卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
夜とは、月の影に呑まれること
朝とは、太陽の陰に隠れること
避ける。避ける避ける避ける。
既に開始から十分は経ったか。
全てが必殺。全てが確殺。
当たれば回道も間に合わずに死ぬのではないかと感じる攻撃の全てを避け切る。
「はい、そこ……隙ですねぇ」
避けるだけでなく蹴りも入れる。虚相手にはほぼ意味がないから最近あんまりお披露目してなかったけど、こっちだってちゃんと磨いている。
隙が出来たのは始まってからたったの三回。その全てで尺骨神経のみに負荷が入るような蹴りを入れている。
避ける。避ける。
一太刀たりとて同じものはない。躱された瞬間には何が悪かったのかを反省し、飛躍的に技術を向上させて再度斬りつけてくる。
十分間一撃も当てられていないというのに──彼の顔は喜色満面で、楽しくて嬉しくてどうにかなってしまいそうなくらい歪んでいて。
「隙……っと、危ない、危ない」
……とうとうフェイントまで入れてきたか。もう無意識が計算し終わっているのだろう。力任せでは、あるいはどれほど剣速を上げたとしても、愚直な剣では無理であると。
であれば、その弱さを認めてでも強くなる。諦めを食らって新たな境地を得る。
足の動き。特殊な歩法に近い動き。誰かに習った、なんてことを疑う意味は無い。
目の前に可能性があれば飛びつく。試していないことがあればすべて実践する。
貪欲だ。勝ちに。戦いに。
……であれば、こちらも……いつまでも冷静でいるのは、些か失礼というものだろう。
すぅ、と。
迅くない、強い力も込められていない足を、そっと持ち上げる。
「!?」
それを……何の障害にもならないだろうそれを見て、弾けるように後退する悪鬼に。
ゆらり、ふらりと……姿勢を直して、捻じ曲がった口角だけを見せつけながら、顔へ手を当てて。
「なんだ……出せんじゃねぇかよ!! なんだ、ずっと隠してたのか!? テメェ、弱くないだけじゃねぇじゃねぇか!!」
「なんのことかぁ、さっぱりですねぇ。──すばしっこいだけの獲物だとでも思っていたんですかぁ、本当に?」
「……はは、はははは!!
霊圧が上がる。
どこか、晒れこうべを彷彿とさせる霊力の奔流。……生憎と、それに対して応えられるほどの霊圧は持っていないけれど。
もう、殺した。
「ッ──霊圧の伴わねえ殺気……久しく感じてなかった……だが、確実に、感じたことがある! 欠片も覚えちゃいねぇが──霊圧なんぞ感じ取れなかった"あの頃"以来だ……ああ、クソ、なんだよ……もっと出せよ、もっと浴びせてこいよ! こんなに近くにいたんなら、とっとと──」
「戦いの最中にごちゃごちゃ言うの、好きなんですねぇ」
蹴る。その額を、思いっきり。
蹴り飛ばすような威力は出ないけど、でっかい一本木の一番上を蹴ったんだ。そのまま何もしなければ倒れるだろう。
彼は、身体が後ろに倒れ始めた時点で、後ろに足を出したみたいだけど。
ぐらっと傾く身体を両腕で支え、ブレイクダンスみたいにバランスを取りながらつま先で何度も何度も顎を蹴る。
一瞬でも重心がぶれた瞬間に膝窩を蹴って崩しを入れて、片腕をキメて、さらにその状態から『緩衝霊子』を使った投げを入れる。
一つ一つ。その全てが禁じ手。相手の身体を破壊してしまうから気を付けなければならないとされる技。
「楽しくなってきたな、と思った瞬間にぃ、霊圧知覚も無意識回避も全部やめちゃいました、ね。楽しくできる相手だとわかったからぁ、早く終わらせるのはあまりにも勿体ないとでも思いましたかぁ?」
「ぜ──ぁ!!」
刃先の煌めき。この位置は……柄を咥えているな。
腕が思うように動かないか。右手は完全に破壊したからね。瞬時に不要なものとして勘定から外したか。
避けない。避けないで、止める。
「ッ!?」
「どうしてこの子、あなたに名前を教えてくれないんでしょうねぇ」
背負い投げみたいに霊子を絡め取って、その強靭な顎から斬魄刀を外し、キャッチする。
わぁ、怒らないでねぇ。
「今のあなたは強くなった。強さを封じる癖にも気付いた。だというのに、どうして答えてくれないのか。もう見捨てられてしまったのかもしれませんねぇ」
わぁ、暴れないでくださいねぇ。
そしてあなた程度が暴れたところで、僕からは逃れられないですからねぇ。
「まぁ、簡単ですねぇ。あなたに聞く気が無いから。これに尽きますよぉ」
「抜かせ──」
奪い返そうとしてくる腕を弾き上げ、支点を背中で作り上げた後滑歩六番・早贄で打ち上げ、投げる。
転がってもすぐに組みついてくるその図体の間合いに入って肘打ちで顎を揺らし、力が入っている足を『緩衝霊子』で滑らせて転ばせて、膝蹴りでまた顎を揺らす。
じゅるりと地を這うように移動して……ずしんと倒れる躯に。
「僕はこの斬魄刀の解号も名前も知っていますよぉ。持ち主のあなたが知らないのに。……どうですか。この剣、僕にくださいませんかぁ?」
「ん……だと」
「だって要らないでしょう? あなたはこう考えている。斬魄刀が応えないのは、己が弱いからだと。今よりももっと、もっともっと、もっともっともっと強くなれば、いつかは、自然に、その名を教えてくれる。……じゃあまぁ、最強になるまでは素手でいてもらってぇ、その間僕がこれ、預かっておきますねぇ」
彼は、立ち上がって……ふらつく。
何回揺らされたと思っているんだ。普通は立ち上がるまでいけないくらいのはずではあるけれどね。
「常時開放型、でしたっけぇ? そんな斬魄刀無いと思いますけどぉ、確かに形状が違うのは興味深いです、し。暇潰しの研究材料くらいにはなるでしょう。ああ、ご安心をぉ。倉庫の奥の奥にしまっておきますからねぇ、誰かに盗まれるってことはないと思いますよぉ」
ゆらゆらとしている彼の。
その……首に、切っ先を向ける。
とくとくと、油でも垂らすかのように乗せていく殺気。その首を突き破り、脊髄をぶち破り、この場で殺すという意思の発露。
彼の全身から迸る霊圧。でも……霊力は思考に応えているけれど、肉体がついていかない。
「まだ、聞こえませんかぁ。じゃあ……大サービスですよぉ」
その首に。霊圧の荒れ狂うそこに。
スゥと、刃を、突き入れる。
阻むものなど、避けてしまえば良い。堅いのならば角度を考えればいい。
皮を破り。
肉を裂いて
血を飲み。
命を摘み取る。
この斬魄刀の、 ぎざぎざとした、その刃のように。
聞こえるだろう。彼女の声が。
誓いを立てるばかりで。
先を目指すばかりで。
通じ合わなくなっていた、心の声が。
つぅ、と。
赤い雫が垂れていく。
この喉で。
「──呑め」
斬魄刀を離して大きく退く。
直後、僕がさっきまでいた位置を含む超広範囲が断ち切られる。
……やっぱり、斬魄刀と離れたところで修行していたのが一番のネックだったかな。
その斬魄刀自身の意向だったから仕方ないけれど。……村正さんから、ちゃんと聞けたかい。
いなくならない方法。
「野晒……。……チッ、結局テメェも遠回し野郎どもと同じかよ、
「あれぇ、名前で呼んでくれるようになったんですかぁ? 皆さんのこと名前で呼ぶくせに僕だけ名字だから、嫌われてるんじゃないかって思ってたんですけどぉ」
「うるせぇ。テメェを他と区別して呼んでたのは、そうでもしねぇと見分けがつかなくなるからだ。そうじゃないことがわかったんなら、それも必要ねぇだろう」
「そうですかぁ。よくわかりませんけどねぇ。……それでぇ? 斬魄刀の名前を知って、そのおーきな斧を解放して。──僕に一太刀、入れられそうですかぁ?」
巨大な戦斧。
全てを喰らう……否、全てを呑み干すその存在。
噛み砕く工程を必要とせずに、そのまま喉へ、胃袋へと通してしまうのならば。
誰ももう、それを人とは呼べないだろうに。
「──
「……はい?」
「厳しいっつったんだよ、平良。テメェを斬ること自体は簡単そうだが、テメェに刃を当てるのは至難の業だ。できねぇとは言わねえが、厳しいたァ感じるぜ」
「じゃあ……諦めるんですかぁ?」
「抜かせ。俺と野晒に斬れねえものはねぇよ」
「はぁ。じゃあ、続けますかぁ?」
「ああ。だが、
「僕の霊力が切れるまで一太刀も入れられない気でいるんですかぁ? それはなんとも弱気ですねぇ」
まぁ……その読みは正しい。
霊力回復丸薬は虎の子だ。秘密ってわけじゃないけど、一個作るのにとんでもない霊圧が持っていかれるのでできれば大事な時にだけ使いたい。
つまりタイムリミットだ。
残り少ない時間制限の中で、野晒と対話し、僕の斬り方を会得する方が早いか。
それとも僕が逃げ切るか。
そういうことを言いたいんだろう。
──舐められたものだなぁ。
「っ! ッハッハァ!! やる気で溢れてるじゃねぇか!!」
防がれた。さっきと同じ額を狙った蹴りだったんだけど、野晒でガードされた。
やっぱり一回使った手は利かないか。その状態でも学び続けているとは恐れ入る。
けれど。
「滑歩二番・提示部──『
実際に透過した、というわけではないけれど。
まるで──僕が雷のようになって、己の身体を突き抜けたように感じただろう。
思わず、と言ったように、血を吐く彼に。
「僕が逃げ切ったら僕の勝ち、とかぁ。またまたそんなぁ、ご冗談が上手くなりましたねぇ。──次にあなたが膝を突いたら負け、とかでどうですかぁ? 今のは突然でしたからぁ、無かったことにしてあげますよぉ」
「ぜぇぃあっ!!」
戦斧を顔ギリギリで避ける。当たれば首が飛ぶねぇこれは。
「なんだテメェ、掘れば掘るだけ出てくるじゃねぇか!! いくら食っても、いくら呑んでも減らねぇ無くならねぇたぁなァ!!」
「あなたがちょーっとずつしか掘らないからですよぉ。壊れ物でも触るかのよぉにぃ、ちまちまちまちま……。掘り尽くすのに日が暮れて、朝になって、そのまま百年くらい経っちゃいそうですねぇ」
避けない。戦斧を振るう頃には通り抜けていて、彼の内臓になんらかのダメージが入っている。
四回、五回。
六回目で、進行方向に手が置かれたので、そこで初めて回避する。
「時間がかかりましたねぇ。この程度の手品に」
「……人間の身体の表裏。迅く動いてその内臓を表と裏から小突いているだけ……なんて単純な仕組みみてぇだが、だからどぉしたと笑い飛ばせねぇ威力が出てやがるなぁ。攻撃力がねぇのがテメェの売りなんじゃなかったのかよ、平良」
「説明はしてあげませんけどぉ、そっちの方が好ましいでしょう? せいぜい無意、識を働かせ、て止めてみ、てくだ、さいねぇ?」
「──!」
読点を挟んで四度身体を通り抜ける。……霊力消費もそこそこあるけど、そんなことより疲れるんだよなぁこれ。
普段瞬歩あんまし使わないからさぁ。いや滑歩なんだけど。
さて。
……そろそろ倒れてくれないものかな。
「──」
「うわぁおぉ」
無言の逆袈裟斬り。それを避け……おお?
今までとは質が違う。また段階をすっ飛ばしたか。
何かを掴んでいるのか。まさかこのまま卍解まで行っちゃ……われると流石に手に余るんだけど。
「……」
また無言の振り下ろし。
避ける。けれど……うん、そろそろホントに霊力が切れちゃうかも。
あと一回攻撃技使ったら自滅しそう。
「──次だ。次を避けられたら……負けを認める」
「おやぁ。どうしてですかぁ?」
「あと一振りで、俺の腕は千切れる。テメェに疲れさせられたせいもあるが、
「じゃあ、折角なんでぇ、避けないで止めてあげますねぇ。あなたがどれほどの低みにいるのか、思い知らせてあげますよぉ」
「止める、だと? ……──いいぜ。やってみろよォ、平良──!!」
確かに悲鳴を上げる肩で、腕で。
まっすぐな振り下ろしが選択される。ぶちぶちと筋線維の切れる音を聞きながら──人差し指を一本立てて、刃に合わせる。
ぴた、と。
暴虐の化身としか言いようがないその一撃が──静止した。
「……く──そ、がよ……」
「滑歩九番・糠釘。……ようやく彼女と同じ位置に立ちましたねぇ。あとはその戦斧を使いこなせるようになるだけですよぉ」
そのまま気絶する彼を抱き止め……るとか体格的に無理なので、腕だけ……ってなんか嫌な音が。
本当に千切れかねなかったのでずらして転がし……僕もその場で、へたり込む。
つ……かれた。
疲れたぁ……。
瞬歩の音。
「……ああ、卯ノ花さん。どうですかぁ、試験は」
「別に試験という意味は込めておりませんが……半ば以上には、嫉妬の目をあなたに向けさせていただきますよ」
「僕にぃ?」
「彼の蓋と鎖は私にしか外せないと考えていましたから。……天より賜った役割を奪われた気分です」
「それはぁ、まぁ、それを狙っていた部分はありますからねぇ。じゃあまた僕の勝ちってことでぇ」
「……。……そうですね。二十万と一回目の負けです」
わぁ、なんで知ってるの。
い、いやまぁ事実だし。
「更木さん……運ぶのであればぁ、僕も医務室へ連れていってくれたりしないかなぁ、って」
「何を仰いますか。あなた、怪我をしていないでしょう。霊力は消費したかもしれませんが」
「してなかったら、こんな風に座り込んでいませんよぉ」
足を上げて見せる。
膝のあたりから突き出ている骨を。
「……流し切れなかったのですか?」
「はぁい。卯ノ花さんの攻撃はしっかり逃がして止めたんですけどねぇ。更木さんのは流し切れなくて、ちょっと残っちゃってぇ」
「助けを求めている相手に煽りを入れるのは愚策では?」
「いやぁ本当に。……痛いので助けてくださぁい。霊力すっからかんで回道使えないんでぇ」
滑歩九番・糠釘。
以前の卯ノ花さんの手刀も同じ技で受け止めた。
戦闘時間を考えれば充分なほどに掌握できていた……というかここが『訓練部屋』だから当然のように掌握できていた床の霊子。
超広範囲に力を逃がしたんだけど……それでも足りなかった。
ここが限界、かね。
僕はやっぱり回避に専念すべきだ。受け流しは使わない方がいいかも。
「清之介」
「はい」
「滑川さんの足をお願いします。この大男は私が治しますので」
「承知いたしました」
大男、って。
……更木六席、って席次。
草鹿さんも認めてなかったっぽいけど、一番認めていないのは卯ノ花さんかもなぁ、なんて。
「……折れているのに、斬られたかのように綺麗な断面ですね」
「折れるなぁってわかった瞬間に体内の霊子を動かして治りやすいように折りましたからねぇ。予め麻酔作用のある薬を体内生成服用していたのでぇ大した痛みもありませんがぁ、痛いことは痛いのでお願いしますねぇ」
「成程不思議生物」
医務室には連れていってもらえず、この場で治癒を受ける。
山田清之介さん。……僕もこれくらい治せたらなぁ。
「あの……悪鬼羅刹としか表現できない奴を前に、怯えるどころか挑発していたように見受けられましたが」
「そうですねぇ。彼に始解させたくてやっていましたからねぇ」
「……卯ノ花隊長とも、浅からぬ仲であるとか」
「そうですねぇ。まぁ……大分長い付き合いになりましたねぇ」
「よく……ああいう尖った手合いと付き合っていられますね」
「ご自身もそこそこ尖っているでしょぉにぃ。虎徹さん……朱音さんの方から色々聞いていますよぉ。治療の腕と命を助けるという事実以外は倫理のりの字もない方である、とぉ」
「……自覚はまぁ、ありますよ」
だからこその部分はありそうだけど。
医者だって研究者だ。だから……っていうのは方々に喧嘩を売ることになるので思考すらしないことにして。
「尖っている人と尖っている人はねぇ、上手く噛み合えば上手く回るんですけ、ど。そうなれない場合はぁ、噛み合わせるための歯車がぁ必要になるんですよねぇ」
「成程。滑川七席はその歯車であるから、誰にでも合わせられる、と」
「僕は"実際には噛み合っていないけれどなぜか同期している歯車"かなぁ。多分別に話が合うとか噛み合ってるとかまーったくないんですよねぇ多分。ただ……偶さかお互いを邪魔しないだけ、といいますかぁ」
「では、噛み合わせるための歯車の話はなんだったのでしょうか」
「あなたが僕になれないならぁ、一歩引いて噛み合いを外して、誰かを噛んだ方が上手く行くと思いますよぉ、って話ですねぇ」
「……考えておきましょう。治療、終わりました」
「ありがとうございまぁす」
いや本当に早い。……やめないでほしいんだけどなぁ、護廷。
こればっかりは、彼の決める道だから。
「……そういえば、お礼を言い忘れていましたね」
「僕に、ですかぁ?」
「はい。回道裏番・倦憊。これ、暴れる患者や言うことを聞かない患者を鎮静するのにとても便利です。ありがとうございます」
「千日さんが開発したものですからねぇ。僕に言われても」
「その四楓院四席が、実はあなたが作り上げたものであると言っていました。こういうもの、他にもたくさんあるそうで」
……喧伝はしていないけれど、言うことは言う、って感じか。
まぁ……良いけどね。
「お役に立ててなによりですねぇ。是非とも
「はい。それでは」
……あと、僕の疲労も吸い取ってくれたりはしませんか、ね。
*
そこから少し時間を経ての、三界観測局。
夜の遅い時間だけど、そこを訪れた。
「滑川七席、さすが、お早いお着きですね」
「多紀局長。状況はぁ?」
「未だに観測不能です。虚圏そのものよりも激しい嵐で」
とんでもない規模の霊子乱流があったのだ。虚圏内で、虚夜宮のあるあたりのちょっと外側で。
藍染さんへの挑発と牽制の効果、という感じはしない。どちらかというと……我慢ならなくなったって感じか。
「僕の霊子知覚を繋げますよぉ。誰か、有昭田さんを呼んできてくださいねぇ。できれば恒久的に観測したいので、タグ付けしますからねぇ」
「も、もういマス……叩き起こされマシタ……」
「さすが多紀さん。それじゃあ皆さぁん、敵の迎撃も考えられますからねぇ、その場合は安全を一番に考えるのでぇ、短い時間で何が起きているのか、あるいは何が中心なのかを見つけ切ってくださいねぇ」
「お任せを!!」
「もしもの場合ハ、結界で防護しマス……」
三界を観測している鬼道装置に繋がるコードを引き抜いて掴み、霊力を接続する。
そして目を瞑り──広げる。
瀞霊廷を収め、尸魂界を収め、断界を収め……選択的に現世を除外し、虚圏を収める。
見る。読む。
そこで起きている嵐を。
霊力の奔流。その向こうにあるのは……クレーターだ。
その中心にいるのは。
──朽ちろ。
咄嗟に切断する。探査霊子を切り離したその瞬間、その全ての霊子結合が解除され、無に帰した。
……やっぱり。
前に感じた通りか。……ちょっと危なかったな。ハブにされかけた。
「映像出せます!」
「お願いしますねぇ」
水鏡衛を利用したモニタにそれが映る。
三秒ほどの時間。その中で見えたものは。
「な……なんだコイツ……」
「斧を持った骸骨……これ、本当に虚なの?」
「……この虚の周囲……目算で約十町*1を半径とした球体型に……霊子の結合が全て解除されているように見えます」
成程。
……可能性を見出したかな、これは。
老い。その力の本質に。
「『例の針』についての検証データ、技術開発局から貰ってきていますかぁ?」
「はい! すぐに照合します!」
「滑川七席……わ、私の勘違いでなけレバ……あの空間、僅かに拡大していたよウナ……」
「……成程。空間膜構成霊子を破壊せずに虚の力を通す実験は……そういうことですかぁ」
「照合結果出ました! 一致率九割五分! 『例の針』の正式版であると推測できます!」
「霊子結合解除強度はどれくらいであると推測できますかぁ?」
「最高強度であるかと……」
「となるとぉ、もうそろ来ておかしくないですねぇ。現世に興味がないと言っていたのでそっちは余波程度になるでしょうがぁ、それでも……」
三界観測局のあらゆる機器がアラートを発する。
やっぱりか。
「多紀さん、ここお願いしますねぇ。僕山本総隊長のとこ行くんでぇ、有昭田さんは大鬼道長起こして事情を説明してきてください、ね」
「わかりまシタ……」
「はい。……成功を祈ります」
さぁ、行動をしよう。
僕がいつまでも
説明は終えた。
既に隊長副隊長全員に状況が伝えられている。
よって僕たちは双極の丘へと集う。
大鬼道長含む鬼道衆総出で儀式準備を進めているそこへ。
「おや、来ましたか、ナメカワ」
「はぁい。進捗はどうですかぁ?」
「九割終わっていますよ。あとはナメカワしかできない部分だけです」
「の割にはばたばたしているみたいですけ、ど」
「双極の鬼道式の除去に手間取っているのですが、四楓院家の神具という参照値をいただけましたので」
「解除し終わりましたぞ、大鬼道長!」
「と、このように」
さぁすが神具。お手本無しだとすぐには剥がせないか。
じゃあ、燬鷇王君には一旦退いててもらってね。
「山本総隊長、お伝えした通りにお願いします」
「うむ。──これより、虚圏において観測された異例の事態及びその力の侵犯に対し、邀撃策を実施する! その際幾らかの虚が降り落ちてくることが考えられるが、鬼道衆の手によりこれを空中で受け止める。瀞霊廷に落とさぬよう、速やかにこれを撃滅せよ!」
儀式場。円形の台座の上で、胡坐をかいて座る。
……ふぅ。
……野箆坊。大一番というやつだ。僕がこれを経験するのは、始解か卍解か、そのどちらかを使う瞬間だと思っていたんだけどね。
全く違う場所で来てしまった。……君は、嫉妬するかい?
なんて。
わかっているよ。
「一緒に大一番を飾ろうか。──彼方の門。果てのない暗闇を裂く一条の光陰。空想・数学・狂喜に揺れ動くもの。囀りに魅惑の腕を。呟きに蠱惑の瞳を。窮極、無限、不変、液体と固体の中間地点。ミゼアの餓犬に曲がり道を示せ」
一気に空っぽになった身体に霊力回復丸薬を入れる。
「火を燃やす窪み、写し取る銀版、噛み殺される鼠の悲鳴。七と二分の一の一人、究極の答えである四十二を走らせ、三百と六十と四を籠に入れよ。あなたは特別ではないもの。特別足り得なかった真実。四つの瞳を持つ五人。四つの口を持つ六人。十二の瞳と十三の口で喚き立てよ」
空から──何かが、浸み出してくる。遮魂膜の内側に。
黒腔が開いているのとは違う──まるで、ゆったりと。
その口が、老いていっているかのように、
そしてその向こうに。
真っ暗なはずの向こうに、無視できぬ"白"がいる。
「あれが……」
「なんて……霊圧だ」
漏れ出でる「老い」が。
瀞霊廷に手を伸ばす──その、寸前で。
「浦原さん! お願いします!」
「《はぁい、任せてくださいッスよぉ! 廻天儀、反転!》」
「鬼道裏番・壺中鏡典!」
光が伸びる。天へと辿り着いて、遮魂膜の少し下を覆うほどに。
瀞霊廷そのものを老い枯らすその異常を防ぐように。
ああ──気付いているか。
気付いているだろうか。
気付いているだろうか。
「──なに?」
世界は、変わり果てたよ、もう。
*
千切った分の虚が落ちてくる。
それをみんなで受け止めて。
「なんだぁ、破面も混じってるみてぇじゃねぇか」
「悠長に喋ってる暇あんのかよ刳屋敷! ヒ──ハハハッ、呑め、野晒ィ!」
「……いやアイツどっから。俺三席以下には待機を明示していたはずなんだが」
「どうでもいい……
「ちょぉ、虎姫隊長! 俺らの管轄あっち! さっきのわかったって言葉はなんだったんスかオーイ!!」
みたいな皆のやり取りも聞き流させてもらう。
……ふぅ。
「お疲れさんや、平良。……オマエほんまに鬼道衆の上から三番目やんな。オレちょっと疑っててん」
「ははは。まぁ……お見せしませんからねぇ、基本」
安定化と恒久化。握菱鉄裁さんと有昭田さんがその辺をやってくれている。大鬼道長は全体のサポート。
あそこに僕の出る幕は無い。
「……しっかし、よぉ思いつくもんやな。瀞霊廷ン中の
「霞……ですかねぇ」
「仙人か。……見てみ、惣右介。事前に内容聞いた時からやったけど、固まってもうてるで。流石に差ぁ感じたんと違うか? アンタと惣右介鬼道話に花咲かせよってたけど、流石に鬼道衆はちゃうわ、て」
「ええ……最近、僕のやることなすことぜぇんぶ想定の範囲内って感じの反応されてたんで……驚いてくれたみたいでぇ、何よりですねぇ」
ずっと考えていた。
ずっとだ。
──なんで僕ら、虚圏と三重猿と連戦しなきゃいけないんだよ、って。
発言も監視されて、技術もパクられて、そんな中でオサレ眼鏡と戦ったあと、瀞霊廷に侵攻されて破壊される、とかさ。
なんでそんな──僕らだけ疲弊しなきゃいけないんだ。
だから、戦ってもらうことにした。この危機に、未曾有の"侵攻"に乗じて。
強くなる僕らを想定して強くなり続け、兵を蓄え続けたのであろう八刃と、平気な顔をして僕らを鏖殺せしめんとしていた滅却師の総本山と。
これでようやく三竦みだ。僕らもいつか、虚圏を脅かしに行くのだから。
「──滑川七席」
「はぁい。どうしました、か。藍染さん」
「お見事です、と。……まず言うべきことを、言っておきます」
「どうもぉ」
「なんでオマエ上から目線やねん。手放しで褒め称えろや。フツーにとんでもないことしとるやろこれ。つか瀞霊廷だけで大丈夫なんか? 流魂街は?」
「大丈夫ですよぉ。わざわざ敵の出現地点を遮魂膜内にしたのはぁ、遮魂膜の外の尸魂界と影の世界の接続を切るためですからねぇ。コレ、今赤黒い空になってますけ、ど。四門から出たら普通に流魂街が広がっていますよぉ。ちなみにこの空も、僕の霊力が回復し次第通常の空っぽいものに張り替えますよぉ。……じゃないと四十六室が面倒臭いんでぇ。この鬼道自体は
「はぇー……しっかし、奴さんのアレはなんや。ごっつい虚やったけど」
「観測結果によればぁ、老いを操る破面、って感じだと思いますねぇ。自身の霊力……水みたいな性質を持つアレの届くところ全ての霊子結合を崩壊させる力。触れたが最後、生物であれば魂魄限界が強制的に引き起こされるでしょうしぃ、炎も老いれば消えますし、水も老いれば乾きますし、風も老いれば鳴き止んで、大地も老いれば砂となりましょうねぇ」
バラガン・ルイゼンバーン。
史実は些か過小評価であると言わざるを得ない。霊子の振る舞いに直接作用できるその能力は、井上織姫の「事象の拒絶」と同じレイヤーの力であると言える。
「なんやそれ。ホンマに一匹の虚が持つ力かいな」
「破面……というか大虚とはそもそもが無数の虚の集合体でしょう。あれはその中でも極めつけ。恐らくは太古の昔から存在し、数多の虚をその身に入れ続けた……死の化身とでも言うべき存在」
「……対策は?」
「それを考えるためのこの掩蔽壕ですよぉ。僕はもう十個くらい思いついてますけどねぇ、ちゃんと検証しないとぉ、アレ……対策が間違っていたらぁ、そのまま護廷どころか瀞霊廷全滅までありましたから、ね」
霊子結合の強制解除。崩壊。「老い」というものへのアンサーがあるとすれば、「凍結」だ。
現世を除いた世界の物質は全て「霊子がどういう動きをするか」で機能が定められている。そのため、もし完全に凍結させることができれば、「老い」だろうと「奇跡」だろうとその息の根を止めるだろう。
しかし、現在の瀞霊廷に氷雪系の斬魄刀の所有者は僅かしかおらず、それらの力は隊長格に遠く及ばない。
ぶっちゃけ超強化バラガンにはイッチーすら手も足も出ないだろうから……望まれるのはやはり、シロちゃんだ。
そろそろ生まれていておかしくないはずで、潤林安なんて監視の届きやすい&安全な所で生まれるのならば、正直雛森さんの出生を待つ前に確保したいまである……が、そういう余計なことをすると死神にならないまでありそうなのでやんない。
シロちゃんが生まれなかった場合は僕が氷輪まらないといけない。そういう鬼道を開発するしかない。
「この結界は、どれくらい保つんや」
「百年くらいは保ちますよぉ。まぁ百年間無人の瀞霊廷を壊しまくったら流石に僕らがそこにいないことに気付いてくれそうですけ、ど」
「百年……案外短いな。技術開発局に頑張ってもらわなやけど、オレらにもなんやできることないんか?」
「それについても後でお話します、よ。まだ決定していないことが多いのでぇ」
「せやったら……惣右介、オレらも虚退治行くで。……おい惣右介? ……惣・右・介ェ!」
ごづんっ、と。
刀の柄で藍染さんの側頭部を小突く平子さん。
おやおやぁ。
策を講じている最中でしたか? それとも……影に潜む者達に気付いて、計画を立て直している最中でしたかねぇ。
「……痛いです、平子隊長」
「痛いですとちゃうねん。ぼーっとしてる暇あったら働き! 平良が最善の結果出してくたばっとるうちにオレらも仕事せんと、ホンマに文官二人になってまうで」
「別にくたばってはないですけどねぇ」
「言葉の綾や綾!」
予測通り。予定通りなんて詰まらないだろう。
知らないことが沢山あるのは楽しいだろう。
あなたは必ずという言葉を使った。必ず己の裡から湧き出る欲求に従い、壊すべきと判断した枠組みを壊しに行く、と。
必ず、なんて。
己の世界が狭いから、出てくる言葉だよ。
「……先に行っていていただけますか、平子隊長」
「なんでやねん」
「今の今まで考えていた……滑川七席への、"鬼道の答え合わせ"をしてからでないと戦いに集中できないからです。……先に聞かれますか?」
「オマエ……そこまで鬼道好きなら鬼道衆入れアホ。……五分や。五分待ってこーへんかったら、サボりや判断して首根掴んで虚の口ン中突っ込むで」
「はい。五分以内には済ませますので」
「ったく……すまんな、平良。疲れとるやろうけど、こいつの面倒みたってや。今でも『鬼道の通り道』読んどるくらいそいつ鬼道大好きやねん」
「はぁい。ありがたいですねぇ」
「ほな」
虚退治に混ざりに行く平子さんを見送って。
疲れて、霊力切れで大きめの岩に凭れかかっている僕の前に……俯いた藍染さんが来る。
表情は──。
「出鼻を挫かれる。あるいは、作用点をずらされると……言うべきですか」
「そうですねぇ。呼吸を、少しばかり変えてみただけですけ、ど」
「……見事だ、滑川平良。前哨戦は君に勝ちを譲ろう。君は……視えているだけではなく、読んでもいるのだと、再認識できる出来事だった」
「視えていることを散々チラつかせましたからねぇ。予定に無かった行動……恐らくは、あの、あらゆるものを朽ちゆかせる王に、決して崩れ得ぬ玉でも当ててみましたかぁ?」
「素晴らしいな、本当に。……戯れのつもりだったのだが、存外良いものに出来上がったから、予定外の行動というものをしてみたのだが……それをこうも完璧に防がれるとは」
老い朽ちゆく望みを叶えるか。
それとも、老いぬ朽ちぬを体現するか。
どちらにせよ恐ろしい結果になるだろう。それを、戯れに実践してみた、と。
「叶うことなら、君が視た道とは違う道を辿ってみたいものだ。……私も君に、予想外の楽しさを与えたい」
「楽しんでくれて何よりですねぇ。……そろそろ時間なんでぇ、もう一つお伝えしておくと」
飛んでくる舐溶飴──なんで──に気付いてはいるけれど、それでも姿勢を変えない藍染さんに、告げる。
「"無人の瀞霊廷"にいる方々、ちゃぁんと強いのでぇ。あなたの兵隊さんが殲滅されてしまったらぁ、可哀想なので助けてあげますから、ね」
「……ああ。楽しみにしていよう。……では僕、平子隊長の応援にいくので──う」
お辞儀をして踵を返した藍染さんの頭部に舐溶飴が命中する。
「──すまん! ぴったりやったわ! 早とちりした!」
「平子隊長。食べ物で遊ぶのはやめてください」
「遊んどるわけちゃう……けど今回はオレが悪いから折れたるわ! ……なんや、めっちゃ上機嫌やんけ。答え合わせ合ってたんか?」
「いえ。むしろ逆でした。間違いだらけ。僕の予想は悉くが外れ」
「せやったらなんでそない……いや、まぁ、そうか。予想通りより予想と違う方がオモロいんはオレもわかるで。成程、鬼道がオモロいオモロないってそういうことなんか?」
「ええ、そうですよ。ところで前方虚です」
「はぁ!? なんで斬らへんねんオマエ──!!」
みたいな会話が遠ざかっていくのを確認する。
……回復した霊力も全部使い切った。
疲れたぁ。
して、この鬼道で重要だったものがもう一つ。
「《見えますかぁ? うん、感度良好! ここが! 現世における尸魂界の出張所にして──僕の牙城、『浦原商店』ッス!》」
「……お店にする必要、ありましたぁ?」
「《フツーの一軒家建てるより誤魔化しやすいんスよぉ》」
「あまり理解できないという言葉は使いたくないが、この男のこういう行動だけは理解の範疇にないネ。私は『老い』の研究に戻らせてもらうヨ」
「うちもコイツの奇行付き合いたくないねんけど。目が腐り落ちるわずぅっと見てたら」
「《酷いなぁ。ひよ里サンと涅サン用の制服も用意したのに》」
「雑用手伝わせる気しかないやんけ。というか、とっとと常駐鬼道衆とかいうの置いて帰ってきぃや。うちだけでこの奇天烈三席の面倒見るの嫌やねん」
「最近人語を操ることを覚えた小猿には雑用なんてマトモにできないからネェ」
「誰が小猿やねんこの万年三位が。喜助にも平良にも勝てへん分際でうちに突っかかってくんなアホ」
おっとそれは禁句ですよ。
改造版伝令神機を持って部屋を出て、と。
「言わせておけバ──そんなに早死にしたいのかネこのxxxxが!!」
「あぁん!? そういうこと言うんやったらオマエの股座についとるxxxxをxxxxてxxxxるでエエんかこらアアン!?」
少年誌にあるまじき言葉の応酬が始まってしまったので退避退避。
一応確認しますけどぉ和尚さん。浦原さんの夢枕に立って駄菓子屋にしろ、みたいな指示出したりしてませんよ、ね?
「《濡れ衣じゃ濡れ衣》」
……ちゃんと返事くれるんだ。
というわけで、瀞霊廷と影の世界を反転させる鬼道、というのを使ったわけだけど、流石に瀞霊廷だけでこれを完結させるというのはちょっと難しかった。
ので、現世に『廻天儀』というのを設置し、現世から影と光を再定義。現世のソレが破壊されぬ限りは影との関係性が逆転される、という状況にした。無理矢理。
……当然に無理矢理である。浦原さんの卍解とかいう完全なるチートに頼って作り上げてもらった装置であるため、どんな不測の事態が起こるかはわからない。あ、反転鬼道は僕が前々から考えていたものだから大丈夫だよ。
まぁこの懸念を持つこと自体浦原さんの腕を軽視していることになるんだけど。一応原理としては、空座町に対する転回結柱オマージュではあるつもりだから、浦原さんとの相性は良かったと思うけど。
「《そんな暗い顔しなくたって大丈夫ッスよ。というか、こんな事態まで想定してたのが予想外ッス》」
「別に、この事態を予測していたわけじゃないですよぉ。あなたと同じです。準備して準備して準備して準備しまくっていたものの一つが正解だった。それだけ」
ザエルアポロが二番であると聞いた時から、そして尸魂界へ侵攻してくると聞いた時から考えていたこと。
だから割と最近だ、組んだのは。
「《ああ……やっぱり、みんなやってることなんスねぇ》」
「そうです、よ。……そっちでの調整が終わったら、早めに帰ってきてくださいねぇ。技術開発局には本当に期待しているん、で」
「《腕の見せ所ってやつッスね。お任せください》」
浦原さんは別に現世に常駐しない。鬼道衆の幾人かと……刑軍の何人かと、あとは幾人かの実力者を置くことになるだろうけど……申し訳ないが浦原喜助という鬼才無しでこの盤面を進めるつもりがない。
やることをやって、準備を無数にして。
イッチーとシロちゃんという次代を担う二人の……万全のサポートができるように。
全知全能には博学多才で挑むしかないのだから。
その。
現世と通話を、切った直後だ。
「──ひとつ。あの男では辿り着けないダロウ真実というやつについて語っておこうカ」
「……」
扉から、ぬぅ、と。
真白の腕と、青い爪だけが出てきて。
「あの男がキミに師事をした時、最初にキミが教えたのは、『結界の構成要素を直感的に操作する方法』、だったソウダネ?」
「……そうですよぉ」
「『裡と卦の結界の定義を書き換えるすべ』を、あの男の基底部分に仕込んだわケダ。当然のよウニあの男が最初に己が手だけで作り出した結界ハ、そういう要素を持つモノだったラシイ」
「知っていますよぉ」
「──裡と卦とを隔てる部分を再定義する結界。なんだか聞き覚えがあると思わないカネ」
「ええ、ごく最近、聞きましたねぇ」
のんびり答える。
「聞けば、その後に教わったものは、五感の全てを封じられた状態でそれを返す方法。己という人体結界を意識させるためなどトイウ尤もらしい理由はあれど、まるで、ソウイウことをしてくる敵を想定していたかのように聞こえないカネ」
「ように、どころかぁ」
その腕を。
ぐい、と引っ張って──涅さんの額に己の額を合わせて言う。
「だい・せい・かい……ですよぉ?」
「……トんだ畜生もいたものダ。私やあの男が可愛らしく見えるほどニ。……一体どれほどいるのカネ。キミの思い描く未来予想図の墨となり筆となって使用されている人間ハ」
正しい。
僕は彼にそういう仕込みをして、そう使っている。
こうしておけば、その未来が来た時に、動きやすいからと……たったそれだけの理由で、その人生を狭めている。
「──ぜぇんぶ……ですよぉ? アナタも含めて、ね」
「……不愉快なのは変わらないが、憐れも加わったヨ。ことここに至っても尚──キミは孤独のようだカラ、ネ」
手が振り払われ、そのまま涅さんは、戸の隙間へと消えていった。
答え合わせ。
ちゃあんと答えてあげたのに……お気に召しませんでしたかねぇ?