卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
樹の顔はどこか
根の先である
樹とは 逆さになった 人である
樹の心臓はどこか
肌の下である
樹とは 裏がえされた 人である
第二梯団が黒腔を抜けて虚圏に入った時、真っ先に見たのは煤灰で出来た巨大な蛇だった。
七宝七歩蛇鏡渡望岩宿。三番隊隊長厳原金勒の卍解にして、中でも七歩蛇と呼ばれる蛇だ。
と、第二梯団の前に瞬歩で現れた者がいた。
二番隊第四席、四楓院暮七である。
「第二梯団か。すまん、少し移動したい。破面の霊圧配置を鬼道衆が調べている最中でな」
「そうか。剔れ、血吸天牛」
「む」
虎姫の真っ赤な鎌が振るわれる。それを、驚きながらも回避する暮七。
「……成程、偽物確認か」
「ああ……少年に、言い含められていた。搦め手をなにも使ってこないと……侮っていると、こういう、成りすましなどの……単純な手に引っかかりかねない、と。今のを避けることができる時点で……あなたは、暮七だ。まぁ、暮七よりも強い破面の可能性はあるが」
「なんだったら始解か、卍解でもするか?」
「いや、良い。……王途川」
「うむ。
「無論。では、こちらだ」
第一梯団は二番隊、三番隊、四番隊の速癒部隊、十一番隊。
第二梯団は七番隊、八番隊、十番隊、十三番隊。四番隊本体。
各隊の精鋭がまとめ上げられたこの八隊が作戦侵攻の中核であり、第二梯団を以てしても二十日以内に終わらせることができなかった場合にのみ、第三梯団……一番隊と五番隊が出てくる。
六番隊の現隊長は経験不足を理由に瀞霊廷守護。九番隊はもとより警備隊のため待機。十二番隊は、技術開発局所属でないものは瀞霊廷の抜けた穴を埋めるために奔走しているし、所属のものは『縁苦世の結杭』のデータを取ったり、破面の霊圧強度などを調べる係の隊士が数人派遣されている。
「現在、戦場全域に破面葬討部隊と呼ばれる雑兵が蔓延っている。仮面の雑兵などと呼ばれていた、虚の能力の一部で出てきた虚モドキだ」
「前回の偵察時に出てきたものと同質であるか?」
「ああ。だが、少々強いように思う。膂力や感知範囲が一段階上がっている、という印象だ。それが、瀞霊廷とほぼ同面積に、凡そ一千万」
「一千万って……本気かい?」
「つまり……雑魚は相手にする意味がないということだな。……むしろ、雑魚の掃討を専門とする部隊を作り上げた方が良い……。私が……やるか?」
「今、その担当は厳原隊長がしてくれている。から、他を……」
「いや……ならば、交代するべきだ。私の斬魄刀は、正直、単体性能には富んでいない……厳原の単体攻撃能力を……活かすべきだ」
「道理である。此方も範囲殲滅には長けるゆえ、三番隊の役割を七番隊と十番隊で分け、三番隊には八刃の相手をしてもらうべきであろう。して、肝心の八刃の位置はわかったであるか?」
移動しながらのブリーフィング。暮七が隊長だった時代に隊長をしていた者もいるため、話もスムーズに進む。
二番隊。四楓院夜一を頭として、大前田希之進が副隊長で……その下の三席、四席が先々代、先代当主という異例の隊だ。四席の隊士が当然のように卍解を扱えるなど、層が厚いどころの騒ぎではない。
さらに言えば四番隊の速癒部隊に先々々々代がいるので、それはもう、である。
と──その時、虚夜宮の上の方で、ひと際大きい霊圧が衝突したのがわかった。
「今のでわかっただろうが、あそこで十日十晩戦い続けてるのが十一番隊の刳屋敷剣八と更木五席、そして第三刃、
「十日十晩? ああ……そうか、虚圏では食事が必要ないからか」
「ああ、一生戦い続けている。……正直回道を扱えるようになった更木五席というとんでもない強さに慄いていたんだが、破面側も何も負けていない。途中で抜けて状況報告だけいれてきた刳屋敷曰く、膂力だけでなく機動力も回避力もあって、相手を冷静に分析する力もあるのだと」
「それは……怖いねぇ。強大な種族はやっちゃだめだよぉ、それ」
「私もそう思う。が、事実そうなのだから仕方あるまい。また、なぜか一切その場を動かないが、第四刃、
各隊長に渡されたのは、念写鬼道と呼ばれるそれで撮影されたと見られる絵。
無数の触手で作られたタコのようなものと、無数の人影が今まさに生っているという見た目の樹。
「夜一様が念写鬼道の使える鬼道衆を背負って虚夜宮へ侵入し、念写させたものになる。これが今二番隊全員で作っている虚夜宮内部の地図になるが……この建物の内部にその触手の塊が、地下三階にあった空間にその樹があった」
「霊圧的には……どうだった?」
「どちらもほぼ確定で破面だ。そしてこの樹が恐らくは影の世界へ雑兵を送り込んでいる破面なのだろう。敵の情報だが、六番か、八番だ」
「この触手で出来ている方は、動かないのか?」
「いや、この頭部らしき場所から出ている枝のような触手が……高い天井の暗闇の奥へ伸びていることだけはわかっている。逆に言えば、それ以外はわからない」
そこまでを聞いて……じゃあ、と。
言葉を零したのは、京楽である。
「ここまでわかってて……確定しているのなら、良いと思うんだけど……どう、みんな」
「ああ、間違いはないだろう」
「ありがたい限りである。そして……ああも不安がっていた彼を、安心させてあげねばならぬ」
「む……何の話だ?」
「すべてを背負って遠い場所から帰ってきてくれた、ある少年の話さ」
暮七にウィンクをする京楽と。
……少し後ろの方で、全て聞こえていた鹿取が、「なんでそこで微かでも匂わせるようなこと言っちゃうのかなぁ」と呆れていた、とか。
さて、そんな大所帯での移動をした先にあったのは、この辺りでは珍しい砂漠ではない岩場。
そこで門番のように立っていた男……十一番隊第三席、狩能雅忘人が顔を上げる。
「む……第二梯団か。入るのは構わないが、あれの確認だけしてくれ」
「問題ありません。黒腔に入る前に『乖霊剥離の膠飴』は服用しております。まだその効果時間中です」
「そうか、良かった。なら、すぐに作戦会議室へ行ってほしい。四番隊は救護詰所へ。少々怪我人が多い」
「怪我人……破面葬討部隊にやられたのかい?」
「違う、毛むくじゃらの、髑髏面だ。七番隊の交戦記録にあったものと酷似している」
「あれか……。……死者は、いるか?」
「いない。全員回収できている。それも含めて作戦会議室で話し合っている。向かってくれ」
「承知した」
岩場……あるいはどこぞの妖怪が見れば、「え、メノスの森?」などというだろう、幾らかの洞窟が見える岩石地帯。
本来ここに住んでいるはずの大虚は欠片もいない。否、そもそも派遣されていないだけ、ということなのだろうが、無論それらの事情を知る由もない第二梯団は、すぐに持ってきた物資で住みやすいような改造をしていく。
残り最大二十日ここにいるのだから、少しでも休める場所へ改造する必要があるのだ。
さて、作戦会議室とされた広めの岩屋。石を切り出して作られた長机に敷かれているのは、二番隊が今も集めている虚夜宮内外の地図だ。
「おや、お早いご到着ですね」
「あれ……厳原隊長? でも七歩蛇が戦場にいたような」
「あれは見せかけの七歩蛇ですよ。石化能力を持たない、鬼道衆の方が形だけ再現してくれたもの。あれがあるだけで破面葬討部隊なるものの動きが遅くなりますからね」
中で難しい顔をしていたのは厳原金勒だった。隣にいるのは三番隊副隊長の鳳橋楼十郎だ。
さらに、奥の石板の近くには二番隊副隊長の大前田希之進もいる。ちなみに石板は研磨されているらしく、つるつるとしていて、そこにいくらかの小石が吸着している。これは件の少年が考案した組み立て磁石式の塗板だ。組み立て式のため持ち運びが苦にならず、鬼道衆であれば誰でも使えるような鬼道がいくらか仕込まれているだけなので、どこでも活躍できる。
「厳原。私と王途川で……雑兵の掃討をしようと思う」
「……わかりました、代わりましょう。それで……私はもう確定で良いと思っていますが、皆さんは?」
「良いと思うよぉ。強化はされているのだとしても、ねえ」
「ああ、大丈夫だろう」
「わかりました。では、樹木の八刃を"ルドボーン・チェルート"と仮称。弱点であると考えられる根を攻撃する方法を考案すると同時、差の部分にも考えを入れます。……今、伝令神機にて夜一隊長、刳屋敷隊長へも連絡を入れました」
疑問符を浮かべているのは副隊長たちだ。内、鹿取だけは動揺していないし、志島も「得心した」みたいな顔をしている。
「どういうこと……なんだい、厳原隊長」
「私達隊長には、事前に、八刃の構成予想というものが渡されていました。ただしそれは、虚圏を外側から観測し、その霊圧配置を能力や弱点として仮定したものでしかありませんでした。情報提供者からは、"お願いだから、確定するまでは関連する情報として扱わないでほしい"と言われていたのですが、ほぼ確定で良いと見たため、判断材料にすることにしたんです」
「合っているか合っていないかは五分五分で、合っていたとしても超強化されている可能性があるから、かならず入念な偵察を行った後で判断材料にしてほしい、とのことであったな」
「……だとして、名前までわかるもの……なのかい?」
「ボクらは鬼道の真髄を知っているわけじゃないからねぇ。でもま、言霊ってやつなんじゃないかなぁ。護廷にも見ただけで斬魄刀の名前と解号と卍解がどういうものかまでわかっちゃうような達人がいるらしいからねぇ」
「……世の中には奇人変人がいると思ってたが、そこまでのことをやる奴もいるのか」
さ、と手を打つ京楽。
「しみじみとしてないで、行動しないとねぇ。虎姫隊長と王途川隊長は、早速良いかい?」
「ああ……愛川、以前から言っていた、あれをやろう」
「お、ついにスね。十全を尽くします!」
「秘策であるか。……西紀、此方も」
「いやあれは秘策っつーか非常策なんで。変なとこで張り合わないでください」
「……むぅ」
なんてやり取りをしながら作戦会議室を出ていく二人。
厳原も鳳橋に指示をする。雑兵掃討についての注意事項などを道すがら、ということだろう。
「次へ行きましょう。目下危険なのは、こちらも仮称ですがアヨン・ディスピエルトとされる虚モドキです。報告によれば四体が同時稼働可能であり、再生産される可能性もありとのこと。一体の強さは全副隊長以上総隊長未満と……かなり幅広いですが、愛川君の残してくれた対峙してみての身体情報から察するに、特演訓練ホ型庚種の虚と同等の膂力、特演訓練ロ型癸種の虚と同等の鋼皮であると思われます」
「わかりやすくていいねぇそれ。鹿取ちゃん、どこまでやってたっけ?」
「どっちも受け止められるし斬れるよ。問題は数だけど」
これを四体同時に相手にする、というのは。否、それ以上いるかもしれないというのは脅威だ。
無暗に宛がえば悪戯に負傷者を増やすだけに終わる。
──と、そこへ。
「おい、ちょっと、厳原か京楽か、浮竹か、まぁ誰でもいいけど来てくれ! アタシじゃ判断しきれねぇ!」
意外に作戦中などは上下関係をしっかりする西紀が、隊長代理時代の感じで皆を呼びつけている、というのは相当な"情報量"が来た証拠である。
隊長格たちは顔を見合わせ、彼女の後を追う。
そして……そこにいたのは。
「……破面?」
褐色肌の女性。口元を隠し、腹部だけを露出させた、金髪の破面。
だが……敵意は無いらしい。
「……どうした。こちらに敵意は無いと伝えたはずだが。仲間を呼ぶ意味はあったのか?」
「すまぬが、此方らは組織。西紀は組織の動きを決める立場にはないのである」
「……前に見た時は、有象無象を率いているように見えたが」
「だからそれは副隊長として指揮をしていた時であって……ああもう、死神の事情を知らねぇんならとりあえずそうなのかって受け取れよ!」
「確かにそうだ。礼を欠いた」
「ぐがぁああ、調子狂う!」
「落ち着くである西紀。……厳原隊長、よく来てくれた。状況を説明するであるな」
曰く……と、王途川が説明を始める前に、破面が口を開いた。
「私の名はティア・ハリベル。バラガン・ルイゼンバーンから離反した破面だ。だが、離反の際に部下……いや、仲間を奪われてしまった。今お前達を脅かしている怪物がいると思うが、あれはアヨンといって、私の仲間の四肢を混ぜて作られた怪物だ。常に四体まで稼働し、壊されたとしても四肢が治癒され次第再度千切られ、産み落とされている」
「……非道であると感じますね」
「ありがとう。……死神。お前達と協力することは、破面として、あるいは虚としての矜持に恥を塗ることとなるのやもしれない。だが、それでも、私は仲間を助けたい。ゆえに一時的な同盟、協力関係を申し出でる。虫のいい話であることもわかっているし、お前達の世界を脅かす者がいて何が同盟だという気持ちも理解できるが──」
「いえ、良いでしょう。ただし確認をさせてください。ハリベルさん、あなたはバラガン・ルイゼンバーンと敵対関係にある、ということでお間違いありませんか?」
「ああ、敵だ。たとえ仲間を解放できたとしても敵だ。その配下のザエルアポロ・グランツも」
「……ザエルアポロ・グランツ。……知ってはいましたが、やはり生きていましたか」
あの戦いを。
あの威力を受けて。
「……ネリエルって子とは、どうなんだい。三番の子」
「ネリエルとは明確には敵対していない。……というより、恐らくはネリエルも私と同じだと考えている。確証のあることは何も言えないが」
「つまり……仲間を人質に取られている、と?」
「本来の彼女は温厚な性格だ。強大な虚であることは正しいが、私が離反する前の組織においては、誰よりも宥和を是とする破面だった」
「事情を聴いて握られているだろう弱みをこちらがなんとかできれば、敵ではなくなってくれるかもしれない、ということですね。良い情報提供です」
戦闘面での指揮は刳屋敷が取ることの多い今の護廷であるが、こうして集った時の進行は厳原が行いがちだ。
厳原金勒。護廷においては山本元柳斎と同じ隊長歴を持つ、古き死神の一人。強大な力と高い知性を併せ持つ者。
「では、王途川隊長。少々作戦変更です。雑兵掃討は七番隊に任せ、十番隊とハリベルさんでそのお仲間を探してあげてください」
「……承知した」
伝わっている。これは決して善意ではないことくらい。
裏切るのならば即刻。あるいは──楔を。
そういう采配だ。
「ね、ハリベルちゃん。アヨンっていうの、何か弱点とかないのかなぁ。このままだとボクらが相手しなきゃなんだけどさ」
「京楽くん……まーた女の子引っかけて……」
「い、言い方が悪いよ鹿取ちゃん……。あとこういう場では隊長ね……」
「弱点と呼べるものは無いが、あれには知能というものが少ない。無いわけではないが、高くはない。愚直に殴ることしかできんヤツだ」
「じゃあ、正面突破しか無いか」
「……待て、カトリと言ったか」
「え、うん。わたしの名前だけど、それが?」
「……気を付けろ。第二刃……
「う……うわぁ」
うわぁ。
その場の全員の総意である。
「確かに昔……因縁みたいなの作っちゃったから、うぅ、ぞっとするなぁ」
「まぁ、奴は今黒腔の向こうにご執心だ。……忠告はしたぞ」
「うん、ありがとうね、ハリベルちゃん」
「話はまとまったであるな。では、改めてよろしく頼む、ハリベル殿。狙い目はやはりアヨンなるものの出てくる場所であるか」
「ああ。……アヨンを引きつけてくれるのであれば、途中まではカトリらと行動を共にした方が良いだろう」
「ちょ、ちょっと、彼女の上司はボクだからね? まるで鹿取ちゃんが隊長みたいな感じで話が進んでるけど……」
西紀の指が何度か折り畳まれる。
ハンドサインだ。厳原はそれを正しく受け取り、頷きを返した。
「さて、では私達は作戦会議室に戻りましょう。他の隊の役割も詰めなければなりませんので」
役割が決まる。雑兵掃討は七番隊。アヨン・ディスピエルトの引きつけ及び討滅が八番隊で、その生産ラインを押さえるのが十番隊。
さらに会議室へ戻ると。
「おお、厳原。無事じゃったか。本部の方に破面の霊圧があったので急いで駆けつけたら、もぬけの殻と来ての。これは全員やられてしまったのかと焦ったじゃろう」
「嘘を吐かないように、夜一隊長。ほんの数瞬前まで暇そうにあくびをしていたでしょう」
「ち、違うぞ卯ノ花。暇だったからではなく眠かったからあくびをしたんじゃ。流石の刑軍といえど十日十晩眠らずではの。……そんなことに関係なく戦っている者もおるが」
「そうですか。では仮眠を取ってきてください。眠気眼で会議をしても意味がないでしょう」
「うむ、そうさせてはもらうが、朗報だけ置いていく。ルドボーン・チェルートなる破面の司る罪の名と番号が判明した。
「おお、では残っている第八刃がアーロニーロ・アルルエリですね」
「それのどこが朗報なんだ? 名前がわかったのは確かに喜ばしいが」
「本体が日光に弱いことは正しいらしい、というのまで掴んできてやったわ。どうじゃ、朗報であろう浮竹」
「すまん、意地の悪いことを言った。ああ、そこまで判明させてくれたのはかなり朗報だ。……しかし、どうやってそれを」
「儂が背負っている鬼道衆の者がの。多少話を聞いてみれば、"アレ"が選出した鬼道衆じゃという話で、有用そうな鬼道をしこたま持たされているとの話じゃ」
アレ呼ばわりされているソレは、何もせずに彼らを送り出したわけではない。
必要になりそうなものを全部用意した上で送り出して、だというのに信用ができないとかほざいているのである。
「それじゃ儂は少し仮眠を取ってくる。さっきの話じゃが、儂の寝とる間に本部が襲撃を受けて無くなっていた、など無いようにの」
「ふむ。……ちょっとええ? 善定寺クン今どこおるん?」
「善定寺さんは、警備強化に回っているはずですが」
「宝の持ち腐れやん。折角十二番隊から派遣されてきとんのには意味があるのに」
「……一応善定寺さんなりの気遣いのようですよ。女性隊士もたくさんいますし」
「要らん気遣い言うんやにそれは。彼一人おったらここの守りなんて充分なんやで、僕らもっと前線に出すべきやと思う」
志島の言葉に……そうですね、と頷く厳原。
「グワハハハ、オレ様を使うとか正気か志島! 味方の士気を下げかねないだろ!」
「何言うとるんや。キミ元十二番隊隊長の自覚あらへんのやない? キミの斬魄刀の能力は拠点防衛にも果敢進攻にもぴったりやに」
「……良いぜ、好きに使え、厳原」
「わかりました。では善定寺四席には始解、及び始解の維持をしてもらいます。拠点防衛は彼だけで充分なため、私含めて残りの隊長格を攻勢に回しましょう」
浮竹は善定寺の戦っている姿こそ見ていないが、長い間隊長だったことは知っているから、口は挟まない。
「十三番隊、アーロニーロ・アルルエリをお願いします。動かないのならば偵察で、動くのならば引き留めてください」
「承知した」
「我々三番隊がルドボーン・チェルートを仕留めます。その際、不動の第四刃が動く可能性がありますので、二番隊や四番隊も駆けつけてください」
「わかりました。厳原隊長とルドボーン・チェルートが衝突するまでは、こちらは回復役に努めます」
「グワハハハ、折角剣取ったのにそれでいいのかよ卯ノ花」
「まぁ、余程手こずるようであれば、未だに決着をつけられぬ子供の手伝いくらいはしてあげますが、けが人がいる内は四番隊ですよ、私は」
軽口もほどほどに。
「では、行動開始です。二十日もかけるつもりはありません。さっさと終わらせて帰りましょう」
第二梯団を含めた第二次作戦、開始。
*
さて、警備主任という役割を任された善定寺有嬪である。
元十二番隊隊長にして、志島知霧と同じく特に何かがあったというわけではない、ほぼ万全状態の死神。
「這い蹲れ、
その斬魄刀の刀身が消える。消えて……キィキィと、湧き出てくるソレ。
蛆虫の巣──その名の由来となった斬魄刀。
「……なんだ、そりゃ。……老い、なワケねぇけど。そんな斬魄刀もあるのか」
「ん? なんだおめぇ……グワハハハ! まさかライム・バックとかいうやつか!? だが、しっかりと魄動を感じる! 気持ち悪くはねぇ、存在して良し!!」
「そりゃどーも。……一応尖兵として死神の情報を取りに来たんだが……そのもぞもぞしてる部分に足を踏み入れたらどうなるか、参考までに聞かせてくれねぇか」
「どう、ってそりゃあ」
善定寺が砂の中に腕を突き入れる。そこから引っ張り出すのは、まさに"そう"なる運命を辿ったらしい、穴だらけの虚。
それを両腕でぐしゃっと潰して。
「こう、だな。グワハハハ!!」
肉の潰れる音ではなかった。もっと乾いた、枯れ木でも踏み潰すかのような音。
すべてを吸い取られ、すべてを食い尽くされた殻の潰れる音だった。
「ぞっとするぜ。そういうのは
「そうか? オレ様は今年で千四百二十六歳だが、そんな前から破面っていたのか?」
「……いや、そんなことはねぇ。潔く譲る」
「なんだ、物分かりの良い破面だな! そんなおめぇにオレ様からの質問があるんだが、良いか。こっち一個答えただろ」
「ああ、良いよ。なんだ」
「この地にいる雑兵生みじゃねぇ方の八刃っての、何の罪を掲げてるのかを教えてくれ!」
「俺達に、味方を売れ、ってか? 勘弁してくれ……。これでも味方とか、仲間とか、そういうのは大事にするクチなんだ」
「えぇー……良いだろ、暴食か憤怒かだけだろう……オレ様は快く紹介したのによぉ……」
「ああ成程打たれ弱いタイプね。……まぁ、なんだ。できれば他で頼む。俺達が喋った程度じゃどうにもならない奴ならともかく、どうにかなる可能性があるの──ぉに、は、しゃべ……ぇりだ、だ、……。……?」
突然……言葉を操る機能を失ったかのように、口を結べなくなるライム・バック。
その身体はふらふらと落ちて──瞬時に、蛆の群れに集られ、砂の中へと沈んでいった。
もう一体、上空より降りてきたライム・バックが善定寺の前に進みかけて、止まる。
「……そりゃ、らしくねぇだろ、死神」
「グワハハ! 何がだ!」
「そういう搦め手は、うちの技術屋が最も得意とすることで……そっちは搦め手に弱いって昔から言われていただろうがよ」
「そうだな、オレ様もそう思う。搦め手に弱い──奴ばっかりだ! グワハハ、グワハハハハ! ──残念だが、オレ様はその少ない搦め手を使う側なんでな!」
ライム・バックは……その襤褸布から長い腕を取り出して、指先より極光を撃ち出す。虚閃だ。
しかし──。
「おおい! 虚閃やめろ!! オレ様は鬼道とか虚閃とか嫌いなんだよ!!」
「虚閃が、食われたか。……騙されたぜ。地面にいる気色悪い虫はデケェので、空気中には見えないほど細かいものが浮かんでる。……もしかしなくても、これは、卵か」
「おお、よくわかった! そうさ、許呂呂膿沸岐弖は蛆を操る斬魄刀! 地面だろうが構造物だろうが霊力の塊だろうが全部食い荒らすし、空気中を飛ぶ成体……つまり蠅もまた同じように食い散らかす! さらに濃い霊力の中に産卵して、それを吸っちまったら体中から──だ。グワハハハハ、どうだ、どうだ、恐ろしいだろ!」
「気色の悪い斬魄刀って判断はそのまま下しておくことにする。……とはいえ近付かなければ良い話だ。……だからこそ、拠点防衛に最適か」
「そしてオレ様はさらに卍解まで残している!! これを受けてまでこっちの本陣を強襲しようとするのは愚策だと伝えておくぜ、破面!」
ライム・バックは……その長い腕で、後頭部を掻いて。
もう一度、善定寺へ向けて指を差す。
「学ばねえやつだな! 虚閃とかいうきめぇ現象は欠片も残さず食い散らかしてやるよ!」
「ああ。だが──これだけは、試したくてよ」
響転特有のブレを伴って現れる。現れるは──三十体近いライム・バック。
その全てが、全く同質、全く同量の霊圧を放っている。
「
放たれるは極光。世界をも揺るがす掻き毟り。
三十の光条は合流して巨大な一本を形作り、溢れんばかりの眩さと共に許呂呂膿沸岐弖の防御壁をぶち破──。
ることは、できなかった。
「……嘘だろ。それで……卍解未満ってのは、なんかの冗談じゃねぇのかよ」
「グワハハハハ!! 霊力砲は嫌いだが、許呂呂膿沸岐弖はいつも餓えているからな! 餌やりならばまぁ大歓迎だ! オレ様のいないところで撃ってくれると尚良し!!」
「だったら……まぁ。……
とん、と。
襤褸布の上から、こめかみがあるであろう場所を指で叩くライム・バック。
──直後、虚夜宮から途方もない規模の霊圧が放たれ始める。
暗く、深い、夜闇のような、深海のような──悪夢のような霊圧が。
「オオオイ! そんなにオレ様たちを潰したいっていうのか!?」
「あいや、そんなこたねぇんだが、その防御とやらがどこまでのものなのかは尖兵である以上は取らなきゃ嘘だろ?」
「そそ、そんな軽い感じで轢き潰される身にもなってみろ!! 流石にあんな霊圧はオレ様じゃ到底──」
声など、届くはずがないのに。
聞こえた。誰の耳にも。
──
真っ暗な夜空を青き雷霆が駆ける。距離を超えて辿り着く。
極大。膨大。殲滅の二文字を引っ提げた暴虐。
それは。
「
巻き取られたかのように、それでいて包み込むようにして持ちあがった"蠅の壁"が雷霆の槍へと絡みつき、その進行方向を曲げる。
作戦本部から、遠い空の向こうへ。
「今のは……」
「なんだ、初めて見るのか? グワハハ、今のは滑歩という技術だ。おめぇらも響転っていう歩法を使うだろう。そういう括りだ!」
「それ自体は知ってるよ……。うちの技術屋が、それを使う子供の死神には気を付けろって言ってたしな。……だが、子供がいたようには見えなかったな」
「おめぇ、人の話はちゃんと聞けよ! 今のはそういう技術だって言っただろう。技術なんだから、誰が使えてもおかしくはないだろうが!」
「ああ……じゃあ、アンタが今のを往なしたってことか? こんな遠隔からできるってか」
「いや、それはオレ様にはできねぇ。オレ様はただ、しばらく暇だったから、斬魄刀から生み出せる蛆たちに
「……芸、ね。その芸の一つに……アレが往なされたってか」
アレ、と。
ライム・バックが見る方向で起こる、超規模の爆発。
アレを暴発させずに、霊力の方向を包み込んで逸らして、進行方向を捻じ曲げた、という風に見えた。
酷く繊細な霊力操作。それでいながら、果たして何万、下手したら何億という粒を処理する演算処理能力。
「名前……聞いてなかったな。アンタ、何番隊の隊長さんなんだ?」
「グワハハハハ、残念だったな! オレ様は十二番隊の第四席だ! オレ様の上にも三人いて、それぞれがちゃんと強いぞ!! 怖いだろう!!」
「そりゃあ、怖いね。俺達の上には四人もいるが、全員ちゃんと強い。怖いか?」
「いや? オレ様も強いが、護廷も強い! 何の心配も無い!! なぜなら奴らは強いからだ!! オレ様はどんと構えて拠点を守っていれば良し!!!」
自信と信頼。
善定寺有嬪の目にも顔にも、翳りというものは欠片もない。
「……羨ましいね。俺達の上の二人は……俺達になんか興味の無いクソ野郎なんだ。……拠点防衛戦力は過剰。火力を注ぐだけ無駄。そう報告させてもらうぜ」
「おう! 鬼道だの虚閃だの以外ならいつでも来い! オレ様が相手をしてやろう!」
解散していくライム・バック。
ああ、でも、と。
一体だけが振り返る。
「それだけの力がある始解を攻撃に使わねえあたり、弱点はあるんだろう。たとえば──食いすぎて満腹になると役に立たなくなる、とかな」
「グワハハハハ、斬魄刀が満腹になるものかよ!!」
「ああそう。ま、後は流れ弾が飛んでくるくらいだろうから、頑張って全力強化ってのをしててくれ。じゃあな」
そうして。
ライム・バックが去って。霊圧も……遠ざかって。
「……強いのに観察眼ある奴怖ぇーんだよぉ。……どうにかしねぇとなぁ」
なんて、ひっそり呟いた彼がいた、とか。
*
凡そ人の扱うものとは思えない巨大な鎌が振るわれる。
血吸天牛。否、その上。卍解、
数百の破面葬討部隊が一振りで千切られる。大鎌が振り回されるだけで、すべて、すべて。
めらめらと生い上がる人影を、千切って、噛んで、みちみちと、ぎしぎしと。
虎姫が戦場で戦う中、愛川羅武副隊長を含む七番隊隊士は、皆目を瞑り、虎姫へ向けて手を翳している。また、彼らの近くには四番隊の隊士が一人いた。
前々から検討していた秘策。それがこれだ。
「また……大きめの、来ますよ!」
「おう、全員気を張れよ! 俺達が保てばそれだけ隊長が楽になる! そんなに嬉しいこたねぇだろ!」
「はい!!」
回道裏番・倦憊。
本来至近距離でしか使えないこれだが、四番隊第七席伊江村八十千和の類稀なる霊力コントロールにより、遠隔での使用を可能としている。
さらにそれを七番隊全員と繋げていて、つまり。
「流します……!」
大鎌というのは構造上他の武器よりも体力を使う。
疲労するのだ。だからそれを吸い取って、七番隊の精鋭隊士全員で分割する。
これにより、虎姫という最大戦力を十全に、そして長時間運用し得る。
以前は「お前達を……道具のように使っているようで……嫌、だな」などと言っていた虎姫であるが、最近は己も輪の中にいるのだと考えを改めたらしく、この作戦を自らやろうと言い出した。
七番隊は既にそのつもりだった……使われるどころか、虎姫の戦う姿をずっと見ていたい、と思うような隊士ばかりなので、これはつまりwin-winの作戦なのだ。
何より、強い。何より、殲滅速度が尋常ではない。
疲労はこれで、霊力の方は問題ない。あの斬魄刀は敵血を吸って己の霊力に変換する斬魄刀なれば。
「第十六席、桐嶋! 仮眠を取って体力を万全にしてきます!」
「おう行ってこい! 前に言った通りだぞ、お前ら! 無理して頑張って、この輪が切れる方がコトだ! 疲労感や眠気を覚えた奴はドンドン休憩していけ! 最悪俺が起きてるからよ!」
「わかっていますが、愛川副隊長も適度にお休みください! 副隊長には虎姫隊長にお疲れ様を言う役目が残ってます! もしいらっしゃらない時に戦いが終わった場合は自分たちがその役目を担いますし、満足して安らかな顔で眠りに入る虎姫隊長を姫抱きにする役割も貰います!!」
「いや別にそこは貰ってくれていいよ。求めちゃいねぇし」
「流石……できる男は言うことが違いますね! つまり今まで下心無しであれらの行動を取っていたのですか! 尊敬半分恐ろしい半分!!」
「助けてくれ赤泊ー。岸辺最近いつもこうなんだよ」
「知らん。復帰したばっかのやつに助け求めんなタワシ頭」
「あー! 言っちゃいけねえこと言ったな! つかこれはアフロっつーの! 現世の髪型なの!!」
「ま、まぁまぁ落ち着いてくださいよクソバカ共。今は虎姫隊長に注ぐ元気を残せっつってんだろ何叫んでんだアホバカタレがよ」
「漏れてる。真野さん漏れてる」
という光景を見て、伊江村七席は思う。
隊長はあんなに格好いいのに……差が。
*
さて、外の喧騒を潜り抜けて、三番隊は静かに敵の核心へと入り込んでいた。
虚夜宮地下三階。至るところから木の根が露出しているその場所へ。
「……花? ……止まりなさい」
制止をかける厳原。目の前にある花……根から生えているらしき花が、どうしても無視できなかったらしい。
「
「ハーイ。──破道の十七・冰創、破道の十八・焦傷、破道の十九・雷疵、破道の二十・斬瑕。簡易重奏-検証第二番」
威力を伴わない鬼道が飛ぶ。件の神童が開発した、二秒で回復する霊力を使って行う弱点調査用鬼道だ。使用したのは織柳
これにより、花は──その花弁をぐわりと開いて、鬼道を呑み込む。
一瞬だけ燃えただろうか。けれどその火もすぐ収まって、そしてその花が異様な速度で枯れていき……花の生えていた根から、ずずず、と……破面葬討部隊が生い上がってきた。
他の破面葬討部隊より少しだけ霊圧が高いか、なんて考察を置き去りにして、腰の刀を抜刀する破面葬討部隊。
皆が己の斬魄刀の柄に手を当てる。その中で、破面葬討部隊は上段高めから刀を振り下ろし──その刃先から、四つの鬼道が混ざりあった斬撃を吐き出した。
狙いは織柳。鬼道使いであるから即座には動けないと判断でもしたか。
──ゆえに。
「グニャーリン。……ふふん、直伝滑歩! 機動力の無い鬼道衆は滑歩使いが多い──常識デース! イエー!」
「お見事ですが、ここはお下がりください。つまるところ、鬼道系の攻撃を呑み込んで一時的な己の能力とする破面葬討部隊といったところでしょうか。なれば、射場三席、お願いします」
「任しておくんない。なんかあったらお願いしますに、副隊長」
「わかってるよ。ちゃんと助太刀する」
射場千鉄。女性隊士の中でも虎徹朱音に次いで老いた容姿を持つ彼女であるが、その攻撃は非常に荒々しい。最近出来つつあるという「女性死神の会」なるコミュニティにおいても抜群の発言力を有するという彼女による一撃は──。
「──オーゥ。厳原隊長、下ダネコレ!」
「流石の感知力です! 皆さん、退避を!」
披露されない。
皆のいる廊下から、夥しい量の根が湧き出してきたからだ。
無論問題ない者の方が多い三番隊であるが、一部の者は足首を絡め取られ──。
「
その全てが、断ち切られる。
それにより、足を取られていた隊士は助かったし、多紀四席が咄嗟に敷いた長大な結界が蓋となって、根は沈黙することになる。
「大丈夫か、三番隊」
「ええ……ありがとうございます、狩能三席」
「厳原隊長でも十二分に助けられたのだろうが、隊長格の霊力は温存した方がいい」
「いえ、私の斬魄刀では時間差がありますからね。とても助かりました。……狩能三席は、どうしてここに?」
「十二番隊、善定寺四席の力で、拠点の守りが十全となった。あの規模の攻撃を防ぎ得るのならば大丈夫だと判断し、手の足りていないだろう場所を手伝いに来た」
「まさに百人力ですね。十一番隊三席の攻撃力、存分に頼らせていただきます」
「存分に使ってほしい」
さて、そんな奇襲こそあったものの。
彼らは改めて進む。地下室に出来た──その樹海の中へ。
人骨の生る怪樹と──その中心で、世界を掴んだかのような恰好をしている、牛頭骨の破面のもとへ。