卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
夢幻は現実の計画図
現実は情報の集合体
情報は夢幻の代替品
王途川さん、雪都留君との釣りの帰り道に、その姿を見た。
西流魂街1区「潤林安」──真白の髪の少年。
無論声はかけないけれど、楽しみであると、素直に言おう。
うねりの最先端を行く者。僕はそれをイッチーではなく彼であると考えるからね。
「しかし、真ながら学びの多い一日であった。釣りというのは精神集中の鍛錬にもなる。本格的に此方の趣味にしようと思うである」
「父上、私もまた連れていってください!」
「それでしたらぁ、今十番隊の皆さんが現世街を作ろうとしていますからぁ、そこの案に現世釣具店も追加しておくといいかもですねぇ。今回の竹の竿を少し改良した程度の釣り具も趣きがありますけど、味変をするのも良いと思うのでぇ」
「良い考えである。だが、食うには困っておらぬ此方らがあまりみだりに殺生をするのは、とも思ってしまう」
「……ふむ。じゃあ……趣きは少し減りますけどぉ、十番隊の隊舎のあるところの庭に釣り堀を作ってぇ、鬼道で作った疑似的な魚を放って、それを釣るように、とかどうですかぁ?」
「そのようなことができるのであるか……。……であればそれは十番隊隊舎ではなく、王途川家に作っては頂けぬであるか。雪都留はまだ護廷に入隊する歳ではないゆえな」
「構いませんけどぉ、良いんですかぁ? 貴族の敷地を僕が改造、とか」
「何か言ってくる者があれば瞬時に黙らせよう。権力を私欲に使うものではないが、己が家の中庭くらい好きに弄らせてもらいたい、という話である」
「ならぁ、近いうちに着工しに行きますねぇ」
僕と王途川さんとの会話に口を挟んでくることはないんだけど、雪都留君が目をきらきらさせちゃってまぁ。
腕によりをかけますかねぇ。
なんて。
話の途中ですれ違ったシロちゃんへは欠片の意識も向けずに、僕らは瀞霊廷へと帰還したのである。
梯子をするみたいで悪いなぁという気持ちはありつつも、午後。やってきましたるは朽木家。
玄関を上がってすぐのところに齋藤さんと能登川さんの念写絵がある。反対する声を押し切って銀嶺さんがかけたものだ。またその横にかかっている達筆の字は、なんと山本総隊長が贈ってくれたものらしい。『朽木橙彩と能登川真』じゃなくて『齋藤不老不死と能登川真』という部分が銀嶺さん的にはお気に入りらしい。こうすることで、どうして朽木家にこの二人の肖像画が、と言われた時に懇切丁寧に説明してあげるのが老後の楽しみなのだとか。
老後。……銀嶺さんと響河さんは休隊扱いとなってはいるものの、ほぼ脱隊目前くらいの扱いだ。
響河さんはその力で指導を行うために斬魄刀を返還しておらず、銀嶺さんはびゃっくんがまだ若いからという理由で返還していない。それで通るんだ……って思ったけど、四大貴族なればこそ、らしい。普通は通らないんだと。ダヨネ。
今日はそんな銀嶺さんにお呼ばれしての朽木家だ。
内容は。
「副隊長決め、ですかぁ。……そのぉ、そういうのは六番隊内にご相談をされたほうが良いのでは……」
「無論に相談はするが、滑川殿の意見も聞きたいのだ」
という話らしい。
隊長副隊長が揃って辞めて、びゃっくんは六番隊をよく知らなくて。
銀嶺さん的には朽木家以外が副隊長になってほしいらしい。響河さんが朽木家に入ったことで両者朽木家になった結果、一時は「貴族しか入れない」「朽木家親衛隊」みたいな噂が流れた六番隊だからね……言いたいことはわかるけど。
「三席の
「むしろ銀から切り出された話じゃ。これほどまでに層が厚くなり、副隊長であっても卍解習得者である者がザラにいる中で、己がそこまでの実力者とは思えない、と」
あー。……僕のせいか。いやまぁ別に後悔はしてないけども。
確かになぁ、五、六、七、八、九番隊は三席以下に卍解習得者がいない、というので一時期話題になってたんだよなぁ。いやでも二番隊とか十一番隊、十三番隊がおかしいのであって、他はちらほらなんだけど……。
でも確かに三番隊は多紀さんとか十番隊は一心さんとかが卍解してるから、気持ちはわかる。
けど、後進がそれほど育っているかと問われると話が別というか。
まだ成長段階ばかりで、卍解習得者、ないしはそれに並びたてるほどの実力者をポンと出せるかというと……。
……あ、一人いたな。
「一週間後くらいに護廷へ入ってくる、非常に真面目な方がいるんですけどねぇ。護廷入りする前から卍解を使えるとかいうそこそことんでもない方の割に、忠義や誇りを重んじる方なのでぇ、白哉さんとは相性が良いかもですねぇ」
「ほう……なんと、そのような御仁が」
「銀嶺さんは……『利暁』の話って、どこまで知ってるんでしたっけぇ?」
「む。……まぁ、裏側であったある程度の話は知っておる」
「ならわかりますねぇ。『狼の長』さんの推薦ですよぉ」
「なんと。……そうか、そうか。それは……期待できるな」
「斬拳走鬼も戦術も全部完璧に仕込んだと仰っていましたからねぇ。おすすめしておきますねぇ」
「……ありがたい。実を言うと、この事について先日出会った尾花隊長……志波元隊長にも話を伺っていたのだ。その際、"そういう時に頼るべき『道の
あの人いつまで擦る気なんだソレ。
「以前の響河に関する話の時も見事な解決を導いてくださった滑川殿ならばもしや、と思ってのご相談であったが……まさか本当に答えをくれるとは」
「あんまり喧伝はしないでくださいねぇ」
「うむ。じゃが、これからも……特に白哉が道に迷った時は、どうかよろしくお願いいたしまする」
「まぁ彼の性格上僕へ相談しにくる、というのはなさそうですけど、ね」
中庭の方を見れば──いつの間に仲良くなったのか、夜一さんと、そして空鶴さんにやいのやいの言われて、未だに青筋を立てずにはいられないびゃっくんの姿が。
既に少年から青年へとなりつつある彼は、ちゃんと卍解も習得しているらしい。早いよ。人のこと言えないけど。
雪都留君も年齢が上がればこの輪に入るのかなぁ。……四大貴族の当主・子息全員が一か所で遊んでいる、というのは……何かしらのストップが入りそう。安全上の観点から。
まぁ……あの三人に手を出すのはリスクが高すぎるとは思うけど。普通に強いから。
「そういえば、もう白哉さんはご当主になられたんでしたっけぇ?」
「うむ。志波家は海燕君……海燕殿がご当主になられたのであったか。……時代の移り目を感じるのぅ」
そう、海燕さんも当主になって、都さんと結ばれた。お祝いに松本市丸カップルが来ていたのが印象的。どこで知り合ったんだか。
時代の移り目。次世代の頭角が見えてくる時期。
……僕も後進の育成をもっと頑張らないと。……彼に、追い抜かされてしまわないように、ね。
*
戦況解析局では今日も授業が行われている。現状講師が僕しかいないので多忙めだけど、時々鬼道衆とか久面井さんとかが原石探しに来てくれるのでお任せすることがある。それでも大抵は僕が見ているけれどね。
今こっち……「一刀両断コース」でやっているのは「斬り方」の基礎練。霊圧だけなら山本総隊長クラスのそれを放っている『様身体』を、今まで培ったことを総動員して斬ってみましょう、という訓練。基礎練なのに総合力を試しているのは、これができないと次のコースに行けないから。
正確に言うと、次のコースからはこれが基礎練になるから、だ。「一視同仁コース」でも同様の「かけ方」の基礎練をしている。
これがまぁ、中々に進まない。
見た目はただのデッサン人形みたいなやつなのに、霊圧知覚で感じる恐怖が桁違いであるために、直視するのもやっと、という人が多いようで。
まずはこの霊圧下で瞑想するところからにするか、と妥協案を口に出そうとした──その時。
「立ち向かおうとするけぇおとろしゅうなるんじゃ。儂らは川に浮かぶ葉っぱのようなもの。一番押し流され難い霊圧の向きに整えて深呼吸じゃ。そうすりゃあ向き合う余裕も出てくる」
「……!」
声を発したのは……射場千鉄さんの息子さん、鉄左衛門さん。
山本総隊長クラスの霊圧を言葉の通り正面から受け止めずに流している。また、その隣にいる眉の無い少女も、言葉を受けてすぐにできるようになったらしかった。
……うん。やっぱり無暗に救いの手を差し伸べるのは違うね。
多少カリキュラムが詰まってしまうとしても、彼らの自主性に任せた方が開花は早まりそう。
「なぁ坊主」
「はぁい?」
それを応接間で見ていたからだろう。刳屋敷さんは僕がその部屋に入るなり、彼にしては珍しく挨拶もせずに、こんなことを宣った。
「俺も良いか、入局。一刀両断課程だ」
「……いやまぁ厳原隊長の手前良いですけどぉ……刳屋敷さんならあんなの一瞬じゃないですかぁ?」
「かもしれん。だが、この"教育課程"を体感できるのが大きい。俺自身の強さの伸び悩みもそうだが、俺から隊士に何か指導をしてやる、って時の参考にしたいんだ」
「ああ……それは、はい。入局を許可しますよぉ」
成程。教育者目線か。
それは……この人は本当にとことん良い人だなぁ。
というわけで入局の次第となった刳屋敷さんに、先日の会話から考案したとあるものをプレゼントすることにした。
「そうだ、この腕輪、付けてみてくださいますかぁ?」
「ああ……。……っと、こ……れは。霊圧が、百分の一くらいになった感覚があるな」
「ええ、これは封ですよぉ。特演訓練の強制弱体化と似た仕組みを使っていましてねぇ。あれと違って、抑え込んだ霊圧はこの腕輪に蓄積されていきますのでぇ、いざとなればこの腕輪を投げることで一回切りの広範囲衝撃鬼道としても使えますよぉ。ちなみに今の刳屋敷さんは元の百二十八分の一の霊圧ですねぇ」
霊圧が強大すぎて抑え込むのも一苦労というそこのあなたに贈る、霊圧抑制腕輪~。
無限に食らう化け物ではなく、半永久的にため込む腕輪なので、勿体ない思いをすることもありません。その上で軽量化に成功しているので邪魔にもならない優れもの。
「でもこれ、できれば秘密でお願いしますねぇ。
「ああ……悪用されかねない、か。今の護廷にどれほどの
「基本まだ僕しか作れない品ですからねぇ。早々に模倣はされないと思いますけ、ど」
「大丈夫だ、見せびらかしたりもしないからよ。……いやぁ、良いな、しかしこれは。若い頃を思い出すというか、一日でも早く強くなってやろうって涎垂らした野良犬みてぇに力を追い求めていた頃を思い出す」
史実における更木さんのあの眼帯は、オサレ的センスにはあまり合わないだろう。けどこれは、腕輪だけでなく手袋の形にすることもできるから……眼鏡を外し、髪をかき上げ、天に立つ時に手袋を外すムーブは……したいんじゃないか。イッチーに「なん……だと……!?」って言わせたいんじゃないか。
……なんて。
これ以上は自意識過剰だろう。あまり意識しすぎるのもね。
「刳屋敷さんにそんな時期あったんですかぁ?」
「あったさ。俺も昔は一般隊士だったんだぞ?」
「僕も昔は一般鬼道衆だったんですけどねぇ」
「……成程。お互い、名の売れ始めた時期の強さしか印象に無いせいで、その前の時期があったとは信じられねえわけだ」
「お互い遠いところまで来てしまいましたねぇ。……さて、それじゃあ明日のカリキュラムから参加で大丈夫ですけどぉ、予定の方はどこからいけそうですかぁ?」
「明日で良いさ。……ちょっと走り込みってモンをしてくる。霊力で身体強化ができねぇ頃の息切れってモンが懐かしくなっちまった」
「はぁい、いってらっしゃい」
……好き好んで息切れをしたい、というのはわからない。ランナーズハイに入りたいならわかるけど。
でも確かに、一日ずっと槍を振り回し続けてバテて大の字になって空を仰いで、っていうのが楽しかったのはわかるか。
今の僕は普通に一戦闘二戦闘くらい回せばバテるからなぁ。肉体的成長が無いからスタミナも増えない増えない。
成長、ね。
これだけ言っているけれど、したいとは別に思っていないんだよなぁ。
野箆坊を使い、そして野箆坊に己を溶かしたことは、あの時の僕にできた最適解であると心の底から信仰している。なにせあの時リスクを負ったのは僕だけじゃなく、野箆坊も、なのだから。
……首を振ることはないよ。事実なんだしさ。
「ゴメンクダサーイ。ゴメンクダサーイ。ちょぉ、暴れんなや」
「……はぁい?」
そんなことを考えていたら、戦況解析局の門戸が叩かれた。自動ドア風にしてあるからそんなことしなくても開くんだけど。
そして入ってくるのは平子さん。背中にゴツめの布を背負っている。
「お届け物ですウ。滑川平良さんですねエ?」
「そういうあなたは?」
「郵便局のモノですウ。はいこれ小包……大包。料金は要らへんから、おおきにデスワ~」
「ちょっとお待ちくださいねぇ」
「ヌグェ」
平子さんの首に這縄をかけて引き留め、布をめくれば……両手両足を縛られ、猿轡をかまされ、目隠しまでされた藍染さんが。
何やってる……って、ああ。
「えーと。持ってかえっていただけますかねぇ。お断りなんでぇ」
「……」
「平子さん。平子さーん?」
「……」
「もう、シカトですかぁ……って、ああ結構締まってましたねぇごめんなさい」
這縄を解けば、大きく咽て……青い顔で、そして口角を上げて僕の胸倉を掴んでくる平子さん。
「そ……そういうつもりやなかったけど、これで迷惑料分が出来たやろ……。これでそいつ入局させたり……!」
「いやぁあのぉ。以前お話した通り、ここで教えられることは全部彼できるのでぇ」
「やとしても、事あるごとに
そこまで言い切って、ぜぇぜぇと息を切らして呼吸を整える平子さん。
エェー。
「頼むでホンマ……今朝なんかウチの三席に自分風の鬼道を被せて俺に見破らせては鬼道の必要性を説いてきよって……俺はできるっちゅうねん。やるなら他の隊士にやり」
「それを僕に言われましてもねぇ」
「せやから俺もそう言って、言うたびに"でも……"まで言って
「平子さんの一生かぁ。あんまり厚みが無いなぁ」
「エエ!? この流れで俺弄り!? せめて惣右介の拘束解けてからにしぃやオマエだけでオモロできるんやったら話は別やけど、弄るだけやとただ口悪いだけになってまうで!?」
「あ、藍染さんとのやつはちゃんと漫才って認識してたんですねぇ」
「クソ下手やけどまぁ素人ではないくらいやけどなァ! 猿轡されてるから反論できひんやろざまぁないで!!」
「でもこれ、藍染さんの斬魄刀ですからぁ、本物はその辺にいるんじゃないですかぁ?」
「──は?」
完全催眠の霊圧にジャミングを入れて消し飛ばす。
直後、完全拘束された藍染さんは台車に寝かされた鏡花水月になった。
「……惜しいですね。平子隊長の暴挙を、斬魄刀を身代わりにすることで回避する予定だったのですが。……どうでしたか、平子隊長。ご自分は見破り得ると豪語していた鬼道によって、こうも完璧に騙された気分のほどは」
「……腕上げたやんけ、半分。本気で疲れるからかけるなら別の奴にしてくれ半分」
背後より現れた藍染さん。『緩衝霊子』で鏡花水月を持ち上げ……。……ん?
持ち上げた瞬間の違和感から、さらにそれに対してジャミングとなる霊子を流し込んでみれば──鏡花水月は、木の棒にまで姿を落した。
ほう。……強度を変えた二重の催眠か。斬魄刀の声が聞こえる聞こえないで判断できるけど、これは中々凶悪かも。
「そちらの偽装まで露見しますか。流石です、滑川七席」
「再現度三割。斬魄刀はもう少し奥深いのでぇ、この完成度なら偽装は諦めた方が良いですねぇ」
「言われてるでぇ惣右介。あ、でもせやんなったらやっぱりこいつ入局させたってや。それを十割行けるくらいまで育ててほしいねん」
「僕相手に十割は、大鬼道長でも難しいですけどねぇ」
「やったら八割とかでもエエけど」
藍染さんを見る。
表情は読めないけど……目は、伏せられている、か。
「わかりましたぁ。良いですよぉ」
「──なん、ですって?」
「おお! やったやんけ惣右介! あ、でも日々の業務やった上での通局やからな。そっちをおろそかにしたらアカンで」
そう、それが目的だ。
教えることへの開示にはなる。でもこれ以上断ると平子さんが何かを察するだろうし、何より一日の大半を監視できるというのは結構大きい。サボろうとしても無駄だ。ここの局員は今みたいな違和感にも気付き得るから。
「それと、平子さん。これ、新作の舐溶飴でぇ、乖霊剥離の膠飴の、痛くないし苦しくない版ですよぉ。冠甘瓜味ですねぇ」
「カンムリアマウリ……。一聴して味が想像できひん。……で、乖霊剥離って確かあれやんな。認知に作用する系とか、ビョーキとかの鬼道を吐き出せる言うヤツ」
「はぁい。これを舐めれば藍染さんの悪戯も看破できますからねぇ」
「最高やんけ。貰う……のは悪いから、買うわ。箱で」
「毎度ありですねぇ」
本人は……おや、珍しく悔しそうな顔をしてくれている。
これから大々的に動くつもりだったのかな。平子さん、本当に鼻が利くなぁ。
「なぁ平良。これ、柿味とか作れへんか?」
「柿ですかぁ? できると思いますけど、お好きなんですっけ?」
「いや、この前会うたガキ連中が渋柿とか干し柿が好き言うシッブい趣味しとるやつらやったから、せやったら効能もありつつ味も好きなもんあったらエエやんけ、って注文や」
「ええ、承りました。他にも欲しい味があったら言ってくださいねぇ。果物系は大抵再現できますよぉ。逆に料理系の複雑な味は難しいですねぇ。マズくなりやすいです」
「成程のぉ。っと、話し込んでもうた。俺この後四番隊と会議あんねん。ほな惣右介は任せたで。良くしたってや」
「はぁい」
言うだけ言ってそそくさと立ち去る平子さん。
入り口付近で残された藍染さんは。
「本当に……読めない人ですね、彼は」
「平子さんだけですかぁ?」
「あなたはもう殿堂入りですよ……。……ただでさえ動き難いというのに、さらに拘束が増えるとは。……とはいえ、僕にもしっかり教えてくださるのであれば、埋め合わせにはなりますか」
「ええ、教えますよぉ。これであなたの地力が上がってしまっても──」
手に持った木の棒を──鏡花水月に変える。
小さなガラスの破片が剥がれていくかのように、その姿を斬魄刀へと変えたそれを見て、一瞬だけ己の腰へ意識が向く藍染さん。
滑風と縮地技術を使った超短距離の踏み込みで近付き、彼の人中を鏡花水月で突く──寸前で、止める。
「僕も、そして僕らも、その先を行き続けるので、ね」
「……まさかとは思いますが、僕の始解すら再現可能なのですか?」
「さっきまでは無理でしたねぇ。でも今、強度を変えた二重催眠のやり方を見せてくれたじゃないですかぁ。お手本が二つもあるならこれくらいは簡単ですよぉ。──ね、鏡花水月さん」
「──!?」
突き付けた方ではなく、彼が腰に佩いていた鏡花水月に話しかける。
わーわー、怒らないでくださいねぇ。
ま、手品の一種だ。スリの手口とも言う。
その人が持っている財布に似たものを見せつけて、「そんなはずは」って確認する心理を利用して場所を知ってスる、ってやつ。それを使い、一瞬逸れた意識に割り込むようにして突きを行うことで、「意識外からの攻撃」という危険信号バリバリなものへ突きを仕立て上げ、さらにそれへの過集中を引き起こし、その間に斬魄刀をくすねた、というだけ。
斬魄刀を立て、指の上で高速回転する鏡花水月を見せつけて。
「入局おめでとうございますねぇ。はいこれ。霊圧を封じ込める腕輪ですよぉ。
「……ええ、気を付けます」
腕輪を取り出す手に集中させてから、鏡花水月の回転を止めて再度突きの姿勢に入り──突く、ことはせずに腕輪を強制的に嵌める。両腕、合計二百五十六分の一の霊圧にまで下がった彼に、ようやくちゃんと、普通に斬魄刀を返せば。
「油断もするな、ということですか。……もしかして、
「そうですよぉ。だって僕、一度もあなたの名前呼ばなかったでしょぉ?」
「……殿堂入りさせた手前言いたくないのですが……恐ろしい人ですね、本当に」
さて。
……とうとう彼にも教えることに、かぁ。
教えすぎないようにとは考えずに……全力でやって、その上で打ち負かすことにするかなぁ。
さて、彼の入局から少しばかりが経ったある日の訓練である。
「それではぁ、『自分探しの部屋』、始めますからねぇ。終わった時に、自分でないものになっていないようにぃ」
並んでいるのは丹南さん、厳原さん、多紀さん、明宝さん、藍染さん、佐和田さん、真野さん、久美浜さん、竹添さん、紗咲さん、浦原さん、
……いやそうなんだよね。浦原さんいるんだよ。
史実を知っている身からするとこの……なに? 火薬庫でライターとチャッカマンを使って炎色反応実験をやってみましょう! みたいな。
浦原さんは私塾自体は卒業したんだけど、戦況解析局の方も体験してみたい、とのことで入ってきている。
一応まだ……そこまでの意識はしていないというか、敵視はしていない感じはあるけど、どうなんだろうねこの二人ねぇ。
「では」
結界を構築する。かなり特殊で複雑な結界だ。霊力回復丸薬を必要とするほどの。
それに包まれた皆さんは。
微動だにしなくなった全員。
……いや、数瞬後、浦原さんや厳原さんあたりから呼吸を再開した。そのままみんな呼吸を始めるけれど、別に誰かにつられたとかではないだろう。なんも感じることができないだろうし。
どころか。
「あー……わたし、は。……だれ……でした、っけ」
「ぼく……おれ……?」
「……これ、は」
訓練名『自分探しの部屋』。
まず五感を封じ、五官を麻痺させ、倦憊の仕組みを使って思考力さえも奪う。
呼吸をしなければならない、という気付きに至ることさえ至難であるため、充分に基礎練を終えた人にしかかけられない。
奪われる思考力は「思い出す」という行為さえ莫大なエネルギーを必要とするものであり、自身の一人称や口調さえわからなくなるほどの強度。記憶は忘却されたわけではなく、あくまで思考力が低下しているだけなので、この訓練が終われば普通に思い出すこともできるだろうけど……まぁ。
立っていることもできなくなった人、歩き方を思い出せずに何度も転んでいる人、対話というものをしようとして、言葉が思い出せない人。
その中で燦然と輝……いているわけじゃないけど、落ち着いている人。
浦原さんだ。自己へ没入し、己というカタチを意識し、結界と認識し。
お、もう『自分探しの部屋』の効力を弾いたな。自己に埋没する限りは思考力が戻る。ただし、身体を動かそうとする……つまり外界へ干渉しようとすると無理になる。
さて、どうするか。
ん……クラッキングされてるな。藍染さんからだ。
でもまぁ僕が手動で使っている結界だからねぇこれは。有昭田さんの結界論を聞いて、僕もその辺さらに上手くなっていますから、突破は無理ですよ。
……けどやっぱりすごいな。思考力を取り戻す前にクラッキングとか、どんだけ直感的に霊子へ接続できているんだ。
おっと……浦原さんと厳原さんが同時に結界空間への侵食を始めた。どうにかしてこの思考力の奪取を脳の周囲から除去できれば、思考力が戻る、みたいな考えかな? 普段の二人にしては力業だ。これも思考力の欠如だろう。
「破道の……三十七・
「お、一番ですねぇ」
想定解の一つ、結界範囲外まで自分を打ち出す、という手法で解決したのは多紀さんだ。
さっきまでぐったり倒れていたのは、地面に鬼道式を書くためか。やるね。何かを打ち出すのではなく、設置してそれが風を出す、という設置型鬼道を選択したのもポイントが高い。難しいけど確実なラインがこの辺だったんだろう。
多紀さんが抜け出しても、それに倣う人はいない。意識が高いからじゃなく、そこまで考えることができないからだ。
他者のやり方の真似をする、という行為は、記憶力や精密さなどのあらゆる思考力が関わってくるからね。そこまで行けない。
またクラッキング。……今度は志島さんから。無理だよぉ。他者の真似ができない……つまり他者の失敗を教訓にできないから、やることが被るのは仕方ないけどね。
「僕は……僕は、浦原喜助、ッスねぇ。……はぁ、ようやく……普通に喋れるようになりましたけど」
「こちらも、です。厳原金勒……。……です。……いや、これが……思考力の低下、ですか。新感覚ですね」
無理矢理こじ開け組が言葉を取り戻したみたいだけど、そっからだと長いぞ~。全体を侵食するわけにもいかないだろうから、何か方法を構築しないと出てくることはできない。
と……藍染さんの指先から、亀裂のようなものが走る。
それが……結界の面の部分へと辿り着いた瞬間、彼の思考力が戻った。
成程。一時的にあそこへ肉体の思考機能を預けて、あれが結界外にあれば思考に影響を受けない、というのを実現させたのか。要するに水遁の術だ。
「回道裏番……倦憊途絶。……はぁ、疲れた。これ……年寄りには厳しいやつやに、滑川クン」
「わぁ、途絶まで使えるのは予想外ですねぇ。想定外の解答おめでとうございますねぇ」
びっくりした。それはまだ四番隊じゃ卯ノ花さんしか使えないって話だったのに。元四番隊隊長として使えないままではいられなかったのかな。
倦憊を阻害する効果を持つ術だ。そっちで脱出されるのは想定外だけど、なんだってOKなのでヨシ!
さて……思考力を取り戻した浦原さんたちだけど、そこからの動きが無い。どうするべきかわからないのかな。
また、何人かは腰に佩いた木刀を抜いて精神集中を行っている。……行おうとしている、が正しいけれど。
精神集中なんて一番思考力使うんだから、無理だよ。……という判断も平時ならできるんだけどね。やはり知能組は考えられなくなる状況に弱いな。
「破道の……
「それは止めますけどぉ」
構成の甘い高位鬼道を割って止める。なにしてるの藍染さん。ダメだよそれは。
それとも、思考が痺れて……優男ムーブも難しいのかな? この罅、途中で千切っちゃおうか?
と、ほぼ同時に浦原さんと厳原さんが己を結界で包み込む。人体結界をそのまま大きく広くしたかのような結界だ。
それは『自分探しの部屋』の結界の効力を寄せ付けず、そのまま歩きだす彼らに追従し、彼らを外へ出した。
お見事。想定解の一番目。人体という結界を、人体以外のところに作用させる。クリアだ。
ほどなくして藍染さんも同じことをして出てきた。……先に出ている浦原さんを見て、非常に悔しそうな顔をしている。……この感じはアレか。さっきの罅を使った時に既に思考力は全快してて、多紀さんとは違うやり方で出ることを模索していた感じかな。そして先を越されて、ということか。
「やー……今回もキツかったッスけど、こういう問題を解くみたいな試練は楽しいんスよねぇ」
「わかります。寺子屋の僧に算術を習っていたことを思い出しますよ」
「……いつの話ッスかそれ」
「千年以上前ですね」
みたいな世代間会話を聞きつつ、今回はこれくらいで終わりにする。
「はいはーい。雑談はその辺にしてぇ、終わったら小時間の刃禅ですよぉ。卍解習得済みの方もやってくださいねぇ」
ゆくゆくはもう卍解までは死神の嗜み、くらいにしたい。流石に人数が追いつかないけど。
それくらい盤石になったら、ようやく安心……は、無理だな。卍解は別にそこで終わりという意味じゃないので。
全員が卍解できるし全員が瞬閧できるし全員が呪詛を打ち破れて全員が呪詛を再現できるほどになったら、ようやく安心して現世でワッチャリウェーイだ。教師? やらないやらない。
この思考力を奪う回道は一応技として作ってあるけど、霊圧の影響をモロに受けるので、かけることはできても維持は難しいだろう。とはいえ一瞬でも相手の思考をゼロにできるのは大きい。僕の卍解をやった直後とかに使えば、本気で何が起きたかわからない状態まで持っていけるだろうし。
さて、次は座学の時間だ。今やった結界の構築式をゼロから模索するところから。
僕的には一番楽しいパズルの時間なんだけど、他の人は今みたいに解析している最中の方が好きらしい。藍染さんは、鬼道のいつが好きとかあるのかなぁ。
*
そういう戦況解析局での講師、さらに特演訓練のプログラム作成をやる傍らで、進めていたもの……ようやく鬼道の九十番台、つまり全番台の改良が終了した。改良というのが既に個人個人による流派の違いになって久しいけれど、初めにお願いされていた霊力消費削減・習得難度低下の改造が終わった、という話。
いや随分前に一度ピリオドを打っていたんだけど、その時は要するにレベル90でしか習得できないものをレベル70とかで習得できるようにした、程度のことだったんだよね。
今回はそれをレベル40くらいで習得できるようにしてみた感じ。これ以上簡略化すると危険なのでやらない。鬼道倫理は霊術院で教えられるようにはなったけど、それでも子供にライターを持たせたくはないでしょ、って話でさ。
これでようやく僕の長ったらしい肩書きとしての仕事は節目を迎える。まぁこの後も様々な事象に対して構築していくから役職は変わらないんだけど。
出張所へ鬼道改良目当てでやってくる人、というのは随分と減った。駄菓子屋としても立地が立地だから来る人いないし、専ら顔馴染みがよく顔を出す場所としてしか機能していない。ほとんど家だ。隊舎の目と鼻の先にある家。
おかしな話だけど、あるあるでもあると思う。
こう……ちゃんと休日も設けてあっての毎週の忙しさの最中で……ふと、本来の仕事をしていると、なんだろう……とてつもなく暇に感じるというか。
久しぶりの本業だから肩入れてやるぞ~って集中しちゃったばっかりに時間が余るというか。
択としては──霊王宮に行ってみる、とか。
……あ、反応もくれなくなっちゃった。いやいや冗談ですやん。
現世は来週行く予定だし、今の時間は学徒が誰もいないから戦況解析局に行っても意味無いし、霊術院に顔を出す、というのは平時だとあんまりよくないことだし。
みんな案外忙しいんだよなー。いや案外って僕が急かしたんだけど。
……まぁ、特演訓練か。幽昼窟には誰かいるでしょう。
いないんだよね。
嘘だぁ。え、もしかしてアレ? 人の存在しない裏世界に来た?
……じゃあまぁ、ウルキオラ・シファーの想定訓練である『悪魔』の特演訓練を開始して、と。
特に喋ったりはしてこない疑似四番さんのとんでも威力攻撃を避けて避けて避けて避けて。
雷霆の槍をバレーボールみたいにレシーブして、『緩衝霊子』で軌道を変えてそのままぶつけてみたりして。
段階が上がって、雷霆降誕まで使ってきたそれを見て──臨界前に妨害し、未成立に終わらせる。
「……今のは」
「おやぁ?」
やったぁ人だ、とそちらを見れば、浮竹さんがいた。
偽物……じゃ、ないね。毎回この件挟むの面倒なんだけど。
特演訓練を終わらせ、じゅるりと彼の元まで滑っていけば。
「すまない、中断させてしまいましたか」
「いえいえぇ。良いですよぉ。暇潰し鍛錬でしたからねぇ」
「……まさに俺も、あの時の光景を……今の攻撃をどうにかしてみたくて、ここに足を運んだのですが……やはり滑川殿は、手遊びであれをどうにかできるのですね」
「本物とはもうちょっと霊圧差があると思うので時間はかかりますけどぉ、できるでしょうねぇ」
よく使う『緩衝霊子』や『停滞空間』と原理は同じだからね。
無論できますよ。
「察するにぃ、反射しかできないこと、ですかねぇ、お悩みは」
「そうです。保持をするには虎徹七席の助けが必要で、しかも霊力砲の形でないとどうにもできない。面制圧をされたのなら、俺の魂魄が先に焼き切れかねず……」
機密結界を張る。
「あなたの斬魄刀は受けて渡すことに特化した斬魄刀ですからね。保持することは最初から考えられていません。それを変えるとなれば、やはり根本的なことをしなければならないでしょう」
「……」
浮竹さんは右肺について、もう少し考えさせてくれと言っていた。
今も尚ミミハギ様と思しきものからは「早く治してやれ」みたいな思念が来ているのに、浮竹さん自身はやはり「治るからといって今までお世話になった存在をそう簡単に手放すのはどうなんだろうか」みたいな心理があるらしい。
ま、そこは本人の意思が大事だからねぇ、とは思いつつ、できればイッチーが生まれる前にやってほしい感もあり。
……今じゃない、か。
結界を解く。
「それならぁ、浮竹さん。鬼道お手玉、というのを覚えてみましょうかぁ」
「鬼道お手玉……?」
「はぁい。では、しゃっかほー」
と言いながら出すのはカスみたいな威力の赤火砲。威力もさることながら速度も低い。そんなものを手に乗せて、さらにもう一個、さらにもう一個出してお手玉みたいにぺちぺち投げてはキャッチを繰り返す。
無意識と『緩衝霊子』の合わせ技だね。
「つまり、無理矢理保持しちゃえばいいんですよぉ。『緩衝霊子』は出せますかぁ?」
「あ、ああ」
「じゃあこれ」
と、浮竹さんの掌に展開された『緩衝霊子』の上に、ぼてっ、ぼてっと赤火砲を乗せていく。
「これ、落さないように維持するところから始めてみましょうねぇ。その完成系を今からお見せするのでねぇ」
なんて言って、特演訓練を再開。さらに雷霆降誕が未成立に終わる前のシーンに戻す。
戻せば、『様身体』のプログラムはやはり雷霆降誕を使用し──。
「まずはこうしてぇ、巻き取ってぇ」
球体の霊力構成物といったって霊子の集まりであることに変わりはない。
だからこうして巻き取ることもできるし、巻き取ったものを区切って己の周囲に侍らせることだってできる。
僕の周囲を様々な距離・軌道で回転し続けるエメラルドグリーンな疑似虚閃が二百を超えたあたりで、雷霆降誕を維持し続けるだけの霊力が消え、またも未成立に終わった。
はい、停止して、と。侍らせた霊力砲をすべて分解した上で浮竹さんの前へと降りれば。
「成程……相手の攻撃を吸い取り、一度己の周囲へと吐き出して保持し、必要な時に撃ち出す。……それができれば」
「はぁい。名実ともに霊力砲に対する最強の盾であり刃となるでしょうねぇ」
「……流石は滑川殿ですね。実は海燕……ウチの三席に同様の相談をしたところ、"爺さんならば平良を頼ればいいって言うはずだぜ"との話は受けていたのだが……あまり俺の個人的な事情に巻き込むのも悪いかと思い、俺だけで解決するつもりでした。それを……ものの数分で」
あのお爺さん孫にまでそれ言ってるの? ヤメテヨー。そんな神様とかじゃないんだヨー。
「実質的な攻撃力の無さの観点で言えば、僕と浮竹さんは似ていますからねぇ」
「確かにそうか。……そういえば滑川殿が斬魄刀を使っているところは見たことがないな」
「人前で使う能力じゃないですからねぇ。……さて、そろそろお母さまが来ますよ」
「母が? ──む」
「おった!! この、勝手に一人でどっかへ行くなとなんべん言うたらわかるんや! そもそも僕が自由にされとるのはあんたのお付きの医者として認められとるでであって──」
「落ち着け、志島。滑川殿と一緒にいたのだから何も問題は」
「ありまくりやにこの世間知らずが! 虚圏へ行く前に僕が調薬した薬飲んだの忘れたん!? あれがあらへんとこんな特殊な環境入ったあかんし砂塵で肺がやられるやろうが!!」
「……確かに。忘れていたかもしれない」
「わかったら帰る! ごめんな滑川君でも今後ここで一人の浮竹隊長見つけたらすぐ僕に知らしてや尻を叩きに行くでな!!」
「わ、わかったから持ち上げるな、俺は子供ではな──」
……。志島さんも大変だし、浮竹さんも抜けているところあるんだなぁ、って。
っていうかだからこそ肺の手術を……と思うんだけど。
良い感じに、暇は潰れたかな。