元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
宮廷魔法使い。それは、魔法使いの頂点であり、宝石のような才能を、天高く積み上げた努力により星と為した至高の存在。その末席を、庶民が穢したとなれば。宮中の人間はひたすらに侮蔑を為していた。たとえそれが、魔王のくびきから人類を解き放った英雄であっても。
「宮中が魔族の血で汚れる」
「庶民が図に乗っている」
「星は星でも、所詮は星屑」
ひどい言われようだった。――「星屑」のエリザベート。他の宮中魔法使いが思い思いの星号を謳う中で、ただひたすらにそう呼ばれた私は。そんなことを、毛ほどにも気には留めなかった。
宮中で、泥を啜ると決めた時点で。――あの子の死に報いると誓ったときに。そんな侮蔑。毛ほどにも気にはならなかった。
「アタシの殿上入りを決めたのは陛下よ。あんた達、陛下が宮中を血で汚したと言いたいのかしら」
国王は、宮中の貴族を疎ましく思っていた。国政にたびたび介入し、親政を為したい国王と。国王に権力を集めたくない宮中の貴族。それに連なる魔法使いたち。
私の後ろ盾は、国王。そして、――教会にて司書長の座にある、アリアの姉とも呼べる存在。ドロシー・リスティ・シュガーアンセム。
「……神は血の貴賤を問いませんもの」
修道院の力。それだけで生き残れるほど、泥の海は甘くない。
――私は、泥の中で自分の本当の力を知った。
宮廷政治闘争。宮宰の不正を暴き、時に懐柔し、脅し、宮廷魔法使いの禁忌を告発した。謀反をたくらむ人間を処刑し、あるいは邪魔な特権意識の強い貴族に罪を押し付けた。
私は魔法と知略で、宮中を掌握し――ことを有利に進めた。わずか数年で、王太子の教育係を任せられる地位、すなわち宮廷魔法使いの最上位。賢者として席に座るに至った。暗闘を好むのは、私の性格の悪さか。あるいは、魔法学院で学んだ結果か。
「――賢者様」
国王ですら、今は私に頭を下げざるを得ない。外交も、内政も。国王は、とうの昔に私がいなければ進まないということに気づいてしまった。
親政を進めるために私を駒にした報いを与えてやる。――国王陛下。あなたは、御自らあなたの手足をもいでおられたのです。私は、私の理想を実現する。
「先生! ――俺は、俺の国を作りたい。父上のように、貴族を制し、理想の政治を行いたいのです。王国の繁栄のために!」
キラキラと、目を輝かせる未来の王。理想に燃え、王国を伸長させたいらしい。私は、にっこりと笑いかける。
「殿下。素晴らしい心意気ですね。――殿下の理想のために、陛下をお支えして、殿下にもまたお仕えいたします」
この子も、いずれ気づく。――誰が、この国の主であるか。いずれ、貴族を均し、庶民も統治に参画する。封土は国王自らが統治し、その全権を王都に集中させる。
王は、王太子のうちは我が教導に従い、王になれば私の及ぶ力を苦々しく思いながら、排除することはできない。そして、必ず息子を私に託す。――私は英雄であり、政治的に瑕疵のない忠臣であるがゆえに。
老いを遠ざける魔法を用い、朽ちぬ身体の魔法を支配し、年齢を操る魔法を修得した。不滅。
星屑ではない。今の私は、闇夜から王国を見守る月光だ。
アリアには、今の私は見られたくないかもしれない。
それでも、私は私の闘争を続けさせてもらう。
翌日。結構深い睡眠だったのか、体の疲れはずいぶんと取れていた。二日目の行軍は、のんびりいけそうである。……パックスは、何か言いたげな顔をしていたが。一日目でずいぶん稼いだのだから、多少のんびりしてもいいではないか。
私ののんきな提案に、アリスは飛びつき、ルイは少し考えてから同意する。ミシェルは少し考えてから、小さくうなずいた。
こういう私の提案がのちにトラブルになることは多い。そのことを、あえて黙っておくことにした。……何も起こらないかもしれないし。懐かしき勇者たちとの冒険の日々。シシィに聞いてみたい。――あの旅は、楽しかったかな。
私は、楽しかったよ。つらいこともいっぱいあったけど、楽しかった。人生は、そう悪くない旅路であり。私は、その旅路を楽しめた。
友を支えにし、信仰を杖に。私が救いたかった人は、ちゃんと救われているだろうか。
私がいるという、マグナポラリス大聖堂をいつか訪れてみてもいい。その中に、私が見知った友人や、村の人がいれば。少しは嬉しい気持ちになれるかもしれない。
なんて考えながら、小走りで走る。アリスに近づき、会釈をする。
「アリス。昨日はありがとうございました」
「別に、そんなかしこまらなくていいわよ……というか、さりげなく呼び捨て……」
「おや? ダメでしたか」
昨日の夜、うっかりアリスと呼んだが特に何も言われなかったのでそのまま続行したのだが……どうやら、寝ぼけていただけらしい。
アリスは、一瞬考えてから、眼をそらして、つぶやいた。
「構わないわ。ただ、ミシェルと話しているときは様をつけていた……ああ、訓練場での話よ」
「盗み聞きですか」
「訓練所でべらべら話しながら練習していたのはあなたたちだけよ。聞こえてきたの」
人聞きの悪いことを言わないで頂戴。そんなことを言いそうな顔をして、アリスはこちらを睨む。
「人聞きの悪いことを言わないで頂戴」
「おおっ」
「何よその反応……ま、とにかく。これからもよろしくね、リリーナ」
「ええ、もちろんです」
なんだか、アリスは少しだけ不思議な人だ。ツンデレというのだろうか。なんだか、素直に言葉を口に出せないらしい。思い返せば、シシィもそんな雰囲気があったような……。
ま、いいや。シシィは突っつけばいい感じに反応してくれた。
私は、気を張って声を出した。
「さぁ、スラヴェリオ要塞は山間部の隘路を通らないといけません。ここからは厳しいので、魔力の節約を頑張りましょう」
「……どの口で言っているんだ」
ルイとパックスが、同時につぶやいた。失礼な。経験者として、教えてやってるんだろ!!!
ん? 前回はどうやって向かったって? 昔は宙を浮けましたので。シシィにひもで括ってもらって、引っ張ってもらいました。風船みたいな感じ。
シシィは体力のある魔法使いではありましたが、勇者や戦士のペースではかなり厳しいところがありましたね。ええ。大変そうでした。
「……いざとなったら、助け合いましょう」
アリスが、不服そうにつぶやいた。足を引っ張って申し訳ないが、戦闘ではその分役に立ちます。本当だよ! ……ミシェルの力押しだけで突破できるような試練をあの性格の悪いシシィが出してくるとは思えない。
昔からそうなのだ。シシィは自分が窮状に陥っているふりをするのがうまかったり、相手の思考を誘導するのに長けていた。今回の騎士叙任も、いかにして間に合うかを意識させているあたりに。何か嫌な感じがする。
山間に、ぼろぼろの教会があった。おそらくは、魔王に滅ぼされた教会だ。それを見て、アリスが私をちらりと見る。
「少し、休憩でもする? ……時間も、そこそこ残っているし」
ああ、気遣っているのか。優しい人だ。こういう直接的な気遣いにはあまり慣れていない。少し頬に血が上る感じがある。恥ずかしいやら、うれしいやら。
ミシェルも、こちらを見て微笑んだ。
「リリーナ。疲れてませんか?」
「……疲れてます。休憩にしましょうか」
滅んだ教会でも、一応は開けたスペースになっている。私たちは少し休むことにしようとして……教会の扉が、吹き飛んだ。
巻き上げられた砂塵と、かび臭い教会のにおいがあたりにたちこめる。思わず顔をしかめてから……。砂塵の奥の魔力を感知する。
「エリザベート・シルバースノウ・ノルトライト……!」
全力で闘気に身を包む。煙の中から姿を現したのは、巨大な岩の巨人だった。
「クソ、賢者のゴーレムだと!? 王立近衛十人分に値する魔法じゃないか」
パックスが、忌々し気に吐き捨てた。あぁ、なんだ。本人じゃないのか。なら……やりようはある。ミシェルが、ばっと前に出る。支給されていた長剣を抜き払い、全身を莫大な魔力で覆い、突貫する。
振り下ろされた剣は、甲高い音を立てて岩の装甲とぶつかるが、特段ダメージを負った様子はない。巨人が腕を振り上げた刹那――私はあわててミシェルの援護に入る。
「影よ、その身を現せ!!!」
汎用魔法、影写し。岩の巨人とミシェルの間に割り込む。短距離の超高速移動。
「っ、我が敵を鎖せ」
岩の巨人の拳を、そのまま顔面に叩き込まれる。が、ギリギリのところで竜骨鎧を発動させ、ダメージを軽減させる。
魔力が軋むあたり、かなりの魔力圧と出力を持つらしい。このゴーレムは。舌打ちをして、皆を見やる。すでに、皆臨戦態勢に入っていた。
「開き、閉じた後に全てを亡ぼせ!!! 目覚めよ!」
アリスの魔力が、一気に膨れ上がる。その出力は、ミシェルには及ばないがかなり高い。ああ、これが彼女の隠し技という奴だろうか。
「――天雲は遊々として、留まるを知らず。河水は流々として、萃まること無し――常ならざるものを常と為し、濁を清め、邪を払い、衆寡を掃き散らせ。――綻べ、水穿」
ルイは魔力操作を見事に行い、高出力の魔法を準備しているらしい。悪くない。いい連携だ。私は、ミシェルを掴んでそのままゴーレムと距離を取る。
こんな近くにいると、巻き込まれる。
「――岩の巨人などでは、相手にならんと示してやる。我が意を示せ。雷戟」
パックスも、魔力を手に集めていた。ルイが水の矢を、パックスが雷を。アリスはまだ詠唱を続けているらしい。それぞれ、ゴーレムに攻撃が突き刺さり――高電圧の電気により高温となった水が、水蒸気が一帯を覆う。サウナのような高熱が周囲に広まる。
「……まだまだ、ですね」
シシィの魔法が、この程度で打ち破られるはずもない。だが、打ち破れない難関を用意するほどシシィは性格がゆがんでいない。
硬度は高くとも、魔力圧でこちらが勝れば。魔法である限りは、あの巨人も必ずうち破れる。
……魔法、か。魔法使いの割には、物理・魔法双方に強い存在を出してきやがる。
なおもぶつぶつ詠唱を唱えていたアリスが、詠唱をやめたらしい。みなぎる魔力が、極めて不吉な予感を漂わせている。
あんま使っちゃいけない魔法な気がする。
あまり気は進まないが。魔力強化ではないものを使わせてもらおうか。アリスには魔法を温存してもらおう。――闘気を、全身に回す。
魔法による肉体強化。闘気による肉体強化。これらは、微妙に違う。私の竜鱗気は、魔力によるものだから、肉体の運動能力を上げることはできない。魔法による強化は、肉体を強化術式により覆うことで、肉体を強化せしめている。
闘気とは、それとはまるで異なるもの。肉体にみなぎる力――魔法使いが魔力と定義したそれを、術式とは異なる練磨により、力と為す術。
魔力の原則に縛られていては、決して魔法使いには使えないモノ。
私には使える。勇者を。戦士を。その戦いを見てきたから。魔王の闘気を、見ていたから。魔王は、魔法使いでありながら。闘気を操っていた。
あれらを切り替えて使えるということは。魔力操作ではない、「なにか」がある。
知っているとも。魔法が、理念や理性の側の力であるなら。闘気は。たぐいまれなる、「意志」による魔力の現象化。
意志の強さこそが、闘気の強さに比例する――!!!
大地に、一歩踏み込む。ずどん、と地面が軽く揺れる。蹴りこめば、地面に亀裂が入り、一気に体が沈み込む。魔力の強化とはまるで違う。
ああ、悪くない。剣を、振りかぶる。
「怒ん――――!!!!」
剣が、ゴーレムの表層に軽く傷跡を入れて――刹那。刃が、砕けた。
あ、これはまずい。
ゴーレムの拳が、脇腹に突き刺さった。