卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
飛べ 太陽の光の 届かぬところまで
石田家の中でも宗弦さんしか入ることができないという部屋に招待され、現状を聞くことになった。
目下恐れるべきはやはり。
「
「死神と滅却師は相容れないものではありますが、そうも言っていられないほど虚の出現数が多く、また個体ごとの強さが年々高くなっているのも事実です。よって僕としては、現代の滅却師とは住み分けを行った上で共存を望みます。そうなった場合、滅却師側が一度に大きく数を減らす、ということは避けたい事態になります」
聖別。正直現代滅却師から力を奪ったところで感はあるけれど、それでも混血滅却師の数を考えたら、これを防ぐだけで一割くらいの力の減退が望めるのではないかな、と。
距離やどの世界にいるかなどに拘わらず、分け与えていた力を徴収できるという能力。
「こちらの解析結果を話しますが、彼の者の力は基本的に"当たらなければ"致命傷にはなり得ません。いえ、すべてがそうですね。要するに霊圧の作用範囲に触れなければ良いんです。もし距離も世界も本当に問わないものであれば、術式という形すら取る必要がないはずですので」
「つまり……聖別を防ぐ、あるいは妨げる、もしくは隠れるということができれば」
「はい。防ぐことは可能でしょう。……ただし、強大な力を持つ滅却師、特に純血滅却師は隠れるというようなやり方では彼の者の目を逸らすことができない可能性が高い。僕からの情報漏洩を考えて大雑把な数字にしていただいて構いません。現存する純血滅却師は残りどれほどでしょうか」
「すまない、先に聞きたい。それを知ってどうする」
「十人以下であれば、外部からの霊的事象を完全遮断する匣のようなものを作り上げ、それをシェルターとすることも可能だと思います。……件の術師に製作を乞う形にはなってしまいますが」
「……やはりその術師は、彼の者にすら対抗できるのか」
リルトットが聖別を回避した時、あの光に触れた羽は持っていかれていたけれど、命に別状は無かったし、彼女の聖文字も奪われてはいなかった。ジゼルも同様に、だ。
当たらなければ作用しない、というのは一般的な術式全てに言えること。ユーハバッハの霊圧が莫大であるために、霊王宮でのシーンにおいてはどこにいてもその術式下、みたいなところがあったから勘違いされやすいけど、本来はそうであるはずだ。
また、現世にて聖別が起きた時も、術式としての霊子の輪が作り上げられた後にそれが始まった。逆に言えば、あれを形成した後でなければ聖別は行えないし、そもそもどこにいるかもわかっていないと思う。
「……シェルターというのは、可能であれば話を進めておいてほしい。純血滅却師は十人以下には収まらないが、すべてが上手くいかなかった場合最終手段として機能させたい」
「承知しました」
「ただ……借りを作ってしまうのはよろしくない。そちらからも何か、滅却師へ要求をしてくれないか」
「そうですね……では、あなたのこれまでの彼の者に対する考察など共有してはいただけませんか?」
「それは無論構わない、というかこれから共同戦線を張る以上、それは前提として共有する。他に無いか」
う……うーん。
滅却師にできることとかぶっちゃけ僕らの方が……と思ったけど。
「死の王の封印……
「……そうか。死神はあれを飼いならしているわけではなく、防衛策の一つとして影に追いやった、ということか。……我々が影の中にいたことについて、死神は気付いていたのか?」
「いいえ。僕もですが、死神のトップでさえ知りませんでした。知っていたのは件の術師だけでしょう」
「そん……なことが、あり得るのか。そいつは……なぜ報告を入れなかった? 脅威だろう、それでも……」
「僕も多少あの人を知ってはいますが、秘密主義者で、何を考えているのかいまいちつかめない人ですよ。……瀞霊廷では、あの人は妖怪だなんて呼ばれているくらいですし」
「……それはそれで、だな。仮にも……あの死の王から自分たちを守った術師に、その態度は……。……いや、平和である証、か」
「いえ、単純にやることなすこと妖怪染みているからです。影の国への対処などの準備の良さはそれとして、到底人間の動きとは思えない動きで移動していたり、気配も音もなくいつの間にかそこに居たり。妖怪という呼称自体は無論比喩ですが、本当に同じ死神であるのか、というのを疑問視する者さえいます」
「……随分と、孤独そうだ。立場上……そして折り重なる怨恨のせいで、同情はできないが……憐れみは、向けておこう」
それはまぁお優しいことで。
……技術についての不安は無しか。それほどまでに恐れ、それほどまで憎んでいる証かね。
「承知した。
「ありがとうございます。……これは仕事の話兼世間話なんですが、僕が現世に常駐するのは半年後までで、その後は一年に二、三回来る程度になります。そうなってしまうと研究や作戦会議の時間があまり取れなくなると思うので……」
「この半年間で基礎を固め、残る八十年間を有意義に使いたい、という話か」
「はい。聖別だけでなく、こちらで確認したことのある技すべてへの原理究明及び対策構築を、現状最も彼の者を理解しているだろうあなたと話し合いたい。これについてはお互いのためになるものと考えます」
「つまり、貸し借りなしに、か。……わかった。私も知る限りのことを話そう。やがて力を取り戻すだろう彼の者に一泡吹かせるだけでなく、私の子孫が彼の者に脅かされずに済むのならば、それに越したことはないからな」
「よろしくお願いします。先程宗弦さんが仰った通り、今日からここは共同戦線です。共に子供達の……次世代の明日を作りましょう」
「ああ。君のような良識のある死神がこの地に来てくれてよかった。これからよろしく頼む」
握手を結ぶ。
結ぶ、けど。
……ま、互いに、というかあっちも「そんな上手い話があるものか」と思っているだろうからね。
常駐死神たちにも"束田正幸君"の話はしておかないと。新進気鋭、革新派の年若い秀才君のお話をねぇ。
*
それともう一つ。
重霊地という言葉がある。鰤世界のこれは創作でよく見られる「霊脈の重なるところ」みたいなものとは違って、時代とともに移り変わる、「霊的存在にとっての都会」みたいなニュアンスだ。
人間にとっての都会には無論死者が集中するので虚も生まれやすくなるけど、人霊が虚になる際には再構成というプロセスを挟むので、その場で虚化するということはない。
その虚化先の地がたまたま重なりまくることがあって、大抵はそこが重霊地となる。とても簡単に言うと東京より埼玉の方が重霊地化しやすいってこと。まぁ空座町は都内なんだけど。いやまぁまだ東京府だから府内か。東京府南多摩郡空座村。なんとまだ町ですらない。
そんな感じのこの場所だけど──やろうと思えば、今。
未来での重霊地候補にさえ上がらなくなるようにできるっちゃできる。
例えばこうやって──。
「《血気盛ん極まれり》」
……描こうとした鬼道式が塗り潰された。
ああ、やっぱりクリティカルか、これは。
まだほとんど生まれていない……一切組織として形になっていない完現術者たちを散らす、ということもできたんだけど。
正直言えば完現術者とか要らないんだよね。霊王の欠片さえ持っていればなんでもいい。まぁ持ってたら完現術者になるんだけど。
死神の層が厚い今、死神代行という概念を作ることはない。じゃあイッチーは何になるの、とは思うけど、その辺は和尚さんがよろしくやるんでしょう。
可能ならば完現術者も滅却師と同じように共同戦線の相手、くらいの立場にはしておきたい。虚と帝国との三すくみだけでお腹いっぱいなんだよ。第三勢力とか不要だから。
……というか。
「《あんまり干渉してくるようならぁ、そっち、行っちゃいますよぉ?》」
「《──ほう?》」
「《わぁ怖い殺気。けどもう繋げ方は理解しましたんでぇ。いざとなれば、ですねぇ》」
「《怖い怖い。では、おんしに襲撃されぬよう、過干渉は避けるか。……今のはおんしが悪いぞ》」
それはそう。怒られるってわかっててやったからなぁ。
ちなみに黒崎家に言及を──。
「《ダメじゃ》」
一心さんにこの辺りの散策をおすすめ──。
「《ダメじゃ》」
霊王の爪をこの場でクラフティン──。
「《ダメじゃ。……もうなんじゃ、自動で反応して"ダメじゃ"と告げる鬼道でも作らせるか……》」
あ、これ全部手動で管理してるんだ。大変そう。
……つまり同時多発的にコトを起こせばフリーズさせることが……!?
「《──仕方ないのぅ》」
いやいや、冗談ですやん。
ホントに来たら本当にやる気ありますけどねこっちは。
……なんて。
というような仕込みだのなんだのをしていたら、半年など一瞬で過ぎてしまった。
宗弦さんとの話は結構な速度で固まって、そのまま特に諍いも無いままお別れの日が来た。
「有意義な半年間だった。今後もちょくちょくにはなるのだろうが、よろしく頼む」
「はい、こちらこそ。それと……これを渡しておきます」
「……これは?」
「九百年前に光の帝国が尸魂界を攻め、返り討ちに遭って以降、ほとんどの滅却師は現世へと逃げ帰りましたが、一部の滅却師は尸魂界に残り、ゲリラ的な活動を続けていたそうです。この瓶に入っているものは、それら滅却師の肉体が消滅する際に体内より落としたもの。……彼らの生死については、申し訳ありません、としか言えません」
「いや、それについて謝る必要はないだろう。尸魂界は死神の世界。領土を侵犯しているのは滅却師の方だ。……加えて、君の責務でもない。君は事あるごとに次世代の明日を作るという言葉を使うが、数多の死神たちからしたら、君もまた次世代の一人だ。上の世代の咎を無理に背負う必要はない。……同胞たちの遺骸。確かに受け取った」
まぁ確かに。山本総隊長や雀部さんから見たら次世代か僕。
僕の後ろにとんでもない数の次世代がいるとはいえ、だけど。
「……ありがとうございます。……あ、ここからは世間話なのですが……先日お見かけした女性、
「いや……流石にそれは気が早い。私はもう少し鍛錬に打ち込む予定だし、彼女も石田家に慣れる必要があるからな。……子供が好きなのか?」
「どうでしょうね。死神というのがまず子供……赤子と触れあう機会が少ない、というのもあるのですが……特に僕は、子供や他者に何かを教える、ということが多いので、もしかしたら好きなのかもしれません」
「ああ、成程……私と話している時も、妙に教師染みているというか、講師のような振る舞いをすると思っていたら、そういう由来だったのか。……よし。……いつであるか、などは未定だが……子が生まれたら、正幸さんに会わせることを約束しよう」
「あまりご無理はなさらないようにしてくださいね。その……あまり言いたくはないですが、純血滅却師となるだろうお子さんに死神が接触、というのは……外聞的によろしくないでしょうし」
「それについてはかなり今更だな……私とて純血滅却師なわけだから」
「確かに。でもほら、あんまり詳しくないですけど、貴族ってこう……本家がうるさいだのなんだの」
「発言力において一番高く強いのは私だ。……が、私と君が密会せねばならない程度には騒がれるのも事実。……子供との邂逅も、秘密裡に行えば問題ないだろう」
よし。これで竜弦さんに、そしてあわよくば石田雨竜の幼少期に接触して……彼が聖別を受けてもなんともなかった理由を確かめたい。霊王の欠片が故か、別の理由か。
考えることはたくさんあるけれど。
「こんな怪しい子供と接触し、話まで聞いてくれて、本当にありがとうございました。死神本来の役割として、あなたのご健康とご多幸をお祈りいたします」
「こちらこそと言いたいところだが……死神のご健康とご多幸は、どういう扱いになるんだ?」
「まぁご多幸の方だけ祈っていただければ……」
そんな話をして、解散の運びとなる。
余談。
半年間の主目的であった十番隊の面々は、すんなりと身体同期が上手くいったため、治療完了、ということになったのだけど。
「現世……存外楽しかったな……」
「つか食いモンがうめー。『方丈』とか『足福』とかでも食えるけど、もっとこう……手軽に、身近に……」
「レコードを本格的に導入して……店……いやSHOPを始めるか……?」
十番隊の……現世依存がとんでもないことになってしまった。
一応お金とかそんなにたくさん用意できるわけじゃないから質素な暮らしをお願いしてたんだけど……それでも瀞霊廷との差は如実だからなぁ。
「十番隊のこの管轄町……箔屋町の一角に、現世街とか作ってみたらどうですかぁ?」
「……アリ。かなりアリです七席」
「ちょっと……空き地探してきます」
「製法を現世で買い求める必要があるな……」
という感じで、ミニチュア現世が作られることになった。
……もう史実と同じ道筋は辿らないだろうけど、今後誰かが現世に常駐、ないしは何かしらの身分で潜入しなきゃいけなくなった時とかに役立ちそうだな、って。
*
第一次虚圏侵攻作戦は、第一目標だったルドボーン・チェルート討滅を叶えたことで、成功という終わりを見せる。
ただし、課題は多く残った。その一つが連係である。
隊同士の合わせである連携自体はそこまで問題が無い。二番隊や四番隊という潤滑剤がいればスムーズに行く。
しかし、個人間での連係攻撃は、今までも言われてきていたことなれど、誰もがそこまで信を置いていなかったのだという。
それが、今回の全体作戦で如何に有効であるか、というのを知り、しっかりと学びたい、という隊士が爆発的に増えた。
これを受け、山本総隊長は予てから行おうとしていた二つの案を実行。
一つ、真央霊術院に「集団戦闘・指揮陣操コース」というのを設ける。そしてここに響河さんが初代講師として収まる運びとなった。侵攻作戦の前の第二次偵察作戦での悔しさを、次世代には味わわせたくない、という話だ。これにより、あと四十年くらいは続けるはずだった副隊長を降りて、講師と並行しながら教員としての勉強の追い込みをするのだとか。
二つ、特演訓練の全隊義務化と関門化。今の想定される八刃の訓練だけでなく、逆骨さん、久面井さん、浦原さん、涅さん、僕といった、「至難の状況を考えつく者」、「とんでもない搦め手を用意できる者」などに特演訓練の訓練内容を組ませ、それを攻略する、というもの。
たったそれだけ? と思うかもしれないけど、昔千日さんと話していたスコア制・ランキング制などを実装し、隊ごと・グループごとに切磋琢磨してもらおうというのが狙いらしい。血気盛んな、まだ武人思考の人達を、「時代遅れ」にすることなく「攻略の楽しみ」を覚えさせて連れていこう、というわけだ。
さらにここへ新技術を投入。殺気石のことをほぼすべて理解した僕による「強制レベルダウン」を実装。山本総隊長でも新人隊士と同じくらいの霊圧・霊力しか操れない状態にしてしまうことができます。またこれにより、強くなりすぎてマトモに試合ができない勢も楽しい楽しい斬り合いが可能に。
そして。
「はぁい。ではね、戦況解析局の局長を務めます滑川平良ですけどねぇ。早速ですがぁ、皆さんにはぁ──触覚以外オフの状態で斬り合いをしてもらいますよぉ。あ木刀でねぇ」
殺し合いをしてもらいまぁす! の流れだったけど、冗談でも言った瞬間殺し合いを始めそうな人たちが若干名いるのでナシになった。
その上でやるのは気配切りである。
私塾の組織化。
これにより、大まかに二つのコースが生まれる。
一つは「一刀両断コース」。通称「更木剣八コース」。搦め手が相手だろうが結界だろうが斬れない相手だろうが関係ない、斬り方を覚えてしまえば良いだろうがよ、のコース。力任せというよりは技巧派剣士の集う場所になると思う。
もう一つは「一視同仁コース」。通称「浦原喜助コース」。搦め手が来たら解析するし、結界なら無効化するし乗っ取るし。うるせぇここは俺の世界だコース、でもいい。技巧派の智者たちが力任せに鬼道を扱うようになる場所かな。
戦況解析局と名付けたここでは、真央霊術院で習ったことの応用・深奥を突き詰める場所、という立ち位置にもしているために、来年からはエリート卒業者でもまだまだ勉学に励みたい子とかが入ってくるんじゃなかろうか。
ここは年齢・席次などに関係なく入局可能にしてある。でないと席官だけが時代遅れに、ということになりかねないから。……というのを厳原さんに力説されて、じゃあ……と設けた次の日には彼が入局してきていた。それいいの? なんかの法に触れない?
「常に新しいもの好きを公言している私が、前作戦時は時代遅れの象徴のようになってしまっていました。──これではいけない。ので、真央霊術院の方へも傍聴を図りつつ、こちらにもお世話になった上で通常業務も熟し、名実ともに新しいもの好きの隊長になっていかなければな、と。よろしくお願いいたします」
まぁ、彼の石化能力は現状バラガン・ルイゼンバーンへの対抗策の一つとしてかなりの有効性を発揮している。彼にこういう対策を覚えてもらうのは良いことなのだろう。
「というわけでぇ、皆さんにはこれからぁ、──墜ちてもらいますからねぇ」
そんな感じで「何も触れること能わず結界」に閉じ込めるところからやる。足切りラインみたいなものは設けないけれど、下に合わせることはしない。常に最高水準を求め続ける。
ルドボーン・チェルートとアーロニーロ・アルルエリの合体巨大樹のおかげでかなり引き締まったらしい護廷。
また、ウルキオラ・シファーの雷霆降誕という技や、T剣八システムでも倒し切れなかったネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの存在が、これから相手にする八刃の強大さ、というのを教えてくれた。
さらに言うと、その強大さ加減からあんなに「早く討伐してこい」と煩かった強硬派貴族も言葉を失い、今はまた成長のターンがきていると言える。
こうして全体に負荷をかける一方で、周囲からやいのやいの言われすぎて致し方なく僕自身への週休一日制度を実装。一週間に一日だけお休みをもらうことになった。
これであとは王途川さんたちの休みが重なれば釣りに行けるかなー、なんて考える双殛の丘。
誘った形になるけれど。
「……お疲れ様です、滑川七席」
「ここ立ち入り禁止ですよぉ」
「おや。では七席も叱られてしまいますね」
「僕は立ち入りの許可をもらってますからねえ」
「成程。意地悪な人だ」
アヨンを押し付けられた後からなーんも接触してこなかったこの人に、話を聞きたくなった。
「初めに言っておくと……僕は少々、七席のことを勘違いしていたようなのです」
「案外凡人だった、ですかぁ?」
「初めは、死神の視座を持つ、死神ではないもの、だと考えていました。鬼道などからあなたを辿った時の話です。……その後、実際に相対して……神の視座を持つ、死神ではないもの、という印象になりました。そして此度のことを経て……構える対象物に於いて、視座を変えることのできる、死神ではないもの、に変貌しました」
「それはまた、随分と長ったらしい印象ですねぇ」
視座を変えることのできる、は良く言いすぎだ。視座がコロコロ変わるだけだろうに。
「僕は停滞が嫌いです。僕は諦観が嫌いです。僕は無意味が嫌いです。……あなたは僕の嫌いなものの、常に正反対であり続ける。好ましいのではなく、嫌いではないもの。僕自身さえ形容し難い道を、形容し難い恰好で颯爽と走っている。それが僕にとっての滑川七席です」
「最近心が無いだけじゃなく顔が無いとまで言われるんですけどぉ、そういう感じですかねぇ」
「ああ、言い得て妙です。それを形容した方は、僕よりも優れた語彙を有していると言えるでしょう」
「否定ではなく全力の肯定ですかぁ。……まぁ、更木さんも言っていましたけ、ど。虚に堕ちていない以上は心があるのでしょうねえ。僕も、あなたも」
「更木五席は……若干怪しいとは思いますが。僕とも七席とも対極の位置にいませんか」
「案外技巧派ですよぉ? 教えてもいないのに回道を使い始めるほどには。本人曰く、散々見せられたからできて当然、だそうで」
「……才能、ですね」
「本当に。あなたもですけどねぇ。年々霊圧が大きくなっていて……隠すの大変そう」
「何か便利な道具をくださいませんか。本当に大変なんですこれ」
うーん。殺気石でも常備したらいいんじゃないかな。
……命に係わりそうだけど。
「話は変わるんですけどねぇ。……どうでした、言葉の通じない化け物を生かさず殺さずまるで必死に攪乱を続けている風の演技の味は」
「あなたは本当に意地の悪い人だ、と言いたいほどでした。平子隊長の発案時点で止めてください」
「あれがなかったら作戦中に色々余計なことしそうだったじゃないですかぁ」
「認めますが、この弱々しい演技もそこそこに負荷がかかることをお忘れなきよう」
「じゃあもう本性表しちゃったらどうですかぁ? 別に平子さんくらいしか気にしないでしょう」
「表す時があるとしたら、もう戻らないと決意をした時でしょう。……ここまでのことをされて、なぜか、未だに僕の除籍を残念がる方がいるようですが」
「ここまでのこと、とはぁ? 今回の作戦、死者ゼロですよぉ。怪我人はいましたけ、ど」
被害ゼロではない。智久さんをはじめとした、多くの隊士が浅くない傷を負った。
それでも、生き延びた。
「それに……なんだか自分の手柄みたいに言っていますけどぉ。八刃の中核はバラガン・ルイゼンバーンとザエルアポロ・グランツであって、あなたが何かをしていた、という風には見えませんでしたけどねぇ」
「流石に、気付かれますか。……黒腔が厳しく取り締まられていることもあって、僕はほとんど彼らと接触していません。そもそもバラガン・ルイゼンバーンとも僕は屈服ではなく同盟を持ちかけましたからね。八刃に僕の居場所は初めからありませんよ」
「同盟。死神を滅ぼすための?」
「はい。
……成程。その使い方もあるのか。
長期で催眠するのではなく、短期で、感情の増幅を行う。
なんらかの幻術対策をしているのであろうザエルアポロたちにはクリティカルだったかもなぁ。
そのまま徐に斬魄刀をコテンと倒す彼。
「うわぁ、どうしたんですかぁ、いきなりたおれてー」
「……そういうこともしてくるだろうと思っていましたが、やはりですか。……催眠を見破った上で催眠にかかっているふりができる。そういう人材が瀞霊廷にいる時点で、僕のこれから行うあらゆる行動のリスクが急上昇します」
「困りましたねぇ。もうどこにも行けないし、どこへ行っても本領を発揮できない、ですか」
「もう一つ、方法はあります。──卍解。……という手段です」
……心臓跳ねたよ、流石に。
至っているとは思っていたけれど……やっぱりか。
「見せてくれないんですかぁ?」
「今見せると、本当の使い時で、完全攻略されてしまいそうですからね。最も絶望的である時に、畳みかけるように使わなければ。あなたが一番余裕のない時に。あなたが最も焦っている時に使いますよ」
「それは怖いですけどぉ。育ちますよぉ、僕と同じくらい視えて、動ける人達が」
「望むところでしょう」
まだまだ諦めるつもりはない、と。
まったく、負けず嫌いだねぇ。
……それと、そうだ。
「平子さんのこと、今どう思ってますかぁ?」
「面白い人です。考えていた以上に……彼本人というより、彼が周囲の存在へ与える影響が大きい。特に最後の……全隊士が連係攻撃を行った所以は、無論あなたの采配もあるでしょうが……彼が、死神の心の壁を崩しておいたおかげであると考えます」
「同意見ですよぉ。……僕と山本総隊長が決別の道に向かわなかったことも、犠牲を出してでも……辛くも勝利を掴む、みたいなことにならなかったことも。……尊敬します、ああいう人」
「昔の僕ならば……振る舞いとしては言っていたかもしれませんが。今の彼は、面白くもあり、怖くもあり、そして……期待できる人である、と。そう評価しますね」
ひねくれものなのに素直で、トリッキーなのにまっすぐで。
あるいは今、こうして、彼が護廷に残ってくれている理由の半分以上も、とか。……考えてしまうけれど。
「ところで戦況解析局、僕が入ることはできるのでしょうか」
「ダメですねぇ。平子さんからも推薦貰ってますけ、ど。それでもダメですねぇ」
「残念です。無論、滑川七席の霊圧では、僕に術をかけることが──」
彼を結界に閉じ込める。
……十秒で出てきた。……へえ、十秒も有効なのか。
「これは開示の一つになりますかねぇ。──すべてのものに"斬り方"があるように、すべての存在への術の"かけ方"も存在しますよぉ。維持の点では確かに難しいですけどぉ、かけるだけなら、之このように」
「……学びです。本格的に入局したくなりました」
「こんなの基礎も基礎ですからねぇ。……八刃や特殊な虚が出てきて……最初は、あなたに突き放されたなぁ、と思ったんですけど。どうやら僕は、軌道に乗ってきたものをさらに加速させる、ということが得意なようで。まだまだ……あなたを驚かせてみせますよぉ」
「心から、楽しみにしています。……ところで滑川七席。これは世間話なのですが」
「はい? えぇ、まぁ、どうぞぉ?」
彼の口から出た言葉だとは思えずに聞き返してしまった。
そんな遠回しな聞き方するんだ。どうせ僕のパーソナルなことでしょ聞きたいの。
「滑川七席の好物というのを聞かせていただければ」
「……さては平子さんですねぇ」
「流石です。なんでもあなたへの慰労会を開く予定らしく。好物を聞いてこい、とのことでしたが……あなたに味の好みというものがあるようには思えなくて」
「そういうの言わないでいてあげるのが華だと思いますけどねぇ。……そしてお察しの通り、好物とかないですよぉ。嫌いなものもないです。食べることができるものなら大抵食べますよぉ。……あんまり味が無いものは、好ましくないかもですけど」
僕。滑川平良も、名無しの権兵衛も、好みというものを持たない。
束田正幸は焼いた川魚が好きだった。幼少の頃はそれくらいしか脂の乗った食べ物が無かった、とも言う。
「あなた、お豆腐が好きでしたよねぇ。嫌いなものはゆで卵」
「……。……誰にも話したことがないのですが、あなたの知る場所で、僕はそれほどの開示を?」
「ええ、割と色々知っていますよぉ」
「久方振りにぞっとする、という経験をしました。……それで、僕の好物が何か?」
「それでいいんじゃないですかぁ? 僕の好物。どうせ平子さんのことですからぁ、好物は好物でちゃんと用意しておきつつ、ゆで卵大盛りとか用意しますよぉ」
「流石平子隊長、最悪ですね。容易に想像ができます」
「そこで僕がぁ、実はそれ僕の好みじゃないんですよぉ、って打ち明けるわけですねぇ。そうしたら平子さんは、"どんだけ聞いても聞けへんかったから苦肉の策でジブンの好きなもん言うたんか"ってゲラゲラ笑うでしょうねぇ」
「訂正しましょう。最悪はやはり七席ですね」
「生まれ落ちた時からの弩畜生という看板を掲げていますからねぇ僕は」
……驚いた。
本当に……世間話だ。他に人がいるからポーズで、とかじゃなく。
この……僕と彼以外誰もいないところで、まさか、今後の何の役にも立たない世間話をすることになるとは。
「……時代の移り目。私はこれを評価する。滑川平良」
「ありがとうございます」
「力に任せて鉄の棒を振るうだけだった死神が、他者と共働することを覚え、他者を嚮導することを解し。……それはつまり、己の弱さを受け入れ、その上で前に進む道を選ぶことができた、ということだ。……いずれは私や君さえもが旧時代となるのかと思うと、胸が躍って仕方がない」
「なりますよぉ。割とすぐに」
「……私の野望。私の使命。私の衝動が破壊するすべてを止めることができる者がいるとするのならば、それは君か、このうねりの最先端を歩く者になるだろう。……その時、君の期待を裏切って、護廷の敵となっていることが楽しみだ。そして……君が最も余裕を持たない絶望的な状況で、かつて君にされたように、力の差というものを見せつけてあげよう」
「楽しみにしていますよぉ。けど、絶望的な状況にまずなるかなぁ。僕も護廷も常に成長し続けているからなぁ」
先程の"開示"はハッタリじゃない。基礎の基礎だけで、本当に霊圧差を覆し、効果を通し得る。
特記戦力に数えられるほどの未知数の霊圧であろうと、だ。
絶望的な状況とやらを作るのは、果たしてどちらか。
どちらがチャレンジャーかは──是非とも正しく見極めてほしい。
「今日、お話できてよかったですよぉ」
「こちらこそ。……叶うことならば、その戦いが、滅却師だの虚だのに邪魔されないものであるのならば……良いのですがね」
そうなりはしないけれど。
そうなることは、成程。少しばかり楽しみだね。
なるのならば。僕も、ようやく──秘密兵器を出せるかもしれないし。