元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
選別。その具体的な試験内容について、シシィは私たちには何も明かさなかった。私とミシェルはとにかく戦闘能力を鍛えてきたが、最終的に知力を競う筆記試験であれば、私たちは手も足も出ない。いや、私はどうとでもなるが……。
なんてことを思いついたのは選別の一日前。だが、結局のところ。シシィの発表した選抜とは、そういった要素のかけらもないものだった。
五人一組の班を構成し、王都外の古城の最奥に至ること。最奥で、改めて騎士団叙任を行うらしい。古城、か。懐かしいような、思い出したくないような。
シシィにとっても、あまりいい思い出のある場所ではないはずだが……もう、あまり過去に関心はないのか。あるいは、教訓とすべきとしたのだろうか。というか、嫌な記憶として刻んでいるのは私だけか?
「――旧スラヴェリオ要塞。二日後にそこで叙任式を行う」
北東に馬で三日。徒歩ならば五日ほどの場所。間に合えば合格、そうでなければ不合格ということか。のんきに歩けば、間に合うまい。馬より早く駆け抜ける必要があるらしい。
シシィは、最後にこう結んだ。
「皆が残るのを期待している。ではな」
期待、――そうだ。皆で、労苦を分け合うのが騎士団の役割。誰かが突出して強くなるだけでなく。皆が、それぞれに努力できるよう頑張らないといけない。
引き抜いたくじに示された色ごとに班が構成される。五人一組が、十組あると聞いた。ちょうど五十人。アレクセイがいたら、どうしていたのだろう。私は首をかしげながら、同じ色の貴族たちの下に歩みを進めた。
スラヴェリオ要塞。懐かしい名前だ。かつて、勇者や戦士とまだそれほど打ち解けていない中で。初めて、魔族と邂逅した場所。そして、人類の裏切りに直面した場所。
王都から旅立って二週間。私たちは、スラヴェリオ要塞へと迎え入れられ、休息をとることになった。当時は魔王抹殺の勅令を受けた私たちは、密命を与えられた国王の私兵扱いを受けていた。
「魔族の侵略に、俺たちも飽き飽きしている。魔王をぶっ殺してくれるなら、それに越したことはないさ」
そういって快活に笑う兵隊たちを見て、私たちは少し精神的余裕を取り戻していた。だけど、そんな瞬間もわずか一瞬。シシィの顔色が、一気に変わった。
「――外に、とんでもない魔力圧を感じる。魔族よ」
魔族の襲撃。国境や、村落を超えて。スラヴェリオを狙い撃ちされた。――ありえない。だけど。戦う以外の選択肢は、私たちにはなかった。
「――魔族は、皆殺しだ」
戦士が、普段は抑えている闘気を開放し。シシィも、魔力制限を取り払う。勇者は、黙って、ゆっくりと聖剣を抜き放った。――私は。
輝星十字に、祈りを通す。奇跡による身体強化と、光の剣の顕現。一応臨戦態勢に入っただけ。自分で戦うつもりは、あまりなかった。
砦の外に、すぐに皆が飛び出した。その勢いで敵に向かっていく。有角有翼の悪魔たちが、勇者や戦士と剣戟をかわし、大地には火花が散り、斬撃や魔力の残滓が荒れ狂っていた。
なにも、見えない。――戦士ではない私には、戦いを追うことすらできなかった。手が、震える。
それでも、呆けてみていることしかできなかった。そんな私の後ろに、守備隊の兵士が近づいてきた。
「……こりゃすごい。魔族と言えば、その戦闘能力は人間の英雄級を凌ぐって話だったが。魔族五人を相手に対等に渡り合ってるとはな。――さすがは勇者か」
「……そう、ですね」
「聖女様は戦わないんですか? ――いや、まだガキですからな。戦うというよりは、治癒がメインですか……その光の剣は、使わないならしまっておいた方がよろしい」
「――そうですね」
光の剣を消してしまう。力の浪費などにはならないが、無意味な標識になるのは避けたいところだ。兵士は、何を思ったのか、肩に手を置いた。私は、首をかしげた。
「なにか、ありま――」
銀色の刃が、私の頸筋に触れた。――兵士は、大きな声で叫んだ。
「勇者ども! 戦闘をやめろ! ――聖女の命は俺が差配した!!!」
――ああ、そうか。違和感が、小さな、小さな違和感が。少しづつ、つながっていく。
スラヴェリオ要塞の人間は。魔族についていたのか。おかしいと思ったんだ。すぐに魔族が来たこと。兵士たちの出撃が遅いこと。のんきに戦闘を観察していること。すべてが、忠良な戦士の行いではなかった。
兵士の脅迫に、魔力が一瞬揺らぐのを感じた。シシィだ。こんな、目に見えて揺らぐシシィの魔力は初めて見た。
「――アリア!!!」
「集中しろ、魔法使い! 魔族に屈することなどできん!!!」
闇の中から、声が響いた。私を助けるかどうか。まぁ、シシィは優しいから助けるだろう。――覚悟を決めるべきだ。私も、旅に出るなら。
お願いします女神さま。ごめんなさい、みんな。
「……一つだけ、聞いておきます。どうして、人類を裏切ったのですか?」
それでも、迷いを口にしてしまった。兵士は、冷淡に吐き捨てた。
「口を閉じろ」
……もう、迷いはない。――女神さま。私に、人殺しをさせてください。許して。
大きく息を吸って、叫んだ。
「――シシィ! こっちは、何とかします!!! 魔族を、殺せ!!!!!」
首筋に添えられた刃に、力が入る。首に、まるでケーキのようにずぶずぶと刃が入っていく。
「残念だよ、聖女様。こんなガキを殺すことになるなんてな!」
「――ぁ、う、ぅぅ」
息をしようとしても、しゃべろうとしても、血のあぶくががぼがぼと吹き出るだけ。私は、首元をおさえながら、仰向けに倒れる。あたたかい血液が、ぴゅうぴゅうと飛び出る。手で必死に抑えても、何の甲斐もない。脳に向かう血液量が減り、意識が薄れる。――死が、目に見えて近づいてくる。でも、まだ。やるべきことをやらないといけない。
兵士が、とどめを刺さんと刃を私に向けた。だが、もう遅い。――傾いた天秤は、修正される。
「――ぅぅ!?」
私の輝星十字から放たれた不可視の斬撃が、兵士ののど元を切り裂いた。私とおそろいの、致命傷だ。私は、傷を癒してゆっくりと立ち上がる。
応報の権能。――私の受けた
もっとも、力をふるえるのは傷を持っているときだけという制約があるから、無敵というにはほど遠い。輝星十字を握りしめ、光の剣を呼び出す。ゆっくりと、スラヴェリオ要塞に足を踏み入れる。
「聖女様、戦況はいかが――うぅ!?」
近づいてきた兵士ののど元に、刃を突き立てる。倒れ伏す兵士をそのままに、砦の中の兵士を探し出しては、切り伏せていく。わかっている。どうせ全員裏切り者だ。
兵士に、何度も体を刺され、そのたびに傷を増やし、権能を用いて、傷を返し、その後に傷をいやす。気が付けば、私の衣服は返り血と私の血で、真っ赤っかになってしまっていた。
守護隊の隊長が、覚悟を決めたといわんばかりに私と対峙していた。
「――クソ、ノヴァクの野郎。しくじりやがって」
「……ただただ、残念です」
自分が、魔王と戦う勇者たちの足を引っ張ることなど。あってはならない。人を切り伏せる感触。肉を断つ音。吹き出る血のあたたかさ。
すべてが、不快で仕方ない。
「……あなたたちにも道理があり、私たちを売り渡そうとしたのでしょう。――裏切るのは、初めてですか?」
「……さあな」
ならば。これまで、お前たちが裏切ってきた死者の無念のためにも。罪の重さを考えても。この刃は、報いを与えなければなるまい。
「――――っ、」
心臓に、刃が突き刺さる。腐っても隊長というわけだ。だが。それでも。心臓を貫いただけでは、即死など到底できない。頭部をつぶさねば。思考はできる。
それさえできれば、引き分けなのだ。結局、裏切りの理由は聞けなかった。でも、聞きたくもない。知りたくもない。知っても、どうせ私にできることなどないのだから。――ごめんね、さよなら。
隊長さんの心臓に、刺突が返される。守護隊長は、眼を見開きながら倒れた。
私は、自らの傷を治療して、隊長さんと同じようにそのまま地面に倒れた。
「いたい……」
刺された傷も。切られた傷も。全部が、致命傷で。失った血も、傷も。ふさぐことはできても……。血を補うことすら可能でも。傷が、そのままなくなったわけではないのだ。
どうして、こんな目に遭うんだろう。この苦難の先に、何が待ち受けているのでしょう。
それでも、女神さまの加護のおかげで、命だけはつなぐことができた。十分感謝すべきだろう。
小さな自分の体を、抱きしめて。血だまりの中で泣いた。私に聖女なんて務まらない。外では、魔力と魔力がぶつかっている。
私だけが、戦いに適性がない。戦士じゃない。勇者でもない。魔法も、使えない。
こんなざまじゃ、女神さまの期待に応えられない。ごめんなさい。それでも、私に力を貸してください。お願いします。
しばらく泣いていると、落ち着いてきた。私は、ふらふらと立ち上がり……とりあえず、血まみれの汚くて臭い服をすべて脱ぎ捨てたのだった。
スラヴェリオ要塞から、皆の荷物を持ってきて、私も替えの服を着る。下着しかないんだけど。……シシィのローブを借りることにした。
戦いが終わって、勇者たちが戻ってきた。シシィは泣きそうな顔をしながら、飛んできて。私に抱き着いた。
「アリア――ッ! よかった、あなたが、死んじゃったかと……!」
「死んでませんよ」
「分かってるわよ、でも、アンタの魔力が乱れて……」
「あはは。奇跡を多用したからかもしれませんね」
シシィは、ただひたすら私を心配していたが。少し傷があるっぽかったので、癒してあげた。勇者と戦士も、よく見ると骨が折れていたし、傷も多かった。
治療中に、勇者は砦の方を見て、目を細めた。
「……裏切り、か」
「そういうこともありますよ」
「中の兵士は、どうなった」
「殺しました」
「……っ、お前にそんな戦闘能力があるとは思えんが」
よくご存じで。とはいっても、やられたらやり返す戦法でどうにかしたとは言いづらい。権能がばれたら、聖女様シールドで受けた傷を相手に返せばいいってなっちゃうかもしれないし。勇者ともあろうお方がそんなことをするとは思えないけど……まだ、言いたくない。
奇跡を使って、砦に雷を落とす。何発も、何発も。――あれ、とまらない。もう、十字には力を通してないのに。
「ほ、ほら! 戦闘能力があるでしょう!?」
「……あ、あぁ。そうだな」
その後、何百発と雷が落ちて、砦は廃墟となってしまった*1。
王国の皆さん。税金でたてられた施設をぶっ壊してしまい、まことに申し訳ございません。
今後は奇跡の乱用を控え、再発防止に努めます。
なお、再発防止のための報告書を添付ファイルにてお送りさせていただきます。パスワードは、【gomennasaisaisaizeria】です。
改めまして、この度は誠に申し訳ございませんでした。
全員CCに入れてそうな謝罪を心の中で済ませ、勇者の傷を治す。
旅はこれからだ。
「……アリア。よく見たらそれ、私のローブじゃない?」
「…………その、私の修道服が血まみれで」
「――仕方ないわね。魔法で作ってあげるわ」
そんなこともできるんですか!? シシィはすごい。私の親友は世界一なんだ。
でも、それでも。衣服は繕うことができても。傷をいやすことはできても。失った命は、帰ってこない。
人を殺めた記憶は。いやな夢として、旅の中の私を苛んだ。
昔は、まるでふさわしくない戦い方をしていた。今は違う。魔力操作に、相伝魔法。固有魔法すらある。前世とはまるで違う、才能に満ち満ちた身体。
前のような遅れは取らない。魔族でも、魔竜でも、何でもかかってこいって感じだ。
ホントは過去の聖女様のモノローグは俺なんだけど、さすがにわかりづらいしめんどくさいので私で通させてもらいました。