その迷宮のおくへ   作:迷宮研究学会

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第5話 第10階層

 

 第10階層。それは最後の難所。ここを越えれば、次の第11階層より、本格的なダンジョンが始まる。これより前は前座と言われる。

 

 そんな第10階層なわけだが、その最大の特徴は陸繋島という特殊な地形である。陸繋島とは、陸と島とが砂や小石によって繋がっているという特徴を持ったものである。

 

 また、ダンジョンの中だからか潮の満ち引きなんかをあまり考慮する必要がなく、日中であれば常に陸から島へ道がつながっているのだ。逆に言えば、夜中だとこの道は沈んでいるらしい。今は日中なので、あまり関係のない話である。

 

 砂の道はそれなりに長く、また靴に砂が入り込みそうなのである。現在の服装や装備は、第10階層の島を攻略するものであって、砂浜の上を歩くだとか、海の匂いや独特の潮風がどうとかは一切考慮に入れられていないのだ。第四階層のような砂漠の装備では、第10階層を攻略するのは難しい。分ければいいと言うかもしれないが、余計な荷物は増やしたくない。

 

 ついでに文句を言うとするなら、潮の匂いも慣れないもので、鼻のおくがきつく感じられるのだ。

 

 もはや、全てが気だるく感じさせてくる。これがダンジョンの計略というやつか。そうか、これが精神攻撃だったのか……。と、バカなことを考えながら歩いていると時間はそれなりに過ぎ去ってくれるようで、目の前には島の砂浜があった。

 

 えっちらおっちらと砂の上を歩く。流れ着いた木の枝やよくわからない貝殻やら魚やらをつついたり、手に取ってみたりする。これには理由がある。この第10階層において、重要視されるのはただの強さだけではないのだ。

 

 事前調べによると、門番とやらがいるのだそうだ。それは、この第10階層を全て把握しており、それらの行動によって、この階層の主が決まるのだそうだ。

 

 しかしながら、何をすればどのような主を出してくれるか、はほとんど判明していない。傾向、のようなものはあるが、それも絶対ではない。とりあえず、個人的に難易度が高く放ってほしくはないので、程よく道草をしながら、魔物は避けて目的地まで到達したいところである(魔物と戦わない場合、戦う魔物は弱くなる傾向があるらしい)。

 

 ヒョイと貝を投げ捨てて、島の奥に目を向ける。

 

 空には、鳥が数匹飛んでいるのが見えた。ゆっくりと、島の中へと入る。木はこれまでみたものと違って、黄色味を帯びたものだった。名前は知らない。特徴としては、人を島の中心へと誘うという効果があるらしい。

 

 これが良いことなのか悪いことなのか、判断するのは難しいところがある。

 

 よく道に迷うものなら、喜ぶのだろう。しかし、人によっては自分の意思を操られたり誘導されることに強烈な忌避感を抱く者もいる。俺も、どちらかと言えば後者なのだろう。先ほどから、どちらの方向へ向かえば良いのかわかるのだが、どうもその通りに歩きたくはならない。フラフラと魔物を避けながら変な方へと歩いたり、意味もなく立ち止まって空を見上げたりする。

 

 それでも、結局のところ第10階層の終着点こと、島の中心には着いてしまった。

 

 林を抜けた先には、開けた場所が広がっている。そしてその中心に黄色の遺跡が建っていた。

 

 四角錐、と言えば伝わるだろうか? 四角の底面から、そこから上に一点で交わる三角形を側面とするもの。わかりやすい例としては、テントや家の屋根などがある。そのような形状をした建物が、目の前にあった。

 

 ただし、それは大枠の話であって、実際には細々とした装飾や階段などが作られている。

 

 ぐるりと回ってみると、四方にはそれぞれ一つずつ中心に入り口が存在し、また外観も四つ全て共通していることがわかった。

 

 どこから入っても関係ないということだろうか。

 

 とても、不気味である。

 

 不気味なのは、なにもそれだけではない。建物に近づいて、入り口へと通じる階段を登れば、はっきりと、わかる。びっしりと隙間もなく描かれた装飾や紋様から、今まで見たこともない魔物の姿などが描かれている。そのどれもが、とても人の思いついたようなものではない。いや、実際にそれらは存在するものをそのままに描いたものなのかもしれない。ダンジョンがそれを再現したのが、この絵の数々とも考えられる。

 

 すぐ近くにあった絵に触れてみてみる。

 

 黒だけで描かれた魔物だ。中心に目玉がくっきりと線で強調されており、その周りを楕円や多角形がいくつも重ねて並べられたような、そんなものが回っているものだった。

 

「こんなものが、本当にいるのかねぇ」

 

 この遺跡は、研究者なんかが解析にやってくることも多々ある場所だそうで、これらの絵や紋様が何を意味しているのかを読解しようと日々努力している人たちもいるらしい。冒険者ギルドの掲示板で、そんな依頼が掲載されていたのを思い出したのだ。たしかに、これらを読解することができたなら、何かダンジョンの秘密を解明することができる、かもしれない。

 

 いつか来るかもしれない未来に想いを馳せたことで、おそらく俺の平和を愛する気持ちは階層の番人に通じたはずだ。……多分。

 

 と言うことで(どう言うことで?)、遺跡の中へと足を踏み入れた。

 

 薄暗く、外からの光だけしかない。奥まで行っても、パッと見た感じ行き止まりにしか見えない。

 

 それでも、ゆっくりと奥へと進む。突き当たりの壁に手を置くと、カラコロ、小さな音が鳴った。その音は次第に、ガラガラ、ゴロゴロと大きくなっていき、揺れまで感じるようになる。

 

 ガタリ、と触れていた壁がゆっくりとずれていき、一本の長い階段が姿を現した。ポッポ、と両脇に火が灯っていく。

 

 一歩足を踏み出すと、追い風が顔を撫でてくる。思わず、壁に手をつき、足を止める。

 

 ビュォォォォ……と薄寒い空気が押し寄せてきたのだ。仄暗い階段の奥から、やってきた風は、ナニカがいることを感じさせる。

 

 慎重に、階段を降りる。丸く滑るような形状の階段ゆえに、より気も引き締まるものだ。下に行くにつれて、冷たく、湿った空気を感じる。

 

 広間に出た。天井は高く、部屋自体の大きさも、今まで見てきた中でも上位に入るほど大きいと感じる。ドラゴンでもこの中で生きることができそうだ。

 

 壁に特徴はなく、傷も凹みもひとつもない滑らかに見える。唯一、等間隔に並べられた灯火だけが、装飾として機能している。

 

 視線を部屋の中央に向けると、床にいくつも線が引かれているのが分かる。円がいくつか、またその中に見たこともない文字や絵がびっしりと描かれている。

 

 ボッ、と炎が線の上をなぞるように広まっていく。

 

 煙が立ち上り、その中から、何かが姿を現す。ゆらゆらと揺れる煙のせいで、それが何かはわからない。ただ、人型であるというそれだけだ。

 

 一つ、渦を巻くように風が吹き荒れる。煙が消え去ったあとには、巨大な一つ目の大男が立っていた。上半身は裸で、下半身はフォールドでおおわれている。フォールドは、いくつもの金属を重ね合わせて、動きやすいように作られた防具だ。体の大きい彼らは、基本的にその頑丈な体を誇っており、基本的に下半身以外防具を纏わない。余談だが、全身を纏う防具を作ると金属が足りないと聞いたこともある。

 

 はっきり言って、予想していた何倍も強い。

 

 体の高さは4人を縦に並べたほど、体も筋肉質で、灰色の肌はいくつも傷跡があり、歴戦の戦士を思わせる。

 

 普通に戦えば、急所に傷を負わせることさえ難しいだろう。

 

「ヴオォォォォ!!!」

 

 大地を揺るがすかのような咆哮とともに、巨人の拳が振り下ろされた。その衝撃は凄まじく、ガラスのように地面がめくれ上がり、土煙が舞う。

 

 大きく後方に避ける。それを狙いすましてか、岩や石が飛んできた。剣でいくつかを弾き飛ばし、ちょうどいいところにやってきた岩を蹴り返してやる。

 

「グァァ!!」

 

 巨人は右手で、それをいとも容易く弾いた。

 

 これは、本腰を入れてかからないと痛い目を見る。

 

 剣に魔力を纏わせる。何であろうとも真っ二つに切り裂くようにと、慎重に。

 

 巨人が迫ってくる。再び拳を振り下ろしてくる。それに合わせるように、飛び上がる。体をひねり、剣を巨人の肩に切り込む。

 

 柔らかいものでも切ったかのように、感触がない。しかし、これでいい。巨人の腕は、滑らかな切り口で、切り落とされている。

 

「グァァァァァッッッ!!!」

 

 痛みのあまり、大声を上げる巨人。絶好の隙、すぐさま体を切り返して足元を狙う。

 

 ──目の前に、拳。

 

 急いで両手で体を守る。踏ん張らず、後方へとできるだけ飛ぶ。

 

 空中に放り出され、壁が迫ってる。体制を整えて、壁へ着地する。ガッ、と壁が砕ける。

 

 勢いを殺して、地面に降りる。息を吐いて、吸って、剣を構える。次は、決める。確実に。

 

 巨人は、片腕を失くし、ふらついている。思うように動けないのだ。

 

 迷わず、走る。

 

 切先を下段に、気付いたようだが、もう遅い。飛び上がり、撫でるように、首を切る。

 

 さすがに、切り落とすことはできなかったが、骨には届いた。

 

 吹き出す緑色の血。

 

 巨人が、ガクリと膝をついた。耐えることができず、そのまま前のめりに倒れる。

 

 息は荒く、死が近づいていることがよくわかる。しかし、その目はいまだ死んでいない。

 

 黄色の瞳が、こちらを睨んでいるのだ。

 

 ゆっくりと巨人へと近づく。ピクリ、と体が痙攣しているが、動くことはできない。

 

 剣を、振り上げる。

 

 そして、今度こそ、巨人の首を、切り落とした。

 

 まさか、こんな序盤でここまで苦戦するとは思っても見なかった。

 

 死骸は、魔導具にしまう。

 

 顔を上げれば、小さな光の粒がいくつも集まり、弾けて、増えていく。くるくると回って、一箇所に小さな形を作り出す。

 

 それは、扉だった。どこまでも黒く、悪魔が、死者の姿が彫刻となっている。視線を上へと向けると、「ようこそ、人智を越えた世界へ」と書かれている。

 

 これが、第10階層までは序盤であると云われる所以である。これまでは、ただの始まりに過ぎず、ここからが本当の「ダンジョン」なのだ。

 

 思わず、笑みが漏れる。

 

 俺は、ゆっくりと扉を開いて、第11階層へと足を踏み入れた──。

 

 




第一章完結です
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