卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
足りぬ渇くと 全てを呑む
権利を主張し 全てを奪う
そうだ すべてを手にし
そうだ 己を王と定めた
餓えは満ちず
渇きは癒えず
獣は 何もかもを失って
獣は 一人荒野で朽ちる
六番隊への挨拶に行った帰りのことである。
「あれぇ……虎姫さん? どうしたんですか、そんなところで」
瓦屋根の上。比較的人の少ない通りのそんな場所で、胡坐をかいてただぽけーっと空を眺めている彼女の姿があった。
珍しい。普段をそこまで知っているわけじゃないけど、隙あらば仕事を見つけては忙しなく動き回っている人なのに。
「……少年か」
「はぁい。お隣失礼しますねぇ」
「ああ……」
傷心中ってわけでもないっぽい。そもそも彼女が傷心するシーンがわからないけど。
新雪みたいな銀の髪が、さらさらと……風に吹かれて靡く。
「……虚を前にして、……部下の安全を考慮し、撤退した」
「ああ……第二次偵察作戦のお話ですか」
「そうだ。……。……昔の私ならば、あり得ないことだった。虚は殺す。滅却師も殺す。後でやることならば、今やらない理由は無い。そう……考える死神だったはずだ」
「"隊長"の自覚をしましたかぁ」
「そういう……ことなのだろうな。……生前の話を、したことは……あったか」
「覚えているんですか?」
「おぼろげだが。……"まつくら"の支配下にあった私達は……抗うための争いを起こし、弾圧され……死んだ。……いや、私だけ……殺しながら、逃げて、生きて……"ほおばるとら"の地に……匿われて、長きを過ごして……また、争いがあって……殺して、殺された」
まつくら。……真っ暗の支配下、とかじゃないのなら……松倉の支配下。抗うための争い。……そして、ほおばるとらは放虎原かな。
風の噂程度でしか聞いたことがない。あるいは……知識としてしか。
「何を覚えているわけでもない。だが……虎姫というこの名は、私の名ではなく、私が生まれた場所の……"ひめうら"と、"ほおばるとら"の二つを忘れないために……つけた名だ」
「忘れてしまいましたか。仲間と呼べる人達の、断末魔を」
「……こういう経験が、あるのか?」
「生憎と合戦と呼べるものには参加しませんでしたけどね。……死してなおも忘れまいと思うような、張り裂けるような悲鳴。断末魔。命を乞う声を……ふと、立ち返ると、忘れている。それを聞いたことは覚えているし、聞いた時の心の痛みまで覚えているのに……どういう声だったのかは、もう、覚えていない」
同じように胡坐をかいて、空を見上げる。
……懐かしい名前を名乗ったからかな。……妙に、そっちに気分が引っ張られる。
「多分それが死ぬってことなんでしょうねぇ」
「……そうか。……私は、死んだのか」
「はい。いつの間にか」
僕らは死んだ。貴族ではない死神は皆、少なくとも一度以上の死を経験している。
魂魄という観点で見れば、貴族も無数の死を繰り返した魂魄なんだろうな、とは思うけどね。
僕の場合は、三回か。
覚えている二回と、覚えていない一回。覚えている二回の方には虚なんていなかったけれどね。……幽霊は、いたけれど。
「不思議な話ですよねぇ。死して尚、他者を救い。死して尚、他者を導き。僕らはいつまで戦い続けるのか」
「……別に、やめてもいいのだろう。結局……戦い、力をつけ続けるのは……掠取される側に回らぬためだ。戦うことをやめて……奪われることを良しとして。……向かいくる荒波にすべてを浚われても……命さえ自由にされてよいとするのならば、戦いなど……必要はない」
「なれば、死とはなんでしょうか。生とはなんでしょうか」
史実において、ユーハバッハが目指した場所。生と死の境界の無い世界。全てが曖昧だった世界。
今だって充分曖昧だとは思ってしまうけれど。……ま、彼がやりたかった本当のことは、霊王の解放なのやもしれないけれどね。
「どちらも……そこに属するという意味だろう。生も、死も、瀞霊廷も、護廷も、隊も……家族も、仲間も、友も……すべて同じだ。そこに属するがゆえに、そこを守らんと必死になる。生者は……同じ生者が死者となることを必死で止めるし。死者は、同じ死者が生者となることを、必死で嫌うのだろう」
「なんだ、そこまでわかっているのならば、どうしてあなたが撤退を選んだかも簡単ですね」
人は、己の属する括りを、それがどんなものであろうとも大事にする。
これはただ、それだけのこと。
「……そうか。私は……私自身が変わったのではなく、属するところが、変わっただけか」
「そのようですねぇ。そしてあなたはいつの時代であろうとも、略取されぬ側に回り続けるのでしょう。目に見える仲間がいなくなったとしても、逆に、己が埋もれてしまいそうなほどの人波に囲まれても」
今は護廷に属するものならば。
全力を尽くすのだろう。
「……相変わらず、世話焼きだな、少年。……ありがとう。私だけでは出ない結論だった」
「大は小を兼ねますからねぇ」
「誰に対しても世話を焼いておけば、損は無い、か?」
「はぁい」
風が吹く。
その風に乗って、声が聞こえてくる。
「虎姫隊長ぉー。そろそろお昼休憩終わりですよ……ったくあの銀モロコシどこに……」
「ほう。そう呼ばれていたとは……知らなかったな」
「どわぁ!?」
……なんというか。
昔あなたに感じていた危うさが無くなっていて、僕としては愛川さんに感謝ですよ。
彼が副隊長になってから、だからね。明確に変わったのは。
さて、今日も教室頑張りましょうかね。
*
という感じで。
一ヶ月なんか一瞬で終わったし、一年まで過ぎ去った。
未だに虚圏側からのアクションは無し。影の世界からもだ。
ただ今日、監視目的で出していた『空洞倶象』が帰ってくる日であるということで、三界観測局に全隊長格が集合する次第となった。
解析作業と並行しながら閲覧もやるということで局員が多少怯えているけれど、君ら本番強いんだから大丈夫だって。
「映像映します!」
という声のもと映るは──真っ暗で真っ白な瀞霊廷。
ところどころに破壊痕があるけど、まぁ、概ね瀞霊廷だ。
視点主である『空洞倶象』は地上20mくらいのところを浮かんで撮影しているようで、しばらく映像に動きが無い。別に良いのにそれを気にしたのだろう、ちょっと早回しにしようとする局員の子にストップをかける。
「ご、ごめんなさい! 何か映ってましたか……?」
「ちょっと待ってねぇ。今粒子速度の計算してるからねぇ」
「は……はい? ……まさか、え、文字通りの……」
影の瀞霊廷に満ちる霊子。そして時折見える「老い」の霊力。それらの解析。
......うん。まぁ。……オッケー。
じゃあ早送りしてもらおうか、と口を開いたその瞬間、映像が激しく乱れた。
「なんや……鳥?」
「いやぁ、多分……滅却師だねぇ」
正しい。
霊子を迸らせて飛行する真白の人影。それが何度か弓を放ったあと、突っ込んできた何かに吹き飛ばされて構造物へと突っ込んだ。
滅却師だ。けど、突っ込んできたのは、これは。
「ライム・バックであるな」
「そいつは本体ではなかったと言っておらなんだか。報告にあった容姿とまるで変わらんようじゃが」
子供の背丈と襤褸布。今滅却師を吹き飛ばしたのは蹴りかな。
背丈に似合わぬ長い手足が出ている姿は不気味の一言だけど。
……ん?
「今のところ、拡大した上でもう一度お願いしますねぇ。再生速度遅めで」
「は、はい」
拡大してもらう。スローにしてもらって……よく見ると。
「二体……いるな。……いや、三体か……?」
「みてぇだな。重なってて見え難いが、一匹は監視に残って二匹は引き返したって風に見える」
「おいおい……そいつ、一体でも八刃ってのを名乗れるくらいには強かったんだろう?」
「フルスペックとは限らないんじゃないスかね? やろうと思えば僕らだって義骸をたくさん作っての分身! とかできるわけですし」
「であることを祈るしかないが……もしあの規模の遠隔操作人形を無数に作り得るとすれば、厄介であるな」
そこで戦いが始まってしまったようで、『空洞倶象』はその場から距離を取る。
次に映ったのは……恐らくバラガン・ルイゼンバーンであるもの。
どうして恐らくなのかというと。
「なんだ……凍っている……?」
「氷っぽくは見えないけどねぇ」
「恐らくは私の卍解と似た力でしょう。霊子運動が止まっているように見えます」
石化、あるいは凍結。
老いの力に対抗するための措置を……帝国側が使った、ということだろうか。
「浦原さん」
「はい。すぐに解析に回すッスね」
「オレらが対抗できそうな斬魄刀探しにひぃこらしとる間に、滅却師の国は対抗策一瞬で見つけて一瞬で無力化したんかいな」
「どうにも、代償無しでできることじゃなさそうだぜ。見ろよ、坊主の霊圧配置図で見た通りの方角へ霊子の綱みてぇなのが伸びてる」
「加えて……完全に無力化できているのならば殺していて問題ないはず。していないということは、できなかったと見るべきでしょう」
成程ね。……確かにそうらしい。
つまりこれは、恐らく一画三人を使った封印と見た。滅却師計十五人……それも力を持つ滅却師十五人を使ってバラガン・ルイゼンバーンを抑え込んでいる。
……互いに戦って削り合って戦力を減らしてほしいと思ってやったことだけど、聖文字持ち十五人が削れるのは大きいかも。まだ聖文字持ってないだろうけど。
恐らくはこの『楔の三文字』を守るために徹底抗戦を繰り広げている滅却師と、逆に破壊するために来ているライム・バック何某の操作躯体ってところかな?
「"おい、覗き見野郎ども"」
「!」
がっと『空洞倶象』が掴まれた。この声は……リリネット・ジンジャーバック?
「"来るならさっさと来いよ。暇なんだ、こっちは。……ルドボーンの雑兵と……『
「この声の主は何を言っておるんじゃ……?」
アクリマティジーレン。……順応。いや、強制順応か。
ルドボーン・チェルートの雑兵は虚なのか、というのは考えていたけれど、それによりジゼル・ジュエルのゾンビ化が有効になる術式って感じかな。そもそもそれがないと効かなかったかどうか微妙な気もするけど。
無限増殖する雑兵vs無限ゾンビ化の構図は確かに地獄絵図。ジゼル・ジュエルの血液の枯渇の方が早そうだけど。
「"うちの技術者がお冠だぜ。アンタらどんだけ黒腔に詳しくなってやがるんだ、ってな。……まぁそんなことはどうでもいいんだ。とにかくこっちは戦う準備ができてる。アンタらが後援を消したいっていうんなら虚圏のルドボーンを殺してからじゃねえと手順が踏めねえとは思うが。ああそうか、こっちの配置を教えてやりゃいいのか。良いか、こっちに来てんのは一番、二番、五番の俺、七番だ。三番、四番、六番、八番は虚圏にいる。アンタらが攻め込んでくるなら情報取りに俺が行くことはあるだろうが、一番と二番がそっちに戻るとは思えねえってのは伝えておくぜ"」
僕が感知した通りか。
ルドボーン・チェルートとアーロニーロ・アルルエリっぽい奴が八刃なのかどうかが微妙だからまだ断定はしないでおくにしても、完全不明が一人いるな。
八つの枢要罪に準えているのだとしても存在する罪、憤怒。ヤミー・リヤルゴでないのなら、誰が。
「"それと……この封印に使われている滅却師もだが、相当数の滅却師を殺してる。キドウシュウとやらの目論見は完全に成功したってわけだ。俺達はルドボーンの雑兵以外ほぼ削れてねぇが、従属官はかなり持ってかれた。これで満足か? なぁ、キドウシュ──"」
「"うぉおおおおお!! それでもまだ死なぬ! 奇跡は死なぬぅううううう!!"」
「"……マジかよ。まだ生き返って、またデカくな"」
映像が激しく乱れる。恐らく『空洞倶象』が吹っ飛ばされたんだろう。
他の『空洞倶象』の映像もどんどん回収しているので解析してみるけれど……とにかくわかるのは、バラガン・ルイゼンバーンが星十字滅却師十五人によって時間停止的な封印を受けていて無効化中。これを守るために戦う滅却師と破壊するために戦う虚、地上を埋め尽くす破面葬討部隊とゾンビ集団。
そして……既にとんでもない大きさになってるっぽいMさんが暴れまくっている、と。
一年分あるので後は解析待ちになるけれど……ふむ。
「滑川」
「はい。……ライム・バックの言葉がどれほど信用できるのかはわかりませんが……確かに霊圧配置を見る限り、虚圏にいる強大な霊圧持ちは四体だけであるようでし、て」
「ほんなら空き巣してまうか。老いとかいうけったいなん操る言うんは影の世界におるんやろ」
「恐らく虚圏に残っているのは搦め手を持たない純粋に強い虚です。……すぐに『特演訓練』を組みます。二時間もしたら出来上がると思いますので、刳屋敷さん」
「おう。実戦想定で各虚に当てる隊を選んでおけばいいんだな」
今更な話だけど、刳屋敷さんはこうやって現場での指揮官をやることが多い。山本総隊長が司令部なら刳屋敷さんは戦術指揮とか前線指揮とか呼ばれる役割って感じだね。
実力的にも見てる広さ的にも申し分はないんだけど、蓋の話……彼も剣八であることを思えば、前には出たいんじゃないかって思うけれど。
……余計なお世話、かなぁ。彼は大人だからと……ついつい、彼なら大丈夫、という位置に置いてしまっているのだけど。
それでも今は、やるべきことをやらなきゃ、だね。
*
そういうやるべきことの最中。京楽さんからまたもお誘いがあった。
この頻度での宴会は流石に勘弁……とか思っていたら、どうやら違うらしい。
「
「そこへ来ての、その人の病と来ると、確かに何か"そういう流れ"のようなものがその人を脅かした、という風に見えるかもですねぇ」
「いやほんと、まさにそんな感じでさぁ。……こちらとしては勘弁してよって感じなんだけど、護廷から代役を立てられないか、って話が来ててねぇ。まったく、普段は護廷十三隊をこっぴどく貶している人達が、こういう時だけ頼ってきて……それで誰を出したとしても文句言う気満々みたいでさぁ」
「成程。四大貴族全員と仲が良い僕はぴったりだった、と」
「そう。こういう頼り方はしたくなかったんだけど……お願いできるかい?」
まぁ……良いけど。
他の死神を連れていかれて演舞の勉強をみっちり、とかになると面倒だし。やめてほしいし。
それなら僕に白羽の矢が立つっていうのは損益プラスだ。
問題は。
「僕、流魂街の出ですけど、大丈夫ですか、ね?」
「大丈夫大丈夫。昔のボクは世間知らずだったから知らなかったけど、キミは貴族の中じゃ有名人だからねぇ。キミを見て流魂街がどうこう言う時点で貴族としての格も透けるよ。……いやほんとに。キミに何か失礼な口を利いたりしたら……その貴族は来月とかにはいなくなっているんじゃないかなぁ」
虎の威を借りる狐で悪いけど、確かに虎の威がちょっと大きすぎるか。
四楓院千日、志波弾児郎、朽木銀嶺、王途川雨緒紀が睨みを利かせる……まぁ彼らはそういうことしなそうだけど、睨みを利かせると勝手に思うだろう周囲によってそれが実現するのだろう。
確かに怖いなぁそれは。
「最近は四十六室に出てる一部の家もキミの名前を出しているって話だしねぇ」
「え。……阿万門家以外とはそこまで付き合い無いと思いますけど」
「他にも、
「ああ、瀞霊廷大祭りに来てくださってた方々ですかね?」
「よく把握してるねぇ、そうだよ。ああだから、キミの名前を出しているというか、護廷に興味を持ってくれているのかもねぇ」
やっぱり。
少しずつ変わってきてはくれているのかな、なんて思えば……多少はやってやろうという気持ちにもなれるけれど。
「でも、剣舞……伝統的な舞があるでしょう? お弟子さんとかいらっしゃるんです、か?」
「いるよ。いるけど……今回のに間に合うほどの練度じゃないから、キミに頼みたくてねぇ」
「もしやそれは、伊勢家の方ですか?」
「──……驚いた。情報通だってのは知ってたけど……貴族の内情にまで詳しいのかい?」
いやまぁ。
全部が全部じゃないだろうけど、わざわざ京楽さんが心を砕く話題としては、まぁ、彼女が挙げられるだろうし。
伊勢家。伊勢とは磯の転換。伊勢家と結ばれた男が必ず不幸で早死にするというのは、つまり磯女と結ばれることを意味する。
磯女……に限らないけど、水場に纏わる女性型の妖怪に魅入られた男っていうのは帰ってこないのが基本だからね。
「僕の話をしたでしょう。重要人物でしたよ、彼女は」
「……。……そっか」
「まぁそうでなくともわかりますけどね。なんせ僕はあなたが斬魄刀を解放した日を知っているんですから。そこからの逆算でもいけます」
「あぁ……秘密にしといてほしいなぁ、その辺は」
「わかってますよぉ。……でも大丈夫かなぁ。僕、子供にはめっぽう嫌われるというか、怖がられるんですよねぇ」
「いやいや大丈夫大丈夫。彼女は賢い子だからね」
という盛り盛りのフラグは。
「ち……近付かないで、ください……」
「な、七緒ちゃん? 大丈夫だよぉ、怖い人じゃないよ、彼は」
「……!」
ダヨネー、ということで。
……伊勢七緒。伊勢家の女が磯女を指し、七緒とは
下緒七術。日本刀の鞘に結ばれている紐を下緒というのだけど、七術とはこれを使って色んなことができますよ、という技法を意味する。つまるところ神剣の棺として万能な振る舞いをする存在であれと願われた名なのやもしれない。
婿の早死にはその磯女の性質もあるのかもしれないけれど、間違っても神剣を奪われないようにする措置でもあるんだろうなぁ。
妖刀だの神剣だの……役に立つことを理由にすれば、見逃されると思っていそうなあたりが。
……始解始解。余計な感情だよ。
「これでは剣舞も何も無さそうですねぇ」
「ご……ごめんなさい。その……」
「病で倒れられた方とはお話できますかぁ? あ、うつるとかは大丈夫ですよぉ僕そういうの霊子から殺せるんで」
「ああ……じゃあ、そっちに会ってもらおうかな」
「なんでしたら専用舐溶飴も調薬できますからねぇ。主治医さんが許してくれたら、ですけどぉ」
「もしそれで治って……人長の舞までに治ったら、もう君をとやかく言う貴族はいなくなりそうだねぇ」
別にもう名売れとか気にしなくて良いんだ。
病だろうがなんだろうが全部治せるんじゃないか。
だから……浮竹さんの肺だって。神剣の呪いだって。
全て。
「……ありがたいけど、あんまし背負い過ぎないようにねぇ」
「そうですねぇ。気を付けます」
一介の死神ができる範囲で、と言いたいのだろうけれど。
一介の死神だって、世界くらい救えるだろうさ。やる気があればね。
さて貴族の住まいを歩くこと数十分。
大きめの建物……病院であろうものが見えてきた。
……施薬院、というわけではないんだな。まだ清之介さんがいないから?
二、三受付の人と話があって、すぐに通された。さすが京楽家。
受付の人も貴族だからかな、僕をじろりと見て……というか見かけたけど、同僚の人に首をガッと回されて凄い勢いで首を振られて。
虎の威~~。
「入るよ、浦島の大翁」
「……なんだ、春水か? あっち行ってろ、うつるやもしれねぃだろうが」
浦島……と聞くと太郎さんが思い浮かぶけど、普通にある名字なんだよねぇ。
ということで部屋に入ると、白髪で髭も長い……なんだろう、サンタクロースみたいなお爺さんが、畳に立てた剣の上で片足立ちで傘を差しながらそれを回しながら升も回しながら本を読んでいる、という。
えー……情報量情報量。
「ちょ、ダメじゃないの、安静にしてなきゃ」
「安静になんかしてられるかってぇの。一刻も早く治さねえといけねえんだ、じゃねえと七緒がまた理不尽に怒られちまうだろうが」
「貴族わずらいだって話じゃないですか。安静にしてないと突然死んじゃうって話だし……」
「貴族わずらい?」
「ああ……そっか、知らないか。むかーしから貴族わずらいって呼ばれてる症状があってねぇ。咳とかは出ないんだけど、手足が痺れてきて、段々歩けなくなってきて、ついには突然死んじゃう病気があってさ」
どう聞いても脚気だけどそれは。
もー。「貴族の舌ぶっ壊しコース」食べてよねー。あれは千日さんのネーミングセンスだからちょっとアレだけど、本来の名前は「貴族の健康改善定食」なんだからさぁ。……いや、人のこと言えないって。そんな毎回毎回オサレネーミングが出るなら僕が天に立ってるよ多分。
「なんだ、ガキの声? ……おい待て春水。お前……馬鹿が、こんなところに連れてきていい相手じゃねぇだろうが」
「まぁまぁ。それで、どうかな平良くん。見ただけでわかることが何かあったりするのかい」
「この症状なら一瞬で治せますし人長の舞にまで間に合わせられますよぉ。主治医さん呼べますかぁ?」
「本当かい? いやありがたいっていうか、すごいねぇ。……もしや君の住んでいたところじゃ」
「はい。簡単に治せる病でした」
「それは……そっかぁ、そういうのを……。……うん、じゃあすぐに呼んでくるからねえ」
「お、おい待て春水! 儂を置いていくな!」
……というわけで。
めでたく浦島
「……完璧だ。元々の素養もあるんだろうが、一度言われたことを確実に次へ活かす才がある。……七緒、学んでおけ。これがお前の目指すところだ」
「……っ」
「おい春水。なんで七緒はこんなにも怖がってんだ」
「それがねぇ、ボクにも理由はわからなくて」
結局人長の舞には僕が出ましたとさ。
とりあえず脚気の治し方については病院に置いてきたのでその辺は大丈夫だろうけど……なんだかなぁ。
というのを、鹿取さんに話した。
「それはお疲れさまだねー」
「いや本当に。……鹿取さんも剣舞とかって」
「うん、妖刀があった頃はやってたよ。踊りのお師さんが演舞のために妖刀の解放を見せろ、とか言ってきてさー。大変だったのを覚えてるなぁ」
「ああ。観客全員殺さないようにするのに、という大変さですか」
「せーかい。妖刀の殺意は普通に虚以外にも向いてたからねえ」
壊して正解すぎる。
斬魄刀自体が他者に害意を持ったら終わりだよねぇ。なんて野箆坊に意思を向ければ、うんうん……としみじみ頷く野箆坊。
「その傷」
「……ああ」
「烈ちゃんにつけられたんだっけ。一年前なんだって? もー、そういうの言ってよねー。最近女子会があってさ、そこでようやく真相を聞いたんだよねー」
「ああ、ご存知無かったんですねぇ。だから戦え戦え言ってこなかった、と」
「んー? 別に私、平良君を斬りたいとは思ってないよ? 千日くんとか山本さんとかはどうしても一撃入れたいって言ってるけど、わたしは別に良いかなー」
確かに。斬れるなら斬らせろ系死神ばかりではないかそういえば。
「伊勢家の子。……昔のわたしと、同じだった?」
「ええまぁ、恐らくは。ただ……肝心の本体が物質世界に無いので、声が聞こえるというのはなさそうですけど、ね」
「京楽くんは、好きで集めてるのかなぁ。棺ブエルザメラール、だっけ?」
「蘭語お好きですねぇ。あ、でも、英語の方がその内主流になりますよぉ」
「英語? って……西梢局の言葉だっけ」
「ですねぇ。そこで言うと棺コレクターになるのかな。こっちの方が楽でしょう」
「確かに。短いね」
覚えて損はないけどねオランダ語。
「話を戻すと、別に妖刀・神剣の棺を集めているわけではないと思いますけどねぇ」
「冗談だけどさー。……第六席の辰房くん以外、全員女の子だし……ちょっとなんか、ヤだよねー」
「髪型も髪色も違うじゃないですか、結構。……まぁ鹿取さんと矢胴丸さんと伊勢さんはちょっと似たパーツ多めですけど」
「……ということは、リサちゃんも何かの……!?」
「まぁ確かに怪しい斬魄刀ではあるんですよねぇ鉄漿蜻蛉」
ハグロトンボ。ホトケトンボなんて呼んだりもするコレだけど……この世界だとどうしても霊王の欠片関連を疑ってしまう。
槍でトンボといえば蜻蛉切だけど、蜻蛉切あんなに先端太くないし。
矢胴丸。……この苗字も存在しない。矢動丸さんはいるけど。
であればこれは隠し字なのではないかと推測できる。たとえば、弥堂丸とか、彌道丸とかね。
名前や地名につく丸というのは「その場所」みたいな意味がある。「阿弥陀堂のある土地」で矢胴丸、というのも無い話ではないという話。……スーパー憶測だし、本人の気質的に特にそういうのは無さそうだけどネー。
ちなみに鉄漿はハグロトンボの羽黒ではなくお歯黒を指す。お歯黒っていうのはまぁ「白い歯は動物的で下品、黒い歯こそが優雅で美しい」みたいな思想から来てるんだけど、つまるところ「生の感情や身体的な生々しさを表に出さないこと」を意識した結果であり、それを「仮面の美学」というわけで。
……ま、そこから繋げたんじゃないかな、とかね。
「あははっ、ナイナイ。リサちゃんからはそういうケを感じたことが無いし」
けど……形状で言えば、鉄漿蜻蛉は筆にも見えるんだよなぁ。
「京楽さんはもしかしたら、そういう"暗い過去や事情がありそうな娘コレクター"なのかもしれませんねぇ」
「うわぁ、よりヤだなー」
……さて。
実は僕ら、無目的で雑談をしていたというわけではない。
これは待ち時間だったのだ。
「じゃあ、刻限なんで、卍解しますね」
返事は無いけれど、それも仕方がないだろう。
卍解──それにより。
卯ノ花さんが展開していた皆尽も、今まさになんか技を使う直前だったっぽい千日さんの瞬閧も、斬魄刀を振り被って今まさに斬りかかろうとしていた山本総隊長の炎も全てが消え去って──恐らくそれを受け止めていたのだろう刳屋敷さんの始解の生物さえも消し尽くした。
「あれ? 昔から消せてたっけ、ああいうの」
「昔は無理でしたよぉ。霊子異常ではないから、という理由で見逃していました。けど、対話を重ねて……少なくとも斬魄刀の能力で呼び出しているのだからアレも霊子異常だろうと見做しました」
「見做すか見做さないかで封殺できる対象が変わるの?」
「じゃないと最悪尸魂界という世界を破壊しかねませんからね。……虚圏を疑似的に再現できるようになったということは、理論上、僕は三界を作れるし壊せるんです。霊力が足りたら、ですけどね」
器子を作る……つまり義骸ではなく生身の身体を作る、ということだけができない。現世における死者蘇生だけができない。
けれど霊子の世界でなら、あるいは、聖別をこの目で見さえすればできてしまうかもしれない。……やらないから大丈夫だよ、野箆坊。
「大丈夫、平良君。ちゃんとわたしたちのこと見えてる?」
「見るように努力をしています」
鋭いな、相変わらず。
──突き詰めれば、己を含めた全生物とて霊子の集まりなれば。
いつか、その見分けがつかなくなることもあるのだろうか。
瞬歩で帰ってくる三人……と、卯ノ花さん。
「どうでしたか」
「オレ三」
「……一、じゃ」
「零だ。とうとう勝てたな、爺さん」
「フン。……なるか、総隊長」
「強さだけでその椅子が務まるとは思ってねえさ」
各々の数字は、各々が死んだ回数である。
千日さんが三回死んで、山本総隊長が一回で、刳屋敷さんがゼロ回。ずっと山本総隊長がゼロ回で刳屋敷さんが一回か二回だったのに……とうとう、だ。
「これで最強の剣八も決まりか? 卯ノ花」
「良いでしょう。更木剣八を呼び込んでやりますか? 一番を決める戦いを」
「冗談だ。……だが、それもアリではある。やっておくか? 戦場で並び立つ前に、誰を真ん中にするかで揉めちまうだろう」
「いや、子供かよ。卯ノ花刳屋敷更木で良いだろ。着任順」
「四楓院四席。それでは私が刳屋敷剣八の取り巻きのようではないですか」
「はぁ? 卯ノ花オマエ、剣取るようになってからまたなんか馬鹿になったな。いつかの組手の時みたいだ。もしかして斬魄刀に知能吸い取られてんのか? あの肉雫唼ってエイは知能を吸って空を飛んでんのか?」
「うわー、妖刀だー! 妖刀破壊屋の平良君にお任せあれ!!」
「そんなけったいなものになった覚えは無いですけどねぇ」
T剣八システムは完成したと言える……んだけど。
そうなんだよなぁ、って。剣八内格付けバトルみたいなのをせずにここまで来ちゃったせいで……多分フラストレーションがお溜まりになってあらせられるんだよなぁ。
「い、いやまぁ一つの戦場にお三方を並べるのは多分愚策ですからね、そうなることはないかと……」
「そうか? 俺と更木で突っ込んで風穴空けて、卯ノ花に治療してもらいながら卯ノ花も戦える、って状況の方が良くないか?」
「なんですかその……治療もできて戦えもする、というような言い草は」
「オーイそれを"言い草"扱いするとオマエより治癒量少なくて攻撃力もぶっちゃけ劣ってるオレの立場が無くなるんですけどー?」
「四楓院四席はとっとと人体の神経配置図を覚えなさい。何百年あったと思っているのですか?」
「……ハイ」
心配事はあるにはある。
この二人なんていうご馳走も良いところなものを食べたら、剣ちゃんもうその他の戦いから味を感じ取れないくらい舌が肥えてしまわないか、って。
敵が強い内は信頼できるけど、ちょっとでも弱くなると萎えちゃうのがなー更木さんは。
……いや。それでも、か。
「僕からやってくださいと言える立場でもないですけど……良いと思います。更木さんも最近餓えて仕方がないって顔してますし」
「わかっておるのか、滑川。おぬしの卍解はみだりに……」
「わかってますよ。それに僕の卍解を知ることが、山本総隊長と更木さんの仲改善に繋がるかもしれませんし」
「……いやオマエ、それは……むしろ割裂が深まるんじゃ」
「安心せよ、四楓院。儂とあやつの関係は滑川が言うほど悪くはない。そこは安堵せよ」
「うわー今日ほど山本の発言が信じられないと思った日はないぜ今まで生きてきて」
それじゃあ──ドリームマッチの開戦である。
初めて来る『全力部屋』の位置に戸惑いながらもやってきたるは更木五席。斑目さんがね。文官になったから。
そして集まっている面子を見て怪訝な顔をした。
「……なんだぁ? どいつもこいつも……俺は強ぇのと戦えるっつぅ平良の口八丁手八丁についてきたんだが……まさか全員食っていいって話でもねぇだろ?」
「口八丁手八丁は酷いなぁ。ま、安心してください。全員ではないですが──」
待ち構えている二人を見せれば。
一瞬呆けて。
──獰猛な顔になる更木さん。
「そいつは……オイ、本気で言ってんだろうなぁ。これでお預けなんてされたら、テメェでも斬っちまうぞ平良」
「僕別に発案者じゃないので斬るなら刳屋敷さんでお願いします」
じゃ、と頭を下げて、瞬歩で観客席まで戻る。
「ウノハナの卍解は、中が見えないのが不便ですよねェ。──そんなあなた方に新商品!! クルヤシキに着けてもらったとある腕章からエイゾウを取得し、こちらの画面に映すことが可能!! オネダンなんと四百万環のところを三百五十万環にまで値下げ!!」
「たけーよ。誰が買うんだよ」
「えー、千日くん貴族でしょー」
「貴族目線でも高ぇよ別に。貴族だからってなんでもかんでもぽんと出すと思うなよ?」
現代の値段換算すると、外車の中古を即納くらいの感じかなぁ。
「ああもうどういう仕組みかわかったんで、じゃあ僕が代替しますね」
「ナ・メ・カ・ワ! ワタシと技術開発局が必死の思いで作ったものを初見で再現とかヤメテクダサイ!! そろそろ泣きますヨ!?」
「む、卯ノ花が卍解してしまったぞ。鋸歯文、見せるならば早くせよ。どの道儂は抜けねばならぬが、初めくらいは見ておきたい」
「楽しそうな催しですが、私もです。結果はお聞かせくださいね」
「ハイハイハイ。……まァ壁に向かってぽちっとなするだけで良いんですけどね」
「じゃあ、ぽちっとな!」
大鬼道長からプロジェクターのリモコンを奪った鹿取さんがぽちっとなをすることで、それは映し出される──。
*
黒く染められた世界。暗くて昏くて黎い世界。
その中央で、三人は向き合っていた。向き直っていた。
誰が合図をしたとかはない。卍解使用のために先に刀を抜いていた卯ノ花を一人にしないように、男二人も己の刀を抜く。
言葉を発したのは、大柄な男だった。
「始めるぜ」
弾けるように動いたのは二つ。
女──卯ノ花はその手に持った刀で刳屋敷を刺しに行った。彼との逢瀬に不要な存在。それでいて、この場で最も強き者。
男──更木は卯ノ花を斬りに行った。何百年とお預けを喰らっていたのだ。真っ先に斬り合わないなんて嘘だと思った。
そして刳屋敷は、普段は見せない凄惨な笑みを湛えてその始解を発動する。普段はわかりやすく、「危ないぞ」という警告を込めて発している解号さえ唱えずに。
無音にして前兆無し。突っ込んできた卯ノ花も、その卯ノ花に剣を向けていた更木も一まとめに噛み砕く始解、餓樂廻廊。その範囲は二人の一切が逃れられないもの。これにより死亡する二人は、しかし事前に何が起きるかを知っていた卯ノ花の歩みを止めるに至らない。
「っ、なんだ……意識が飛んだ……?」
反対に更木は戸惑いが勝る。直前まで己が何をしようとしていたのかを忘れ──ただ、彼女が、己よりも強き者と踊っているのが見えて。
彼は多分、生まれて初めて、嫉妬をした。
「呑め、野晒──ふざけんじゃねぇ。待ちに待った戦いなんだ──蚊帳の外なんて真っ平御免だぜ、オイ!」
怒りに任せた一撃だった。けれどそれは奇妙な生物の顎によって止められたし、瞬歩の速度を緩めずに拳を入れてきた刳屋敷によって吹き飛ばされる結果となる。
──否、だ。
「痛っ……てぇな、狂犬!!」
「離されて堪るかよ……!!」
更木の腹に突き刺さった腕。その上腕に噛みつき、離れないでいる更木。
さりとて顎で噛み千切れる霊圧防御でもないし──その隙を見逃す卯ノ花でもない。
首。刳屋敷の首に突き刺さるは刃。これにより刳屋敷が死亡する。これによって起きた意識の空白と「位置の再設定」により更木の噛みつきが外れるし、だらだらと涎を垂らす更木の一撃を、意識が戻ったその瞬間に受けることになる。
割断。人体を両断する野晒による一撃による再度の死を経験する刳屋敷。
「私を視界から外す余裕がある、と?」
「アンタが先に裏切っ──」
更木の首が落ちる。美しいまでに洗練された剣筋。ごとりと落ちた更木の首は、それを断ち切った卯ノ花ごと顎だけの生物に噛み砕かれる。
「なるほどなぁ、邪魔しちまって悪ィな、更木。卯ノ花もか。──が、戦場じゃよくあることだ。抱いた大望も果たせず後悔と共に果てろ。最強は俺が頂くんでな」
二人が「戻る」までの間を朗々と語る刳屋敷。そうだ、この卍解の性質上、言いたいことが何かあるなら他二人を殺せばいい。
殺す側だけが、いつも、雄弁を得るのだから。
「ああ……クソ、楽しい、楽しい、楽しいってのに……やっぱり、俺より上がいるってぇのはつまらねぇらしい。……だから、死ね、刳屋敷──」
「はははは! 愉しめよ! 嗤いが足りねえぞ跳ねっかえり!! 言葉なんてもんで繕ってねぇで、来──」
一閃。首、ではない。二人の心臓から上が斬り飛ばされる。
霊圧防御だけでなく、霊鎧まで使用している刳屋敷も、とんでもない霊圧をまき散らしている更木も関係ない。
小面のように青白い顔をした幽鬼。否、鬼女と表現すべきだろうか。
彼女は何度か斬魄刀を振る。血を落しているのではなく、これは。
「……成程。これが、"斬り方"ですか。本来は医療用の小刀で行う繊細なものを、技にまで昇華した、と」
「なんだ、今更自分の技の確認か!?」
斬りかかりに防御を入れ、腰溜めに持ち上げた掌から掌底を繰り出す卯ノ花。それを急制動で避けた刳屋敷であるが、掌底から飛び出た黄色い霊力を受けてしまう。
「なん、だ、……思考が……疲れ……」
「回道裏番・倦憊。死なぬ卍解の中で死ねずというのは中々味わえない経験でしょう。──さぁ、搦め手に弱い最強は沈みました。──踊りましょうか、更木剣八」
「らしくねえな、そりゃ」
「……なにが、ですか?」
復帰してきた更木は──野晒を振り、刳屋敷を殺す。
「餓えた野良犬が餌を溜めるモンかよ。焦らなくても戦ってやるし、戦ってくれるんだろ? だったら小細工なんてしてる暇あったらかかってこいよ!! 最高なんだ──ずっと求めてきたことだ! あいつに……あの、俺すら簡単に殺しちまいそうなやつがずっとくれなかったものをくれる……最高なんだ、今が!!」
「まぁ、確かに。──殺し足りないとは、常、思っていましたが」
「はははは……オイ更木てめぇ、俺に情けをかけたのかよ」
「かけてねぇよ。つか、結局鬼道は使わねえのか? 遠慮してんなら、そうだな。詠唱の時間くらいは待ってやってもいいぜ」
「……回道裏番も鬼道ですが」
「そりゃ知ってるがよ。俺とやるためにこのデカブツを掃除するってんならともかく、デカブツを眠らせておいてこっそり殺し合うっつぅのは違うだろ」
つかの間の休息か。
人であるがゆえのその「息継ぎ」は──しかし。
「……良いぜ。ならちっと、誰にも見せたことのねぇもんをやってやるか」
「おう、出し惜しみなんてすんじゃねえ! 悪い癖だ、アイツも! アンタも!!」
「──『始併装』」
件の奇妙な生物が顔を出す。出しては消える。噛みついては消えるそれが……刳屋敷の周囲に留まり続ける。
現状の使い手は滑川平良と厳原金勒しかいない、鬼併装のさらに上の段階、始併装。それは読んで字のごとく──無意識の領域で始解を使い続けたままに移動を行う技法。
ただ現れるだけでも厄介といえるその始解が、常時。否、彼の身体の周囲だけではない。
「!」
更木、卯ノ花の足元からも現れる大顎。かろうじて避けた二人のその胴が、背骨の側から咬み千切られる。──上空にも、だ。
「俺の卍解はちと使い難いし、始解もちっと使い難かったんだがな。……これを覚えてからは、格段にできることが増えたさ。……それじゃあ、悠々と詠唱をさせてもらおうか。──千手の涯、届かざる闇の御手、映らざる天の射手」
「シィ──」
「ォォオオ!!」
意識を取り戻した二人が斬りかかるも──その腕を。その脚を。その頭を。その心臓を。
至るところから現れる「大顎」が噛み砕き、殺す。
「光を落とす道。火種を煽る風。集いて惑うな、我が指を見よ」
何度意識を取り戻そうとも──意識を取り戻したその瞬間には、噛み砕かれている。
声を発する暇も無い。指を動かす隙も無い。
「光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔。弓引く彼方、皎皎として消ゆ」
やがて──這い蹲るようにして、味わった痛みと死の感覚をその脳が処理している最中の二人に。
始併装を解いた刳屋敷が、それを発動する。
「破道の九十一・千手皎天汰炮
それは、発露に近かった。
無数。千をも超える光の矢。その八十重は、八万をゆうに飛び越え、二人を照らし出す。
通常の空間で放てば三界観測局が激しいアラートを出しておかしくない霊圧。空間を歪めかねない霊力の奔流。
それでもと各々の斬魄刀を掴み、叫びを張り上げて光へと向かう二つを──慈悲なく、余地なく、完膚なきまでに消し飛ばす光の矢。
刳屋敷──そこにある潜在能力の全てを使って引き出した、最大最高の殲滅炮。
その、光が収まって。
──卍解。
終焉を、赤鬼が蹴っ飛ばした。
「卍解……卍解だと!? ははははっ、そうか、至っていたのか、至ったのかは知ら──がぁ!?」
「──!!」
声ではない。言葉ではない。
究竟なる霊圧と共に吐き出されるは産声か、鬨の声か。
刳屋敷の顔を掴み、首を引き千切って頭蓋を潰し、その背後より斬りかかった卯ノ花の胴を、折れた戦斧で割断する。
笑みを湛えるは意識を戻した刳屋敷だ。その身から再度大顎たちが生み出され、それに全身を食われながら、刳屋敷をまたも割断する更木。
「──!」
「破道の四・白雷」
頭蓋、それから心臓。
それを結ぶように走る光の線。
ぐらりと倒れる赤鬼は──次の瞬間、
「言葉が通じねえと見た──それじゃあ使いこなしたたァ言えねェなぁ!!」
噛み砕かれた足。それを前に突き出したことでバランスを崩し、力任せな一撃でその首を断ち切られる。斬魄刀が力を籠めすぎた故ではない、他者からの斬撃による死。
鬼道だけではない。斬り得る。斬られ得る。
「何度も申し上げておりますが──」
「あァ!? 聞いた覚えはねぇよ、卯ノ花ァ!!」
「私抜きで盛り上がらないように」
死者を埋める水底のような斬撃。普段の温厚さを全てのみ込んだ雷霆の如き斬撃。
刃が合わさるたびに互いの肌が裂け、地に、岩に亀裂が入る。決着のつかない時間が二秒でもあれば、その二人を赤鬼の戦斧が薙ぎ払う。
否、刳屋敷は斬られたが、卯ノ花は躱した。器用にも巨大な戦斧の上に乗り、そこを駆けずり降りて更木の首を飛ばす。さらに二人ごと喰らおうとしていた巨大生物の歯を砕き、逃れようとする卯ノ花。その左足、膝下までが掴まれる。噛まれる。なればとそれを千切り、またも歯を砕いて足を取り出して、回道の光を当てる卯ノ花。
「なんだぁ!? それくっつくのかよ!」
「己の身体の神経配置程度把握しています。──縛道の八十一・断空」
「破道の一・しょ、──ぐ!?」
「──!!」
妙に復帰の遅かった更木。けれど先程までと同じように刳屋敷の首を掴み、捩じ切……ろうとして、それができないことに気付く。
「いつまでも、いつまでも同じ手が通じるかよ! 縛道の八・斥!」
弾き飛ばされる更木。刳屋敷の首にあるのは霊鎧だ。今できる彼の最高硬度。それは赤鬼の握力を凌駕した。
「チ……モ、……コ、シ……」
「おお!? 成程、へえ、戦ってんのかお前──ガ」
「先程から刳屋敷隊長は注意力散漫ですね」
面白そうなものに目を輝かせた刳屋敷。その首には未だ霊鎧があったのに、それごと斬り捨てる卯ノ花。
振り向きざまの更木の戦斧も己の斬魄刀で止める。
「私と斬り合うことへ夢中になってくださるのは嬉しいのですが……卍解を始めてから、彼より習った回避も斬り方も使わなくなりましたね。それでは成長とは言えないでしょう」
「モウ、スコシ、デ──」
「戦場にそのようなものはありませ」
「はは、ははははは! 嗤えよ卯ノ花! 楽しいんなら!!」
細切れにされる更木。卯ノ花の首から突き出る斬魄刀。
誰も遠慮しない。誰も臆さない。誰も終わろうとしない。
限界まで噛み砕かれ、最高威力の鬼道で灼き尽くされようとも。首を捩じ切られようとも、腹に大穴を空けられようとも。
万物を斬り裂き得るかのような戦斧と膂力に振り回されながら、どうにか制御を得る者も。
何の能力も持たない斬魄刀を振るい、ひたすらに洗練された剣閃にて"凶暴"たちを切り裂く者も。
久方振りの心躍る殺し合いに全力を注ぎ込む現最強も。
「私は表情に出ないだけですよ。──心の底から、笑みに溢れていますとも」
「そうかよ! んで、更木はどうなんだ。卍解してから嗤えなくなったか! ははははは! どれほど強くなろうと──」
「ウル、セエ──んだよ!」
刳屋敷の霊鎧ごとその身が割断される。
それは正しく「斬り方」を理解した斬撃だった。
「おや。あなたにしては案外早い目覚めですね。おはようございます、更木剣八」
「寝ちゃ……いねぇよ。……ああ、いや。……はは。確かに……眠っていたみてぇだ。……あ? このやり取りどっかで──」
二人を噛み砕かんとする大顎。
それを、卯ノ花は跳躍及び頭上の顎側に鬼道を発することで回避したし、目覚めた赤鬼は己の武器を叩きつけて破壊した。
「んだよ、刳屋敷。今話してる最中だろうが」
「あァ!? 今殺し合いの最中だろうが!」
「はい?」
その勘違いを訂正するものなど誰もいない。
次に起きたのは暴虐である。卯ノ花も刳屋敷も横一文字に両断する嵐が如き一撃。
ただしそれは、更木の腕に沿うようにして現れた顎によって強制的に中断させられた。
「そう易々と斬られて堪るかってんだ、よ!」
「ハハハハ! いいじゃねぇか、この状態でも止めるかよ! だったら俺も、猿真似くらいはやってやるさ──」
ぶち、ぶちぶちと……戦斧を持つ腕から異音が響く。
その腕の根元に、緑色の光が宿る。
「……痛ぇな。なんだ? 回道ってのは癒しの術じゃねえのかよ」
「知識無きままに霊子の振る舞いだけを真似ているのですか? それは……ひたすらに己の自己治癒を促進する……とすらいかずに、繋げてはいけないものを別の場所に繋げている可能性が高いですね」
「要するに無知が手を出す術じゃねえってことだ!」
大きく蹴り飛ばされる更木。
その身に大顎と一閃が迫るが──彼はふと、目を瞑る。
直後意識が途切れるが、関係ない。瞑想を継続する。
霊子。肉体の中の霊子の振る舞い。
殺し合いの最中の、生存闘争の最中の静けさ。更木が瞑想を始めたことなどお構いなしの二人によってたびたび中断される意識に一切の関心を持たず、無意識の奥底へと沈んでいく。
どうして治せない。言葉を聞け。あの男が。少年の皮を被った怪物がやっていることを思い出せ。
体感したはずだ。経験したはずだ。知覚したはずだ。
たった一度だけではあるが。
あの時アレの指に触れた野晒が、その感触を覚えていたはずだ。
渾然一体──己を含めた全てが霊子の世界。
生物・無生物に区別は無く、有機物・無機物に区別は無く、大気・霊力に区別は無く、己と他人に区別は無く。
卯ノ花八千流を名乗る容れ物。詰め込まれた構成霊子。
刳屋敷剣八を名乗る容れ物。詰め込まれた構成霊子。呼び出しているモノ。
更木剣八を名乗る容れ物。詰め込まれた構成霊子。千切れかけていた腕。力加減をわざと外した己と少女の力業。
回道というものの振る舞い。
「こう、だな……」
やがて──その腕を持ち上げ、ぶちぶちと鳴り響く己の腕を、千切れたそばから癒し、繋げ──己の成長速度を超えた力を意のままに操る。
片腕ではなく、両腕で持ち。
「──」
それを、振り下ろした。
斬撃は刳屋敷剣八の胴を断ったし、卯ノ花八千流を割断したし。
そのまま、彼女の卍解までをも斬り裂いて
「──はぁいストップ。それやるとお二人死んじゃいますからね」
「……俺の勝ちで、良いな?」
「文句なしでしょう」
二人がその位置を「戻した」タイミングで、全てを封殺する卍解が放たれた。
世界が戻る。素のままに。何も無いところまで。
「……良い卍解持ってんじゃねえか」
「言うと思いましたけどねぇ。僕はやりませんよ」
「……ああ。どの道──」
ふらり、ふらりと立ち上がる卯ノ花と刳屋敷だったが。
そのまま……ぱたりと倒れる。全ての気力を使い果たしたかのように。
無論、更木も、だ。
「……最高だった。この先もまだまだこの夢が続くってのは……良い卍解だなぁ、アンタのも」
「それは……どうも。……刳屋敷隊長の卍解も、出してほしかったと……切に思いますが」
「そうじゃねえか。……てめぇ、出し惜しみしやがって」
「俺の卍解は一回使うと半年使えなくなって面倒なんだよ……。……あー……疲れた。……で更木、お前十一番隊の隊長やる気あんのか?」
「やるかよ面倒くせぇ。……。……流石に、寝る。やちる、腹減ったら平良になんかもらいな」
「んーん。あたしも剣ちゃんと一緒に寝るから」
「そうかよ。……先に、寝る、ぜ……」
更木さん、刳屋敷さんと続いて意識が落ちる。
卯ノ花さんは。
「……意地でも、寝ません。このような無様……」
「よう卯ノ花! オマエ、オレたちに散々"戦いの後に精魂尽き果てて倒れてしまっては意味がないと何度言ったらわかるのですか?"とか言っておいてぶっ倒れてんじゃねーか!」
「……こういうのが、来るので」
おお。やはり朱に交われば赤くなるというべきか。
僕と関わると自然と煽りカスに……! ……いや僕は煽リストだから。
「……四楓院四席。もう少し、こちらへ」
「はン、そうやって近付いたら倦憊ぶつける気だろ。見え透いてんだよ。──おら、今のオレの倦憊くれてやる。意地張ってないで大人しく寝とけ」
「あとで……殺し、ます……」
と言い残して眠る卯ノ花さん。
良い関係を築いているようで。
えーでは、僭越ながら。
「初代剣八、七代目剣八、自称剣八の戦いは──自称剣八こと更木剣八の勝利ですねぇ!」
「……ぺらぺらのこともいつかあたしと剣ちゃんで斬るから」
「あっ、起きてた」
っべー。
……なんて。
おやすみなさい。三人とも。