卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
あなたは昔 炎でした
焼いて焦がして 命を奪って
焼いて焦がした 命をくれると
わたしに灰を 押し付けて
わたしを灰には しないと誓って
あなたは今も 炎でしょうか
第一梯団として虚圏へ向かった三番隊であるが、全員が、というわけではない。
精鋭部隊が選出されての出征となる。そのため、席次の低い二人──松本乱菊と市丸ギンは、この戦いにおいては待機を命ぜられていた。
待機。というかまぁ、通常任務、ということだ。
「といっても、私達は見回りくらいしかできないし、させてもらえないのよねぇ」
「しゃぁなしや、乱菊。三番隊は遊撃部隊。他の隊に比べた言うても下っ端にはあんましやることあらへんのやから」
「わかってるわよ。……ま、その間にでも護廷を回れってことなんでしょうね。三番隊は他所への応援が多めなわけだし」
三番隊隊士に求められているのは「臨機応変であること」である。
花形と呼べる火力支援ではなく、要所要所、必要な個所で必要な力を発揮する。かつては「戦いは派手であってはいけない~」というような隊風もあったようであるが、今は重要視すべき場所が違うのではないか、と刷新されている。
必要とされるところに、必要なだけの力添えを。隊長の厳原金勒が常に言っていることだ。
そのため三番隊隊士は瀞霊廷を隅々まで知っておく必要がある。護廷に顔を売って、頼られる存在であり続ける必要がある。
それぞれの隊のコンセプトを把握し、何が足りていないのか、あるいは足りているものはどれか、という判別も必要になってくる。
だからこそのぶらつきだ。決してさぼっているとかではない。今二人が出てきたのは十三番隊の管轄である比詰町。その茶屋だが、決してさぼりではない。
では、次はどこの茶屋へ寄ったものか、と考えた二人のもとへ飛来してきた何かがあった。風が運んできたらしい何か。
危なげなくそれを掴む市丸。
「……櫛?」
「ああ、すまん、受け止めてくれて助かった!」
と大声を上げて近寄ってくるのは、二人よりか幾分年上の青年だ。
「これ、キミの?」
「こ、こらギン! 腕章見る癖つけなさいってば……」
「ああ、良いって良いって。助けてもらったんだしさ。その櫛は俺のじゃなくて、同僚のなんだ。……あー、いや、同僚に……上げる予定のもの、っつうか」
あんまりにも正直な物言いと、だというのにそれをどこか恥ずかしそうに言う青年に──松本の「恋愛検知器」がアラートを出す。
「それ……彼女さんへの贈り物だったりします?」
「ほら、乱菊のが鋭いやモガ」
「いやぁ……まぁ。……そうなんだが。……どうだ、その……初対面で聞くことじゃ、って、そうだ自己紹介もしてなかったな。俺は十三番隊第三席の志波海燕ってモンだ」
「三番隊の松本乱菊と市丸ギンです。……って、三席……しかも、志波?」
「キミ、強そうやなぁ」
「家とかはあんまり気にしないでくれ。その、良かったら適当な茶屋にでも入らないか? ちょっと……助言が欲しい」
「願ったりかなったりです! むしろ茶屋が無くてもお話聞かせてください!」
「ははは、そういうわけにもいかねぇだろ。ほら、こっちだ。行きつけがある」
「……やっぱりや。自然なフリして上官に集るんが
「はっはっは、上官に集るのが上手いってことは、後輩力が高ぇってことさ。後輩の内はどんどん使っていけ。自分が先輩になっちまうとそういうのできなくなるからな」
「……言葉、違う言い方にするんが上手やね。ちょい、憧れるわ。ボク乱菊に怒られてばっかやし」
「心配すんな。こういうのは自然と身に付くもんさ。誰に対しても思いやりの心を忘れなければな」
志波海燕。この気持ちの良い男との出会いが、松本と市丸のその日を数奇なものへと変えたのだが──今は、単なる恋愛相談である。
さて、少し歩いて移動すると、静かな雰囲気の茶屋が見えてきた。
客足は多くないが、裕福であるのはわかる。それくらいの規模感。
適当に甘いものを注文した彼らは、机のある席で、その話を聞く。
「その……十三番隊の第四席に、爾志都っていう人がいて……一応もう付き合っているんだが」
「……つまり、その櫛を贈りつつ結婚の告白をするつもり……ですね?」
爆速理解は乙女の嗜み。
高速でうんうんうんうん頷きながら、今日イチ元気に、そして食い気味に話を聞いていく松本。
「そう……そうなんだ。けどその……都がちょっと、なんていうか、煮え切らない態度っつーか」
「キミが煮え切らない態度やからとちゃう? 口では返事くれとか真剣やとか言うても、目に迷いがあったら気付くよ。ボクらでもわかるもん」
「そうねぇ。ギンがこのテの話に乗っかってくるのが意外だ、ってことは後で私達だけで話すとして……ギンの言う通りです。その、多分家柄のことですかね? 焦りとか迷いとか不安が目に出ちゃってます。爾志さんはそこから不安を覚えちゃってるんじゃないですかね」
「……すげぇ。そこまで……わかるもんなのか」
「キミがわかりやすいだけや。初対面のボクらにもわかるもん。キミ感情隠すん下手やし、真面目でお人好しやろうし。むしろちょっと会話しただけでここまで伝わるん、サトラレって妖怪なんとちゃう」
「ははは、そうかもなぁ」
後頭部をがじがじと掻く海燕。
そして、少しずつその迷いを口にし始める。
「最初はさ。苗字に同じ字がある、程度のことから仲良くなったんだ。そこから時を経て……段々惹かれていって、そんで思い切って告白したら、あっちもそうだって言ってくれてさ」
「……そういうことはなんでもなく話せるんに、なしてあないどぎまぎするんかわからんわ」
「しっ、ギン。今は聞きに徹しなさい」
「別に茶々は入れてくれていいぜ。……それで……副隊長への昇進話なんかも上がってたんだが、家柄の事情やら俺がまだまだ足りないことがあるってんで断り続けてたところに志島さんが来て……当分は副隊長にも誘われないことが確定したらさ。……ちょっと、そういう……結婚とかを真面目に考えたくなってよ」
「志島……十三番隊の副隊長か。ボク、あの人苦手やわ。似たような空気てよぉ言われるけど、あれ狐どころか獰猛な狼やんか。ボクじゃ勝たれへん」
「なんで戦う前提なのよ……。……それで、不安なのはやっぱり、貴族のお話ですか?」
「そこまで畏まらなくていいって。……で、そうなるな。俺はほら、一応志波家の長男でよ。妹と弟がいるんだが、弟はまだ霊術院生だし、妹ももう少し自由にやりたいだろうから……当主を継ぐ気でいるんだ。……そこへ、貴族でもない都を妻にして……当然俺が護るけどよ。それでも、向くものがあんだろ。人間社会で生きてたら。……それが、ちょいと気になってな」
「よぅわからんわ。そないなん黙らせたらええやんか。キミ強いんやろ」
「それができたら良いんだけどなぁ」
「……貴族の人って、いつもそれやね。どんだけ隔絶した力あっても、付き合いやらなにやらでできないできない、って。やろうとしたことないから怖いだけなんとちゃう」
あまりにも純粋な言葉。それに、「う」と言葉が詰まる海燕。
海燕だって……本音を言えば、そちら側だ。でも。
「貴族は大変です……大変ねぇ。私達は流魂街の出だから……本質的にはわかってあげられないんだけど」
「……ま、志波家は良い方だ。爺さんの例があるからか、親戚筋は非貴族と結婚したって何も言ってこねぇ」
「お爺さんは、流魂街の出身なの?」
「ああ。東流魂街61区張花の出だったはずだぜ」
「え。ご近所さんや」
「ホントねえ。私達62区の花枯出身だから……」
「そうなのか。そりゃおもしれぇ巡り合わせだな。……爺さんはそんな出身でありながら、初代五番隊隊長でよ。だから親戚の覚えが良いってのはあるんだろうが……とにかく爺さんのおかげで志波家は流魂街出身にそこまで偏見が無い。他の家だとこうはいかなかっただろうから、こと俺の恋愛においちゃ天啓にも近しい話でさ」
流魂街は一区画がそれなりに広いため、完全なご近所さんかどうかは微妙であるが、それでも縁であると言えるだろう。
あるいは二人の親か、その上の世代に尾花との繋がりがあった可能性はある。とはいえ二人は共に親の顔を知らない。いないのか捨てられたのか。市丸も松本もその特異な髪色をして蔑まれたことが何度かあったから、親にも気味悪がられたのやもしれない。だから、そんな存在のことは普段から欠片も思考に入れていないのだが。
「つまり……あとはキミが、勇気を持つだけやんな」
「ね、私にもそう聞こえたわ」
「……おお、ホントだ。……環境は充分で……志波家以外からのくだらねえ物言いは、俺が護ってやれば良くて」
「多分その感じなら、お爺さんも親戚の人もちゃんと守ってくれるんじゃない?」
「加えて言うと、お嫁さん、キミに四六時中守られなあかんほど弱い人なんか? 強いキミが好きになったのやったら、その人も強いのと違う?」
「ああ、四席だからな。……強さも十分だ。……はは、こうして……整理されると、その通り過ぎて笑えてくる。……心配だったのは都が何かを言われることじゃなくて、俺が護りきれないかもしれないって部分だったはずなのに……いつの間にか、すり替わってた。──っし! んじゃ今日にでも頭下げてくるか!」
櫛。「苦も死も共にする」、「白髪になっても添い遂げる」などの意味を持つ、結婚における人気の贈り物である。
「あ、でも。その櫛だとちょっと飾り気が無さすぎるかも」
「え。……その、さっきは風で飛ばされちまったけど、結構良いところのだぞコレ」
「そこの店員さんに何か言われなかった? たとえばそう……"蒔絵に螺鈿、鼈甲なんかはどうですか"とか、"香りをつけることもできますよ"とか」
「言われた……けど、あんまりじゃらじゃらするのも違うだろと思って……」
「男の人から贈られた櫛っていうのは、日用品にするんじゃなくて、髪に挿す装飾品だから……。都さん本人は気にしないかもだけど、それこそ"貴族と結ばれたのに愛されていない"とかってヘンな噂が立ちかねないわ」
「お金かけるんが全てやないと思うけど、これ挿さってても気付かんよボク」
「た……確かに。今からこうしてほしいとか言って調整してもらえるもんなのか、こういうのって」
「できるかもしれないけど、お金に余裕があるなら作り直してもらった方が良いかも。大きさとの兼ね合いもあるし……」
「ちょちょいと付け足しで終わらせてエエの? 結婚て、大事なんとちゃう? よぉわからんけど」
「……そうだな。作り直してもらうか。……流石に作戦には間に合いそうにねぇから、作戦後、かね」
「ああ、十三番隊は第二梯団だったっけ」
「おうよ。で……そう、それと、松本、市丸。このことはちょっくら黙っててもらえると嬉しいんだが」
「わかってるって! その代わり、上手く行ったら教えてね。気になるから」
「ああ。……ちなみにお前らはどうなんだ? 付き合ってんだろ?」
あっけらかんと言われて……お互いを見合う松本と市丸。
二人は同時に。
「今更何か……やるつもりとか、ある?」
「無い。ボクは乱菊と一緒に
「んー、別に要らないわね。私も……アンタと一緒に居られたらなんでもいいわ。あ、でも美味しいものなら大歓迎!」
「せやな。ボクも、なんや贈るんなら食えるモンがいい。モノ置いとっても使わへんし、置かれへんし」
「……今まさにモノを贈ろうとしてるやつの前で言うことかよ」
「気になるんやったら、櫛以外にも食べ物あげたらエエよ、キミも」
「まぁ……考えてはおく、か?」
「いえあの。櫛はちゃんと櫛だけで贈ってあげて。櫛と一緒に乾燥果物とか入ってたら流石に都さんに同情しちゃうから」
「おま……よく俺が乾燥果物を入れようとしていたことに気付いたな……」
「絶対、櫛は、単体であげなさい。良・い・わ・ね?」
「お、おう。そうするよ。ありがとうな。……さて、そろそろ解散するか。他隊の隊士と一緒にさぼってた、ならまだしも、他隊の真面目な奴らを怠惰に落としていたなんて噂話はされたくないんでな。……じゃ、お互い大変だろうけど、頑張れよ後輩」
言って。
茶屋でお勘定をして、颯爽と去っていく海燕。
なんともあっさりした男である。
「……貴族からのやっかみって話だったけど、海燕さんのことが昔から好きだった女性隊士からの嫉妬とかの方が凄そうよね、あれ」
「人気は高そうやね。年上に可愛がられそうや」
「……さっきも言ったけど、アンタがこういうテの話に乗ってくるのは意外ねぇ」
「ボクもや。そういうのわからん思うてたけど……この前
「それ、絶対本人に言っちゃダメよ……」
「言わんけど、多分もう色んな人に言われてる思うよ。思ってたより慕われてるみたいやったし」
そんな話をしながら、二人も茶屋を後にする。
志波海燕。燕の字の通り蒼空を駆け抜けるような、それでいて波濤のような男であった。
次に二人が向かったのは、七番隊の管轄地である灘見町だ。
ここでは芝居事が盛んであり、個人でできる影芝居から大掛かりな大道具を必要とする芝居まで、様々なものが楽しめる。
七番隊隊長の虎姫がそういうものを嗜む印象がない……というのは彼女を完全に知らぬ者からの評価であると言える。なんせ最近の彼女は色々なことを体験し、色々なことを試してみている真っ最中で、様々な施設でその姿を見かけるのだから。
「見て、あそこ。大きな蛇がいるわ」
「……乱菊、あれ蛇ちゃう。鰻や」
「え。あ、あら」
「確かにボクは蛇好きやけど、ええんよ、そない言われんと、蛇おったら自分で見つけるから」
「……でもアンタ、そういうの見かけたらちょっとだけ目輝かせるじゃない。基本は私に付き合わせてるんだから、そういうのくらいあったっていいでしょ」
「別に付き合わせられとるつもりないけど。好きで乱菊の隣おるんボクやし」
「そう? でも……たとえば蛇が主役のお芝居とかあったら、見たいでしょ。しかも悪役じゃないヤツ」
「それは見たい」
「ならやっぱ探しちゃうのは当然ってこと。……鰻」
ぐぅ、とお腹が鳴る。
びっくりするのは市丸だ。
「お茶屋さん、もう四軒も回ってきて……ボクもうお腹たぷたぷなんに……乱菊、まだお腹空いてるん?」
「だ、だって歩いたじゃない! 結構な距離だったし……」
「ほな、うなぎ屋さん寄ろか。乱菊だけ食べ。ボク見てるだけでエエし」
「でも流石に食費だけで使い過ぎな気もしてきたわ……」
お腹を押さえつつ、財布代わりの巾着の重みを確認する松本。少々寂しい、かもしれない。
「でも……食べんと、野垂れ死んでしまうで、乱菊」
「いやいやそこまでじゃないでしょ。っていうか流魂街ならともかく瀞霊廷で野垂れ死になんてそうそう──」
「ほら、あれ」
ギンの指差す先。
少し上──屋根の上で、銀髪の女性が……口を開けて、仰向けに倒れている。
胸は、上下していない。
「ちょ、嘘!?」
即座に瞬歩で女性に近寄る松本。
美しい、少し異国を思わせる顔立ちの女性だ。
脈は……無い。息もしていない。
「ちょ、う、……よ、四番隊に通報!」
「おーっとなんか勘違いの予感。どうしたお前ら」
「っ」
ぽけーっとソレと松本を見ていた市丸だったが、突然大男が現れた瞬間、彼と松本の間に入る。
既に、鞘に手を当てた状態で。
「おお、落ち着けよ。人相が悪いとはよく言われるが、そんなやつじゃねぇって」
「ぎ、ギン。その人多分七番隊の副隊長だから……」
「……死体があって、乱菊やなくても死体に駆け寄るやつなんてごまんといて。……駆け寄った直後に現れて、ジブンは怪しないと言う。……罠にしか思われへん」
「いや成程確かに。道理だ。すげぇ筋道が通ってる。──それがホントに死体なら、だが」
「え?」
ガジガジと丸っこい頭を掻いて、その男は。
「おーい銀モロコシ隊長~。他隊の純真無垢な子供ら巻き込んで尚逃げたいっていうんなら止めやしませんけど、そうじゃないなら出てきてくださいや」
そう、声を上げる。
……数秒後。
「え……あ、あれ?」
「二人……おるんか?」
死体とうり二つの存在が、バツの悪そうに現れたではないか。
というか、隊長羽織を羽織っていると……ようやくわかる。
「虎姫隊長……?」
「そう……だ。……すまない、愛川を……撒くための、身代わりの……義骸が、意図していない勘違いを……起こしたらしい。謝らせてくれ」
「ぎ、義骸? あ、だから魄動が一切無くて……」
平謝りの虎姫。他隊とはいえ隊長のことはさすがに知っている松本である。そんな彼女にとっても、今の虎姫の姿はあまりに解釈と一致しない。
「事情を簡単に説明するつもりがあるんだが……どうだ、お前ら。丁度いいし、そこのうなぎ屋で飯でも食ってかねえか。奢るぜ?」
「……渡りに船や。こないなことあるんやな」
ようやく鞘から手を放した市丸の口から出た言葉は、そんな、緊張感の欠片もないものであった、とか。
曰く。
「もうすぐ出征ではあるんだがよ、長らく休んでた赤泊っていうウチの四席が隊に復帰して、ずっと延期になってた隊象画が作られることになったんだ。お前ら三番隊も、ちょっと前にやっただろ?」
ずっとバツの悪そうにしている虎姫をちゃんと座らせた副隊長、愛川羅武は、そう話し始めた。ちなみに自己紹介は済ませてある。
「ああ、やりましたね。ちょっと前って言っても、一年前とかですけど……」
「一年前ならちょっとだって。……んで、その四席がいないからって理由で、ウチの隊長はずっとそれから逃げてたんだ。ほれ、朽木家から出た念象装置で絵にするやつで一瞬やるだけなのによ」
「一瞬……ではないだろう。髪の毛を……整えたり、服をやったり……むしろその一瞬のためだけにやることが色々あって……髪も脂で固めるし、服も動き難い帯を巻かれて……嫌だ。あまり、好きではない」
「ええ? 綺麗な髪ですし、そこまで大変なことしないんじゃないかって思いますけど……。私みたいな髪はクセが凄いから、整えたり飾り付けたりで結構時間使いますけど、虎姫隊長のは多分何度か梳いて終わりだと思います」
松本の髪もまた特殊な色合いで、長い。
そうでなくとも伝わるものがある。わかるものがある。
「……そう、なのか?」
「オオイ! 俺もちゃんとそうやって説明したじゃないスか!」
「……すまない。その……」
「男の人に言われても、女性の髪事情に詳しくないのに"簡単"とか、逆に"時間かけすぎ"とか言われるから、あんまり信用できないですよね。わかります」
「いや……私がもっと愛川を信じていれば……」
「ちょ、なんか今日の隊長傷つきやすいっつぅか、すげぇしおらしくてちょっとやりづらいッスね……」
「あかんで、キミ。おかしい思うんなら、やりづらいとか言わんと、原因探らな」
「……確かに……。……良いこと言うじゃねえか。三番隊の市丸ギンだな。覚えたぜ、名前」
「それも、言葉選びが悪い。ボクにはただ好意だけ見えてるから伝わるけど、ボク以外やったら怒られたんかて思うと思う」
「そうねぇ。私もそう言われたら目付けられたって思うかも」
「……じゃあ、もしかしてアレか? 虎姫隊長は確かに言葉足らずだけど、ちょくちょく話通じてないなって思ってたのは……俺側の言い方に問題があったかもしれねえな。……良い。お前ら、すげえな。本気で大成すると思うぜ」
「ああ……大物の風格がある」
と、そこで注文していた鰻が来る。
香りだけでも天へと昇れそうなソレ。いただきますをして、満腹の市丸以外が食事を始める。
「話続けるけど……そもそも、なしてあの義骸や言うの使ってまで逃げてたか、その人の口から聞いたん? 逃げるために身代わりまで用意すんの、やりすぎに思てまうけど」
「いや……それは、その通りなんだが、私が……あまりにも嫌だっただけだ。ずっとじっとしていなければならないのも、髪が固められるのも、引っ張られたりするのも……あまり好きではない」
「せやったら、乱菊やったればええのと違う?」
「私?」
「専門の職業さんには悪いけど、乱菊女の子の髪いじくるん好きやろ。話してる感じ"写り"がどうとか気にする人でもなさそやし、誰にやられても、不快やなかったらええのやろ?」
「ああ……そうだ。……頼めるか、少女」
「え、ええ。勿論良いですけど……良いんですか、私で。ホントに知識なんか自分の髪用のことしかわかりませんけど」
「やってくれるんならありがてえ。虎姫隊長も気を許してるみたいだし……ちゃんと依頼料金払うからよ、今後も式典とかあったら頼めねえかな」
「じゃあ、その間ボクは、キミの言葉選びの添削したる」
「お、おう。それは要らねえ……いや要るのかもしれねえ。……ちょっと面白そうだな」
そんな感じで。
やけに素直な七番隊の隊長&副隊長に鰻を奢ってもらって、定期的な収入にまでありつけて。
なんだか妙についている一日は幕を閉じ……ない。
夕方過ぎ。四番隊隊舎のある碑衾町の騒がしさに、二人は本来の目的である見回りを行うため、騒ぎの原因を探すことにした。
騒がしさ。賑やかであるのとは違う。どこかで喧嘩が起きているような熱気でもない。
何か──ざわめいて、ざわついて。
「ひ、ヒィィイイイ!!」
という悲鳴があった。
方向はすぐ近くの救護詰所。
そこに──虚がいた。
「な……向こう百年は尸魂界に虚は出ないって話じゃ……」
「……虚? あれ……魄動、欠片もないで」
「う、嘘。じゃああれは」
「『
いた。音もなく影もなく霊圧もなく。
二人の隣に、ソレが。
「どうやってここまで来たのかについてはわからずじまいというかぁ、みぃんな曖昧なこと言うのでぇ、そういう鬼道でも使われた可能性がありますけ、ど。ま、侵入経路なんて後で洗えばわかりますからねぇ。……松本さん、始解ってできますかぁ?」
「ええ、できるけど……」
「じゃあそれで、あの『擬虚』を拘束してくださいねぇ。市丸さんの方は」
「できるけど……なんや、おかしいな。解放できるかどうかは聞いてくるわりに、能力も知らんと、よう乱菊の斬魄刀で拘束ができるってわかったな」
「僕ねぇ、一応鬼道の達人でもあるのでぇ、斬魄刀を見ればだいたいわかるんですよぉ。縛道の六十一・六杖光牢」
会話をしながらにさっと使われる鬼道。擬虚の身体を固める光の帯は、しかし、すぐにでも千切られそうだ。
「それじゃあ松本さんは手筈通りに。市丸さんは飛び上がろうとしたら叩き落とす感じでぇ。あんなでも流魂街の霊魂なんで、刺さず殺さずでお願いしますねぇ」
「なら、すぐにでも……唸れ、灰猫!!」
抜刀した松本の刀身が灰と化していく。
それは見事に擬虚を縛り上げた。同じように細かいものを操る厳原金勒の手ほどきを受けていることもあってか、その灰は繊細に、そして力強く擬虚を止める。
さらにその読みの通り、擬虚がその、人間のものにしか見えない細い足腰で、驚異的な跳躍を見せたその瞬間。
「射殺せ、神鎗」
予めそこにあったのではないかと錯覚するほどに、まるで明滅したかのように伸びた刀身が、擬虚を叩き落す。
「──静歩の渡り、とこしえの祈り。夢準えて一つ、天仰ぎ見て二つを数える。刀身一腕、宣誓風滅。小さな咎麗に、以往に勿れ。縛道の九十七・封」
声は、まるで、木々のざわめきのようだった。
するりと耳朶を駆け抜け、言霊は、その場に居合わせた全ての死神の脳内で結ばれたことだろう。
擬虚の頭頂、そして足元から、黒い帯のようなものが六本ずつ現れる。
それは捩じりを入れながら互いを掴み──引き絞るようにして、その身を縛り付けていく。
質量などをガン無視した封印。それを行った少年は涼しい顔で封印中の擬虚に近付いて。
「湖水・揺光。美しきを見上げる異形の仔らよ。声なきもの。音の届かぬ慟哭。千条生得、威風堂堂。御身を刻みて礎と為せ。縛道裏番改メの七・千得泰身」
さらに追加の鬼道が放たれる。その瞬間、周囲にいた死神は聞いたことだろう。
産声のような、その、魄動を。
そして……封印の中身がしゅるしゅるとしぼんで……そこに、封にて縛られた一人の人を戻す。
「……嘘や。今まで……霊力、無かったんに。……縫い付けよった。中の……飛び出た綿押し込んで、その縫い糸で、霊力生み出せる魂魄に改造した。……乱菊、アカン。あの子、怪異やないかもしれん」
伸びた刀身を戻し。同じく灰を戻した松本の手を引いて、その場から離れようとする市丸。
けれど。
「はぁい。ちょっと待ってくださいねぇ」
「っ……!」
「な……なにかしら、滑川さん」
「お二人も確か、流魂街の出身でしたよねぇ?」
「そうだけど……」
「じゃ、これ舐めておいてくださいねぇ。今の擬虚っていう
瞬歩ではない。じゅるりと地面を這って、だというのに瞬歩より高い速度で。
そんな移動法を見せた少年は──二人の手に飴だけ渡して、現場へ戻っていく。
「……舐めたら、もしかして記憶消えるヤツ? これ」
「不思議や。……子供の頃はあの子、怖くて。……この前会うた時は、寂しそうで。今さっきまた怖かったのに……この飴は多分、善意しか詰まってないとおもう」
「……じゃあ、食べ……ましょうか。……ん。……んん? 鼻に突き抜けるような……すっきりとした味わいで、美味しい。これなんていう味かしら」
「舐溶飴、いろんな味あってわからんわ」
「色合い的にソレは新開発の輝き葡萄味やな。まだ売り物になってへんねん。レアモンやレアモン。あ、珍しいいう意味らしいでレアっちゅうんは」
「……あ、えっと、そうなんですね?」
「おお驚かせたし警戒させたな。結構早く来たつもりやのにまーた仕事中毒少年に先越されてもうて、アイツ瞬歩遅いのにどういう理屈やねん。……そういうわけで、ほな。ちなみに俺も輝き葡萄がなんなのかは知らんで~」
金色の髪を長く伸ばした青年。隊長羽織と背中の数字からして五番隊の隊長であろうその男は、言うだけ言って手をひらひらさせて去っていった。
恐らく通報なりなんなりを受けてきたのだろう、現場には彼や四番隊が集まってきていて、その中心にあの少年がいるようだった。
別にやましいことなど無いのだが、二人は逃げるようにして足早に現場から離れていく。
歩きながら……輝き葡萄味らしいそれを、得体が知れないという目で見つつも、とりあえず食べてみる市丸。
「……めっちゃ、爽やかやな。ボクは……もうちょっと渋いんが好きやけど、酸っぱさも……ウマイわ」
「ね。……輝き葡萄っていうのが、上官になったら食べられるのかしら」
「でもあの隊長さんも知らん言うてたよ。……アレの国の食べ物なんとちゃう」
「アレ、って……。怪異呼ばわりだけでも失礼だったのに、今度は何に見えたわけ?」
滑川平良。その在り方は、怪異のようだった。ヒトの気配がしないことも、ヒトの体温を持っていないことも、人に忘れられると消えていってしまいそうなところも、それでいて人が好きなところも。
でも。
「魄動無かってんのに、虚になったもんを、封印して……ガワ作って。膨らんだ分を霊力に変換して……霊力があることにして。……あの子、多分……ヒト作れるし、ヒト消せる。殺すやのうて、消すができる……。……怪異とか、妖怪とかにはできん。あれができるのは……かみさまだけや」
「そもそも私達死神じゃない」
「……ボクらは、役職。そう名乗ってるだけ。アレは、本質。……人間の話が通じんはずや。あれ、頑張って頑張って人間やろうとしてるだけで……多分、三つか、四つか、世界が違う」
死の国。神の国の食べ物なのではないか、と。
太陽が沈んで、昇ってきた月を見上げながら。
「でも……今、まさに、病気? に罹らないための予防薬までくれたじゃない。頑張って人間やろうとしてる中で、こうやって誰かに優しくできるだけで充分じゃない?」
「……」
「……な、なによ」
「いや。……乱菊は、やっぱりすごい。ボクは……物事の悪い面ばかり見てしまうけど。乱菊は、良いところを、明るいところを探すのが上手や。尊敬する」
「それはありがと。でも、同じことを私はアンタに思ってるから。いいじゃない、二人で居れば、全部が見えるってことでしょ」
神妙になりかけた空気は払拭された。
そうやって、毎回毎回、冷たい方向へ冷たい方向へと向かってしまう市丸を、彼女はちゃんと引き上げてくれる。
冷たく、じめっとしたところを好む蛇だけど。
ほんの少しばかりの日光もまた、生きるに必要な要素の一つだ。
「……解放したせいか、お腹空いてきたわね」
「キミ一日でどんだけ食べるつもりなん」
「運動したら普通はお腹空くでしょ! あ、あそこの『方丈』ってお店なんか雰囲気良さそうじゃなぁい?」
「良さそうやけど、高そうや。でも……今日の妙な"経験則"的に……」
「誰かが奢ってくれる、って? 馬鹿ねぇ、ああいう場所こそ自分のお金で食べないと、上にのし上がっていくぞ、って気持ちも湧かないでしょ。遠慮しちゃうと食べ難くなっちゃうし」
「……そやね。じゃあ、いこか」
暖かい、陽の光を思わせる髪。ふわりとしたそれに、そっと手を伸ばす市丸。
「……櫛やのうて、簪が良い。似合うと思う」
金糸みたいなそれを、数本、撫でて。
「なぁに~? 後ろ髪引かれても今日はここで食べるって決めたんだから変えないわよ?」
「なんでもない。ボクの……目標。……昇進とか興味なかったけど、ちょっと、やる気出てきたわ」
「私も。ここのお料理全部、ってかるーく言えるような懐にはなりたいわぁ」
「それ……お金の問題より、胃袋の問題の方が大きそう」
「アンタも蛇好きなんだからもっと食べられるようにならないとね~。獲物を丸呑みしてる序盤でお腹いっぱいになっちゃいそうだし」
「蛇の全部が全部丸呑みしかできん言うのは違うで、乱菊。千切って食べる蛇もおって……」
「はいはい、アンタの小粋な蛇小噺は席についてからいくらでも聞いたげるから」
八月の、天を覆う鬼道のおかげで過ごしやすいその百年の、一部分。
一つ隣の世界で起きている戦いの裏側の、なんでもない平和な日常であった。