「少し、長い話になります」
そう前置きして、一度だけ息を整えた。
派手な話じゃない。退屈なところもあると思う。
それでも、縁壱さんのことを話すなら――俺があの人に出会う前、ただの高瀬悠誠として生きていた時間を、少しだけ聞いてほしい。
これは、俺がまだ刀を握ったことすらなかった頃の話だ。
◇◇◇
俺の家には、いつからか椅子が一つ余っていた。
食卓の、窓に近い側。父が座っていた場所だ。父は、俺がまだ子供の頃に死んだ。母はしばらくその席に何も置かず、片付けもしなかった。ある日そこへ畳んだ洗濯物が積まれているのを見て、ああ、と思った。悲しいというより、家の音が少し減った、という感覚に近い。玄関に並ぶ靴が、一人分減った。
それから、母と、四つ下の妹の楓と、三人で暮らした。
母は働いた。朝早く出て、遅く帰った。帰ってくると上着も脱がずに座卓の前へ腰を下ろし、そのまま少し眠っていることがあった。俺が声をかけると、はっと目を開けて笑う。
「大丈夫。ちょっと目をつむってただけ」
大丈夫、というのが母の口癖だった。子供の俺でも、あれが本当のことを言っていないくらいは分かる。母の手はいつも荒れていて、冬になると指の関節のところが割れていた。洗い物の途中で、脇腹のあたりをそっと押さえていることもあった。それでも翌朝には、俺たちより先に起きて台所に立っている。
だから俺は、自分にできることを探した。
食器を洗った。洗い方が雑で、母に洗い直されたこともある。畳んだ洗濯物の角が合わず妹に笑われ、宿題を見てやれば俺の教えた答えのほうが間違っていた。
母の帰りが遅い日は、妹と先に風呂へ入った。眠そうにしていれば、「歯だけ磨け」と急かして布団へ押し込んだ。兄らしいことをしたつもりで、翌朝には俺のほうが寝坊して母に起こされる。
そんな程度のことしかできなかった。
小学生の手は小さい。稼げないし、母の代わりにもなれない。だからこそ、早く大きくなりたかった。いつか自分で働けるようになれば、今よりもう少し、この人を楽にできるんじゃないかと思っていた。
家の外では、うまくやれなかった。
元々、自分から話しかけるのが得意な子供ではない。父のことを聞かれるたびに言葉が止まり、そのうち止まるほうが癖になった。輪の外にいると、中の会話は勝手に速くなっていく。入り損ねたまま小学校が終わり、中学校が始まった。
からかわれた。馬鹿にされた。言い返さないから、言い返さないやつだと思われた。
ただ、それが俺の全部だったわけじゃない。
サッカー部にいるときは声が出た。返事もした。走り込みで手を抜いたことはない。先輩に教わったトラップの足の使い方を、その日のうちに何十回も試した。すぐ上手くなったわけではないが、真面目にやることはできた。顧問には一度、「教室では静からしいな。まあ、ここでは声が出てるからいいけどな」と言われた。
教室の俺とグラウンドの俺は、別人に見えていたと思う。どちらも俺だったが。
中学を出る前に、決めたことがある。
このまま同じ顔ぶれの中に残るより、一度離れたい。地元を離れ、電車で一時間以上かかる高校を選んだ。逃げただろう、と言われれば、そうかもしれない。ただ、あれは俺が初めて、自分のために自分で決めたことだった。
もっとも、場所を変えたくらいで人間が変わるわけではない。高校でも俺はやはり慎重で、入学して数日、誰とも大した話をしていなかった。
その日、隣の席のやつが、俺の机の横にぶら下がっていた小さなキーホルダーを指さした。
「それ、そのゲームのやつだよな」
「……知ってるのか」
「やってる。昨日もそれで寝不足」
石崎拓海は、そう言って笑った。
それで何かが劇的に変わったわけではない。
俺は相変わらず自分から輪へ入るのが下手で、拓海のほうが勝手に話しかけてくるだけだった。席が隣。昼はどちらかの弁当が足りなくて購買へ行く。帰りの電車が途中まで同じ。そういう、理由と呼ぶには薄すぎる接点が積み重なって、気づけば毎日喋っていた。
話題はたいてい、ゲームか、アニメだった。
俺は元々ゲームは好きだったが、拓海が持ち出す作品はほとんど知らないものだった。知らないと言うと、そいつは嫌な顔ひとつせず「じゃあ貸す」と言った。翌日、本当に持ってきた。
初めてガンプラを組んだのも、拓海の部屋だ。
床にランナーを広げ、ニッパーが一つしかないので順番に貸し借りした。俺はゲート跡を白く残しすぎて、「そこ、削るんだよ」と笑われた。
「初めてなんだから仕方ないだろ」
「だから教えてんじゃん」
「笑いながら言うな」
そんなことを言いながら、組み上がった機体を二人で持ち上げて、肩の関節がどこまで動くかを延々と確かめた。夜になって、腹が減ったと言い合いながらカップ麺を食った。
特別な夜ではない。
でも、好きなものを「好きだ」と口に出して、それが誰かに通じる。向こうも同じ熱量で返してくる。
それまで俺は、会話というものをどこか試験みたいに考えていたのかもしれない。間違えない言葉を探して、入るタイミングを測って、結局何も言えなくなる。拓海といる時だけは、そんなことを考えなくてよかった。
そのうち、拓海の周りにいた連中とも喋るようになった。教室で輪の中心に立てるようになったわけじゃない。自分を出せる場所が一つ増え、二つ増えた。それだけで、学校へ向かう朝の息苦しさはずいぶん減った。
◇◇◇
大学に入る頃には、人との距離の取り方も多少は分かるようになっていた。
一対一なら話せる。相手の話を聞くのは苦にならない。声を張らないぶん落ち着いて見えるらしい。好意めいたものを向けられていると気づく場面も、まったくなかったとは言わない。ただ、自分の顔や性格をそこまで信用してはいなかった。
そんな中で、一人と縁ができた。
同じ講義で隣になって、資料を借りて、返すついでに昼を食べた。それだけの始まりだった。話が合ったというより、沈黙が苦にならなかったのだと思う。
彼女は歩くのが少し速かった。駅まで並んで歩く時、俺が半歩遅れると気づいて速度を落とす。逆に俺が考え事をして通り過ぎそうになると、袖を引いて止められた。
派手な出来事はなかった。でも、そういう数分が積み重なって、気づけば一緒にいることが当たり前になっていた。
◇◇◇
母が倒れたのは、大学を出る少し前だ。
長く無理を重ねてきた身体が、とうとう止まった。命は取り留めた。ただ、それまでと同じようには動けなくなった。台所に立てる時間も、歩ける距離も、以前とは違う。
病院の廊下で、楓が泣き崩れた。四つ下の、あの子が。
「お兄ちゃん……お母さん、大丈夫だよね」
すぐに「大丈夫」とは言えなかった。俺自身が、その言葉を母から何度も聞いてきたからだ。
「先生が見てくれてる。今は、それを待とう」
それだけ言って、隣に座った。楓の背中へ手を置く。かけられる言葉は、そのくらいしかなかった。
大丈夫、と笑っていたあの顔が本当ではないことは、子供の頃から知っていた。子供の俺にできることには限りがあった。それでも、もっと何かできたんじゃないかという感覚だけは残った。
ベッドの母は、目を開けると開口一番、心配かけてごめんね、と言った。
そこでも大丈夫と言おうとするのか、と思って、少しだけ笑ってしまった。
何か大げさなことを誓った記憶はない。頭にあったのは、金と、時間と、母と妹の生活を現実に回すことだった。俺は、そのために働けるようにならなければならなかった。
大学を出て、俺は働き始めた。
入ったのはIT系の会社だった。
技術者ではない。俺が触るのは人と、期日と、決まっていない事柄のほうだ。客先で要望を聞き、それが実際に作れるものなのかは社内の人間に確認する。「持ち帰って確認します」と言える人間のほうが、結局は信用される。
そのうち後輩がつき、部下がつき、いつの間にか肩書きが付いた。
やることは大きくは変わらない。何のためにやるのかを伝える。誰が何をやるかを分ける。詰まっていそうな相手には、こちらから声をかける。会議で一言も喋らない人間がやる気がないわけではないことは、俺自身がよく知っていた。
任せて、失敗が出れば、頭を下げるのは俺の仕事だ。
その頃には、彼女と結婚していた。
最初の頃は、帰宅途中に「何かいる?」とメッセージを送り、返ってきた買い物リストを見てスーパーへ寄った。休日は二人で献立を決めて、片方が料理をしている横で、もう片方がどうでもいい話をする。
テレビの前で彼女が先に寝落ちしていれば起こしたし、俺がソファで寝ていれば毛布を投げられた。
そういう、生活の音がする時間が好きだった。
幸せだった時期は、確かにあった。
ズレは、ある日突然できたわけではない。
俺の帰りが遅くなる。向こうの休みと合わなくなる。何年後にどこで、どう暮らしたいかという話の、その答えが少しずつ違う場所を指すようになる。喧嘩は、ほとんどしなかった。今にして思えば、それがよくなかったのかもしれない。俺は仕事の愚痴を家へ持ち込まないようにしていて、それは気遣いのつもりだったが、要するに何も話していなかった。
このまま続けても、二人とも少しずつ削れていく。
そう思うようになってから、口に出すまでにずいぶん時間がかかった。切り出したのは俺のほうだ。ただ、「君のためだから」とは言わなかった。俺一人で決めていいことではなかった。
何度か話した。泣かれもしたし、俺も言葉が出なくなった夜があった。
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
そう言われた時は、返す言葉がなかった。仕事では、問題が小さいうちに共有しろと何度も言ってきた。その俺が、家では一番大事なことを抱えたままにしていた。
最後のほうで、彼女は「私にも悪いところがあった」と言った。俺は首を横に振って、お互い様だ、と答えた。慰めではなく、本当にそう思っていた。
好きだったことは本当で、一緒に生き続けられなかったことも本当だった。その二つは、矛盾しないらしい。
◇◇◇
離婚して、しばらく経った頃だった。
期の切り替えとトラブルが重なり、昼飯を立ったまま食う日が続いていた。
そんな夜に、拓海からメッセージが来た。
『久しぶり。生きてる? 今度飯でも行こうぜ』
思わず口の端が上がった。連絡が減っていたのは、どちらのせいでもない。あいつにはあいつの生活があり、俺には俺の生活があった。それだけのことだ。
日程を出すなら来月の予定を確認してからだな、と思った。
あとで返そう。
そう思って、スマートフォンを裏返した。
翌日は朝から会議だった。部下から相談が来て、客先が仕様を変えると言い出して、その処理で一週間が溶けた。思い出したのは、たしか金曜の帰り道だ。あ、と思って画面を開いて、それから、こんな時間に返すのも、と思った。
土曜は寝ていた。日曜は母のところへ顔を出した。
落ち着いたら返そう、と思った。落ち着いたら。その言葉を、俺は何度使ったのか覚えていない。
◇◇◇
電話が鳴ったのは、それから一か月ほど経った頃だ。
高校の頃つるんでいた友人の名前が出ていた。
相手はしばらく黙っていた。息を吸う音が聞こえた。
「……悠誠、落ち着いて聞いてくれ」
嫌な予感、と呼べるほど明確なものではなかった。ただ、耳の奥がすっと冷たくなった。
「拓海が、亡くなった」
何を言われたのか、最初は意味が分からなかった。
「……誰が?」
聞き返してから、自分でも馬鹿なことを言ったと思った。相手はもう一度、拓海だ、と言った。
事故だった、と友人は続けた。
詳しいことは俺も聞かず、向こうも多くは話さなかった。運が悪かった、としか言いようのない類のものだ。それが拓海だという実感だけが、どうしても追いつかなかった。
葬儀は、家族だけで済ませたのだという。
遺族の意向で、友人関係にはほとんど知らせていない。電話をくれた友人も、つい先日、別の筋から聞いたばかりだと言った。責める気は起きなかった。家族が静かに送りたいと思うのは当たり前で、俺たちはただ、そこにいなかっただけだ。
通話が切れた後、俺はスマートフォンを開いた。
拓海とのやり取りが、一か月前で止まっている。
『久しぶり。生きてる? 今度飯でも行こうぜ』
その下は、白い。
俺が返信していれば事故が起きなかった、などということはない。そんな因果はない。そのくらいは分かる。
分かっているのに、指が動かなかった。
一か月。返そうと思えば、いつでも返せた一か月だ。俺はそれを、当たり前に手元にあるものとして扱っていた。明日も来週も、あいつは同じ場所にいると思っていた。
いつでも返せる、というのは、いつか返す、という意味ではなかったらしい。
◇◇◇
墓へ行ったのは、それからしばらく経ってからだ。
平日の昼で、線香の煙がまっすぐ上がるくらい風がなかった。桶に水を汲んで、石を洗って、花を挿した。
しゃがんで、それきり、しばらく何も言えなかった。
「……悪い」
出てきたのは、その二文字だった。
「また今度でいいと思ってた」
声にすると、ひどく軽い言葉だった。たったそれだけのことで、もう返ってこない一か月を使い切った。
言ってから、これは謝罪というより言い訳だな、と思った。それでも、代わりに置ける言葉が何もなかった。
蝉が鳴いていた。遠くで車の音がした。墓地の外では、誰かの一日がいつも通り続いている。
手を合わせて、目を閉じた。
返事は来ない。
これから先も、ずっと来ない。
◇◇◇
拓海の墓へ行くようになってから、父の墓にも以前より足を運ぶようになった。手を合わせて、少し立って、帰る。何かが解決するわけではない。それでも、帰り道では呼吸が少しだけ楽になることがあった。
そのうち、寺や神社にも寄るようになった。
出張先の駅から少し歩いたところに社があれば寄る。旅行の帰りに山門をくぐる。急に信心深くなったわけではない。賽銭を入れて、鈴を鳴らして、手を合わせる。言うことは大体いつも同じだった。
今日も生きています。
ありがとうございました。
願い事というより、報告に近かった。静かな場所で目を閉じていると、散らかっていた頭の中が少しだけ片付いた。
母の様子を見に行けば、「仕事ばかりしてないでしょうね」と逆に心配された。楓とは缶コーヒーを飲みながら、仕事の愚痴やどうでもいい話をした。
母は以前のようには動けなくても母のままで、楓はいつまでも泣いている子供ではなかった。俺も、家族を支えることだけで一日が終わるわけではない。仕事へ行き、趣味の動画を見て、たまにはガンプラも作った。
そういう、特別ではない年月が過ぎて、俺は二十九になった。
◇◇◇
その日のことは、順番がうまく思い出せない。
先に音があった。人の声が上がり、空気が動いて、周りの誰かが後ろへ下がった。何が起きているのかを言葉にするより先に、身体のほうが状況を見ていた。
その中に、小さな影があった。
女の子だった。逃げるでも伏せるでもなく、ただ、そこに立っていた。
距離を測った。三歩か、四歩。考えたというより、足が先に決めていた。
行ける。
踏み込んで、腕を伸ばして、細い肩を掴んで、思い切り押し出した。手応えは軽かった。子供の身体はこんなに軽いのか、と場違いなことを思った。
その直後だった。
背中から殴られたような衝撃が来て、視界がひっくり返った。
痛みは、あまりなかった。音が遠くなって、代わりに自分の心臓の音だけが大きく聞こえた。地面が冷たい。指を動かそうとしたが、動いたかどうか分からない。息を吸おうとすると、途中で引っかかった。
ああ、これは駄目だな、と思った。
視界が少しずつ狭まっていく。その隙間から周囲を探した。誰かが叫んでいる。救急車、という単語が聞こえた。
「大丈夫、この子は無事だ」
誰かの声だった。
それでいい、と思った。
死ぬつもりで飛び込んだわけじゃない。
間に合うと思ったから、動いただけだ。
それでも、間に合った。
それなら――。
母さん。
楓。
ーーごめん。
そこまで考えたところで、音が消えた。
今回第5話で入れた理由
悠誠は、これからいろいろな世界を旅していく主人公です。
だからこそ、「29歳の主人公です」「過去に後悔があります」「人を助けようとします」と設定だけで済ませるのではなく、一度ちゃんと、そこに至るまでの人生を書いておきたいと思っていました。
なぜ人との距離の取り方が今の形になったのか。
なぜ誰かに手を伸ばそうとするのか。
なぜ、それでも何でも一人で救えるとは考えていないのか。
そういった部分を、履歴書のように並べるのではなく、一人の人間が過ごしてきた時間として見てもらいたくて作ったのが今回の話です。
場面切り替えが多く、もし読みづらかったら申し訳ないです。
これから先の悠誠の言葉や行動を見た時に、「こういう人生を生きてきた人なんだな」と、少しだけ思い出してもらえたら嬉しいです。
次の更新9月15日20時