卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
死を侍らせて
生きていけ
先日の隊首会の直後だ。山本総隊長に『全力部屋』へ呼び出された。
喋っていいからといって要らんこと言いすぎたかなぁ、とか思いながら赴けば、どうしたことか、秘密を知っている人達勢ぞろい。
な、なんだろう。誕生日だろうか。
「来たか、滑川」
「はい。……えっと、どう……されました?」
「そう身構える必要はない。──おぬしに一つ、問わねばならんことがあるだけじゃ」
……なんだろう。この人達に対しては……隠し事は、ほとんどしていないはずだけど。
生唾を飲む。身構えるなって、無理無理。
「なん……でしょうか」
「──先日、兵主部と接触したな」
「あ、はい。曳舟さんのお迎えに来たとかで」
「その時に何か言われたじゃろう。技術の部分を……もう小出しにする必要はない、というようなことを」
「はい、言われました。許されない範囲を教えていただいて、それ以外ならば良い、と」
……やりすぎ、か?
流魂街の人々の服改造しました、は……やりすぎラインギリギリだとは思ってたけど、ソレか?
「ならば。──おぬしはもう、名が売れることを、気にしなくとも良いのではないか」
「え」
「先日の隊首会の際、複数の隊長格からそれを問われた。ここにいない面子じゃがの。どうしてあそこまでできる者を七席に置いているのか。功績も技術力も戦闘力も、その位置にいる者が有するには相応しくない、と」
「……まぁ、かも、ですね。戦闘力は、わかんないけど」
「儂は常それを思っておったが、おぬしの言う零番隊に目をつけられたくないという真っ当な理由があったために封殺してきた。……じゃが、その零番隊から、その"許されぬ範囲"とやらに入らなければ目をつけることはないと……というより、既に目をつけているから関係がないと言われたのじゃろう。……ならば、もう良いか?」
……もう一度、唾を呑み込む。カラカラの喉に微かな水分を流す。
「おぬしに救われた話を。おぬしが成し遂げた話を。おぬしがこの瀞霊廷で……否、護廷の中で行ってきたすべてを……誰そ彼そに、孫でも自慢するかのように……話しても、良いか」
「……それをすることで、あなたたちは何かを得られるんですか」
「得られるっつーかさ。損してんだよずっと。オマエが軽く見られるのも貶されるのもさ、別にオマエが気にしなきゃいいんだけどさ。……なんかヤなんだよな、そういうの」
「己にとって大恩のある、評価されるべき人物が正当な評価を受けていない、という状況は、精神的な負荷が非常に高いのです。もう良いですか……というか、もう無理ですよ、滑川君。七席なんて地位で誤魔化したって、君が敵と定める存在達は、君を確実に危険視しています。君の始解や君の卍解に関係なく、君という存在の技術力や発想力、そして君自身が軽視し続ける君自身の戦闘力。その全てが危険視され得る情報です」
「それは、そうでしょうね。……私自身の過去を覆い隠してもらっている身で何を、と思われるやもしれませんが……というよりは、私くらい何もしないことを選ばぬ限りは無理でしょう。仮にこれより護廷と敵対しようと考える者がいるとして、滑川平良という存在を障害に数えぬような敵であるのならば、それは愚かを通り越して弱者です。今の護廷の敵にはなり得ません」
僕は。
……そんな評価を。
首根が掴まれる。そのまま持ち上げられて……肩に、乗せられた。
刳屋敷さんの肩に。
「良いだろ、坊主。俺達はお前に並ぶために力を付けてきた。あとはお前が前を向き、上を向き、俺達の隣で戦う番だ。そんで言わせてくれよ。"あいつ"とか"鬼道衆"とか"とある死神が"とか曖昧な言葉じゃなく、俺達の仲間の滑川がやってくれたんだ、ってよ」
この人は……そういう言葉が、上手だよなぁ。
その気にさせるっていうか、ノせるっていうかさ。
「七席。僕、もう気に入っちゃったんで、正直手放したくないんですよね」
「それはわかる。オレもずっと四席が良い」
「別にそれで良い。昇進をしろという話ではない。一番隊の三席から六席までの隊士もまた十二分な功績を有する死神じゃ。そこを退けておぬしを、という話はしておらぬ」
「なら、いいですよ。あんまり喧伝はしてほしくないですけど……まぁ、隠さなくても良いです。誉めそやされるのが苦手なのは生来なんで、僕のいないとこでやっていただければ」
そうだな。
もう……良いんだもんな。
別に三重猿対策で売名封じをしていたわけじゃない。あそこは関係なく見抜いてくるだろうから。
それで……オサレ眼鏡にも見抜かれてて、十刃、じゃない八刃にも、だったら。
もう、良いか。
「うむ。では、その禁を解くとしよう。……実はの、逆骨の大翁と久面井の死に損ないと……最近飲む機会が増えての。儂が意図しておぬしの話を避けていたら、それはもう煩く叱られたのじゃ。今度の飲み会で、それを言い返しに行けると思うと、今から楽しみじゃわい」
「うわーなにその飲み会。わたしも誘ってよ山本さん。若い子って勘違いされてちやほやされたい!」
「動機が不純すぎませんかね……」
「ところで坊主、こんな高い視点は初めてだろう。このまま瀞霊廷じゅう走り回って見たことの無い景色を見せてやろうか?」
「そーなるならもう『様身体』とかのやつも全部平良名義に変えるかー。うちの工房が悲鳴上げてんだよな。似たようなモン作れって言われても無理だ、って」
違う景色。
縮こまって隠れてばかりいては、見えなかった光景を。
「じゃあお願いしようかなぁ」
「お、珍しく乗り気じゃねえか。良いぜ、行くか」
全てが、変わっていくんだなぁ、って。
*
そんな日からさらに日数を経た頃、浦原さんからの招集があった。集合場所は二番隊隊舎。
なんで二番隊なんだろう、と思いつつも向かった先にいたのは不機嫌そうな猿柿さんと苦笑いの浦原さん。
「おやぁ、先日はどうもぉ」
「るっさいわ話しかけんなタコ」
「あれぇ。浦原さんとは仲直りしたんじゃないんですかぁ?」
「うちがいつコイツと喧嘩したねんキッショい憶測だけで喋んなボケタコカスコラ」
「じゃあ僕とも喧嘩してなかったってことでいいですかねぇ」
「うちがいつオマエなんかと会話したねんキッショい記憶捏造してんとちゃうぞボケタコカスクソマヌケハゲコラ」
取り付く島もないけど、どうやら浦原さんのことは一応認めている様子である。それならばいいんだけどね。
──うなじど真ん中を狙った刺突をぐにゃありと躱す。
「んなっ──なんや、暗殺!?」
流石は副隊長というべきか、即座に反応して斬魄刀を抜こうとする猿柿さんを手で制止する浦原さん。
そのままひゅんひゅんと確殺コースだけを狙ってくる凶刃をぐにゃぐにゃ避けて、足を引っかける……ふりをして、足の少し上のあたりに発生させた『緩衝霊子』で凶手の足を絡め取り、転ばせるのではなく持ち上げる。
凶手の正体は。
「……クソが」
「お口が悪いですよぉ。仮にも四楓院家でしょぉ?」
「うるせぇ」
「初撃を当てられなかった時点で絶対当たらないんだから諦めてくれたらいいのにぃ。あくびが出る程遅いんですからねぇ、"遅神"千日さん」
「しね」
ということで、当然に千日さんである。
……ちなみにこの煽りは千日さんからやってくれと言われたからやっている。「友達の平良」だっていう認識があると速さが鈍りかねないから、だとか。平時は普通にお友達だけど、不意打ちをかける瞬間だけは仇敵レベルの意識にしたいんだと。
平時のお友達に不意打ちをかける瞬間とは??
絡め取りを解除すれば、空中でくるんと回転して着地し、何事もなかったかのように立ち上がる彼に……一番慄いているのは、流石に猿柿さんだろう。
「オ、オマエ確か、四番隊の四席やってる貴族やったような」
「ん、なんだこの不躾なガキは。浦原、オマエの子供か?」
「何言ってるんスかぁ。僕誰とも結婚なんてしてないでしょう……」
「ふぅん。……ああ、曳舟が連れてるの一回だけ見たことあんな。……まぁいいや。オレは四楓院千日。四番隊第四席だ」
「……四楓院て……四楓院家、四楓院かいな。……なんで二番隊ちゃうねん」
「いいだろ別に。オレの勝手だ。そっちの隊長はちゃんと夜一がやってんだし」
「なんや。……妹に隊長の重み押し付けて、兄貴は戦いの無い四席でぬくぬくかいな。サイアクやんけ」
「……おお。平良、オレってやっぱ若く見えんのかな。ちょっと嬉しい自分がいる」
「かなり若々しいですよぉ千日さんは。出会った頃とあんまり変わりませんしねぇ。ちょっと背が縮んだくらいかなぁ」
「伸びたくらいかなぁにしろそこは」
「多分髪の毛ほども変わってないですねぇ身長は」
千日さんみたいな人でも若い子から若く見られるのって嬉しいんだなあ。あなたそろそろ千歳とか千百歳とかですもんねぇ。
「それぇで、何用なんですかねぇ浦原さん。千日さんが必要ってことは、特別な場所のお話ですかぁ?」
「ああ、すぐ見抜いちゃうんスねぇ。……隊長になったからと言って、彼や彼らと会うにはそれなりの立ち合いや許可が必要でして。隠密機動第三分隊檻理隊分隊長の僕と、隠密機動第二分隊警邏隊分隊長である千日サンの立ち合いがないと、開けることも……況してやお二人をお連れすることもできないんスよ」
「そういうことだ。さ、行くぞ」
ということは、ついに、か。
……オサレ眼鏡の事件への対応力を高めるため、とかなのかな。なんにせよ……僕としては、久しぶりの再会があるわけだねぇ。
地下へ地下へと降りて、ぐねぐねとした道を進むこと二十分くらい。
そろそろ猿柿さんの忍耐力の限界かなー、とかって頃合いで、見えてきた。
史実よりもかなり重厚に「監理」されている場所。
地下特別監理棟。……と言っても今のここは「何もしてないけれど危険分子な人たち」だけを閉じ込めておく場所ではなくなっている。
以前の奇獣騒ぎがいい例かな。「なんかやらかした人でも技術力的に捨てるのが惜しい人達」が多くいる。危険分子がどうとか四十六室がどうとか知るか、って人達こと初代隊長格がわんさか残っていればこそだ。あと、"寿脱隊"が認められたのもある。護廷十三隊は高尚な組織である、というのは最近適用されていない気がするなぁ。
中へと入れば……奇異の視線が僕らへ突き刺さったあとで、浦原さんを見て興味を失くし、千日さんの霊圧を見て頭を抱えて蹲り、僕と猿柿さんは歯牙にもかけられていない感じ。まぁか弱き少女とか弱き少年だからね。
「相変わらず……目の死んでねえ奴らばかりで、はぁ、その気力をもちっと世のため人のために使えりゃこんな場所に閉じ込めておかねえのにな。護廷は万年人手不足なわけだし」
「単純な危険分子もいますけど、中にはそこそこ極悪なことやっちゃった人もいるッスからねぇ。流魂街の井戸に水だけで成長する怪物を解き放つ、とか」
「馬鹿だよなぁ。やっちゃダメなことくらいわかんだろそんなんよ」
……まぁ。
僕も浦原さんも、「偶さか好奇心の方向が世のため人のためになっただけ」という研究者である。いや僕は違うか。元からそっちを目指して研究者になったみたいなもんだし。
だから同じ穴の狢なんだけど……こういう感覚は、千日さんや猿柿さんにはわからない感覚だろうなぁ。
と。ドタドタという足音……の直後。
「おぐふっ!?」
「あ……なんや、自分から吹っ飛びよった……?」
「気にすんな。ここは道中でしかねぇ。路傍の石にまでいちいち声かけてたらキリがないぞ」
一人がやられたのを見て次々と襲い掛かってくる虜囚たち。
けれど……最初の一人と同じように、いつの間にかぶっ飛ばされている。そして時折千日さんと浦原さんの姿がブレる。
「夜一さんなら姿がぶれる様すら見せないでしょうにねぇ」
「うるせー。……本気で悔しいんだよこっちは」
「夜一サン、速すぎますからねぇ。僕らじゃこれが限界ス。ちなみに滑川サンの瞬歩だとどうスか?」
「まず彼らをぶっ飛ばせないかなぁ僕だと」
「ああ、そっちの問題がありましたね……」
処理しているのは勿論この二人である。浦原さんも速くなっちゃってまぁ。
「なんで……こいつら手枷もつけんと野放しにしとんねん。なんかやらかしたんなら、牢に繋いで罪償わせたらええやろに」
「んー。まぁ理由は二つですねぇ。一つは、彼らのやらかしたことって、その当時の瀞霊廷じゃ裁けなかった罪ばかりなんですよぉ。瀞霊廷は遡及して罪を裁くってことあんまりしないのでぇ、法の抜け穴を突いてやらかしはしたけど、罪をした扱いじゃないから拘束はできない、みたいなぁ」
「……けど、ここに閉じ込めはするんやろ」
「殺さないだけ温情ですよぉ。もしかしたら明日瀞霊廷が無くなりでもすれば、外に出られるやもしれませんし、ね」
「……けったいなキボーだけ見せびらかして……生かさず殺さず飼っておくんが、瀞霊廷のやり方なんか?」
「そういうことですねぇ。あ、これ四十六室の聞いているところで言っちゃダメですよぉ。猿柿さんまでここに収容されかねませんからぁ」
結局危険分子というのは、「(我々を脅かす危険性のある)危険思想の持ち主たち」という意味だからねぇ。
首輪さえついていれば優秀そうなのに、という人もいくらかはいる。要するに斬魄刀と同じだ。鞘と柄と鍔が用意できなきゃ斬魄刀なんて虚とそう変わらない。それが用意できて初めて、「容易に人を殺せるもの」であるそれが死神の腰に佩かれることを許される。
ここの人達は抜身の刃。制御できるものが今の瀞霊廷では用意できないから、持ち主が現れるまでここに保管しておきましょう、という話。
「……そんな、ヒトを……道具みたいに」
「力がある、っていうのはそういうことですよぉ。力がある人は、いつの時代も、力のない人に使われる運命にあるんです。それが嫌で自らが使う側に回り、かつて自分たちが嫌っていたものと同じになった、って人をたくさん知ってますけどねぇ」
「……やとしても……なんか、嫌やな。……なんか、嫌や」
「ちなみに僕は収監なんてせずにぃ全能力を披露させた上でぇ霊力封印とかして放逐で良いんじゃないか、って派閥にいますよぉ。──彼らができる程度のことであれば、僕か浦原さんが再現し得ますからねぇ」
「お、滑川サン僕のことそんなに買ってくれてたんスか?」
「あれぇ? 言ってませんでしたっけぇ? 僕は僕にできないことがあなたにできると思っているのでぇ、普通にこのまま瀞霊廷の頭脳とか呼ばれるに至ってもらうつもりでいますよぉ。これもその一環、でしょぉ?」
もう史実の狂信こそやめたけど、やっぱり浦原喜助という天才というか鬼才についての憧れみたいなものは消えていない。
未知の事象、予想外のもの・ことに対し、ずばずばと解決策を用意できる頭脳。
僕のこれは、予め用意してあった「膨大なる無数」から、状況的に対応できそうなものを引っ張りだしている、という感覚が近い。勿論その場その場でのパズルも解いているけれど、事象を受けてから……ゼロからイチを生み出すまでの速度が異常、というわけではないのだ。
彼は、それができる人なれば。
「オマエのその考えも……嫌やな。ヒトを……技能としてでしか見てへんやんけ、それ」
「お友達や仲間にはそういう考えしないんですけどねぇ。そうじゃない人たちはそう見る傾向がありますねぇ」
「ふぅん。ちゃんとした……ガキ然としたガキだとばかり思ってたが、もしかしたらこの中じゃ一番大人かもな、オマエ。オレたちガキから抜け出せねーからよー」
確かに。責任を自覚したはずなのに隊長を降りて四席となり自由気ままなガキライフを満喫中の千日さんが言うと説得力が違いますね。
という視線を送ったら、全文伝わったのか「こ ろ す ぞ」という視線が返ってきた。こわいめぅ~。
さて、そんな序盤……玄関口を抜けると。
そこに、人影が。
「オォォイ! 久しぶりじゃねえか、平良!! グワハハハ、オレ様に会いたかったかぁ!?」
「な、なんやこいつ! 一人抜け出しとるやんけ!!」
「あっ、傷ついた。あいつらと一緒にされるのはオレ様めっちゃ傷ついた」
志島さんも、だけど。
……お久しぶりだ。
「お久しぶりですねぇ、善定寺さん。お加減どうですかぁ?」
「見ての通り元気だよ。ちぃとばかし老いちまったが、グワハハハ、化粧で見えないだろう」
「そうですねぇ。千日さんも僕もほとんど変わっていないのでぇ、なんだか昔に戻ったみたいですねぇ」
「よ、善定寺。急を言って悪かったな」
「いいさ、いいさ。知り合いが訪ねてくることもほとんどねぇからな。オレ様は今割と喜んでいるんだぜ」
相変わらずU字ペイントをした善定寺さん。大男だしそのペイントだしで、猿柿さんはがっつり引いてる。
「ああ、紹介しますねぇ、善定寺サン。こちら、僕の副隊長の猿柿ひよ里サンです」
「副隊長? 昇進したのか喜助。……けど、どこにだ? 二番隊なワケねーし」
「十二番隊スよぉ。曳舟サンが上に昇進したんで、その後釜に」
「おお! 十二番隊か!! グワハハ、つまりオレ様の後釜でもあるわけだな!!」
「そういう場合って後釜って言葉使うのか?」
「使いませんねぇ」
「……どういう。……待て、善定寺って……まさか、身内の不祥事で……十二番隊隊長を辞めたっていう……曳舟隊長の、前任の」
「おう。オレ様、善定寺有嬪こそ、元十二番隊隊長だ。初代隊長でもあるぜ」
まぁ。
だから……隊風というのは別に定められているわけじゃないんだけど。
曳舟さんの代が、むしろ異質だったわけだ。その後ろに浦原さん、マユリンと続くのなら、ね。
ショックを受けたような表情の猿柿さん。
「十二番隊という隊のコンセプトというのがありまして、ね。十二番隊というのは真理の追求をするための隊なんですよねぇ。といってもぉ、浦原さんや僕みたいなぁ霊子の真理だけが真理じゃないですよぉ。善定寺さんとかそっち方面全然わかんないでしょぉ?」
「おう、ちんぷんかんだな!」
「……けったいな見た目なんに、そう……なんか?」
「素顔のオレ様は、子供の頃に負った火傷がエグすぎてよ、怖いだのなんだの通り越して不快感を与えちまうわけだ。だからこうして隠している」
「そう……なんか。それは……すまん、うちの偏見で色々言うとこやった」
「言っていないんだからいいさ! そして、オレ様は嬉しく思うぞ。猿柿と言ったか。オレ様が曳舟を後任の隊長に選んだ理由を、ちゃんと引き継いでいるらしい!」
「曳舟隊長を……選んだ、理由?」
「"物事を多角的に認め、流布されている常識に流されず、己の信念を貫き通す"! 平良や鋸歯文、喜助もだが、どうにも知識がある連中の言う言葉全てが正しい正しいと思っちまう世の中だったからな! オレ様的には、己の信念を貫くにあたって"選ぶべき角度"くらいのものが知識というやつの正体だと思っているから、それに惑わされない人材を選んだつもりだった。──合格だ」
「……るっさいわ。うちを副隊長に任命したんは曳舟隊長や。アンタやない」
「グワハハハ! その通りだな! オレ様は結局身内の不祥事を止められなかったダメな元隊長だ。そんな奴の言葉になんか耳を貸す必要はねぇ!」
つまりそれもまた真理なのだ。
多角的に物事を認め、受け入れた上で己を通す。
その結果曳舟さんは新しいルールを作り上げた。あの彼女が、同情や憐憫なんかで副隊長を任命するはずがない。
ちゃんと……その才が猿柿さんにあると見出したから、選んだんだ。
「さて、そろそろ行こうぜ。……つってもオレはここまでしか行けないんだがな」
「あれぇ、そうなんですかぁ?」
「オレは全身が武器みてぇなモンだからよ。勢い余れば殺しちまいかねないだろ。特別監理棟に武器の持ち込みが禁止である以上、これ以降はダメなわけよ」
「ああ、じゃあ、というかだから僕が大丈夫なんですねぇ」
武器として考えるならばマイナスだからな。
さて。
ご対面と行くか。
案内役が千日さんから善定寺さんに替わって歩くこと数分。
それが、見えてきた。
「ここで唯一檻に入れられている人物。超危険分子にして、数百年前に『奇獣騒ぎ』と呼ばれる瀞霊廷各所百六十二か所の地下水道から虚とは似つかない奇妙な生物を解き放ち、未曽有の混乱を招いた計画の首謀者。まぁ本人たち曰く綺麗な水があって日光の当たり続ける場所ならどこでも良かった、っつーアホな証言をしていたあたり一切の悪気が無かったっぽいアホアホ集団のアホ筆頭」
「……善定寺か。キミと話すことはもう無いと告げたはずなんだがネ。とうとう痴呆が来たのカナ」
「ああいえ、善定寺サンは案内役を買って出てくれただけッス。立会人も。……先日ぶりですねぇ、涅マユリサン」
「加えて、浦原喜助。大所帯ダネ」
独房。そして──四肢の全て、いや首やら何やら全てを完全に拘束されている、真白な肌の男性。
こ……ここまでせずとも。史実だと足枷だけだったような。
「な……なんやコイツ。なんでこんなぐるぐる巻きなんや」
「ほう? 初対面の相手に向かってコイツとは、中々躾けのなっていない子供のようだねぇ。……そしてこの拘束の理由は単純サ。指一本でも動けるのならば、私が此処から脱出してしまい得るから、ダヨ」
「……普段はむかつくはずやのに、さっきまでクソむかついてたせいで……怒るに怒れんわ」
「はは、良いことじゃないスか。円滑に話し合いが進むのなら、それで。……今日の用件は、先日と同じッス。僕と一緒にこの檻を出てください。アナタの力が必要なんス」
「断ると、先日言ったばかりだネ? どれほどの座を用意されようとも、滑川平良のいる護廷に戻る気などないヨ。私がここを出ると快く頷くとしたら、それは、君が滑川平良の首を引っ提げてここへ持ってきた時だけだ、ト」
おやぁ。
随分と嫌われているようでぇ。まさかの名指しですかぁ。
「なんや、随分と嫌われてるやんけオマエ。危険分子の親玉に名指しって、むしろオマエが危険分子なんとちゃうか?」
「僕は誰かを傷つけたりとかできないんですけどねぇ。不思議ですねぇ」
「……まさか」
「あぁ、ハイ。そのまさかッス。僕じゃどーしても首を取ってくることができなかったんで、本人に来ていただきました。……滑川サン、こちらへ」
促されたから、檻の前へと進み出でる。
伝わってくるのは怒気と……憎悪? えぇ、そこまで?
「初めましてぇ、涅さん。滑川平良と申しますよぉ。……けど、僕、そこまで憎まれるようなことした覚えないんですけどねぇ」
「……初めまして。そして、覚えがないのは当然だヨ。私達が勝手に恨んでいるだけだからネ」
「それでぇ、何が気に入らないんですかねぇ。口調ですかぁ?」
「そんな表面的な話じゃないヨ。──キミ。未来が見えているダロウ」
「はぁい? また……えぇっと、これどう反応するのが正解ですかねぇ」
「うちに頼んな。けど、まぁその反応も理解できる。何言うてんねんコイツ」
……。やっぱり。
技術屋は、そう見るよね。昔から散々言われてきたことだ。
完成形がわかっていて、そこに辿り着くための過程を模索している、って。
「フン、否定するのは当然カ。……だからこそ気に入らなイ。キミは未来という視座から我々を見下ろし、"この時代ならばこれくらいの技術は許されて良いだろう"なんて神にでもなったかのような態度で技術を小出しにしていル。そこに参入して……たとえどんなものを苦心して作り上げたとて、キミは"おお、この時代でもこれくらいのものは作り得るのか"なんて驚きでしか評価をしなイ……採点をする気でいる。だから嫌だネ。そんな場所に行くくらいならば、誰にも干渉されぬこの独房で思考を続けた方が万倍楽しいヨ」
……それは……そう、だねぇ。
僕は……確かに、そういうムーブをしている。浦原さんが出てきてからは特に、だ。
……別に、良い……んだよなぁ、本当は。
彼の言う通り、小出しになんかしないでも。もう名売れを気にしないと決めたのならば……そう、だね。
「ならば、丁度いいかも知れませんねぇ」
「……丁度いい、トハ?」
「僕ねぇ。零番隊に行くのも、目をつけられるのも嫌だったんでぇ、あなたの言う通り小出しに小出しにしてきたんですよぉ、色々。──けど最近、零番隊の一番偉い人から、ある範囲以外だったら何してもいいって言われましてねぇ? ──だからもう、ここからの僕はぁ、小出しも、採点もやめてぇ、浦原さんや涅さん程度じゃ思いつかないものをたぁっくさん作っていくつもりでし、て」
「……ホウ? 言うじゃあないカ。私のこのちっぽけな頭脳で思いつけないことが、キミのその大きな頭脳では思いつけると、そういうことを言いたいわけダ」
「そうですよぉ。あなたの狭いせまーいちっぽけな頭脳じゃとぉてぇぃ思いつけないようなぁ、今までの常識の悉くを変えちゃうようなことをたぁっくさんやるつもりでしてねぇ。──たとえば、こぉいうものとか」
言いながら、右手に
……すぐに消すけれど。浦原さんの目が鋭い鋭い。
「……なんだ、それハ」
「おやぁ? 科学者ともあろぉものぉがぁぁぁ、解析を諦めぇてぇ、聞いちゃうんですかぁ? 良いですよぉ教えてあげますよぉこれはですねぇ~~~」
「先程……口調などと言った表面的なモノはどうでも良いと言ったがネ。……訂正するヨ。キミの話し方は、癪に障る」
「けれどあなたは拘束されていてぇ指一本動かせないんですもんねぇ~~? 今あなたが咥内で作り出した唾と尖った霊子によるぅぅう簡易吹き矢もぉぉお、僕の前ではぁ、はい、簡易断空ぅ~」
十番以下の破道を完全に防ぐ簡易下番断空で飛来する即席吹き矢をガードする。
わぁ、悔しそうな顔。
「あー、滑川サン。それくらいで……。……で、どうッスか。なんかさっき若干僕も煽られてたんスけど……技術開発局の副局長になって、この人の鼻を明かしたいとか思いませんかね」
「……フン、その手には乗らないヨ……と、言いたいところだが。……イイヨ。挑発に乗ってあげヨウ。私を虚仮にしたことを一生後悔させてやりたくなってきたからネ」
おお、良かった良かった。
僕が悪役を演じた甲斐もあったというものだよ。煽りカスじゃないからね僕はね。
「ふぅ、いい仕事しましたねぇ」
「いやオマエ……キッショい通り越してなんか……エグいな。友達少なそう」
「ぐさぁ」
「グワハハハ、安心しろ、平良。オレ様はお前の友達だぞ!」
「あかんからな? こいつ多分見かけによらず純真無垢で良い奴やねん。良い奴はエグい奴を見捨てんでくれるけど、それでエグい奴側が友達おるからヘーキや、とか思うんはあかんで。真子みたいなホンマモンの腫れモンになってまう」
「ああそれと、善定寺サン。あなたも連れ出す気満々なんスけど、お返事どうスかね」
「……オレ様を? それは別に構わねぇが、四十六室の許可が下りねえだろ」
「いえ、先日勝ち取ってきました。僕はね、声をかける時点で根回しとか全部終わらせておきたいんス。だからもう自由の身スよ、お二人とも」
流石準備の浦原喜助。
そして僕はなぜか憐れまれている。平子さんは巻き込まれている。
けど……浦原さん、どこで僕の煽りカス性能を知ったんだろう。いや煽りカスじゃないけど。
涅さんを出す方法としては確かに持ってこいだっただろうけど。
……あ、千日さんか。
納得。
*
鎌による斬撃を避ける。
突き出し、引き戻し。意識外からの逃げ場のない斬撃。
その全てをぐぅんにゃりと回避。
「……これは、成程。……強くはないが……弱くも、ないな」
相手は始解状態の虎姫さん。
基本死神は相手にしないという彼女だけど、これは虚化制御訓練の一環なので、こうして僕が相手を務めている。
虚圏の時は刳屋敷さんがやってたから出番は無かったんだけどネー。
「おお……話には聞いていたし、滑歩の開発者であるということも知ってはいたが……虎姫隊長の猛攻さえ凌ぎ得るとは」
「ですね……。銀嶺殿……と、申し訳ありません。銀嶺隊長の見立てにおいては、どうでしょうか。滑川殿に刀を当てることは……」
「無理であろうな。ぬしもか、響河」
「はい。あの剣速で当たらぬのであれば……厳しいかと」
虚化制御訓練ということで響河さんもいる。響河さんが副隊長に昇進したから、銀嶺さんもいる。
そんな感じのメンバーにおける僕の役割は、この敵役と──もう一つ。
「はぁい、呼びかけますからぁ、心を強く保ってくださいねぇ」
「……来い」
虎姫さんの中にいる虚。内なるそれを刺激する。
その瞬間、彼女の心臓の脈動が聞こえたのではないかと思うほどに身体が痙攣し──ガ、という短い悲鳴の後で、その顔が左側から虚に侵食され──。
「……だい、じょうぶ、だ。……意識、は……ある」
「じゃあ、その状態でぇ、もう一度組手ですよぉ」
「わか、……タ」
虚化の制御訓練。
二人は己で虚面を出してそのまま戦う、程度の制御はできている。イッチーくらいのことはね。
けれどあの、最終決戦仕様のイッチーみたいなことはできていない。あれは滅却師の力ありきのこと、とは思っていないから、僕。
デミ・ホロウ……いや、『半虚化』だっけな。
それを引き起こし、モノにするための訓練だ。
さっきより十倍近い剣速になった鎌を、またぐにゃりぐにょぐにょぐねりうねりと避けていく。
「オオ……あたら、ナい……血……血が、見た……イ」
彼女の斬魄刀血吸天牛が妖しく光り、その柄の部分にも刃が現れる。
血吸天牛。斬魄刀としては、大鎌の形になって、柄がある程度伸縮して、持ち主である虎姫さんの血で刃を作り上げたり、敵血を吸って己の刃や推進力にしたりと、超攻撃的斬魄刀にドレインがついているかなり凶悪な能力を有している。
が、敵に当たらなければ持ち主の血を使うばかりの斬魄刀だ。僕も長期戦は苦手だけど、誰にも攻撃を当てられないのならば彼女も短期決戦型になると言える。
とはいえ当たれば虚の血だろうと己の霊力に変換して還元するという、霊力回復料理の存在を否定しにかかるみたいな技まで持っている斬魄刀だから、乱戦や長期の孤立戦闘向きなわけだ。
「当たらなイ。当たらなイ。──マズ、イ。これい、じょ──アァァッ!!」
「はぁいおやすみの時間デース」
暴走しかけた……瞬間、その額をとーんと弾いて結界を構築。簡易封印を行って内なる虚を寝かせる。
半虚化での戦闘時間は四十秒くらいか。ちょっと伸びたね。
「はぁい次、響河さんです、よ」
「はい、よろしくお願いいたします!」
「どうなったとしても私がぬしを止めてやる。存分にな」
「はい!」
虎姫さんを医務室へ寝かせて、と。
では同じことを響河さんに。
行きましょぉ~。
というのの後。
「四十秒か……。……実戦で使うには、難しい、か? 少年が……いないと、暴走の危険性がある……など」
「ちゃんとご自分で数えてぇ、三十秒くらいで解除すれば大丈夫です、よ」
「私は、たったの二十五秒です。……お恥ずかしい」
「だが、実りある鍛錬であった。使いこなし得たらぬしの新たな力となろう」
伸び悩むのもわかるけど、こればっかりはなぁ、という気持ち。
……よし。
「次からはちょっとやり方を変えましょうねぇ。──虚閃を、撃つ練習から、やりましょうかぁ」
「虚閃……ですか?」
「はぁい。アレは虚の象徴。心が
七席の立場だから届かない、とかいう言い訳はもうしない。
使えるものは全部使うし、頼れる人にはバンバン頼ろう。
危険かもしれないとかも、もういいんだ。
だから虚化訓練のことは技術開発局にモニタリングしてもらうつもり。
浦原さんも涅さんも、垂涎モノのデータが出てくるだろうし。
あるいは……史実においてはそっちだった猿柿さんから、何か有用な意見が出るかもしれないし。
どんどん、進めていこうか。