卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
悲しみを引き摺る者は
引き摺るほどには
歩き続けている
すべて聞いた。
すべて聞いて思うのは。
……どうしてこの人達は、戦力を分散させたがるのかなぁ、だった。
各個撃破はまぁできれば望ましいのだろう。一瞬で終わるし。
でも敵がこれだけ強大で厄介であるとわかっているなら、3vs1の構図なんかを作った方が盤石になるだろうに。第一梯団第二梯団合わせて八隊、拠点防衛を考えなくていい……善定寺さんに任せればいいから八隊がフルに攻撃へ入ることができる状況で、どうして。
アヨンは別に全部倒す必要はない。京楽さんの斬魄刀で攪乱し続けるだけでも充分だったはずだ。層が厚いんだから、内部組を増やした方が良い。外部組は自力で脱出して拠点まで戻り得るのだから。
動かないアーロニーロは、じゃあ検知用の鬼道だけ残して十三番隊を他の隊の応援へ行かせればいい。雑兵が無限に湧き出てくると言っても拠点のあるところまでは押し寄せてきていない……し、来たとしても善定寺さんでどうにかできるのだから、そもそも雑魚掃討の部隊が不要だ。仮に必要だとしても、虎姫さんではなく遠方からの範囲殲滅鬼道を扱える者がやればいい。
怪我人の回収ばかりしていたという二番隊。刳屋敷さんと更木さんの元へ雑兵を行かせないために虚夜宮内部で戦っていたという十一番隊。……よくわからない。刳屋敷さんは乱戦向きの始解能力だし、更木さんとネリエルのその威力の戦いなら、雑魚なんて紛れ込もうとした時点で細切れだろう。
何をそんなに……自分たちの負け筋を作ることに固執するんだ。
「滑川クン」
「……。……志島さん、どうかしましたかぁ?」
始解する。……味方に向ける感情は少ない方が良い。
「僕も君に賛成でしてな。次の出撃は、君の采配にしてみるのはどうやろうか」
「……僕は何も意見を言っていませんけどぉ?」
「今は殺してしもたみたいだけど、さっきまでの鬼気迫る表情を見たらわかるに」
「はぁ。でも僕に将才はありませんからねぇ。長年隊長を務めてきた方々の方が──」
「焦り。不安。……そして、不信。長年連れ添った仲間を他人扱いしそうになっていることには、気付いとる?」
……。
……長年隊長を務めてきた方々、とか言って。
僕は。
「どうやら護廷の今まで培うてきたものと、君の采配というのは全然ちゃうもののようで。じゃあ実行するしやんは別としてもその考えを聞かしてくれやんか?」
言う、だけなら。
「……志島さんは、将棋や、逆骨さんの賭場で遊べる遊戯盤を遊んだことはありますか?」
「五百年間暇やったからな。そこそこには」
「なら……わかりやすいかもしれません」
最高到達点ではなく、最低限を考える。
そのユニットにできる最低限。頑張ったらどうにかなることではなく、堅実な動きでどうにかなることだけをユニットの性能として計算する。
「たとえば、厳原さんなら、時間をかけて頑張りに頑張れば
「せやな。厳原クンがわざわざ戦場に出て孤立して、その場に拘束されることも、失われることも、損失が大きすぎる。理解できるに」
「たとえば、浮竹さんなら、彼の直接的な攻撃力は二刀であるという部分にしか発揮されないわけですから、単独でどこかへ潜らせるより霊力攻撃が来た時の反射板として……誰かの護衛として存在した方が効率的です。……こういう風に、個々人の頑張りを無視して、始解能力のみの駒であると見た場合、戦場とはつまり相性の優位性の取り合いと、数で囲むことが正義になります。相性勝負で優位を取り、数勝負で優位を取り、そうやって少しずつ少しずつ削り潰していく」
これだけいたら流石に勝てるだろう、というのを作りまくる。ここにそこまでの戦力を割くのは勿体ない、というのは、こちらとあちらの戦力が同規模であればこそ言える言葉だ。二番隊・四番隊を除外したとしても九十人近い精鋭隊士が来ていて、どうして各個撃破を選ぶ。各個撃破される方へ自分が移動する。
「ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクへは刳屋敷さん、更木さん、卯ノ花さんをぶつけます。彼女の事情や彼女の立場は度外視です。今敵であることが最重要なので。ウルキオラ・シファーには虎姫さん、京楽さん、浮竹さん、そして十三番隊の精鋭で。高い攻撃力と霊圧を持つ相手であればお手の物でしょう。虎姫さんの斬魄刀も霊圧を食べますからね、あれ」
「できることを、最低限。……理解はできるに。でもそれは──」
「不信の極みじゃ、滑川」
……だよねぇ。
「山本総隊長。……やっぱり僕に将才は無いようですねぇ」
「個人の力量、個人の感情の一切を排した采配。戦局としての正しさは時に士気を下げる」
「……誰かの死よりも、下がるものですかねぇ」
「難しい話やに。たとえば今の采配通りにしたとして、更木クンは果たして最高の状態で戦い続けられるのか。君はどう思う?」
一対一をやめさせて、刳屋敷さんと卯ノ花さんと共闘してください、と言った場合。
渋々は従うかもしれない。けれど、最上の成長曲線は見込めないだろうし、また手を抜いて気を抜いて死にかけるかもしれない。
それならばやはり更木さんを単体配置した方が良い。……これが、個人を見て、信じる、ということだろう。
彼ならば必ず勝ってくれる、と。
彼らは物言わぬユニットではなく感情を持つ人間だ。浮竹さんを「霊力砲の反射アイテム」として運用することを、十三番隊は快く思わないだろう。厳原さんを「広域に石化を撒くことのできるギミック」として扱うことを、三番隊は良く思わないだろう。そしてそう扱われる本人たちもまた、普段通りのスペックが出せないかもしれない。
ゲームの駒配置じゃない。個々人がフルに動ける環境を作ってこその将才であるのならば、やはりそれは僕に存在しないものだ。
「ちょお待ちや。なんや聞こえてしもたんで聞いてたけど……あ、盗み聞きやないで? 戦局の正しさが誰かの死よりも士気を下げる言うんはソイツの怠慢やろ」
「む……平子か」
「やりとぉなくてもやる気出んでも、兵隊やったら個人の感情を抜きにしてその戦場めいっぱいやらなアカン。そんでも負けたらそん時だけ采配した将の責任になる。やのに初めから無理な配置にしておかしな配置にして、ほんで負けましたー、は無理があるやろ」
……肩を持ってもらっている、のかな。
「やりたいことやるんが戦場やないやろ。勝つ。なんとしてでも目標を達成するんが戦場や。事実戦力分散して十番隊が敵中孤立になって第三梯団に泣きついとる以上、厳原隊長の指揮が悪かった。これが純然たる事実。味方のことを悪いとか良くないとか言いたくないんはわかるから、俺が言ったるわ。こんだけ厚い層があって撤退にならざるを得なかったのは悪い結果や。あり得へんほど弱い脆い。以上!」
「……僕も言葉撤回するわ。なんも難しい話やない。そして……滑川クンの今言うたのが全部合ってるわけでもない。たとえば三番の破面の対処は、引き続き更木クンと刳屋敷クン、そこに追加で卯ノ花クンでもエエと思う。けど他がこのままやとダメ。動かない八番は一旦放置。戦力集めるべきは四番で、その間に樹木の破面をどうにかする。ほんで王途川クンの救出には、滑川クンと平子クンに行ってもらう、とか。どうやに」
建設的だと思う。適材適所だ。
「オウ、かまへんで。人倒れとると運ぶの面倒やから、二番隊の人ら貸したってや」
「様子見は終わった。四番は山本総隊長を中心とした大火力で一気にやろや。アヨンいうのは相変わらず鹿取クン一人で充分っぽいし、ここはこのままで……」
「いや、勿体ない。鹿取副隊長がそない高い攻撃力持っとるなら他でエエ。四体の奴さんが倒しても倒しても無限に湧き出てくるならもっと丁度いい能力持ってるヤツがおんねん」
「誰、ですか?」
アヨンにぶつけるのに、最も適した人。
……うーん?
「惣右介や惣右介。あいつの斬魄刀は敵を霧で包んで攪乱させる言うもの。攻撃力皆無の斬魄刀なら、霊圧に開きがあってもその効果を通し得る、いうんは常識やろ」
「……」
「……」
「なんや総隊長も平良も二人して。あ、副隊長贔屓とかやないで。ちゃんと戦局を見た上での進言やからな」
……まぁ。
アヨンなら、知能的にも藍染さんを見たってどうにもならないだろうから……案外真面目に攪乱してくれるんじゃないか?
アリだな。そこに鹿取さんを置かなくてよくなるうえで、彼の余計な行動も封じ得るのなら。サボろうとしたってこっちの死神はみんな乖霊剥離の膠飴を舐めているから気付きますよ。
「アリですねぇ、かなり。まぁ藍染さんお一人だとちょっと心配ですが」
「攪乱させるいう能力やったら一人の方が使いやすいと思うで」
「……良いと思います。……山本総隊長」
「うむ。……まずは十番隊の救出を最優先にすべきじゃろう。王途川の霊圧は一切翳りを見せておらぬから、何かしらがあって動き得ない状態にあると見る。必ずや十番隊を探し出し、そして十番隊が主目的にしていたというアヨン・ディスピエルトの生産部分を破壊せよ。平子、滑川。頼んだぞ」
「必ず」
「任せてや。ほなら俺ちょいと惣右介に大役授かったこと伝えてくるわ。びっくりすんでーアイツ。眼鏡弾け飛ぶのと違うか」
「どういう原理なんそれ。……僕もみんなにこのこと伝えてきます」
志島さんは……空気を読んでくれた、ということかな。
僕と山本総隊長の間にある、この微妙な空気を。
「……卍解もせずに、様子見をして……誰かが失われたとか聞いたら──」
「フン、皆まで言わずともわかっておるわ。あまりやりすぎると善定寺の蛆が死滅してしまいそうじゃがの」
「良いんじゃないですか。お腹空くなら本望でしょう」
「……儂もの、滑川。昔……同じことを思うておった。……儂が出張り、儂一人がいれば、すべての戦場はどうにかなるし、哀しみも生まれないじゃろう、と」
始解能力だけでも、超広範囲に超火力を届けることのできる斬魄刀、流刃若火。
「どうやらそれは違うらしいという学びは……口で伝え聞いただけではわからぬ。儂も中々、わからなかった」
「僕が若い、ということですか?」
「否。未だに真の仲間に巡り合えてはおらぬ、ということじゃ。……最も近きは、四楓院か、更木か、平子か。……藍染惣右介か」
「最後の人はあり得ませんよ。……ま、今回は下っ端としてせかせか働いてもらいましょう。代役を立てていればみんな気付きますからね」
真の仲間。
その言葉自体が、申し訳なさに溢れているけれど。
……今は王途川さんに集中しよう。
「あ、それとこれ。僕らが出ている間に、鬼道得意な人達に渡しておいてください。織柳とか飯狩橋とかにも」
「……これは?」
「除草剤の鬼道式を書いたものです。相手が植物寄りなら、効くかもしれないでしょう?」
「あいわかった。渡しておこう」
見えている。
もう一つ、見知らぬ霊圧があることは。
理由はわからないけれど、一切動かない王途川さんたちの周囲をくるくると回っている霊圧。
──必ず。
というわけで、一直線にその霊圧へ向かったところ、それ……巨大な扉があった。
「扉とか……あるんやな、この建物」
「結界ですねぇ。こういう空間の境界に頼らないといけない結界ってことは、効果は高いけど繊細な結界ということです、ね」
「おお、流石はやな。解除はできるんか?」
「できますが、することで王途川さんたちの命が、みたいな場合もあるのでぇ、中を見てから判断しますよぉ。……はいこれ」
腕輪を平子さんに渡す。二番隊の人達には平子さんの能力に巻き込んでしまわないように後方で待機していてもらっている。
「これは?」
「無効化とはいきませんが、結界の効果の対象にならない、という効果を持つ鬼道を封じてあります。起動方法は腕輪を摩ること。効果時間は二時間ほど。意識を奪う系統の結界であれば完全にスルーできますが、中のものを燃やすとかそういう単純なのは防げません」
「俺個人を狙う系にだけ、っちゅうことか。助かるで。……ジブンのは、無いようやけど」
「僕は必要ありません。己に向かう全ての霊子的呪詛・能力を分解できます」
「ナルホド。──行くで」
平子さんが扉を開ける。
入った瞬間、認識系、記憶系に作用するものを感じた。
解析開始。
「あれれ、あれれっ? もしかしてこの子達のお仲間さん? かなっ?」
知らない虚。
というかこれ人形だな。本体はここにいないんじゃないかな。
「またけったいな……。……王途川隊長と西紀副隊長がバラバラで、なんや止まっとるけど、これはオマエの仕業ってことで合っとるか?」
「もう、もう! 初対面の相手に向かってけったいとか、失礼だぞっ!」
「まぁ確かに。ほんなら色々言うために自己紹介すんで。俺は五番隊隊長平子真子や。ほれ、名乗り」
「名乗られたのなら、名乗られたのなら仕方がないっ! レギンマクリル・トリマウエッラちゃんでーす! 親愛を込めてレギンちゃんと呼ぶようにっ!」
……混合か。
成程、ある意味で僕と似ている。攻撃力をそこまで持たないと見た。
「──七つ重なる牛の塔、青銅、頑強、復讐に燃ゆ翠力の風を援け」
「ちょぉ、余裕ないなさては!」
「え、え~っ。自己紹介くらいしようよぉ!」
「雲雀の踵、骸を守る笠。狂い落つ激昂にその首を断ち切るがいい。縛道の八十一-抱擁型・断線」
断空の改変鬼道。これにより、レギン何某と王途川さんたちへ繋がる結界の繋がりを断つ。
「ふんだ、ふーんだ! 無視するならこっちも無視するもんね! ……あれ、なんだか甘い匂いがする~」
「まぁ、なんやろな。アイツ仲間が危険やと余裕なくなってなんも喋らんくなんねん。堪忍したってや」
「わかった、わかったよ~。まったく、はやく大人になるんだぞ~?」
とか言ってるレギン何某の首が飛ぶ。
その首の根元から、結界に誘うための見えない妖精みたいなのが出てきた。成程これがトリガーか。じゃあ蓋をしまして、と。
「どこ向いて喋っとんねん。話す時は人の目見て喋り。初対面どうこう言うんやったら常識やろフツー」
「はれれれれ、れっ」
「まぁ、もう」
ごとりと首が落ちて。
「どっち向きに俺がおるかもわからんくなってるやろけどなァ」
そのまま、身体も崩れ落ちる。
「え、え? あれ? なんで発動しないの?」
「人間というのは効率的な反面不便でもあって、たくさんの物事を覚えるために、エピソードに区切りをつけてラベリングして保存するんですよねぇ。こうすることでたくさんのことを覚えていられるし、考えることができる。この結界はその区切りの部分に作用するものです」
その落ちた頭蓋を拾い上げ、指先に乗せる。乗せて、バスケットボールみたいにくるくるする。
「忘却の空間境界……いえ、あなた達のネーミングセンスに合わせるのなら、
「わ、わ~……私、あなたのお名前わかったかも」
「それはなによりですねぇ。……ところで一つ、世間話なんていかがですかぁ? ……あなたが、そしてライム・バックさんが使っているその遠隔操作の人形。僕の『通身体』を元にして作り上げているみたいですけ、ど」
「そうだよ、そうだよっ。便利なものを教えてくれた、って変態博士が喜んでたね!」
「敵に解析してくる存在がいるとわかっていて、そんな便利なものを残していく敵が、本当にいると……そう、お思いなんですかねぇ?」
そのくるくるを止めて。
励起させる。
「うっ!? カ……ぅ、な、なに……苦しっ……!」
「そりゃ苦しいですよ。今あなた、頭だけなんですからぁ」
「嘘、うぞっ……だってこれは、遠隔操作してるだ、けぇ、のっ……人形だ、って」
クロスモーダル。あるいは、ファントム・センセーションという錯覚がある。
大画面やVR、立体音響などによって、本来刺激を受けていないはずの肉体に触覚や身体感覚のフィードバックが出る現象だ。
僕の作った『通身体』は、元の『操身体』と比べると、その比率が少しだけ大きい。
ザエルアポロ・グランツ。
黒痰咳の時から、君は、乗っ取った先の技術をそのまま流用することがわかっていたからね。
この数百年で君がそこを変えていたというのならば拍手をするけれど──どうやら、そうではないようで。
「縛道の九十三・樹目斉唱」
苦しみを訴えるその頭蓋にソレを植え付け、結界で覆い隠す。
「……なんや、今の。……犠牲鬼道みたいなの出とらんかったか」
「犠牲鬼道ですよ。尤も支払うのは僕じゃなくて彼女ですが」
「……相手に犠牲払わすなんて鬼道があるんかいな」
「普通はできません。そんなのできちゃったら無法ですからね。今回可能だったのは、アレがモノだったからです。……あれは散々苦しみながら養分を吸われながら樹木へと姿を変えていきますが、途中で枯れるでしょう。そこまでの大きさがありませんからね。そうしてそうなった時、ようやく……接続が切れたことを残念がる、なんて呑気なことをしているだろう本体に、すべての苦しみがフィードバックされます」
言えば、うげぇ、という顔をする平子さん。
「もしかせんでも怒っとるか平良」
「当然でしょう、と言いたかったんですけど、そこまでじゃないです。これは、どうにも鬼道衆全体を狙っているらしいあちらさんの狙いを僕へ集中させるための嫌がらせですよ。……さて、そこにいる破面さん、そろそろ話せそうですかぁ?」
「……問題ない。私は」
「敵ではない、というのは聞いています。ティア・ハリベルさんでよろしいでしょうか」
「ああ」
「初めましてぇ。僕は滑川平良と言いますよぉ。……早速ですが、あの結界の中で何が起きたのかを教えてくださいますか、ね。ああいや、先にお仲間さんを助けましょうか。利害を一致させるのなら、そっちの方が良いでしょう」
「ちょお待ち平良。そないなことして、ほんならジブンらはこれで、とか、懸念が無くなった以上は敵だ、とかされたらどないすんねん」
「しませんよぉ彼女は。そういうことをする虚なら、そもそも捕まった仲間なんて助けにこないでしょう」
さて……あの装置の動力源は、っと。
……他階に伸びていて面倒だな。じゃあ切断しよう。
「待て……先に、お前達の仲間を……王途川と西紀たちを解放してやれ。中で起きたことを話す。……そこまでされずとも、大丈夫だ」
「いえ、単純にお仲間さんを解放しないとアヨンが生まれ続けるのでね」
実利の面でも心情の面でも、ということだ。
ま、藍染さんを困らせ続けたいのならそれでもいいけど、単純にBGMとして三人の悲鳴が流れ続けるのも落ち着かないからねぇ。
悪趣味装置を解体したら、副産物というか、個人的に嬉しいものが手に入った。
どうやらこの辺の機械周りは全部ザエルアポロがやっているようで、最新のクセ入りの、しかも鬼道じゃない虚独自……ザエルアポロ独自の鬼道式のようなものが見つかったのだ。
こーれは帰って研究せねば。
そして、改めてハリベルさんから話を聞いた。
そこから推察するに、認識だけが独り歩きするような……白昼夢のようなものを使っていると思われる。意識が盗まれている。
結界はやっぱりみだりに解除すべきじゃないな。おかしな意識障害が出かねない。
「──ところで、そこで隠れとる奴は、良いんか、放っておいても」
「……」
「彼女は、ロカ・パラミア。ザエルアポロに作られた虚だ」
「斬りたかったら斬って良いですよぉ。僕は止めませんし強制しません。彼女の特殊能力も、霊力があれば僕は再現できますからねぇ」
反膜の糸。
まぁ、特異なのだろうけれど。
その反膜さえも破壊し得る今となっては、何を珍しがることがあろうか、という感じ。
「……ま、虚のことは虚に任せるか。姉ちゃん、アンタそいつ連れていったり。遠くへ行くんやったら止めないで俺らは」
「……ああ。三人からの……恨みもある。その辺りを、考えるとしよう」
「恨みを晴らすための暴力なんかやらせようとしないくせに、素直じゃないですねぇ。よし。……解析終了。ざっと半日ほどのズレがあるみたいです」
「ズレ?」
「裡の意識と卦の身体のズレですねぇ。今の王途川さんたちは、意識だけが加速している状態にあります。そのため、意識空間への減速効果のある回道をかけつつ、肉体の運動状態を一致させる必要があるわけですねぇ。本来は」
「……本来は、っちゅうんは」
「それを埋めるには結構な時間がかかりますし、タイミングを間違えると今度は意識の方が遅れる、という事態になりかねません。よって、最も簡単な方法……義骸でこれをクリアします」
死神の肉体というのは霊子で構成されている疑似的なものだ。生身のそれと違って簡単に状態が変わる。
そこで義骸に一度彼らを押し込め、身体を慣らし、再度死神として押し出すことでこのズレを埋める。この技術を突き詰めていけば、綱彌代時灘に斬られたあの彼も治し得るはずだ。
義骸というものが状態異常を起こした魂魄を保管する安定ポッドのような役割を担える、というのは
「縛道の九十七・封。……で、よし」
全員を固定した状態で、結界を解いて。
音の出ない指笛を吹けば。
「おお、無事に終わったのですね、滑川殿」
「はい。この封印状態にある方々が十番隊の皆さんです。これ、指示書を書いたので、黒腔から尸魂界へと彼らを運びつつ、浦原さんに渡してください」
「承知。必ずや成し遂げてみせます」
待機していてくれた極三さんに指示を出して、ようやく一息だ。
これで……ようやくスタートライン、か。
「……同盟を申し出たにもかかわらず、完全に助けられたな、死神」
「あなたがいなかったらここで王途川さんたちの治療をしなければなりませんでしたからねぇ。まぁ、余程何か思うことがあるのならば、いつかまた力添えでもしてくれたらいいですよぉ。そんなことより今はお仲間さんのメンタルケアの方が大事でしょう」
「……何から何まで、すまない。……先に去らせてもらう。この先……私達が脅かされるなどがない限りは、死神は襲わないと約束しよう。さらばだ」
そう言って四人を持ち上げ、響転で消えるハリベルさんと。
ふらりと……倒れる僕に、肩を貸してくれる平子さん。
「やっぱりか。九十番台の鬼道何連発しとんねんオマエ。なんや繊細なことやったっぽいしオマエ以外できんのやとしても、どうするつもりやねんこれで外出てみたら全員呪いでぶっ倒れとったら」
「……恐ろしい、ですねぇ」
「恐ろしいやのぅて、オマエがなんで第三梯団に組まれたかもちっと考え言うてんねん。俺ら五番隊は単純に集団戦闘向いてないからやけど、一番隊は切り札や、ちゅう話や。そこにはオマエも含まれとる。俺らがなんも倒せんとなんも勝てんとなった時、ほんなら総隊長が出張るで、ってのと同じ感覚の椅子与えられとんねん」
……確かにそうだ。
また……焦っていた。ここで使い切るべきじゃなかった。
腰に付けた霊力回復丸薬を食べる。それで霊力は回復するけれど。
「わかっとるんか。それで──」
「はい。ありがとうございます。……もっと周りを見て、もっと仲間を頼れ。……これも、昔……厳原さんと総隊長に言われたことなのに、またできてませんでした。反省しないと」
「……わかったんならエエけど。ほんで? このまま帰る気あるんかオマエ」
「え?」
「いちいち驚いたフリせんでもええねん。滑川平良ともあろうものが、敵の中枢に足踏み入れて仲間助けるだけ助けて帰るんか、ってのを聞いとんねん。さっきはぶっ倒れとったらとか言うたけど……外にいる戦力考えたら、もう少し戻らんくてもヘーキやろし」
……。
……この人、凄いなぁ。
「多少の報告漏れ、気になったりしますかぁ?」
「いーや。なんも気にならん。俺そういう細かいこと気付くの苦手やし」
「じゃあ──情報を取るだけ、とか言って飛び交ってるハエみたいなの、全部叩き落してから帰りましょうねえ」
それと。
除草剤の中核も、散布させてもらいましょうかね。
そうして様々なものを虚夜宮に仕込んでいる最中、そこを見つけた。
「……ここは」
「なんやここ。会議室かいな」
……そうだろう。
十刃の間、とでも言うべきか。あの……全員が勢ぞろいしていた机と椅子。椅子は七つしかないけど。
そして本来藍染さんが座っていた位置にあるのが、骨で造られている大きな椅子。
……やっぱりか。
どうにも……藍染さんの痕跡が無いんだよな、虚夜宮。
ザエルアポロやウルキオラ・シファーの発言から、その上に誰かがいる、というのは理解している様子だけど……誰かまでの言及は無い。知らない虚はみんなバラガンを王とする旨の発言ばかりしている。
ゾマリ・ルルーが忠誠を誓っていた対象がバラガンだった、というのが分かりやすい例だろう。
「ここにもなんや仕込むんか?」
「全員が座ったら赤煙遁が出るように、とかしておきますかぁ?」
「オモロいけど下手人割れた時にとんでもない憎悪が向けられそうやんな。採用」
「いやぁ僕はやめようって言ったんですけどねぇ。平子隊長がどうしてもって言うからぁ」
まぁ。
八刃全員が揃うこと自体が、もう無いかもしれないが。
さらに歩いて建物内を回る。
そうして……偶然、そこを見つけた。
暗い部屋。水音のする部屋。
「ここは……技術開発局の研究室みたいな感じやな」
「まさに、だと思いますねぇ。ザエルアポロの研究室かな。あ、これ付けてくださいねぇ」
「……なんや。布?」
「はい、こんな感じで耳にかけて口を覆ってください。空気中に何が散布されていておかしくないの、で」
ザエルアポロの研究室なんてどんなトラップがあったものか。
一応何かが起動している、という気配はないけど……。
「ほー……虚でもこない綺麗に資料整理するんやな。字ぃも……綺麗やし。読めへんけど」
「スペイン語ですねぇ。恐らくは生前に培ったものでしょう。……崩玉の……適合検査、ですか」
「オマエは読めるんかーい」
「九百年ありましたからねぇ」
読めるようになって損は無いと考えて、教本と辞書だけ現世で買ってきたんだよね。だから多分ちょっと古いスペイン語にはなるんだけど、ザエルアポロも古い年代の人間だろうから丁度いいのかもしれない。
崩玉の適合率。そして……崩玉の「魂魄同士の境界線を崩す」という効果だけを抽出した劣化模造品についての研究記録。
まぁね。そこだけでいいなら崩玉なんか要らない。アレの最たるところは所有者の願望を叶えるというところであって、その部分だけ抽出できるのなら……量産も可能か。
バラガン・ルイゼンバーンの超強化。八刃の超強化に対する、ゾマリ・ルルーやノイトラ・ジルガの強化の少なさ。
この劣化崩玉との適合率が、彼らの運命を変えた、というところか。
……そういう観点で言えば、チョコラテおじさんとかそういうのもいないんだよなぁ。能力は実用的だけど弱かったのは全部アーロニーロに食われたとみるべきか?
「平良、こっちや。こっち……虚が氷漬けになっとる」
「……成程?」
誘われるままに向かう。嫌がらせで資料は全部分解しておく。
そして、そこに……チョコラテおじさんやチルッチ・サンダーウィッチなんかがいた。
あーね?
「どうする、こいつらも斬っておくか?」
「……時間差で解凍するようにして、彼らが内部から八刃を揺らせるようにくらいはしておきましょう。ここまでされて忠誠も何もないでしょうし」
「こいつらはアレの対象にはならんのか」
「うーん、少し魂魄規模が小さいかなぁ」
……それとは別に。
「この二人だけ、先に解凍しましょうかぁ」
「なんでや。この二人なんかあるんか?」
氷漬けになっていたのは──ドンドチャッカとペッシェ君。
誰かを人質に、とか。考慮するつもりなかったんだけど……ま、いなくなってくれるのならばそれでいいんじゃない?
なお。
「こっちにもなんや部屋が……。……ウン。マズいもん見つけてしもたなコレ」
「どうしたんですかぁ? ……う、うわぁ」
その冷凍庫からさらに続く部屋に──ソレがあった。
「もしか……せずとも、鹿取副隊長よなぁ、コレ」
「で……ですねぇ。顔だけは」
様々なカタチの虚の、顔だけが鹿取さんに寄せてつくられているもの……それが、五十体くらい。
多分だけど、「出来の良いもの」だけが保管されているっぽい。
「こ……これも解凍するんかいな」
「いやぁこれは……。……命の選別をするようで悪いですけど、鹿取さんの精神衛生上の観点から、そしてこの虚たちの辿るであろう運命を考えれば……ここで斬っておくのが正解なんじゃないかな、って」
「せやな。俺もそう思う。霊圧もそないに高くないし」
──僕らに空き巣を許したこと、精々後悔するといい。
あと肖像権……じゃないけど、やめた方が良いと思うよそういうの。
「なんでこない鹿取副隊長に執心してんねやそいつ」
「昔の作戦で、鹿取さんが彼をバラバラに解体したんですけど、その時惚れられたそうで」
「キッショ。さぶいぼ今めっちゃ立ったわ」
ほんとにね。
……君達も、来世では変態に捕まらないようにねぇ。