射法短詠唱効率型』。つまりぃ、志波家本家の皆さんでなくともぉ、威力を損なえど高度は落としていない花鶴射法を扱えるようにしたもの、ですねぇ」
弾児郎さんに頼まれていたものがこれだ。
花鶴射法というのは見つけたが、扱いが難しすぎる。だから誰でも使えるものを作ってくれ、と。
本来これは霊王宮との簡易昇り降り手段であり、だから扱いが難しいのは当然なんだけど、それを簡略化するとなると方々を気にしないといけなくなるなー、どうするかなー、とか思っていたところに和尚さんからの「何してくれてもいい」発言。
機を得たり! って改良を済ませ、これを荷車に載せて運べるくらいの大きさでハードお願いね、って技術開発局に投げていたもの。それが完成したので、受け取りに行っていたのだ。猿柿さん関連は本当に偶然ね。
というわけで志波家皆さんをその荷車のところまで案内する。弾児郎さんは海燕さんが引き摺ってきた。
「……おお。確かにあの設計図の……完成図の縮小版って感じだな」
「な……中身見て良いか! ……ですか」
「勿論ですよぉ。弄りやすくしたとはいっても僕基準ですからねぇ。鬼道衆に入隊を許されるほどの方がいると思うと安心できますねぇ。……そんな感じですけ、ど。弾児郎さん、問題ないですかぁ?」
「イテテ……おう。つぅか、良い出来だ。想像以上に」
「ホントは痛がってすらいないくせに……父上はいつまで経っても過剰に娘を心配させようとする癖が抜けませんね」
「なんだ、鴉泉。心配してくれていたのか?」
「いいえ。私からの心配はもう四十年前とかには品切れになっています。……滑川さん、ありがとうございます。父の無理を……昔からずっと叶えてくださっていて」
「いいんですよぉ。弾児郎さんの無理は基本的に世のため人の為になりますからねぇ。頼んだ時はそんなこと欠片も意識していない、っていうところ含めて、彼の個性といいますかぁ」
目先のことしか見えていないようで、全体を知っている。
伝統や掟に真っ向から反するようで、それを続かせるための行動。
志波家としては弾児郎さんは外様も良いところだけど、本家・分家共に彼を本当の子のように扱っているらしい。
感じるもんね。それをさ。
「不思議な……人だな、なんか」
「僕ですかぁ?」
「ああ。……その、最初の自己紹介の時は、心の生まれない人だって思った。この時点でかなり失礼なんだが、会話をしていても……どうにもそれが見えてこない。……だってのに、爺さんもお袋も……すげぇ、心を砕いている、っつーか。昔ながらの友達みたいで……なんだろう、ちょっと羨ましい、っつーか」
「まぁ流石に付き合いが長いからな。俺が現役だった頃から護廷にいるんだ、こういう関係にもなる。鴉泉もお前達より幼いくらいの頃から遊んでもらって……遊ばれていてギャア!」
何の手加減もない鴉泉さんの拳が弾児郎さんの脇腹に突き刺さった。
「誤解しか生まない言動は慎んでくださいね父上」
「まぁ語弊は無いんじゃないですかぁ? 小さい頃の鴉泉さんは可愛かったですしぃ」
「もう、滑川さんまで……」
「え……じゃあこの人、もしかしてとんでもなく年上か?」
「いえいえぇ、僕は護廷に迷い込んだ、誰かを傷つけることなんて到底できないか弱き少年ですよぉ」
「兄貴! これすげぇぞ! 初めて見る様式の術なのに、おれでも動かせる! おもしれぇ、思いついたものが全部組み込める……簡略化されてんのに拡張性の塊っていうか、何をすりゃこんな……」
おお。気に入ってくれたようでなにより。
まさに彼女の言った通り、直感的な組み込みと独自の拡張性を入れやすくしてみた。貴族が保有する固有の鬼道が使われているから、既存の体系化鬼道で気にしなきゃいけない権利とかガン無視で良かったのもポイントかな。
伝わるかわかんないけどCをC++にしたくらい変えた。元の開発者が見たら卒倒する可能性がある。同じ名前を名乗らないでくれ、って。ああいや、潔く譲ってくれるかもだけど。基本的に鬼道って拡張性無いからなぁ。
「お、おう、わかったから落ち着けって」
「わかってねーよ! これがどれだけ……やりたいって言ってたやつ全部できる!」
「そりゃ良かったよ。お前が喜んでくれて俺も嬉しいが、まずは落ち着けって。先に礼だろ?」
「……そりゃ、正論だ。兄貴の癖に」
「んだとぉ?」
ちゃんと弾児郎さんからお礼は貰っている──し、昔貰った「とある神具」で十二分だったりするのでお礼なんか良いんだけど。
空鶴さんは僕の前に来て。
「これで……色々、やりたいことができそうだ。本当にありがたく思ってる、っつーか、えーと。……礼って何をすればいいんだ?」
「いえいえぇ、良いんですよぉ。鬼道衆はあなたみたいな底抜けに明るい人あんまりいないのでぇ、がんがんに尻を蹴っ飛ばして学びまくってくださいねぇ。叩けば色々教えてくれるの、で」
「いやそんな埃みたいな。……大丈夫だ、空鶴。伝わったよ」
「そうか。じゃあおれはアレ弄りに戻る! あんがとな、あーっと」
「滑川さんよ、空鶴」
「おう、あんがとな滑川!」
鴉泉さんのグーで沈んでいる弾児郎さんをわざと踏みつけ、空鶴さんは花火弄りに戻っていった。
本当に好きなんだねぇ。
「いやー、すんませんね。驚かせたかもしんないです。他の貴族とうちは違いすぎて……」
「いえいえぇ。朽木家も四楓院家もだいたいこんな感じです、よ。王途川家でも今年ようやくお子さんに恵まれたとかでぇ。楽しみですねぇ」
「そっすね。……あー、だから。護廷でも、会うこととか、作戦被ることとかあったら、よろしくお願いします」
「はぁい。……じゃあ僕、そろそろお暇しますねぇ。鴉泉さん、弾児郎さん、またぁ」
「おう、じゃあな、平良。なんか騒がしいらしいが、気を付けろよ」
「今日はありがとうございました。またいらしてくださいね」
それじゃあ、と言って志波家を後にする。
……十番隊隊長はずっと王途川さんだ。一心さんというのは……まだ名前を聞いていない。知らないだけというか僕が他隊を見ていないだけだけど。
ああでも、市丸&乱菊さんは霊術院に入ったとか。大鬼道長が教えてくれた。……特に一年で卒業しようとする気概は見せていないとか。
色々変わっている。
けれど、なぞる部分もある。
……ちなみに
まだ奥が……予想外があったりするのかな、藍染さん。
そっちがその気なら、百年間、じっくり遊び続けましょうねぇ。