体の調子がいい。
これ以上ないほどに活き活きしている。
空だって飛ぼうと思ったら飛べてしまいそうだし、1週間ぐらい寝ずに活動できるのではと思えるぐらい軽やかだ。
前世でも経験したことの無い軽快さに最初は戸惑ってしまったが、次第に晴れやかな気分になった。
つまりは今すごく調子に乗っている。
「す、凄いですよ!アル社長!!すっごいすっごい体が軽いです!!」
「ちゃんと見てわかるわよ本当に見違えるほどね」
「テンちゃん迷子になっちゃうよ〜」
今現在ボクは、社長達とゲヘナ自治区内を散歩していた。
最初は1人だけで行こうとしたのだが、どうやら一人で出歩かせるのが心配らしく、あれよあれよで着いてきたのだ。
「着いてこなくたって本当に大丈夫ですよ?」
「だ、ダメですっ!またよからぬ事があるかもしれません…!」
「ふふ、みんな心配なんだよ」
心配して貰えるのはとても嬉しいことだと思うのだが、心配をさせてしまう自分が少々情けなく思えた。
いつか1人で何でも出来るようにならなければと心に誓い、ゲヘナ自治区を練り歩く。
「ねぇテンちゃん」
「ん?どうされました?」
「テンちゃんって今学園に通ってないよね?」
「ん?はい、そうですね」
「ゲヘナ学園通ってみない?」
「……え!?ボクが!?」
ゲヘナ学園、確かこのキヴォトスで有数の学園で、マンモス校と呼ばれている所だったはずだ。
そこら辺はあまり友達から話を聞いていないのでそれぐらいしか情報はないが、かなりのお嬢様学校なのではなかろうか。
「別に無理にとは言ってないけどテンちゃんの世界が広がるんじゃないかなぁって」
「まぁ、通う通わない以前に1回見てみたら?こっから近いし」
「…で、でも、格式の高い学校ですよね?」
「格式…」
「高い?」
皆の顔が苦悶に歪む。
何か変なことを言ったであろうか。
「まっ、まぁ一回見て見たらわかるんじゃないかしら…」
「や、やっぱりこの話なかったことにする?」
「ふ、不安です…」
「…ど、どんなとこなんですか!?」
「周りの評価って言ったらまぁ、野蛮ってとこかな」
「野蛮…!?!?」
各々が辛辣な評価をする。
野蛮ってなに!?このキヴォトス自体野蛮なんじゃないの!?その中でも野蛮ってどうなってんの!?
この世には怖いもの見たさという言葉がある。
そしてボクは今とても調子に乗っている故に何とかなるだろうと思っているのもあるが、学園都市と呼ばれるこのキヴォトスの学園事情をしりたかった為ボクはひとつの答えを出す。
「行ってみてもいいですか?」
そしてボクはゲヘナ学園に足を進めるのであった。
絶対過保護になってる。
私は私自身がテンという存在にとても甘くなっていることがはっきりと分かる。
それは他の皆も同様のようで、前もそうであったが、前以上に、何をするに対しても極力手伝おうとするし助けになろうとする。
だが、テンの可能性を奪ってはいけないと自制心を持って接してはいるが、少々耐えかねてしまうのが常だ。
ウザがられてしまってもしょうがないぐらいになってしまっているが当の本人は嬉しそうにしている為どんどんエスカレートしていないか心配だ。
「アル社長!あれなんですか?」
「ん?あぁ、最近できたスイーツ店らしいわよ、まぁまぁ美味しいみたいよ?」
「テンちゃん今度一緒に行ってみようか」
「はいっ!」
ゲヘナ学園に行っている道中に時折興味津々と言ったようにこうして聞いてくる。
本当にこの子は愛されやすい性格とでも言うのだろうか、そういう気質を持っているのかもしれない。
「もうそろそろ…ですね」
ゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。
「うん、そこ曲がったら見えてくると思うよ」
「楽しみですねっ!」
「…そう…だね」
いよいよ着いてしまった。
私達は普段授業や部活動などはやっていないのでここに来るのは本当に久しぶりだ。
ビルの曲がり角、そこを曲がったらゲヘナ学園にあいまみえるのだが、正直行かせたくない。
行かせたい気持ちと行かせたくない気持ちが半々あるというのが実情だ。
テンに私達以外にも友人を作って欲しいし、学生ならではの楽しみを知って欲しい。
あそこ以外に行かせれば済むのではという思考も湧いたが、そうしたら便利屋に顔を出さなくなるかもしれないという考えが稲妻的に流れ、口に出せなかった。
「それじゃあ行きましょ!」
「アルちゃん!」
「社長…」
「アル様…」
「な、なんで私が先頭なのよ…あぁもう行くわよ!!」
そして私達はそこの曲がり角を曲がった。
その刹那、流れ弾が私の鼻筋を掠めそのまま通行人にぶちあった。
「げぼあ!?」
「へ?」
「てっっめぇぇ!!俺の飯どこやったァァ!?」
「しらねぇぇなぁ!?誰かの腹の中とかじゃねぇかぁ!?」
「「ぶっ○す!!」」
「へぇ?この前はボコボコにされてたじゃねぇか?」
「てめぇがっ!!ずりぃ手使ったからだろぉが!?」
「ゲヘナたるもの勝ちが全てなんだよなぁ!?」
「……アァナルホド」
テンが現実逃避をするかのように空を見上げていた。
当たり前だろう、左右上下どこを見ても荒れ狂う悪魔たちが見えるのだから、そのどれも銃撃戦を繰り広げながら地表を剥がしまくっているのだがら。
「今日は特に激しそうだね〜」
「普段はもうちょっと落ち着いてるんだけどねぇ」
「そ、そうですよね!こんな…その…元気がいいはずないですもんね!」
「言葉なんて選ばなくていいわ、これは誰が見ても地獄よ」
久しぶりのこの感じ、不快感と同時に混在する妙に居心地がいいような、言いようのない感覚だ。
やはり私もゲヘナという事なのだろうか。
「あれ…アル?」
「え!?先生!?」
声をかけられ振り返るとそこに居たのは先生であった。
目元には隈ができており、綺麗なロングヘアーも少し跳ねてあまり整えられていない。
毎度の如く隈を作っているので激務続きなのだろう。
是非とも休んでいただきたい限りなのだが、そういう訳には行かないのも分かるため強くは言えない。
「久しぶりだね。元気だった?」
「は、はい…とっても元気…です!!」
先生が私たちの顔を優しい眼で見やる。
「ふふ、言わせるまでもなかったかな…君のおかげなのかな?」
チラリとテンの方向を見て呟く。
「え?」
「この前はありがとう。君は私の命の恩人だよ、お礼を言うのは…だいぶ遅れちゃったけど」
膝をまげテンの目線と同じ高さに合わせ誠心誠意頭を下げながらお礼を言う。
「あ、頭をあげてください!…そ、それにキャンピングカーだとかクーポンの件とかでお礼を言うのはボクの方なんですから!」
「それでも本当にありがとう。感謝は言葉で伝えるのが大事だと思うし、それに…私が持っていても期限切れで買えなかったろうから…」
力なく笑う先生は哀愁を漂わせながら立ち上がる。
「改めて自己紹介をするね。私は�����だよ、連邦生徒会のシャーレって所で先生をやってるんだ。もし良かったら先生って言ってもらえると嬉しいな」
「ボクは………便利屋68の新入社員、白悪テンです!」
一瞬言い淀んだように見えたテンだが、次の瞬間に覚悟を決め、そう宣言してくれた時、私はとても安心した。
居場所になれたのだと、ここに居たいと思ってくれたのだと感じたからだ。
「くふふ…テンちゃんったら」
ムツキも、その他皆もとても嬉しそうにしていた。
「便利屋に入ったんだね。ふふ、よかったね」
「…はいっ!とっても幸せですっ!」
「その顔を見たらよくわかるよ。それで、どうしてここに?君達はあんまりここを好きではなさそうだったけれど」
「ま、まぁそうだけれど、テンを学園に入学…とまでは行かなくとも興味を持たせたいと思ってね。」
「あぁなるほど、なら入学手続きやっておこうか?」
「…んえ!?いいんですか!?あでも、まだ入るって決めたわけじゃ…」
「なら決まったら言ってね。試験とかはあると思うけどきっと大丈夫。ちょっとしたプレゼントだよ」
悪戯っ子のような顔をしながら言われてしまった。
こちらとしてはとても助かるのだが、流石に先生に得がなさすぎるというか、罪悪感の様なものが出てくる。
「貰いっぱなしじゃあ便利屋68の名が廃るわ、だから先生!今度1回だけ無料で依頼を請け負うわ!」
「社長、それこの前言ってとんでもない依頼をタダ働きさせられたよね…」
「うっ、い、いいのよ!便利屋68に二言は無いわっ!」
「さ、流石ですアル様!」
『ッダァァォン』
突然背後から銃声よりも遥かに大きな爆発音が鳴り響く。
振り返ってみると大きなクレーターのようなものができており、そのクレーターの中央にいた少女に本能的に恐怖した。
「そ、空崎…ヒナ!?」
空崎ヒナ、ゲヘナ最強の風紀委員長。
私がここにあまり来たくなかった理由の一つでもある彼女は文字通り風紀を守るために尽力する。
ゲヘナ学園のみならずゲヘナ自治区全体の風紀を守るため四六時中不良たちを叩きのめすデストロイヤー。
アウトローを名乗っていてグレーゾーンの立場にいる私たち便利屋68が何故見逃されているのか分からないが、確実に良い目では見られていない。
「はぁ…なぜ貴方達は毎度騒ぎを起こすのかしらね」
「そ、空崎ヒナだぁぁ!!逃げろぉぉ!!!」
先程まで激闘を繰り広げていた少女達が手を取りあって逃げ出そうとしている。
当然だろう、皆空崎ヒナという怪物の存在を骨の髄まで刻み込んでいるのだから、だがゲヘナの血は争えないようで、また騒ぎを起こしては逃げるを繰り返しているようだ。
「…あまり疲れることはしたくはないのだけど」
そんな言葉が聞こえた気がした。
その時既に空崎ヒナの姿は消失していて、先程の不良達の方向を見るとおよそ3割が地に伏していた。
「あぁ!もう!!だからこんな所で喧嘩したくなかったんだよ!!」
「てめぇが仕掛けてきたんだ……ぐぁぁぁ!?」
「……ふっ…良い奴だったよあいt…ぎゃぁぁぁ!!?!?」
空崎ヒナが来る前は悪魔蔓延る地獄絵図だったが、空崎ヒナが来た途端虐殺現場のように思えてくるのは何なのだろうか。
流石と言うかなんと言うか、本当に見逃されててよかったというか…
「っ…」
「…ふふ、怖いね」
すぐ隣にいたカヨコの袖を少し怯えたような表情でテンが握る。
そりゃあこんな一方的な暴力を見せられたら閻魔様すらも怖がるだろう。
そんなこんなで虐殺は完了した様で、空崎ヒナは撤収する。
「ん?先生?」
と思っていたのだが、こちらに気づいてしまった空崎ヒナが近づいてくる。
内心冷や汗ダラダラだが、私は便利屋68の社長でありアウトローなので、毅然とした振る舞いで、冷静に対応する。
「そ、そら…ざきヒナ…ど、どうしたのかしら?」
「崩れてる崩れてる」
「そんな事ないわよっ!コホン、どうしたのかしら?」
「貴方は…陸八魔アルね。」
「お、覚えてたのね。」
「用はないのだけれど、先生がいたから、挨拶にでもと思って」
私達をとっ捕まえに来たのではないかと思い内心ビクビクしていたが、用があるのは先生のみらしく少し安心した。
「久しぶりだね。ヒナ」
「うん、久しぶり。今日はどうしたの?」
「少し野暮用でね。今からマコトのところに行くんだ。」
「マコトに?…ついて行こうか?」
「ううん必要ないよ…あっ、そうだヒナ、1つお願いしてもいいかな?」
「ん?なに?」
「皆がいいならなんだけど、テンを今日だけ連れて行ってくれないかなぁって」
「…え!?」
ワンテンポ遅れて驚くテン。
目をまん丸くさせて驚きながらあわあわしてるテンを横目にカヨコ達とアイコンタクトを取る。
「いいんじゃないかな。」
「わ、私は…うぅ…」
「ハルカちゃんの気持ちも分かるけど、そっちの方が安全そうだしね〜それにテンちゃん離れしとかないとやばそうだし…こっちが…」
「…そうね…テン、大丈夫そうかしら?」
行かせたくはないがこの気持ちが増幅しすぎないようにここは離れた方がいいだろう。
ハルカは歯がゆくしているようだが、カヨコとムツキは気持ちを押し殺せているようだ。
「……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!!」
「…まぁ、私は構わないわ」
少し考えたような素振りを見せた空崎ヒナは案外直ぐに了承を出した。
そこには確実に何かの思惑はあるのだろうが、私は空崎ヒナという存在を少なくとも理解している。
悪巧みをするタイプではないだろう。
「白悪テンです!よろしくお願いします!」
「空崎ヒナ、よろしくね。それじゃあそろそろ行かないと…」
「ありがとうヒナ、今度またどこかに遊びに行こっか」
「楽しみにしてるね」
そうして空崎ヒナはテンを連れてゲヘナ学園に戻るのであった。
一目見て、そいつがゲヘナ生では無いことはわかった。
第一印象は未知なる強者、そして危険分子、便利屋68と共にいると言う点も含め風紀委員長として警戒を深めざるおえなかった。
だが、話してすぐにその警戒心のほとんどが解かれることになる。
あまりにも居心地が良かったのだ、まるで先生の様な安心感を漂わせていたが、まだまだ幼く、そしてそこが愛くるしくもあった。
その姿を含め私の警戒心を解くにはそう難しくはなく、私は手間の掛かるであろうお願いを軽々しく了承してしまった。
もちろん理由はある。
確かめたいのだ、エデン条約の件もある。
ゲヘナ生ではない外部のスパイ的存在であればしっかりとそれなりの対処をしなければならないし、警戒が完全に解くほど甘ったれた性格をしていない為少しだけ傍において確かめたいのだ。
「ヒナ…さん?」
「ヒナでいいわ」
「え?えっと、じゃ、じゃあヒナちゃん!」
「……ふふ、初めて言われたわヒナちゃんだなんて」
「えぇ!?そうなんですか!?すごく可愛いのに…」
本当に疑問に思っているみたいなので、その言葉が本心から来る物だとよく分かる。
本当にゲヘナ出身なのか疑わしくなるほどに純粋無垢だと感じる。
「案内……はぁ」
案内をしようとしたのだがインカムが掛かる。
通信相手はアコの様であった。
「…うん、うん……わかった。すぐ行く」
「どうしました?」
「…ごめんなさい、少し厄介な仕事よ」
現在時刻は昼の11時半だ。
この時間は血気盛んなゲヘナ生でも少しは落ち着くのだが、この時間になると毎回では無いが高確率であの部活が動き出す。
「ついて行きます!」
「え?…でも…いえ、お願いするわ」
実力の測定と言ったところだろうか。
もしかしたら私に届きえるかもしれない特定の強者のみが滲み出るオーラが私にははっきりと見えた。
結果次第ではそれ相応の対応を行わなければいけない
「行くわよ」
「はいっ!」
私は走り出す。
通常全力で私が走ったのであれば誰も着いてこれるはずもないのだが、テンという存在は軽々しくとはいかないが着いてこれている。
しかも、次第に速度に順応して息切れも起こさず自然に追ってこれている様子だ。
「すごいわね」
「何か言いました?」
「なんでもないわ…もうそろそろね」
目的の爆破された店の前に到着する。
凄惨なる現場はもう見慣れたもので、通常の生徒であれば驚愕等々するかもだが、その光景はいつもの日常となってしまった。
そして、このような事態を引き起こした部活にも見慣れたものであった。
美食研究会、黒舘ハルナをリーダーとした食に関する部活動をしていると同時に極悪テロリスト犯だ。
「げっ、空崎ヒナ!?」
「あら、そろそろだと思っていましたわ」
「な、え?土がむき出しになってるぐらいアスファルトめくれてるんだけど…」
お手本かの様に隣で驚愕する生徒が一人。
やはり、ゲヘナの生徒ではないように思える。
そもそもゲヘナ出身では無いのかもしれない。
ゲヘナ生であればこのような凄惨な現場は腐るほど見る為少なからず耐性はつくが、その様な物はテンには感じられなかった。
「はぁ、美食に相応しくないから爆破しただけですのに…」
「…全く…貴方達は懲りないのね」
「美食を追い求める為ならば、如何様のことでもしてみせますわ」
「だ、だから爆破?え?…なんそれ」
明らかに口調が崩れているテンを尻目に手袋をはめ直す。
「逃げられると思ってるの?」
「逃げ切ってみせますわ。」
「ふぅん、やってみること…ねっ!」
私は軽く踏み出す。
やはりと言うべきか、反応されてしまった為いつもよりよりもっと姿勢を屈める。
「もう!慣れましたわ!!」
防がれた。
流石に何度も同じ手は喰らわない様だ。
「アカリさん!!」
「は〜い」
後ろには黄色の車。
これに乗って逃げるつもりなのだろう。
「させない」
「分かっていますわっ!なのでこれを差し上げますっ!!」
「っ!?」
目の前を舞うのは複数個のグレネード。
1つや2つならば払い除けることが出来るが、およそ10個程のグレネードが眼前へと迫る。
流石の私の体でも少しばかりのかすり傷を負ってしまうだろうが問題はそこではない。
一瞬でも行動不可になってしまったら確実に逃げられる。
そして爆発すると思ったその直後、真っ白で大きな羽が私を包んだ。
ふわりと甘い匂いが鼻腔を掠める。
「いってて、大丈夫ですか?」
「って、貴方!翼大丈夫なの!?」
どうやらテンが身を呈して守ってくれたようだ。
これほどの爆発を食らってしまったら、かすり傷程度では済まない。
そう思っていたのだが。
「ご安心をです。傷一つ付いてませんよ」
「え?」
テンの翼を見ると本当に傷一つ着いてなどいなかった。
頑丈などといった言葉では説明ができないほどの強度、これならばミサイル程度無傷で跳ね除けれるのではないか?
「…とりあえず、ありがとう。」
「あっ、逃げられちゃいましたね」
「…えぇ、そうね」
後ろを振り向けば既に美食研究会む面々は姿を消していた。
逃げ足が早すぎるというかなんと言うか、次会った時は容赦をしない。
「しょうがないわね、それじゃあ案内の続き…」
またインカムが鳴る。
「…はぁ」
「仕事…ですか?」
「えぇ、そうよ」
また別日にでもと思ったが、便利屋68はそれを許すかどうか分からないし、先生の頼み事なので、しっかりと完遂したい。
「付き合いますよ!」
「流石にもう…」
「ボクがしたいんです!どうか手伝わせてください」
「……お願い…するわ」
こっちが頼む立場だと言うのに、本当に優しい子だ。
この時点で私の中の警戒心という存在のほとんどが消え行ってしまっていて、私も存外甘ったれてるのかもしれないなと思ったのであった。
今日の分の仕事は大方終わった様に思える。
テンに案内という案内はできたと思うが、ほとんどの仕事を手伝わせてしまった。
案内と言っても、事件を解決しながらその時に居た、教室やら職員室やらの説明を口頭で説明をしたぐらいなのだが、本人はとても満足しているらしい。
「ふぅ…」
「お疲れ様ですヒナちゃん」
「えぇ、貴方もねテン」
「テンちゃんでもいいんですよ〜?」
にししといった様に笑いかけてくる。
私をいじっているのだと思うが、なんだかそれに乗るのは癪なので私も言い返してやった。
「テンちゃん…」
「…っ!?」
ハトに突つかれたような顔した直後赤面するテンを視認して、笑いが込み上げてくる。
「っふふ…」
「ぐぎぎぎ…」
今現在、執務室に戻っている最中なのだが、ふと思った。
「帰らなくていいの?」
「…帰ってもいいのですが、もう少しだけ一緒にいたいです。」
「……そう」
勘違いされそうな言動をするテンに動揺をしてしまうが、今の時刻は夕方の6時だ。
便利屋68から心配の声も出てくる頃合いであろう。
そんなことを考えていると執務室に着いた。
「扉おっき〜…」
「最後の案内ってところかしらね」
扉を開けるとそこには誰もいなかった。
普段ならばアコやイオリ、チナツなどがいるはずだが、時折こうして居ない時がある。
「……」
「どうしました?」
私が座る席に山積みになっている資料を見やる。
朝方の方に全て終わらせていたはずだが、いつの間にか増えていたようだ。
「テン、やっぱり帰ってちょうだい。」
確実に長くなると思ったので、先に帰らせようとするのだが、、
「…やです」
「え?」
「まだ仕事する気ですよね?ダメです」
「で、でも…」
「ヒナちゃんは気づいてないかもですけど、隈が濃くなってますよ?寝れてないんですよね?」
確かに4日ほど寝ていないが、たったの4日だけだ。
耐えられないという程では無い。
1週間も寝なかった時もあったぐらいだし苦でもないはずだ。
「それに資料見てみるとこれ明日でも間に合います。ボクも手伝いますから寝ませんか?」
「……そんなの、悪いわよ」
甘い誘惑だった。
案内中に鼻腔を掠めた甘い匂い、一回知覚してしまったら頭から離れなくなる甘い匂いも相まってとても心が落ち着く。
「でも…」
「ヒナちゃん」
真剣で、それと言ってとても優しい目をして言われる。
「…っ」
「おいで…」
私は逆らえなかった。
内心とても疲れていたのだろう。
誰かに甘えたくてしょうがなかったのかもしれない。
「……うん」
ソファに座っているテンの膝の上に乗り抱きつく。
とても意心地がよかった、とても安心した、とても癒された。
「よく頑張ったね、偉いね。」
「…うん、頑張った」
「疲れたね」
「疲れた…」
頭を撫でられた。
その時頭にビリビリと電気が走ったかのような快楽走り、意志に反して声が出てしまう。
「っ…ん…」
「偉い偉い…」
体を捻っても捻ってもこの快楽が逃がしてくれない。
とても落ち着くとても気持ちいい、自然と私の抱きつく力が増して、理性すらも削れて行って、、
「聞いて…テンちゃん…」
「……うん、いいよ」
「私ね、頑張ったの…」
「そうだね頑張ったね」
「皆…問題事ばっかり持ってきて…解決しないといけなくて…」
とめどなく愚痴が出てきてしまう。
今日会ったはずだと言うのに、濁流が如く口から流れ出ていく。
「ヒナちゃんはすごく偉いよ、誰にでもできることじゃない、大丈夫。しっかりと見てたから」
「うん…うん…ヒナ…頑張った…」
次第に涙も出てきて心地よくて、腰をポンポンと叩かれながら撫でられて…嗚咽も出てきて…
「ヒナちゃんは誰よりもすごいよ、だから今だけはボクに身を委ねて、大丈夫だよ、ボクしかいないからね」
「っんぐ……うん…もっと強く抱きしめて…逃がさないで…」
「もちろんだよ。はい、ギュー」
「もっと…」
子供のようにわがままを言っているのは分かっている。
恥ずかしいし情けないように思えるというのに、それ以上に快楽と安堵感が圧倒的に上回ってしまっている。
「ふ…ぁ」
「気持ちよさそうだね、ほら横になろっか、ほらごろーん」
「ん…」
横になって彼女の胸に顔を埋める。
程よく柔らかくて肌はちょうどいい温度をしていて、頭がおかしくなりそうだ。
「おかしく…なっちゃう…」
「おかしくなっちゃっても大丈夫だよ、ボクは絶対ヒナちゃんを嫌いにならないし、それに…今だけは自分を許してあげて欲しいな」
「…っんぐ…っん…ご、ごめ…」
「謝らないで、沢山泣いていいからね」
大粒の涙が出てるのがわかる。
顔を見られたくなかったのでよりもっと抱きついらさらに強く抱き締めてくれた。
その暖かさに温もりに次第に瞼が落ちてくるがまだ寝たくなかった。
まだ、この温もりの中に居たかったのだ。
「ゆっくりおやすみヒナちゃん」
「まだ…話す…」
「また今度沢山話そう…2人きりでね」
「……うん…約束…だ…よ」
私はこの温もりに抱きしめられながら眠りに落ちてしまった。
「良かった」
ボクは1人言葉をこぼす。
今日一日ヒナちゃんの仕事内容を見て、たとえ独善的であったとしても無理やりにでも休ませなければいけないと思っての行動だった。
目の前ですやすやと寝ているヒナちゃんをソファに眠らせボクは資料を見る。
「嘘…ついちゃったな」
明日やれば良いと言ったが明らかに間に合わないし、なんなら、今終わらせなければ確実に間に合わない。
「さってと、頑張りますか」
前世で培ってきた技術をフルで活用する。
前世ボクは永遠に病室にいたのだが、入院費というものがある。
親からはその入院費のせいで見捨てられたため自身である程度稼がなければいけなかったので友達から借りたお古のパソコンを使ってデスクワークをしていたのである程度この手のことは慣れている。
「んてっ、誰に言ってんだか…」
心の声とは言えど、まるで誰かに聞いて欲しいように呟いていた自分に苦笑をする。
部屋にはカリカリと言った擬音と、規則正しいヒナちゃんの呼吸音だけが木霊する。
ボクはヒナちゃんにしかできない仕事以外をテキパキと終わらせる。
基本的には仕分けなどなので無心で進められた。
というか、勝手にやっている分際故に行き過ぎたことはできないので、できる範囲だけで後から迷惑をかけないように終わらせる。
そうこうしていたら2時間が経過した。
2時間もの間、資料と睨めっこをして6割方完遂できたのだが、その他4割はヒナちゃんの采配が必要なのとヒナちゃんにしか出来ない資料だったため放置だ。
資料を仕分けしてた時には気づかなかったのだが、毛布のようなものが見えた。
それを手に持ちヒナちゃんに掛ける。
「またね…ですね、ヒナちゃん」
「んにゅ」
そう言葉を残してボクは執務室を後にし、ボクの居場所にへと戻るのであった。