卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
忘れてしまえば
心も体も
痛くはないんでしょう?
虚夜宮中層を進むは王途川率いる十番隊、そしてティア・ハリベルだ。
犇めき合う破面葬討部隊を相手にすることなく天井付近を進んでいるため、消耗はほとんど無い。
「ハリベル殿、一つ聞いておきたい」
「なんだ」
「先程激しい霊圧を放っていた破面が
「……この先にいるものが何か、という問いか」
「うむ、そうである。彼方の仲間がアヨンとやらを生み出すための贄となっていると言うが、その儀式場であろうものの番人というのは居るのかと考えた」
そうだ。
事前に提示されていた役者は揃い切っている。それでも尚その「仲間」というのが逃れ得ないのは、儀式場の特性なのか。その程度であれば、死神と共闘する必要などないのではないか。
助力を乞うということは、なにか、八刃に匹敵する存在がいるのではないか、と。
「正しい懸念だ。そして、存在するのは恐らく二人」
「名と、特徴を伺いたい」
「一人はロカ・パラミア。戦闘能力は持っていないに等しいが、己の能力で生み出した糸を用い、破面の肉体を代替・治癒できる」
「それは彼方やネリエル殿と同じように、脅されているものであるか?」
「いや。……ザエルアポロによって生み出された改造虚……つまり憐れなる魂だ。死神ならば、救い得るだろう」
その言葉には仲間に向ける感情があった。
ティア・ハリベル。その心は常に破面と共にあるのだろうことが窺える。
「そしてもう一人は、レギンマクリル・トリマウエッラという破面だ。以前お前達が起こした"虚圏の雨"を受けてバラガンが連れてきた
情報に無い虚。
すべてが情報通りになるわけではない、なんてわかりきったことではあるが、未来より過去へ送られたというあの少年であれば、この未知を前に「己が目で確認してくる」なんてことまで言い出しかねない。
王途川はあの少年に多大なる恩義を覚えているが、あの少年を「己と同じ死神だ」とは思ったことがない。
自らと同じように呼吸し、自らと同じように会話を行い、自らよりも長けた霊子感知能力を有し、自らよりもさらに世間知らず。
元は死神ではなかったというのだから仕方がないとも思うけれど、この時間軸で過ごした九百年は、果たして彼に常識を与えなかったのかと疑問視するところが残る。
勤勉なあの少年がそれらを学ばなかったとは考え難い。であれば恐らく、初めから目に入っていないのだろう。
死神であろうとする死神ではないもの。初めから違う光を見て、違う音を聞くもの。
そして同時に、王途川たちとまったく別種の存在でありながら、王途川たちのことを心から心配してくれる存在でもある。
それだけで充分だ。
多大なる恩と、心があれば、あの少年の行く末を阻む一切を打ち砕く剣を振るい得る。
やがて。
進行方向に扉が見えてくる。
「
ハリベルが激流によってその扉をぶち破れば。
暑苦しい……蒸気の満ちる空間に、"ソレ"はあった。
三つ並んだ十字架。そこに詰め込まれた彼女らの四肢が、巨大な丸鋸によって断ち切られ、落ちる。短い悲鳴。その落ちたところから、ぞろぞろ、よたよたとアヨン・ディスピエルトが生産されている。
垂れる糸により四肢がまた編まれ、また刃が走り、悲鳴があって、アヨンが生まれる。
両腕と両足を、もう、何度も何度も、気の遠くなる回数を。
「アタシでもわかる。外道だし……惨い。だが、どうやりゃ助けられる」
「まずはあの刃を壊す。然るのちに仲間を救出する」
「良いね、わかりやすい! 王途川隊長!」
「うむ。西紀及び三席以下は同盟者ハリベル殿の仲間の救助に尽力せよ。──此方は敵を引き付けるゆえ」
ぴちゃ、ぴちゃ、と。
……四肢から零れ出た血肉を踏んで、わざと音を鳴らして。
その破面はくるんと回って、王途川の前に出てくる。
奇しくも、その斬魄刀の形は傘。
「こんにちは、こんにちは~っ、いきなり現れてオシゴトの邪魔をしようとする悪い子さんたちの、まとめ役さんかなーっ?」
「如何にも。護廷十三隊十番隊隊長、王途川雨緒紀である」
「これは、これは。どうもご丁寧にっ。私はレギンマクリル・トリマウエッラ。親愛を込めてレギンちゃんって呼んでねっ!」
傘……それは果たして刀として機能するのか。柄ではなく切っ先から広がる羽には、バラガン・ルイゼンバーンを思わせる頭骨のデザインが織り込まれている。
五尺三寸*1ほどの背丈と、破面特有の黒い
一見して「元気な子」という総評になりそうなのに、場の凄惨さや放つ霊圧がその
「では、レギン殿。此方ら死神はアヨン・ディスピエルトをどうにかするために、一時的にハリベル殿と手を組むことにしている。彼方にとっては悪しきことなのやもしれないが、あれを止めることは、此方らにとっての善であるのだ。承知召されよ」
「ナルホド、なるほどーっ? でもでもぉ、あれを壊されたら私が変態博士に怒られちゃうんだぁ」
「いたし方の無いことであるな。どちらかが得るのであれば、どちらかが失う」
「そうかな、そうかなっ! 私が失うのは職と命の安全だけど、キミが失うのはいくらでも替えの利く兵士一人でしょ? ほら、私の方が損失大きい!」
抜刀、抜脚。
瞬歩と同じ速度で行われる斬撃。それがポーンとレギンの首を飛ばす。
「あーっ、いーけないんだ、いけないんだーっ! まだ会話の最中なのに、ひっどーい!」
「すまぬな。突然此方の逆鱗が撫でられたゆえ、会話は終わったものとみてしまった。失礼を詫びよう」
それを、刎ね飛ばされた身体が慌ただしく動いてキャッチして、もとの場所へ、きゅりきゅりとネジ穴に入れるようにしてはめ込む。
一度目に前後が逆だった、という気まずい時間を挟んだあと、二度目はしっかりと正面を向くことができたらしかった。
「ああそっかぁ、そっかぁ。死神とは、マナーも、テンポ感も違って当たり前だよね!」
「そのようであるな。特に彼方は独特な間の持ち主であるようだ。安心めされよ、此方も死神の中では独特な間を有していると言われがちだ」
「それのそれのっ、どこが安心?」
「彼方は一人ではない、ということだ」
傘をくるくるやりながら話を聞いていたレギンは、その言葉を聞いて、ぴたりと傘を止める。
そして「んーっ」と一瞬考えた後。
「でも? でもっ? 私、独特な間の持ち主って言われたことないから、私はその仲間じゃないかも! ごめんね、一人にしちゃって!」
「そうであるか。彼方の周囲には、正直な言葉を素直に伝えてくれる友人、という手合いがいなかったのであるな。しかしそれは恥じ入ることではない。友というのは、得てして偶然によりて得られるもの。とはいえその偶然も作りに行かねば起きなかろうよ」
「なるほどね、なるほどねっ。どうあっても私を独りぼっちってことにして、優位に立ちたいの? それとも、私がむきーっ! って怒り出すのを期待してる? 残念ざんねーん! レギンちゃんは太古の昔むかぁしからいる虚なので、そういうのは効きませぇん」
「しかし、八刃には選出されなかったのであろう?」
王途川の問いに。
「いーんだよいーんだよ。あんなの結局
「そうであるか。……さて、あちらへ向かった此方らの仲間やハリベル殿が突然動かなくなったようであるが、彼方の仕業であるか?」
「そうだよ、そうだよーっ! あの装置に近付かれちゃうとぉ、お手軽ペットアヨン君たちが生み出せなくなっちゃうからねっ! ロカちゃんは戦えないんだから、もう、戦えない子にあの人数が寄ってたかってとか、卑怯だぞ死神っ!」
「しかし、そちらの首魁はハリベル殿が離反する際、彼女の仲間を人質に取ったのだろう。そうしてあの装置に使っていると。この一連の行為は卑怯ではないのか?」
「卑怯だよぉ、卑怯に決まってる! でも、いいじゃんか。私達は虚なんだから、悪しきもので当然だし、堕ちたるもので当然でしょ? だから死神は私達を斬るんでしょ? だったらそりゃ卑怯なことだってするよ~」
虚。様々な理由で心を失くした霊魂。一度虚になった魂は二度と元に戻ることができず、死神の斬魄刀で斬られた場合のみ、罪を洗い流して尸魂界へ行くことができるようになるもの。
そうではないものを
「成程。死神は魂魄の調停者であるが、悪しき虚を討ちて世界の乱れを正す以上は善なるもの。善なるものは卑怯な手を使ってはならないし、悪なるものは卑怯な手を使うことなど当然である。……ふむ、筋道も通っているし、道理であるな」
「でしょでしょっ? だから、不要になった挙句、王様に楯突くようになっちゃったサメちゃんも、その仲間も、どう扱われたってどうなったって、死神の君達に関係ないよね?」
「それはどうであろうか。己が王に歯向かった者が悪なれば、その悪に仕置きをする役割を担う者は善でなければならないであろう。即ち、彼方が悪を名乗る限り、王に牙を剥いた者達に手を出す資格は無いとは思わぬか」
「……確かに、確かにっ! 君、頭が良いね! そして……もし私が善を名乗ったら、卑怯な手が使えなくなるから、どっちみち私はあの子達を解放しなきゃいけないわけだ」
「うむ。それともここまで善悪の話をしておいて、実は己は中道であった、という逃げ道を使うであるか?」
「しないよ、しないよっ! そんなことはしない。──けど、一つだけあるよね、もう一つの道が」
羽を開いた刀が──王途川の肩を、切り裂く。
見えない、どころの騒ぎではない。気付けなかった。
「どう? どう? 択ばない──停滞する。善にもなれる悪にもなれる。うーんうーん、どっちにしようかなぁっていうこの時間! 私はこの時間がだぁいすきなんだ。悩んでいる暇がないとかいうなら、作っちゃえばいい!」
今度は腿を大きく斬りつけられる。次は頬。次は左脇腹。
決して殺さない──殺し切らない程度の、あるいは傷つけたというカウントに入らない程度の浅い傷だ。傷跡は大きいけれど、深くはない。
決して致命傷には至らせない。
王途川は──。
「!」
「おお。……助けられてばかりであるな、此方は」
ふらふらと。よろよろと。
けれど……軸が無いわけではない立ち方で。
「滑歩一番・暖簾腕押。基礎の基礎、基本の形を収斂したものである。これにより──」
大渦に耐える海藻のように。風に流される凧のように。
周囲からくる斬撃、打撃、突撃の全てをぐねぐねと躱す王途川。
「択ばずとも流されるだけで良い、という択が、此方にも与えられるわけであるな」
「……ふーむ、ふむ。面白いね。私の剣じゃなくて、霊子の動きで回避をしてるんだ。怖い怖い。……でもでもっ、私の攻撃がどういうものであるかまでは読めてないんじゃなーいっ?」
「"決断の忘却"であろうか。此方が彼方の攻撃に対して何かしらの反応を取った直後から、実際に肉体を動かすまでの僅かな間を切り取られているような感覚がある」
「ワオ、ワーオ!? 凄い、初見で看破されたのは久しぶりかも!」
瞬間移動ではなく、移動した瞬間を認知できていないだけ。
肩口に刃が来た。だから回避しよう。そうして実際に筋肉を動かす……そのタイムラグをまるごと切り取られる。それにより感覚は刃が来たことを認識する寸前にまで戻り、だというのに刃は肩口に入り終わっている。
「そう、そうだよ。私の
「うむ。攻撃を当てようとした瞬間に回避や反撃をされた場合、次なる行動を此方が起こす前に彼方の行動が終わっている。中々に厄介な能力である」
「でしょでしょっ? 嬉しいな、ちゃんと褒めてくれる! それじゃあ、それじゃあ、どうする?」
「至極簡単である。──
「はぇ?」
ぽーんと……レギンの首が飛ぶ。
さらに四肢が取れて、胴体が四分割された。
王途川は既に、彼女の後方にて刀を納めている。
「その昔、とある御仁に聞いてみたことがあったのだ。死神や虚の目というのは、一秒間にどれほどの速さを認識できるのか、と。御仁はまず、場所の明暗によって変わると仰っていた。明るい場所の方が速きを見やすく、暗い場所では見えにくくなる。視界の中心で速きを追うのは得意だが、目の端の方が異様に速い。そして目の前のものを危険視しているかしていないかでも変わり、している場合は急制動に合わせて見える速度が変わるし、していない場合は驚くほどに遅くなると」
あたふたと斬られたパーツを集めているレギン。その腕が斬れて、脚が斬れて、頭蓋が四分割されて。
「──
「なぁんちゃって、なぁんちゃって──へぁ?」
そんな状態からでも身体をくっつけ直したレギンが再びバラバラになる。
丁寧に部位ごとに三度斬りつけてあるだけでなく、その頭蓋が……刀の腹に乗せられていて。
「彼方が此方を脅かすものであると認識しない内は、こうして、此方は彼方を脅かすものであり続けることができるらしい」
「ちょっと、ちょっとっ! レディの頭を強奪とか、紳士的じゃなぁい!」
「致し方ないであろう。どうにも彼方の身体は、いくら斬り刻もうとも、頭蓋が近くにある限りは何度でも復活するらしい。その頭蓋を細切れにしてもダメであるというのならば、頭蓋を隔離する以外の手はあるまいよ」
「そうかな、そうかな~っ! うーうむむ、動け動け私の身体~っ! ちょいな!!」
「む」
頭の無いままに……ぐ、ぐぐ、と起き上がり始める胴体。
そして──傘の羽をバキボキと折って捨てて、その斬魄刀を正眼に構えた。
「あーっ、あーっ! 私の可愛い傘がぁ! ちょっと、何やってくれてるの!」
「……頭と胴とで、意思の統一が図れていないのであるか? それに、この気迫……まさかとは思うが、真剣勝負をお望みであろうか」
微動だにしない胴体。……否、途中で王途川に「意図」が伝わっていないことに気付いたのだろう、胸に手を当てて、恭しく礼をする。
「察するに──先程は、頷きを返そうとしていたであるか」
またも微動だにしない胴体。だが、王途川には大きく頷いている頭が見えた気がした。
「……縛道の七十三・倒山晶」
「ちょ、ちょ──っ!?」
求められていることを理解し、頭蓋を結界の中に閉じ込める王途川。
そうした上で己の斬魄刀を抜き、同じく正眼に構えた。
「いざ、参る──!」
「──!」
ここに。
死神同士の撃剣稽古でも見ないほどに正当な、卑怯な手の一切無い打ち合いが始まった──!
*
その、隣で。
「
「糸時雨!」
「あははっ、あははっ、頑張るね、頑張るね! でもほら、傘って便利でしょ! 水っぽいものなんでも防げちゃう!」
ティア・ハリベルと西紀早乙留もまた、レギンマクリル・トリマウエッラを相手にしている。
ちらりと西紀が王途川を見れば、刀を抜く姿勢のまま固まっている彼がいて。
「よそ見、よそ見だぁっ! よそ見はダメだよ──死んじゃうからねっ!」
「マズ──」
「燃えろ、剡月!!」
いつの間にか懐にいた。ハリベルさえも潜り抜けて、意識の外から。
西紀の胸、心臓へと宛がわれた刀が、その肉をぞぶりと裂いたその瞬間、レギンの身体を業火で出来た斬撃が吹き飛ばした。
炎を放ったのは、志波一心。十番隊第五席だ。
「大丈夫か、西紀副隊長!!」
「問題ねぇ! 助かったぜ、一心!」
「これくらいはしないと五席の面目がないんでな! だが──」
その、二人の背中が、ざっくりと斬りつけられた。
「ぐ──」
「くそ、さっきからなんだ、響転には対応できるようにしてきたってのに、捉えられねえ!」
傘を閉じたり開いたりして、動きに緩急をつけながら、ふわふわくるくる動いているレギン。
十番隊を殺す気はないのか、各々の怪我は全て浅い。だが、装置に近付こうとすれば、必ず、いつの間にか斬られている。
「響転ではない。瞬歩でもないだろう。特別な歩法は使っていないように見える」
「じゃあなんだ、俺達が遅く……。……西紀副隊長! 特演イの乙!」
「ア? なんだその浅い階層の……。……いや、アリだな。おい、破面! ちと離れてろ、こっちの連係に巻き込みかねねぇ!」
「……承知した」
ハリベルが距離を取ったのを見て、西紀が合図をする。
十番隊。隊長の王途川が範囲殲滅と単体撃破のどちらもをこなし得るために、基本は隊長の王途川とは別の戦場で西紀以下の十番隊が動くような戦闘訓練が行われている。
数百年間隊長代理を務めた西紀であればこそ、それが成り立つのだ。
「行くぜ──縛道の二十一・赤煙遁!」
志波一心の手の内より吐き出されるは、赤というには透明度の高い煙。
それは一気に戦場を満たし──。
甲高い、剣の打ちあう音が響き渡った。
「あれ、あれ?」
「ヘッ……見えてんだよ、天然女ァ!! 絡め取れ、鞠糸!」
西紀の斬魄刀、鞠糸。降り注げ、という解号の時は刀身すべてが糸のようになるし、集い固まれと言われたら斬魄刀の強度を有する刀になるし、絡め取れと言われたら瞬時にほどけ、相手を縛り付ける粘糸となる。
どれが本当の解号なのかと問われた際に彼女は、「命令を聞くならどれでもいいだろ」という発言をしている。このことから、実は卍解習得者なのではないか、という噂が実しやかに囁かれていて──。
「──卍解、
一部の者が知っていた通り、それは真実である。
五色揚幕が降りる。その幕の中にいる全員……レギンも西紀も、十番隊にも、ピンと張った糸のようなものが絡みつく。
「んーっ、んーっ? 操られちゃう、とかじゃないんだ? お仲間さんにもついてるし、よくわかんない。卍解。卍解ってもっと、どかーんってなってぶわーってなってどしゃぁあってなるものじゃないの?」
「ンなモンは個人差だよ。アタシのはそういうのじゃねぇ」
「ふぅん、ふぅん? よくわからないけど──えいっ!」
「っとぉ!」
「ありゃ、ありゃ?」
見えない攻撃。それをしようとしたのだろうレギンは、正面から刃を受け止められて困惑する。とはいえ
「破道の三十三・蒼火墜-距離制限!」
一心が力負けする前に、十番隊第三席の児島がレギンの身体に己の手を当て──零距離での蒼火墜を放つ。術者にダメージが出ないような改造を施された鬼道だ。
これによって吹き飛ばされるレギンマクリルだが、特にダメージは無い様子で……けれど、ずっと首をひねっている。
「なんで、なんで見えてるの?
「説明なんかしてやらねえよ。解明するまでとことん食らいやがれ」
「……っぶねぇ、自信満々に解説しかけた」
「そうか、恩智。ホントにやったらお前降格で一心昇格な」
「気を付けます!!」
ピン、と。
全員に繋がる糸が、一本増える。
「んんっ、んん~? ねぇこれなぁに? キラキラしてて見え難いだけ?」
「かもしれねぇなぁ。……なんだぁ? 効果が分からねえと戦うのも怖ぇのか?
「それは違うし、それはそうだよ!
「そいつは過分な評価ってやつだ。この卍解には攻撃性能も防御性能も無い。一定時間ごとに体に纏わりつく糸が増えていくだけの卍解さ」
「嘘吐き、嘘吐き! 卑怯だぞ死神ぃ!」
「酷いことを言うなぁ。アタシは正々堂々って四文字を座右の銘にしているほど真正面が好きなんだぜ。正直この卍解のことも好きじゃあないんだ。まるで卑怯なことをしそうで気味が悪いだろ?」
斬魄刀を両手で持ち、正眼に構え──それを振り下ろす西紀。
意味が分からない、という顔でその剣を受け止めたレギンは、驚愕一色に顔を染めることになる。
「おも、重っも!? どういうこと!? 膂力を上げる卍解なのっ!?」
「そんなまっすぐな卍解なら好きだったさ──おぉらァ、よォ!!」
さらに、追撃を入れにレギンの腹へ脚を突き入れる西紀。
「ごっ──」
「ハハハッ、ヒトガタをしてるんだ、腰骨くらい砕かせてもらうさ!」
「い、痛い痛い! しかも重い! もっとダイエットしてぇ!!」
「酷ぇなぁ。アタシがどれほど頑張ってこの体形を維持してるか知らねぇだろうによ。一日三食しか食えない生活なんだぜ?」
「それ普通、普通!!」
逆手に持ち替えた斬魄刀で、同じく両手で持ったそれを突き下ろす西紀。レギンはガードを間に合わせるが──。
「むぅ、むぅぅううう!! 重い……どういう、力、してるの!」
「こぉいうチカラだ。──演目、縊り塚」
レギンの斬魄刀を──貫通し。
その首を、鋼皮を貫いて、くし刺しにする。
さらにその衝撃で床さえも崩れ──。
「っし! これでいいだろ。死んじゃいねぇだろうが、しばらくあれは突き刺さったままだ」
「うんうん。良いかも良いかも! でも、敵ならちゃんと殺す手段を取った方が、より良いかもね」
「──ア?」
いつの間にか、真横にいたレギン。
その手刀が、西紀の、傷ついている胸を貫き──。
「虚閃」
「わぁ、わぁお! 助けるの!? なんで、死神なのに!!」
ハリベルの虚閃によってレギンが吹き飛ばされ、またも九死に一生を得る。
「なぜも何も……私の仲間を助けるために命をかけてくれている。理由はそれだけで十分だし、そもそも同盟者だ。助けない理由がない」
「そうかな、そうかな~っ? キミはこう思ってたんじゃないの? 良い感じに私と死神で潰し合ってくれるのなら僥倖で、弱くなった方を殺して自分の仲間を助け出せればそれでいいってさっ!」
「それは、踏み潰したものを忘れることができる者のやり方だ。私のそれとは違う」
「完全に背ぇ向けやがって、なめんじゃねぇ!!」
剛腕による斬魄刀がぶんまわされる。けれど、それをひらりと避けて、的確に胸の傷へと蹴りを入れるレギンマクリル。
吹き飛ばされる彼女を受け止めたのは一心だ。
「っ、竹添! 西紀副隊長に回道を! 練度よりも止血できるか否かが大事だ!」
「承知!」
十番隊第六席、竹添幸吉郎。未だ若い身でありながら、回道や鬼道に長ける若手の星である。
とはいえ回道は浅い傷を癒すことくらいしかできない。一心もそれを理解した上で呼び立てている。
そして、それまでは。
「児島さんと恩智さんは、副隊長を護ってくれ。──俺が相手をする」
「……わかった、任せる」
「キツいと思ったらすぐ言えよ。代わってやる」
「冗談!」
豪と燃える斬魄刀。太陽を宿す山本元柳斎のそれとも、噴火の熱を宿す尾花弾児郎のそれとも違う──純粋な炎。
その熱か、あるいは、霊圧か。
ハリベルを注視していたレギンの目がぎょろりと一心を捉える程度には。
「きみ……きみ。おかしいな。さっき見た時より……危険だね。なになに、この短時間でパワーアップしたの? ……あ、そっか、なるほどね? この糸、力の再分配をする糸なのかな?」
「知らねえな。他人の卍解の能力なんざそう細かに覚えているもんかよ」
「えー、えーっ。そうかな? 私達破面は少数精鋭だからそれでいいけど、連係を売りにするキミたちはそういうの覚えなきゃなんじゃないの?」
「どんなものであれ、その場で使うってことはその場に必要な能力を持っているということだろう。それをいちいち全部覚えてなきゃいけないほど、西紀副隊長のことを信じてねぇわけでもないんでな」
轟轟と燃えゆく炎。それが静かに洗練されていく。練られ、穏やかになってく。
「初めから、飛ばしていくぜ。──月牙」
「っ!」
その──危険度に、レギンマクリル・トリマウエッラは己が斬魄刀の傘を広げ、防御姿勢に入った。
丸い傘を──月のように開いたのならば。
「天衝──ォォ!!」
その一撃は、傘など、斬魄刀など全て打ち砕いて──。
「これは、これは。流石に回避のヒ!」
簡単に、避けられた。
「……へっ、避けるってことは、有効ってことだよな!」
「どうかな、どうかなっ! でも可愛い傘は確かに焼けちゃったぁ! じゃあ、二本目!」
「……ま、そもそも西紀副隊長の一撃で貫通されてたはずのモンがさっきの瞬間には直ってたし、三本目があったって不思議じゃねえ」
「じゃあ、じゃあじゃあ! 四本目、五本目、六本目!!」
何本も何本も取り出されていく傘の形の斬魄刀。
その傘が一斉に開けば──まるで、蜘蛛の複眼のようになったソレから。
「
「水気は満ちた──
西紀諸共一心を吹き飛ばさんとした虚閃。
その全てが、水の竜巻に呑み込まれて消える。
「あーっ、あーっ! もう、いちいち邪魔しないでよーっ!」
「同盟者が危機に陥っているのならば、それを助けるような技を使う。そこになにか、おかしなところがあるというのか?」
ピン、と。
存在の忘れかけられていた糸が、レギンマクリルの頭蓋を捉える。
「──……あ、コレ、マズ──」
「気付いたって遅ェ!! 一心、反対側任せた!!」
「承知!! 月牙──」
攻撃が迫る。迫るのはレギンの頭上。
二人は、この糸を断ち切ろうとしている。
何が起こるかはわからない。わからなくとも、それが斬られてはいけないことだけわかる。
ゆえにレギンは──己の首を、きゅぽっ、と取った。
「な!?」
「に!?」
剛剣と炎によって断ち切られる糸。
それにより、喋ることさえなくなったレギンの頭蓋を……適当な角度で首のところへ置いて。
驚愕で染まった隙だらけの二人を、一刀のもとに斬り伏せる。
さらにとどめを刺そうとするレギンの胴体。これを防ぐはハリベルだ。彼女は二人を隊士のもとまで押し流す。
「助かる!」
「礼を言うぞ、破面……いや、ハリベル殿!」
「良い。よく喋る耳障りな頭蓋を潰してくれただけでも上々だ。──此処から先は、私が受け持つ」
合図など無い。
物言わぬ胴体とハリベルとの戦いが始まった。
*
場所は変わって、虚夜宮地下。
織柳がその鬼道を使う。三番隊及び狩能は臨戦態勢で警戒している。
「縛道の二十七・聚光!」
今しがた制圧した別の場所にあった髑髏樹。それに対して光を走らせれば……彼女を中心に、地下の、そして水平方向にある全てが光り輝き始める。
それが意味するところは。
「あ……ダメかもデースね、コレ」
「どういうことでしょうか」
「……髑髏樹の霊圧は確かに高いデスけど、個体差が無い。地面のは……ゼンブ、同じ霊圧」
「すべて本体で、全て身代わり足り得る、ということか?」
「ハイ。……参事官が事前に感知していた範囲……瀞霊廷とほぼ同じ広さに広がる、全てが繋がっている樹木。どれが本当でも、どれが身代わりでもなく……タブン、任意の髑髏樹を本体にできるのでしょう」
それでは、全てを潰すなど気の遠くなる話だ。
さしもの厳原の卍解も、瀞霊廷の全てを埋め尽くすほどの石化は使えない。どこかで霊圧切れを起こす。
可能性があるとすれば刳屋敷の卍解だが、先程の巨大霊圧を防いだことで使えなくなっているのはわかっている。
「……仕方ありません。一度撤退しましょう。各隊にも連絡を。杭を打ち込めそうであれば続行、その打ち込めそう、までに三十分以上がかかりそうな場合は撤退です。鳳橋君、天挺空羅を」
「いやボクより織柳さんにやってもらった方が良いと思うけど……」
「と……確かに。すみません、柄にもなく焦っているようです」
「焦る? どうしてだ、厳原隊長。ゆっくりやればいい。それだけの話だろう」
「いえ。……残念ながら、恐らくそうはなりません」
織柳が天挺空羅を使う。これにより、この戦場にいるすべての死神に撤退命令が伝わったことだろう。
そうしている間に──いつの間にか、部屋全体が根に覆われている。
「……再生が速いな。成程、これを殺すには全体を一度に殺す必要があるが、それは刳屋敷隊長の卍解しか無理で、あれは次に使用できるまで時間がかかる。その間も根が際限なく成長し続ける以上は狩り続ける必要がある。しかし、再生するためにキリがない……ということで、良いか」
「はい。また、刳屋敷君の卍解が使えるようになったとしても、彼を中心部へ連れていく必要があること、そして仮に一本でも髑髏樹が卍解範囲外にあったら」
「そこからまた、か。……事態の不味さは理解したが、それでも焦ることはないだろう。俺達は戦うしか能のない集団ではないのだから」
伸びてきた根を斬り飛ばして。
狩能雅忘人は、普段と何ら変わらない、毅然とした態度で言葉を続ける。
「あなたは頭が切れるし、強大な力も持っている。噂では、全ての死神の始解・卍解の情報を頭に入れているとも聞く。……だが、一人がその知識を組み上げて出す結論には必ず限りがある。あなたが出した無理を十二番隊にでもあの"所長殿"にでも届ければ、必ず解決してくれるだろう。仮に無理でも、大勢で出す無理の方が、個人が出した無理より価値がある。……そして」
斃れた破面葬討部隊の身体を持ち上げ、根の強襲を弾き。
狩能は、その言葉を吐き出す。
「無理とはいずれの場合においても、誰かが打ち砕くものだ。──卍解、
刀の形状に変化は無い。
ただ。
その色を、鮮烈なる赤に変えて。
「
斜め上方へむけて繰り出された突きは──その正面にあった一切を貫き、刳り貫き、消し飛ばして大穴を空けた。
「直通の通路だ。一度帰って作戦を練り直そう。怪我人も多い。俺達はあまり戦わなかった分、拠点を守るとしよう」
「……その調子だと、いつか十一番隊隊長になりそうですね、狩能君」
「いいや。俺は剣八にはなれないからな。なるとしたら他隊だが……今は
そう、少しばかり笑って。
三番隊、そして狩能雅忘人は帰還を果たすのであった。
*
剣戟。剣閃。
数千数万を超える打ち合い。
「飲まないで良い食わないで良い眠らないで良い! 虚圏ってのは最高だなァ!」
「水も無ければ、食料も無ければ、月が眠ることもない。それだけの寂しい世界よ」
「なによりおもしれぇのは──敵が、ちゃんと強ェってことだ!!」
避ける、避ける、避ける。
更木剣八──すでに卍解している赤鬼の攻撃の全てを避けるは、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。
その鋼皮には決して浅くない傷がついている。血も流している。
際限なく強くなり続ける更木についていけず、何度かその身に刃を許し……その後からは、回避に徹するようになった。
否。
「
「──ッ、最高だ、最高の気分だ!!」
超高速にして超威力の突き。
更木とて霊子知覚による回避は行っている。しかし、発生からインパクトまでが速すぎて避けることができない。
また腕を千切り飛ばされ──回道の光がそれをくっつけ、さらに強靭な肉体となる。
ネリエルも闇雲に更木を育てているわけではない。頭蓋、心臓、魄睡、鎖結。貫かれたのならば回道でも治し得ない部位をしっかり狙っているけれど、更木が逸らしているのだ。避けることができないのならば、せめて回道の使える場所に当てる。そして治しながら斬る。
「ヒャハハハ!! そら、そろそろ笑ったらどうだ!! そこまで強くて、そんなつまんねぇ顔してんのはなんでだ!!」
「私にとってこれは、ノイトラの無念と、己の後悔を晴らすためだけの戦いだから」
「そうかよ、じゃあつまりお前にとって、アイツへのこの"葬式"はつまんねぇことだってことか!」
「……お葬式。……そっか、これは……ノイトラへの手向けなのね」
ガン、と強く更木を弾いて飛ばすネリエル。
それに対し、更木は食い下がるようなことをせず、折れた戦斧……卍解・
「……十日十晩、お葬式をして。……あなたはなんて言うのかしらね。"シケた顔してんじゃねぇぞ"とかかしら。……もういないのね、ノイトラ」
「なぁアンタ。丁度こっちにも撤退命令なんてモンが来てる。くだらねぇが、アイツの強さは俺も知ってる」
「それで?」
「虚心合掌──少し前にとある奴から教わった概念だ。虚と死神で、最高の一撃をぶつけあって、今回の締めにしようじゃねぇか」
「……驚いたわ。あなたが心の側を持つ気なのね」
「あるかどうかは知らねえが、俺が虚になってねぇってことは、どっかにはあったんだろう。──どうだ」
「ええ。ノイトラに嫌われていた私と、ノイトラを殺したあなたの合掌なんて……彼、最高に嫌な顔をしそうで……充分な手向けになるわ」
更木は理解している。
あの二人を下して最強という扱いをされてはいるが、では、果たして、先程降臨しかけた月のような虚閃を、地上に被害を出すことなく凌ぐことができたかと言えば、首を振らざるを得ない。
始解も卍解の力も乗っていない、素の状態の斬魄刀で更木と刳屋敷を殺し続けたあの人と並び立っているとは、やはりそれも思わない。
勝った奴の勝ち。それは当然に理解していながらも、あの二人への劣りを、そしてこの破面を殺し切れぬという事実を──受け止める。
彼は知っている。
敗北とは己の足を引っ張る手ではなく、いつか己の肩を押しにくるものであると。
彼は知らされている。
失敗とは纏わりつくものではなく、光を見つけるための学びであると。
彼は──承知している。
難局、試練、苦難。
その全てが己を最強の座へと押し上げるものであり──この世とは、己がために用意された学び舎であるということを。
そうして、眼前の破面が……破顔する。
「行くわよ、死神の最強」
「来いよ、破面の最強!!」
「──
槍と戦斧。
その衝突は──虚夜宮上階を、縦に割るほどの──。
*
第一次虚圏侵攻作戦報告書。
第二梯団到着後に実施された本格的な作戦は失敗。敵の規模に関して更なる熟考を求む。
怪我人多数。死者零名。
及び。
敵中孤立、十番隊。
第三梯団へ救援要請。即刻十番隊を救出されたし。