卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
千里香 誘う蝶にも
遠路を求めて
1917年12月。
現世においては大正7年大豪雪なんて呼ばれることになる寒波が、尸魂界にまで来ていた。本当にどうして連鎖しているのかは理解できない。
これはまさかシロちゃんが来たのか……とか思ったけど、彼が来るのはもう少し先……雛森さんが霊術院に入ってから五年後だったはずなので違うとして、では朽木さんか、とかも思ったけどほとんど同じ理由で無いのがわかっていて。
では僕の知らない氷雪系の斬魄刀が暴れているのでは……? なんて期待したのも束の間、気象予報局──徙駁雨の時に作った場所──から正式に大寒波が来ているとの発表があった。このどこまでも荒野な尸魂界のどこから来るんだよ大寒波さんは。
寒さに関するすべて、そしてそれに付随する体調不良すべてが状態異常なので僕にはあんまり関係ない話なんだけど、瀞霊廷は一気に行動力を削がれ、病欠者多数という現状。舐溶飴が飛ぶように売れた。みんなもっと日常的に舐めてねぇ?
そんな中で、ひと際元気でひと際暑苦しい人もいる。
「っしゃあ、せぇせぇせぇっすしゃぁこらしゃア!」
「今日からの二か月間よろしくお願いします、滑川七席。と、言っているはずだ」
「言っていないと思いますねぇ」
霊術院を卒業し、即座に十一番隊へ入隊したという二人、斑目一角さんと綾瀬川弓親さんを加えて、狩能三席以下の十一番隊の強化合宿、というのが組まれた。
近年爆発的に実力を上げていっている各隊に追いつくための修行兼、司令塔を担えるのが刳屋敷さんと紗咲さんしかいない現状をどうにかするための、二か月みっちりの強化合宿。
その名の通り、幽昼窟の一部に陣を敷いて二か月間寝泊まりするし、その間僕は『様身体』を用い、様々な手段でそこを襲う、という手筈になっている。
幽昼窟はあくまで疑似虚圏であり、お腹は空くし睡眠を必要とするわけだから、常に同じ人が司令塔を担うわけにもいかない。刳屋敷さんと久面井さんはそもそも参加しないので、紗咲さんをどう運用するか、そして彼女が休息している間隊をどう保たせ、そこから新たな司令塔の才能を見出していくか、みたいな目的だね。
紗咲さんは戦況解析局の学徒でもあるけれど、そっちは一旦お休みでこっちに集中する手筈になっている。
僕はあくまで『様身体』けしかけ屋さんであり、戦場に出るわけじゃないからね。ちょくちょく見にいって、倒されていたら頃合いを見計らって新しいのを出すし、倒し切れていなかったら追撃を仕掛けるし、くらいの参加率になる。
代わりにあんまり選ばれない『様身体』……つまりこの世界線においては遭遇しなかった破面の能力を有する『様身体』を有効にけしかけられるから、他の人がやるより「戦争」している感覚が強いんだと。
また、残り日数が二十日になったタイミングで刳屋敷さんと久面井さんも参戦するらしい。想定ケースとしては、この二人と分断されてしまった、みたいな感じなんだって。
「全滅した場合はその数を数え、訓練終了後、四番隊協力のもと『倦憊寄付-十割』というのをその回数分受ける。有り余る力を十全に使えないというのなら、それを他者に与えてせめてもの貢献をしろ、ということだな」
「うわぁ、十割は本当にキツいですからねぇ。頑張ってもらってぇ」
倦憊寄付、というのは読んで字のごとくだけど、普通は二割三割だ。十割まで行くと全身が鉛のように感じられ、首を持ち上げるどころか指を折り曲げることすら途方も無い倦怠感に包まれてできない。
入院中の患者さんには体力・筋力が衰えすぎて、何もしていない状態ですらキツい、って人も結構いるから、十割寄付は助かるだろうなぁ。
というわけで。
まずけしかけるのはチョコラテおじさん率いるガンテンバイン&チルッチら三ケタの巣代表格組。特殊な能力をほとんど持たない代わりに単純な攻撃力に優れる十一番隊が好きそうな相手だ。
三席以下、つまり更木さんも当然の顔をして存在しているので、霊圧は勝手に八十八パターンで変化するようになっている。雷獣形態ほど早くは切り替わらないけど、あれの二倍弱ということで、対処は大変だと思う。今回の更木さんには強制レベルダウン効果は入っていないので、伸び伸びとやってほしくはある……けど、個人的にはこの三人程度はするりと斬って終わらせてほしいんだよなぁ。
手加減癖はやめたけど、あんまり白星が多くない彼だから、もっと撃破数増やして勝つ愉しみを強く味わってもらわないと。
戦うことが戦いの醍醐味だと思っているようでは、それはお祭りが好きなだけだからねぇ。
「──っ!?」
っと。……微かにしか殺気を出していないのに、気付いてきたか。やるね。感知方向はもうかなり伸びた。これなら方向音痴にもならないだろう。
さて、僕はちょっと離れるけど、帰ってくる頃にはこの三人は倒しておいてねぇ?
*
──炎。そして鉄を打つ音。
せかせかと働く女性たちと、中心にて槌を振るうリーゼントの男性。
現在地──零番離殿「鳳凰殿」。
そう──霊王宮、である。
ことの発端は霊術院でのちょっとした事件からだった。
一角さんたちを含む当代の卒業生たちの一部が、なぜか腰ではなく背中に斬魄刀を背負っている、という話が各隊から出て、その理由を問うたところ、始解が槍の形状であったためか、浅打まで槍の形状から戻らなくなった、ということがあったそうなのだ。
しょ、しょんなことょありゅ?? と思いながら話を聞いていたら、突然
事情を説明するから来なYO! という事情を説明してほしいレベルの短い言葉と共に、リーゼントな男性が背後に現れ、僕を捕まえようとしてきたではないか。勿論避けたけど。それで、行くなら自分で行けるか試していいですかぁ? って聞いたらダメに決まってるだRO、大人しく捕まらないと話が進まNAI、とまで言われたので、仕方なく捕まって、正規の手段っぽい道と専用の大掛かりな鬼道によって連行された。
全部記録しました。これでもう正規の手段でも行けるネ。
あんだけアクションかけてた霊王宮にこんなすんなり来ちゃうとはなー、とか考えながら辿り着いたそこで。
「……」
「こっちDA……って、どうかしたのKAI」
「……声が」
声。音、だろうか。
潮騒の音に似ている。全体から響く、静かなさざめき。
終わりが欲しいと。
そう、聞こえた気がする。
……今は無理だ。けど、百年後。あと八十数年後かな。
必ずや、と。そう返しておく。
「木の精だったようですねぇ。さぁ、いきましょうかぁ」
「若干ネィションイントが違ったようNa」
「わぁ、お上手ですねぇ英語」
「ちゃんボクは常に最新の流行を追い求め続けているからNeぇ。──さて、ようこそ霊王宮へ。歓迎するYo、"滑川平良"」
ということがあっての、冒頭。
鍛冶場への立ち入りを許可されて、それを
やがて。
「Fu……Doかな、ちゃんボク渾身の一作目の斬魄
「そんなけったいな流派を開いた覚えはありませんけどねぇ。持ってみてもぉ?」
「ほらYo」
出来上がるは、槍。浅打と似た質感の、それでいてデフォルトが槍であるもの。
初めて作ったにしてはかなり上出来な槍を持つ。
……ふむ。
「左に二度。重心がズレていますねぇ。しばらく振り回しているうちに親指に負荷がかかって大事な場面で取り落とす槍、って感じですかねぇ」
「Oh、シイキビクチカラな評価Daけど、そうそう、それを求めていたんDaよNeェイ。ちゃんボクも槍を作るのなんて初めての試みだから、本職の人に聞きながらできるとリツコウアゲのアゲで爆速束縛チック・タック・ランプ・バックじゃんYo!」
「これくらいなら付き合いますよぉ。後進のためとなれば、なおさらにねぇ」
「アLaLa、ちゃんボクの意味の無い言葉全部乗り切った上でちゃんと意味を汲み取って会話ができる……やり手だNeェ。ちゃんボクとの会話という部分だけなら和尚より上かもYo」
「一聴して呑み込み難くて理解し難い言葉をまくしたてるように並べることでぇ、相手がそれを咀嚼している間に相手のことを見極めるやり方ですもんねぇ。同じ手法の使い手なので理解がありますよぉ」
「……む」
というわけで、
それで、無論作れないことはない──刀匠として──だろうけど、やはり初めての試みなので、槍使いとしての経験値に優れた存在にテスターになってもらおう、ということで呼ばれたのが僕、と。
「言われてんぞ」
「同じ手合いに出会ってこなかったから、いざ自分に向けられて、しかも理論的に解説されたからキちゃってるんだね~」
「NoNoNo! コトソンナナイNeェ。ガウチーガウチー、ちゃんボクはノリだけで喋ってるからそこまで考えちゃいないのSaァ」
「だとしたら、下位互換ってことッス?」
「ただ迷惑なだけですわ……」
「おっとローソーローソー折れちゃうYoォ……」
全力コント特戦隊のことは措いて擱いて、鍛造された槍をもう少し振り回してみる。
重心のズレもそうだけど、芯の重さが均一過ぎるな。これじゃ振り回すのに体力を使うよ。
重心は水平方向は真ん中、垂直方向は穂先より少し後ろでないといけない。また、石突側にも重さが欲しい。
農具のシャベルorスコップ──大きい方──がわかりやすいか。持ち手が一番軽く、石突と頭に重みがあって、重心自体は皿の広がる直前の部分にある。
「ホドナルだNeィ。つまり踏み鋤が一番近いのかNa」
「ああ、そうですねぇ。あれは重心が穂先にあるからちょっと違いますけどぉ」
「じゃあこっちを持ってみてくれるKai」
といって渡された方を掴み、さっきのを投げ返す。
……あれ。
「これでいいですよぉ? 僕が口出しするまでもない、良い槍ですねぇ。銘は……
「そいつは今キミが見抜いた通り、斬魄刀だからNeェ。槍の形になる斬魄刀はちゃんと使い得る槍になる……ちゃんボクはそれを浅打に適用させる。そういうことSaア」
「ふむ。けどこの子、良い槍ですけど、本来の姿は鉾ですねぇ。卍解すると鉾になるから、持ち主は槍と勝手が変わって苦労しそうだぁ」
「……ガーサスの目Da。ちなみにこの斬魄刀の元の持ち主はとっくに亡くなっていてNeィ、その魂魄が練り込まれた浅打は今」
「海燕さん……志波海燕さんの斬魄刀になっている、ですかぁ?」
「ロンのモチに、その魂魄だけで浅打が作られるわけじゃあNai、無数の魂魄が重なってできるものだけDo……余程無念だったのか、始解状態から鉾の形をしているよNeェ」
「とはいえ、使い手次第な部分もありそうですけどねぇ。ああ、ごめんなさいねぇ。僕には相棒がいるのでぇ、君を使ってあげるのは難しいかなぁ。卍解の名前すら読み取れるほど心を開いてくれたのは嬉しいけどねぇ」
二枚屋さんに槍を投げ返す。
メイン武器を槍にして野箆坊を懐刀に、というのはやる気が無い。僕の攻撃力の無さで槍を持ったってしょうがないし。
だから、ごめんねぇ。でもこれからまたたくさんの槍使いが生まれるだろうから、そっちに迎合してねぇ。
「……誰でもあり、誰でもないモノ。顔が無いから、誰にでもなれるモノ。この尸魂界広しと雖も、"無数"であることにおいてはキミの斬魄刀の右に出る刀はNai」
「だからこそ僕は、すべての斬魄刀の汎用的な主になれる。と、おっしゃりたいんですかぁ?」
「サッキから言葉の先取りが無法だNeィ。余韻ってものをもっと楽しみなよ若いんだからSaァ」
「僕は基本短気で短慮でせっかちで極端な人間ですからねぇ。槍のテスターとして呼ばれた以上は仕事をしますけど、それ以外の雑談や挑発に付き合うつもりはないですよぉ」
「Haァ~、ヤダヤダ。余裕のない若者の代表格だNeェ。和尚と気が合うわけDa……」
気が合っているとは思っていないけれど。
──まぁ、ここには藍染さんの目が届いていないから……魅せて、作りたくなってもらおう。
「瞬閧・霊装晩形『
「オイオイまさかここでおっぱじめようってKai? 短気すぎるだRow……いや」
霊力で構成された槍。
山を越えたところに住んでいたお爺さんが、若い頃に作らせたという名槍。
僕と出会った四年後くらいには大往生してしまったその人だけど、聞けば結構な人だったらしい。三日月の橋の川の底へと埋めた埋蔵金の話で踊り狂う人々を見るのが好きとかなんとか。
とまぁ、それくらいのお金持ちが命じて作らせたその槍は、その後も伝説として代々受け継がれていったとかなんとか。
歌鉦槍はそれと完全に同等の作りをしている。霊子で構成されているという部分以外は、だけど。
それを振り回して──二枚屋さんに向ける。
「こちらに攻撃力というものはありませんので、浅打で一つ、打ち合ってみてはいかがでしょうか。あなたも死神なれば、実際に肌で体感した方が早いでしょう」
「……イイネ、想像以上にノリノリDa」
ノリノリというか。
あなた相手にはこれが一番わかりやすいかなって思っただけですYo。
ということで、特になんでもない広々としたスペースでそれは始まった。
彼が持っているのは鞘伏……ではなく普通の浅打だ。あんな凶器は早々使われないだろうし、今存在しているかも怪しいし。
それでも、彼は刀神だからね。本気で視るよ。
「──はじめ!」
燧ヶ島さんの合図の瞬間、眉間を狙って突っ込んできた二枚屋さんを避け、持ち手を変えた、右肘を支点とする後方打ち上げで進路を塞ぐ。
その状態から繰り出されるうなじのあたりを狙った斬撃。これは無理せずしゃがんで避けて、だから進路を塞いでいた槍も下がる。
踵を返して、今度は袈裟掛けに斬撃を入れてくる二枚屋さん。その斬撃に穂先を合わせ、かこんっと弾く。
「出たNeェ曲芸! 何が見えてて、どういう嗅覚をしていればそうもタンカンに穂先や刃の一点を捉えられるのSaァ!」
「五百り草笠の全流派に言えることですけど、見ているのは刃や手元じゃなく、目や意思の集まるところ、ですね。ゆえに基本はカウンターの槍術です。攻撃技は本当に優位になった時しか使いません。とはいえ居合技は一つしかないので、つまり消極的な槍ということですね」
弾かれた浅打を持ち手を変えて持ち直し、そのまま僕の周囲を高速で回りながら突いたり斬ったりしてくるのを、バトンみたいに回す槍で全て受け止める。適当に回しているんじゃなくて、攻撃が来るところに槍をあらかじめ置いておく感じ。
相手が刀である以上、一振りで繰り出せる攻撃は一つだけだからね。
ただし防いでばっかじゃ槍の何たるかが分からないと思うので、少し攻勢に出る。
自分から見てZ字を描くように槍を持ち、左肋骨を支点に大振りの横薙ぎをする。それを跳躍によって回避する二枚屋さん。
己の背後へ回る槍を、回す右腕で掴み直し、片腕を半身で支えて抉るような突きを入れる。
「束田流・『櫂』」
大味な遠心力の横薙ぎから繰り出すは、その緩急に慣れることがないだろうほどに鋭く引き締められた突き。
二枚屋さんはこれを、防ぐ……ではなく回避する択を取った。
霊子を蹴る音。その力強さで速度が判断できる。
先程までの──十倍速い踏み込み。
いやまったく、槍を使っていた頃は生前で、その頃は当然霊子なんてなかったんだから、こういう曲芸の相手は慣れていないんだけど──。
「『逆恨み』」
「っと!」
右膝と右肘で同時に槍を弾き最速の回転を生み出して二枚屋さんの背後から槍を迫らせる……も、これじゃあ遅すぎるので、槍が打ち上がるのに合わせて滑歩十番・龍髄でじゅるりぐにゃりと追随回避。
石突を突き立てた槍をぐるんと回して自分も回って、急制動する二枚屋さんの突きにもう一度穂先を合わせる。
「この速度でもできるのKaア!」
「操るのが人であれば、なんとでもできましょう」
「ホドナルホドナルナルリホドリ……良い感じDa。槍のこと、掴めたYo。……最後に槍のもう一つの使い方を見せてくれるKai」
「……元の流派には無いんですけどねぇ。自分から武器を失うとかあり得ないんで」
「けれど、修めているんだRow」
そりゃまあ。これ何個でも作れるっちゃ作れるからね。一回瞬閧やり直さないといけないけど。
それをお望みというのであれば、良いだろう。
少し距離を取って。
パチパチと……そしてバヂバヂバヂバヂッ! と音を響かせ始めるそれを、サイドスロー気味に──投擲する。
言葉を発する暇は与えない。凄まじい速度で進む槍は二枚屋さんの顔のすぐそばを通り──その周辺霊子に突き刺さる。
「──ッ」
「惨禍葉蓮華紛い──」
派手さはない。煌びやかではない。鮮烈でもない。
ただ──突き刺さって、命を縫い止め、動こうとする相手の力で己自身を殺させるための槍。
故にその名を。
「
僕に攻撃力は要らない。
敵を殺すための力は、敵がくれるから。
……なんてね。
瞬閧を解除し、歌鉦槍も消して……へなへなとその場に倒れ込む。
「霊力切れ、ですねぇ」
「……アLaLa、そういやSoだったNeェ。鳳凰殿からここへ来る間さえも霊力消費をしてたんJa、無理もNai。……けど、ありがとう"滑川平良"。おかげでモーナイトンデなインスピレィションクリェイションが得られたYo。このまま返すのもなんだし、曳舟のところでフークータ・ラ食べてから帰ると良いSa。みんな、運んでやりNa!」
「はぁ~い」
「結構ですよぉ、そのまま帰してくれたら……」
「とりあえず持ち上げてみるッス! うわ、面白い! 面白そうと思っていただけに面白いッス!!」
持ち上げられる。わぁ、そんな、物みたいにぃ。
「うわホントだ。持つとわかるねー。死神じゃなくて斬魄刀だ!」
「死神を持つ機会ってあんまりねぇからな。もしかしたらこいつ以外にもいたりしてな」
「死神と斬魄刀から同じ気配がするッス!!」
わぁそんな珍獣みたいに。というか玩具みたいに。
──あんまり時間をかけるようなら、君達の具象化を解除するくらいのことはできるんだよぉこっちは。
「おっとそういえば短気なんだった。とっとと預けて帰るか」
「さんせー! この子余裕なくて怖いね!」
……始解始解。もう何百年と霊王宮にいるのだろうに仕事の遅い存在がよく二枚屋さんの助手できるなぁ、とか。
考えてないよぉ。始解したからねぇ。
それで、臥豚殿へ来て。
「霊力は確かに回復しますけど……もうちょっと……スパイスが足りないんですよね。山椒ってわかりますかぁ?」
「わかるけど、苦手な子が多い印象があるねぇ」
「匂いが独特ですからねぇ。でもこれを練り込むことで、パンチの利いた味になりますよぉ。……とにかくスパイスが足りないですねぇ曳舟さんの料理は」
「スパイス。……ふむ、辛いものだけってわけじゃないってことかい。……そうだね、アタシは辛いものを避けていた。自分が得意じゃないから、という理由で。……良し分かった、学ぼう!」
「あと見た目が悪いですねぇ。料理は見た目も込みです。効能があるからといってその辺放置しないよぉにぃ。……さて、じゃあスパイスがどういう効果を齎すか、という料理を幾つか作って、レシピも置いていきますのでぇ、是非再現……というか自己流アレンジしちゃってくださいねぇ」
「助かるよ、本当に!!」
まず作るのはカリィライスである。実は今まで無かった……というかスパイスが高級品すぎて無理だったもの。
クミン、コリアンダー、ターメリックだけで作るシンプルスパイスカリィ。1:3:3の配合比率で作る、香り強めのチキンカリィである。
作り方は簡単。フライパンなどに油を入れて熱し、ニンニク・生姜を刻んだものをいれて香りを出して、闐嵐ミキサーした玉ねぎを飴色通り越してこげ茶色になるまで炒めたあと、ミンチとまではいかないけど刻んだトメィトウを加え、水気を飛ばして炒める。そこに上記三種のスパイスをIN。これだけでもまぁカリィ。
鶏もも肉の表面の色が変わるまで炒めたあと、水を加えて煮込んでおく。
牛乳、バター、ケチャップ、ウスターソースを混ぜたものを少量作り、先のカリィの方へ合流。煮込んだチキンも乗せれば、はい、シンプルスパイスカリィの出来上がり。そこへ白米さんも乗っければライスだしナンにしても良し。
「これは……三種類とは思えないほどの奥深い……匂いだね」
「霊力回復料理にはしてないんですけどねぇ。ご堪能あれぇ。僕はその間に別の作っておきますからねぇ」
次に作るのはタンドリーチキンだ。
使うスパイスはコリアンダー、クミン、パプリカパウダー、ターメリック、カエンペッパー。現世で見てきたから斬魄刀の能力で出し得るけれど使ったことはほとんどない、というスパイス君たちを全て混ぜ合わせ、さらに塩、すりおろしニンニク、すりおろし生姜、さらにレモン果汁を混ぜ込んで、混ぜ込んで、混ぜ込んで。
その汁を嘴突三閃と辻針舞で鶏肉の奥深くに揉み込んで、二重且つ内側のものを内外逆転した減圧型黒棺で包み込むことで鶏肉を一時的にスポンジ化し、残りの混ぜタレを余すことなく沁み込ませていく。
あとはこれを鬼併装・
甘さ控えめピリ辛タンドリーチキン!
あとは、テンパリングとしてクミンホールと油を弱火でじっくり加熱したところにジャガイモを投入して炒める、というだけのジラポテトという料理とか。
砂糖水にレモンを入れて、シナモン、クローブ、カルダモン、スターアニス、ジンジャー、ブラックペッパーを良い感じになるまで混ぜ和えたものを入れて煮込み、さらにそれを煮出したものを氷雪系鬼道でキンキンに冷やしたものを炭酸水で割る……つまりクラフトコーラとか。
牛もも肉を氷雪系鬼道で凍らせて薄くスライスして、醤油、味醂、酒、蜂蜜、すりおろしニンニク、ブラックペッパーなどを混ぜたタレにそれを漬けて、減圧型黒棺をしたあと、表面の水分を破道の七十七・
スパイスは香り付けや辛味だけじゃない。色付けもやってるし臭み消しもやっているし、保存もしてくれるし新陳代謝も上げてくれるし。
最強の調味料グループだと思う。最強の食材はバナナだと思っているけれど。
「辛ェ、辛ェな! このコォラってのも旨ェがこりゃ酒だろぅ! 酒だ酒! 今日くらいは無礼講で行こぅじゃねぇか!」
「妾はあまりああしてがつがつと啄むことを好まぬ。もう少し落ち着いて食めるものを作ってほしい」
「いやいやそう毛嫌いせずに食ってみなって! 美味しいよぉこれは! ホラ、匙あげるから、この茶色の汁を舐めてみなって!」
「要らないならちゃんボクが貰うYo。人が汗水タラタランティーノで槌振ってる時にこぉんなぅ美味しSoな匂いをばら撒いたのがツンのウキ!! しかもカモシカ、元気の出るメヌェじゃNaiィNo! 一番動くちゃんボクが食べなくてDoするのSaァ!」
「あまりこういう騒ぎには顔を出すことはないんじゃがのぉ。白米の新たな使われ方とくれば、来ざるを得まい。うぅむ、辛い、辛いが、なんと奥深い味じゃ。採用!」
「いや何にだよっ!」
料理への没入から意識を浮上させると、なんか来てた。
……あなたたちってもう食べなくても良いとかなんじゃないの?
「食べずとも良いが、目と鼻の先でここまでの匂いを醸されたのならば幻覚であろうと空腹を訴えるのは致し方なかろう。なんじゃ、ここの飯処は客を選ぶのか?」
「……いやまぁ、良いですけど。それで、修多羅さんは上品に食べられるもの、というご注文ですかねぇ?」
「あるのであれば、それが良い。このカレェというものが美味であることは伝わった故、評価を損ねたわけではないぞ」
「お気になさらずにぃ。じゃあ少しお待ちくださいねぇ」
鴨肉をローストし、シナモン、クローブ、コリアンダー、クミン、ナツメグ、カルダモン、スターアニス、ジンジャー、パプリカパウダー、ホワイトペッパー、ごく少量のターメリックを使った僕のラスエルハヌートを作り、それをまぶして焼き上げる。焼き上がったものに蜂蜜とオレンジの絞り汁を混合したソースをかけて、それだけで完成だ。ロティってやつだね。
あとはクミン、コリアンダー、ジンジャー、ターメリック、そして超高級スパイスサフランをふんだんに使い、素材の水分だけで煮込んだものを黒棺して完成、モロッコとかで食べられているタジンってスープ。
さらにサフランの元手が曳舟さんの霊圧だけであることをいいことに、サフランライス……というかバスマティライスを作り、ピスタチオとかアーモンドとかのナッツ類、バーベリー、煮込みチキンを使って作る、ゼレシュク・ポロウ……簡単に言えばサフランピラフ、とか。
どうだ。これが上品に食べられるスパイス使いまくり料理だ。
「ほう。……では、失礼して──」
「鴨肉はそりゃあ美味い。わしも一枚貰うか」
「鴨肉だと!? というかなんだぁその料理群は! こっちにねぇじゃねぇか! ずりぃだろう千手丸!」
「……山賊どもめ。そちらには十二分の料理があるであろうに」
「こっちは辛くないけど、おぉ、凄いねぇ、こう、喉の奥、鼻の奥、脳の奥にまで味が届くというか、心までお腹いっぱいになるというか!」
「わぁちゃんボクこのスゥプ好きかもNeィ! ピンタンだとちょっと苦手めな味と匂いが、煮込まれ、混ぜ合わせられることで一体となって、極上の香りと味になる……これはもはや斬魄刀だNeェ……」
「うむうむ。何を言っとるのか皆目見当もつかぬが、言いたいことはわかる」
あとはカリィライスのバリエーション……ドライとかキーマとかスープとかベジタブルとか諸々作って……デザートはどうしようなぁ。
スパイスを使ったデザートは人を選ぶ系が結構多いんだよなぁ。洋ナシの赤ワインコンポートと、ブレッドプティングくらいかなぁ。八角がね、受け付けない人多いから。
アップルパイ、紅茶のパンナコッタ、キャロットケーキあたりだろうか。万人受け狙えるのは。
よし、じゃあ調理器具の洗い物をして、出した料理のレシピを書いて。
「それじゃあ、僕はこれでぇ」
「待て待て待て待て!!」
引き留められた。麒麟寺さんだ。和尚さんとかは「うむ」と頷いて送ってくれる感じだったのに。
他の皆さんはまだお食事中。というか麒麟寺さんも食事の手を止めて僕を引き留めにきた感じ。
「なんですかぁ?」
「そもそも今回来たのは二枚屋のトコの槍のてすたぁってェ話だっただろぅ。その報酬をおれが払ってやるってんだ」
「金銭なら要りませんよぉ」
「そんなもん贈るか。いいから来い! それと、おれの分を残しておけよ大喰らいども!!」
「保証はできなNaiし、ユーシー・メルシー・クルシー・シーユーアゲインハバナイスデイYoooo!」
「もう少し静かに食せぬのか。折角の美味が台無しじゃ」
「まぁまぁ天示郎、アタシがレシピ全部覚えて作れるようになるからね!」
「うむうむ。わしもこれら料理は気に入った。その上で、もし次来ることがあったらイカの墨の麺なるものを出してくれんかのう。黒い料理というの、一度食してみたい」
「How名実ともに腹の底まで真っ黒になろうってKaア!?」
「だから、騒ぐな。大声を出すな」
という会話に後ろ髪を引かれまくってるっぽい麒麟寺さんは、無理矢理に足を踏み出して自身の離殿、「麒麟殿」へと歩いていく。
報酬ねぇ。何を貰っても最早別に──。
──眼前に広がる、白と赤の湯。
「これが、白骨地獄と血の池地獄だ! 見たがっていたことはなんとなく察していたからなぁ、どうだ、報酬になっただろぅ!」
「……はい。最高、かもです」
解析、終了。
……再現可能……!!
なるほど、
「それと……ちょっとこっちこい」
「はぁい」
こんなものを見せられたら素直に従いますよ。あまりにも報酬すぎるもの。
そのままふらりと近付いたら、──胸倉を掴まれて、頭突きまでされた。痛くなぁいようにしたけれど。
「──結局一人で全部やっちまいやがって。おれも色々準備してたってのに、全部お蔵入りだ。その上で……よくやった。内憂外患とはよく言ったモンだが、どッちも纏めて解決するとは恐れ入った」
「……まだまだ、気は抜けないですけど、ね」
「いーや。そろそろ気を抜いて護廷十三隊に託しても良い頃合いだろぅよ。最近になってまだ育たねぇあいつらを育てる機関を作ったみてぇじゃねぇか。ちと世話焼きすぎだろう。このまま護廷が一度も負けなかったら、それはそれで弱っちぃ組織になるってぇのはわかっててやってんだよなぁ?」
「勿論ですよぉ。それを理解した上で僕はもう失いたくないし、それを理解した上でさらに強さを求めている。弱さを知るが故の強さではなく、圧倒的に強い組織であれるように、と」
「……ったく、とんだ世話焼きもいたモンだ。……よっこいせ」
そのまま……投げられるんじゃないかと思うような姿勢で、背負われる。
まだ何かあるのかな。
「お前えが開発した倦憊って技術を見て思い浮かんだ新しい湯がある。そいつを見て、浸かって、その後帰ったって遅くはねぇだろぅ」
「まさか極限疲労回復温泉ですかぁ?」
「おうさ。まとりあえず入ってみろ──トぶぞ」
そんな旨いホタテみたいなこと──。
「あ゛~……」
トんだ。なんだぁ、これはぁ。
溶けるぅ。
「極・疲労回復の湯。液体に肉体が沈んでいることで起こる疲労さえも消し飛ばし、まるで暖かい雲の中に身を埋めている感覚になる湯だ。対となる極限疲労の湯には、二枚屋から借りた"中々言うことを聞かない斬魄刀・防水加工"を沈めてある。跳ねっかえりの斬魄刀に仕置きをしつつ、こっちは極楽三昧……やり方としちゃぁ十一番隊の奴らに浸からせるのもありだろう。とにかく躾をするならこっちだ」
水面から出している顔以外の部分がそれこそ雲にでもなったかのような感覚。野箆坊で疲労をリフレッシュする時とはまた別の感覚。
……ああ。
気持ちいい……けど、そろそろ上がんなきゃだねぇ。
「なに……お前ぇ、やッぱりタダモンじゃねぇな。これは別名人をダメにする湯……浸かったヤツは自力で起き上がったり上がろうとするのは難しいってのに」
「まぁ……流石に、やるべきことが沢山ありますからねぇ。よいしょ」
お湯から上がって、始解して、服を着て。
「なんだぁ? 肌に付着してた水分が消えた……?」
「ありがとうございましたぁ。これ、このまま落ちて帰っていいんですかねぇ。色々なものに孔空けることになりますけどぉ」
「正規の手段で帰れぃそこは。……霊王宮に波及するほどの新しい風。斬魄槍なるモンを作ったことだけじゃねぇ、おれ達零番隊でも連係攻撃は面白そうだって話が出てんだ。それくらいのことをしてんだよ、お前ぇは。千手丸も、でざぃんはともかく機能性に優れた布のことを評価してたぜ」
「いやまぁ流魂街の方々の服にデザイン性を求められてもね……」
「ともかく。あんまし和尚には喧嘩売るんじゃねぇ。一定のらぃんまでは"困ったやつじゃ"で済ませるやつだが、度を越えれば面倒が勝って殺しにくるぞ。冗談がきかねぇから本当に気を付けろ」
「殺しにこられたらぁ、返り討ちにしますからぁ、大丈夫ですよぉ」
「……なんだ、昔より手に負えなくなってるなぁ。友達でもできたのか?」
「同好の士であり敵である人なら、一人」
「そいつから悪い薫陶を受けまくってるよぅに見える。……ま、なんだ。卯ノ花に再び剣を握らせたこと含め、おれはお前ぇの行動を見たり聞いたりするたび、その手があったか! ってな驚きの連続だ。だから……その、期待ってモンをしてるらしぃ。……いや、これ以上の言葉は余計だな。──頑張れよ、後輩!」
……後輩。
そうだね、確かに。
「またお会いしましょう。次来るときは──僕が楔を作る時です。それでは」
お辞儀をして。
そのまま、ふらりと落ちる。
「おおおおおい!! だから修理の奴らが面倒なんだっ──」
すぐに聞こえなくなる声と、異物を排除するための砲塔みたいなのが僕を向いて。
「──まったく、少しはこちらの言うことを聞けというのに。……おんしが通ればすぐに閉まる直通路を開いた。次も同じ手が使えるとは思うでないぞ」
そんな声と共に、僕は瀞霊廷へ、一直線に帰還した。
……ちぇ。自分のやり方で通れるか試したかったのに。
*
さて、帰ってきての幽昼窟である。
撃破状況は……チョコラテおじさんとガンテンバインが撃破済み。
チルッチ・サンダーウィッチがまだ。最悪だった燃費効率を上げているからなぁこのチルッチは。搦め手ではないけど、飛行していてすばしっこく遠距離攻撃をしてくる、というだけで撃破が難しくなる、か。課題だねぇ。
丁度紗咲さんが休憩に入ったくらいのタイミングだったっぽいので、追加戦力を送り出す。
──複数が解き放たれ、それらは高い高度を維持した状態で……己より小さな虚を召喚する。さらにそれらの口から蛭を吐き出させ、不可視の蛭が十一番隊の……休憩中の隊士のいる陣に降り注いだ。
そう、シバタとチャド関連でお馴染みのシュリーカー君である。別に未来で同じ能力の虚が生まれようとも関係はない。もうガンガンに対策に使っている。
「──ッ縛道の八十一・断空!!」
超音波が響き渡り、それらが爆発する……けど、その超音波を咄嗟の判断で防ぎ切った紗咲さんの周囲だけ爆発しなかったな。
そこから把鉤狩獅などで蛭の場所を見つけていく紗咲さんだけど、長らく寝ていなかったのか、精度が甘い。
見逃した一匹が自陣で爆ぜて、さらに爆ぜて。
不可視の蛭を見つけるより超音波を防ぐ方が早いと判断したのだろう、彼女がそういう指示をしたのち、結界が使われた……けど、それ音波通しちゃうねぇ。結界にも種類があるって霊術院で習ったと思うけどねぇ。
「馬鹿が。寝てろ、累。本陣が襲われたらすぐにでも戦ってる俺達を呼べよ。自分たちで対処しようとすんじゃねぇ。疲労したやつなんざ戦場にいたら真っ先に退かすんだ。味方にとっても邪魔だからなァ」
「確かに……冷静さを欠いていました。ありがとうございます、更木五席」
「そんで、おまえアイツのとこ通ってんだろう。だったら──」
更木さんは握りしめた拳大の岩を砕き、投擲する。
そのすべての先で、蛭が潰された。
「この場所にそぐわねぇ弱ぇ霊圧の所在くらい見極めやがれ。雑魚にまで強敵と同じ熱量注いでんじゃねぇよ。この後にくる祭りが楽しめなくなるだろうが」
「……本当に、十一番隊に来た時と比べて別人のように成長しましたね、更木五席」
「テメェらが変わらなすぎるだけだろうが。もう二十年そこらは経ってる。そんだけあって変わらねえのは怠慢だろ」
「耳が痛いですね……」
みたいな会話を小耳に挟みつつ、追加戦力としてチーノン・ボウ君を投入。この状態で一日待ってみましょうか。
更木さんの成長曲線に引き摺られて、十一番隊は化けることができるのかねぇ。