卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
あなたとともに 歩いて
あなたとともに 走って
あなたとともに 休んで
あなただけが 進んだ
七番隊の報告書。
虎姫。愛川羅武。
二人は今、雑兵たちと戦う隊士らから少し離れたところにいる。
その理由は。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
「叫ぶな……聞こえている」
振り下ろされるは毛むくじゃらな腕。防ぐのは真っ赤な大鎌で、硬直の隙を狙うのは巨大な金砕棒。
しかし、金砕棒……天狗丸の攻撃をものともせずに、その怪物は二度、三度と虎姫に拳を打ち付けていく。
「……ふぃー。なんですかいね、こいつは」
「わからない。……通常の虚とも、匂いが違うように思うが……」
怒号。咆哮。
破面と呼ばれる上位種ではない。虚であるままに強者であるその存在。
虎姫達の知らぬことだが、この怪物の名はアヨンという。アヨン・ディスピエルト。またの名を、目覚めたままに見る悪夢。
再度の殴りかかり。
これを防御する虎姫だったが──虚圏の砂へ突き刺さるようにして叩き落とされる結果となる。
「虎姫隊長!?」
「オ゛オ゛オ゛ァ゛アアア゛アアア゛アアア!!」
「この──ガ」
追撃を仕掛けようとするアヨン。その眼前に跳び入って天狗丸による攻撃を仕掛ける羅武だったが、大きな手で金砕棒自体を掴まれ──ぐるんと振り回されたあと、同じように砂漠へ叩き落とされる。
膂力が違いすぎる。この一言に尽きた。
勝利。その言葉を理解しているのかいないのか。
アヨンは更なる雄たけびを上げ──直後。
「虚閃」
強大な霊圧の奔流に飲み込まれることとなる。
「……?」
「……虚圏で……発症したが故か」
所々が爛れたアヨンの躯にかかるは、真っ赤な鎌だ。
それが……ぞぶ、と……その強靭な肌を切り裂き始めたあたりで、ようやく危機から脱さんとしたソレを。
「縛道の三十六・
「良く、馴染む」
復帰した羅武が縛道によって絡め取って──両断と相成るのである。
虚面を外す虎姫。
彼女の隣へと戻ってくる羅武であるが……その左腕に力が入っていない。
「……折れたか」
「受け止めた時に、ボキっと。とはいえ左腕なんで大丈……夫……」
尻すぼみになっていく声。
当然だろう。羅武の視界に映るは、同じ顔で、同じ体躯で、同じ怒号を上げる怪物……三匹。
目覚めたままに見る悪夢。終わらない悪夢に、虎姫は。
「……隊士に伝えてくれ、愛川。……撤退をしよう」
「了解!」
昔の彼女であれば絶対に選ばなかった選択をしたのである。
*
虚夜宮南。十番隊の管轄。
他隊と同じように雑兵を相手にしていた彼らの前に現れたのは、襤褸布としか呼べないものを纏った、推定破面とでも呼ぶべきものであったという。
ただ、その身が纏う圧倒的な霊圧が、見た目の奇異を思考から外す理由となった。
「何者であるか」
「……ライム・バック」
「そうであるか。此方は護廷十三隊十番隊隊長、王途川雨緒紀と申す者。虚夜宮の守護者と見るが、如何か」
「守護者……かどうかは、わからないが。ここだけが……俺達を、唯一満たしてくれる場所なんだ。……だから、頼む。死神は死神の世界へ帰ってくれ」
「笑止。その死神の世界を脅かしに来たのが彼方らの首魁であろう」
「……返す言葉もない。……アンタたちを脅かしているやつは、バラガン・ルイゼンバーンという……古代から存在する虚だ。俺達が奴に従っているのはただ……住処や、仲間が、アイツに脅かされたが故。……悲しいことだが、被害者同士でも……争いは避けられない」
襤褸布の破面が、ゆらり、と腕を出す。
人間の腕とそう変わりはしない。だが、体躯と腕の長さが合っていない。
腕はそのまま手を……人差し指と親指だけを伸ばす、
「
「む──回避に専念するである、西紀!」
王途川と、そして副官の西紀早乙留。どちらにも当たるようなコースで放たれた虚閃。
一瞬受け止めることを考えた王途川だったが、瞬時に
威力・速度共に、そこまででもないように見えた虚閃は──虚圏の砂漠に着弾したあと、爆発するでも跳ね返るでもなく、ぞっとするほどに深い孔を残して消える。
「……勘が良いな。こういう手合いが、身内にいるのか?」
「生憎と虚閃を放てる身内は……いやまぁいるにはいるが、このような芸当のできる者はおらぬ。それよりかは、此方自身が彼方のような戦いをする死神である、というのが大きいであろう」
「……アンタが? ……戦いぶりを、少しだけ見ていたが。水で出来た斬魄刀での……真っ当な武士というような戦い方に見えた。……俺達みたいな、邪道……飛び道具に頼る戦い方とは、天と地ほどに違うだろう」
「それが、そうでもないのである。無論、百聞は一見に如かずであろうから──受けてみると良い」
瞬歩と縮地。それによって引き起こされるは、迅風が如き一閃。
それを──
「む。避けては効果の検証にならぬだろう」
「無茶言うなよ……。何か特別な効果がありますよ、って事前に言われてて、実際に食らってみるとか……馬鹿のすることだろう」
「はっはっは、それはそうであるな。──だが、避けたことはあまり意味がないのである」
回避から、十六秒は経った。
その辺りで……ライム・バックの上半身が、ギチギチと音を立ててねじれ始める。否、巻き込まれ始める。
「
「……ってぇな。……ああくそ、本当だ。似ていやがる」
「む、流石に硬いであるな。……先程の虚閃についての解説は、彼方からしてもらえぬか?」
「嫌だよ……なんで敵にわざわざそんなこと教えなきゃいけねぇんだ」
「それは道理であるな。では此方の考察になるが、あれなるは霊圧を掻き分けることに特化した虚閃であろう。霊圧の高さを信じてそのまま受ければ、砂と同じように掻き毟られて大穴を開けられていたに違いあるまい」
「……正解くらいは、言ってやるさ」
「それは、それは。律儀な虚もいたものであるな」
王途川は手に持つ流水の刀をなぞり、形状を少しだけ変える。
同時、ライム・バックが全く違う霊圧を持つ虚閃を準備し──。
「降り注げ! 鞠糸!!」
意識外から降ってきた硬質な糸に絡め取られ──ることはなく。
響転により、別のところへ現れる。
「チッ、気付かれたか!」
「気付いた……つーか、最初の虚閃の時……キドウとかいうのを使って消えたのは、見えてたからな。不意打ちを仕掛けてくることはわかっていたから……全方位に気を配ってたって、そんだけだ」
「良い観察眼であるな。その頑丈さと出力の高さからして……もしやとは思うが、彼方は八刃というものであったりするのであろうか」
「……ああ、そうだよ。
「やはりであるか。とあらば──西紀」
「はい。お気をつけて」
瞬歩で消える西紀。
それに手を出すことなく見送って、ライム・バックは理解できないという声を出す。
「副官を下がらせた……つーか、仲間のもとにやったのか。……あんまり理解はできねーが」
「撤退準備に向かったのである」
「……なんだと?」
「如何ほどなる自信があろうとも、八刃に勝てると思ってはならぬ。此方らに下されたその命令に従うまでのこと」
「……死神の……司令官は、随分と臆病なんだな。俺達も簡単にやれないなら……バラガンを殺すなんて、夢物語だぞ」
「うむ。まぁ仕方あるまい。組織とはそういうものである。そういう命令に嫌気が差すのであれば、上へ上り詰めるしかあるまいよ」
「成程ね。互いに世知辛いってわけだ。──それで?」
問いかけながら、ピンと張った指先を向けるはライム・バックだ。
王途川は。
「撤退する味方に追撃が向かわぬよう──彼方を足止めする。勝てるとは思わぬ。ゆえに時間稼ぎをするつもりで、此方は彼方の視界を遮ろう」
「……視界を遮る、ね。この、嫌になるほど澄んだ世界で……どうやったら俺達の目が曇る」
「当然に、雨を降らせるのである。──卍解。
雨が──降り始める。
水の存在しない世界に。月砂の世界に、雨が。──雨で造られた、刃が。
「
「おお。虚閃を防御に使う姿は初めて見たであるな」
「霊圧を掻き毟って進むんだ。敵の攻撃がなんであろうとこれ一つで防げるんなら、それでいい。そうだろ」
「道理であるな。──であるが、一つ、勘違いがある」
しとしとと降る。
しとしとと降る雨は──その本来あり得ぬ挙動をしている虚閃を、静かに、静かに、蝕み侵していく。
「──それ一つで防ぎ得るほど、此方の卍解は弱くない。それだけのことである。──白魔の太刀・崩し雨」
崩れる。虚閃の壁も、鋼皮も、等しく。
染み入ってくる雨に呑み込まれて──。
「
さらに悉くが、消し飛ばされた。
「……」
「……ずりぃな。その雨、防御にも使えんのか」
「それについては無論であるが、防ぎ得たのは防御が間に合った故ではない」
「その、おかしな気配の腕か」
「うむ。此方の腕は特別製であるゆえ、霊圧さえ足りていれば、大抵の霊子攻撃は防ぎ得るのである」
「はぁ……嫌になるな。……霊圧に恵まれてて、技術もあって、特別なものも持っていて、仲間もいて。……恵まれているよ、アンタ」
「自覚はある。なにせ此方は一度死したようなもの。再び戦場に舞い戻ってくることができた時点で既に恵まれているのであれば、その後に得た全てもまた恵みであろう」
「……俺達には、何も無い。仲間も、家族もいない。いるのは常に己を餌として見る同僚と……俺達がどうなろうと知ったこっちゃない独りよがりの王様だけだ。……なんのために……頑張っているのやら」
消し飛ばされても尚……再度降り始める刀の雨。
徒労。その言葉が浮かんで消える。
「……もういいや」
襤褸布の破面は……己の頭に、己の指を向けた。
「……どういうつもりであるか」
「気付いてんだろ。この躯は遠隔操作の作り物さ。……本物の俺達は、あっち……黒腔の向こうにいる。この俺達はただ、こっちの情報を取ってこいと派遣された捨て駒だ。……虚夜宮の周囲に現れた死神たちは、際立った殺意や害意を持たず……恐らくはこれ自体が陽動であるために、これ以上の戦力を割く必要はなし。俺達は上にそう伝える」
「ふむ。賢明な判断に礼を言うべきか、見事な慧眼を褒め称えるべきか」
「礼も要らないし、称賛も……己の副官にでも取っておけ。……じゃあな、隊長さん。次会う時は世知辛いもん全部捨てた状態であるってのを祈ってるぜ。──
撃ち抜き、撃ち抜かれる。
指先から出たのは、白雷を思わせる貫通力の虚閃だ。それは八刃の鋼皮を容易く貫き、その作り物を絶命させるに至る。
「……あの霊圧と、硬さと、出力で……遠隔操作の作り物、であるか。……破面の技術力は……無視できぬのやもしれぬであるな」
何はともあれ。
王途川雨緒紀──第五刃、悲嘆のライム・バックに、勝利。
ただし本来の第五刃への損耗は確認できず、である。
*
最後。陽動隊の最後……六番隊。
──六番隊副隊長朽木響河を除く、隊長及び三席以下十二名の全隊士が昏睡状態。肉体損傷はないが、戦闘不能と判断。
──朽木響河が斬魄刀の能力により全員の回収を確認。四番隊に引き継ぎ完了。
──敵の姿は見えなかった。正体不明の遠隔攻撃であると予想される。精神汚染の類。体が勝手に動くという旨の発言多数。
──六番隊隊長朽木銀嶺の昏睡前、その額に瞳のような文様が一瞬だけ現れたことを視認。鬼道衆の解呪班を要請する。
*
報告書は読み終わった。
一番隊、三番隊、八番隊の元へは誰も現れなかったという。王途川さんの前に現れたライム・バックなる破面以外、八刃の姿は確認できなかった。
全てが影の世界へ赴いているのか。
それとも、虚夜宮から出てきていないだけか。
ともかく『空洞倶象』の送り込みまでスムーズにできたわけだけれど、不気味さは拭えない。
色々なことを考えながら……赴いたのは、四番隊の隊舎だ。
そこに寝かされている十六人……銀嶺さんを含む、響河さん以外の十五席以内の六番隊隊士を確認しにきた。
「滑川七席。お疲れ様です」
「状況は?」
「……肉体の治癒は完了しました。ですが、依然として意識が戻りません。点滴こそ繋いでいますが、朽木隊長の衰弱が激しく……予断を許さない状況にあるといえます」
四番隊五席の明宝さんに状況を聞く。
そして、鬼道衆の知り合いを見つけたので、声をかける。
「
「ア? 誰だ……って、平良か。こういう緊迫した場面でふざけんじゃねえ。普通の話し方に戻せ。気が散る」
……いやあの。こっちが元の……。
……うん、そうだね。流石に慣れがね。
「ごめんねぇ。ちょっと、こういう口調で話さないといけない場面があって、抜けなくて、さ」
「ああそうか、そういや隊首会に呼ばれてたな。すまねぇ、決めつけた。……で、そんなことより、だ」
彼は手元に置いた、砂鉄の入った瓶を持ち上げる。
「気色の悪い呪いだ。まだ繋がってる。……お前ならいけるか?」
「ちょっと待ってねぇ。探るか、ら」
「おう」
保護膜を外してもらって、探る。
……銀嶺さんの額についた、太陽のような形の霊子。……やっぱりゾマリ・ルルーで間違いないっぽいな。
精神汚染……支配攻撃の遠隔狙撃って、そりゃ無法だよ。姿も見えない誰かからの愛でも受け止めなきゃいけないっていうのか。
「どうだ。解けそうか」
「……動かしたり、消したりするとぉ、逐次霊子が補充される……しかも、銀嶺さんの体内霊子が。……これは、マズいねぇ」
「ああ、だよな。無理に解呪しようとすると最も近い脳から霊子を奪ってくる可能性が高ぇ。……動かせねえ。……虚圏と尸魂界を隔ててもここまで強く呪うことって、普通無理だよな?」
「……普通は、ねぇ」
でも……今、影の瀞霊廷内に八刃勢がいるわけで。
中継点とか持ってきてたら……できないことはないかもしれない。
王途川さんの報告書にもあったけど、遠隔の操作物の存在もある。ザエルアポロの科学力は、かなりの水準に達していると見るべきだ。
呪いの中継地点くらい作れておかしくはない。
……解消法は恐らく二つ。
影の世界の中継地点を破壊し、効果を薄くしてぶち破るか。
呪いの根源、ゾマリ・ルルーを殺すか、だ。
「ウァ──ア゛!!」
「うわっ、お、落ち着いてください、ここは尸魂界、四番隊隊舎です!! 安全で──」
「倦憊掌底。……暴れる患者は疲れさせてしまえばいい。どうせ納得などしないのだか──」
じゅるりと人波を抜けて、箒による一撃を蹴りで受け止める。
……いったぁい。まぁこれくらいなら治すけども。
「っ……死ぬほど疲れているはずなのに……どうして」
「皆さん! 今すぐ全員を強く拘束してください! 至急です!!」
言葉に従って動き始めたのは六人程だけ。
古株の隊士だ。見覚えのある人たちばかり。
でも、足りない。
銀嶺さんも含めた十六人が──力のままに暴れ始める。
その、直前で。
「だからオマエら倦憊以外も鍛えろっつってんだよ。鬼道じゃどうしようもねー場合もあんだから」
褐色の風によって、全員がベッドへ縛り付けられる。
「四楓院四席! ありがとうございます!」
「オウ。……で、どういうことだ、平良」
「これぇ、意識を奪う呪いじゃないっぽいですねぇ。支配権を奪う呪い、でしょうかねぇ。……斬魄刀を決して近づけないようにしてくださいねぇ。それと、口轡もお願いしますぅ。暴れることができないと伝わったら、そのまま自死をさせられるやもしれませんの、で」
「……キメェ呪いだな。呪い元の逆探知はできねーのかよ」
「
「んだと?」
「いえ……もう大丈夫ですよぉ。捕捉しましたからねぇ」
「ああ……そうか、すまねえ。こっちの状況が……こいつらの耳を通して伝わってるって可能性もあるのか」
「はぁい。というか、十中八九そうですねぇ。暴れるタイミング的に。だから彼から担当を交代した時に、逆探知を始めていまし、た」
「……アホとか言ってすんませんけど、解呪のために必要な情報が取れなくなるとこだったから……いやまぁ、すんません」
「良いって。オレがアホだった。……意識を奪って救護施設に運び込ませて、非戦闘員の四番隊を根こそぎ持ってく魂胆だった、ってことだな。キメェ呪いだしキメェ作戦を立てるもんだ」
逆探知は完了した。なんか響転しまくってるみたいだけど関係ないよそんなの。
逃がさない。みんなが夢物語を完遂して帰ってきてくれたんだ。
君を殺して、この陽動作戦を……序盤も序盤の作戦を、誰も失わずに終わらせる。
「楠典。鬼道衆から解呪班もっと呼んで、六番隊の人達の容態の変化に対応できるようにしてくれるかぁい」
「ああ、そうする。解呪はしない。俺達が触るには怖すぎる。……だから」
「言葉は濁さなくてもいいよぉ。聞こえている前提で言うんだからぁ」
響転を終えた彼の──耳元で、告げる。
「もう見たし、もう覚えた。霊圧も、名前も……響転が得意なことも、ぜぇんぶ、ね」
絶対に逃がさないよ。
とはいえ。
残念ながら僕に独断専行ができるような立場は無いし、一人で赴いて勝てるとも思っていない。呪いの方は僕へ向かうものはどうとでもなるけど、仮にも破面。その鋼皮は、僕が貫けるものではないだろうし。
また、仮に討伐隊が組まれたとしても、そこにあるのは復讐心だけとなるだろう。
別に目的のために勝手に踏み入って、迎撃されて、それの報復作戦へ、なんて。……大義ではない。ただ、仲間を守らんとするための戦いでしかない。
……さらに「とはいえ」を重ねると……普通に敵として厄介な部分もある。
銀嶺さんは引退寸前だったとはいえ、四大貴族として、隊長として、とんでもない霊圧を有している。
その彼に支配を刻み込むというのは至難の技だ。史実においてもびゃっくんの身体に当然のように呪いを刻んでいた。断空で防がれる程度のものであるのに、だ。
そう、着目すべきはゾマリ・ルルーの「
対象の霊圧強度に関係なく呪いを刻み込み、支配権を得る。
史実で彼が藍染さんに従っていた理由がどちらだったのかによって話が変わる。
即ち、完全催眠でボロ負けした故の忠誠であるのか。
それとも、圧倒的な霊圧に「愛」の歯が立たなかったのか。
前者であるのならば、藍染さんの霊圧さえもブチ抜く概念クラスの攻撃である可能性が出てくる。
後者であるのならば、藍染さんクラスの霊圧でようやく耐性を持てる……極めて強力である、という
どの道、実際に使用の瞬間を見ないことには解析不可だ。
だから──ゾマリ・ルルーを討滅する作戦を進言して、名乗りを上げた。
けれど。
「ならぬ。……少し落ち着け、滑川。頭に血が上りすぎじゃ」
参加は……叶わなかった。
血が上りすぎ。……そうだろうか。僕は極めて冷静なつもりだったけれど。
そんなことを言われた方が。
血が、上ってしまうけれど。
北流魂街25区「滑川」。僕の生まれたその場所には、昔の僕が使っていた秘密基地のようなものが無数に存在する。
瞑想のため、虚から逃げるため、あるいは斬魄刀の無いままに虚を撃滅するために作り上げた珍妙なオブジェクトが。
その一つであるトンネルの中を通り、長く暗いそこを抜けた先にあるのは……森と、そして崖。
懐かしい場所だ。お気に入りの場所の一つだった。
「それでぇ。どうしているんですか、ね。更木さん」
「ハ。わかんだよ。表面上は従ったフリをして隠したつもりかもしれねぇが……今すぐ流魂街の奴ら皆殺しにしたっておかしくねぇほどの血の臭いを垂れ流しやがって。わくわくしてついついてきちまったじゃねぇか」
……。血が上っている。明らかな命令違反をしようとしている。
でも……逃げに徹したアレを、僕無しで捕捉し、犠牲無くして殺し切れると……思えない。結局僕は、信じ切れない。
夢物語は達成されなかった。斑目さんの腹に空いた孔。一命は取り留めたけど、魄睡が完全に破壊されていて、護廷への復帰は望めないそうだ。
報告書上では確かに死者ゼロ人で終わった。けれど……被害がゼロとは、誰も言っていない。
骨折。欠損。破裂。
無事だ、なんて。
とても言えない記録だった。
「……長次郎さん。あなたも……ついてきちゃったんですね」
「……滑川君。これを」
背後にあった、巧妙に隠された霊圧。
そこへ目敏く言及すれば……大人しく出てきてくれた長次郎さんが、小さな紙片を渡してきた。
書かれている言葉は。
──己が、のちに組まれる護廷の精鋭よりも優れていると、本当にそう思うのであれば……半日で片を付けよ。それ以上かけた場合は、精鋭が再度虚圏に足を踏み入れると思え。
──儂としては、あの日の夜の言葉の通り、護廷はどうあっても負けぬと、信じてほしかったが。
──叶わぬ夢物語だったか、滑川。
走り書きなのに達筆で。
……悔恨が滲んでくるような文字で。
「更木君。君にこういうことを頼むべきであるとは思いませんが……滑川君を、」
「なんだぁ? 幻聴が聞こえやがる。森ってのは、これだからいけねぇ。とっとと行っちまおうぜ、平良。誰かに見つかったら、俺もお前もお縄だ。わかってんだろ?」
「そうですねぇ。何か拾いましたけ、ど。風がまた運んでいってくれるでしょぉ。──直通を開きますからねぇ。行きますよ」
空間をなぞって黒腔を開く。観測局には一瞬ノイズが走ったように見えるかもしれないけど、それ以上は見えないだろう。
紙片を風に流し、黒腔へ入る。
タイムリミットは半日。つまりほとんど明日まで……零時になるまでだ。
それを過ぎれば、討伐隊が編成され……それが虚夜宮へ乗り込んで、最悪全面戦争かな。
それまでに銀嶺さんの意識が戻ればいい。
「遅ぇ。やちる」
「はーい。……ここ、とくとーせきだけど、特別に乗せてあげる」
持ち上げられた。そして、僕の三倍近い速度で黒腔内を走っていく更木さん。
餅は餅屋か。……それでいうなら、そもそも精鋭部隊に任せればいいのにね。
「平良。お前、刳屋敷含めて……他の奴らじゃ、そいつを殺せねえと思ってるってことでいいんだよなぁ」
「……相性の問題ですけど、ね。答えは"はい"です。数を増やしても、質を上げてもどうにもならない。……虚圏との戦争を起こすべきではない以上、こっそり行って暗殺がベスト、ですねぇ」
「どうやって暗殺をするつもりだった。お前の攻撃はそいつに通らねえだろう。そこまで強力な虚なら」
「方法なんかいくらでもありますよぉ。……前にあなたに通した攻撃もそうですけどねぇ。僕の力に関係ない攻撃手段くらい、持ってるんです、よ」
いくらでもある。命を奪う手段なんか。
工夫すればいい。命を奪うための工夫を。
「そうかよ。……ちっと殺気を抑えな。暗殺どころじゃねえだろ、そいつは」
「……そうですねぇ。……もっと、研ぎ澄まさないと」
ゾマリ・ルルーの呪いの逆探知を行っているために、始解は使えない。血が上っていると指摘された時にしなかったのはそういう理由があってのこと。
だから始解ではなく、深呼吸をして……それでも湧き上がるものを……刀の形に拵えて。
「直通になるよう弄ったのでぇ。出た瞬間に攻撃を喰らう可能性が高いですからぁ、ちゃぁんと避けてください、ね」
「ハッ、誰に言ってやがる」
大義は無い。正義もない。
違反と背信に更木さんまで巻き込んで行う、酷く幼稚な報復攻撃。
僕が作り上げた盤面だから、僕が責任を取るんだ……みたいな責任感すらない。
誰も失いたくないから、動く。夢物語の筆を執っているのは、山本総隊長じゃなく僕だから。
黒腔の出口が開く。
検知した霊圧の前に転がり出る。
「……これは、これは。ようこそ、無礼千万たる死神のお二人。此度は──」
「破道の四十二・毘炎風。破道の四十六・辻針舞」
「思ったより強そうじゃねぇか! 呑め、野晒ィ!!」
口上を聞くつもりなどない。何の躊躇もなく殺す。呪いを撃たば解析し、撃たなければそのまま殺す。
「野蛮人どもめ……他者の家に赴く際は、家主の注意事を──」
「ハハハハ!!」
更木さんの一撃に真っ二つになるゾマリだけど、あれは残像だな。
本体はこっち。
「野蛮な。人の話を遮るなと教わらなかったの──ぐ!?」
「縛道の十八・防風塞」
「ぁに……ぉ?」
喉の中に気体を通さない膜を張る。
いくらでもある。いくらでもある。
大きく咳き込むその喉に『緩衝霊子』を注ぎ込む。
窒息させることはできずとも、呼吸のし難くなるそれを、今まさに喉に異物が入っている状態で使えばどうなるか。
呼吸ができない程度で死ぬ種族ではないことは知っているけれど、ヒトガタでいる内はヒトガタの法則を受けるのだろう。
ならばとっととしろ。
とっとと見せろ。
「ゴ、ォ──し゛す゛ま゛れ゛──
花の咲くが如き解放。帰刃。
想像通りの数値。考えていた通りの上昇率。
……ノイトラ・ジルガの報告書は読んだ。史実より霊圧強度が上がっているようにも見えたけど、それでも更木さんの敵ではなかったように見えた。
ゾマリ・ルルーの強化点は、射程だけか。それとも他に何かあるか。
「ああ……まったく、気色の悪い霊子を流し込む攻撃とは。同情しますよ。戦いにおける美徳さえも失えば、我々は血肉を貪る野良犬と変わらなくなってしまうでしょうに」
「御託はどうでもいい。さっきの状態より目が増えたなぁ。つまり、眼の
「そのような単純な計算ではありません。ですが──」
その手のひらが──更木さんへ向けられる。
虚閃か何かが来ると考えたのか、想定できる虚閃の太さに合わせて回避行動を入れる更木さん。……その右腕に、件のマークが出た。右腕だけじゃない、両足にもだ。
……更木さんクラスでも跳ね除けられないか。
だけど。
「なんだ、こりゃ。……動かねえ」
「──全てのものには、支配権があります。私の『
「何を言って……ア?」
一歩、二歩、三歩と進んでいく更木さん。
「よろしいですね。では次。右腕、斬魄刀にて己の腹を突き破りなさ──む?」
威力なんて欠片もない水鉄砲をぶつける。一応塩水ver.にしてみたけど沁みたりしないのか。残念。
「……こちらの子供は、さっきから悪戯ばかりですね。まぁ、良いでしょう。戦場というものが恐ろしい場所であることを教えて差し上げますよ──『
「いえいえぇ──もう充分ですよぉ。だから、お返しします、ね」
反魂相殺の霊子だけ版をぶつけてそれを消し飛ばし、全く同じ構成の呪いをその身体に刻み付ける。
いや……半分以上は刻み付けられていないな。……へぇ、避けたのか。
「……私の『愛』が……跳ね返された?」
「右腕、捩じ切れろ」
「!」
ぶちぶちと音を立てて捩じれていくその右腕。……いや、抵抗されている。言霊の威力が足りないのか?
「ま……さか、あなたも、『愛』を……?」
「まぁ、仮に持っていたとしてもぉ、あなたたちに向けるものは欠片も無いかなぁ。で……これ以上の隠し玉とか、無い感じですかねぇ」
「──偶さか同系統の能力を有していたからといって、あまり調子に乗るものではありませんよ」
響転の移動先に鬼道で作った氷の棘を設置する。
直後そこに現れ、勝手に刺さるゾマリ・ルルー。
「ヘメロ──ぐ!?」
「……もう無いならぁ、もう良いですよぉ、更木さん。全身、自由に」
「刳屋敷もだが、躾みてぇに言うのはやめろつってんだよ」
ゾマリ・ルルーが置いた支配権をさらに横取りする。そのほとんど直後、一閃がゾマリ・ルルーを襲った。
縦一文字。愛も慈悲もない、斬り捨て御免。鋼皮も全く硬くないらしい。
「バラ……ガン様。……バラガン様、ばんざ……い……」
それだけ言って。
ゾマリ・ルルーは斃れた。
……銀嶺さんたちに繋がっていた呪いの糸が消えているのを確認する。
射程が伸びただけのゾマリ・ルルー。
攻撃力の底上げがあったっぽいノイトラ・ジルガ。
常時稼働・四体に増えていたアヨン。
正体不明のライム・バック。
てんでバラバラに見える四つだけど……。
「これで終いか?」
「……銀嶺さんたちの方はぁ、これで大丈夫だと思います、よ」
「含みのある言い方じゃねえか」
もっと調べていきたい。
八刃の全容を知って、滅却師の動向を知って。
……やっぱり、全く知らない未来というのを、僕は僕の想定以上に怖がって見ているらしい。
「
「──っ!?」
更木さんの霊圧回避が間に合わなかった。
直撃……というか野晒で受けて……止まることができないままに壁へと激突する更木さん。
現れたるは、ケンタウロスを彷彿とさせる女性。下半身は羚羊だろうけど。
「……見つけた。ノイトラを殺した死神」
「……」
「ゾマリも、殺してしまったのね。それと……子供? ……なぜこんなところに」
虚空より現れる新たな槍と……地面へ呑み込まれて消えていくゾマリ・ルルーの死体。
……ならばノイトラ・ジルガも、かな。
「ハハハッ! 久しぶりだぜ、吹っ飛ばされるなんて経験はよぉ!!」
「あら……手加減したつもりはなかったけれど。……一応聞いておくわ。あなたが、ノイトラを殺した死神で合っているかしら」
「聞くまでもねぇことを囀ってんじゃねえよ。人違いでしたですまねぇ威力を出しといて、何が聞いておくだ」
「そうね。……そうだった。……私は、
「十一番隊第六席、更木剣八!!」
「その霊圧で、六席。……死神の層は厚いのね。……それで、子供は安全地帯にでも逃がした方が得策よ。私とあなたの戦いじゃ、余波まで気にしていられないだろうから」
「……チッ、毎度毎度面倒くせぇな。おい平良! テメェもっと強そうにしやがれ!! 毎度毎度テメェを逃がせだのどうして連れてきただの、知るかよ! テメェが一番にそのゾマリってのを殺したがってたってのをもっとわかりやすくしろ!!」
「それはぁ、また難しい注文ですねぇ。立て札でも持っておきましょうかぁ?」
風格が無いのはねぇ。僕じゃあどうしようもないからねぇ。
「まさか……その子供も、戦士の一人だと言うの? ……訂正するわ。死神は層が厚いのではなく、ああいう子どもすら徴兵しなければならないほど困窮しているのね」
「……あー……。……そういうこった」
あ、投げた。
天秤。
……八刃の全てを知りたいという気持ちはあるが、今ネリエルとぶつかることのデメリットを考える。
別に……正直ネリエルの有無は、イッチーにはそこまで関係ないと思ってる。ノイトラ・ジルガが死に行った以上は、彼女が幼子となりてイッチーの前に現れること自体無くなるだろうし。
その上で……今こうして対面して感じる強さの部分で見れば、……撤退すべきだと、思う。
強い。見てきた……僕が出会ってきたどの虚よりも。能力の面では当然バラガン・ルイゼンバーンに負けるのだろうし、技術力の面ではザエルアポロ・グランツに負けるのかもしれないけれど。
単純な……個体としての強さが、これは。
「
射出されては再装填される、文字通り必殺の一撃。
それが七度……別々の霊圧の姿を取って、更木さんへ襲い掛かる。
「ぐ──ぅ……良い重さだ! 良い威力だ!! 回避もできねぇ弾き返すこともできねぇ! その細腕からは考えられねえ膂力……楽しいなぁ、ハハハハッ!!」
「そう、ありがとう。そう言うあなたは見た目通り鈍重ね」
「!?」
迅い。四本脚で行う響転か? 明らかにゾマリ・ルルーより、というかザエルアポロより速かったけど。
その不意打ちにも似た背面攻撃に『緩衝霊子』を放ち、止める。
「っ!」
「平良てめぇ、邪魔すんじゃねぇ!」
「何を馬鹿なことを。邪魔されるほど手こずってるのが悪いんでしょぉ。破道の五十・壊凍乱磨」
霊子を変質させ、凍結に切り替える。
うわ。霊圧高すぎて全然凍っていかない。
そのまま『緩衝霊子』まで剥がされて、距離を取られてしまった。
「随分と悪辣そうな手を取る子ね。死神の教育はどうなっているのかしら」
「まぁ、どっちかというと教育者側ですねぇ」
「……もしかして、私より年上だったりするのかしら?」
「幾つですかぁ、お姉さんは」
「正確な年齢はわからないけれど……五百は行ったんじゃないかしら」
「僕と更木さんはぁ、どっちも九百歳ちょいですねぇ」
「……死神って、なんだか不思議ね。同い年でそこまで見た目が変わるものなのかしら」
「虚の皆さんに言われたらおしまいですねぇ」
「それは確かにそうかも。……そっちのあなたも、狂暴そうな見た目の割に、お話は待っていてくれるのね」
「ア? なんだぁ、お前みてぇな強い奴の隙を突いて殺せって言ってんのか、そりゃ。誰がするかよそんなこと。手加減はしねぇように気を付けちゃいるが、だからこそ真正面から叩き潰してえ。そろそろお前の霊圧にも慣れてきたところだしなぁ」
会話。雑談。
とてもいい時間稼ぎだ。
だから……もう、読めた。
一番高いところにいるのは四番、
この地に己を蔓延らせているのがルドボーン・チェルートで、その上で獲物が落ちてくるのを今か今かと待ち構えているのが恐らくアーロニーロ・アルルエリ。この二つが何に該当するのか、そもそも八刃なのかはまだ不明。
バラガン・ルイゼンバーンとザエルアポロ・グランツの霊圧は無い。恐らく影の世界に行っている。
他は不明。ひしめき合っているのはルドボーン・チェルートの雑兵ばかりで、実際のところもぬけの殻に近い。
三ケタの巣と呼ばれる場所も見当たらない……見当たらないが、アーロニーロ・アルルエリと思しきものの中に入っている魂魄の数が異様なので、恐らくは……だと思う。
ヤミーやノイトラ、ゾマリが足切りにあったんだとしたら、グリムジョーやハリベルは、とも考えて探してるんだけど、それらしい気配無し。アヨンがいたのに獣三人娘っぽいのもいない。
アヨンの数……四体、というのは。
四肢というものの数の合致で、勘繰ってしまうけれど。
「慣れる? この程度の霊圧に、今ようやく適応したっていうの? ……そういうところは、お粗末なのね」
「生憎と習ったばっかなもんでよ。未熟なのは許してくれ」
「そう。そこでおかしな見栄を張らないことは評価できる。……それじゃあ、さようなら、ノイトラを殺した死神……更木剣八。その斬魄刀諸共大穴を空けて、おしまいにしてあげる」
口角を上げていく更木さんだけど……ちょっとこれは、厳しいと思う。
それくらいの霊圧が発露されている。
「
吐き出されるは、どこかぷるんとしている……弾力を持っているらしい虚閃。
それが、槍に吸い込まれ──虚閃色とでも言うべき輝きを見せる。
「さぁ、受け取って。──『
瞬きはしていない。のに、発射の瞬間が見えなかった。
気付いた時には着弾していて──野晒が……というか更木さんの腕から明らかに折れた音が鳴り響いて。
肉眼で起きる白飛びを経験した後……そこには、もう、何も残っていなかった。
「……あなた、黒腔を開けるのね」
「あれぇ。バレるのはや~い」
「もしかしてバラガンたちの赴いた先には死神らしきものがいなかった、っていうの……あなたのせいかしら」
「えぇ? 嫌だなぁ、濡れ衣ですよぉ。というか、ホントに死神がいなかったんならとっとと帰ってくればいいじゃないです、か。無人の瀞霊廷で何を遊んでいるんですかぁ?」
「無人の瀞霊廷、ね。……成程。共通の敵である滅却師のいるところへ私達を誘導して……共倒れを狙っているのかしら。敵と敵に削り合わせて弱体化を狙いつつ、自分たちはどんどん層を厚くして盤石になる。よく出来たシナリオだこと」
黒腔の中の時空はめちゃくちゃだ。
だからタイミングを見る。彼に出会い、そして尸魂界に繋げられるタイミングを。
「逃げるのは構わない。あなたがどういう手合いであれ、私は子供に手を出す気はないから」
「そうですかぁ。それは、甘っちょろい考えですねぇ」
「そうね。でも強いってそういうことでしょ」
「確かぁに。誰を殺すか選べるのが強者の特権ですねぇ」
「……そうよ。弱者は何も……選べない。死に方も、生き方も」
彼女とノイトラの関係性。
彼女が三番で、ノイトラが番外だった、ということを考えれば……何があったのか。どういう感情が渦巻いていたのかは、まぁ、わからないでもない。
とはいえ残念ながら僕がそれを気にするかっていうとまったくそんなことはなくて。
「僕らの話す言葉。日本語って言うんですけどねぇ」
「……いきなり、何かしら」
「『生』って字にはいろーんな読み方があるのに、『死』って字には一つしか読み方がないんですよぉ」
命綱から……捕捉完了。対象タイミングまで残り二十三秒。
「生き方や生き様は多種多様でも、死にざまは結局、たった一つしかないからだ、って。僕は考えています、よ」
「……そう。悲しい考え方ね」
「あなた達虚……というか、虚夜宮にいる破面はみぃんな、同じ生き方だし同じ死に方ですよねぇ。多種多様な見た目の割に……常に怯えて生きることしかできない。なんというか、とぉっても」
黒腔を、開く。
「憐れですよねぇ。……さようならぁ、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクさん」
落ちながら見る、彼女の顔は。
とてもとても──悔しそうで。
八刃なるもの。内側から崩れてくれたら、それはラッキーなんだけど。
どうかなぁ。
*
更木さんを見つけ、尸魂界へ繋がる黒腔を開き、ぼてっと落ちる。いやぼてっとどころじゃない、結構落ちた。
落ちた場所は。
「……刻限じゃ、滑川」
「つまり刻限ギリギリってことですねぇ?」
一番隊隊舎にある中庭上空──どんな運命力だ、それは。さらには山本総隊長の眼前、なんて。
一応そこから再度侵入されたりしないようにちゃんと塞いで、と。
「……信じられなんだか」
「そうですねぇ。結局……搦め手に弱いのは、変わらないままで」
「道理か。……おぬしの要求する水準を満たせたものがおらぬのであれば」
本当に申し訳ないけれど。
……いや、でも、今回はちょっと……頭に血が上りすぎた。
始解で感情が潰せないと、僕はこの程度の人間だ。一切自制が効かない。欲求が抑えられない。
また失う恐怖に、耐えられない。
悲しみは消したけれど。
恐怖は使い道があるから、残してあるせいで……ああ、だから、ようやくの──始解をして。
「……だとしても、先行などするべきじゃ、なかったです……ね。ごめんなさい」
「滑川……おぬし、もしや……今までも──」
「……何回目だ、オイ。人が寝てる横でごちゃごちゃごちゃごちゃ……。……ここは。……つか、おい、平良てめぇ、また邪魔しやがったな……」
「無様にも斬魄刀諸共頭蓋に風穴空けられかけた敗北者さんは黙っていてくださいねぇ。あとこれ。刃に傷はありませんでしたけ、ど。草鹿さんとちゃんと話して、怪我がないかなど確認してくださいねぇ」
普通の斬魄刀の形に戻っている野晒を投げ渡す。
ふう。視界も思考もクリアになっていく。やっぱり感情って視界を曇らせるよねぇ。
「……儂の見ておらぬ所へ帰ってくれば、不問としたんじゃがの。見てしまったものを見なかったことにはできぬ。滑川平良。更木剣八。おぬしらには明日よりひと月の間、真央霊術院で子供らに剣を教えてもらう。良いな」
「何言ってやがんだ山本の爺さん。誰かに教えられる剣なんざ持っちゃいねぇよ俺は」
「右に同じぃく」
「ならば初めの一週間はおぬしも剣の道を習え、更木。そして滑川、おぬしのそれは嘘であると知っておる。剣でも、あるいは最も得意とする武器でも良い。わかったな」
「……チッ。そもそも平良じゃねえと対処できねえような、霊圧の高さに関係なく呪ってくるヤロウがいるってところに、愚直に頭数揃えて突っ込もうとしたのが見てられねえって話だろうが」
「不満か、更木」
「……気に入らねえのは確かだ。どれほど良い方向に考えたとしても、今のやり方じゃ宝の持ち腐れだろ、山本の爺さん。そいつは戦場にいてこそ真価を発揮する。大事に大事に隠して温存しておくべき奴じゃねえ」
「ならば、全ての搦め手、全ての特異事象において滑川を持ち出すことを是とするか」
何か始まってしまった。……いや、何かというか、ほぼすべての原因が僕なんだけど。
そうか、山本総隊長は毎回毎回僕に頼るのは違うと思って……僕無しで解決することで、安心させてくれようとしたのかな。
更木さんはでも、そもそもの運用が間違ってるという主張で。
まずい、僕がどう口を挟んでも拗れる未来しか見えない。
こ……こういう時は!
「──どうも。朽木隊長たちの治療と解呪確認で疲れ果てて眠りに就こうとしたところを
「……」
「……チッ。……ガラにもないことを言った。爺さんの事情なんざどうでもいい。平良の意向を無視して蝶よ花よと扱うのが爺さんのやりてぇことなら、何を言っても噛み合わねえ。……罰は受ける。じゃあな」
……その、あんまし良くない手だったっていうのはわかっているのですが。
その。
「……すまぬ。もう少し、考える」
「……こちらこそ、その……ごめんなさい。でも……まだ、やっぱり僕は……怖い、みたいです」
「そうか」
それだけ言って去っていく山本総隊長。
残されたのは……僕と、にっこり笑顔の卯ノ花さん。
ガッ、と。……大きな手で、顔を掴まれる。頬に指がこうグッとガッとなってぷらーんとなって。
「なるほど。私を叩き起こしたのは、頑固男共を止めるため……ただそれだけですか。そうですか」
「しゅみまへん……」
「……一応結界を張っていただけますか? 機密性の高いものを」
「はひ? はひ……」
霊子乱流結界を張る。和尚さん覗き見禁止セキュリティver.だ。
下ろされた。
「……あなたの始解は、病や毒などだけではなく、大きな感情も消してしまえるのですね」
「……どうして、そう思ったんですか?」
「今回の行動と普段のあなたがあまりにも乖離しているものですから、わかりますよ。……あなたが事あるごとに始解をしているのは、影の世界や完全催眠などを防ぐ用途であると考えていましたが……そうではないと、総隊長も理解したのでしょう」
……まぁ、そうだろうね、という。
間、だったね。
「冷徹な判断も。冷静な思考も。常に状況を考え続ける視点も……無論培った経験はあるのでしょうが、始解に依るところが大きく、本来のあなたは誰かを救うためならば規則も、そして庇護も受け付けぬ巨大な感情の持ち主。……思うところはあったはずですよ。この九百年間……あなたがどれほどの感情を轢き潰してきたのかについて」
「……弱い人間なんですよぉ。本来は……あなた達とこうして喋っていることさえ、奇跡みたいな……蚊帳の外の人間」
「そうですか? あなたのその行動は、昔聞いた……百十年後に現れるという旅禍の少年の行動にそっくりであると思いますが」
「……」
「突如渡された力を使い、他者のために身を粉にして障害を打ち砕いていく。掟も誇りも、信念に勝らぬのならばと切り捨てる。昔のあなたはその旅禍の少年のことを、勇気があり、人間として弱い部分も持ち、それでいながら前に進み続けることができる者であると……そう評していましたが」
よく……覚えているなぁ。
それほど、強烈だったか。
あるいは……彼女が優しい人だからか。
「あなたがあの少年を、彼の企みを打ち砕いた少年を蚊帳の外であると言うのならば、あなたの評価もまた同じでしょうが……あなたは既に……とっくに、この時代の人間で、この時代の死神になっていると思いますよ」
「……更木さんにもそれくらい優しくしてあげればいいのに」
「不要です。また敗北してきたようではありませんか。……鎖も蓋も無くなって、手加減をやめて。彼はまだまだ先に行けるはずなのに、なぜかまだ伸び悩んでいる。これだけしていただいてそのような心持ちの弱者にかける言葉など持ち合わせません」
「……明らかに強くなってます。更木さんの成長速度も凄まじいですけど……破面側の成長も目覚ましくて」
「そうですか」
「更木さんを封じてしまった罪は、僕が代わりに濯いだつもりなんですけど。……刀、取ってはもらえないんですかね」
「……。……刳屋敷剣八と更木剣八がいて、まだ足りぬと?」
「そこに卯ノ花八千流が加わっても、まだ足りないくらいだと思いますね」
高く見積もりすぎているのかもしれない。
けれど、低く見積もって「なん……だと……!?」になるくらいならこっちの方が良いだろう。
「……考えておきます」
「ありがとうございます」
結界を解いて。
「夜、遅いですし。お家まで送りましょうかぁ?」
「仮に夜盗に襲われたとして、あなたが何の役に立つのですか?」
「えぇ~? 時間稼ぎなら任せてくださいよぉ」
「やはり……あなたはその間延びした口調の方がしっくりきますね。それでは、おやすみなさい」
「はぁい、おやすみなさい」
……この胸の内にある膨大な罪悪感は。
始解で消さずに、抱えて寝ようか。
少しでも彼らへ近付くために。