その迷宮のおくへ   作:迷宮研究学会

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3話目 登るより下りるほうが大変

 

 

 

 山の頂上からの光景に圧倒されたその次の日だ。

 

 第五階層が、(本来)山を登ることだったのに対して、第六階層は、ただ山を降りるだけだ。「だけ」とは言うが、普通に難しい。そもそも、ただ降りるだけでも難所と言えるの地形なのに、ここへ『雪』という要素が加わる。足元に気をつけるだけでなく、雪崩などにも注意を配らなければいけない。もちろん、魔物だっている。中には、魔物避けの効かない、灰の熊は出会えば死ぬとまで言われる存在までもいる。しかし、実際の遭遇確率は低く、またある程度強ければ追い払うのも簡単である。

 

 一番の問題は、時間と天候である。

 

 正規のルートでは三日。どんなに短縮したとしても、最低一日半はかかる。そしてその間、雪は降りっぱなし。この時点で、結構な数の冒険者が諦める、らしい。

 

 ちなみに、だが。第五階層と第六階層の山の麓をひたすら歩いていく、と言う方法もある。もちろん、こちらの方が時間がかかるのだが(具体的に言うと2〜3週間も)、諦めた冒険者は、たいていこちらを選ぶそうな。

 

 つまり、まぁ、めんどくさい、と思うわけである。

 

 許されるなら、山脈の上で景色を見ているだけでいいのだ。わざわざ危険の高い山など、降りたくないのだ。

 

「……はぁ」

 

 現実逃避はこれぐらいにして、山を降ることにする。

 

 昨日の夕方に拾ってきた木の枝を杖として、転げ落ちないように、慎重に歩いていく。ここらに悪辣な罠はないと聞いているので、落ちても問題はないだろうが、それはそうとして普通に歩けるなら普通に歩きたい。曲芸をするためにダンジョンへ来てるわけじゃないしな。

 

 長く、荒れた岩場を過ぎると、うすく雪の降り積もっている付近へと入る。

 

 顔を上げれば、雪景色が広がり、少し遠くに雲が見える。もしかしたら、あの下では吹雪いているのかもしれない。気を引き締めなければいけなさそうだ。

 

 時が経つにつれて、雪が次第に深くなっていく。脛が埋まるほどになると、ついには雲が空を覆いはじめ、吹雪いてきたのだ。そこからはあっという間だ。膝を越えるほど雪は積もり、あたりは雪で真っ白、手元さえはっきり見えない。

 

 ズボッ、と足が雪の中に沈む。グッ、と右手に持った枝に力を入れ、体制を立て直す。ブワッ、と汗が滲み出るのを感じる。安堵と同時に、言いようのない疲れが襲ってきたのだ。

 

 どこを歩いているのかは、わかっている。山の中腹へと続くゆるやかな曲線の道であり、ここを抜けると樹々の立ち並ぶ危険の少ない場所となる。ただ、この道の幅は狭く、一歩踏み外せば崖の底へと落ちてしまう。この雪山で落ちれば、どれほどん時間を無意味の消費してしまうか、わかったものではない。

 

 一つ息を吐いて、歩みを進める。まだ、雪は降り続けている。

 

 中腹へと着いた。あの危険地域を抜けたのだ。

 

 視界は雪一色だが、魔力から奥に樹々が生えていることが感じ取れる。

 

 この能力が足場でも使えたらいいのだが、こういったものは生物などの独特の魔力を持つ存在にしか使えないのだ。痒いところに手が届かない、とはよく言われる文言だ。とは言え、有用であることは間違いなく、木にぶつかることも、根につまづくこともなく、木々の合間を縫っていくくことができる。

 

 目をつむっていたって歩けるだろう。いや、そもそも、吹雪で前が見えないのだから目をつむっていると同じと言えるかもしれない。

 

 意味もない思考をしている。たんたんと、魔力を頼りに歩き続ける。作業のように、足を交互に動かす。

 

 防寒のためとまとった魔導具のおかげで、寒くはない。指先も、頬も、少し冷たいと感じられる程度。目の前は雪だと言うのに、不思議な気分である。

 

 これまで様々な旅をしてきたが、吹雪の中を歩いたことは流石になかった。雪は、いつも暖かい暖炉のある建物から見つめるものでしかなかった。このような天候で歩くなど(実際にできるかどうかは置いておいて)自殺志願者かなにかである。しかし、ここはダンジョン。基本的に階層の地形や天候は変わらない。なので、この道しかないのである。なお、遠回りの道はあるだろ、とかいう正論は置いておく。

 

 そんなこんなで、吹雪を抜けた先には、枯れ木がどこまでも生えている。

 

 山を降りても寒い、ということなのだろう。記憶が正しければ、この先には川がある。腰のポケットを探り、片手で地図を広げる。すると、やはり川の印があった。これを見つられれば、魔法陣で戻ることができる。問題は、魔法陣が川の源流にあるので、戻る必要があるところだ。

 

 ただ、簡単なことに、100歩も立たず、水の音が聞こえてきた。そこからは特別なこともなく、ダンジョンを出ることができた。

 

 ちなみに、外に出ると、ダンジョンに入ってから二日目の夕方だった。そう思った途端、寝ずに二日間歩き続けた疲れがどっと体を遅い、その日はもう、宿に着いた瞬間ベッドの上に体を投げ出すことしかできなかった。

 

 

 

 ぐっすりと寝た次の日は休養日として、ダンジョンの情報の整理と収集に宛てた。

 

 その次の日、第七階層の入り口、川の源流にやってきた。この川を沿っていくと、海に至る。

 

 問題となるのは、川から襲ってくる魚や爬虫類だ。基本的に無視して良いのだが、時どき魔物避けの効かない奴もいるらしい。これは、きちんと魔力に意識を向けていれば不意打ちを喰らうなどあり得ないのでそこまで心配はしていないが。

 

 少し気を引き締め直して、第七階層を目標に出発することとした。

 

 

 川の岸辺を歩き始めてどれくらいたったか、周りに青々と葉の生い茂った樹々が見えてくるようになった。また、灰色の岩が乱立する独特な光景へと変わり、河岸が草木や岩の凹凸で歩きにくくなった。

 

 それなりに傾斜もあり、流れも強い。もしも落ちてしまったら、一般人ではそれだけで命を落としてしまうだろう。ただ、岩の足場がいくつもあるため、移動に困るということはなかった。加えて、このような場所では、魔物もほとんどいないため、慎重に進む必要もない。

 

 トントン、と岩の上を飛んで進む。ダンジョンが設定したのだろうが、どうも作為的に作られた道を歩いているように感じてしまう。こういうものが続くと、どうしても気分が下がってしまう。

 

 岩場を抜けると、次は砂利であった。

 

 一番深い場所でも比較的浅く、脛のあたりまでしか浸からない。ただ、川幅は一気に広くなり、小魚が多く見られる。危険はないと言われるが、意味もない生物をダンジョンが置いているわけもないので、もしかしたら条件が揃えば凶暴になったりするのかもしれない、などと益体もない考えを持ったりする。

 

 トコトコ、と河岸を進んでいく。水深は変わらず浅く、あたりも草原で、第二階層とそう変わりのない景色に感じられる。

 

 いつまでもそのままであって欲しかったが、事前の情報通りの光景──つまり、水深は深くなっていき、川底に魔物の魔力を感じるという現実がやってきた。

 

 もちろん全力無視である。

 

 ダダダダ、と全速で走る。無駄な戦闘をしたくないのだ。無視できるなら、すべて無視したいものである。

 

 時折、噛みついてこようとするワニなんかを踏み台にしたり、なぜか陸から飛んでくる魚なんかを切り捨てたりする。なかなか、時間がかかる。地図を確認すると、あと3分の1程度の距離に見えるが、この縮尺はあまり信用できないので話半分と思っておくのが良いのだ。

 

 案の定、第八階層の森林は、遠く彼方にようやく見えてきた程度で、目的地へはまだ少し時間がかかりそうである。

 

 川は次第に深くなり、中に潜む魔物もまた大きく、強く感じられる。

 

 河岸から離れる。ただ、向きを変える必要はない。ここから川は、海へと流れ込むのだ。つまり、海岸へと場所は移る。そこからが第八階層であり、魔物の数もその強さもこれまでとは比べられないほど上がるのである。なお、一部例外(第五階層の移籍もどきの魔物なんか)はのぞく。

 

 と考え事をしている間に、海が大きく見えてきた。右を見ても左を見ても水水水。空の光がキラキラと輝き、眩しいものである。もうあと一踏ん張り、というわけで、足を早める。

 

 潮の匂いが強い。ここまで再現するか、ダンジョン……と感慨に耽りながら、今日のダンジョン攻略はここまでとすることにした。

 

 

 

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