陽光がカーテンの隙間を縫って刺す。
重たい瞼を擦りながら体を起こし、ベットから立ち上がる。
ボクは、家を持っていない為、便利屋68の事務所の一室を有難く使わせてもらっている。
いつかは独り立ちをして、自分一人の力だけ日々を過ごしていきたいし、それが恩返しだと思っているので、何か稼ぐ手段と言うものを模索しなければいけない。
模索と言っても、生憎ボクはこの世界の金銭事情やどういう仕事があるのかが分からないため、本当に手探りにやっていくしかないのだが、まだまだアル社長達に頼ることになりそうで申し訳ない気持ちが出てくる。
そんなことを考えているといるとコンコンと扉がノックされる。
「テン…いる?」
「あ、はい!今開けますね」
ボクは急いで扉の方向へと向かい扉を開ける。
そこに居たのはカヨコさんで今日も今日とて顔がすこぶるいいなと思う。
「おはようございます!カヨコさん」
「うん、おはようテン。よく寝れた?」
「お陰様でです…!こんなにいい暮らししてもいいのかなぁって思っちゃうぐらいですよ」
本心である。
こんな美少女達に囲まれて嬉しくない人は居ないだろう。
そんなボクをくつくつと笑いながら目を細め、こちらを見つめてくる。
「それじゃあ、始めよっか。」
「……っ、はい」
ボクは再びベットに戻りその上に座る。
カヨコさんは愉快そうな顔で近づいてきて、ボクの膝と膝の間に座り、足を絡めながら抱きついてくる。
「カヨコ……さん?」
「こっちの方が吸いやすいかなって」
吸血行為。
ボクはこの行為を毎日のようにさせてもらっている。
毎日代わる代わる血を提供して貰っていて、感謝という言葉では言い表せないほどに思うと同時に、罪悪感も溢れ出て自身に不快感と嫌悪感と言う物が否応もなく出てくる。
出来るならば吸いたくないし、迷惑もかけたくもない。
昨日はムツキさんに一昨日はハルカさんに明日はアル社長と、ボクはこの人達がいなければまともな日常を過ごすことすら難しい。
吸血行為によって体調を悪くさせる可能性を大いに孕んでいるし、今はなんともないだけで、よからぬ作用がこの人達に起ころうとしているのではないかと頭の中で反芻する。
だが、吸わなければいつ暴走するかもわからず、なによりも便利屋68の皆が許してはくれなかった。
「い…いただきます……」
恐る恐る、震える手を抑えゆっくりと首筋まで歯を宛てがい、できるだけ痛くないように周りを舌で舐める。
「…っ、ん…その…まま…でいいんだよ?」
「痛く……して欲しくないんです」
「っっ……」
度重なる吸血行為でわかったのだが、いきなり噛み付くと一瞬だけ激痛のようなものが走るらしく、これから噛みつきますよと事前にアクションを起こさなければいけない。
「もう……っ、大丈夫…だからぁ…」
「わっ、す、すみません」
カヨコさんの抱きつく力が極度に抜けていき、全ての体重がボクの方へと乗っかってくる。
流石にやりすぎて緊張の糸を解いてしまったのだろう。
「す、吸いますね」
「うん……」
今度こそ歯をカヨコさんの肌に当て、突き入れる。
「……っ、ん、痛く……ないから…遠慮…しないで」
やはりまだ抵抗感というものが拭いきれないでいた。
暴走状態とは違い、正常の場面での吸血というのはどうしてもぎこちなくなってしまう。
それ故、吸血に支障をきたすことも度々だ。
今現在も吸血はしているのだが、噛み付いたまま吸っていない時間の方が長く流れた。
「ねぇ……テン」
「…はい」
「私達……ううん、私の事…好き?」
その質問に驚きも焦りも迷いもなかった。
ここに拾われて、日々を過ごして変わらぬ事実となったのだから。
「大好きです」
「私も」
その返答もまた迷いのないように感じた。
カヨコさんは和かな笑みで、まるでボクの返答を分かっていたかのように嬉しそうだった。
それ故に困惑を生じえなかった。
ボクはここに来てから、何度も何度も好意的なことを言ってもらっているが、その全てを真に受け止めることが出来ずにいる。
不安なのだ、本当にその言葉を信じていいのか、裏切られるかもしれないと自分勝手な被害妄想に引き攣られて心のどこかで好意の理由を探してしまう。
好意を向けられることに対してはとても嬉しいしそれに応えようとは思える……でも怖い、本当に怖いのだ。
心が脆い、自分勝手で卑屈、表面上は演じられているかもしれないがその内側は矮小なものだ。
「テンと同じぐらい私も大好き……だからいくらでも迷惑をかけて欲しいし、いくらでも寄りかかってきていいんだよ?」
「……でも、、」
「なら、私から寄りかかってあげる。テンが離れようとも私がいつでもついて行ってあげる。」
やめてくれ、ボクは本当に信じてしまうから。
「テンは、優しくて、暖かくて、純粋で、偶に思い詰めちゃって馬鹿みたいなことをしちゃう便利屋68の新入社員……そんな貴方が私達は大好きなの」
本心だ。
きっと本心で言っている。
その本心が、ボクには辛くてしょうがない。
裏切りたくない、その本心を嘘に変えたくない、ボクから離れないで欲しい、期待に応えなきゃ行けない、もう…離れて欲しくない。
「ボクから……離れないでください」
「うん、いいよ」
「ボクを、好きでいてください」
「うん、大好き」
「ボクを……ボクに、恩返しをさせてください」
「ふふ、うん。楽しみにしてる。」
カヨコさんの首筋をなぞる。
そこには少しの噛み跡から滴る血が流れていた。
薄暗い倉庫の中、二人のゲヘナ生が倉庫整理と言う皮を被ったサボりを実行していた。
辺りにはダンボールしかなく、大中小それぞれ異なった大きさの中にゲヘナの貴重品や要らないゴミまでもが入っている。
最も、貴重品と言えど一介の生徒が触れるようなものしかないため、重要度の低い倉庫である。
「あぁ?本当かそれ?」
一人の生徒が疑問を浮かべる。
「マジらしぜ?あの天下無双の空崎ヒナに愛人ができたってよ」
「どこ情報なんだよそれ」
肩を落としながら、友人の一人である彼女に苦言を唱える。
「んあ?ん〜なんだか、水色髪の何故か牛のベルを首輪付けた横乳はみ出た奴がゲヘナ学園中をあわあわしながらそんなことを言っていたらしいぜ?」
「妙に詳細だなお前……」
「実際聞いたからな」
「聞いてたんかいっ!さっきまでの他人から聞いてたみたいなのなんだったんだよ」
「まぁ信憑性でいったらねぇし、ただの噂程度に……おん?」
ピタリと、倉庫の中を練り歩いている足が止まった。
視線を向けたのは一つのダンボール、その大きさは小柄な人ならば入るであろう大きさをしていて辺りのダンボールと似たような物であった。
だがそのダンボールに目が離せないでいる。
「ん?どうした?」
「こんなとこにダンボールなんてあったか?」
「まぁ、倉庫だしな。ダンボールぐらい沢山あるだろ。」
「な〜んだか、見覚えないんだよなぁ。ここら辺のダンボールじゃねぇって言うか」
「どこら辺のダンボールも一緒だろうがよ」
「まぁ俺様の勘ってやつだな」
「はんっ、お前の勘8割ハズレじゃねぇか」
「だが2割は当たりだろ?」
「馬鹿なこと言ってないでさっさといくぞ。フウカ先輩の飯食べ損ねちまう。」
「っあ!そうだったわ!さっさと行こーぜ!無くなっちまう!」
「はぁ、全くよぉ……」
二人の生徒はそそくさと倉庫を後にし、辺りには静寂だけが残った……はずだった。
ガタガタと一つのダンボールが揺れ動き、その後上に吹き飛んだ。
「ステルス、成功ってやつかな」
腰に手を当て、いかにもと言ったドヤ顔で誰もいないはずのところにポーズをしていた。
彼女は百合園セイア、ティーパーティー三大巨頭のその一角である。
「やれやれと言ったやつだね。ここまで来るのにかなり手間取ってしまった」
自身の苦労を労うように今までの苦難を振り返りながら、吹き飛ばしたダンボールを拾い上げ、倉庫をでる。
「ここからが正念場……というやつかな」
百合園セイアの目的はただ一つ、自身の『希望』となり得る存在を探し出すこと。
引いてはこの世界の滅亡を未然に防ぐためだ。
「先ずは……む?」
百合園セイアはダンボールに隠れながら妙に騒がしく、ゲヘナ特有の罵詈雑言が飛び交っている訳では無いのだが、人集りが多い場所をみつける。
その場所の近くにあった立て看板には『給食部』と書かれていた。
「なるほど……先の生徒言動からにかなりの人気を誇っているようだ」
一頻り考えた百合園セイアは何を考えたのか分からないが、給食部の中にへと入っていった。
「ふふ、せっかく来たのだ食べなければ損だ」
何を言っているんだこの百合園セイアは?本来の目的を思い出して欲しい限りである。
辺りには血の気の多いゲヘナ生が跋扈しているはずなのだが、妙に静かに愉快そうに給食を食している。
すると近くにいたゲヘナ生の会話が聞こえる。
「最近また美味くなったよなぁ」
「前までは品質バラバラで美味かったりまずかったりしたけど、今じゃそんな昔の影すらないもんなぁ」
百合園セイアは気づいた。
(カツ丼だ……)
そこじゃないだろう百合園セイア。
確かにカツ丼は美味そうではあるが、もっと疑問符を浮かべるところがあるはずだ。
(給食部、私が未来を見れていた時、現段階ではそこまで人気ではなかったように思えたのだが……)
その通りである。
流石の百合園セイアを持ってしてもトリニティ外の未来を知ることは殆どないのだが、チラホラと未来を見る力が暴発し時折見せてくるのだ。
その時見た未来の一つがこの給食部である。
(ふむ、あそこか…)
百合園セイアが見た先は給食の受渡し口であった。
そして何故だか百合園セイアの手には食券が握られていたのだが、誰から盗んできたのだろう。
(しっかり買ったぞ)
こちら側をのぞき込まないで頂きたい。
百合園セイアはその食券片手にダンボールを巧みに使い数多くいるゲヘナ生の中を掻い潜りなんと、見事な手腕でカツ丼を手に入れてしまった。
なぜバレない?
ダンボールから手が出てきて食券を渡してきたのだぞ?
(これはステルス王名乗ってもいいのかもしれない)
そんな馬鹿なことを考えながら、ダンボールの中で呑気にカツ丼を食べている百合園セイアはその味に満足しているようだった。
(なるほど、人気になるだけはあるな。)
そんなこんなでカツ丼をたえらげ、百合園セイアは次なる調査の為にダンボールを動かす。
(さすがに広すぎではなかろうか)
トリニティの敷地は広いがゲヘナの敷地もかなりの広さを持っている。
ふと、後ろに気配が、、
「……なんで、ダンボール?」
「………」
「あの、人入ってますよね?しっぽ出てるし……なんか、カツ丼の匂いしますし」
「……」
百合園セイア絶体絶命である。
額には……いや全身汗がふきでるぐらいには焦り散らかしているが、頭の方はいたってクリアだ。
(終わりと言うやつ……だね)
そんなことも無かったので、大人しくダンボールの中身を確認させてもらうとしましょう。
百合園セイアのゲヘナ調査、『希望』を見つけるという目的はこの段階で終わったのであった。
「ふ、ふふ、バレてしまっては致し方ないね」
私は観念して、ダンボールから姿を表した。
給食部に行っていた時は上手く行きすぎていたし、バレるつもりはなくともバレてしまうんだろうなとは思っていた。
「わ、綺麗……」
「え?ふふ、それはありが……」
ピタリと身体が動かなくなった。
改めてその姿を、その目を見てとても美しいと思ったからだ。
正直言って天使のように思えた。
姿形は悪魔そのものだと言うのに、白よりも白い髪や瞳に私は見入ってしまった。
「…どうされました?」
「あ、あぁ、すまないね、ここでは少し話しずらいもっと人のいない所に行かないか?」
「そうなんですか?分かりました!」
「なんというか……その、もっと警戒心というものを持った方がいいと思うのだが」
「なぜです?」
「不審者だろう?私は?」
「でも違いますよね?」
「…そうだが」
余りにも警戒心がないので、彼女の日常生活は大丈夫なのかと要らぬ心配をしてしまうが今はいい。
どこか、人目のつかない所はないかと当たりを探ってみているとある提案をされる。
「この先に使われてない教室があるんです。多分音楽室だったと思うんですけど」
「わかった、そこに行くとしよう」
彼女はこくりと頷き、私の前を歩き先導する。
彼女の後ろ姿を見ると本当に綺麗な翼、きめ細やかで、しなやかで美しいと思うと同時にとても禍々しく、悪魔的な翼だ。
この様な生徒は初めて見る。
私が未来を見えていた時に存在の欠片すらもなかった。
「着きました!」
案内された場所はピアノが中央に置かれ、雑草などが生え広がり、樹木が部屋の角に生え、天井からは陽光が差していてとても幻想的に見えた。
「それじゃあ自己紹介からしましょうか。ボクは白悪テン1年生です!」
「私は………百合園セイア、トリニティの生徒だ」
私は暫し考えた。
本名や素性を言ってもいいものかと、私はトリニティでは死人であり、ティーパーティーのホストという立ち位置でもある。
エデン条約というものもある為、その権力者が無断でこんな所に来ては本来はいけないのだ。
だが、何故なのかは分からないが、白悪テンという人物には大丈夫だという確信めいた物を感じる。
「トリニティ……え?トリニティですか!?」
「その、出来れば内密にと言うことでお願いできないだろうか」
「……はい!分かりました!」
彼女はポカンと頭にハテナマークをつけていたがすぐにでも了承してくれた。
もしやと思うのだが、エデン条約についての知識があまりないのではなかろうかと邪推をしてみたが、存在は知っているがあまり気にしていないだけなのだろう。
そして私たちは座れそうな所に腰を掛けた。
先に私が座りそのすぐ隣に白悪テンが近くに座った。
その為に白悪テンからとても甘い香りが鼻腔を刺激する。
密着に近しい距離で初めて気づいたのだが、この匂いには心を落ち着かせるような物なのだと思った。
本人の体質なのか、はたまた意図しての奴なのかは分からないが、酷く心が揺らぐような感覚だ。
「あの、言いたくなければそれでいいんですけど、どうしてここに来たんです?」
「私の明晰夢を止めてくれた人を探していてね」
「明晰夢?」
「あぁ、未来予知……簡単に言えばそうなのだろう。」
「え!?凄い力ですね!」
「ふふ、そうなのかもしれないね。でも、私には悪夢にほかならなかった」
悪夢でしかないのだ。
あんなものを見せられるのだから悪夢の他ないはずだが、その悪夢がパタリと見えなくなって、一番最初の感情は不安であった。
このゲヘナに来た理由、『希望』を求めたからなのもあるが、未来が見えなくなったことに不安を感じたのもあるのだ。
だけれども、未来が見えなくなってよかったと、もう見なくて済むんだと、もうこのままでもいいのではないかと考える時もあった。
だが、結局私はゲヘナに来た。
「…セイアさん」
「…?」
こちらをその綺麗な瞳で真剣に、慈愛に満ちたかのような瞳に私だけを写して、私の苦労を細部まで見透かされたようだった。
「……辛かったですね」
「..な、何を言っているんだ?そこまでは思い詰めてはいないよ」
「似てるんです…」
「似てる?」
「一瞬しか見えなかったですけど、精神的に追い込まれて心が擦り切れているような目が…です。」
「……そんな一瞬でわかった気にならないておくれ」
否定したかった。
この辛さが、簡単に分かってしまうほどのものだと思いたくなかった。
わかるのか?
私が見たくもない未来を何度も見せられ、何度も変えようとして何度も失敗に思った事を。
わかるのか?
未来で友人が死んでしまう未来を見てしまう者の気持ちを、わかるのか?
「分からないですよ、でも、分かろうとしたいんです」
「…ふざ…っ」
手を重ねてくる。
その手は暖かく指先は細く、しなやかだった。
「人って分かろうとしてくれてるだけで嬉しい事を知ってるんです。ボクがそうでしたから」
「君も?」
「はい…分かんないくせにって心の中で悪態ついたりもしましたが、結局嬉しいんですよ?だから……教えてください、ボクで良ければですが、貴方のことを分かりたいんです。」
とても綺麗だと思った。
見た目ではない、その精神性が見た目よりも煌めいているように映った。
射抜かれたと言うやつなのだろう。
唇はわなわなと震え、目を見開き、泣きそうに、人に見せられない顔をしていたはずだ。
「テン…聞いてはくれないか?」
「はい、勿論です。たくさん…聞きますよ」
私は話した。
これから起きる未来のこと、これから起きる絶望と言うには安い地獄のこと、未来視による辛さ、何度も何度も、私の苦痛を知って欲しかった。
それに対して彼女は何度も頷き返してくれて、嫌な顔も疑問を表するような顔も何一つしないでただただ真摯で、優しく頷いてくれた。
辛かったね、苦労したんだね、独りじゃないよ、ありふれた言葉だと言うのにじわじわと心を溶かして行く。
彼女は眩しかった。
白く淡く、光沢がある艶のある瞳に魅入られてしまったようだった。
眩すぎたのだ。
誰もがその眩さを欲してしまう程だ。
私も例外ではなかった。
恐らく泣いていたのだと思う。
こんな私よりも歳も下で、か弱そうな子に私は静かに泣けていただろうか。
疲れた。
安心した。
凄く……眠い
「…話してくれて、ありがとうございます。疲れましたか?」
「あぁ、少しだけ……眠らせてはくれまいか?」
「ならここに…」
私は彼女の促すままに、膝上に頭を乗っけ、体重を預ける。
重い瞼を少し開け、彼女の方を見る。
まるで子供を寝かしつけるかのような慈愛を確かに持った瞳が再び私を射抜く。
私はこの温かさと甘い香りに包まれながら、眠りに落ちた。
ヒナちゃんと同じ目をしてた。
系統の違う辛さではあるが、お互い同じ辛さだ。
ヒナちゃんも、セイアさんもどちらもボクと似通っていたように思える。
だから放っては置けないし、ボクのできることであれば何でもしたいと思える。
「ん……」
「ふふ…」
頭を撫でると気持ちよさそうに擦り付けてくる。
それが愛おしくて、自然と笑みが零れてしまうほどだ。
もう夜も遅くなってしまった。
アル社長に叱られてしまうな。
カヨコさんはとても怖いだろうな。
ムツキさんは案外寂しがり屋だし、悲しませてはいないかな。
ハルカさんはしばらくくっつかれてしまうかもな。
「……ふふ」
でもそれが少し楽しみだったりする。
叱ってもらえる言うことは好きでいてくれているという証拠だ。
無関心や諦念という感情は怒りよりもよっぽど怖いのだ。
膝上で規則正しい寝息を立てるセイアさん。
この人はトリニティから来たと言っていたし、ここら辺には寝床という寝床は無いのだろうか。
困った。
ボクもこれ以上連絡をなしに長居をしていまったら、心配どころの騒ぎじゃなくなってしまう。
「しょうがないですね…よいしょ」
セイアさんを担ぎあげ、いわゆるお姫様抱っこをする。
持ち上げてわかったのだが、セイアさんの体重が羽のように軽く、どこかいい匂いが漂ってくる。
こんな小さな少女が、世界の命運を諦めてしまうのほどの物を抱えている。
こんな小さが少女がだ。
「今は帰らないとですね」
空き教室から出て、しばらく歩く。
このキヴォトスの夜景は驚く程に澄み渡っていて、美しい夜に広がる星々がボクたちを包んでくれているようだった。
「……テン……ちゃん?」
「あ、ヒナちゃん!お仕事お疲れ様」
校門を出る際にバッタリヒナちゃんと出くわした。
どうやらヒナちゃんもお仕事は終わりのようで、これから帰宅だそうな。
「えっと…そ、その人…は?」
「……説明が難しい関係?」
「…っっ」
ヒナちゃんが絶望と言う名が似合う表情をする。
間違ったことは言ってはいないし、口外は出来ないのでこういった返答にならざるを得ない。
「そう……そう、なのね……そう」
「な、なんか、バグってない?ヒナちゃん?」
「そ、それで、その人を何処に?」
「ボクが普段寝てる所にと思って、外だと風邪でも引いちゃうでしょ?」
「……スゥ…」
生気のない真っ黒な瞳をしながら上を向くヒナちゃん。
お仕事疲れなのだろう。
是非ともゆっくり休んで欲しい限りだ。
「私も行く……」
「ん?」
「私も行く。」
「え、いや、」
「私も行く」
「……はい」
圧が……圧が強いです……
お目目真っ黒くろすけなんですけど……
「アル社長……許してくれるかなぁ……」
「ん?何か言った?」
「いえ、なんでもないです。」
一抹の不安を抱え、ボクたちは帰路に着くのだった。