元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
悔しさで涙がこぼれる。不信心者による冒涜に、鉄槌を下しただけだった。俺の刃は、不信心なハミングバードには届かず。俺の身体は、下賤な平民に足蹴にされ、気が付けば俺は馬車の中だった。
レイヴンクレストの次男として、本来ならば兄を追いやり、領地を継承することだって俺にはできた。それだけの魔力と、鍛錬を積んできたつもりだ。神に祈り、貴族として、世を治める使命を全うに努めてきた。善良な人間として生きてきた自負がある。
それなのに。あんな、聖女様をそこいらの少し腕の立つ剣士や、帝国の騎士団長風情と同列に扱い。あまつさえ聖女の偉業に疑義を唱えるような小娘に。
ただの、魔力を与えられただけの平民に。
「俺の人生は……こんなふうに終わっていいのか……?」
クソ。クソ。クソ。あばらが軋んで、うめき声しか出ない。すべて、すべて。すべて。あいつらが悪い。
馬車の中で、寝転がって呻くなんて、無様を晒すことになるようなことは。何一つしていない。
俺は悪くない。レイヴンクレストとして。恥じない行いをしていた。
下品な、駝鳥が飛びつくかのようなあさましい蹴りで。俺が、血反吐と汚物を吐き散らしながら、土を噛むことになるなんて。
認められない。認めてたまるものか。――俺は……!
「何者だ! 止まれ。――ぎゃっ」
御者が、珍妙な声をあげて、馬車が急停止する。俺は馬車の中で叫び声をあげることしかできなかった。
馬車の扉が、吹き飛ばされる。扉の外にいたのは、紺色の修道服を着た、温和そうな男だった。ウェーブがかった茶髪が印象的な、皺の深い老齢の男性だ。
「……レイヴンクレスト卿に、お間違いありませんね」
「――何の用だ。賊か?」
「まさか――聖名の下に、友の傷を癒せ。我は自ら喉笛を引き裂くもの。友のために命を惜しまぬものなり。――どうです? 傷は、治りましたかな」
気が付くと、俺の身体から痛みは消えていた。執行者ですら治せなかった傷を、いともたやすく癒して見せた。
「あなたは……教会の方ですか? あ、ありがとうございます!」
「いえいえ……教会。まぁ、半分あたりです。我等は……真の祈りを求める者」
「真の……祈り?」
俺は、老人の言葉に首をかしげる。これだけの奇跡を扱えるのだから、間違いなく教会のもののはずだが……。
「シドゥス教の、天の神々ではなく。この世に安寧と平和をもたらした聖女の秘蹟を追い求め、解き明かす求道者の一団。『
一瞬で理解した。主流派ではないと。だが、俺が常々思っていることのように、老人は語る。
「古き神々など、もはや幻想にすぎません。あれらは、とうの昔に力を失い、すでに文書の中に存在するのみ。応報の女神も、すでに過去の存在です。……今現存する神秘とは、聖霊結界とその中核を担う聖女様のみ!!! 現に我らは、神への信仰を失いながら……聖女様への信仰のみで、奇跡を極めて高いレベルで運用している」
「おお……! で、では、なぜ大聖女といわない……?」
老人は、窘めるように俺に語り掛ける。
「何を仰いますやら。大聖女とは、主流派……シュガーアンセム派が他の聖女と比較して名付けたものです。聖女は、
「あぁ……! 俺が、俺が愚かでした!!!」
「ふふ、わかっていただければよいのです」
老人は、満足そうにうなずく。俺は、この時初めて恩寵というものを理解し、真の教えに目覚めた。これまでの人生はまがい物にすぎない。
この、啓示を。神の光を受けるために、生まれてきたのだ。
「それでは、レイヴンクレスト卿。我等の活動に、ご協力願えますかな?」
「クッ……ハハハハハハハハ!!!! もちろんだとも、……ええと、御身のお名前は?」
老人は、しばらく考えてから……にこりと微笑んだ。
「アンドロマリウス・ネストリウス・クラウドシープ」
「……よろしく頼む、アンドロマリウス殿」
俺は、アンドロマリウスと固く握手を結んだ。まるで、契約を結ぶように。
魔力には、四つの指標がある。魔力量自体と、魔力が伴う性質。出力と、魔力圧。これらのすべてが、相互に関係する。
魔力量は、池の水に近い。これが多ければ多いほど、魔法の持続力が長くなり、複数の魔法を絶え間なく運用できるようになる。ミシェルの魔力量は竜をほうふつとさせる化け物っぷりだ。
性質は、なんというべきだろうか。魔力それ自体が直接肉体や物質に影響を与えることはない(強化の術式などを通して作用する)のだが、術式に対する良し悪しがあったりする。
余談だが、シシィの魔力の性質は「銀雪」らしい。氷魔法と相性が良いって本人は言っていた。
出力は、特定の術式を使って出せる威力の制限、とでもいうべきか。起こせる現象の規模の大小である。出力の上限は生まれ持った才能次第で、訓練次第でどうこうできるものではない。同じ炎の魔法術式でも、一人は煙しか出せないこともあるということ。万人がほんのりもつ魔力だが、出力が低すぎて形にできていないのが現実だとシシィがいつかしゃべっていた気がする。
魔力圧は、魔力の密度とでも言おうか……少し難しいな。同じ術式でも、魔力圧が高ければ見かけの魔力消費が減ったりする。同じ結果に至るまでの時間や術式、詠唱を短縮しやすい素質だ。あと、同じ魔術をぶつけ合えば、出力の大小よりはむしろ魔力圧の大小でどちらが押し切るかが変わる。山を焼く炎が、魔力圧の高い煙に敗北することもあり得るのが、魔法の世界ということらしい。これは、リリーナの得意とする領域だ。ん? アリアだったころ? 聖女様は魔力なんてほとんど持ってません。奇跡に込める魔力はほんのわずか。信仰だけで奇跡は起こせます。
ね、女神さまを信じるに値するでしょ? なんつって。
べつに、ご利益が欲しくて女神さまを信仰するわけではないから。応報の女神さまは、信者に対して最も賞罰をあらわにし、救いを示すことはない。
そこにあるものは、ただ絶対唯一の基準であり。それは、時代も、場所も関係ない。
善悪の基準を保ち、その秤には鴻毛一つの重さの誤りもない。そう生きられれば、どれだけ素晴らしいだろう。――自分にとっての利益じゃない。そんな小さなものではない。応報とは。報いとは。正しさとは。そのすべてを、握る存在に対して。
私たちのような塵芥が取れる態度は、ただ一つ。服従のみ。
ねぇ、そうでしょう? 女神さま。私の人生は、正しくなかったのかな。間違っていたのかな。私の存在は。許容されるに、値するものでしたか?
問いかけには意味などない。――だって、私の結末は。すでに終わっている。
焚火を眺めながら、寝ずの番をする。迷惑をかけたお詫びに、私がこの夜はまるまる番をする。本当は焚火なんて起こしてたら夜襲を受けやすいのだが、獣は炎には近づかないので火を起こす方がいいということになった。
まあ、王都近辺で匪賊なんて発生しないか。
暇なので、女神さまへの祈りを口にする。
「我が主よ。私の祈りを受け取り給え。我が心臓を主の秤に乗せ給え。悪念あれば我が舌を切り取り、悪行あれば我が腕を奉げん。偽りあらば我が眼を贄とし、過ちあれば我が足を質と為す。我が罪を数え、一つごとに骨を奉げ、十あらば肉を捨てん。すべては主の為すがままに。我等は皆、主の裁定を望むものなり。――我が主よ。私の祈りを受け取り給え。我が心臓を主の秤に乗せ給え。悪念あれば我が舌を切り取り、悪行あれば我が腕を奉げん。偽りあらば我が眼を贄とし、過ちあれば我が足を質と為す。我が罪を数え、一つごとに骨を奉げ、十あらば肉を捨てん。すべては主の為すがままに。我等は皆、主の裁定を望むものなり。――我が主よ。私の祈りを受け取り給え。我が心臓を主の秤に乗せ給え。悪念あれば我が舌を切り取り、悪行あれば我が腕を奉げん。偽りあらば我が眼を贄とし、過ちあれば我が足を質と為す。我が罪を数え、一つごとに骨を奉げ、十あらば肉を捨てん。すべては主の為すがままに。我等は皆、主の裁定を望むものなり。――我が主よ。私の祈りを受け取り給え。我が心臓を主の秤に乗せ給え。悪念あれば我が舌を切り取り、悪行あれば我が腕を奉げん。偽りあらば我が眼を贄とし、過ちあれば我が足を質と為す。我が罪を数え、一つごとに骨を奉げ、十あらば肉を捨てん。すべては主の為すがままに。我等は皆、主の裁定を望むものなり。――我が主よ。私の祈りを受け取り給え。我が心臓を主の秤に乗せ給え。悪念あれば我が舌を切り取り、悪行あれば我が腕を奉げん。偽りあらば我が眼を贄とし、過ちあれば我が足を質と為す。我が罪を数え、一つごとに骨を奉げ、十あらば肉を捨てん。すべては主の為すがままに。我等は皆、主の裁定を望むものなり」
「うわ――っ」
「我が主よ……あれ、アリス? 起こしてしまいましたか」
「ん……違うわよ。ちょっと目が覚めただけ」
どうやら聞かれてしまったらしい。へへへ、と照れ笑いをするとアリスはくすくす笑いながら隣に座った。
「……意外に信仰心自体はあるのね、奇跡を聖女並みに扱えるという自信もよくわかるわね」
「まぁ、それは……」
聖女ですから。とはいえずに、適当にごまかすしかできない。
「……あなた、魔法でずいぶん上手に力を節約していたはずだけど。最後、どうして急に本気で走って見せたの?」
悪ノリ。考えなし。無鉄砲。あるいは、ミシェルに何とかしてもらえると思った。全部初対面みたいな少女に言って怒られない保証のない説明である。
「ええぇと、そうですね……少し、考える時間が欲しいですね、なんて」
「……実際、あなたの魔力圧はすさまじいものがあるわね。貴方と魔法戦はしたくない。心底そう思うわ。――考えなしで、やけくそになるところを除けば」
アリスは、ややジト目でこちらを睨んできた。お姉さんぶりやがって……。まったく。私のほうが本来は年上だと理解させてやりたいところだ。私が反論しようとすると、アリスはそれを手で止めた。
「あなた、周りの貴族たちよりずいぶん幼い。十歳くらい……あら、十二歳なの、ふぅん……それでも、あなたは幼すぎる。無謀すぎるわ」
「そんなことありません」
「あるわよ。……自暴自棄になっちゃダメよ。なんだか、あなたは見ていて危ういわ」
「ご心配ありがとうございます」
アリスは、世話焼きらしい。私は苦笑いしつつ、礼を返す。
「実際、この行軍速度は私だってついていくのもやっと。あなたの魔力操作じゃ、かなり厳しいでしょうに。……私は相伝の魔法もあって、かなり魔力を節約しているのにね」
ミシェルがうらやましいわね、と軽く肩をすくめる。なんか、変な人だ。
「……ほら、なにぼうっとしてるの。見張りを代わってあげるって言ってるの*1。さっさと寝なさい」
「……あ、ありがとうございます。なんだか、初めてです」
「はじめて?」
「ええ。こんなに人にやさしくされるのは生まれて初めてです。ありがとうございます、アリス」
「――さっさと眠りなさい」
アリスは、最後に無表情に言葉を投げた。何か、怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。首をかしげながら、寝床についた。