元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
青の班。私は、一応名乗ることにした。
「リリーナ・アリア・ハミングバード。よろしくお願いいたします」
続いて、黒髪の青年が、口を開いた。魔力の練度が高い。いい魔法使いだ。
「ルイ・ルナ・ディアホーン。よろしく」
皆が、それに続く。名前をたくさん出されても一発で覚えることは私にはできないのだが……。
「アリス・クラウディア・スノードロップ。どうぞ、よろしく」
「パックス・レイン・レオンテイル。よろしく」
「……えっと、ミシェル・サークホルンです。よろしくお願いいたします」
なんだ。知り合いばっかだ。ラッキー。コミュニケーションのとっかかりがある分やりやすそうだ。私は気分上々で笑った。
「それでは、参りましょうか。スラヴェリオ要塞への道筋なら、よく知ってますもの」
「……あんなところを選ぶなんて、賢者様は趣味が悪い」
アリスが、嫌悪感丸出しでそういい放った。私は、何のことかわからずに首をかしげる。
「大聖女の怒りが降った場所ですわよ。魔族に与した人間を、一人残らず鏖殺した。聖女様の偉業に残る、唯一の血塗られた物語」
なるほど。普通に伝わっているのか? そう考えるとめっちゃ嫌だな。いかにも、「私たちはこれから人類を裏切ります!」みたいな叙任式になるのか。うん。確かに、なんであんな場所なのだろう。
「確かに……あまり、いい場所とは言えませんわね」
「場所なんてどうでもよくないか? 俺はさっさと賢者様に魔法を教わりたい」
ルイはそう言って、そそくさと準備を始めてしまった。ああ、シシィの同類だ。魔法オタク。魔力の質が高いのもそういうわけか。
パックス君は、アリスに同調してうなずいた。
「俺も……縁起が良くないと思う。雷撃で、城塞はかなり損傷している。崩落の危険すらあるだろう」
「シシィ……賢者様は、保存系の魔法は息をするように使えます。崩落の可能性はまずないでしょう」
もう完全に言ってしまったが、本人がいないのでセーフ! パックス君は別のところに指摘をしてきた。
「そうか……賢者様の魔法に詳しいな」
「勇者一行の冒険譚は穴が開くほど読みましたので」
しれっと返しておく。最近思うのだが、私のスタンスって客観的には教科書では教えない歴史の真実をガチで信じてるやばい奴な気がする。いや、でも、これが真実だし。くそ、言えば言うほど「そういう系」だ。
「読んで、聖女様にあのスタンスなんですね、リリーナ……」
「読んだからこそ、ですわ」
軽口をたたきながら準備を進めていく。私たちの目指す懐かしの砦。シシィは、一人であの砦で待っている。なんか、あまりいい感じじゃない。
急がないといけない。どうせ、叙任式に間に合うためにはハナから全力で急がないといけない。
スラヴェリオ要塞に久々に訪れたのは、旅から帰ってきてから、数年たったころだった。私たちにとっても苦い、人間による裏切りを経験した初めての場所。アリアは、理由を聞かなかったと言っていた。聞いても仕方がないと。
アリアは、あの瞬間。きっと、死にかけたはずだ。魔力の揺らぎを、奇跡の多用と言い訳していたが。その時も魔力が揺らいでいた。だから、彼女は死にかけている。
だが、その秘密を知りたいとは思わなかった。雷撃が、スラヴェリオ要塞を切り刻まんと何度も、何度も落ちていた。
アリアは奇跡の制御が苦手だったし、嵐や火炎、大雨といった大規模なそれの制御を何度も誤っていたが。それでも、単発で終わるような奇跡を乱発したことはない。
つまり、あれは女神の憤怒そのものだ。
応報の女神。俗名をユースティティアとしている彼女も、神である以上神代の誓約に従う意志はあるのだろう。すなわち、下界に直接の関与はしない。奇跡は移ろう星々と神々の定めた範囲で、信仰心が高きものが振るう神の力であり、聖女といった代行者は神々の意志を受け、力をふるう存在となる。
女神という超越者が自ら力をふるうことはない。だが、それでも、その原則すれすれで、聖女が気まぐれに振るって見せた奇跡にただ乗りしてまでも、制裁を与えなければならないと判断したのだ。ひょっとすると、生き残りがいたのかもしれない。
要塞の、ぼろぼろの壁に保護魔法をかける。中に入ると、無数の白骨化した兵士の死体が転がっていた。入らなければならないと思ったのは、聖女の伝説を編纂するため。
彼女の足跡を、追いかけるためだった。
隊長室に入る。そこには、真っ赤な血の海があった。到底、一人分とは思えない。
まさか、応報の権能を使っていたのだろうか――?
そして、黒くひび割れた血痕の中に、聖女の修道服を見つけて。顔が凍り付いた。
血染めで、真っ黒になっている。嫌な予感が確信に変わった。応報の権能による、傷返しの殺戮。つまり、死んだ兵士の数だけ彼女は致命傷を受けた*1。そのことを、平然と隠していた。そして、傷を隠すために。衣服を脱ぎ捨て、ローブを私に借りたというわけだ。
臆病なアリア。私の妹分。そのイメージが、ぽろぽろと崩れ落ちる。……アリア。痛いのが嫌で、傷つくのも傷つけるのも嫌いなあなただけが、旅路で殺害を選ばされてしまった事実に。感謝すべきだろうか。謝るべきだろうか。
私は、肝心な時にあなたの隣に座ってあげられなかった。
「……アタシなんかより、よっぽど英雄めいてるわね」
要塞の隊長室の椅子に腰かけて、少し目を瞑る。今の私になら、できる魔法がある。過去を読み取る魔法だ。
場所にも、魂と呼ぶべきものがある。大地の記録。星の記憶とでも呼ぶべきもの。あまりに人が雑多に訪れる村落や、町などでは読み取ることはできないが。人がめったに訪れないこういった場所であれば、読み取ることはそう難しくない。
ゆっくり、じっくりと魔法で記憶を探る。そして、私が訪れた過去を超えて、雷撃が降り注ぐ時間の少し前……隊長と、アリアが対峙するところから。再生する。
そして、真実を目の当たりにして――思わず、机をたたいた。
クソ。クソ、クソ。十二年。未だに、私は。私たちは。あの子に追いつくことができていない。応報の権能を、平然と使っていた。女神の嚇怒もうなずける。
ちいさく、ため息をつく。
「結局、アタシも勇者も……アンタの影を追いかけてるだけね」
痛みを抱えて、何も無いようにふるまっていた。守っていたのは、私たち。そんな思い上がりは、蜃気楼にすぎなかった。それを、ただひたすら痛感する十二年。
作り上げたかったはずのものも、すでに崩れつつあり。
――それでも、信じたものを。仲間と道を違えてでも、貫くと決めた信念を全うする。私にできることは、ただ、それだけ。
できることをすること。そのほかは、できない。
軽い駆け足で、行軍を進めていく。騎士の鎧も、馬もない。魔法騎士とはそういうものらしい。魔力強化で相手の刃をとめ、魔力強化で馬よりも早く進む。
アリスは風の妖精の加護を少しだけ授かっているらしく、軽やかな足取りで皆の先頭を走る。他方、スピードが遅いのは魔力自体はそこまで多くない私である。私はあんま燃費は良くないのだ。
「ミシェルはこのペース、平気ですか……?」
「……魔力強化があれば、正直特に問題は感じないです。本気なら十倍は速度を速められますけど……」
ミシェルに聞いても、魔力お化けとしての答えしか返ってこない。パックス君は……なんか、聞くのも嫌だ。煽られそうだし! 実際、そこそこ運用が上手だ。悔しいが。
ルイ君は魔力操作がかなり上手で、程よく脚力や呼吸器系の補助をこなしている。そこまで丁寧な魔力操作はシシィでもできないんじゃないか、ってくらい繊細だ。
思わず、口元が緩む。笑ってしまう。
どこに行っても、落ちこぼれ。――否。違う。私の得意が、持久戦じゃないだけ。騎士として、ミシェルやルイ、パックスにアリスと。比べて、実力が劣っているとは思わない。
自分はダメだ、どこに行っても大した人間にはなれないと。勝手に諦めそうになるのが。そんな自分が嫌いで。そこで、自分が嫌いだ、嫌だでとまって。変われない自分が大嫌いで。そして。自分が大嫌いな自分が――果てしなく、嫌いだ。
自己嫌悪に陥っていると、隣から声がかかった。
「……行軍に遅れが出ているわけじゃない。そんな顔をするなよ、リリーナ嬢」
「――騎士の叙任を受けるのです。嬢は、おやめくださいな」
「そうだな」
「それに、そんなに変な顔をしているつもりもありませんが」
「そうかもな。表情はいつも通り。どうやらリリーナ殿は取り繕うのがお上手なようで」
ルイは、表情の変わらない顔で、淡々と言葉を並べる。そして、続けてこう言った。
「魔力は百面相するぐらい、表情に出ている。嘘をつくときも、笑っているときも、怒っているときも。魔力操作は悪くないのに、感情は隠しきれていない」
「そんなはず――ありませんわ」
なんだか、こう、心をダイレクトに突っついてこられるのは少し不愉快だ。恥ずかしいというか、弱点を隠しきれていないのがばれているというか。……前世より、魔力操作は上手になったつもりだったのだが。
「また揺らいでいる。……実際、俺はアンタが気に入ってるんだ。固有魔法を作れる知恵と、実践の数々。この力は一朝一夕で身についたものではないはずだ。だから、ちょっと身体強化の持続性が短いくらい、あまり気にしない方がいい」
それは、私じゃなくて。私の才能が、好きなだけでしょう? なんて。皮肉が口を突いて出そうになるが。シンプルな善意に対して悪意で返したくはない。適当な言葉を絞り出す。
「そうですか」
「それに、魔力強化をほとんど使わずにこの速度についてこられる脚力は、誇るべきだ」
思わず、眼を見開く。ばれていた。今の私は、脚力ではなく肺の防護にほぼすべての魔力を費やしている。というのも、かけっこがすき……ではない。固有魔法の力だ。
ハミングバード。ハチドリの魔法。「固定化された動きを超高速で繰り返す魔法」。ウッドペッカーの、不可視の連続刺突の上位互換。だが、燃費が悪く、食事を多く必要とする極めて面倒な魔法。足に一度かけてしまえば、解除するまではしばらく繰り返される。急なブレーキには対応できないところが、弱点である。
「……よく見れば、これも魔法か。――術式に保護がかけられているのを見るに、相伝か」
「秘密ですわ。少なくとも、手札を明かすほど、仲良くなった覚えはありませんので」
「そうか……そうだな」
「ハミングバードの相伝魔法。効果は動作の高速化ですわ」
「君は自分で言ったことを一瞬で忘れるのか!?!?!?」
ルイが、思わずといった風に目を見開く。ふふん。励まされっぱなしも、ミステリアスな貴族令嬢も。やっぱり私には性に合わない。
ごめんなさい、女神さま。ごめんなさい、ドロシー。ごめんなさい、アホの勇者。ごめんなさい、戦士殿。ごめんなさい、……シシィ。
やっぱり、私は。どれだけ不出来でも。どれだけ本質が、「隠すに値するとしても」。それでも、
女神さまに言われずとも、私自身が満足のいく生を送れなかったなんてこと、わかっている。
シシィに隠されなくとも、自分が恥ずべき臆病者で、浅薄な愚者であることも、わかっている。
わかっている。親がいなかろうと。義母に愛されなかろうと。妹が、笑ってくれなくなろうと。誰に裏切られようと。
私は所詮、性格の悪い、卑屈な、一匹のアリにすぎない。
「ルイ様。ありがとうございます。ですが、このリリーナ。まだまだ、全力を隠していますのよ!!!」
足にも魔力を込めて、一歩踏み出す。地面が、ずぶりと陥没する。思い切り大地を駆け抜けて、皆を置き去りにする。
「そんな調子じゃすぐガス欠になるぞ!!!」
「先のことを考える
いつぶりだろう。他人の目を気にせずに、駆けまわるのは。――竜に追いかけまわされたときいらいかしら。
浅はかな私を。それでも、許してほしい。
誰にも価値を認められない人生なら。ちょっとくらい、わがままも許して。ね?
この後魔力切れになってミシェルにおんぶしてもらった。
ルイ君とアリスにめちゃくちゃ怒られた。パックスはドン引きしていた。
ごめーーーーーーん!!!