元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
聖女の偶像を作り上げる一方で、魔物を倒したり、魔獣を殺したり。際限のない血を浴びて戦っていたが、魔族との邂逅がずいぶんと少なくなったなと感じるようになった。
魔王討伐から、五年は経った頃だろうか。魔族というものは、すっかり姿を見せなくなっていた。
魔族。その肉体を魔力で構成した高度な知性を有する存在。魔力が淀んだ場所から生まれるため、悪魔とも呼ばれる存在。魔王の遺体が魔力で崩れなかったのを鑑みれば、魔族と魔王は別の存在だったらしい。
その魔族が姿を消したこと。いい兆候なのだろうか。あるいは、徒党を組んで、再び人類と戦うつもりだろうか。俺には、わからない。
「もしかすると、いい魔族もいるかもしれませんね」
のんきな言葉を吐いたのは、俺の部下。クローヴィス。魔族と出会ったことがないから言えるのだ。魔族というのは、生まれつき、恐ろしいほどに孤独で。心を知らず。存在することを絶望であるかのように語る――哀れな存在だ。
俺は、肩をすくめて答えた。
「いい魔族がいるなら、死んだ魔族か。もう存在しない魔族だろうよ」
小さな遊撃部隊を率いて、魔物どもを殺しまわる中。奇妙な依頼が小さな、山間の村落からやってきた。いわく、被害はないが森の中で歌が聞こえる。――最初は、大森林に暮らす耳長族かと思った。だが、大森林の奥で暮らす彼らが、好き好んで森から出るとは思えない。
あまり脅威は感じなかった。田畑を捨てた棄民かもしれないし、山賊かもしれない。いずれにせよ、解決は帝国貴族に一任すればいい。最悪は、魔族であった場合だが……魔族が、歌を歌うなど。想像もできないことだ。
魔族と、何度も。何度も殺し合いをし続けた。普段はのんきな聖女も、魔族との戦いはそれなりにまじめだった。聖女にとって、魔族との対面は命のやり取りだったのだろう。
俺にとっては、ただの害獣駆除でしかなかった。
「魔王陛下の命令だ。貴様らには死んでもらう」
「魔王陛下の勅を受けた。貴様らの命をいただく」
「魔王様が、お前の命を望んでいる」
あらゆる魔族が、まるで人形のように。魔王のために、命を奪うとだけ言っていた。それは、どこに行っても。何をしようとも。
皆、魔王の奴隷で。人形だった。
だから、この瞬間まで、俺は――。
「やめろ。俺たちにもう、人間と争う気はない」
角のついた、切れ長の瞳の男。それは、かつて何度も切り伏せた姿と、よく似ていた。
「――貴様、魔族か」
刃を向ける。聖剣の力が、高まるのを感じる。間違いなく魔族だ。だが、魔族は――目に、わずかな怯えを見せた。
そんな魔族を、俺は知らない。
珍しく、俺は名乗りを上げることにした。
「俺は、帝国遊撃騎士団第一部隊隊長。聖剣の担い手にして、勇者。エドワード・アレキサンダー・ヘヴングラディウス*1」
「――勇者、か。さぞ憎かろう。だが、俺たちは感謝せねばならん。よく、魔王から俺たちを解放してくれた……!」
「……隊長……これ、どうしましょう……」
俺に聞くな、と言いたいところだ。だが、ひとまず。
「ひとまず、話を聞いてやる」
甘い言葉を吐いたのは。誰かが、聖女のような甘さを、心の中に持っておくべきだと考えたからだろうか。
アレクセイは、選別を受けられる体の状態じゃないらしい。故郷に帰って、療養することとなった。魔法騎士としては、落第となった形だ。治療した執行者いわく、複数の内臓が損傷している。教会の執行者だと、命をつなぐので精一杯だったとか。シシィがアレクセイに関心をなくしていたせいか、ミシェルはおとがめなしだった。ミシェル「は」。
私は、団長室に呼び出され、サシで面談をすることになってしまった。
「リリーナ・アリア・ハミングバード。言ったはずだ。聖女のことを意味もなくバカにするのはやめろ、と。連中の言いぐさはともかくとして、あの類のバカはいくらでもいる。いちいち煽るな」
あきれ顔で、以前も聞いたようなことを私に語る。別に意味もなく、ってつもりはないが。何故か広まっている嘘をただそうと頑張っているのだ。
そもそも、今回は相手からなんかけんか売られたわけだし。
「さて。売り言葉に買い言葉だったように思いますが」
「だとしても、だ。アリア・ルーシー・マグナポラリスの偉業を語ってみろとぬかしたな」
シシィが、こちらをにらんだ。私は、思わず目をそらす。なんだ、この圧力は。ちょっぴり怖いが、返事をとりあえず返しておく。
「大聖女の偉業。よく存じております。かりそめにも信仰者なら、何に畏敬の念を抱いているかくらい、知っておくべきです」
私を信仰するなら、本当の私を知るべきだし。アリア・ルーシー・マグナポラリスを知ってしまえば、信仰など消え失せるに決まっている。
シシィは、ふんと鼻で笑った。
「いっぱしの修道女のようなことを抜かす」
いっぱしの修道女ですから。こう見えても学問系は結構優秀だったんですからね。
得意げな私を冷めた目で見つめながら、シシィは言葉をつづけた。
「……大聖女と、出会ったこともないお前が。何をそこまであれにこだわる。いや、アレクセイは向こうからかもしれんが……少なくとも、私相手にその言葉を吐くことの意味を、知らんわけではあるまい」
知らんわけではあるまい。もちろん、よくご存じですとも。
「……しし――げふんげふん。賢者様だからこそ、あの聖女の嘘っぱちまみれの伝説じゃなくて、本当の旅路をご存じだと思うのですが」
私の言葉に、シシィはずいぶんと沈黙していた。そして、絞り出すように答えた。
「聖女の旅路については、すべて。公表されたものが、真実だ。少なくとも、聖女は私よりよほど勇敢だったよ」
「――」
それは、どういう意味なんだろう。シシィ。あの嘘を、肯定しないといけない事情があるのだろうか。教会の圧力? 帝国からの要請? 王家の命令? ――違う。そんなはずない。シシィは。エリザベート・シルバースノウ・ノルトライトは、そんな圧力では絶対に意見を変えない。つまり、彼女の意志で嘘を肯定しているのだ。
やっぱり、本物の「わたし」じゃあ。聖女には不適格でしたか?
あなた方の望む聖女は、語っていたような。英雄譚がよく似合う存在でしたか。まぁ、事実だ。そうだ。あんな、臆病な小娘がいたんじゃ。勇者の偉業も、まるで大したことないみたいだもんね。……やはり私は、死んだ後に祭り上げられて、やっと天秤が釣り合う存在だったということ。
わかっていた。わかっている。それでも――なぜだろう、少しだけ悲しいのは。
シシィに、言葉を返す。私はあなたに、嘘をつくことはできない。
「よく、わかりました。……やっぱり、私は。大聖女のこと、死ぬほど嫌いです」
「っ、それはどういう……いや。もういい。お前には魔法の才能がある。せいぜい励めよ」
もっともよく知る友人にすら、嘘をつかせるような人間にしかなれなかった。私は、私を許せない。
今度の人生では、それなりに価値を示して見せる。見ててね、シシィ。
「……それと。口調、無理しない方がいいと思いますよ。初めて出会ったときの方が、あなたらしいですよ」
「っ、余計なお世話よ――ッ!」
あ、戻った。
扉を閉めて、退室する少女を見て、小さくため息をついた。聖女が嫌いな、ハミングバードの長女。ドラグスケイルの血を引き、竜鱗気を巧みに扱う秀才。
竜骨鎧の理論は、極めて剛性の高い術式に魔力を流し、竜鱗気の性質を一時的に変化させている。あの類の魔術式を家庭教師による教育だけで組み上げたのだとすれば、大したものだ。攻撃に転用できないのが残念だが、術式次第で竜鱗気をより凶悪な性質にもできるだろう。
ハミングバードの相伝は戦闘には極めて優秀。あとはウッドペッカーの相伝も覚えていれば……と思ったが、あの女が目の上のたんこぶであるリリーナにウッドペッカーの相伝魔法を教えるはずもない、か。残念窮まる。
軽薄な態度に、信念を曲げない頑固さを差し引けば、おおむね優秀だ。魔力操作も並みの貴族レベルと比べればはるかに高い。私を100とすれば、リリーナは10ぐらいの操作技術はあるだろう。並みの貴族は3くらいか。年齢を差し引いても、ずいぶん優秀だ。
王都で出会ったとき。妙な既視感のある少女から、一発で正体を暴かれたときは。心臓が飛び出るかと思った。もきゅもきゅと肉をほおばる姿に、毒気を抜かれたが。
年齢を偽る魔法を、いともたやすく看破したのだから。それなりに優秀だと目をつけることにした。
その日のうちに、再会して。パックスと私闘を始めようとした後、私のほうを一瞥して悪戯小僧のような笑みを浮かべていた。その後、私のちょっとした挨拶に、なぜか疑問をぶつけてきた挙句の果てに、聖女級の奇跡ならだれでも使えると言い放った。
ふざけるな。誰もかれもが、嵐を起こし、雨を降らせ、火炎を四方にまき散らせるのか。千切れた腕を、傷跡一つなく、癒すことができるのか。
聖女が起こした奇跡を思い描き、そのすべてが再現できる存在など。……枢機卿と、彼女が指名した天園守護の執行者くらいのものだ。もっとも、彼らですらアリアと同等の奇跡など、完全には執行できまい。
不思議そうに首をかしげるリリーナに、はらわたが煮えくり返るような感覚が生じた。
あの子の何を知っているというのだ、と。
そのあと話してみれば、平民から引き抜いたミシェルをずいぶんと庇って見せる。才能があるこいつからすれば、きっとミシェルの才能はずば抜けて見えたのだろう。それだけだと思っていたが……。貴族として、今の秩序を維持する気はないのかと聞いてみれば。
平然と、生まれだけがすべてではないと言い放った。そして、私が平民生まれであることをちくりと指摘した。
一本筋の通った、立派な信念を持っていると賞賛すべきか。あるいは、貴族の癖に妙な潔癖さがあると評すべきか。
個人的には、――こんな学友がいれば、私はもっと楽しい生活が送れたのだが。なぜ、今こんな子が生まれたのか。私と同時代に生まれてくれればよかったのに、と。少しだけ、文句を言いたい気持ちにもなった。
「よく、わかりました。……やっぱり、私は。大聖女のこと、死ぬほど嫌いです」
その言葉を吐いた、リリーナの顔は。何故だろう。ありえないはずなのに。私は――まるで、アリアのように見えた。
アリアは、生きている。心臓を動かし、結界を守っている。彼女以外の誰かが、まるでアリアのようであるとすれば。それは、私の錯覚でしかない。だが、それなのに。
なぜ、聖女の旅について、お前は私より詳しいかのようにふるまえる。聖女の伝説が、嘘であるということを知っているかのようにふるまう。
本当は、お前は。聖女のことを、知っているのか?
ありえない。ありえるはずがない。首を振り、呼吸を整える。くだらない妄想だ。理性ではそうわかっているのに。
「……クソ。お前が、アリアであってたまるか」
私が、面影を見るのは。また、ああいうバカで、臆病で、そのくせ本当は誰より容易く命を捨てられる。……リリーナは、アリアほど臆病じゃない。賢者相手に、国王すら傅く私を相手に、平然と言葉を吐き捨てるなんて。ずいぶん勇敢じゃないか。
「私は、どうすればいいんだろうな、アリア」
無意味な問いかけ。アリアは、どう答えるだろう。窓の先。大聖堂の方に、目を向ける。