卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
壊れ物を手で支え
壊れた物は痕に残り
壊された物が心を砕く
早く来てくれ、と願われて、早く行く、なんてことはあり得ない。
面倒臭がっているのならとことん粘って疲弊させる。その間に特演訓練で経験値を積ませ、万が一を失くす。
とはいえ虚の進化方向の全てを把握しているわけじゃない。だから単純な地力を何倍もにするしかできないけれど、それでも苦戦しているのが現状だ。
誰も死なずは夢物語。最近になってずっとチラつき続ける執行さんの言葉。
別に齋藤さんの死から今までの間で誰も死んでいないということはない。平隊士の人も、隊長格だって亡くなっている。それでも己の手の届く範囲の全てを取りこぼしたくない。
ダメなのか。
無理なのか。
どうしてもっと早く──。
来客を知らせるベルが鳴った。
……始解して感情をリセットする。
「いらっしゃいませぇ」
「ほら。この子や。前に
「ギン……あの時は気付かなかったけど、この子七席の腕章してるじゃない。……上官よ上官」
「ほんまやな。どっかの七席からかっぱらったんとちゃう?」
「失礼すぎるでしょアンタ……。……あ、申し訳ございません、こっちのはちょっと口が悪くて」
「えー、裏切るん? 乱菊。そもそも昔見た妖怪をどっかで見た気がする言う話きり出したん乱菊やんか」
……おお。
まだ……二人とも高校生くらいの背丈と容姿だけど、面影がある。
「いらっしゃいませぇ。何かお買い求めですかぁ?」
「……ここお店なん?」
「はぁい。そこの売店と、後は舐溶飴と、鬼道に関するマニアックな改良依頼などを受け付けていますよぉ」
「へえ。……って普通に会話を始める前に。……えっと、数々の非礼ご失礼を……」
「ああ、良いですよそういうのぉ。お二人が小さい時に脅かした僕が悪いですからねぇ」
少しだけ。
身を引いて……松本さんの半歩前にでる市丸さん。
あらあらまぁまぁ。
「そう警戒しなくてもいいですよぉ。あの頃は流魂街から死神として見込みのありそうな方を探していましてねぇ。お二人は霊力が高かったのでぇ、嫌われてなかったら勧誘していたでしょうねぇ」
「……八割や」
「なにが、ですかぁ?」
「八割……嘘吐いとる。そないに本当のこと言うのが怖いん? ……誰かに、見られとるんか?」
市丸さんが……史実のガツガツ行くタイプの狐蛇じゃなく、少年をそのまま大きくしたような、素朴で鋭い系なのがちょっと面白い。
松本さんも記憶を失くしていないからか、強い目をしている。
「どうなんでしょうねぇ。……お二人は、何番隊に入ったんですかぁ?」
「三番隊や。厳原隊長のとこ」
「私も……そう、ですけど」
「丁寧語も不要ですよぉ。……厳原隊長ですかぁ。……市丸さんは、出世慾とかある感じですかねぇ?」
「無いから三番隊選んだのに、おかしなこと聞く子やな」
「いやぁ、聞いといてなんですけど他隊の事情知りませんからねえ僕」
「……というか、君の名前、ボクら知らんわ」
「それで言うとあなた達の下の名前も知りませんねぇ」
「そ、そうじゃない。いきなり失礼なこと言って……。……三番隊の松本乱菊と言います。席次は十六席をいただいていて……。あ、この子は市丸ギンと言って……、十五席です」
「そうですかぁ。僕は一番隊第七席の滑川平良と言いますよぉ」
自己紹介。最近やりがちだなぁ、とか。
「……一番隊……お、終わった。私達コレ終わったわ。死神人生終了……」
「だから大丈夫ですよぉ。あんまり堅い感じで接されても困るって言うか面倒臭いのでぇ、普通でお願いしますねぇ」
「そ……そう? なら……はい、普通に接させていただきますけど……」
「乱菊普段そないかしこまった喋りしないやんか」
「……本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫ですよぉ。ああでも、畏まった場とかでは一応気を付けた方が良いですねえ。僕は気にしませんけ、ど」
「その辺りは、はい、大丈夫です……だから」
もう七席って名乗るのやめようかなぁ。腕章は規則で見えるところにつけておかなきゃいけないんだけど、別に名乗りは強制されてないしなぁ。
……三番隊に入った、か。目的が無ければ……闇討ちとかはしないと信じたいけど。いやまぁ厳原隊長を闇討ちできるとはそもそも思えないけども。
あとの……望みは、シロちゃんと……ちょっと危ういけど朽木さん、か。
そういえば銀嶺さんは前回の件で引退を決めたそうだから……びゃっくんが六番隊隊長になるのだろう。
死亡率をどれほど下げたところで……寿命という問題はどうしようもない、か。
「友達、おらんの?」
「ちょっとギン!?」
「刺さりますねぇ……。いないわけじゃないですよぉ?」
「……言葉だけでどう言い繕っても、キミの友達にはなれそうにない。……キミと友達になれるんは多分、同じ所から同じ景色が見える子か……違う場所から、同じ景色が見える子やないと、無理や」
「そうですねぇ。過去に一人だけそういう人がいたんですけ、ど。……決別しちゃいましたからねぇ」
それに……その人は、絶対に友達とか作らないですからねぇ。
……僕のやっていることを見て、八刃への強化を重ねて。
結局凡人か? 天才に発破をかけたら……突き放されて。僕は彼のようには。
「よし! 滑川さん、甘いもの食べに行きません?」
「へ?」
「乱菊、キミ、本当に余計なお世話好きやんな」
「"余計な"が余計よ、もう。……なんか、ほら。
「ああ……。みんなに魚配ってんのに、自分は全然食べてなかった人か。懐かし」
「みんなのお世話焼きまくるけど、滑川さんにお世話焼いてくれる人っていないんじゃないかなーって。……見当違いだったらごめんなさい」
……。
世話焼き云々は措いて擱いて。
……老人扱いは……珍しいな。ちょっと面白いかもしれない。
「ほんまや。縁側でお茶とか飲んでるお爺さんみたいや。想像したらしっくりきた」
「実は市丸さんより松本さんの方が鋭利な刃物で刺してくるんですねぇ」
「そや。ボクなんて大したことない。乱菊の方が鋭いし、強い」
「何言ってんのよもう……。……それで、どうですか? お茶屋さんとか……」
「良いですよぉ。でもお二人お給料まだそんな貰ってないでしょう。ちょっと高めのお茶屋さん奢ってあげますよぉ」
「へぇ……乱菊。いつの間に上官に集るん上手なったん? ボクの知らん間に……怖い子や」
「だから変なこと言わないの! もう……」
瀞霊廷で一番高いお茶屋さんとか連れていってもいいけど。
お団子一本で二十万環とかするところがある。……なんて、そこまで贔屓しちゃうと色々言われそうだから、ちょっとお高め程度で済ませよう。
……甘いものを食べて、頭を回そうか。舐溶飴じゃ糖分あんまし足りないからね。
*
今の死神がどうして八刃に負けそうなのか。
まず単純に、破面にダメージを入れられる死神が少ないことが挙げられる。
シャウロン・クーファンがあれほどまでに弱かったのは、破面は「この程度である」と思わせるためだと推測する。あとはライム・バックの従属官がかなり削れたという発言をどう取るかだし、複数体のライム・バックをどう考えるか、だけど。
正直言って結論は出ない。
不確定要素が多すぎる。……もう一度くらい虚圏へ赴きたい。
倒せるとは言わないけど、全八刃と邂逅してその強さを確かめた上で帰還し、特演訓練を、という流れにしたい。
したい、けど。
「──これより。第一次虚圏侵攻作戦を開始する」
時間に追いつかれてしまった。
現世の暦にして1914年8月23日のことである。
実行へ踏み切った理由は以下の二つ。
一つ、敵の所在が判明していること。
護廷ともあろうものが、特異な能力も持たない者を恐れていては話にならないと──強硬派の貴族の一部が突然騒ぎ始めたらしい。
その貴族たちの口裏合わせか、鏡花水月でこのままもたもたしていてはいずれ、みたいなパラノイアを植え付けられたか。
二つ、技術開発局が『空洞倶象』の映像から新たなる装置を開発したこと。
その名も『
「改めて説明するッスね。この杭は、傷をつけた対象の霊子及び霊圧を読み取って、強力な封を作り上げるんです。必要個数は対象虚の強度によって変化しますが、バラガン・ルイゼンバーンの推定霊圧なら五個。それ以下なら三個か四個で充分なはずです」
「とはいえこれ自体はただの杭だからネ。虚……それも破面の肌に傷をつけるということはツマリ、相応にまで弱らせる必要があるということダヨ」
つまり、GETだぜ、ってことだね。
「一応理解した上で聞いておくで。なんで封印すんねん。倒したらええやろ」
「僕たち死神はあくまで調停者ッスからねぇ。虚圏に魂魄が偏ることも不足することも避けつつも、目的自体は達さないといけません。そこで封を用い、強大な虚を虚圏という世界に結び付けます」
「つまり、死神としてはあんまりだけど、
「だが、そうも言っていられないのだろう?」
「はい。敵の口から出た情報なんでいまいち確度は無いスけど、
「他の八刃については、その雑兵送りの八刃を討滅あるいは封印するために障害となるであろうから対峙する、ということであるな」
「まぁ別に、影の世界へ行く際に後ろから攻撃されタリ、帰ってきた際に不意打ちを喰らってもいいというのなら止めないケレドネ」
「んだテメェこら。王途川隊長にどういう口の利き方だ、オォン?」
「オヤ。まだそのようなことをほざく野蛮人が残っていたとはネ。十番隊も格が知れるネ」
「うっさいわ格が知れるんはオマエやねんいっつもいっつも他隊の隊長副隊長と言い合いになって割食うんはうちか喜助やねんこのぬくぬく万年三番目ハゲが」
「お、おう。アタシはそこまで言う気ねぇから、お、落ち着けな、猿柿」
いつものじゃれ合いは放っておくとして。
技術開発局が開発したそれはつまり、バラガン・ルイゼンバーンを封じているものの死神の技術版といったところか。
結界と義魂技術の結晶。賞賛すべきはハードの技術か。別にアレ特別な素材とか使ってないのに、虚圏という霊子密度が極めて高い世界であれば突き刺さなくても杭としての効果が認められるのでは? みたいなアプローチから、軽量化・発動霊力削減・簡略化・自動修復などを実現している。
僕がやっているものとはアプローチが違う。ある意味で見限ったやり方で、だから滅却師側の技術も使っているっぽい。
「仕組みを聞いた限りでは、影の世界でそれを使うのは無理か」
「そうッスね。瀞霊廷の影の中は霊子密度が高くないんで、やるなら地面に打ち込むべきですけど……そんなことやったって地面抉られたら終わりッス」
「その点虚圏へは専用の鬼道を使って打ち込むだけで良いカラネ。基本は虚圏用だと思ってくれたマエヨ。ただ、注意点がアル。一度杭を打って終わりにはできナイ。定期的に……五十年おきに結杭へ死神の霊力を注ぎ込みに行く必要がある。だカラ、あまり虚の密集した地ヤ、砂の奥深くに眠らせてしまうと、後が大変ダネ」
「あと、自己修復機能があるって言ったって、破面の全力で殴られでもしたら破壊されかねませんので、封印寸前までは見せないようにしてくださいッス。打ち込んだ後は強大な霊圧を勝手に避けるようにはなりますけどね」
「つまり、十一番隊に持たせるべきではない、と」
「はっはっは、うちの連中だって荷物運びくらいは普通にこなせるさ」
「いや戦い楽しみすぎてこないなん要らんとか言って適当に露見させかねないとかそういうこと心配しとるんやろ卯ノ花さんは」
「……確かに。そちらの危険性もありますね」
「おっと平子。お前が普段から十一番隊にどんな印象を持っているか知られちまったな」
「じ、実際そうやろ。なぁ惣右介」
「隊長同士の会話に口を挟むなど、僕にはとてもとても」
「おまっ、こういう時だけ……!」
……この会議には藍染さんもいる。
つまり「封印寸前までは見せないようにすること」自体は筒抜けなわけだ。その上で今卯ノ花さんがちょっと無理めに十一番隊へ被せに行ったのは、実際の戦場で誰が封印具を持っているかわからせなくするためだろう。
不安要素はある。不確定要素もある。
けれど……足踏みも、してはいられない。
「心せよ。これは死神と虚と滅却師における大戦である」
僕は。
第一梯団が出発した。
二番隊、三番隊、四番隊、十一番隊、プラスして鬼道衆派遣隊士、技術開発局派遣隊士。
僕は含まれていない。また四番隊は全員が行ったのではなく、千日さんを分隊トップとする走力に優れる班が向かった。
救援要請が来ない限りは十日後に第二梯団が向かう。第二梯団は七番隊、八番隊、十番隊、十三番隊。ここにも僕は含まれていない。
僕が使われるのは第三梯団。増援にして後詰め。あるいは窮地をひっくり返すための駒。
第三梯団の出発は、第二梯団出発後二十日以内。全てが恙なく終わった場合はその期間内に第一・第二梯団が帰ってくるはずなので、帰ってこなかったら、ということだ。
温存の使い方……に思ってしまうけれど、僕の霊力の低さが原因なのだろう、ということもわかる。
全体でひと月使う作戦だ。最初に僕を投入しようものなら一瞬でガス欠になる。四番隊の霊力回復だって無制限じゃない。僕のために時間を使うということは、他の死にかけている隊士一人を後回しにする、ということにもなりかねない。
昼夜の存在しない虚圏では「夜は双方動きが遅くなる」みたいなインターバルが存在しないのだ。
そういうことを加味しての第三梯団なのだろうけど。
「平良、荒れとるんちゃうか思って見にきたけど、言うほどでもないか?」
「……平子さん」
「すまんのー、惣右介のアホボケタコマヌケハゲはおらんねん。平良のトコ行く言うてんのにアイツどっか行きよって」
「いえ。平子さんとお話するのも、楽しいですよ」
「そら嬉しいこと言ってくれるやんけ。ついでに口調も昔のに戻してぇな。ホンマにすまんとは思うけど、そっちで慣れてんねん」
「はぁい。お望みとあらばぁ」
「ああ、安心するわぁ。……そっちやのう口調はちょいとピリピリしてて、さぶいぼ立ってまうねんなーなんか」
平子さん。
……彼は……どうなんだろうか。
「ちょっと……人生相談とか、良いですかぁ?」
「そっちのが何倍も年上や言うツッコミ待ちか?」
「いえ。……ちょっと、色々迷ってて」
「ほな聞いたるけど。人生経験のあっさいガキの意見しか言えへんで、俺」
来客用の椅子にどかっと座る平子さん。
それでいい。それを求めている。
「平子さんの始解も卍解も、正直言って味方がいるところで使うやつじゃないじゃないですか」
「せやな。使ってもうた暁には大バッシングや。……使い方これで
「ええ、合ってますよ。……だから基本、あんまり……こういう作戦に含まれないですよね」
「せやなー。まぁ武功とか討伐数とか気にする
「でも……怖くないですか。……自分が……干渉できない戦場で、誰かが死ぬ、なんて」
「……。……はぁ? 怖いに決まてるやんか。俺そない人でなしに見えてたんか?」
……まぁ。
そうだよなぁ。怖いよなぁ。……こんな新兵みたいな相談する気はなかったんだけどなぁ。
「できることが増えるたび、己の成長を実感するたびに……他人が信用できなくなる。彼らはあんなに強いのに、彼らが負けるところばかりが目に浮かぶ。そして、僕がそばにいたらなんとかなったのに、なんて……あまりにも傲慢な考えが頭を過る」
「ほーか? オマエがいてなんとかなる戦場は……対虚やと少ないんとちゃうか?」
「いいえ。……なんとかなりますよ。別に、攻撃力だけが戦いじゃないから」
「怖っ。今の顔やめーや怖い。……まぁ聞いとる感じ、単純にオマエ口で言うてるほど他人信用してないだけやと思うけど」
「……してる……できるようになったつもりだったんですけどねぇ」
「つもりやろ。体重預けてるとか信頼してるとか、言葉で言うんは簡単やねん。でもその本質わからんと使うから、結局やり方がわからんまま物事が進む。……たとえば、今すぐ二十万環貸してくれ言うたら、オマエ貸すか?」
「まぁ、別に、はい」
「貸すなや。まず話聞けや。……逆骨の爺さんおるやろ。戦術顧問の。あの人がやっとる賭場行って二十万を六十万にしてきたるさかいに! 言うてオレがせびったら、どうや」
「はぁ。まぁ、頑張ってくださいねぇ?」
「……成程。最初に思うてた着地点とは違うけど、理解したわ」
言いたいことはわかってるよ。つまり。
「根本的に他人に興味が無い──ですか?」
「そもそもオマエ他人に……。……なんや、わかっとるやんけ」
「……興味あるつもりだったんですけどねぇ。他人の抱えている事情に踏み込んで、お節介って言われるほど話を聞きにいって」
「せやからそれは処世術なんやろなー。"他人に興味が無いヤツ"のための"他人に興味を持つ方法"みたいなけったいな啓発を鵜呑みにしたみたいな感じやろ。残念ながらオマエにはそれができてもうた。他人を観察して、その些細な機微を全部読み取れる力が。けど……それが無いと踏み込んでいかれへんのと違うか? たとえば……王途川隊長の好物とか、わかるかいな」
……。
……そんなもの。
「わからないですねぇ。……昔……酸っぱいもので緊張を緩和させる、みたいな話までしておいて……好みの味とか、聞かなかったなぁ」
「オマエの持ってる"他人の人物像"には中身が無い。外側の情報は毛先ほどに細かいことまで記録してんのに、中身の情報が欠片くらいしか無い。せやから外側の情報の伴わないところに行かれると、途端に不安になる。フツーはそいつの中身知ってれば、不安にはなるかもしれへんけど無事を祈れんねん。俺が駆けつけてやればどうにかなった、言うんは中身の情報零の、なんも知らん奴が戦ってるって聞いた時に出てくる感想やねん」
知らない。
知らないから怖い。
僕は……彼らのことを、知らないのか。
……確かになぁ。だって京楽さんとかは……なんだかんだ無事に帰ってくるでしょ、っていう……史実がどうだからとかじゃなく、中身の情報を全部知ってるから……信用が置けている。
確かに……確かに、だ。
「どや。頼りになるやろ俺」
「はぁい。とっても」
「……肯定されるんもそれはそれで恥ずいわ。まぁ、こーいう相談なら案外喋れるで俺。どんどん来たり」
彼ら彼女らが帰ってきたら、いろんなことを聞こう。
僕の中の皆をもっと強く認識するために。
*
というわけで。
第二梯団のことを信用できるようになるためにも突撃隣の王途川家。
アポ無し……ではない。一応ちゃんとした用事もあった。
「おお、滑川殿。よくぞ来てくださった」
「いやいや。……王途川さんが直々のお出迎えとか、流石になんじゃ」
「何を言うであるか。此方の命、そして此方の腕まで繋いでくださった彼方を無下にすることなどあり得ぬのでな」
そんなやり取りをしながらお屋敷に向かえば、そこには智さんと、そして西紀さんが。
「いらっしゃいませ、滑川さん」
「ありがとうございますねぇ。……早速ですが」
王途川さんのご趣味は……とかではなく。
「腕の調子はどうですか」
まずはお仕事から、だ。
王途川さん本人、智さんから見た日常生活における些細な違和感、西紀さんから見た護廷での作戦中における違和感。
そういうのを全部聞いて、その場で調整する。王途川さんは「不便なことなど一つも無い!」みたいに言っちゃう人だからね。客観視できる二人が必要だった。
結果から言えば大きな調整は必要ないっぽくて、位置などを欠片程度調整するにとどまったけど……これから先もどんどんそういうのは出てくるだろうから、逐一言ってほしい。
「それで……今回のお話なんですけど。……これが、
「むむ」
メンテナンスだけ、ではない。
前回のライム・バックとの戦いを経て、この義肢が『
ちなみに言いすぎです。王途川さんの霊圧の中にあったから防御できてただけです。
カタログ。
だからまぁ、つまり、ロケットパンチだのマシンアームだの。
容量的にはそこまで多くのものを収納できるわけじゃないけど、霊力回復丸薬くらいなら仕込んでおけるし、舐溶飴も勿論入る。
王途川さんからのオーダーも最初はストレージだけでいいという話だったんだけど、一応カタログを見ると言ってきたので、ではこちら、と。
「西紀。……どうであるか。此方はやはり、収納と、そして飛剣機能だけで良いと考えるであるが」
「……要……り、ます? その機能」
「無論である。これを付ければ舐溶飴も二倍は常備できる。いや、三倍か」
「ああいや、収納機能は良いと思いますけど……その、飛剣機能っていうのは、なんなんすかね」
「滑川殿」
「はぁい。飛剣機能というのはですねぇ、腕を射出し、操る機能ですねぇ。三番隊の美津島元副隊長の始解を参考にしていてぇ、腕を足場としたり、敵を掴んだ後に引き戻して敵を引き寄せたり。飛び道具の防御にも使えますしぃ、不意打ちや囮にも使える優れものですねぇ」
「なっつかしい名前だな……。……それで、王途川隊長」
「なんであるか、西紀」
「それ驟霖にもできますよね?」
──深く刺さった音が聞こえた。
驟霖。雨を操る斬魄刀。始解の能力を使えば、当然に。
「で……であるが、こう……そう、霊力回復丸薬を遠方の隊士に届けるなど……」
「僭越ながら、それは王途川隊長の役割じゃないです。アタシか、児島*1のやることなんで。児島とかその下がこういうの持ってるのは良いと思いますけど、王途川隊長がやることじゃないです」
「……正論、であるな。……うむ。此方はこういう判断においては西紀の言葉を信用することに決めている。であるからして、すまぬな、滑川殿」
「いえいえ。では、容量を付け足すだけでいいですかね?」
「うむ、頼もう」
「はい、では完成品がこちらになります」
「……。……む?」
オプションを付け足した上でさっきヒアリングしたことが実現するように微調整を加えた腕を差し出す。
「用意が良いっつぅか……それ高いんじゃなかったのか?」
「まぁそこそこしますねぇ。でもいちいち付け替えするたびに調整していたら面倒臭いじゃないですかぁ」
「いやわかるけどよ」
換装する王途川さん。違和感は、無いみたいだな。
よし、じゃあ。
「西紀さん。これ」
と言いながら、専用のケースに腕を収め、鬼道にて封を施す。
するとパタパタと折り畳まれ……お弁当くらいのサイズ感になるそれ。
「収納は無いものの、王途川さんの腕がダメになった時用の替えです。鬼道式は渡しておきますので、こういうものを持ち運ぶに適した方にお渡しください」
「用意も良ければ準備も良いのかよ……。……ああ、預かっておく」
よし。……じゃあ。
えーと。……ここでいきなりご趣味は? とか好きなものってありますか? は……違うなぁと思ってしまうんだけど。
「そうだ。少しお時間よろしいか、滑川殿」
「はぁい、大丈夫ですよぉ」
「王途川隊長、アタシはお先に失礼します。特演のトコにいるんで、ご用があればそちらに。では」
「ああ。付き合わせたな、西紀。とても助かった」
「いえいえ。それが一番の誉れみたいな感じなんで。……第二梯団のことも、お任せください、智さん」
「ええ。大丈夫です。西紀さんのことも、雨緒紀のことも……心配は、しておりませんから」
……。
ここの、三人。
凄いよなぁ、って。
さて、本当に少しだけ待っていると、見知らぬ霊圧が現れた。
いや、前に一度だけ検知したような。
「こちら、一番隊第七席の滑川平良殿である。此方の命を繋ぎ、此方の腕をも繋いだ方。挨拶を」
「ハッ、父上! ──初めまして。王途川雨緒紀が息子、王途川
……おお。彼が。
なんだかんだ言って全然会ったこと無かったんだよなぁそういえば。
「これはこれは、どうもご丁寧にぃ。一番隊第七席、滑川平良と言いますよぉ」
「雪都留は、今年で十を数える。真央霊術院にも入る年頃である」
「成程ぉ。まだ十ですかぁ? それは……しっかりしてらっしゃいますねぇ」
「うむ。此方も鼻が高い。もう下がってよいぞ、雪都留」
「ハッ。失礼します!!」
まだ「丁寧」とか「敬語」とか「畏まる」という言葉の意味を理解していない年頃って感じだねぇ。
しかし雪都留かぁ。……氷雪系の斬魄刀になるといいなぁ、とか思ってしまうのは、ちょっと……ダメな思考だな。忘れよう。
「……そうだ、王途川さん」
「む、なんであるか」
「王途川さんって、趣味……っていうか、時間を潰す時にやることってありますかぁ?」
「……それは、非常に難しい問いであるな」
「え」
「ふふ。この人は貴族の付き合いでもそれを聞かれて、鍛錬と答えかけてやめて……ずっと探しているのですよ」
「実際のところ、此方は休日鍛錬をしてばかりである。……だが、どうにも……世間一般では、それは寂しいのであると言われてしまった」
「別にそれも個性ですから良いとは思うのですが、この人ったら真面目に考えてしまって」
あー。……っぽい。酷い話だけど。
「問いに問いで返してしまうが、滑川殿は、どのようなものを?」
「僕も……ひたすら瞑想か、刃禅か……ですねぇ」
「あら、似た者同士ですか?」
「そのようですねぇ。……ああでも、尸魂界に来てからはやってないですけど……生前は、釣りをしていたなぁ」
「ほう。釣りであるか」
無論僕の記憶ではないんだけど。
江戸に出てからはとんとやらなくなったけど、越州にいた頃は日がなやっていたなぁ。
「ふむふむ。……もし良ければ、そうさな。この戦いが終わった後にでも、此方と……これももし良ければなのだが、雪都留を連れて、瀞霊廷西の湖にでも釣りへ行かぬであるか。そこで作法を手ほどきしてもらいたいのだ」
「勿論構いませんけど……この戦いが終わった後、なんて……忙しいんじゃないですかね」
フラグとか、そういうチャチなことを言うつもりはないけど。
誰かが……いなくなっていたら。
それどころじゃないんじゃないかな、って。
「む? 忙しいからこそ心を落ち着けるために趣味をするのではないか? 此方は智からそう教わったが」
「まぁ、人それぞれだとは思いますけれど。雨緒紀は特に……休日も隊のあれやこれやを考えてしまうし、己の鍛錬状況ばかりを考えてしまうので、何か没入できる趣味があれば良いな、というお話はしましたよ」
心が忙しいから。
それを落ち着けるために、趣味を行う。
……。
……金言、かもしれない。
だとすれば、仕事をしているのが趣味なんだ、みたいなのは……お笑い種なのかもなぁ。
趣味を仕事にするとは全く違う話だ。ワーカホリックって……ただの言い訳なのかな。
「わかりました。お二人用の釣り竿も作っておきますねぇ」
「かたじけない」
「いえいえ。……ありがとうございました。また来ますねえ」
王途川家。
……収穫が、結構あったかも。
さて、ところ変わって十三番隊隊舎。
第二梯団に加わっている十三番隊だけど、浮竹さんが初の虚圏ということもあって、志島さんが薬を慎重に検討している場所へとやってきた。
腕と同じく、売り込みである。
「こんにちはぁ」
「はいこんにちはぁ。って、平良ちゃんじゃないの。お久しぶりねぇ」
「朱音さん、お久しぶりですねぇ」
隊舎にて迎えてくれたのは、虎徹朱音さん。元四番隊副隊長で、産休を挟んだあと、護廷に復帰して今度は十三番隊七席になった人だ。
お婆さんと呼ばれるような年頃にはなってきているのだけど、かなり元気な人。斬魄刀戦闘より倦憊メインの格闘術の方が強い。……まぁそりゃ、卯ノ花さんと千日さんに挟まれて尚ずっと三席及び副隊長であり続けた人である。
ちなみに霊圧的に多分卍解できてる。隠してるっていうか報告してないみたいだけど。
「志島副隊長がお目当て?」
「はぁい。どちらにいらっしゃいますかぁ?」
「今なら浮竹隊長と一緒に隊長室にいるはずよぉ。呼んできましょうか?」
「ああいえ、お伺いしますよぉ」
「それじゃ、こっち。ついてきて。今色々模様替えがあってね、通れないところがあるから」
手を引かれて歩く。確かに至る所に服とか踏んじゃいけなそうなものとかが置いてあって大変そうだ。
その地帯を抜ければ、隊首室。ちなみに十三番隊の子達はみんな僕に挨拶してくれる。なんでなんだろう。
「入るわよぉ十四郎ちゃん」
「ああ、構わない。どうかしたか、朱音さん……と……滑川殿?」
「はぁい。お邪魔しますねぇ」
「それじゃあ私はこれで。仲良くするのよぉ~」
平子さんがいたら「オカンか」ってツッコんでる。
さて、隊首室の中にいたのは、浮竹さん、志島さん、海燕さん、
「あんれま、滑川クン。どうかしたん?」
「これから虚圏へ行くというお話中であろう皆さんに、ちょっと売り込みを」
「売り込み?」
ええ、と言いながら、見慣れないだろうジュラルミンケースを空いている机に置いて、ぱかぁと開ける。
そこに入っているのは怪しげな丸薬と錠剤。
「えーと。……俺と爾志と一貫坂はじゃあいったん下がるよ」
「申し訳ないですねぇ急にお邪魔したのに」
「良いって。つか……浮竹隊長のためなんだろ。そういうの、わかるからさ」
そう言って出ていってくれる海燕さん。彼にありがとうございますを告げつつ……結界を張る。
既に薬師の目で薬を見ている志島さん。
「……滑川クンこれ……完成したんか特異反応性の薬用舐溶飴が」
「はぁい。今までの舐溶飴はぁ、予め舐めておくことで、舐めている間だけ効果が出て、舐め終わると効果量は下がるものの身体に蓄積する、というものでしたぁ。しかしこれは、服用した瞬間には一切の効果が出ずに、予め設定したことが起きた瞬間に体内で作用を始める仕組みとなっていてぇ、たとえば血を吐けば即座に対象内臓壁を修復しますし、たとえば咳をすれば気管支や肺にダイレクトに作用しそれを鎮めます。そしてそれだけでなく、虚閃を喰らったら霊子防御が上がるとか、斬撃が来た瞬間に靭性が上がるとか、そういう対応まで可能です」
つまり、トリガーを選択できるということだ。
また、体内で作用を始めるため、舐めている間判定にすることもできる。舐めている間の舐溶飴は蓄積効果の五倍くらいは効果があるので、これを上手いことやると。
「戦う前にざらっと飲んでおくだけで、戦いのさなかには症状が一切でない、という状況を作り得ます」
「それは……かなりありがたいが。……副作用などは」
「無いですよ。失くしました。失くすのに十年もかけてしまいましたが、できました」
副作用のある薬、など。
それを抑えるために薬が必要になる。
本当は……良い効果だけが出る方が良い、なんていうのはわかり切っている話だ。
「──そして、もう一つ。……残念ながら、この戦いには間に合わせることができないのですが……帰ってきた暁には、どうでしょうか。僕の手術を受けてみませんか」
「……どういう」
「僕はあなたの肺を作ることができます」
生唾を呑み込む音。
「僕はあなたの肺にいるモノが何かを知っています。その上でそれを剥がし、然るべき場所に戻し、そしてあなたの肺を作ることができますし……肺病も治し得ます」
「それがとんでもないこと言うとる自覚はあるんか?」
「ありますよ。そして嘘や誇張じゃない。準備さえ整っていれば、僕はもうどんな欠損だって治せる。……本当は千日さんのも治せるんですけどね。本人が、自分で治したいのだそうで」
魂の入れ替えは聖別を見なければ無理かもしれないけれど。
肉体の乗り換えはもう、できる。義魂と義骸の技術は全部頭に入れた。自分なりのアレンジもした。その上で霊子の振る舞いを見て、僕はその症状を完璧に治し得る。
「それは……ありがたい、が。……礼を欠いてしまう。と……すまん、志島。これ以上は」
「誰がキミの身体診てるん思うてんの。知っとるよそんなこと」
「……そうか」
礼を欠いてしまう、とはいうけれど。
……改めてこうして相対すると、わかることが一つ。
妖刀「抜雲」や……神剣・八鏡剣にすら感じた悪意のようなものを、ミミハギ様からは一切感じ取れない。
むしろ……できるのならば、やってあげなさい、と。……そう、言われているような感覚になる。
……ん、なんか。
……本当に言われているような。そこまで……斬魄刀クラスの意思があるのかな? 実は僕他人の斬魄刀の声なら──触れたら──聞こえるんだけどさ。
「大丈夫だと思いますけどねぇ。なんでしたら逆骨までお供しますよ。……何より、この提案を止められなかった時点で、でしょうし」
「……わかった。考えておこう」
霊王。アドナイェウス。残されているのは微かな意思のみ、という話だけど。
思うんだよね。大局を動かせる霊王なら……本心から解放されたがっていれば、多分和尚さんでも止められない。三界を繋ぐ楔となるその慈悲深さがあったが故に人柱であることを許していたのだろう。
でも、霊王の代替となれるユーハバッハとイッチーの出現は……その二つが和尚さんの作為によるものだけではないのなら。
もう、終わりたがっているんじゃないか、って。
イッチーに斬られたのは、本望だったからなんじゃないか、って。
なれば、こうして僕が……着々とその情報を集めていることも。
その行為が許されていることも。
「それじゃあ、お話中失礼いたしましたぁ。あ、こっちの薬は試用品として置いていきますねぇ。是非解析して量産なり改良なりしちゃってください。わからないことあればいつでもどうぞぉ」
「おおきにな、滑川クン」
退室する。
信用。信頼。人を知り、人に足る。
確かにこの九百年間……受け身過ぎたかもしれない。
売り込み、営業。それをしながら、趣味を聞いたり好物を聞いたりして、人を見る。人を探る。
……始めるのが遅いのかもしれない。
もしかしたら……帰らぬ人となってしまう人が、出るのかもしれないけれど。
死なない限りは治すし、代替するから。
遅まきながら、あなたたちのことを、教えてください。
無事を信じて、待ちたいので。