卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
眠れない夜に映る
カーテンを照らす白い光が
私の上で私を狙う、鈍く煌めく刃に見えた
護廷の仕事に新たなものが加わった。
名を、『特定脅威能力保有破面模擬遭遇戦・戦術適応型複合対処演練体系訓練』──略称『特演訓練』。
地下に作った『幽昼窟』で『様身体』相手に行う訓練だ。僕の作ったペイントと麻痺を付与する疑似的な『「老い」の鬼道』を扱う義魂が訓練相手であり、僕の知る限りのバラガン・ルイゼンバーンの行動習性をインプットしてある。自分をバラガン・ルイゼンバーンだと思い込ませる、みたいな悪辣なことはしていない。
死神たちはブリーフィング時に『操身体』を用いて3Dで現場を俯瞰、その後実戦形式で訓練、という流れでこれと対峙し、「老い」の鬼道に触れると史実の二倍くらいの速度でその部位が着色&麻痺する。
なお、僕が使ったところでこの鬼道に効果は出ない。霊圧が低すぎるので。あくまで作成者が僕なだけで、本番は大鬼道長、握菱鉄裁さん、有昭田鉢玄さん、あとは鬼道衆エリートチームなどがこの鬼道の霊力部分を担当することになる。
それはつまり、僕を組み込んだ戦術も試し得る、ということだ。
……ま、僕の始解と卍解の内容を知っている人以外は僕を戦場に連れていこうとはしないんだけど。
──そう思っていた時期もありました。
これを言うのは転生者の嗜みだね、流石に。
「あのぉ。僕、回復とか解呪とかそういうことをやる後衛だと思うんですけどぉ、なんで前線なんですか、ね」
「何言ってやがる。更木を相手にほぼ一方的に攻撃しまくってただろうがよ。それに、厳原から言われただろう。戦闘経験は積んでおいた方が良いってよ」
「チッ……いつか絶対ぶった切るからな……」
「更木。滑川七席は味方だ。その状況はもうあり得ないだろう」
「君達はいつもまとまりがないというか。一番隊からわざわざ応援に来てくれている子の前で言い合いはよすんだ」
「剣ちゃんなら斬れるよ! ぺらぺらもまきちゃんもあしどんもくるくるも!」
「おぅいそりゃ、俺のことはもう斬ったから、ってか? ちぃとばかし鯖勘定がすぎるだろうよ!」
「まぁまぁ! 皆さんそろそろ足並みを揃えましょう。十一番隊で件の虚を撃滅し得るか。これはそのための試験であり訓練! ハイ、気合い入れていきますよぉ! そいや!!」
「久面井副隊長。誰もそれ乗りませんし、寒いのでそろそろやめてください。更木六席、草鹿十席と共に件の虚のもとまで突っ走って何かしら攻撃してみてください。あなたの嗅覚で危険度合いを測ります。滑川七席は刳屋敷隊長の補助をお願いします。その他、各自いつも通りにやりましょう。どーせあれこれ指示しても無駄でしょうから」
「応!!」
「ああ……」
「累、おめぇは何すんだ? 件の虚の攻撃は回道じゃ治せねえって話だろう」
「無論──突っ込みますが、何か?」
「そぉ来なくっちゃなぁ!」
「初めは刳屋敷隊長たちの方に行きますがね」
……という感じで、十一番隊に組み込まれての特演訓練である。
まずは取り巻き……従属官ではなく、いると考えられる雑兵……つまりルドボーン・チェルートの「破面葬討部隊」を想定した兵隊アリの群れ。
ルドボーン・チェルート。
史実においては掃除係程度でしかなかった彼だけど、恐らくいる。感知している虚圏に「同じ霊圧をした無数」がとんでもない量蠢いているから。
というか……虚夜宮を中心とした、半径約30kmの円形範囲内の地下が、全て彼になっているっぽいんだよね。今回のバラガンのそれでちょっとは削れたかもしれないけど、そんなの些細なことだろう。
恐らく、だけど。
ルドボーン・チェルートも……八刃の一人なんじゃないかな。
雑兵を作り上げて数で押せる、って正直楽だからね。
──訓練開始のアラートが鳴る。直後、更木さんがぶっ飛んでいった。
その背にはちゃんと草鹿さんがいる。……そう、村正さんにコツを聞けていたようで、消えずにいることができるようになっていたのだ。
ただし、始解する時は更木さんと高く同調するために一体化する必要があるらしい。早く卍解したいからなのかもね。
──数秒後、更木剣八がロストした、という表示が大画面で出た。
「あぇ?」
「……失敗しました。あの鬼道特化の『様身体』では更木は危険を覚えないでしょう。ですから恐らく避ける必要なしと判断して飛び込んだものかと」
「……手加減癖、だと思いますかぁ?」
「いや、油断だろうな。坊主との戦いでヒリつきすぎたんだろう。あいつにこういう訓練が意味ないってのは正直わかってたが、どうしたもんかね」
「十一番隊名物罰則、一週間流魂街で奉仕活動の刑に処しますか?」
「罰なんか受けても反省しねえよアイツは。というより、元から常識はある方だ。今頃麻痺する身体の中で普通の反省をしているだろう。んで、あいつにとって最も罰となることは唯一つ」
右手を前にかざし、その右手を左手で持つ刳屋敷さん。
「──無明・空虚。衝撃を以て大地と冥府を産み落とせ。破道の一・衝」
その手から。
とん──でもない圧力の砲弾が、発射された。
無数の「破面葬討部隊」を巻き取って、そして
「──お前ら! ちんたら小粒の相手してんじゃねぇぞ! 開戦だ、開戦だ! 十一番隊の名が護廷において最強である所以を、今ここで見せつけろ!」
五席以上の人達の力強い返事と──七席から下の隊士さんたちの、怒号みたいな返事。
「訓練だがな、どうやったって俺達の隊は祭りになる。悔しいだろうよ。後悔するだろうよ。次またいつあるかわからん大祭りの花形を、あんな無様で終わらせちまえばな。そんでこれ、麻痺しても意識は残り続けるんだろ?」
「はぁい、そうです、よ」
「それが罰さ。今の完全詠唱の下番破道も、あいつにとって"ずりぃ"対象の一つだろう。はっはっは、作戦概要をちゃんと聞かねえから悪い」
「真実ですね。……滑川七席、この人は一見及び一聴してマトモそうですが、今みたいに"景気づけるため"というような理由で無駄に霊圧を込めた一撃を放つことが多々あります」
「おい紗咲」
「それ以外の部分は極めて良好な隊長なのですが、そういう"流れ"を重視する方ですので、可能であれば余剰霊力削減のやり方など教えていただけたら幸いです」
「はぁい。わかりました、よ」
「ありがとうございます。──では、私も突っ込んで参りますので」
紗咲累さん。男装の麗人って雰囲気の女性隊士で、十一番隊第七席。四番隊でも席次が貰えそうな回道、強いとは言えないものの詠唱破棄・無詠唱を含めた三十番台以下の鬼道を好んで使い、その使い方もお上手。
十一番隊らしく斬り合いを好むけれど、斬魄刀は鬼道系。だから基本は解放しないで斬り合いを楽しむ傾向にある……んだったかな。
斑目さんから貰った『十一番隊"俺選"隊士紹介』に載っていた話だから、信用半分誇張半分で脳内に入れているけれど。
「どうだ、坊主。十一番隊は」
「個人技の塊ですねぇ」
「ははっ、まぁ、俺や紗咲が中核にならねぇと、まだこうだ」
直接攻撃系の斬魄刀に連係も何も、なんて思う勿れ。
たとえば超攻撃性能を持つ更木さんの攻撃の後隙を埋めるために波状攻撃を行い、更木さんが次に戦斧を振るまで攻撃を繋ぎ続ける、とかでも十二分に「連係」だ。「連携」は個人技。「連係」の方ね。
けど、十一番隊の現状は……個人個人が塊となって「連携」しているだけで、その呼吸は一人であることとあまり変わりがない。
相手が一人であり、こっちに人数がいること、というのをまるで活かせていない。
「とりあえず……刳屋敷隊長。霊圧込めすぎ問題は、あなたが一度も"霊圧不足に因る失敗"を経験したことが無い故に起こる失敗ですよぉ。衝でも撃でもなんでもいいの、で。霊圧を充分量込めなかったことによる鬼道不成立を何度か経験してみてくださいねぇ。たったそれだけで色々劇的に変わると思うのでぇ」
「そんなことでいいのか?」
「はぁい。感覚って言うのは人それぞれに思われがちですけどねぇ。人という枠組み内であれば、あらゆる状況・感覚が再現可能なんですよぉ。……他、感覚で掴めないことなどあればどんどん教えてくださいねぇ。ぜぇんぶ解決してあげますから。霊子関係なら、ですけどぉ」
「流石、頼りになるな。……ちなみに威力を底上げするという話は」
「無理なんで厳原さんとかに聞いてください、ね」
「ははっ、そうだな。すまん、意地の悪いことをした」
とはいえ、威力が出せないのがなぜか、も……僕は解説できるよ。それやるとなんでお前はそれをやんないんだって言われるだろうけど。
「……さて、じゃあ……僕も混ざってきますけ、ど。……更木さんにやったみたいな手品はあんまり期待しないでくださいねぇ?」
「ああ。わかってる。だが、坊主の瞬歩じゃちと遅いんでな」
ぐ、と。……首根が掴まれ、持ち上げられる。
次に起こることを転生者の嗜みで察知したので、身体を小さく丸めて。
「流石に察しが良い──そら、行ってこい!!」
「平良、雁堰、いっきま~~す」
ぶん投げられる。イッチーが朽木さんをレンジ君に投げた時みたいに。
そのまま姿勢を整えて、個人技プレー故にどんどん着色されて麻痺っていっている十一番隊の間に入り、靴底に作り上げた霊鎧で擬虚第一刃を蹴り飛ばす。
「狩能さん、一之瀬さんは這縄などで敵の足を絡め取ってくださいねぇ。崩壊させられるから意味ないとかじゃなくて、やることに意味がありますよぉ」
「承知した。一之瀬、発動に合わせる」
「了解!」
鬼道に浸される霊鎧を瞬時に脱ぎ捨て、次の霊鎧へ。
この『幽昼窟』……つまり『偽虚圏』の特性である濃い霊子を蹴って姿勢を整え、紗咲さんによる突きの後隙を潰すようにかかと落としを入れる。
丁度双方向から這縄が来たので一之瀬さん側の方へ陣取り、彼の「申し訳ない、間合いを違えました!」という言葉を聞きながらごろんと転がり、疑似鬼道にそれを当てる。
当然ながら雲散霧消する鬼道。
「ここ修正ポイントですよぉ。鬼道が直撃する瞬間、及びその前後は攻撃の機会でぇす。あとぉ、味方を鬼道に巻き込んでしまったとか考えるのやめましょうねぇ。味方の鬼道はステージギミック……突発的に現れた使いやすそうな材料でしかありませんからねぇ。皆さんだってぇ、泥まみれの沼地に格上の虚を誘い込めたらぁ、不意打ちで泥を蹴って目潰し、とかやるでしょぉ? 味方の鬼道っていうのはその沼地だし泥なんですよぉ」
「そういうことか。理解した。一之瀬、次は合わせなくて良い。好きな時に撃て。利用する」
「了解です! そして……智久、あの日の合図を覚えているかい?」
「ん、ああ。なるほど? いいねぇ、ノってくるじゃねえか! んん~っ、張り裂けろ、鬼燈篭!!」
智久さんの始解……は、ヌンチャクか? それはまた、使い難そうな……。
「ホワチャー!!」
「せぁ!」
もう正に、な掛け声でヌンチャクを叩き込む智久さん。その直撃の瞬き挟んで直後、一之瀬さんの斬魄刀が擬虚第一刃に当たる。タイミングはばっちりだ。何か昔のやり取りとかなのかな。
ただし、両者の斬魄刀が着色された上、一之瀬さんは身体が入りすぎていて麻痺までくらってしまった。
その上で、「すまねぇ愚策だった!」とか言ったまま固まってる斑目さんを蹴り飛ばす狩能さん。
「こういうことだろう。多少痛みを与えてでも、味方の隙を潰す。斬魄刀が食われたとしても、せめて鬼道を使って死ね。感謝も謝罪も後で良い。死ぬなら味方の役に立て」
「僕の場合は、何が何でも死なない、が入りますけどねぇ」
「──難題だが、挑み甲斐はある。久面井副隊長、時間稼ぎは充分か!」
「ハァイ、ようやく終わりましたよぉ! かぶりつけ、沙棘蜥蜴!!」
久面井透徹さん。煙鉄さんの息子さんで、大きな眼鏡が特徴的。その斬魄刀は……一番近いのは瑠璃色孔雀だろうか。
沙棘蜥蜴から伸びた霊圧の通り道に久面井さん以外の霊圧が触れると、対象の霊圧を食いながら発火する。問題は虚圏の霊子密度だと大気を他者の霊子として検知してしまうことだったけど、こうして慣らしに慣らせば使用可能になる。
シロちゃんが生まれなかった場合の有効打の一つとして見ている程度には、「老い」に対して効果的な斬魄刀であると言える。
「そぉれぃ!!」
霊圧の射線が照射される。
その一つが擬虚第一刃に掠った瞬間、そこから発火が始まり、さらに僕の蹴りと狩能さんの斬撃、紗咲さんの突きが叩き込まれた。
だけではない。狩能さんは紗咲さんの突きを足場に大きく跳ねて──。
「破道の六十四・牙墜閃」
貫通力に非常に優れる……六十番台の鬼道を詠唱破棄でさらりとやってのけてみせた。
「あーっ! 狩能てめぇ、俺でもまだそこまで綺麗な詠唱破棄はできてねぇんだぞ!」
「うるさいのが来たな。とはいえ──滑川七席、あなたは少し下がっているといい。ここから先が、本当の十一番隊だ」
……その言葉は本物だった。
コンマ秒後、刳屋敷さんが行った突きに合わせ……心臓を取り戻したみたいに攻撃に血を通わせていく十一番隊。
卯ノ花さんの頃のスタンドアロンが信じられないほどにチームとして完成する。……刳屋敷さんか紗咲さんしか中核を担えないんじゃあ負担が大きすぎるけど。
……刳屋敷さんと狩能さんは問題点がわかっているみたいだし、これ以上僕が口出すことはないかな。
その後。
──刳屋敷剣八を含む十一番隊全員が疑似鬼道に沈む、という結果に終わる。
どれほど攻撃しても隙も出力の衰えも感じないのは高く見積もりすぎじゃないか、という声も上がったけれど、そんなことはない。
史実の時でさえ力む様子の一切ないままにあの広範囲を同じ「老い」に染め上げていたんだ。強化後の今どうなっているかなんて語るまでもない。
こういう風に一応全隊と「合わせ」をやって、「連係」のお手本を見せた。
お手本が必要なかったのは二番隊と三番隊と十三番隊。
刑軍にこういうことができるのはさもありなんで、三番隊……厳原さんは特に連係攻撃を重視しているから努力の結果という感じがするけれど、十三番隊には驚かされた。
浮竹さんの斬魄刀が攻撃一辺倒ではないから、というのもあるのだろうけど、直接攻撃系と鬼道系がバランスよく集まったメイン攻撃班、追い風を吹かせる鬼道系の斬魄刀に乗っけて後衛から鬼道を撃ちまくる砲撃班など、役割もかなりしっかり別たれている。浮竹さんは鬼道の中継役や外れた鬼道の照射先に移動して打ち返すという役割を担い、志島さんが倒れた隊士を片っ端から救いまくる。
志島さんが来るまで遠征なんてできてなかった隊なのに、凄いな、とか思っていたら……逆骨さんの影響であるとか。
久面井さんと逆骨さんはTRPG及び戦略型ボドゲを死ぬほど遊んでくれていて、その余波が九番隊と十三番隊に来ていて、九番隊は「護るための陣形効果」を、十三番隊は「敵を打ち破るための陣形効果」が骨身に刻まれているとのこと。
息子さんの透徹さんがそっちにハマらなかった分、余計に、とかも言っていたけれど。
でも、それでも──擬虚第一刃に有効打を与えた斬魄刀はたったの二振りのみだった。
一つ、石宝殿。厳原さんの斬魄刀。ただし始解の石宝殿は一切歯が立たず、卍解して初めて有効打が入る。
二つ、断風。六車さんの斬魄刀。こちらは逆に卍解状態だと一瞬でやられてしまうが、始解状態の遠距離攻撃による「炸裂」が有効だった。
──たったこれだけが、現状の護廷の有効斬魄刀。
無論氷雪系の二人……朽木さんとシロちゃんが入ってくれば話は変わるだろうし、僕の見立てでは灰猫……つまり松本さんも多分平気。灰はそれ以上どうにもならないからね。
あと多分だけど平子さんのも有効だろう。オサレ眼鏡のそれが史実にて有効だったのならば。
灰と「内側破壊」。護廷の持つ解答がそれしかないことは、彼らを焦らせるのに充分な事実だったと言えるだろう。
鬼道の普及は良かった点の一つだ。アプローチが増えるし、死神全体がこの「老い」の鬼道についてを悩むことができる。
けれど、それでも、やはり……。
どうか焦ってくれ。僕はずっと焦っているけれど。
どうかどうか、その緊張の糸の、千切れてしまわないようにと。
*
虚圏からの侵攻を「無人の瀞霊廷」へ隔離してから早二週間が過ぎた。
黒腔の接続先は「無人の瀞霊廷」に固定されているために尸魂界は平和なものだけど、それに胡坐をかける死神は今のところいない。現世への常駐死神は増え、そしてこの「老い」に対する研究・対策・戦術構築が日夜行われている。
残念ながらというべきか、こっちから「無人の瀞霊廷」を観察するすべは今のところ開発できていない。「見る」というのは鬼道的には「繋げる」こととほぼ同じだ。
観測により「老い」がこっちへ伝ってくる可能性も大いにあり得るし、そこから彼らが出てくることもあるだろう。
僕らにできるのは、虚圏からその中核たる八刃の霊圧状況などを察知し、今の勝敗状況を予想することくらい。
彼ら。……こっちの監視どころじゃないだろうからもう帝国と呼ぶけれど、帝国の戦力は現状を考えると極めて低いだろう。
星十字騎士団のほとんどが聖文字の開花を有していない状況。ただしあれは味覚党に賜ったものではなく、本人が元より持ち合わせていた潜在能力であるらしいから、CとM以外も……この危機的状況に目覚めている可能性はある。
とはいえだろう。バラガン・ルイゼンバーンに匹敵できそうな存在はゆるるんバードか妄想少年くらいで、それが目覚めてすらないのならば鏖殺必至……だとは思うんだけど。CとMも、Mにワンチャンあるかないかくらいだし。
バラガン・ルイゼンバーンがまだ虚圏に帰ってきていないあたり、結構抗戦はしているのかな、とも思う。他にも行っている八刃や従属官は山ほどいそう。流石に「破面葬討部隊」だけってことはないだろうし。
このまま何も知ることができないで百年間、というのは怖すぎるので、真っ白君じゃないけど、こっちも探査用のユニットを派遣する必要はあると思う。
綱彌代家の僧兵、あるいは『操身体』的なもので擬虚を作り、虚圏から影の世界へ送り込む、という迂遠な手段を取るべきか。
……あるいは。
「浮かない顔じゃないの。どうしたの、滑川くん」
「……京楽さん?」
「そうだよ。飴をさ、買いに来たんだ。どこ探してもこの酸っぱい飴売ってないからさ。好きなのに」
京楽さん。……焦りとか、微塵も見受けられない。
いつも通りだ。
「あ、そうそう。最近さ、よく聞くんだよね、滑川くんの過去の功績。今まで口止めかなんかしてたでしょ」
「あぁ……はぁい。けど、それが必要なくなったのでぇ、良いですよ、ということにしまし、た」
「ははは、なんだか頭の下がるくらい昔から瀞霊廷に……色んなことをしてくれているみたいでさ。もし良かったらなんだけど、今度ボクが主催する宴会に来てくれないかな」
「……宴会、ですかぁ?」
「そ。あ、でも厳かな感じじゃないよ? みんなでお酒飲んで美味しいものを食べて、それだけ」
……。
……折角……護廷全体を焦らせることに成功したのに?
お祭りで空気を緩めたのはガスを抜くためだ。その上で敵の脅威を理解してもらった。焦らなければならないと……山本総隊長ですら絶対ではない敵がいるのだと。
その矢先に、宴会? ……別にやるなとは言わないけど、今じゃないし、僕を誘う意味もわからない。
「おっとっと……やっぱり怒らせちゃった? 鹿取ちゃんにも言われてたんだよねぇ。"そんなことを言ったら平良君激怒しますよ"、って」
「……まぁ、僕が激怒することはないんですけどねぇ。……お分かりいただけているのであればぁ、お断りしますねぇ」
「でもさ、ここでそこまで焦るってことは、滑川くんがやってきたこの八百年近い積み重ねって、全て全くの無駄だったってことなのかい?」
「……と、言いますとぉ?」
「今の護廷はかなり強いと思うんだよねぇ。ボクが霊術院生だった時代から強かったけど、さらに飛躍的に強くなったっていうかさ。キミが……言い方は悪いけど、裏で糸を引いて護廷を強くしていた、ってことなんだろ」
……一瞬藍染さんの変装を疑ったけど、そういうことでもないっぽい。
純粋な気持ちで。
それを問うている。
「そう、ですねぇ。虚圏から侵略者が来ることまで読んでいたんですけどねぇ。……届きませんでしたねぇ」
「届かなかった。手を伸ばしている最中。あとはボクらがその準備をどれほど活かせるか。その段階であるって風に、ボクは捉えるけれど」
「そうですよぉ。それが、どうかしましたかぁ?」
「だったら全くの無駄だったってことなのか、って問いには正直に答えるべきだよ。──決してそんなことはなかったし、ボクらはもう"あと一歩"のところにいる、ってさ」
わからない。それがなんだろう。
あと一歩なら、その一歩を踏み出さずに、ゴール手前で宴会をしてお祝いしよう、って? ……冗談じゃないんだけど。
「ボクらをずっと助けてくれていた人が。ボクらをずっと見守り、この絶望を乗り越えんとやるべきことをやり続けていた。そんなことを知ったらさ、みんな頑張るよ。みんな一分一秒を大事にするし、焦って緊張感を持って過ごす。……けど……残念だけど、ボクらは滑川くんほど忍耐強くないんだ」
「……別に、忍耐強くない方々が休息を得ることまで否定した覚えはないです、よ。僕を巻き込まないでほしいというだけで」
「キミが休まないと、みんなも休めない。ボクらは忍耐強くないし……一番頑張っている人が休んでいない中で心を休ませられるほど、心が強いわけでもないからねぇ」
……。
そういえば。……この二週間、君からの忠告に返事さえしなくなっていたね。
……上司がワーカホリックだと部下が地獄を見る、ってやつだ。僕別に上司じゃないけど。
僕が休まないならみんなも休まない。僕が一息を吐かないならみんなも呼吸しない。
功績が割れるというのは、こういうデメリットもあったのか。……やっぱり隠したままの方が良かったと思ってしまうけれど。
バレた以上はもう何を言っても仕方がない。
……疲労やストレスを始解で封殺できる僕と違って、二週間を……そしてここから百年続く緊張状態を、普通の人は受け止めきれない、か。
全く以てその通りだ。僕のズルにみんなを巻き込んではいけない。
「……そうですねぇ。ごめんなさい、僕が間違っていまし、た。宴会……お誘い、ありがとうございます。是非、ですかねぇ」
「ありがとう。それと……正直ね、あの骸骨みたいな虚を見た時、ボクが真っ先に感じたのは、恐怖だった。……また、誰か。……ボクの世界を彩る誰かが……死ぬんじゃないか、って」
「……」
「戦いなんだから当然なんだけど、戦いにもならずに……老いて、朽ちて、骨になって塵になって死ぬ。そういう人が沢山出てしまうんだって……そう思った。滑川くん含む鬼道衆があの対処をしてくれて本当に驚いたし感謝したよ。その上で……あの虚を直視した日の夜は、眠れなかった」
彼は……そうだろう。
人一倍、その恐怖心が強い。……齋藤さん、地獄の蓋蹴っ飛ばして出てきてくれませんかね。あなたの名前消され始めているらしいですし、そういうことしてる連中の顔面蹴りつけて……死のイメージの払拭をしてくださいませんかね。
「焦る気持ちは痛いほどわかる。キミが心血注いで育ててきた護廷が敵わない相手かもしれないってだけで……怖いのは、ボクが多分、一番よくわかるんだ。……だからさ、あんまり……抱え込まないでくれないかな」
「……一人だけ、暗い顔をしすぎましたか、ね」
「うん。届かないから、自分がなんとかしなきゃいけない。弱いから、強化手段を構築しないといけない。大変だから、どうにかしないといけない。……でもそれは、護廷という組織全体で背負うものだよ。キミの双肩にかかるものじゃあない。……今まで尽くしに尽くしてくれたキミにこういうことを言うのは……憚られるけれど」
京楽さんはそこで息を切って。
「護廷十三隊は、キミのものじゃあ、ないよ」
……。
……そうだね。本当に……その通りだ。
「性分で……楽観は、できないですけれど。……もう少し気を抜くことを、頑張ってみますねぇ」
「その上で必ず……キミがあっと驚くような解決策も、ボクらで練り出してみるからさ。別に仕事をするなとは言わないけど、ボクらの成長も楽しみにしていてほしいかな」
「僕をあっと言わせる、ですかぁ。既に二万通りほどの策を思いついているのでぇ、頑張って超えてみてくださいねぇ」
「今の護廷は五千人以上いるからねぇ。一人四案出すだけで越えられるわけだ。ほら、簡単そうでしょ」
気を抜く。
この大事な場面で。
……それも成長の一つ、か。
ごめんね、野箆坊。君との対話も……今日の夜にでもやろうか。……一人で突っ走っても意味ないって、何百年も昔に学んだはずなのにね。
ホント、迷惑をかけてばかりだ。誰にも彼にも。
「ちなみにぃ、酸っぱい味ですとぉ、王途川さん愛用の凝縮酸味膠飴っていうのがありますけ、ど。食べてみますかぁ?」
「……宴会の席で、普通の舐溶飴に混ぜて出したら盛り上がりそうだねぇ」
そんなロシアンルーレットみたいな。
……宴会芸文化は悪しき風習なんだから尸魂界に持ち込むのはダメですよぉ。
そんなことがあって、月末。
この辺集計とか在庫確認とかで忙しいんだけどなぁ、とか思いつつ参加した宴会で……久しぶりの顔を見ることになる。
「カカカッ、おう、来たか来たか! 坊主、相変わらずの"坊主具合"じゃねぇか!」
「そんなに久しぶりな感じはせんな。大祭り以来や。元気しとったか?」
「逆骨さんに、久面井さん。……杖の方、どうですかぁ?」
「最高、だ。貴様、貴族向けにそういう店を出した方が良いぞ。儲かる」
逆骨さんと久面井さんである。
確かに瀞霊廷大祭りの時にチラっとは出会っているけれど、腰を据えて話をするのはかなり久しぶり。
ちなみに逆骨さんご要望の品は贈り物として贈らせてもらった。『
……とはいえ人体を持ち上げているわけで、王途川さんに贈ったものに比べてとんでもない霊力消費だし、霊力を注ぎ続ける、という感覚を無意識に行えない人はちょっと扱うの難しいだろうな、という気もしている。そしてめたくそ高いですこっちは。重さは義肢より無いのに、めーたくそ高い。逆骨さんだからポンと出せた金額、って感じ。
「お二人はぁ、京楽さんに呼ばれたんですか、ね?」
「おれは六車の坊主やな。あと、せがれの透徹にな。なんでも戦術をこさえねぇと歯が立たねえ虚が出てきたって話で、おれと逆骨は戦術家顧問として再雇用されることになったちゅうわけや」
「坊主が残してきた遊戯盤。あれの状況設定があまりにも、だからなぁ。カカカ、儂らでうんと戦術を立ててきてやった。どれが通じるか、あるいはどれも通じねえかもしれねえが、童が一から生み出すよか早ぇだろう」
……それは、本当にありがたいな。
そうか。……vsバラガン・ルイゼンバーンのTRPG、功を奏した、ってやつか。
「そんで……あの時代からずっと"気を付けて"いたってのに、今はちぃと楽そうだから、つまりそういうことなんだろう、貴様」
「はぁい。今敵の頭の虚が無人のはずの瀞霊廷で暴れまわっていましてねぇ。どうにも虚圏へ帰ってきていないそうでぇ。影の中の瀞霊廷なんて場所に、逃げ込んだ鼠でもいたんじゃないか、って考えていてぇ」
「わはは、良いじゃねえか。お前さんはずっとそれを見越していたし、読んでいたし、そんで気付いていることへの言及を可能な限り避けていたっちゅうわけや。この八百年間、ずぅっと。それが今弾けて、志島たちが楽しみにしていた大祭りが始まったっちゅうわけやな」
「カカカカッ! 良い、良い。そんじゃあ早速──」
「ちょ、ちょっとぉお二人とも。飲みの席の始まる前から仕事の話はやめてくださいよぉ。折角滑川くんが来てくれて、宴会に参加してくれるって話になったのに……」
「みっともない老人が若造に怒られてらぁね。あーみっともないみっともない。日常の中に仕事を持ってくるのは自己管理のできないガキ大人の証拠だが、それが老人とまでなるといやもう手がつけられないね!」
割って入ってくる京楽さんと……おや。
「『お婆』さん。お久しぶりですねぇ」
「きはっ、久しぶりだねぇ平良坊や。あたしの贈った簪を春水に押し付けたことを知った時は殴り込んでやろうかとも思ったけど、あの子の顔を立てて怒りを収めてやったよ」
「それはぁ、ありがとうございますねぇ。今度は僕から何か贈り物をさせていただきますねぇ。芸術面と実用性を兼ね備えたものを、何か見繕いますねぇ」
「……頑張ったんだねぇ。あたしゃあの子の……あの子が死んだ代で……護廷なんてものは倒れちまうもんだと思っていたんだ。どいつもこいつも自分の愉しみしか考えてないゴロツキ共で、護廷を謳うのは丿字の奴だけ。それがこんなに続いて……ここまで広がるたぁね。改めてあん時アンタを指名手配なんてことにしたあたしの目の澱みってモンを再認識したよ。間違いなく一番頑張ったのはアンタさ。誇んな」
「いやぁ、まだですよぉ。もし僕がそれを誇るとしたら、僕が読んだ全てを勝利で収め切った時だけですからねぇ」
「うるさいねぇ。あたしが誇んなって言ってんだから素直に受け止めな。というか、春水! 仕事の話だの余計な話だのが出てくるのはアンタがとっとと宴会を始めないからさ! もう開始時間だろ? ききき、遅れたやつは自業自得! そいつらに残しておいてやる料理も、あたしらが空腹を耐えなきゃならん義理もないよ!」
歓楽街を牛耳る女性、『お婆』さん。山本総隊長だけは「山下の婆」と呼んでいるからそれが名字なんだとは思うけど、誰も本名を知らない。雀部さんですら知らないらしい。
歓楽街・流魂街・瀞霊廷・護廷・貴族など、ありとあらゆるコミュニティに根を張っている人で、彼女には頭が上がらない、という人もたくさんいるらしい。裏の顔役って感じ。
……御年多分1,800歳とかだと思う。霊力はどうにも無いっぽいので、穴太衆の人と同じで、ただ己の信念だけで生きている人であると思われる。
そういうことでお腹は減らないはずなんだけど、食べれないわけではないから、という理由で毎日三食食べているのだとか。
「そうだねぇ、じゃあ始めちゃおっかあ」
「よし来た、そら、まずは酒だ」
「なんだ、乾杯の音頭もねぇのか?」
「なんだあるのか京楽。あるならとっととしろ! かたっ苦しいと判断したら徳利を投げつけるから覚悟しろよ!」
「怖いなぁそれは。……えーそれじゃあ、……特に挨拶とか思いつかないから──かんぱぁい!」
乾杯、だ。
一番長屋、なんて俗称で呼ばれている宴会場。かなりの広さがあるので、結構な人数が入っている。
寿脱隊した人、休隊扱いの人、斬魄刀を返還している人、そして霊術院生。
色んな人が集まっては飲めや騒げやをしているのを……対面の屋根上で、ぼんやり眺める。
顔の赤い平子さんが藍染さんを巻き込んで結構飲んでるのが見えるから、こっちには来ないだろう、という意味でも紐帯を緩め、足を投げ出して座る。
その、隣に。
……山本総隊長がやってきた。
「おやぁ。……霊圧隠し、お上手になられましたねぇ」
「卯ノ花にの。少しばかり、師事をした」
「それは、それは」
卯ノ花さん流霊圧隠し、僕には有効……というか実はもうわかるんだけど、ちょっと過剰すぎて探査神経とかには逆に引っかかっちゃうだろうから、今度卯ノ花さんに誰に教えたかを聞いて修正しないとな気がするなぁ。
「……悔しいと、素直に言おう」
「高め続けた剣でさえ、届かなかったことに、ですかぁ?」
「そうじゃ。……すべてを読んできたおぬしの……その懸念を打ち破るために、力を付けてきたつもりじゃったが。……届かなんだか」
二人して夜を見上げる。
輝く月は、遮魂膜から見上げる夜と同じものをリアルタイムで映し出しているから、ちゃんと月だ。
大きくて、尖っている下弦の月。月の表面の模様がはっきり見えているのだと錯覚するほどに……美しい月だ。
「あと百年で、おぬしを安心させる……というのは。……儂だけでは、難しいやもしれぬと、そう思う」
「そう……ですか」
「儂も……一人で背負いすぎた。長次郎から、その指摘を受けた。おぬしは春水からか」
「はぁい。……僕ら、いつまで経っても子供ですねぇ」
「呆れるほどにの」
僕がかけてしまっていた期待。それを……山本総隊長一人で背負う必要はない、と。
まったく、統学院から九百年……護廷に入ってからは八百年か。それだけあって何をやってきたんだか。
でも、だからこそ……時代は変わったのだと思い知らされる。
僕なんか、本来この世界の住人ではないのに……「千年前」の気質に染まっちゃってもう。
「もっと気楽にやってくださいねぇ。──最悪の場合は、僕がひとりで、ぜーんぶやるのでぇ」
「最悪の事態にならぬように……否、なるまでは、かの」
「はぁい。……そして、僕がその最悪の場合に巻き込まれた場合は、山本総隊長にお任せしますからねぇ。さらに……僕ら二人がダメでも、刳屋敷さんとか、浦原さんとか……最後の最後を覆し得る人達が……たくさん来てくださいました、ね」
なればこの八百年とは、上限と下限を上げ続けた八百年ではなく、そういう……バックアップみたいなことができる人を増やしまくった八百年だったのかもしれない。
最初は正直注目なんてしていなかった厳原さんが、ここまで頼れる存在になったこと。危うい人だと思っていた鹿取さんや志島さんが安心できる存在になり、真面目すぎて折れてしまいそうだと思っていた王途川さんは不撓不屈で。
隠居した人達もずうっと助けてくれるし、方々でコミュニティとコネクションを作って……護廷への力を注いでくれている。
……確かに。
ここまでされて、尚気を休めることができないのは……心配性さえ通り越して、強迫観念に近いな。
「どうなっても──護廷は、負けないのかもしれませんねぇ」
「……おぬしらしくない、というより、今までしてきた中で、最高得点なのではないか? その評価は」
「かもですねぇ。……長次郎さん、良いんですよぉ、出てきてくれて」
「おや……気付かれてしまいましたか。流石ですね」
「む。どうした、おぬしもあちらへ混ざってきてよいのじゃぞ長次郎」
「私は元柳斎殿の隣にいることこそ誉れですから。……この際です。少し、私からの告解を聞いてくださいませんか、お二人とも」
「告解?」
死角で隠れていた雀部さんに声をかけて呼び出せば、なんだか身に覚えのない話が出てきた。
告解。僕はシスターさんじゃないよ。
「滑川君の活躍が目覚ましくなってきた頃。約六百年前あたりでしょうか。……私は、滑川君が……どこかで躓くことを、心のどこかで願望として有していたように思うのです」
「……」
「いつか……元柳斎殿の隣、という立ち位置を、奪われてしまう、と。……そのような恐怖心から、強さを求め続け……少しずつ伸びていく強さなど目にもくれぬとばかりに、様々な事件を解決し、頼り、頼られていくあなたを見て……仄暗い嫉妬と、焦燥と、不安と……様々な感情を覚えていたのです」
……位置を奪った、という自覚は。
確かに……ちょっと、あった。……雀部さんにお任せすることも多かったから、成り代わったとまでは言わないけれど……「物事に対処する際の相談先」という位置は、確実に奪ってしまったなぁ、って。
「己の中のその願望に気付いた時、私は酷く慌てました。このような感情を以て元柳斎殿の隣にいることは、相応しくない、と。……そんな折でした。齋藤元隊長の事件があって……私は昔に、滑川君の……悲しみを得たくないから、誰とも仲良くしたくない、という言葉を聞いていましたから……己のこの醜い願望が叶ってしまったのではないかと後悔しましたし、滑川君が危ういと思って、君の後ろを尾行していた時期がありました。気付かれていたとは思っていますが……」
「……ありましたねぇ。僕が……納戚堂に行く時とか、ちょっと気分転換に双極の丘へ行く時とかもついてきていて。……雀部さんだし、心配しているような霊圧だから、まぁいっかぁって放置していたように思いますけ、ど」
「……平時の場合、双極の丘は立ち入り禁止のはずじゃが、今は良しとしよう」
あ。
……ノーカン!
「ですから……その、齋藤元隊長への……滑川君の告解を、聞いてしまったんです」
「……ああ」
「悲しむのを止めてしまった、と。大勢と仲良くならざるを得なかったから、そうせざるを得なかった、と。……そこでようやく、私は己の勘違いに気付きました。……滑川君は、元柳斎殿や厳原隊長らのような、"成るべくして成った"と感じてしまうような……英傑のような存在ではなく、私達と同じか、あるいはそれよりも弱い存在なのではないか、と。……死という別離において発生する哀しみ。当然私もそれを苦しいと感じる心はありますが、それで動けなくなるほどではありません。……それは、私に使命があるからであると……その日までは考えていましたが」
「やはり……耐えられぬのじゃな。……誰かの死が、行動を揺らすほどに……弱い。……察してはおったが」
「そうです。滑川君とて大きな使命を抱いているのに、そこまでしなければ前へ進めないのだと理解して……それで、嫉妬も焦燥も消えました。余裕のある英傑が手遊びのように新しいことを、解決策を生み出しているのではなく……少しのことで大きく驚き、大きく悲しみ、大きく怒り、大きく喜ぶ人間が、それでは遅れてしまうからとその感情を抑制しているのだと知って……私の中にあった不安を含む感情の全ては、君を解放してあげたい、という気持ちに変わりました。……奇しくもそれは、元柳斎殿からたびたび相談を受けていた言葉と同じで……いえ、奇しくも、ではありませんね。……それまでの私は、元柳斎殿の心を欠片もわからずに……薄っぺらな言葉だけを吐いていたのだと理解したのです」
買い被りだ。というか、勘違いというか。
僕が感情を消したのは……そんな……同情を受ける理由ではないのに。
「……執行が言っておったわい。"誰も死なぬは夢物語"。小坊主はそれを否定するために生きているように感じた、と。……まだ、しっかりとは聞いておらなんだったか。……おぬしのいた場所では……儂は」
「ええ、お亡くなりになっていましたよぉ。……誰も残っていませんでしたよ。卯ノ花さんさえ、いませんでした。ようやく観測の目が無くなりましたから、そろそろこの間延びした口調も要らないでしょう。……すべてをお話することは、それでもできませんが。……長次郎さんや、王途川さんなど……事情を知らぬままに力添えしてくださっている方々へ誠実になるためにも、そのお話はするべきでしょうね」
ここから先に、僕の知識のほとんどは役に立たない。
イッチー関連は言わないよ。和尚さんの気が気でない気持ちも分かる。……黒くはないから、あなたには見えないやもしれないけれど。石田家の彼は現世にいたから、大丈夫だよ。その辺りはしっかりと進むさ。
その上で……全知全能対策で言っていなかった部分も含めて、ちゃんと説明しよう。この先に待ち受けるバラガン・ルイゼンバーン以外の障害のことを。
「……それは、長次郎も、か」
「はい、本当に誰も」
「それで、ここまでを生き残らせて、まだ足りぬか。ほとほと思うが……そちらの者共は、よくぞおぬしを……こちらへ送り返せたものじゃな」
「ええ、色んな人のお世話になりました」
未来人という話はまぁ、嘘ではあるけれど。
余計なことを言って話をややこしくするのは好きじゃないからね。この認識はそのままで良いと思う。
「しばしあと、隊長格をあの部屋に呼びつける。そこで、話すべきことのみで良いが、話せ、滑川。……おぬしが使った無人の瀞霊廷に、何がいるのかについても……観測した風でも良い。その程度の欺瞞は許そう」
「わかりました。……あと百年、まだまだご迷惑をお掛けするつもりですが、よろしくお願いできますか」
「莫迦者。その先も面倒を見るわい。長次郎、改めての任を言おう。此奴から目を離すでないぞ。己が定めた役割か何かが終わったその瞬間、ひっそりと息絶える、などという愚行まで考えられよう」
「ええ……僕そんなに信用ありませんか?」
「まぁ死ぬまではしないやもしれませんが、死神を辞めて現世でのんびり暮らす、くらいのことはしそうですね」
「……い、いやぁ? そんなことは……」
もし、死ななかったら。
この始解とこの卍解が知られた上で、死を逃れたら……ひゃっほい強くてニューゲーム現代転生主人公としてラディッシュとか嗜んでいっちゃうぞYEEEEAHとか、一切考えてないですよ。本当です。
「というか、別に良くないですか。九百年働き詰めだったわけですし、五十年くらい現世で浮かれたって……」
「浮かれるのを止めはせぬが、尸魂界でするように。次世代の子供達に何を教えるなりご意見番になるなり、様々な生き方あるであろう」
「功績を讃えられて貴族に、ということまであるかもしれませんね」
「……否、長次郎。貴族にされかければ本気で現世に逃げて、霊圧も遮断して見分けがつかなくなるじゃろうな」
「ふふ、それは、想像に難くないですね」
いやうん、貴族になんて話が上がったら、その言葉が四十六室かなんかの口から出た時点で逃げるよ僕は。
……未来の話をすると鬼がどうとか。けど、展望を楽しく語るのも……人間ってものの特権に思うからなぁ。
「改めて、今日からまた、お願いしますね。末永く」
「ええ、生き残りましょう」
「うむ。……では、乾杯」
杯を合わせて。
……十分くらいは、酒気を……身体に残してみようかね。