卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
空が丸く見えるのは わたしたちが小さいから
星が丸く見えるのは わたしたちが大きくなってしまったから
擬虚。
霊力を持たない魂魄が虚となるその事件における、これらを引き起こす中核となるもの。
「まぁずですねぇ。王途川隊長及び天気予報装置で検知できない雨……
「一つ良いだろうか。因果の鎖は肉体と魂魄を繋ぐ鎖だ。それが復活するということは、肉体も復活していないとおかしいんじゃないか?」
「僕の言い方が悪かったですねぇ。つまるところ、尸魂界にいる魂魄っていうのはぁ、因果の鎖で開けられる孔を、尸魂界の法則で塞いでいる、というような状態が正しいんですねぇ? 魂魄が魂葬によって調整・強化されることでぇ、孔ができないままに鎖失くして何百年も生きられるってわけなんですよぉ」
わかりやすいように掴趾追雀をリアレンジした鬼道で人体の3Dモデルを出して、孔と鎖の関係性と魂葬及び尸魂界の効果を説明する。
「そぉしてぇ、この孔を保護する部分を削り取られでもするとぉ、かぁんたんに孔が開いちゃうわけですねぇ。といっても普通は尸魂界にいる限りは……とある加護がありますからぁ、これは早々起きないんですけ、ど」
「現世と入れ替えられた結界内ではそれが起き得る、ということじゃな。『徙駁雨』は防ぎ得るものなのか?」
「総隊長と四十六室から許可をもらわないといけなそうな対策がひとぉつ。十年くらいかかるものの全てにおいて安全な策がひとぉつ。法の抜け穴を突く策がひとぉつ、ですかねぇ」
「はは、ダメだよぉ滑川くん。隊首会で他に誰も聞いてないとはいえ……議事録とかは保存されるんだから」
「滑川。四十六室に許可を得られんと行えぬ策は、何が危険なんじゃ」
「危険は無いんですけどねぇ。尸魂界の水脈を使うのでぇ、普段の飲料に鬼道が混じる……というかぁ、一度鬼道が通った水なんか飲めない、みたいなことを言う貴族が出かねないっていうかぁ」
「危険性が無いのであれば……此方らが説得をしよう。あるいは、申請書を此方ら"勝手の分かる者"が書いて……認可を早めることができよう」
「確かにのぅ。その懸念は尤もじゃ。中央の頭の固い連中は、飲み水や作物を育てる水に他者の鬼道が入ることなど良しとはせんじゃろうし」
「ちょ、ちょっと。お二人とも、議事録に残っちゃうんだってば……」
「京楽、その発言自体が既に、だとは思うが」
ネー。面倒臭いヨネー。
というところで、山本総隊長が杖をゴン、とやった。
「次じゃ、滑川。徙駁雨を防ぐ手段が構築できたとして、魂魄を削る、という行為の歯止めは利くまい。魂魄が削られただけでも流魂街の魂魄は消滅の危機を免れぬと見るが、どうじゃ」
「その通りですねぇ。流魂街の魂魄は、っていうかぁ、たとえ隊長格であってもぉ一定以上を削られたら消滅、ないしは死の危険性がありますねぇ。……ここにいる皆さんは、虚化というのが単なる病ではない、というのはご存知ですよ、ね?」
「うむ。資料には目を通してある」
「問題ないで。なんやけったいなビョーキもあるもんやなぁ思うてたら、人為的な手段やったとは。つまるところ……
「まぁそこはなんともぉ。死神になっていない誰かの可能性も捨てきれませんしぃ、虚が、ということもあるでしょうねぇ」
「……虚がこんな手ぇこまねいた策を講じとるっちゅーんか?」
「どうでしょうねぇ。虎姫隊長、刳屋敷隊長。お二人は虚圏での長期の作戦経験が
若干名から「白々しい……」という視線が飛んできているけれど、実は僕が応援に行って長期滞在してきたのって公にされてないからね。七番隊にも緘口令が敷かれている。
その上で、虚化という現象について一般に公開されているものとは違い、「誰かが意図して死神と虚の魂魄バランスを崩して虚に偏重させた結果である」というのは隊長格だけには伝えてあるのだ。
「九割は、普通の虚だ。破壊衝動に突き動かされたやつら。……だが、残りの一割……言いすぎか。残りの五分くらいのやつらには、俺達死神とほぼ同等の知能があると見てる。交戦と呼べるほど刃を交えちゃいねえが、虎姫を殺そうとしていた一人は己の上に誰かがいる、という旨の発言をしていたしな」
「知性がどうとかは……わからないが。異形なだけのヒト、というような……印象は受けたな」
「横から失礼しますが、数百年前には一部の死神と結託し、虚を死神に与える、死神の始解を模倣する、新たな虚を作り上げる、ということを成し遂げた個体も確認されています。
今はこうして平子さんが「疑う役」を買って出てくれているけれど、これも必要なことだと思う。
作戦立案や対策会議において、一人の口から出たことを鵜呑みにする組織であるのなら、会議なんか不要だ。
こうやって「揉んでくれる」人がいればこそ、より良い案や抜け穴というのが減っていくのだから。
「やとしてもや。流魂街の町人の誰が霊力持ってて誰が持ってないか、っちゅーんはオレらかてぱっと見じゃわからへんやろ。ってことはやっぱり、少なくとも尸魂界の住人が見定めるなり見定めさせるなりして手ぇ下したよぉにしか見えへんな」
「俺も平子の意見に賛成だ。が、会議の主題はそこじゃねえだろ。魂魄を削るっていう行為の対策についてだ」
「……そやったな。スマン、熱くなってもうた」
「いえいえぇ、必要な話だったと思います、よ。魂魄を削られたら流魂街の町人だろうと隊長格だろうと危うく、流魂街の町人は虚化の可能性がぁ、隊長格だと死、もしくはそこから均衡を崩されての虚化、という危険性があるわけですねぇ。その上で……魂魄を削る手段は大きく分けて三つありますよぉ。一つ目が、強大な霊圧を当てて押しつぶす、という行為ですねぇ。削る、っていうか目減りさせる、が正しいかなぁ」
「霊魂一つを削り切るほどの霊圧の発露があったら、僕が気付かないはずないと思うスけどねぇ」
「浦原隊長に同じく、です。私は常に尸魂界の霊圧配置を気にしておりますが……そのような発露の覚えはありません」
「二つ目ぇ、物理的に削る、ですねぇ。雲井採石場という場所についてご存知の方はどれくらいいますかぁ?」
まばらに返ってくる返答。……旧い死神ばっかりだな。浮竹さんが知っているのは流石の勤勉さだけど。
「そこに、穴太と名乗る方がいらっしゃいますよぉ。穴太衆と聞いて、何かを思い出す方もいるかもしれませんがぁ、石工の方なんですねぇ。その方は霊力など欠片も感じ取れないというのに、『一紀石』などの神具に使われる鉱石を鑿と金槌だけで削り取れるようでぇ」
「『一紀石』を? あれは確か、直接攻撃系の斬魄刀百本で同時に攻撃して傷一つ付かなかった、などと言われている鉱石のはずだが……」
「はぁい、それを、霊力配置も見えないだろう魂魄が長年の勘だけで削ってしまえているわけなんですがぁ、同じことを魂魄相手にもできる可能性がある、という話ですねぇ」
「それは……難しい、のではないか? 似てはいるが……ヒトの魂魄は、どれも微妙に匂いが違う。同じ……カタチをしていない、というべきか……言い表す言葉を、持たないが」
「感覚だけでそこまでわかるの凄いけどねぇ」
「匂いでそこまでわかっちまうと、ちょいと大変そうだけどな」
まぁ、その通りだ。魂魄には個人差が存在するため、このやり方だと一人ごとにその「勘」を身に着ける必要が出てくる。
やれないことはないけど難しすぎる、って話。
「よってぇ、三つ目、です。──より結合の高いものを近づける。恐らくはこれが正解だと思いますねぇ」
「……いきなり難解になったな。儂らでもわかる言葉で話してくれ」
「はぁい。……まず、ヒトの魂魄というのはですねぇ? 均一核生成と言ってぇ、一切の不純物を核とせずにぃ、魂魄の構成要素……つまり霊子が自発的にくっついて核を形成しぃ、そこから一気に成長して霊魂という膜を作り上げるわけですよぉ」
「ぇ……」
「よってこれらはぁ、霊子と霊子が霊魂によって押し固められている程度の結合力しか持たないわけですねぇ? そんな霊魂の近くにぃ、より高い結合力で霊子を欲するものやぁ、結合先を失って貪欲に霊子を求めているものなどを近づけるとぉ」
「霊魂が霊子を引き合わせる力が負けて、そちら側に持っていかれる。それが……魂魄を削る、という行為」
「そういうことですねぇ」
小さく声を発したのは浦原さんだ。
驚くのも無理はない。
違うのは、崩玉の方は育てる必要があることと、核が出来た瞬間から強い霊圧でそれを押し込まないといけない点か。
つまるところ、一般の霊魂とは生物が産み出す赤子のようなもので、崩玉とは人造人間とかゴレムとかそういう類のもの、ということだ。
ああだから、この言い方が語弊を生むなら、「崩玉の種」とでも呼ぶべきものと同じ製法、ということになるかな。
そしてこれは斬魄刀の作り方の一種であり、虚の作り方の亜種であり──霊圧の作り方の
あ、ちなみに秘匿性の高い会議だから副隊長は入ってない隊首会だ。前回のもね。
そして。
もっと、驚いてもらう。
「その、魂魄より結合力の高いもの、というものの正体を、滑川殿は突き止めておられるのですかな」
「予測はついていますがぁ、実物を用意するのは無理ですねぇ。虚なり流魂街の人々なり死神なり、魂魄を有するものをとんでもない数殺さないといけないのでぇ」
「……元は同じ魂魄であったものが、なんらかの加工によって、より結合力の高いものになる、という認識で正しいですか?」
「はぁい。僕たち鬼道衆はぁ、その物質をぉ、便宜上『崩玉』と名付けましたよぉ。故意に崩玉を減衰させてぇ魂魄に近づけることでぇ、己を修復するためぇに周辺にある霊子をはぎ取って己のものにする性質があると思われるのでぇ、枯渇状態のそれをどこかに置いておくだけでぇ、その近辺一帯が結合力を失って崩壊しますぅ。ゆえに、『崩玉』と」
秘密にはしない。させない。
このメンバーの誰一人として裏切り者ではないことを僕は知っている。だから開示する。
それの名前と、可能性を。
……龍玉みたいな性質があることを黙っているのは、「説明したがり」で話された場合のリスクが大きすぎるからだ。申し訳ないけれどそっちは信用していない。欠片も。
「ははぁ、成程。それで虚が首魁やもしれんという話に繋がってくるわけか。尸魂界じゃ今のところそういう大虐殺は起きておらぬし、ならば虚圏、と」
大虐殺、のあたりで一瞬だけ卯ノ花さんをチラ見したら絶対零度の視線が返ってきた。ソ、ソウダヨネ。虐殺はしてないモンネ。
「虚圏で作られた『崩玉』が尸魂界に持ち込まれて、それが今回の事件を起こしとる……ちゅうんは確かに、虚圏側が黒幕っぽく見えるなぁ。まぁ同盟組んどる可能性もあるけど……」
「『崩玉』による魂魄削剥は防げないのか? 下手人が誰であれ、やられっぱなしではいられないだろう」
「薬用舐溶飴ってのは、そこまでは無理なのか」
「無理ですねぇ。あれは要するに霊魂の膜を二重や三重にしましょう、くらいの効果なんでぇ。あぁでも、死神ほど堅固な魂魄でしたらぁ、舐溶飴で充分防げますよぉ。問題はそうじゃない霊魂の方でしてねぇ。つまり流魂街の町人はぁ、結合力も弱ければ舐溶飴もほとんど舐めてないのでぇ、厳しくてぇ」
「なんや、売ってるだけやなくて詳しくもあるんか……」
「喜助、おぬしはどうなんじゃ。技術開発局でそういうのを防ぎ得る道具は作れなんだか」
「……色々……試してはみるつもりッスけど、話を聞いた限りだと大分厳しそうッスねぇ。というか本来魂魄っていうのは僕ら死神一個人がどうこうしていい……できて良いものじゃないんです。それはわかってくれますよね」
「じゃが、それでは対策もなにもないじゃろ」
「そうですけど……僕から言えることは、死神の領分を超えたやり方じゃないと解決できなそう、ってことだけでした。それを……滑川サンは、領分内でやっちゃえる……ってこと、なんすかね?」
その問いに。
……平子さんの「なんやなんや、鬼道衆って組織やなくてなんか皆……平良個人を頼ってへんか?」とか「まさかとは思うけど、藍染の言うてた全ての現代鬼道の父親ゆうんけったいなあだ名、比喩でもなんでもないんか?」みたいな独り言を聞きながら。
「そうですねぇ。できますよぉ。できなきゃ解決できそうです、なんて山本総隊長に言いには来ませんからねぇ」
「解決できそうです、って言われてこの会議始めたのかい? 山爺……そういうのちゃんと共有しようよ。みんな割と絶望的な空気だったんだよ?」
「こういう場では山本総隊長と呼べ、莫迦者。……しかし、そうか。儂としてはこの事件を解決に向かわせるための節目というつもりの隊首会じゃったが……やはりこの部屋にも議題などを書くものが必要かの」
「確かになぁ。頭の中だけに書き留めておくのは厳しい情報量の時もある。特に苦労するだろ、虎姫の隊なんかは」
「……賛成だ。私は……多くを覚え、持ち帰ることが……できない」
一気に弛緩した空気。若い隊長たちは目を白黒させている。
「して、滑川殿。その解決策というのをお聞かせ願えまするか」
「はぁい。まずですねぇ、これ……何かわかります、か?」
見せるのは布だ。ごわごわしていて、質の悪く見える布。
「流魂街の町人が着ている服と同じに見えるな」
「はぁい、六車隊長、正解ですぅ。これは流魂街の町人が当然のように着ている服の材質でぇ、現世から魂葬された魂魄が初めから纏っている布でもありますよぉ」
「確かによく目にする布やな。布として見るん初めてやけど」
「実はこれなんですねぇ、尸魂界に敷かれている法則にしてぇ、『整』の霊魂の穴を塞いでいるものって」
どうして裸の幽霊はいないのか、という話がある。前世においては「人々の創作にすぎないから」とされることの多かった話だけど、こういう世界だと真面目に考察する必要が出てくる。
衣服とは、心理学においては「拡張された自己」と呼ばれる。日常的に身に着けているものや所有物を「己の一部」として脳内で処理する、という話だ。お気に入りのものが傷つけられると自分の身体が傷ついたように感じる心理と同じ。愛の話でもあるね。
幽霊という現象が「亡くなった人の強い想念によって残留しているもの」であるとするならば、生前に自己の一部となっていた衣服が霊魂から切り離されないのは当然のことと言えるだろう。
また、霊子の観点から見ると、
生まれたばかりの虚が衣服を纏っていないのはこのためだ。本来「整」から「虚」になるまでには一度分裂してから再構成、という流れを取る。現世ではね。
再構成された虚には個我を隔てるものがない。生前の記憶自体は持ち合わせているけれど、それ以外は霊子的だ。切り裂かれても再生し、感情の増幅で肉体がパンプアップするところとかね。
そしてその記憶を保たせているものが仮面なわけだ。
「『整』が『虚』にならないための防壁にしてぇ、『整』が『死神』になる時に新調するものですねぇ。死覇装も似たような効果を持っていますよぉ。こっちはより結界染みてますけど、ね」
死覇装は千手丸さんが作り上げたものだけど、ゼロからイチを生み出したってわけじゃないっぽい。
この、「死者であれば初めから着ている布」を元に機能性へ特化させたもの、という印象を受けた。死覇装。死者の装いに新月を意味する覇の字を合わせたもの。覇とは月魄を意味し、即ち肉体を意味するものなれば、死覇装とは「死者が肉体を装う」ものであると言える。服という形で着用することで、「器子に霊子が入っている」という状態より堅固な状態で肉体と霊魂が結びつく。
霊子だけの存在に疑似的な器子の脱皮殻を付け足したもの、ということだ。これは結界であり防壁であり隔たりであり、ある程度の攻撃や霊圧の侵入を防いでくれる。
余談にはなるけれど、だから虚にとっての仮面もこれと同じだろう。個我を隔てる最後の防壁が虚の仮面なれば、それを斬ることが弱点となるのは、個我を崩すから。
虚化の際に仮面を被るのは己と虚を隔てるものが仮面であるからであり、それが「顔」になった時点で死神は完全に虚化する。
破面が仮面無しで個我を保っているのは逆に死覇装を身に着けているからだし、虚の力を斬魄刀にしまっているからで、帰刃時にあの白い死覇装は消えている。……だから死覇装を着て虚化するのは、服を二重に着ていることになるわけだね。別に暑いとか無いだろうから良いとは思うけど。
……ちなみにさらに余談を重ねると、新月前の月齢でしか見られない現象の一つに「
虚圏でも尸魂界でも月が映る象徴的なシーンでは大抵三日月に描かれ、現世及び
とまぁイッチーの力が滅却師由来ですよ、という示唆がこれほどまでにあったことやら、天鎖斬月君やっぱり帰刃じゃね、っていうのは──今は関係の無い話で。
はい、お話戻します。
「──つまぁり。これをちゃちゃっと強化してしまえばぁ、この『魂魄削剥事件』とでも呼ぶべきものはぁ、終わるわけですねぇ」
「……いや。せやからそれをどうやるか聞いてんねん」
「やるべきことは二つ。一つ目、魂葬という鬼道の改造。これはもう済ませたんでぇ、この隊首会後、全死神に配布しますしぃ、霊術院の教本とも差し替えを行いますねぇ。そしてその二。今いる霊魂に関しては強化後の服に着替えてもらえば良いだけなんですねぇ。もう量産体制はできていてぇ、あとは着替えさせるだけなんですけ、ど。……ここで問題が一つ」
「あー……まぁ、30区……多く見積もって40区までの町人なら、瀞霊廷の定めた規則だから、ってんなら着替えるくらいはするかもしれねぇが、問題はその後ろだよな」
「確かにな。虎姫、死神になる前のお前が"妙な病に罹るかもしれないから新しい服に着替えろ"って言われて、素直に頷くと思うか?」
「思わない……な。そんなものは……罹るほど弱いやつが悪いし……罹ったとしても……私の命なのだから、どうでもいいだろうと……気にさえしない、と思う」
そうなのだ。新規の魂魄は魂葬の改良でどうにかできるが、既存の霊魂に「着替えろ」というのは実はちょっと難しい。
たとえ「無料で服を配る。昔の服を着ているやつを見かけたら殺す」くらいに言っても、50~80区の人達は耳も貸さないだろう。40~50は絶妙なライン。
「そこで──王途川隊長に、協力してもらおうかとぉ」
「……此方に?」
「はぁい。題してぇ、『服だけをごにょごにょごにょ』大作戦ですねぇ」
「む、嫌な予感がする……ような……」
「ああ、お知り合いの尊厳やら何やらを守りたい方がいらっしゃったらぁ、すぐに着替えさせてぇ雨に濡れないようにすることをおすすめしますねぇ」
お着替えをしない人はぁ、少年誌にあるまじき姿になるでしょうから、ね?
*
いやぁ喋った喋った。山本総隊長が「今回はおぬしが喋る場とするからいちいち許可を取らずとも良いぞ」と言ってくれたから、だいぶ雑談気味に話してしまった。
死覇装に類似した服を配るっていう発想もねー、実は昔から持ってたんだけど、千手丸さんのお株を奪いかねないよなーとか思っててできてなかったんだけど、和尚さんの「例のこと以外は何をしてもいい」の太鼓判が僕を加速させる加速させる。
遠隔操作の『操身体』とか結界ありきで作れないことはないからやっちゃおうかなぁとか舐溶飴・強化薬とか出しちゃおうかなぁとか色々考えが及ぶ。
オサレ眼鏡からの問題集もここから百年出続けるわけで、いやはやなんとも……まぁ不謹慎だけど、良い職場になったというか。
「滑川殿、少しよろしいですか?」
「……? どの?」
こういう口調で僕をこう呼称する人いたっけ? って思いながら振り返ると、そこにいたのは浮竹さん。
あ、あ、やめてね。こんな隊長沢山いる場所でそういうのはね。
「少しお話をしたくて呼び止めてしまったが、時間を取っていただくことは、」
「浮竹隊長。あんたは隊長で彼は七席。忘れやんように」
「と……すまない、そうだったな。癖で……」
ナァイス志島さん。……が、時既におSUSHI。
「ずっと気になっていたんだが……王途川隊長や浮竹隊長は、どうしてその鬼道衆の坊主相手にそんな言葉を使うんだ? あ、いや、知識ある奴を尊重するって気持ちは勿論わかるんだが、しっくりこねえ、っていうか」
「流石やな拳西。オレも気になってたねん。誰に聞いてもミョーにはぐらかしおるくせに、食ってかかると唇を舐める。ひぃっくい確率でオレが腫れモンっちゅー可能性もあると思うとったが、拳西まで同じ思いなら安心や」
「平子隊長。仮に六車隊長と同じ思いをあなたが抱えていたとしても、平子隊長が腫れ物である可能性は消えていないかと」
「じゃかあしいわ惣右介! 隊長同士の会話に入ってくんなボケタココラ!」
「隊首会が終わったとはいえ一番隊の敷地内で口が悪すぎますよ腫れ物隊長」
「誰が腫れ物隊長やねん最近調子こきすぎやぞオマエ! 瀞霊廷三十周させたろか!?」
良い空気吸ってるなぁあのオサレ眼鏡。
史実よりもグイグイ来るし爽やか気弱眼鏡を演じなくて良いのがストレスフリーなんだろうなぁ。
「あぁ、彼は俺が霊術院生の頃から護廷にいる方でな。鬼道衆では副鬼道長に次ぐ立場だし、舐溶飴の考案、現代鬼道体系の確立、複数の著作物の執筆など、功績の枚挙に暇がない。公表されているものはそれくらいだが、恐らくはさらに多くのことをしているのだろう。特に凄いのは鬼道の普及率の向上だろうな。俺達の時代の時点で七割近い霊術院生が鬼道を好んで身に着けていたが、それより前の時代では二割、三割が良いところだったという。そして現代の鬼道習得において、
「……いやそれ、ホンマに一人の功績かいな。複数人の……鬼道衆全体のものとちゃうか?」
「今でこそ霊術院などで気軽に会える鬼道衆だが、昔はもっと秘匿されていた組織だった。それが表に出てきたのも、彼と大鬼道長の功績が大きいと聞いているな」
「確かに……霊術院で鬼道が一切できねえってやつは、いなかったな。斬拳走鬼なんだから当たり前だが」
「初期の頃の死神は、斬拳だけ高ければ他はおざなりで良かったと聞くな」
あ、あ、やめてくださいお客様。銀嶺さんと若い隊長ズしかお話に参加していないことを察してくださいお客様。
そんなに言われるとぉ──秘技・遁走!!
ふぅ。危なかった。あの場にいたら胴上げされるまで行くところだった。
滑歩三番・影傅によって音も霊圧もなくその場から抜け出し、一息をつけば。
「申し訳ない、ああいう話が苦手だとはつゆ知らず……」
「……よ……よくわかりましたねぇ僕が逃げたの」
「ああ、それは、志島隊長……志島副隊長が教えてくれた」
「滑川君の霊圧を追うんはしょーじき大変なんやけど、常日頃から君の鼻を明かしたいと考えとる四番隊の二人と付き合いがあるで、ちょいとだけコツを聞いといたんだに」
千日さん……ってより卯ノ花さんか。
志島さんを尾行して僕の探査神経もとい霊圧知覚をすり抜けた彼女だけど、次に同じことをしてきた時はちゃんと見抜いたのがマズかった。
そこからこっそりと始まった僕と彼女のレース。そのノウハウを教えたというのか……!
「申し訳ないですねぇ。一番隊七席ってだけでも結構重い荷物なのでぇ、あんまり功績やら肩書きやらで自分を大きく見せたくないんですよねぇ。もう割とかつかつなの、で」
「五百年前から霊圧一切変わっとらんもんなぁ。むしろ成長零でここまでやれること増やしてるんが凄いけど」
「……そうか、わかった。重荷を増やしたくないというのであれば、ああいう話を人の沢山いるところでするのはやめよう。……その上で、良いだろうか。少し聞いてみたいことがあったんだ」
「はぁい、良いですよぉ」
話の切り口がオサレ眼鏡の皮の時とそっくりだけど、流石に本物。
「その……あなたはどうやって恐怖を己から切り離しているのか、知りたい。様々な人の話を聞いたが、あなたには敵を撃滅するための力、というのが欠如している……というのは、本当でしょう……だろうか」
「はぁい。その通りです、よ。あとまぁ、喋りづらいならぁ、そっちでもいいです、よ。志島さんしかいないしぃ」
「それは、ありがたい。……戦う力に優れないのに、死神として……戦場に出ることもあるのでしょう。いえ、たとえ出ないのだとしても……力を付けることができないというのは、恐怖に追いつかれてしまわないのか……気になるんです」
「浮竹さんは、そういうことがあるんですかぁ?」
「無い……ということにしている、が正しいでしょうか。やるべきことを見定め、繋いでもらった命を次に繋ぐために俺は今ここにいます。元柳斎先生に遠く及ばない力を使い、部下たちをまとめ上げるほどの力を使い。……そうしている俺に、恐怖を覚えている暇はありません」
生かされている命。繋がれた命。
だからこその使命感、か。
「怖いって言うのはぁ、じゃあ、どうなってしまうのが怖いんですかぁ?」
「どうなってしまう……。……やるべきことを為せず、次に伝えることなく終わること……でしょうか」
「そうなりたくないから、勉学に励んで、鍛錬に励んで、その力を手に入れたんでしょうねぇ。……そういう意味では、僕にとっての怖いものはぁ、僕の知り合いの誰かが死すること、それだけなんですよねぇ」
結局それだけだ、僕の恐怖なんて。
死。終わり。途絶。
僕は一度死んでいるから、わかる。あれが恐ろしいものだと。
僕は一度溶けているから、わかる。誰しもあれを感じたくないのだと。
「昔はですねぇ。今ほど死神が強くなかったんですよぉ。昨日一緒に食事した人が、次の日物言わぬ死体になっていることなんてザラでしてねぇ。厳原さんも、王途川さんも、鹿取さんや志島さんも……死相を顔に貼り付けて戦ってる、みたいな状況でしてねぇ」
「うん、まぁ、否定はせやんに」
「それがねぇ、怖くて怖くて。……その時点からぁ、敵を撃滅できなかったらどうしよう、っていう恐怖は無かったんですよぉ。だってその人達、普通に戦えば超強いのでぇ、僕が倒せなくても必ずどうにかしてくれるって信頼がありましてねぇ」
僕じゃなくていい。
僕が敵を殺さずとも、この人達が必ずやってくれる。
そうであるのならば。
「僕も他の方々と同じように死を懼れているのであればぁ、護廷とは僕の鎧に同じですよねぇ。鎧が欠けたら修理するのはぁ、そこから鎧が壊れたり、攻撃が入ってきたりするのが怖いからですねぇ。鎧が特定の現象に弱いと知ればぁ、その現象に耐えられるよう改造しますよねぇ。……僕のやっていることって、それだけのことですよぉ」
護廷とは、「ぼくの最強の自動敵殲滅外骨格」だ。それを失うのが怖い、というのは、なんとも至極当然のことだろう。
──無論を言うならば。
はじめは、その鎧が粉々になった状態で……四文字を名乗る相手と相対しようとしていたわけだけど、ね。
「なぁんにも変わりませんよぉ。僕には戦う力が無かったからぁ、周囲にある武器と鎧を強くしてぇ。自分はまぁ、武器も鎧も無い状態でも……武器や鎧が再び修復されて帰ってくるのを待つためにぃ、生存能力を向上させました、ね。……これは一切の過信無しで、今の状態の僕をぉ殺し得る存在は、いないと思いますねぇ」
「最早武器は要らんやろ。ああでも霊力切れがあるか」
「はぁい。霊力が切れてもできることはあるようにしていますけどねぇ。できれば僕の霊力が切れる前に敵を殲滅しきってくれるとありがたいです、ね」
「ありがとうございます、参考になりました。……もう一つ、良いでしょうか」
「どうぞぉ」
結果的にはオサレ眼鏡と似たような問答になっている。……同じ視座に至れるだけの、か。
「俺の部下に"心"というものについて、独特な解釈を持っているやつがいます。だから、あなたにも聞いてみたい。滑川殿、あなたは……心というのは、どこに宿るとお考えですか? あるいは、どういうものであると」
心。彼が言っているのは海燕さんのことだろう。「心とは身体の中には無く、誰かを想う時、誰かを考える時、そこに生まれるものだ」ってやつだったかな。一人だけの世界に心など生まれず、そして死ぬ時には仲間に心を預けていく、と。
その解釈は……あるいは四番が死に際に悟ったものと同一だ。彼が死の間際に想い、見出した……彼女との間にあった、そしてその手では触れることのできなかったもの。
僕にとっては。
「どうですかねぇ。僕に心はあるのかどうか。……あ、感情が無いとは言ってないですよぉ。そっちはむしろ邪魔になるくらいあるのでぇ」
始解で毎度潰さないといけないくらい……本来は。
なぁんて。
だけど。
「僕の中にある心の字は、その全てが信の字に置き換わっているかも、ですねぇ。……心配はしない。信じる。信用し、信頼し、確信し、信仰し。遠い昔の……あるいは……大切な思い出の中に、大事に大事にしまってあるんですよ、心は。だから今の僕には必要がないというか」
夕闇の河川敷を幻視する。
無数の顔の無い人々。その中にいる、見知った衣服の、見知った背丈の、見知った雰囲気の……顔の無い男。
知っているよ。
君が今でもそこにいることは。
「想うとか、預けるとか、曖昧なことはしないって決めたんですよねぇ。ちゃんと言葉で伝えて、そして……死なさないし、死なない。何が何でも助ける。何が何でも死なない。……だからやっぱり心は不要です。使う機会は失ったので、ね」
そのためだけの、この生なれば。
「……聞けて良かったです。……それと、もう一つだけ」
「はぁい、なんですかぁ?」
「俺の命が今日まで続いているのは……そして、隊長を続け、こんなにも楽でいられるのは、舐溶飴の存在のおかげです。それを、どうしてもお礼が言いたくて」
「ああ。それはぁ、ちゃんと受け取りますねぇ。お大事に……というかぁ」
──直視する。
浮竹さんを構成する霊子一粒一粒を。
だから──その、存在、も。
「僕はあなたも失うつもりありませんから、ね」
「……光栄です。ありがとうございます」
片肺とて、作ってみせよう。
そして……やっぱり必要であるのならば。
霊王とても。