元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
岩の巨人の拳は、私の闘気と竜鱗気に遮られ威力を大幅に減衰させる。それでも私は耐え切れず吹っ飛ばされる。景色が前へ流れていくのを感じながら、地面に激突する。
クソ。――シシィ。相変わらず、性格が悪い。あばら骨にひびが入った気がする。身体を起こす際に。呼吸をする際に。激痛に冷や汗が噴き出る。
「――ッ、ふぅ……ッ、あぁ……いっでぇな、クソ…………」
下品な言葉が口から出てしまったので、慌てて訂正する。
「うんち……」
ゆっくりと、立ち上がり剣を構えて、刃がへし折れたことを思い出す。……応報の権能を使うわけにはいかない。というか、使っても倒せない。
岩の巨人にこの程度の打撃でダメージが入るのか、とか。そういう話ではなく。そもそも輝星十字もなしに権能が呼応するのか、とか。
そういう話ではない。
すなわち、ゴーレムは権能がとることのできる対象にあらず。天秤の上に乗るのは、シシィだ。権能の効力の及ぶ範囲? 基本的にそんなものはない。この地上は四方すべてが神の庭先であるがゆえに*1。
今権能で呪いを返せば、シシィは突然あばらにひびが入り、激痛でゲロはいちゃうかもしれないということだ。……それはそれで悪くない。人のことおもいッきし殴りやがって。
シシィがゲロ吐いても、あのゴーレムは動き続ける。それは困る。だが、倒す必要はない気もする。
だって間に合えばいいんだから。シシィの好きな理屈だと思う。戦って勝てないなら、逃げればいいじゃない。奇跡が使えないなら、魔法でどうにかすればいいじゃない。地上を行けないなら、空を行けばいい。そういう代替性みたいなものを、シシィは好んでいた。
「おろろろろろろろ」
痛くてゲロ吐いちゃった。戦士の風上にも置けない軟弱さだ。調子こいて朝ごはん食べすぎたのが悪かったかも……。なんて。言ってる場合か。口の中が苦くてすっぱくて、のどがチクチクする。
目をやれば、他の戦士たちは各々必死に魔法を放ち、あるいは斬撃を放ち、拳をぶつけていた。ミシェルさん、さすがにグーは無理があるんじゃないですかね……。と、アリスは意外と近距離ファイターのようですね……剣を強化して見事に立ち回っている。
「リリーナが、リリーナが!!! ――よくも!!!!! 砂にしてやるッッッ!!!」
「落ち着きなさいミシェル!!! 冷静に戦えば勝機は見えるはずよ!」
ミシェルが鈍い音を響かせながら、拳を叩き込み続ける。腕の方はいかれないのだろうか。アリスは、睨みつけながら機会を静かに伺っているらしい。立ち回りが丁寧なのは、ぶちぎれているミシェルをみて冷静になっているのだろうか。
「クソ、きりがない」
「……穿て、翠水」
「――ッ、眠虎愕々!!!」
男二人は冷静にヒットアンドアウェイだ。魔法を使い、離れては撃ち、近づいては攻撃し……あまり効果はない。いずれ、じり貧になるだろう。
目を凝らす。魔力の流れをよーく観察すれば、きっと何かが見える。……魔力のコア、みたいなものが見れるかもしれない。
魔力の流れは見えるが、流動的で弱点は見当たらない。――だが、動きに大まかな見当はついた。ゴーレムは攻撃を最後にしてきた相手に向かって攻撃してくるという習性があるらしい。そして、攻撃動作を始めたならばしばらくはその相手を対象に動く。臨機応変ということができない仕組みだ。
分身の魔法とかに任せればよかったのかもしれない。
仕方ない。私は、魔力を弾き飛ばしてゴーレムにぺしぺしとたたきつける。
「
かかかかん、と小気味良い音が鳴り、ゴーレムに擦り傷が入る。岩の巨人が、ゆっくりと。だが確実に、こちらを見据えた。
私がターゲットらしい。……いいね。来るなら来やがれ。時間はある。詠唱を、確実に唱える。
「我が目は遍くすべてを見通す。我が耳は広がる世界を聴き知るだろう。
汎用高等魔法。私が使えるたった二つの第三階位以上の魔法の、一つ。それは、攻撃でも防御でもなく、相手の弱点を見抜くことだった。ゴーレムの拳が、今度は私を宙にぶっ飛ばす。
口から、血があふれ出る。赤いものを吐き出しながら、私は巨人を。――その先にいるシシィを睨みつけて嗤った。
「……見えた!!!!!」
ゴーレムの構造。内部に蓄えた魔力。その流れ。術式。そのすべて。私は、肉体に刻まれた相伝術式をたたき起こす。
思考を。詠唱を。何百倍にも圧縮して、攻撃の出力を最大にする。否。最大にすべきは、出力ではない。魔力圧だ。
岩の巨人であっても、魔力圧で私が勝れば、砕けないはずはない――。
岩を砕くのも、一苦労だ。魔力を全力で込める。魔力圧強化の詠唱を重ねて、極限まで火力を上げる。
もう一つ。第二階位を見せてやる。ちいさく、息を吸った。
「――朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。路は曼曼として其れ修遠なり、吾将に上下して求索せんとす。命に限りあり、道を悟ること能わず。兵は朝に行き出でて攻め、暮れに夜帰らず。白骨四海を蔽う」
魔法陣を、中空に描く。複雑な陣が、燐光を放つ。
「偉大なる空の王よ。我が血の源流よ。地に伏し、智を求めるものに力を授けよ。我が敵を怒りを以て撃て。撃たれたものよ、直ちに滅べ。――竜撃衝!!!」
竜鱗気を攻撃に変換する、竜骨鎧の攻撃版。竜鱗気を衝撃として、解き放つ。不可視の一撃。
ゴーレムの腹に、風穴があいた。へへへ。魔力圧で、私はシシィに勝った。ざまあみやがれ。まさか、シシィも私に魔法で敗れる日が来るとは思わなかっただろう。
にやりと笑って……。魔力が切れている。どうやって着地する? 着地ができないのか? まずい。
そう思いながら、ゆっくりと意識を失った。
落胆。はっきり言ってしまえば、その一言に尽きた。莫大な魔力量の平民。芸術的な魔力操作を持つ天才。奇跡に等しい相伝魔法を継承した少女。弱点のない秀才。魔力圧の怪物にして、帝室の性質を持つ異端。
その五人であれば、巨人の試練を超えられるかと思った。――同時に、優秀な人間故のおごりにとらわれているだろうな、とも。
砦から、じっくりとっくり見学させてもらった。あの教会は異界となっており、それぞれのチームが同じタイミングで到着しても決して出会わない。ゴーレムから逃げるもの、敗れるもの、あきらめるもの。それぞれが異なる様相を示す中、戦いを選んだ無謀だけは褒めてやらんでもない。
だがしかし。ゴーレムは、あれ五体で街を落とすこともできる攻城決戦魔法だ。騎士相手に倒せるはずもない。看破さえできれば、逃げるのは容易い。そういう試験だ。
そもそも、賢者の魔法に対抗して勝てるはずもない。そう考えるべきだ。
だから、落胆した。無意味に戦おうとすることに。――闘気を纏って見せたことには、確かに驚いたが。戦士ベースの騎士ならばそれもできて当然。私の魔法は並の戦士では勝てない。勝ちたければ「戦士」か「勇者」でなければなるまい。そういう自負はある。
無様に嘔吐して、涙すら流して悪態をついているリリーナを見て、ため息をつく。
「やっぱり……お前じゃないのか――?」
負けない、と言わんばかりの顔をしているが……アリアなら、この場面で間違いなく撤退の選択をわめき散らしていたはずだ。
そして、それが正解なのだ。唯一の正解。
魔王なんて倒さずに、一時撤退ができていれば――。
首を振る。それは、あまりにも甘い幻想だ。そんな思いを捨て去って、意識を集中させる。リリーナは、再び殴られ、宙を舞っていた。
……二発も殴られれば、命にも届きうる。竜鱗気があれば大事ないが……刹那。リリーナは、確かに嘲るような笑みを浮かべた。勝利を確信した笑み。そして、詠唱を極めて高速で行った。
魔力圧を増大させる魔法。しかも、かなり高等な術式だ。
そのうえで、聞きなれない詠唱が響く。……固有魔法だ。いったい、どんな――。興味をひかれた途端、ゴーレムから届いていた映像が大きく乱れる。
ゴーレムの状態を確認し……腹部に風穴があいているのがわかった。リリーナが、勝ち誇るように笑っていた。魔法の性質はまるで理解できない。だが、不可視の一撃。
怖気が走る。……まるで、魔王との殺し合いだ。戦士が吹き飛ばした魔王が、アリアを狙った。的確にダメージを入れたアリアを、分析したうえで見据えた一撃だった。
この子は、魔王の戦い方をなぞっている……のか?
そんなはずはないと、頭を振る。だって、魔王は死んだ。権能によって、その命を終わらせたのだ。目撃者はいない。戦士と勇者と私だけが、知っているのだから。
自分の身体に傷を負いながら、それでもゴーレムの弱点を分析していたのか。……こんな小娘に、私の魔法が破られたのか。
落下していくリリーナを、そっと地面に着地させて、ついでにケガも癒してやる。私の魔法なら死んでいないなら癒すことができる。そういう魔法を、あの時以来開発にいそしんできたのだ。
リリーナの目を閉じた顔をみていると、……意識を失ってなお、にやにやしている……悔しさに、思わず叫びだしたくなる。魔法を壊されたということは、魔力圧で、わずか十二歳のガキに私が後れを取ったということだ。
たとえ本気じゃなかったとしても。あの程度の岩人形なら百、二百と作れたとしても。私自らが押し合ったとすれば、絶対、絶対、絶対に負けなかったとしても、だ!!!
ああ、そうか、そうか、そうか!!! あのリリーナの勝ち誇った笑みは、そういうことか。薄く笑ったあれは、そういうことか。賢者破れたり。そう、ほくそ笑んでいたのか。
認めない。絶対に! たまたま!!! まぐれだ。次は負けないから。これで勝ったと思うなよ。というか、魔力切れ起こしてるし、意識失ってるし。
実戦なら私の勝ちだが? というか、魔法の一つが打ち破られただけで、相手は持てるカードをどう見ても全部切っているんだが?
…………認めざるを得ない。よく、あきらめずに戦った。
そして、アリアなら撤退を叫んだというのも。嘘っぱちだ。そうして欲しかった、という私の願望だ。
アリアは、あれでいて負けず嫌いだったからな*2。撤退はしたがらなかったかもしれない。
それでも。やっぱり、命を大事にしてほしい。そう思うのは、あの旅で失ったものを。十二年間、追い続けているからだろう。
いまだに追いつけない。あの少女は、そんな私をいともたやすく追い越して。ぱったり死んでしまいそうな気がする。
「バカのお守りはもうごめんだよ、アリア」
あんな命知らずのバカは。お前だけでいい。最後に、なんて言ったか。覚えてる? アリア。
死にたくないって言って、アンタは死んだのよ。――生きていてほしかった。どこか、自分のことをどうでもいいと思っているような。いつも適当でずぼらなように見えて、本当は他人をいつくしんでいた。
本当は、自分の命に価値を置いていないんじゃないかって。そんなアンタが、最後の最後に生きたがって。あの後死ななかったら、私は死にたくないって言葉を喜べたのに。
あんな結末は、もうこりごりなのに。
それでも、アンタみたいなバカを。今度こそ死なせないって言ったら。アリア。アンタは何て言うのかしら。