卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
その身を焼き焦がされた魚のように
真っ黒な体と 真っ白な瞳へ
脳髄までを 突き刺して
脂の乗った臓物を 掻き出して
千切るように食らい
咀嚼し 嚥下し 満たして
ようやく
私はあなたの 死を嘆くのだろう
真央霊術院。
実はちょくちょく……滑歩の話だけでなく、鬼道に関する改訂なんかで訪れることもあったここだけど、道場の方に足を踏み入れるのは本当に八百年ぶりだ。
畳の道場……ではなく、土間の道場。そこに素足を付けると、おお、ちゃぁんと冷たい。
「……平良。まただ」
「はぁい?」
「ガキが来ただの新入生なのに死覇装を着ているだのと。……どうにかならねぇか、その気迫の無さ。つぅか、もちっと名を売っておけよ面倒くせぇ」
「あー……いやまぁ、本当に僕、基本あそこ……出張所でのほほんと座っている人ですからねぇ。霊術院の子と関わる機会ほとんどなくて」
山本総隊長の言う罰、一日目。
ここで霊術院の子らに剣を教える……更木さんは一週間剣道を習う。
まぁ今の更木さん、実はちょくちょく両手で野晒振ってるんだけどね。あそう、草鹿さんはこの静寂の道場には合わないだろうということで、教員詰所でお菓子を食べているそうだ。なぜあるんだ。
というわけで道場に入っているわけだけど、まーギャラリーも凄いというか。そりゃそうというか。
現職死神が来ること自体珍しいだろうしなぁ。
「おお。……懐かしいな、滑川先輩」
「……? おやぁ、その霊圧……もしかして小坂井くんですかぁ? あらまぁ、老けちゃってぇ」
声をかけてきたお爺さん。
顔じゃわかんなかったけど、覚えのある霊圧だった。霊術院での記憶は……というか僕自身と関わりが無かった生徒については流石に覚えてないけど、彼についてはよく覚えている方だ。
忘れかけていた声が更新されて、より鮮明な記憶になる。
「知り合いか?」
「ええ、まぁ。僕が留年六十年目くらいの時に入ってきた新進気鋭の若い子だったはずなんですけどねぇ。珍しく僕を先輩呼びしてくる奇特な子でぇ。そのままするする追い抜かされて……一番隊だか三番隊だかに入ったのだけは知ってますけどぉ、そういえばこの八百年間一度も会いませんでしたねぇ」
「無理もない。先輩が卒業された年くらいには霊術院の剣術指導教員となっていた。いれ違いというやつだ」
「なぁるほど。それで、更木さんの直接指導員が、小坂井くんですかぁ?」
「うむ、そうなる」
懐かしい。……「滑川先輩は本気出したらあんな奴ら一瞬なのに……なんで……」みたいなことを言ってくる子だった。
最初の方は取り巻き気質なのかなぁとか思ってたけど、全然そんなことなく一瞬で抜かされ……彼が卒業する時も、「護廷で待ってます」とか「部下に来たらあらゆる戦場に連れていきますからね」とか言ってくるタイプの、まぁ熱血君だったわけだけど。
立派になっちゃったし。
お爺さんになっちゃって、まぁ。
「……まずは、一本やるか。更木、剣道の決まりはわかるかな」
「知らねえ。……いや、とりあえず身体のどこかに竹刀を当てりゃいい。……で、あってるか」
「まぁ細かい部分もあるが、今はそれで良い。滑川先輩は、こちらの一本が終わるまで武器に慣れておくように。ちゃんと用意があるのでな、長柄武器も」
「えぇ……? 昔は無かったから言い訳できたのにぃ」
僕の言う得意武器については実は昔からちょくちょく漏らしているのだけど、毎度毎度練習用の武器が無いから、で「なら仕方ないか……」みたいな流れにして逃れてきたのに。撃剣稽古。懐かしいねぇ。
誰が使うんだよ槍。実は剣なんかより槍の方がシェア率高いってよく聞く話だけど、時代に依るでしょそんなの。
さて、じゃあ本当にある槍の中でも二尺ちょいのものを取る。……かっっっっる。いやまぁそりゃそう。練習用で重かったら危ないって。
まぁいいやなんでも。今の霊術院生に槍習いたい子いないでしょ。やるとしたら立ち合い稽古くらいだろうし、これに慣れておこう。
メインコンテンツはやっぱり更木さんの剣道なんでね。
と思って振り返れば。
「……へぇ。ガキに剣を教えるような奴の出す殺気じゃねぇな。おもしれぇ」
「殺気……気迫をなんでもかんでも殺気に例えるな。これは剣気というもの。殺す気などない。ただ──お前を斬る心がある」
「何言ってやがる。斬ったら人は死ぬだろう。細けぇ分類なんざ知るかよ、そいつの名は殺気でしかねぇ」
「これは……中々の問題児か」
剣気ねぇ。……実は僕も更木さんと同意見なんだよなぁ。
いやだって、敵に対して武器を振る時点で、殺さないのはあり得ないでしょ。
……っていう気概が根底にあるから、そこをわざわざ分ける理由があんまりわからない。わからないと一生言われるのでわかったことにはしている。
とはいえ小坂井くんの実力も本物だ。実戦を退いて云百年とはいえ、元一番隊……か三番隊……だろう実力。いやほら僕卒業してすぐはまだ鬼道衆にいたから護廷の事情ほとんど知らないんだよね実はね。
別に隊の数字が若いほど強いみたいな論争に参加する気はないけど、山本総隊長と厳原隊長の下へわざわざ行く子は大体まぁそういうエリートでしょ、っていう偏見ねこれ。
……視線。
あっ、はい。爆速理解は転生者の嗜み。
「えぇ、ではぁ。──はじめぇ」
霊術院……というか統学院時代に「気が抜けすぎるからお前はもう行司はするな」と言われていた覚えがある。
そんな感じで始まる勝負。小坂井くんが選んだのは基礎中の基礎である素早い面打ち。現職ほどじゃないけどかなりの速度だ。
と言っても今の更木さんなら面打ちくらい余裕で避けられそうだけど……あれ?
「……」
「流石に硬いな。面に入れたこちらの手が痛いとは」
「……平良の、後輩……つってたか」
「うむ。それがどうかしたか?」
「おもしれえ。少しだけだが、殺気の質が似てやがる。さてはテメェも浴びたか、正面で」
「成程……更木の剣は、滑川先輩が見たのか。それは、話が変わってきたな」
普通に小坂井くんに面打ちされて固まっている更木さん。……その調子だとまーた卯ノ花さんに言われるよ。
とか思っていたら、なんか僕の話になった。
「久しく忘れていたモンを思い出させる殺気なんだ、あいつのは。霊圧なんてもので息の詰まる感覚よりも、もっと深い……心臓に刃を突き入れられたみてぇな殺気。……生前のことなんか欠片も思い出せやしねぇが、こっちに来てから長いせいで忘れちまったモンを……あと少しで、思い出せそうなんだ」
「やれやれ、剣道を習いに来たのではなかったのか。……とはいえ、それもまた剣の道だろう。来い、更木剣八。敵を傷つけることのできぬ竹の刀で、お前の望む命の取り合いというものに興じてみるのも良しだ」
「へぇ、受け止めてくれんのか。──いくぜ」
そこから始まった試合……というか殺し合いを、多分今この道場にいる子供達は決して忘れないのだろう。
目を輝かせて鼻息を荒くしている子供もいれば、恐怖を浮かべ、己が手にしている竹刀や木刀を何度も何度も見返している子もいる。
憧れとなって焼き付くか、トラウマとなって焼き付くか。
勲章か古傷か。……山本総隊長も劇薬を流し込んだものだなぁと思うけれど、次代を育てる、というのはこういうことでもある、か。
「ははは!
「狂暴極まりないが、信念がある! 久しき強き者! 強さを求めるもの!! ……思わず、奮い立つな、これは!!」
あーあー。小坂井くんまでそっち行ったら収拾がつかないって。
……古株教師からの「お前が止めろよ」という熱い視線。
というかさっき僕が「一番隊だか三番隊だかに入った」って言った時に詳しい情報くれなかったのってもしかして:十一番隊。
熱血くんだったけどゴロツキって感じはなかったから考えてなかったけど、もしかして先輩後輩対決だったりしますかこれ。
だったらさ。
いいじゃん、別にさ。ぶっ倒れるまでやらせてあげなよ。
楽しいって大事だよ。
だから、まぁ、眺めていてあげてよ。本来の稽古は止まっちゃうのかもしれないけどさ。
眺める。殺気が濃いから見ているみんなまで長い時間が経っているみたいに感じるんだろうけど、実際の時間は三分も経ってないよ。
そして……その時間感覚のズレは、二人の体力差にも表れるんだろう。
「はぁっ……はぁっ……! ……今日ほど、年老いた我が身を呪ったことはないな……」
「なんだぁ、終いか? 仕方ねえな……いいぜ、次で決めてやる」
「すまんな──だが、最後に一つ……華を咲かせてみたい気持ちもある。──行くぞ、新世代」
「ハハハハ!! 来いよ、旧世代!!」
たった五分。その中にあった打ち合いは、五十を超える。
剣道の道の字なんて無い殺し合い。久方振りに浴びただろう殺気を……しかも更木さんの、つまり現役十一番隊隊士の殺気を浴びて、よく保った方だ。
──それに。
なんだい、それ。僕への……八百年越しの解答だったりするのかい。
「──滑風・死相」
「っ!」
あーあー。その技は僕みたいな瞬歩ができない奴がやるから制御できるんだよ。厳原隊長みたいに超高速空間で霊子を動かせる繊細さがあって初めて成り立つんだよ。
それでも──制御しきったのなら、それは……執念、なのかもしれないけどさ。
交錯は瞬きよりも速く。
更木さんは……しっかりと、両手で握った竹刀を振り下ろした格好で止まっている。小坂井くんは突きの姿勢……だけど。
倒れるのは、小坂井くんだ。
「……ちいと、遅ぇが。……面白ぇと、思えたぜ。爺さん」
「生意気坊主め……とことん厳しくしてやるから、覚悟をしておけ」
まー流石にです。流石に負けたら卯ノ花さんからも刳屋敷さんからも霊術院からやり直しの号令が出ていたと思う。
体力不足。霊圧不足。あと滑風そんな普段から使ってないでしょ。見栄っ張りだねぇ君は。
「ようやく終わったか。まったく、小坂井もやっぱり元十一番隊か」
「ん、その爺さん十一番隊だったのか」
「そうだ。初代剣八の下にいたんだと」
「……へえ。……で、次はお前か?」
「次など無いし、私は算術の教師だ。刀を握っていたのなんかそれこそ八百年前が最後。そこの舐め腐り坊主にすら勝てん」
「それはどうですかねぇ。僕って誰かに勝ったこととかないからなぁ~」
「……なんでもいいが、更木と小坂井はそっちの隅で正座して待っていろ。素振りしていたいなら止めないが」
僕に熱い視線を送ってきていた古株教師の竹添さんが、よっこらせ、と小坂井くんを担いでいく。
あ、更木さん違いますよ。彼は本当に普通の教師です。だから「どうせお前も隠してんだろ」みたいな目はやめましょうね。
「滑川。お前に教員としての真面目さは期待していない。が、あの頃のお前がしていたように、己に足りないものを体感させてわからせる、という行いをしてもらう。──こっちに並んでいる希望生徒六十人と、だ」
「……えっと、……多くないですか、ね?」
「霊力切れでの戦意喪失は認めない。だから霊力は使うな。素の身体能力と体力、そして技術だけで相手をするように」
「いやぁ、体力の方も保たないかなぁ、ってぇ」
「一番隊第七席滑川平良。──
うわぁ有無を言わさないという強い意思!
そして……もっと舐め腐られると思っていたのに、なんか希望者の子達目が輝いているんだけど、なに? 更木さんたちの戦いにアテられちゃったかな。
……まぁ。
今後の彼らの人生を左右するやもしれないのなら。
やるだけやるけどねぇ。
ということで、置いていた槍を蹴り上げて掴み、何度か振り回す。
まずはこの軽さに体を慣らして、一通りの我流型をこなして。
……重心移動系以外だな、やるなら。霊子操作も霊力扱いになりそうだし、この軽さだとできないし。
うん。うん。まぁ、うん。
「さて。希望者の子……誰が一番槍、行きますかぁ?」
「一番槍は俺だ! さっきの戦いを見て心の奮いが抑えられねえ! 師事する奴を間違えたかとも思ったが、なんだなんだ、その演舞だけでまた評価も変わるぜ!」
「ああうん、意気込みはいいから、名前を教えてくださいねぇ」
「っとぉ、逸っちまった。俺の名は斑目一角!! 十一番隊志望!!」
……成程ぉ。目元のペイントが無い&髪があるせいでわからなかったねぇ。
そうかい。君が。
「一番隊第七席、滑川平良。──まずはどっからでも打ち込んできていいよぉ。躱すか、弾くかしてあげるからねぇ」
「言ったな? 舐めてもらっちゃ困るぜ──ぜぇりゃあああああ!!」
「あらぁ、槍を持ってくるから槍の使い方が分かってるのかと思ったらぁ」
長い棒としてしか役立てていないその上段振り。
なんでこっちの槍の柄で支点を作り、穂先を踏んづけてぱちんと弾き、彼の手から槍を奪う。
「なにぃっ!?」
「ほぅら、もう一回」
槍を投げ返してもう一回。
槍はねぇ、手軽に人を殺せる武器だけど、ちゃんと使おうとすると結構難しいんだよぉ。
「だぁらああああああ!!」
「気迫は良いけど、腰が入ってないねぇ。柄を使いたいなら長刀を使った方が良いよぉ。横薙ぎ、脳天打ち、力任せの突き。これぜぇんぶ長い棒ならなんでもできる動きだからねぇ」
避けて、往なして、弾いて。
前世の僕はここまで回避を使わなかったけど、子供に教えるなら回避してダメなところを如実にした方が良いだろうし。
「もっと穂先を意識しようねぇ。槍の強さは重さじゃなくて長さ。そして間合いをこっちだけが自由に変えられる、ってところだよぉ」
「そうかぁ!? それにしては避けてばっかじゃねえか、実際厳しいんだろこの連撃が……ァ?」
蹴り……まで行かないけど。
その顎を、つま先で掬い上げるようにして全体の動きを止める。
「防御っていうのはねぇ、どうしても回避できない時に仕方なくやるものなんだよねぇ。たまに避ける価値も無いみたいなこと言う人いるけど、逆逆ぅ。──防ぐ価値もないよ、その攻撃は」
「ッ……ちっ、意識外からの不意打ちとは卑怯だろうが! もっかいだもっかい!! 今度は槍で来いよ!」
「だからぁ、その価値も無いって言ってるんだよぉ。君の攻撃は防ぐ価値も、やり返す価値も無い。実際僕がこぉやって避け続けてたら、君、疲れ果てて倒れちゃうでしょぉ? ──君が疲れて肩で息をし始めたら、その瞬間──その首を突くよ」
「──っ!?」
大きく後退する斑目さん。
剣気だか殺気だか。
呼び名はどうでもいいけどね。……更木さんと小坂井くんみたいに、他の獲物に気付かれるほどに振り撒くのは、あんまりしない方が良い。前に鴉泉ちゃんとやった時は僕もちょっと漏れちゃったし、昨日の奴は駄々洩れだったからお前が言うなだけどさ。
でも……槍を使うなら、その辺気を付けた方が良いんだ。
これは、本来。
一突きで命を奪う武器なのだから。
「……なん、だ? 足が……震えやがる。……びびってんのか、俺は……情けねえ!」
「隙ありぃ」
霊力は当然に使わないままに、瞬きと、視線が自身のその足に向いた瞬間に踏み込み──縮地と為して、絶死の突きを喉へと繰り出す。
……なんて。喉に当たる直前で止めるけど。
「なぁんて。だめだよぉ、槍使いの前で相手から目を逸らしたらぁ。これは稽古だからやんないけど、人を殺すという行為についてはぁ、剣より槍の方が簡単なんだからねぇ」
「……すまねえ!!」
「はぁい?」
あれ。
ん。……あ、ダメだよぉ、への返答かな?
「アンタのことを舐めてた!! 準備運動の演舞が……儀礼とか、そっちの人に見えちまって、勝手に偏見もって見下してたみてぇだ! 一番隊……そりゃそうだ、弱ぇやつがいるわけねぇ! 当然だった! だからすまねえ!!」
「……うーん。まぁ、いいよぉ。よく言われるし、そう見せているからねえ。……それで、気持ちを入れ直したからには、君の槍を見せてくれるってことでいいのかなぁ?」
「ああ。俺の最高の一撃ってモンを叩き込ませてもらうぜ!」
良いだろう。
まだあと五十九人もいるからセーブして、という考えは一旦捨てよう。
霊力無し。つまりこの世界で目覚めてからの一切を使わず──僕の最も得意とするやり方を使う。
「──いざ」
腰が入る。腕ではなく足で槍が使えている。
言葉の通り、明らかに今までとは違う一撃。
穂先を合わせる。これは鉄の槍ではないけれど、それでも穂先というのは「一点」だ。
この速度の世界で。
この荒々しき怒気の中で。
ぴったりと合わさった穂先は、その事象が起きると知っていた方のみに、せめぎ合いにおける勝利の喇叭を響かせる。
「槍術
甘くなった持ち手。かかるはずだった作用点。絡め取られ、大きく弾かれる穂先。
これによって敵の槍は我が身の頭上を行く。少し後ろへ押してやれば、敵の身体すら我が身を雨から隠す。
一人二人と束ねるごとに、
此処にて
敵身落ちむと知りたれば、ただ槍を立てだに置かば、それで事足りなむ。
「がふっ……!?」
「これは稽古だから穂先側は立てないけれどねぇ。これで君は、終わり。……はぁい、次の子行こうねぇ」
……ああ、いけないいけない。
戻ってこないと。
更木さんと小坂井くんにアテられて、ってさ。
僕がアテられていないとでも? ……みたいな。
道場に斬魄刀は持ち込めないからねえ。野箆坊助けてぇ。
というのを本当に六十人やった。もっとぜぇはぁになるかと思ったけど割とそこまででもなかった。
……といっても一番槍の斑目くんほどガッツガツな子はそこまで多くなかったので、あんな本域のやつはほとんどやってないから言えることなんだけど。全員あれだったら死ぬねフツーにね。
元気ね、うん。あと自分の課題を分かっている子も多かったって印象がある。僕がやったのは言語化の部分だけで、最初からわかってることを頭でもわかってもらった感じかな。
今は槍を持ちたがっている子達と素振りをしている。
なんか槍の教師まで習いたいとか言い出したので、本当に基礎の基礎、「突いて戻す」をひたすらに。
「そうですよぉ。槍はねぇ、足と腰で扱う武器ですよぉ。さっきみたいなのは曲芸なんでぇ、憧れさせちゃったら申し訳ないですけどねぇ。基礎が十全で初めて曲芸をやってよくなるのでぇ、やりたかったら基礎を完璧にしましょうねぇ」
敵の穂先にこっちの穂先を合わせてカチ上げるとか、普通に狂気の沙汰だからね。失敗したら腕とかに槍刺さりかねないし。
ああいうのは基礎がしっかりして初めてやっていいことです。そんなもんを稽古場で見せんなって本当にそれはそう。
「槍の長所は刀より長いことですよぉ。短く持つのは移動の際だけ。突き出す時には前足と一緒に後ろ脚も出して、腰で突き入れましょうねえ。腰を使うと穂先が回転するはずですよぉ。腕だけでやるとそうなりませんからねぇ。槍における突きという行為は縦軸と横軸の回転が必要でぇ、だからこそ硬い筋肉に風穴を開ける威力になりますよぉ」
なお、これは素槍だけだ。十字槍とかは逆に回転させちゃいけない。回転しないことを重要視しないと十字槍の意味がないし。
腰を使いながらも回しちゃいけないから十字槍って難しいんだよなー。僕はちょっと合わなかった。素槍以外の練度はかなり下がるから、そっちは教えられないかも。
「良いですかぁ? 突くことと引き戻すことは二つで一つですよぉ。槍は長いんで、外したり防がれたりするとぉ、相手に奪われやすいんですねぇ。あとは利用されたり。突き出した槍を踏まれるとぉ、身体は一気に持っていかれるんでぇ、それはもう敵に首を差し出しているのと同じです、ね」
槍は「突く」武器ではない。「戻す」武器だ。
穂先を使って薙ぐのなら、薙いで戻す。敵の攻撃を柄で防いだら、防いで戻す。
槍の戻らぬ内は、無手と変わらない。隙でしかない。……だから僕は格闘術も使っているんだけど。
両手は武器で埋まりがちだから、特に足技をね。
「槍で一番意識すべきは、当てることを狙わないことですよぉ。良いですかぁ? 穂先が喉元を狙っているってわかればぁ、普通の人は下がるんです。穂先が顔を狙っていると思えばぁ、普通の人は払いを入れます。そうやって狙っている場所を意識させることが大事ですよぉ。下がれば姿勢が崩れる。払えば胴が空く。そうやってじぃっくりじぃっくり相手を追い込んで疲れさせてぇ、殺気も抑えて呼吸も抑えて怖がらせているだけとでも思いこませて──間合いに入った瞬間に命を摘むんです」
少しだけ──蓋を開けて。
「無害を装いましょう。可憐な華にでも思わせましょう。そうして徐に、呆けたようにこちらへ手を伸ばしてきたのなら、手を刺し、腕をもぎ、心の臓までぶち破るんですよぉ。槍とは一刺しにて命を奪う武器なれば、己が次に放つ一撃は、絶死の一撃であると心得てくださいねぇ」
戦いを愉しむ、だなんて。
そんな暇など、無いのだと。
「……はぁい。皆さん息を呑んでて手と足が止まっちゃってますからねぇ。あと、そうだなぁ。三十回くらい素振りをしたら、ちょっと面白い稽古でもやっていきましょうかぁ」
「滑川先輩? これはあくまで槍術指南で……」
「小坂井くんったら頭が固いんだからもー。いーんですよぉ。そろそろみんな飽きてきただろうしぃ」
飽きはね。
学習における効率を40%くらいにまで落とす悪魔だからね。
常に楽しいことが学習の基本です。
ということで、用意しましたるは──恐怖! ろうそくだらけの部屋!!
「これは競争ですよぉ。ここに立って、制限時間以内にろうそくの火を全部消してくださいねぇ。あ、鬼道は当然禁止ですよぉ。ろうそくは全部穂先が届かない距離にあるのでぇ、槍を振るなり突くなりしてぜぇんぶ消してみましょうねぇ」
一応お手本を見せる。制限時間は一分。
曲芸染みてはしまうけれど、膝を支点とし、ぐるんと回した槍をさらに背中を支点に回して加速させ、最後にはぐわんっと何かが飛んでいったのではないかと錯覚させるほどの横薙ぎを見せる。
近距離のは大体それで消える。ポイントは風で消しているのではなく一時的な真空で消している、という点。鎌鼬ってやつだね。
あとは遠いところのろうそくに対し、穂が火に触れない紙一重の寸止めをしていけば──はい。
「小坂井くん、残り時間はぁ?」
「……三十秒ですな」
「というわけでぇ、まぁ最初から一分は厳しいと思うの、で。一人三分でやりましょうかぁ。ろうそく部屋は三個ありますからねぇ」
ちなみに酸欠対策の鬼道も使ってある。その辺は大丈夫。
挑戦が始まった。……けど。
パワータイプの子は苦戦しているね。風圧で消していると思っている限りは中々難しいと思う。
逆に技巧タイプの子は制限時間の短さと数の多さに苦戦している。とはいえ消せている子もいるので、感覚的にはわかっている子もいそう。
この稽古は手元の
ゲーム性があるからか楽しんで、そして必死でやってくれている子供達にほっこりしつつ、並んでいる子の中に交ざっている更木さんにちょっぴりの殺気を向ける。
「……んだよ。いいだろうが。七日間の俺は習う側のはずだぜ」
「いやだって、更木さん槍使わないじゃないですかぁ」
「見えねえのか? 持ってるだろう、槍」
練習用の槍を確かに持っているけれど。
実戦で槍使わないくせになにやってるのって話だよ。
「良いだろうがよ。野晒だって長ぇ戦斧だ。通ずるものはある」
「……まぁ、いいですけど。……力任せにやって、部屋を壊したりしないでくださいねぇ?」
「だから、人を躾のなってねぇ犬みてぇに言うのをやめろ。つぅか、俺が……十一番隊の中じゃそういう節度は守る方だってのは知ってんだろうが」
知っている。……あんまり子供達の学習の邪魔をしないように。
ここじゃ子供達が主役なんだから。
「──こんな感じかな。どう、一角。できた?」
「全然だ、クソ! 足りねえモンばっかで嫌になる……俺は槍のことを何にも理解してなかった!!」
「ボロ負けだったもんね。……滑川平良。鬼道の本でちょくちょく見かける名前だけど……まさか僕らより年下の子だったなんて。あるいは、襲名制の……」
「だぁぁっ! もういっかいだもう一回……って、待て。弓親お前……全部消せたのか!?」
「力みを失くせば案外ね。……おっと、次の遊びもあるみたいだから、お先に失礼するけど……一角。身体能力の点じゃ、一角の方が遥かに上だと思うから……求められているのはそこじゃないんだと思うよ」
「……おう。すぐに追いつくから、気にせず突っ走ってろ。確かいるのはひと月だけだったか? 全部飲み込んでやらねぇと、こっから先腹が空いてたまらなくなりそうだ」
「同感。……更木剣八さん、だっけ。十一番隊に入りたい理由がまた一つ増えたしね」
早いな。まだ二回目の挑戦とかなのに。
弓親。……綾瀬川弓親、か。
侘助に並んで始解強すぎ君の一角ね。……あその一角ではなく。
……彼も別に槍とか使わないだろうに、斑目くんがやるからついてきた感じかな?
「先に終わった皆さんはぁ、次の遊び……じゃない、稽古をしましょうねぇ」
「滑川先輩?」
「もー、言い間違っただけじゃないですかぁ。っていうか遊びも稽古も大して変わんないですよぉ」
その全てが、糧となるのであれば。
糧としないのならば、そりゃ別だろうけどね。
という感じで、ようやく一日目が終わる。
──疲れました。初日から飛ばし過ぎた。
「滑川、お疲れさん」
「……ああ、竹添さん。ありがとうございますねぇ」
「お前、護廷引退したら教師決定だからな」
「えぇ……」
「ほれ」
ほれ、と差し出されたのは……焼き芋。
それは嬉しいけども。
美味しいけども。
……あんまりよくないのはわかっているんだけど、始解する。消える疲労。
いやね、ここからだから、教師って。
そして焼き芋美味し。
「かなり評判良いぞ。一日教えただけで」
「あー。まぁ、新鮮でしょうから、ね。特に後半の遊び稽古は」
「それもあるが、最初の稽古で槍を志すやつが多かった。……斬魄刀が槍にでもならない限り、志したところで、ではあるが」
「いや本当にそうですよぉ。たったひと月とはいえ、それでも貴重な時間でしょうに」
「子供達が習いたいと言うのなら、それでいいさ。付き合ってやってくれ。……なぁ、……いや。……、……槍は、護廷に入ってから習ったのか?」
「いいえぇ。元からできました。……統学院時代になぜやらなかったのか、という話ですか、ね」
「まぁ、そうなる。斬拳走鬼のうち、鬼しかできない……他は究極の器用貧乏とまで言われていたお前に……もし初めから鬼道と槍術の課程があったら、話は変わったのか」
……うーん。
まぁ。
「いいえ、ですかねぇ。僕が統学院に百年もいたのは……。……まぁ。……。……別の目的があったのとぉ、斬魄刀との対話時間を多く取るためだったのでぇ」
「……対話時間。浅打を持った瞬間にはその意思と会話していたように見えたと、当時の剣術師範が言っていたが」
「はい、そうですねぇ。その時点で……斬魄刀の名も能力も分かっていました、ね」
隊士になってしまえば、瞑想に割ける時間が減る。
学生は基本課程に刃禅が含まれているから、より長くとれる。
統学院でも対話して、睡眠時間を始解で踏み倒して対話をして。
対話をしまくった。──もう、始解も卍解もできるようになっていたにも拘らず。
「そうか。……それ以外の時間は、お前にとって……無駄だったのか?」
「……無駄。……まぁ。……入学して一年目には、当時の履修課程で習うものは全て修めていましたねぇ。瞬歩なんかのどうやってもできないもの以外は……全部」
「覚えているか。お前が卒業した時、お前を一番見ていた卒担の湖北さんが言っていた言葉」
「威力を気にしなければ、三十番以下は詠唱破棄できる、ですかぁ?」
「そうだ。……嘘だろう。お前は、その一年目には、全番詠唱破棄できたよ」
……そうですね。
統学院時代は、嘘ばかりを吐き続けていたから。
教師には……丸わかりだったのかな。
「今はどこまでできるんだ?」
「んー」
なんて唸りながら機密結界を張って、掌に五龍転滅が絡みついた手乗りサイズの黒棺を乗っけて見せる。
それを禁で縛り上げて破裂させ、上向き千手皎天汰炮にした後で……光だけの花火を打ち上げる。
「……お手上げだ。意味が分からん。鬼道というものについて……いや、霊子というものについて、そこまで自在にできるのはお前くらいだろうよ」
「鬼道衆ですからねぇ」
「しかも……詠唱破棄じゃなく、無詠唱か、それは」
「はぁい。よくご存知で……は、失礼ですかねぇ?」
「いや。……知る奴も少ないさ」
詠唱破棄は文字通り詠唱をしないこと。
無詠唱は鬼道の言霊すら言わないこと。
後者の方が……難度は桁違い、かな。
その全てを消して、結界も解いて。
「俺達はさ。……お前に、何を教えることができたんだ」
「……」
「最初から槍があれほどにできて。斑目たちにちらっと見せていた足技……白打もあんなに使えて。滑歩だって初期から使っていたし、鬼道はそれで。……俺達はお前に、何を教えられた。お前は……斬魄刀との対話以外の時間を……。……。……いや。……。……無駄に、……過ごした、だけだったのか」
言うか言うまいか、迷ったんだろうな。
何度も言い淀んで。何度も呑み込んで。
「護廷に入ってからは……もっと早く卒業しておけばよかったな、って。思うことが、多々ありました。僕が護廷として……一番隊になった頃には、既に終わっているものも多かったし、もっと早く知り合いになっていれば助けられたかもしれない命もあったし」
「そう──」
「でも、卒業する時に思ったのは、もっと居たかったなぁ、だったし。統学院……途中から霊術院になったあの頃は、学生生活が楽しかったし。……無駄だった、って言葉、やめませんか? 無いですよそんな時間。人生における無駄って実は存在しないんですよ。どの瞬間も、どの思い出も、ふとした時に思い返して心に注がれるんです。昔を思い出す時っていうのは決まって心の渇いた時か、心が傷ついた時ですからね」
そして……そういう、暖かくて、なんでもない時間が無いと。
思い出せるストックが欠片も無くなってしまうと。
人というのは多分、虚に堕ちるのだろう。
「僕ね、会う人会う人に……心が無いとか、見えないとか、感じられないとか……そう言われることが多くて。自分でもそうだな、とか思いながらやってる行動もそこそこあって」
「……」
「基本は隠してるだけだからいいんですけどね。時々……本当に見失ってしまうこともあって。……だから、助かってますよ。あの百年間は、確実に僕を繋ぎ止める絆でした。深淵の胸倉を掴んで、引き摺り込まれることも辞さずに食らいついていくような生活の中で……大事な、心の欠片」
無駄であるものか。
ただひたすらに、生きることだけを考える亡霊ならば、こうはならなかった。
ただひたすらに、犠牲を失くせと踊り狂う執念ならば、こうはならなかった。
この怪異を未だに人間と定めているのは、間違いなくこの百年間の……何の立場も無かった、やりたいことだけをやっていたあの頃の記憶だ。
無駄なんて……くだらないラベルを貼らないでほしい。
僕は生涯これを大事に持ち続けるのだろうから。
「……すまなかった。……そうだな。人生に無駄なことなどない、か」
「無駄にできるほど長くない、が正しいかもですけどねぇ。……一瞬ですよ、人生。二千年も三千年も生きたって……一瞬です」
「かもしれないな。……それで、その資料はなんだ。話し込んでしまったが」
「ああこれは、各生徒の特徴と課題ですねぇ。基本は全部覚えてるんですけ、ど。ひと月で去る以上は、記録として残しておいた方が引き継ぎもしやすいかなって。それぞれに合った稽古方法で履修課程の組み直しもしてあるのでぇ、来年度からの参考にしてもらえたらなーって」
「……やっぱりお前護廷引退したら教師確定だからな。逃げるなよ」
えぇ。
やっほい強くてニューゲーム現代転生主人公の夢がぁ。
*
翌日。
「な……なんでいるんですかねぇ、卯ノ花さん」
「お気になさらず。牙の抜けきった更木剣八を見にきただけですので」
「……チッ」
とんでもない観客の登場である。
初日とは打って変わって真面目な素振りをしている更木さん。……力が有り余っているから、力みが目立つな。
えーと。……じゃあね。
「更木さぁん」
「……なんだよ」
「今から連続突きを入れるのでぇ、全部避けながら素振りをしてくださいねぇ」
「また、余計な世話か?」
「どうでしょうねぇ──行きますよ」
喉を狙う。心臓を狙う。人中を狙う。丹田を狙う。
連続突きの、連続殺し突き。
その全てを避けていく更木さん。次第に……力みが消えて、最小限の動きで体捌きを始める。
さらにその中で面打ちを入れてきて、僕もそれを避けて。
「はぁい。じゃ、こっから突き無しでやりましょうねえ」
「……」
素振り。それが……明らかに迅いし、強い。
剣は両手で振った方が強いというのはそうだけど、己の力で剣の発揮する力を打ち消してしまう部分もある。
力みを失くし、動きを最小限にして、己の攻撃が通る場所を悟る。探すのではなく悟る。
これこそが「両手で振った方が強い」の本質。
「……チッ。いちいち効果がありやがるから癪に障る」
風を切る音。風を切る音。
足捌きの音はほぼしない。
気付いた時には振り下ろされ、いつの間にか戻り。
斬撃と呼吸が。
斬撃と鼓動が。
重なる──。
道場の外に出ると、卯ノ花さんが難しい顔をして立っていた。
「どうですかぁ、彼」
「……良いのではないですか。彼に剣道は合わないと思っていましたが……術も道も呑み込めるならば、その斬魄刀に嘘偽りはないのでしょう」
「じゃあ、どうですかぁ。あなたは」
ぞっとするような目。……でもこっちも必死だからさ。
こんなところに来てくれたのは、芽があると見るよ。
だから──木刀を投げ渡す。
卯ノ花さんは、それを……取りはしなかった。避ける。避けて、だから木刀が落ちて──。
「五百り草笠」
低い姿勢からの──喉笛狙いの一撃。
霊圧を掻き分けて、喉を突き破って、脊椎を折り砕いて。
その全てが──木刀にて、止められる。
いいや。
止めにきた木刀を踏んづけて足場にし、姿勢の下がっている彼女の首へそれを突き入れ──。
「……はい、二十万二回目の勝利ですよぉ」
「引き分けのお間違えでは?」
喉に突き立っている槍と。
僕の顎に添えられた左手……その手刀。
「あなたに刀を持たせることができただけで、僕の勝ちでしょう。──さらに長年握っていなかったことから来る鈍りまで指摘できたとあらば」
「鈍り。……ご自身を過小評価するのはやめてください。昔でも……同じ結果になっていましたよ」
「まさか。僕が殺気を向けた瞬間……というか僕がそれを発露しようと思った瞬間には落ちる寸前の木刀を視界に入れていたでしょう。だというのにそれを掴むまでに二秒もかけた。昔のあなたなら、一秒に満たぬ時間で充分だったはずなのに」
こういう間合いの高速戦闘において、1.5秒前後の時間というのは本当に大きい。
そこに様々な攻防が仕込めよう。そこにあらゆる行動が起こり得よう。
現にほら、こうして。
「
身体と槍を別方向に流す攪乱技。1.5秒以内のそれで彼女を打ち据えて、彼女の背後を取る。
とんでもない殺意を纏う裏拳が来たので投げ……は無理そうなため躱して引っ張って足を払って転ばせて、まるで投げた風の現象を引き起こす。
さらに拳が来て……その肩の後ろを取って、ポンと軽く押せば、信じられないものを見た、という目が飛んでくる。
「昔のあなた相手にはこんな大立ち回り、無理でしたよぉ。……あなたは別にサビちゃいないんでしょうけ、ど。技の切れが落ちなかろうと、眼球の慣れっていうのは中々戻らないもので。精密なものを見る目になりすぎましたねぇ」
「あなたに……身体的な成長が無いのであれば。……私の衰え、ですか」
「取り戻せる衰えでしょうけどねぇ。更木さんがこのまま強くなっていったとして……あなたの求める時間が来たとして。……あなたはあなたの卍解無しには、もう彼を受け止めてもあげられないんですか、ね」
皆尽。……恐らくあれは、霊圧範囲内の死という現象の否定。「事象の否定」の数枚下のレイヤーだけど、風死絞縄ほど「回復」に偏重していない、もっと重苦しいものだ。
等しく尽きる。皆尽きる。
卍解発動者の彼女の精魂が尽き果てるまで、死による逃亡の一切を許さない卍解。あの二人だったから感じなかっただろうけど、強制的に殺し合わされる効果くらいあってもおかしくはない。
始解の方……肉雫唼。この三つの漢字に「みなづき」に対応し得るものは一つたりとて存在しない。熟字訓でもない。
とはいえ「
皆尽。皆仕尽。……少し余談を広げるのなら。
水無月である旧暦六月は、田植えを終えた稲に水を注ぎ入れる季節だ。蒔いた種に餌を与える季節。
同時にこの月は梅雨明けであり、渇きを訴える季節でもある。
ここへ向けて農作業をし尽くすから皆仕月、と。
……水無月。旧暦六月のこれは今でいう七月のことであり、稲の早期栽培においては幼穂形成期……米の赤子が茎の中で育つ期間から、出穂を迎える季節だ。収穫の季節。刈り取りの季節。
そこから長い空白期間を経て、三月。旧暦でいう如月……つまり生更木にて、再び命を吹き込む、長い眠りからの覚醒がやってくる。
水無月に刈り取った
こうして見ると、水無月の収穫から見た翌年の生更木とは、自分が残した
あと少しだけ余談を付け足すと、収穫した米に寄ってくる虫の中に、
またその時期の水量が減って細くなった、干からびた川を「
害虫と、人の手がかかる川。
卯ノ花さん……水無月から、死にゆくことで子を産む母から見たあの二人が、どう映っていたか、みたいなね。
マダラメイガが害虫扱いされるのは「貯蔵しておく」ことを選んだ人間にも非があるし、おかしな場所に水を引こうとした人間のせいで痩せ川は起こるし……自然界から見たら人間の方が「とんだ」ではあるんだけど。
卯ノ花……四月の花から見た生更木とその道行きを吸い尽くす……なぁんて。
あくまで考察、余談だ。僕から何かを思うことはないけれど、そういう話もあるのかもね、っていう。
「……」
さて、ウザさを捨てた純然なる煽りに……卯ノ花さんの口から、ギリ、と。……こっちに聞こえるくらいの噛みしめ音が聞こえた。
僕に嫉妬するとか言っていたけれど。
実はもう、無理なんじゃないの、って。
「ならば……良いではないですか。そのような弱者など、刳屋敷剣八と……更木剣八の隣に並べるべくもありません」
「それは、確かにそうですね。あなたがそれを良しとするのなら、確かに。……それじゃ、末永くよろしくお願いしますね、四番隊隊長さん。剣の取れぬ身、僕にも一生勝てない身で、回道専門家として頑張ってください。応援しています」
今度はウザさを取り戻して。口調はあっちじゃないけど、一音一音、耳に嫌に残るように。
背を向けて。
落ちている槍の穂を踵で踏んで、立たせたところに──卯ノ花さんの貫手が突き刺さる。
振り返って、流し目だけを送って。
強く踏んづけて上に弾いた槍をキャッチして、それでは──さようなら。
牙が抜けたのは。丸くなったのは。
果たして一体どちらだったのか、ってねぇ?